【短編】英霊剣豪七番勝負。勝負二番目、アーチャー・インフェルノ 一切焼却  巴御前。いざ、尋常に 勝負!!   作:名無し烏

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第四刀 桜の記憶

 遠き記憶。桜の木の下。泣きじゃくる私。そんな自分を客観的に見ている。

ああ、そうだ。この時は確か遠縁の名家の長男にいじめられた時のモノ。

 

「どうした、巴。また(なにがし)の小坊主どもを捻ってやったみたいだな。またあやつら痛い痛いと泣き叫んでおったぞ」

 

 男の人が目の前に現れる。顔は陽に()てられ直視することができず、また記憶に(かすみ)がかかって思い出すこともできない。けれど、確かにどこかでお会いした誰か。

 

「駒王丸さま、聞いてくださいまし。あの人たちまた寄って集って私を罵るのです。誰も私を女扱いしてくれない。化生、妖怪、鬼と私を罵るのです。それで私、頭が真っ白になってしまい、はしたなくも手をあげてしまった所存です」

 

 あの時の私が彼の名を呼ぶ。

駒王丸、目の前の彼の名前であろう。妙にしっくりというか、懐かしい気分になる。

 

「はははは、それはお前が皆の目の前で農牛の首などをへし折ってしまったからであろうよ。女であるにも関わらず、理解できぬ強き力に恐れを抱いているだけのこと」

「それは私がああせねば、突然暴れだした牛によって民家の童が襲われそうになったからでございまし。そうでなければ、このような恐ろしい力、衆前にして振るう道理もございますれば」

 

 ぼんやりと思い出してくる。

鬼の血、それが私には流れていた。どこで混じったかも分からぬ忌まわしき血、それは私が生を受けてから突然発現した。化け物のような怪力、私はそれを静々と誰の目にも触れず、冥土まで持ち去るつもりであった。しかしそれは意図せずして周囲に知られることになり、それが原因で私は周りから奇異な視線、そして迫害を受けることとなったのだ。

 

「知っているさ。俺は知っている」

 

 彼は私の頭をポンポンと数度撫でて、私の隣に腰を下ろす。

優しき匂い、桜のものと混じったそれは不思議に私の気持ちを落ち着かせ、涙も自然と止んでいた。

 

「俺がその力を知ることになったのは、それよりももっと前だったな。覚えているか、巴」

 

「ええ、もちろんですとも。嵐の中、逃げ出した(わし)を探して山に出ていかれたあの日のこと。昨日のように思い出せますとも」

 

「雨がひどくなり、洞窟で雨宿りをしていた時、突然巨大な岩が落石して出口を塞いでしまった。私は死を覚悟できなかった。男ともあろうものが、涙を鼻水を流しては、喉が千切れるほど叫んだ。助けて、助けてくれ、とな」

 

 彼と私の会話が進むにつれて忘れていた出来事に霞が晴れる。

少しずつではあるが、何となく、ただ何となく、この人が自分にとって、とても大事な人であったことを思い出す。

 

「喉も枯れ、涙も尽き、死を待つだけだった。けれどお前が来てくれた。己の何倍の背丈もある大岩を拳で砕き、お前が来てくれた。嵐はまだ止んでいなかった、けれど一人でお前が来てくれた」

 

「......それは駒王丸様のことがとにかく心配で心配で」

 

「お前の力は誰かを守れる力だ」

 

 私の言葉を遮り、彼は私を抱き寄せる。

何が起きているとも理解できず、私は彼の肩に落ちてきた桜の花をただ見ることしかできなかった。

 

「誰かがお前に仇すのであれば俺はお前の刀になろう」

 

 耳元で(ささや)かれる彼の声。

 

「誰かがお前を罵倒するのであれば俺はお前の盾になろう」

 

 じんわりと胸の内に何かが零れる。

 

「誰かがお前を妖怪だ、鬼だと喚くなら、俺はお前をヒトだ、女だと叫ぼう」

 

 頬が濡れる。止まっていた涙がまた零れ落ちる。

 頬が熱くなる。止まっていた鼓動が鳴り始める。

 頬の涙を拭う。止まっていた時間が動き始める。

 

「好きだ、巴。お前が立場やなんやらを気にするのであれば俺の妾でもなんでもいい。とにかく俺のそばにいてほしい」

 

「......駒王丸様、愛を告げる時に本意でなくても妾でもいいなんて口にするべきではありません」

 

 呆れごとを述べるも私の笑みは失われない。

それでいい、あの人のその真っすぐな気持ちに私は心奪われたのだった。

 

「む、そうか。すまん。どうやら俺は甘い言葉をかけるのが下手らしい。どうしても思ってしまったことをすぐに口にしてしまうのでな」

 

「それでいいのです。......ありがとうございます、決めました私」

 

 私も真っすぐに彼を見つめる。涙は止まっていた、のかどうかは分からないけれどこちらも真っすぐに気持ちを伝える。

 

「私、駒王丸様の妾になりまする。ずっとおそばにいさせてください」

 

「ああ、......ありがとう、巴」

 

 桜吹雪が視界を覆う。懐かしく遠い記憶。儚くも確かにそこにあった記憶。大切な、何よりも大切なあの時の記憶。

 

 

―――――そして、桜は尽く焼け落ちる。―――――――

 

 彼と二人きりの戦場、それは私と彼の最後の記憶であった。

幕府から派遣された二将とその軍勢を相手取った宇治での戦。その戦いに辛くも敗走し、逃げ延びようとしていた。

 

「――様、お気を確かに。此度の戦は確かに負け申したが、今一度立ち直せる機会はきっとあるはずです。今はとにかくその命を大事にするよう、巴もついています」

 

 駒王丸とは彼の幼名であったのだろう。

元服した彼をその名で呼ぶが、記憶のノイズがそれを邪魔し聞き取ることができない。

 

「まずは――様のお仲間と落ちあいましょう。私がついているとはいえ、多勢に無勢、あなた様をお守りする将は多いほどいい」

「ここから去るがいい、巴」

「え?」

 

 突如と切り出されるその言葉。

私はそれをすぐに理解することができなかった。

 

「何を仰いますか。私はこの命尽きるまであなた様に付き従う所存でございます」

「お前は生きるのだ。ここから逃げ落ちどこへでも好きなところへ行くのだ」

「私の好きなところはあなた様のおそばです.....!!!」

 

 声を荒げる。あの時の私は不安だった。

本当に自分は彼を守れるのか、恐怖で身がすくみ動けなくなるのではないか、腰を抜かして逃げ出してしまうのではないか。胸の中に渦巻いていた不安は、彼の言葉で(せき)を切る。

 

「私がいては足手まといですか!?私では力不足なのですか!?私ではあなた様を守らせていただくこともできないのですか!?」

 

「ああ、そうだ!!!お前がいては迷惑だ!!!」

 

 聞きたくない。聞きたくなかったあの言葉。

 

「直に私は討ち取られるだろう!雑兵か、名だたる将か、もしくはそこらの農民に殺されるかもしれない!そうなった時、最後に女を連れていたなどと言われるのは恥だ!!だから行け!どこへなりとでも行くがいい!!!」

 

 嘘だ。何年も彼のそばにいた。だから分かる。

彼の嘘を吐いているときの目。これが本意ならどれだけよかったか、もしそうなら私は彼を憎むことができたろうに。

 

「分かり、ました」

 

 嘘であるからこれ以上何も言えない。

彼の気持ちが分かるからこそ、私はこれ以上何も言えない。私は彼に背を向ける。きっと恐らく哀しみ、怒り、後悔、色々なもので私の背は酷く震えていた。

 

「皮肉なものです。私、ずっと妖怪や鬼など呼ばれ、扱われるのが嫌でした。ずっと女として、一人の女として私を見てほしかった。それなのに、今だけは女であることが悔しくてたまりませぬ。あなた様と共にいられるのであれば、......私は鬼でもなんでもよかったッ!!

 

 辛い、辛すぎる。どうしてこう、人の運命は残酷なのでしょうか。

俯き、その場を離れようとした時、向こうから一人の将がこちらに駆けてくるのがみえる。

 

「その兜、それはまさしく我が陣を相手取る――とお見受けしたァ!!我が名は恩田 八郎師重と申すもの、いざいざいざ!尋常に勝負勝負ぅ!!」

 

「――様、これが巴の最後の奉公でございますれば」

 

 勝負は一瞬だった。

私の隣を通り過ぎる彼の顔を右掌で鷲掴み、そのまま首をねじ切る。彼自身何が起こったのか分かりえぬまま死ぬのであろう。

 

「それでは――様、これにて。今までありがとうございました」

 

 乗っていた馬を鞭打つ。

けたたましい(いな)き声、駆ける馬に乗りながらも確かにその声を聴いた。

 

「生きろ私の愛した美しき女よ。愛しているぞ、私の強き女よ」

 

 

 

 

 

―――――ああ、どうして、どうしてッ!!――――――

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