洋装店のベルを鳴らすと、藤色のローブを着たふくよかなレディが出迎えてくれた。彼女は愛想良く声をかけていたかと思えば、私の左腕にくっつくハリーを見てころころと笑い声をあげる。
「まあまあ、小さなママと大きなベビーね。2人とも今年入学なの?」
「はい、マダム。服装関連は全てこちらで揃いますか?」
「もちろん。ほら、あそこにもう1人新入生がいらしてますよ」
店の奥に、ちょっと高慢そうなプラチナブロンドの男の子。彼は私とハリーを見比べると、軽く鼻を鳴らした。おおう感じのよろしくない子だの、初対面でその態度は全方位に喧嘩売ってるぞう。君の採寸をしてる新人っぽいお姉さんがオロオロしてるじゃん……あ、うちの子も一端担ってるわ、めっちゃ真顔。
「ふん、とんだシスコンだね、君。お姉さんがいないと何も出来ないのかい?」
「残念、メリーは同い年だよ」
「えっ」
「今年入学よ、私」
「……嘘だろう、2つは年上かと……いや失礼、女性の歳を推測するなどマナー違反だったな」
「でも、君が言うのもわかるよ。メリーは学校でも1番背が高かったからね」
戦争が起こるかと思ったら突然和やかになったでござる。争いのきっかけも和睦のきっかけも私って、いったいどういうことなの……?なんで私の身長の話でキャッキャウフフできるのか……マードレには全然わからないわ。確かに私は160cmが近いし周りと比べたら頭半分は背が高いけどね、話題として上げるには弱いと思うのよ。
盛り上がる男子2人と衝立をへだて、身長やスリーサイズ、肩幅を測ってもらう。武道を修めているせいで私は平均より幾分肩や下半身が発達している。採寸をしてくれたマダムによれば、ブラウスはもしかしたら特注になるかもしれないと。あー、うちにあるジャージも身長に合わせると肩がパツパツだからワンサイズ上のを買ったわー、今回もそのパターンですか。
「あら、あなた随分胸囲があるわね……入学時点でこのサイズなら、きっと3年以内にブラウスを買い替えなきゃいけないわ」
「ご冗談でしょう?え、魔法界ジョークですよね?」
「本当よ。今でBよりのCなのだもの、成長期に入ったらEは堅いわね」
「ヒエッ」
恐ろしい予言を受けたんだけど?最低Eカップとか割と真剣に地獄なのよ私知ってる。だって前の“私”がGカップだったもの……可愛いブラは少ないしそもそもサイズ自体が揃わないしボタン系の服は胸の辺りで不自然なシワができるし肩は凝るし姿勢は悪くなるし足元見えないし……乳に夢なんて詰まってないのよ、詰まってるのは血管と神経と乳腺脂肪体くらい。あっていいことなんてほぼないわ。
「はっ……胸筋つけたらバスト増えないんじゃ」
「よし帰ろうメリー、マダムありがとうございましたー!」
「えっあっありがとうございました!ブロンドくんもまたね、バイバイ!」
「う、うん。バイバイ……」
ぐいぐい腕を引っ張られて店を出る。ハリー、あなたさ、私が筋肉つけようとすると必ず妨害してくるわよね。体脂肪率が10%切るようにトレーニングするって宣言したときも差し入れと称して高カロリーなものを持ってきたよね。そんなに私が筋肉ウーマンになるのが嫌か。
お代と引き換えに頂いた制服(私のブラウスは除く)とお金の詰まったバックを右腕に、ぶーたれたハリーを左腕に抱えてハグリッドの元へ。すっかり元気になった彼は、両手にアイスクリームを持ってニッコリしていた。え、食べていいの?やった!私アイス大好きなの!
「ん〜、おいしい!チョコレートブラウニーのキューブが入ってる!」
「本当に美味しいわ、このチョコミント味。一番好きなフレーバーなのよねぇ」
「いいなぁ……ねえメリー、1口ちょうだい?」
「いいわよ、そのバニラと交換ね?」
「はっはっは!仲がいいってのは良い事だな、ハリー、メリー!」
ハグリッドが嬉しそうに頬を緩めて私たちの頭を撫でた。力が強すぎてまるで押さえつけられたようだったけど、ハリーが喜んでいるなら、まあ、いいかな?
制服を買ったあとは、ノート用の羊皮紙と羽根突きのペン、インクを買いに行った。このペンも紙も絶対書きにくいだろ、家に帰ったらしばらく練習するかね……自習用に大学ノートとシャーペン持っていこうかな、ストレスなく勉強したいわ。あ、書いてるうちに色が変わるインクだってさ、ハリー。面白いよね、いる?誕プレであげるよ?別にいい?ああそう……(˘•ω•˘)
「あ、そうだハグリッド、ホグワーツって寮があるの?」
「そうだぞ、入学式のときに4つの寮に分けられんだ。その新入生の気質によってな」
聡明なレイブンクロー、劣等生のハッフルパフ、勇敢なグリフィンドール、狡猾なスリザリン。なんか2つほど悪口っぽいんじゃが……見方を変えればきっといいニュアンスが出てくるだろうになんで……?ハッフルパフの人間はきっとおおらかな人ばかりなんだろうなぁ。私自由にのんびり過ごしたいからハッフルパフに行こうかしら。
「ハッフルパフ、いいわね」
「えー!一緒にグリフィンドールへ行こう?パパやママと同じ寮!」
「行きたい寮に行けるわけでもないでしょう。私のことだからスリザリンかグリフィンドールだと思うけど……」
「レイブンクローもあるんじゃねーか?出来たらグリフィンドールがいいがなぁ」
え、カメリアさんお勉強好きじゃない。興味のあることしか手を出さない主義だもの、一点特化型なのよね。今の私の知識なんて子供の世話とハーブのことくらいよ?
教科書、鍋、秤、薬瓶、望遠鏡、ものさし。リストに乗っているものを次々に揃えていく。残るは杖だけというときになって、ハグリッドがハリーの誕生日祝いを買いたいと言い出した。10年間1度もプレゼントを渡せなかったのを悔やんでいるらしい。ほらハリー買ってもらっておいでよ、そのほうがハグリッドも喜ぶわ。
照れ照れするハリーとルンルンハグリッドがフクロウ屋さんに入って数分後、帰ってきたハリーの手には鳥かごと真っ白なフクロウがいた。大きなお目目がかわいらしいですね。
「メリーはよかったのか?ハリー1人にやるのはちょっとなあ」
「いいのよ、特に欲しい子はいないの。ああ、でも、そうね。ハグリッドのセンスでひとつ、何か買って欲しいわ。出来たら魔法界っぽいもの!」
「おお、いいぞ。お前さんが杖に選ばれてる間に見つけてくるとするか……ほら、杖ならここに限る。オリバンダーの店だ!」
待って、選ばれるのはこっちなの?問いが落ちることはなく、古い店の中に吸い取られる。しんと沈黙をたたえる箱の山の奥から、ひょいと顔を見せた老人が1人。なんだか、校長先生に似た瞳のきらめきを持っているような。はっ……そうか、これが仕事人の目なのか。
ハリーの目を見て懐かしげにハリーのお母さんの話をしながら、オリバンダーさんは私とハリーの利き腕の長さや太さを測っていく。……あの、私の腕の太さを見て2度見しないでください。そのメジャー合ってます、壊れてません。
「あなたがカメリア・ダーズリーさんですね。お噂はよく耳にしますよ、ポッターさんの母のように生きている、少女の体に聖母の魂を持っている方だと」
「そのうわさは どこから ながれて きたのでしょうか」
「はは、内緒ですよお嬢さん。さて、まずはポッターさんからいきますか」
そこからは本当に酷かった。ハリーが杖を振る度に箱の山が崩れ、ランプが割れ、棚が飛び出し、店は惨憺たる状況になった。だんだんハリーが涙目になってきてるわ、よしよしお前が悪いんじゃあないのよちょーっとこの杖と相性がよろしくないだけで。
「ぼくは かなしい」
「うんうんかなしいかなしい。いい子ねハリー、泣かないなんて強いのね」
「……もしや」
心当たりがあったのかオリバンダーさんが山の向こうに消え、戻ったときには古びた箱を持っていた。柊に不死鳥の羽根、28cm。ハリーと縁ある人が、同じ芯材を使っているらしい。慎重に、その杖をハリーが握った瞬間。
ぱあっと輝いた杖と綻んだハリーの顔。よかった、杖に選ばれたみたい。これで少しはあの子も気が楽になるかしら。やっぱり魔法が使えないんじゃあってまぁるいほっぺに書いてあったものね。
「ふうむ、難しいお客でしたな……さ、ダーズリーさん、次はあなたの番だ。イチイにドラゴンの心臓の琴線。24cm、気難しい。振ってみなされ」
「はーい。……あら、ドアが飛んだわ」
「……こりゃいかん、次じゃ。柊、ユニコーンのたてがみ。28cm、不安定だが力強い」
「てい。……山が……」
「ははは、こちらも難しいお方ですな!サンザシにドラゴンの心臓の琴線。34cm、捻くれ者」
「それ。……あああ……」
……私の方がダメなのでは?1度オリバンダーさんが綺麗に戻した店内が再び大惨事になってしまったわよ?これ本当に私の杖って見つかるのかしら……何だか心配になってきたわ……。10本以上振って全部合わないの……?
ぺっちゃりと背中に張り付いたハリーの頭をぽんぽんして、静かに息を吐く。オリバンダーさんは次の杖を探しに奥へ行ってしまったから、実質私とハリーの2人きりだ。そのせいかいつにも増してハリーの密着度が高い。お店の中なんだからもうちょっと離れなさいな、せめて腕組むくらいにしなさい。……いやいやしてもだめ!
「むー……マードレの意地悪!」
「意地悪じゃありませーん、これでも妥協してますぅ」
「ははは、仲がよろしいですね御二方」
微笑んで帰ってきたオリバンダーさん。その手には、赤いビロードの生地に包まれた細い箱が1つ。随分丁重に扱われている杖だなぁ、これ最上級の生地じゃない?パパが結婚記念日にプレゼントした、ママのドレスと同じ手触りなんだけど。
「これは、わしが極東の島国に旅したときに得た素材で作った杖です。樹齢5000年を数える屋久杉に、満月に晒した清水と太古の土で育つ金椿の花弁を芯材にしておる。21cm、護りに最適。……ダーズリーさん、お持ちなさい」
飴色に艷めく30cmほどの杖を手に取る。まるで私専用に設えたかのように、手に馴染む。きっとこれが、私の杖だ。ひょいと振ってみると赤や白の光が宙を舞い、杖の先から金色の椿の花首が落ちる。花弁も萼も金色の椿は、真実、黄金で出来ていた。これ花にあるまじき硬さなんじゃが……薄くて鋭いから指切りそう。
「ちなみに金椿の花は24金……つまり純金ですな」
「ハリー、絶対落とさないでね」
「任せて、無事に持ち帰ってみせるよ」
つまりお金に困ったらこの花を売ればいいのね、把握した。家計に貢献する杖とか最高かよ……生活の心配しなくていいのね、本当最高。がめつい?当たり前だろお金があれば大体はなんとでもなるのよ?家族と友人の次にお金は大事でしょう。
外に出ていたハグリッドに金椿を見せると、飛び上がらんばかりに驚かれてしまった。何でも金椿は「東洋の神秘100選」に選出されるレアものなんだと。それで私の杖はお高いのか……ハリーの1.5倍くらいの値段吹っかけられたわ……
「杖について困ったことがあったら、いつでもいらしてください。ふくろう便でも構いませんから」
「ええ、その時はぜひ。杖のお手入れセットまでつけて下さって……ありがとうございました」
オリバンダーさんの見送りを背に、人込みの中へ歩き出す。例の椿は校長先生に品質とか呪いとかのチェックをしてもらったあと、ハグリッドがアクセサリーにしてくれるそうだ。そんなに大きな手で加工なんて繊細な作業ができるの?いやうれしいけど、とてもうれしいのだけど!
私へのプレゼントに、と渡された魔法動物図鑑を胸に、ハグリッドの背中について歩いていた。そう、確かにハグリッドについていってたはず。……なのに!
「……どこよ、ここ」
気がついたら、見知らぬ通りに迷い込んでいた。割れた窓、汚れたランプ、張り巡らされる蜘蛛の巣、目付きがイッちゃったおじさんおばあさん。総評:ヤバい。
え、え、どうしよう。よりにもよって初めて来た場所てで迷子になったぞう、あれ私いつの間にここへ来た?自分でも分からないわ……えーと、とりあえず迷子になったときはその場で待機、よね。丁度いいわ、図鑑読んどこうかなーっと。
「……え。ねえ、君。赤毛のお嬢さん」
「はい?私のことかしら」
「そう、君だ。1人かい?ご両親は?」
本の世界に入る前に、優しい声がかけられる。ひょいと見上げると、三十がらみの男が不思議そうな、心配そうな表情をして立っていた。顔に走った古傷が痛々しいその男は、繕いの跡が多いローブからチョコレートを出して私に分けてくれた。あ、それマグル製品だね。学校帰りに弟たちとよく食べるよ。
「連れがいたのだけど、はぐれてしまって。あ、チョコレートありがとうございます」
「どういたしまして。ここで待ち合わせてるのかい?」
「いいえ。たぶん、漏れ鍋っていうパブに行けばいいの。どこにあるかご存知?」
「……ダイアゴン横丁の?」
「え?ええ、そうですわ」
「……ここはね、ノクターン横丁。ダイアゴン横丁は隣の通りだよ」
……えっ。方向音痴だとは思っていたけど気づかないうちに通りひとつ間違えるレベルなの、私。我ながら酷いわね、人に流されたなんて言い訳使えないじゃない。よくよく考えたらハリーが左腕にくっついてたのに……迷うなら普通2人で迷うでしょ……なんで私単体で迷子になってんだ……???ハリー今頃泣いてないかな、私が突然いなくなったように感じただろうなぁ。……うん、ヤバいぞう。
「ど、どうしよう。あの子に泣かれる……」
「あー……弟くんか妹さんと一緒に来たんだね?……ねえお嬢さん、1つ提案なんだけど。嫌じゃなければ、私が漏れ鍋の近くまで送ろうか」
「そ、そんなに親切にしていただいていいのですか?」
「構わないとも。さあ行こう……はぐれないようにね?」
このミスター、とっても優しいぞ……お人好しとも言えるぞ……ありがとうございます大変助かりました。私一人だとまず目的地に着けないからね、ありがたくて前が見えないほどだわ。
すいすいと人波を上手に歩く男は、しかしこちらの歩調に合わせている。おかげで相当歩幅の差がある私でもさほど苦労せず男について行くことが出来る。ついでに背中へ手が添えられているので、はぐれる心配もない。正直に言うとときめきで変な声が出た。イングリッシュ・ジェントルマンってこういう人のことを言うんだろうなぁ。しみじみ。
「あ、見えてきた。着いたよ、お嬢さん」
「本当?ありがとうミスター、おかげで助かりましたわ!」
「どういたしまして。もう迷わないように気をつけて。……さようなら、お嬢さん」
く、と背中を押されて前のめりになる。少し振り向けば、男は変わらずに微笑んでいた。あ、そうだ。お礼にあれを差し上げようか。くるりと体を反転すると男はぽかんと目を丸くしている。
忘れ物したんですよ、はいこれどうぞ今日のお礼です。これでも料理は得意なんです、味は保証しますよ。大きな両手にパウンドケーキをのせると、男はとろけるように破顔した。あーよかった、甘いもの好きそうだね。
今度こそ親切な人に別れを告げてパブに向かう。良い出会いをしたなーなんてほくほくして入口をくぐると、半泣きのハリーにタックルされ怖い顔をしたハグリッドにおでこをつつかれた。
あ、いや、その、大変申し訳ない。反省してます。だから泣き止んで、マードレ心が痛い。
「え、すごく美味しい……名前くらい聞けばよかったな」