ハリー・ポッターと椿の聖母   作:よもつ

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四日ぶりですねごきげんようお待たせしました






それは狂気と答えるわ

入学式の翌日から楽しい楽しい授業が始まった。星を観察する授業や植物(?)を育てる授業、魔法界の歴史を学ぶ授業、妖精の魔法を学ぶ授業などひとくちに魔法と言っても様々なジャンルがある。

 

私が特に好きなのはマクゴナガル先生の変身術かしら、まさか先生が猫に変身しているなんてなんて思いもよらなかったわ!教卓を豚に変えたりもしていたし……その領域へ達するにはどれだけの鍛錬が必要なの?いつか私も動物に変身してみたいわ、そのためにもまずは初歩を修めないと……!

 

先生が懇切丁寧に変身術の理論を教えてくれる。その後にはお待ちかねの実演だ。

 

 

 

「皆さん板書は理解出来ましたね?それでは今から1人1本ずつマッチ棒を配ります。これを針に変身させることが今日の課題です」

 

 

 

前の人に渡されたマッチ棒をマジマジと観察し、脳内で針を思い浮かべる。まずは普通の縫い針でいいかしら。ちちんぷいぷい、と。

 

ぽふんと軽い音を立ててマッチ棒が姿を変える。これは……家で使っている金色の針だ。穴の上にごく小さな切れ込みが入っていて、そこに糸を添わせると簡単に糸通しができるスグレモノ。うっかり胸筋でボタンを弾き飛ばしたパパのシャツや、お気に入りをローテしすぎて裾が破けたハリーのズボンをよくチクチクしていた相棒のような針が、出来てしまった。

 

 

 

「わあ、すごいメリー!もう出来たの?」

「うん、そうみたいね。でもこれではありきたりだわ……こう、もっと変わったものがいいんだけど。例えば……」

 

 

 

すい、と杖を振る。金色の針はその頭に椿の花を咲かせた。

 

 

 

「こういう実用性と見目の良さを兼ね備えたまち針なんて素敵だわ」

「ええ、とても美しい出来です。ミス・ダーズリー、拝見しても構いませんか?」

「マクゴナガル先生!もちろんです、どうぞ」

「では失礼して……まあ、花弁だけでなく萼、花糸も再現されているのですね。見事な観察力・想像力です。ミス・グレンジャーといい今年の1年生は期待が持てそうで嬉しい限り、グリフィンドールに10点を差し上げましょう。みなさん、2人の針をよく観察するように」

 

 

 

先生は入学説明以来何度か見せた微笑みを浮かべて加点したあと、ハーマイオニーの針とともに私のマッチ棒をクラス中に見せて回った。なんだか孫の成長を喜ぶおばあちゃんみたいだ……愛に溢れている……

 

 

 

*******************

 

 

 

マクゴナガル先生に出されたレポートを仕上げるため、ひとり図書館で参考書を漁る。初歩の初歩でさっそく撃沈したハリー&ロンにはわかりやすいものがいいかしら、この「猿でもわかる変身術・入門編」なんて良さそう。ハーマイオニーはもうちょっと進んだ……初級編か中級編がいいかもしれない。

 

人の少ない本棚の奥で本を引っ張り出し、パラパラ眺めては仕舞い、また違う本を引っ張り出すの繰り返す。ふいに人の気配を感じて脇に避け、そっと振り向くと、困ったような驚いたような顔をしたクィレル先生が立っていた。

 

 

 

「こんにちは、先生」

「こ、こんにちはミス・ダーズリー。な、にをお探しですか?」

「変身術の本を。初級者向けと中級者向けのものがほしいんです」

「な、ならこちらの列にありますよ。私が、あ、案内しましょう」

「ご親切にありがとうございます!」

 

 

 

おすすめの参考書を2冊借りて貸出カードに名前を書く。どうやらホグワーツではひと月丸々借りていていいらしい。なんて太っ腹なんだ……私が学生の頃は2週間だったような気がする……。まあ、なんにせよ、これでハリーとロンもレポートが書けるぞう!

 

 

 

「あ、あの!ミス・ダーズリー!」

「?はい、どうされましたか?」

「こ、この後予定がないなら、私の部屋でお茶など、い、いかがでしょう?よ、良い茶葉を手に入れたので」

「わあ、いいんですか?ぜひお邪魔したいです!」

 

 

 

クィレル先生はおろきょどしながらドアを開けてくれた。通された部屋は「闇の魔術に対する防衛術」の教室のようにニンニクの匂いで充満しておらず、古い書籍や羊皮紙が沢山積み上がっている。床に落ちていた1冊を手に取った。ふむふむ、「永遠の命〜八百比丘尼の伝説〜」……これ絶対日本のでしょ、我が愛しき魂の故郷……

 

デスクの端をお借りして借りてきたばかりの本を置く。差し出されたカップから爽やかな柑橘の香りがした。

 

 

 

「いい香りですね。水色も綺麗だわ……」

「き、気に入ってくれたなら何よりです。ミルクと砂糖はど、どうしますか」

「どちらも頂きます。……はぁ、脳にしみ渡るわぁ……」

 

 

 

糖分は大事、はっきりわかんだね。熱いミルクティーをちびちび舐めながらお茶請けを楽しみ、ほっと一息ついた。魔法界のお菓子にしては珍しく真っ当なものばかりが並べられ、特にアプリコットジャムを挟んだリンツァークッキーなんて絶品だった。どこの商品なんだろう、個人的に買いたい……

 

お茶のおかわりを挟み、先生と他愛のない話をする。ハリーが地元の長距離走大会で優勝した話だとか、ダドリーがイングランドのジュニア大会で優勝した話とか、うっかり不審者の肋骨をへし折った話とか、まあいろいろと。

 

1番戦闘能力が低いハリーでさえ鍛えられた黄金の左足で変態を撃退してるんですよー。どうしたんです先生、そんなに顔を真っ青にして……大丈夫です、変態ぺド野郎しかハリーは狙いませんから……。そうそう、うっかり家族トークで盛り上がってしまったけれど、

 

 

 

「先生、私を呼んだ目的はなんです?わざわざ1人のときに接触してきたんです、何か聞きたいことがあるのでしょう?」

「……分かっていたのか、ミス・ダーズリー。ああそうだとも、ぜひ君の意見が聞きたくてね」

 

 

 

夢から覚めたような顔をして先生が微笑んだ。まるで人が変わったみたいな口調と表情だ、不安げな態度で隠し通しているのだとしたらとんでもない狸ね。丈夫な仮面を剥いでまで一体何を聞きたいのかしら。

 

空っぽのカップを取り上げられた代わりに、膝をついた先生が私の手を取った。

 

 

 

「愛とは、なんだ?」

「私なら、愛は狂気と答えるわ」

狂気(craziness)?なぜ?」

「|Things base and vile, holding no quantity, /Love can transpose to form and dignity.《すこしも均衡のとれていない卑しく醜いものを、愛は美しく厳かなものに変えることができる》愛ゆえに他人を虐げるものがいたわ、愛ゆえに相手を殺す人間だっている。愛の盲目さで滅んだ東方の国さえあるのよ、これが狂気でないのなら何が狂ってるって言うの?」

 

 

 

愛は恐ろしいものよ、だから触れたくなるのでしょう?

 

にっこりと微笑んでみせると、クィレル先生はクマと遭遇した人間みたいな顔をしてそっと後ずさった。まったくもって失礼だわ……

 

 

 

「お前は……現実主義のダンブルドアよりもよほど恐ろしいな」

「まあ、繊細な乙女になんて言い草なの?」

「本当に繊細なら今頃恐怖で気を失っていると思うがな。……お前が若き俺様のそばにいてくれたなら、マグル抹殺など考えもしなかっただろうに」

 

 

 

小さく呟いた言葉は残念ながら聞こえなかったけれど、きっと聞いて欲しくないから声量を搾ったのだろう。ならば、私が問いただす必要はないか。

 

真顔なのに泣きそうなクィレル先生をしばらくよしよしして、荷物とともに部屋を出る。寮の入口まで送ると言ってくれたけれど、なんとなく1人で歩きたかった。

 

愛とは狂気だ。そしてダドリーやハリーに対する私の愛もまた、狂気だ。

 


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