終焉のアタラクシア ―キミを救うために来たんだよ―    作:灰都とおり

7 / 26
世界に抗うキミの武器を ①

「例えば学校へ行かへん、友達つくらへん……それも全部世界に対する行動やろ」

 

 夜空を耀かせる流星群を背景に、彼方(かなた)が涼しげな表情で俺を見下ろしていた。

 

「でも俺……そんなことしたいんちゃうんやけどな」

 

 あの夏……尾根には風もなく、夜の大気には8月の熱気が残っていた。

 あれがどの山だったのか思い出せない。

 

「ええやん……世界に違和感あったら無視すんなよ。自分が最初に感じたことがすべての出発点やろ」

「出発したところで……どこにも行かれへんけどな」

「なあ(ろく)

 

 彼方の言葉は適当にあしらえない。クラスから浮いてた峰岸桜子がタバコを吸ってると噂されたとき、こいつはその場で「俺は見たことないけど」と口にできる奴だ。

 

「お前はもう世界との勝負始めてんねん。いまさらやり直しでけへんわ。定石とは違う手でも……それでも勝てるって証明してやったらええやろ」

 

 妙に達観した目で彼方は笑い、その後ろをいくつもの流星が横切る。絵になる奴だ。

 魄魔体(ヴァーサナー)と戦い始めた頃、俺は彼方の言葉をよく思い返した。闇の中でか細い光の糸を手繰るように……俺はただ次の一手を指し続けていた。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「我が手に来たれ、光輝の弓(サルンガ)……!」

 

 弥鳥(みとり)さんが叫ぶとその突き出した左手が輝き、彼女の身長ほどもある巨大な弓が現れた。

 校舎の屋上に立つその姿を、緑色に明るむ空が浮かび上がらせる。唐突な戦いの始まりに俺の意識がついていかない。

 

「みみ弥鳥さん……!」

「うん、ひとまず全力でやってみる」

 

 魄魔体(ヴァーサナー)と呼ばれたステゴサウルス風の怪獣が立てる地響きが校舎を揺らし、俺は心底恐ろしくなる。

 そいつのもたげる蛇のように長い頭部は、立ち上がればこの屋上にも届きそうだからまったく冗談じゃない。

 

「深奥を穿(うが)て、(ほのお)()!」

 

 そんな俺の怯えを吹き飛ばすように弥鳥さんの鋭い声が響く。

 燃え上がる矢が放たれると、強烈な閃光に目が眩む。いきなりの必殺技という派手さだ。

 

 がらるぅぅぅ……!

 

 空を引き裂く衝撃音の向こうで怪獣が悲鳴を上げる。やったか!?

 

「……あれっ!?」

 

 目蓋を開くと、怪獣は変わらずそこにいた。

 弥鳥さんの矢はその黒い(もや)を幾分払ったようだが、相手はぴんぴんしていて軽い火傷すら与えたか疑問だった。

 

「うーん、まだボクの力は充分乗らないみたい」

 

 いや、何でそんなに呑気な口調なんだ。

 俺を振り返って困ったように笑う弥鳥さんの後ろで、怪獣がまさに校舎にのしかかろうとしていた。

 

「ちょ……後ろ! やばいって!」

 

 怪獣がぶつかって、ぐらりと足元の校舎が揺らぐ。これ、表層現実での学校は大丈夫なのか!?

 怪獣の蛇のような頭部が屋上より高く持ち上がり、さあ喰うぞとばかり俺達を睨み付ける。いよいよ洒落にならない。

 

「跳ぶよ、イメージして久凪(くなぎ)くん!」

「まままじで!?」

 

 空へ跳び出す弥鳥さんを追って、俺は初めて自転車に乗った子供のように無我夢中でコンクリートを蹴った。

 

 ががるうぅぅぅ……

 

 轟音と共に、巨大な頭部が屋上に叩き付けられる。その寸前、俺達は屋上から宙へ舞った。

 4階建て校舎からの決死のダイブだ。回転する視界に、はためく彼女のスカートと、薄明かりに照らされた校庭が映る。

 

「ちゃっ、着地は……っ」

「大丈夫! ボクに付いてきて」

 

 黄金の装身具を輝かせ、弥鳥さんが体重を感じさせない身軽さで着地する。

 それよりずっと不格好ながら、俺も無事校庭に転がった。屋上から跳べた……!

 

 うらるるる……

 

 前足を上げて校舎に張り付いた魄魔体(ヴァーサナー)がゆっくり振り向く。

 全身に(まと)った黒い靄が、動くたび残像のようにブレる。

 

「また来るで!」

「じゃあ……動きを止めてみる」

 

 両足を踏みしめた弥鳥さんが、怪獣を見上げながら右手を真横に伸ばす。その手に、赤、黄、青……様々な色で編まれたロープのようなものが現れた。

 

「迷妄の闇へ手を伸ばせ……遍く縛索(アモーガ・パーシャ)

 

 金色の閃光と共にロープが凄まじい勢いで縦横に走る。

 小さな束に見えたが、それは魄魔体(ヴァーサナー)の巨体を覆って余りある網状の光となった。

 

 ぎるらぁぁぁ……!

 

 校舎に縛り付けられた怪獣がもがく。

 

「ふぅ、これはなんとか効いたみたい」

「よ、良かった……!」

 

 心の底からそう思った。

 

「久凪くん……」

 

 振り返った彼女が微笑んでいた。

 

魄魔体(ヴァーサナー)を消すには、この世界に長くいたキミの力がいるみたい」

「なあっ!?」

 

 怪獣が牙を立て、光の縄を引き千切ろうとしている。

 解き放たれるまであと数秒……いや次の瞬間かも。

 

「どうすんねん!? まず逃げ……」

「久凪くん!」

 

 次の瞬間ぎゅっと抱き締められて俺は言葉を失くした。このいきなりさ、まったく慣れない。

 

「さっきのカッター……あれはキミの武器のイメージなんだ。真夜(マーヤー)はイメージの力。創造の力。今度はもっと心の奥から引き出して」

 

 耳元で囁かれる彼女の声が心に溶けていく。焦りや混乱が少しずつ静まるようだ。

 

「キミは戦ってきたはずだよ。この世界の不条理な悲劇と。不理解や断絶と。そこから生まれる哀しみや孤独と……」

 

 弥鳥さんがその手を俺の右手に重ねる。温かい感触。

 縄を千切った怪獣が校庭に両足を着け、その激しい地響きに俺は足を踏みしめる。

 

「その戦いで、キミが心に握り締めるものは何? 世界に抗うキミの武器をイメージして……」

「俺の……戦い……」

 

 弥鳥さんに掲げられた右手が熱い。全身を走る(うず)きが右手に集まり、熔けるほどの熱を持った。

 怪獣の赫く光る眼が、高みから俺を見下ろしていた。

 

「世界に……抗う……!」

 

 俺はその視線を睨み返す。

 冷や汗を流し、震えながら……俺は笑っていた。恐さより、半ば投げやりな衝動が身体に満ちている。

 手の平から何かが現れる。

 天へ向かって……長い刃が真っ直ぐ伸びる。

 

「俺の……武器……」

「そう、これがキミのイメージする武器なんだね」

 

 銀色に輝く両刃の剣。

 その(つば)は、誇らしげに開げられた鳥の翼。

 中央に輝く赤い宝玉。

 何度も思い描いた武器だ。

 

「……勇者の……(つるぎ)……!」

 

 顕現した剣の輝きに、怪獣は怯んだように動きを止めた。

 俺は剣を両手で握る。あつらえたように馴染んだ。

 

「前を向いて……キミがやるの」

 

 弥鳥さんの(ささや)きが、俺の意識を研ぎ澄ます。

 

「……う、うん」

「その武器はキミの一部。身を委ねて……力も迷いもいらない」

 

 怪獣が鋭い牙を剥き出し、凄まじい勢いで頭部を叩き付けてきた。

 絶叫――その自分の声を聞きながら、俺は剣の切っ先を掲げるように突き出していた。

 強烈な閃光に思わず目を閉じる。

 衝撃で身体が吹っ飛び、危うく剣を手放しそうになる。

 

 がぎゃる!

 

 薄目に怪獣の頭がのけ反るのが見えた。

 

「久凪くん!」

 

 弥鳥さんが俺を後ろから抱き締めていた。地面に叩き付けられなかったのは彼女のおかげだ。

 

「だ、大丈夫……っ!」

 

 俺は半ば無意識に剣を構え直し、両足を蹴って怪獣の懐に飛び込んでいた。燃え上がる衝動のままに動いていた。

 軽々と俺の身体は宙を舞い……その巨大な胴体に剣を突き立てる。

 硬い皮を貫いた直後、ぬめるような感触が手に伝わってきた。

 

――何デ……俺ナンダァァァ……

 

 突然頭に耳障りな声が聞こえた。

 視界が暗くなり……俺は何もない空間に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

――俺ハ……真ッ当ニヤッテキタノニィィィ……何デ俺ダケガァァァ……

 

 誰かが叫び続けている。

 目、鼻、口、あらゆる穴から真っ黒な粘液が流れ込む。

 何だこれ? 吐き気のする憎悪と呪詛が俺を侵す。逃げ場のない恐怖に、暗黒の世界で俺はもがき続けた。

 

――どうして…………?

 

 不明瞭に反響する叫びの中に、子供の声が聞こえた。

 気が付くと、俺は見知らぬアパートの一室にいた。午後の日射しが畳を白く照らしていた。

 

「――くんはしっかりしてるなあ」

 

 大人が子供に語りかけるわざとらしい口調。

 

「ほんまに、お母さんのこと支えてくれてるわ」

 

 居間に大人達がいる。

 その中で小さな男の子がひとり、張り付いた笑顔を浮かべていた。

 

――どうしてお父さんは帰って来ないの?

 

 大人達が玄関から出ていく。

 これで何度目や……父親があれやと大変やな……。大人達の放り出した言葉が耳に届く。

 

――この家はおかしいの? 僕はどうすればいいの?

 

 部屋に残されたその子の声が俺には聞こえていた。

 俺は思わず手を伸ばした。

 

「……あの……」

 

 俺の身体は目に見えず、その子に触れることもなかった。

 ただ伸ばした手が肩をすり抜けたとき、その子が一瞬こっちを見た気がした。

 

――久凪くん!

 

 透き通る声が聞こえた。

 世界が再び暗転した。

 

 

 

 

 

 暗闇の中、粘液に侵される凄まじい嫌悪感と共に、俺は両手の剣の感覚を取り戻していた。

 言葉にならない叫びを上げながら、その柄を握り締める。

 突然、眩い閃光が闇を消し去った。

 

 ひがあぁぁう……

 

 魄魔体(ヴァーサナー)の最後の鳴き声が弱々しく消える瞬間、破裂音と共にその巨体が弾けるのが分かった。

 体液が全身に降りかかる。

 無数の肉片が地面に打ち付けられる湿った音が響いた。

 

「ぐえはっ……げぇっ」

 

 俺は地面に両手を突いてえずいていた。

 投げ出した剣が地面に刺さり、無数の光になって消えるのもほとんど見てなかった。ただ体内をねぶられるおぞましい感覚に、胃が反転して息ができなかった。腐った内臓が吐き出されるようだ。

 頭からかぶった粘液と吐瀉物が足元にぼたぼた落ちる。おぞけの走るゲル状の海から、熟した果実のような匂いが立ち上った。

 

「……さすが久凪くん」

 

 涙目を開くと、怪物の残骸を眺める弥鳥さんの後ろ姿が見えた。

 左手を腰に当て、両足をすらりと伸ばして立つ彼女がゆっくりこっちを振り向いたとき、その背後の空がエメラルドに光る。

 

「この肥大化した魄魔体(ヴァーサナー)を一撃で飛散させる……キミとボクの力を合わせれば、きっとジャガナートの中心へ辿り着けるよ」

 

 金色に輝く瞳が俺を見つめる。

 逆光になって彼女の表情が見えないせいか、その両の瞳はまるで虚無へ開いた窓のようだった。

 

「ひぃ……ふうぅ……」

 

 涙を流し、息も絶え絶えに俺が見上げていると、その瞳が近付いてくる。

 人間離れした……だが優しい微笑みだと俺は思った。

 次の瞬間、彼女が足元の醜怪な汚泥に両ひざを突いて、俺をぎゅっと抱え込んだ。

 

「ふあっ!?」

 

 俺の顔が彼女の胸に埋まる。

 粘液と吐瀉物が彼女を汚すのが悪くて俺は身を振りほどこうともがいたが、弥鳥さんは逃がしてくれない。

 

「苦しかった? 人が長年抱え込んだ心の澱み……魄魔体(ヴァーサナー)に剣を突き立てるってそういうことなんだ」

 

 長年抱え込んだ心の澱み? さっきの幻は魄魔体(ヴァーサナー)を生み出した誰かの幼少期の現実だったのか?

 あのおぞましい嫌悪感を思い出し、俺は反射的に身をよじる。

 弥鳥さんがさらに力を込めて抱き締める。

 

「久凪くん……キミがボクを呼んだんだ。だから止めたいなら止めていいんだよ。でも前に進むなら、キミのその苦痛、ボクがすべて受け止めてあげる」

 

 弥鳥さんの体温と柔らかさを感じていると、混乱と恐怖が少しずつ薄れていく。

 身体の内側から蹂躙される恐怖……だけど彼女となら耐えられる。俺はさっきの激しい衝動を思い起こしていた。

 それに……。

 

「弥鳥さん、大丈夫や……。何もできへん苦しさに比べたら、こんなん幸せ過ぎるわ」

 

 俺は立ち上がり、彼女の腕をほどいた。

 俺を見つめる金色の瞳。そう、俺はこの瞳をずっと待っていた。澱んだ日々に窒息しそうになりながら。

 

「だって来てくれたんやもん。この世界から……連れ出してくれるって」

 

 そのための苦しみなら、心地いいとすら俺には思えた。

 弥鳥さんの大きな目がふっと細められる。

 

「久凪くんがそう言うの……分かってたよ」

「……って弥鳥さんが言うのも、何か分かっとった」

「あはは、いいコンビだねボク達」

 

 弥鳥さんの右手が伸びて、俺の頬を優しく撫でた。

 

「うん、ボクが連れてってあげる。この世界の向こう側へ……キミが元いた場所へ」

 

 

 

 

 

 虚海を越え、無数の島世界を渡り来る漆黒の船。

 その構造体の大部分は知覚を超えた次元に在るため、俺の目には複雑な形状を絶えず変形させる精密な立体パズルに見える。

 

 そのメインブリッジとでも言うべきところに、あの黒衣の人物――女がいた。

 頭を覆うフードからは、闇夜のような長い黒髪が飛び出している。

 そこは何十人もが航海を指揮する空間に見えたが、いまはその中央、床から数段高い座席に彼女の姿があるだけだ。

 

「観測結果」

 

 身体を投げ出すように座ったまま、女が呟く。

 うなだれ目を閉じていたが、脳裡で膨大な情報を処理しているのが分かる。船が座席を通じて虚海の観測情報を直接伝えているのだ。

 

「……!? これは……」

 

 フードの奥で両目が鋭く見開かれる。

 

「学園が近付いているのか?」

 

 女が視線をめぐらせると、俺の視線に正面からぶつかった。

 

「もう時間がないぜ……」

 

 その瞳は警告するように紅く光っていた。

 

 

 




親友って何なんだろうって、いまだに分かりません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。