突然だがI字バランスとは。
明確な定義があるわけではなく、Y字バランスに近いがY字よりも足が上がっているポーズが、便宜上I字バランスと呼ばれているモノである。
つまり、おおよそY字バランスの足を上げすぎた形が、主に「I字バランス」とされるポーズなのだ。
そんなポーズが、何故最近になって流行り始めたのかは世情に疎い私にはわからないが、私が司令長官を務める鎮守府も流行に呑まれたらしく、戦艦から潜水艦までありとあらゆる艦種の子達が競うようにI字バランスにチャレンジしている。
もちろん私が愛し、常に監視カメラや盗聴器で観察している朝潮型も例外ではない。
「もっと!もっと高く上げて!今の姉さんのポーズはIにはほど遠いわ!」
と、テトリスの
水色の下着が素晴らしい。
「む、無理です……。これ以上は裂け……裂ける……」
「何を甘ったれたこと言ってるの!女は男より股関節の可動域が広いんだから、根性さえあればI字バランスなんて余裕でしょ!」
いやまあ、女性は出産のために骨盤が男性より大きいから、男と比べると可動域が広いと言えなくもない。
だが、それは筋肉の柔軟性が同じレベルの男女が比べ合って初めて差異が出る程度だ。
我が愛しき朝潮のように、柔軟性が皆無と言っても過言じゃないレベルの子では、いくら根性があってもI字バランスは無理だろう。
だって朝潮は、体力テストの項目の一つである、長座の姿勢から腰関節を前屈させて前屈の度合いを長さで測定する長座体前屈で5mmを記録するほど体が硬いんだ。
そんなアサシオが、テトリスの
「大潮と荒潮!それじゃあI字じゃなくてY字だって、何回言わせるの!」
「だってこれ以上上がんないもん。ね?荒潮」
「大潮ちゃんの言う通りよぉ。これ以上はこれっぽっちも上がらないわぁ」
いいや、嘘だ。
大潮と荒潮は、まだ足を上げられる。
それこそ、I字バランスを維持したまま器用にクルッと回った満潮並みにだ。
にもかかわらず、二人が足をそれ以上上げないのは私に見られていると気づいているからだろう。
実際、たまに殺意のこもった視線をカメラに向けてるしね。
「ねえ山雲、満潮姉ぇはどうして急にI字バランスとか言い出したの?」
「どうせ流行りにのっただけよ~。ほら~、満潮姉ぇって~、流行りに敏感なところがあるから~」
とか言いつつ、早々に素敵に可愛いらしい下着……もとい、見事なI字バランスを披露して満潮から解放された朝雲と山雲の二人は、一人だけヒートアップしている満潮を冷めた瞳で見つめている。
「峯雲もいつまで寝てんの!寝てる暇があるなら、さっさと練習を再開しなさい!」
「で、でも満潮姉さん。私の場合は……そのぉ……」
「私の場合は何よ。まさか、胸が邪魔でできません。なんて、言わないわよね?」
間違いなくその通り。
おそらく峯雲は、柔軟性自体は問題ない。だが毎回毎回、足を上げる角度が悪すぎる。
峯雲の場合は、ほぼ真正面から足を上げるせいで、見るたびに「そのオッパイで朝潮型は無理だろ」と、言いたくなる胸部装甲にぶつかって押し返されてしまうのだ。
ずっと見てたが、それはそれは見事な押し返されっぷりだった。
擬音を用いて説明するなら、ポヨンポヨンどころかバインバインと言った感じだ。
しかもそれを無自覚に、かつ真剣にやっているのだからたちが悪い。
峯雲が足を振り上げるたびに、胸部装甲の弾力を視覚で楽しめ、さらに足を振り上げたことで歪んだ下着を凝視できた。
アレを見た今では、「朝潮型に巨乳枠はいらんだろ」と言っていた過去の自分を、「わかってねぇなコイツ」と笑ってやりたくなる。
「霰は……何やってるの?」
「見て……わからない?」
「両手の平をつけて真っ直ぐ伸ばして直立してるのはわかる」
うん、司令官にもそうとしか見えない。
しかも、I字バランス以上にI字に見えるのも理解できる。だが、果たしてそれをI字バランスと呼んで良いのだろうか。
四十を間近に控え、肩を上げづらくなっている私では、手の平を合わせたまま真っ直ぐ上げることすらしんどいが、これをI字バランスと言い張っちゃ駄目でしょ。
だいたい、バランスなんて取ってないしね。
「霞は……何してんの?」
「あ、I字バランス……」
「いや、確かにI字にはなってるけど、バランスが取れてないよね?」
満潮にツッコまれた霞がどんな格好をしているかと言うと、I字のポーズを取ったまま床に倒れている。
ポーズを維持したままなのは凄いと思うが、アレではI字ではなく一字だな。
「でもほら、ポーズはちゃんとできてるでしょ?」
「立ててないから駄目。それじゃあ、朝潮姉さんと大差ないわ」
「いやいや!アレよりはマシでしょ!?だって朝潮姉さん、足が上げれてないじゃない!」
「でも、バランスは取れてるわ」
ふむ、確かに朝潮は、
対して霞は、柔軟性は問題ないがバランス感覚がない。皆無と言って良いほどない。
どれくらいないかと言うと、特殊なポーズを取らない普通の片足立ちで、10秒も立って居られないレベルだ。
「二人を足したら良い感じかしらね。ちょっと二人とも、フュージョンしてみてくれない?」
「ふゅーじょん?それは、何かの暗号ですか?」
「朝潮姉さんとフュージョンとか絶対に嫌よ!ポンコツがうつるじゃない!」
フュージョン……か。
それが某漫画で出た当時は、若かったのも手伝って無駄に練習したりしてたな……は、置いといてだ。
朝潮と霞がフュージョンしたら、名前はどうなるんだろうか。
朝霞か?それとも霞潮か?
強いて言えば前者だが……そもそも、艦娘にフュージョンなんてできるのか……も、置いといて、諦めずにI字バランスにチャレンジし続けている峯雲の体の向きが、段々と満潮に向いてきてるんだが……。
あ、オチが見えた。
「ほら、起こしてあげるから、そのままバランスを取ってみなさい」
「い、いや、それは良いんだけどさ」
「何よ」
ま、待て霞!
満潮に何を言うつもりだ?
まさか、峯雲のかかと落としが徐々に迫ってきていると注意するつもりか?
だとしたら遅い!遅すぎる!
あと1~2回のトライで満潮に届く距離まで来ているこのタイミングで注意すれば、間違いなく満潮は振り向く。振り向けば十中八九……。
「後ろ、注意した方が良いわよ」
「後ろ?後ろが何……よぼぉ!?」
案の定だった。
霞に注意されるなり振り向いた満潮の顔面……いや、鼻っ柱に、峯雲のかかとが見事にめり込んだ。
いやホント、某格闘漫画もビックリなほど見事にめり込んだせいで、朝潮型でも屈指の美少女である満潮が醜女に見えたほどだ。
「ご、ごめんなさい満潮姉さん!大丈夫です……か?」
「いや、だいじょばないでしょコレ。完全に気絶してるわ」
「笑えるくらいめり込んだもんね。大潮、バ○のワンシーンを見た気分だったよ」
「まぁ、これで静かになるしぃ、良いんじゃなぁい?」
「荒潮姉ぇの言う通りだよ。満潮姉ぇはこのまま寝かしときましょ。ね?山雲もそう思うよね?」
「山雲は~、どっちでも良いかな~。霰ちゃんは~?」
「霰もどっちでも良い」
「いやいや!流行りに流された満潮に迷惑してた気持ちは理解しますが、せめて工廠に連れて行きましょう!?」
と、愚直に┫字バランス?を続ける朝潮に説得された朝潮型姉妹たちは、I字バランスのまま気絶した満潮を7人で担いで、工廠へと向かった。
オチがいまいちだけど……まあいっか( ̄▽ ̄;)