(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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111話 剣聖

 今回のリベール大使の訪問は民衆に国同士の仲の良さをアピールすることが本題のため、クローディアやカシウスに望まれる仕事はなかった。

 あえて言うならば、持て成されることが仕事であり、クローディアはアルフィン皇女が開いたお茶会に招かれていた。

 

「それにしてもレンちゃんがリィン君と一緒にいるなんて……

 てっきりクロスベルにいるとばかり思っていました」

 

「別にレンがどこで何をしていたって関係ないでしょ?」

 

 クローディアの言葉にレンはそっぽを向いて無愛想に応える。

 おおよそ一国の王女に向ける態度ではないのだがクローディアはそんなレンに微笑むだけで気を悪くした様子はない。

 

「あの……お二人はどのような御関係なんですか?

 いえ、そもそもレンちゃんはいったい何者なんですか?」

 

 今更ながらエリゼは改めてレンの素性が気になり尋ねる。

 リィンは多くを語らなかったが、それこそリィンと同じように複雑な事情のある女の子だという事は察していた。

 それだけではない。

 普通の年下の女の子ではない何かを感じずにはいられなかった。

 

「レンちゃん?」

 

 どうしますかと、目で問うクローディアにレンは笑みを浮かべて名乗る。

 

「身喰らう蛇、執行者No.ⅩⅤ《殲滅天使》レン……

 そんな風に呼ばれているわ。ちょっと品がなくてあまり好きじゃないんだけど」

 

「え……?」

 

「身喰らう蛇というのはリベールで暗躍していた犯罪組織のことですよね?」

 

「そうよ。レンはリィン達の敵だったの」

 

 レンの答えにエリゼ達はクローディアの表情を窺う。

 

「本当ですよ。でも安心してください。リィン君が一緒で、オリヴァルト皇子が許可をしているのならレンちゃんが危害を加えることはしませんから」

 

 奇妙な信頼を向けるクローディアに余計にエリゼ達は混乱する。

 

「信じられないかしら? それならこれでどうかしら?」

 

 そう呟くとレンの手に光が灯ると、身の丈を越す大鎌がその手に現れる。

 

「っ!?」

 

 エリゼ達が息を呑む。

 

「ふふ……」

 

 警備として離れた所に立っていたクレアが慌てて導力銃を抜くが、レンはその間に手の中から大鎌を消してみせ、何事もなかったかのようにティーカップを取る。

 クローディアは目で謝り、何事もなかったように会話を続ける。

 

「……それではレンちゃんはリィンさんとも戦ったんですよね?

 すごいですね。私たちよりも小さいのに」

 

 言葉に窮するエリゼとアルフィンを差し置いてミュゼが感心する。

 

「流石に今のリィンと一対一で正面から戦うのは厳しいかしら……でも勝てないわけじゃないわ」

 

「あら……すごい自信ですわね。私たちは何が起きたかもよく分からなかったのに」

 

「フフ……それは仕方ないわ。御前試合をちゃんと理解できた人の方が少なかったんだから」

 

「そうですわね。私に理解できたのはリィンさんの雄々しさくらいでしょうか?

 殿方に目を奪われるなんて初めてで胸がときめいてしまいました」

 

「ミュ、ミュゼ!?」

 

「あら、ミュゼったら随分と攻めるわね」

 

「今まで出会ったことのないタイプの殿方でしたし、エリゼ先輩に詰め寄られていた時と戦っている時のギャップと来たら」

 

 頬を紅潮させるミュゼにアルフィンは確かに、と頷く。

 

「そうですわね……

 エリゼやレンちゃんに振り回される気の良いお兄様かと思ったら、あんなに大胆な男らしい顔もできる方だなんて思ってもみませんでしたわ

 正直に言うと私も見惚れてしまいました」

 

「ミュゼ……それに姫様もお戯れはそのくらいにしてください」

 

 からかおうとする気配を察してエリゼは二人を半眼で睨む。

 

「でもエリゼ先輩。リィンさんが優良物件なのは間違いありませんよ」

 

「え……?」

 

「確かに出自不明ですが、男爵家の嫡男であることに変わりはありません……

 それ以上にオリヴァルト皇子からの信頼も厚く、実力もおそらく帝国の上の方から数えた方が早い位置にいると思います……

 さらにはクローディア姫との縁に七耀教会とも関りがある御様子でした……

 そしてリィンさんはまだ十六歳。将来性という意味でも十分に期待できるでしょう……

 もしかしたら今後、縁談の申し込みが後を絶たないかもしれませんよ」

 

「それは……兄様が決めることですから……私は妹ですし……」

 

「あらエリゼったらそんなこと言ってたら他の人に取られてしまうわよ……

 例えば、そこのレンちゃんやクローディア殿下に」

 

「あら?」

 

「私……ですか?」

 

「だって気になるじゃないですか。敵だったはずの女の子がどうしてリィンさんと一緒にいるのか……

 それにクローディア殿下もリィンさんとあんな熱烈な抱擁を交わしたのですから、やはりお二人とも憎からず思っているのではないですか?」

 

 興味津々に尋ねるアルフィンの淑女らしからぬ姿にエリゼはため息を吐きながらも止めなかった。

 何故ならエリゼも二人が兄のことをどう思っているのかは非常に気になることなのだから。

 

「別にレンは仕方なく一緒にいてあげてるだけよ……

 レンは今、エステル達に追い駆けられているからちょうどいい目くらましだっただけよ」

 

「本当にそれだけですか?」

 

「あら、あなたなんかにレンの何が分かるのかしら?」

 

「レンちゃんなら、本当にリィンさんのことが嫌いなら絶対に一緒にいたりはしないと思います」

 

「それは……」

 

「フフ……でもそういう話はまだレンちゃんには少し早かったかしら?」

 

「子供扱いしないでくれないかしら」

 

 睨まれても怯まないアルフィンにレンは唇を尖らせる。

 そんな拗ねたレンにアルフィンは微笑みを浮かべ、クローディア――本命に向き直る。

 

「それでクローディア殿下はどうなのですか?」

 

 アルフィンを始めとしたエリゼとミュゼ、三人に熱い視線を向けられてクローディアは苦笑いを浮かべる。

 

「私がリィン君に感じている印象は弟がいたらこんな感じなのかと言ったものですね」

 

「弟ですか?」

 

「強くて頼りになる。でも本当は弱くて、目を離すとすぐに危ないことをする困った子です」

 

「本当にそれだけですか?」

 

「ふふ……ご期待に沿えず申し訳ありません」

 

 残念と言わんばかりに落胆するアルフィンを前にクローディアは考える。

 そもそもリィンと会い、親睦を深める前にクローディアはヨシュアに惹かれていた。

 なので自然とリィンにそういう感情を向けてはいなかった。

 むしろエステルに淡い恋心を持つ彼に親近感を持ったくらいだ。

 しかしクローディアの恋もヨシュアに告白したことで区切りはついているとはいえ、それですぐに次の恋を考えられるほど割り切りは良くない。

 それはきっとリィンの方も同じだろう。

 

「でも、そうですね……リィン君でしたら私もやぶさかではないですね」

 

「あらあらっ!」

 

「まあっ!」

 

「え……?」

 

 三人のそれぞれの反応にクローゼは苦笑して続ける。

 

「でも、今はお互いそういう気持ちになることはないと思います」

 

「それはどうしてですか?」

 

「お互いに初恋を終わらせたばかり……というのもありますけど、リィン君はまだ十六歳……

 これから沢山の人と出会って、いろいろな経験をして、より大きくなるでしょう……

 そんな大切な時期に私が縛ってしまうのはもったいないじゃないですか」

 

「でも、それではリィンさんが他の方に取られてしまうかもしれませんよ?」

 

「それならそれでいいんです……

 リィン君が自分で選んだ人と添い遂げるなら、その方はきっと素晴らしい女性のはずです」

 

 終始笑顔なクローディアにアルフィン達は言葉を失う。

 他人の色恋に一喜一憂して盛り上がっていた自分たちが何だか子供っぽく思えてしまう。

 クローディアとの歳の差は三つだけのはずなのに、感じさせる風格はいったい何なのか。

 

「これがリベールの至宝と呼ばれる女性の貫禄なのでしょうか?」

 

「何だか眩しいですね」

 

「姫様もミュゼも少しはクローディア殿下を見習ってください」

 

 戦慄するアルフィンとミュゼにエリゼは呆れ、安堵する。

 クローディア王太女はエリゼの目から見て、とても魅力的な女性だった。

 以前に会った時もそうだが、その時と比べ芯が一本通った佇まいはより一層彼女を魅力的に見せる。

 もしも彼女が、もしくはリィンのどちらかが想いを寄せることになればそれこそお似合いとしか評せない程に。

 そんな帝国の少女達にクローディアは微笑ましい眼差しを送り――

 

 ――あれ?

 

 自分の発言を振り返りクローディアは首を傾げた。

 言葉の通りリィンと恋仲になることはやぶさかではないが、同時にあり得ないとも思っていることも嘘偽りはない。

 しかし、リィンのことを改めて思い出す。

 クローディアが大切にしていた孤児院の人達を守って傷付いた姿。

 当時はただの学生でしかなかった自分の我儘を聞いてくれた懐の深さ。

 結社に王都を襲撃された時や、浮遊都市での窮地に颯爽と駆け付けて来てくれて守ってくれた背中の力強さ。

 そしてアルティナに向けていた深い愛情。

 きっとリィンは素敵な男性に、父親になるだろうことは疑うまでもない。

 

「…………困りましたね」

 

 誰にも聞こえない声量でクローディアは呟く。

 困った弟という認識は変わらないのだが、考えれば考える程リィンという人間と恋仲になることに抵抗感がないことに気付いてしまう。

 付け加えるならリベールは身分制度を一部を除いて廃している。

 しかも、リィンはある意味リベル=アークに登録されたことで非公式ながらも始祖と同等とも言える存在になっているから何の問題もない。

 

 ――いや、そうじゃない……

 

 何故か、理由を探してしまう思考をクローディアは首を振って振り払う。

 

「そういえばカシウス准将は兄様にどんな御用だったんですか?」

 

 そんなクローディアの葛藤に気付かず、エリゼは話題を変える。

 それ以上の追及がなかったことにクローディアは安堵し、平静を装って答える。

 

「こちらに出発する前にオリヴァルト皇子から相談されたんです……

 リィン君はまだ八葉一刀流《初伝》ですが、その実力はすでに《初伝》の枠を超えているはずだと」

 

「あ……やっぱりおかしかったのはリィンさんの方だったんですね」

 

 クローディアの言葉にミュゼが得心がいったと言わんばかりに安堵の息を吐く。

 

「あはは……アネラスさん、リィン君の姉弟子の女性が言うにはすでに《奥伝》を授かっていてもおかしくはないそうですよ」

 

「《奥伝》ということは《皆伝》ということですよね? つまり兄様は《剣聖》になるということですか?」

 

「そうなりますね。ただカシウス准将も自分の独断で昇段させていいのか、悩んでいました」

 

 エリゼの疑問にクローディアは応える。その言葉にアルフィンが首を傾げ、疑問を重ねる。

 

「それではどうするおつもりなのですか?」

 

「それは――」

 

 答えを口にしようとした瞬間、クローディアは不意に感じた揺れに言葉を止めた。

 

「あら? 地震ですか……珍しいですね」

 

 帝都では珍しい地震にアルフィンが首を傾げる。

 その言葉にクローディアは何故か笑顔を浮かべているカシウスを思い出し、嫌な予感を感じるのだった。

 

 

 

 

 リベールからの大使団を持て成す役割を与えられたリィンだが、何も一人でカシウスの相手をしろと言うわけではなかった。

 

「お二人はお知り合いだったんですね」

 

 リムジンと呼ばれる種類の導力車の車内にはリィンとカシウス、そしてヴィクターの三人が向かい合う形で座っていた。

 

「うむ、帝国ギルド襲撃事件の時に知り合ってな……

 ユン殿より話を聞いていたのであっという間に打ち解けたものだ」

 

 本来ならヴィクターも領主会議に参加しているのだが、それは帝国の規模が幸いしていた。

 オリヴァルトが司会を務めることもあり、レグラムが関わる案件は後回しにされ、カシウスと縁があるヴィクターが持て成し役として抜擢されたのだった。

 余談だが、とある将軍が物凄い目で彼を睨んでいたのだが、ヴィクターは慣れた様子でそれを受け流していた。

 

「ヴィクター殿には事件解決に協力してもらった礼をしなくてはと思っていたのだが、こんなついでのような形で申し訳ない」

 

「いえいえ、とんでもない。むしろこんな場面に立ち会わせていただき感謝したいくらいです」

 

「子爵閣下はこれから何をするのか知っているんですか?」

 

 リィンは何も説明されずにリムジンに乗せられた。

 その行く先はすぐに分かるとはぐらかされたが、意味深な会話にリィンはもう一度尋ねる。

 

「ああ、だがもう着いたようだ」

 

 窓の外に視線を向けるヴィクターに倣ってリィンも外を見る。

 

「闘技場?」

 

 それは先日に御前試合をした場所だった。

 導力車は整備用の入り口からアリーナへと直接入って停車する。

 闘技場の中は御前試合の時が嘘のように静まり返っていたが、アリーナの中央には一人の男がリィン達の到着を待っていた。

 

「待たせたようだな」

 

 導力車から降りてカシウスが彼に声をかける。

 

「お久しぶりです。カシウスさん」

 

 頬傷が特徴的な男はカシウスに恭しく頭を下げる。

 

「紹介しよう。彼はアリオス・マクレイン……

 そしてこっちはリィン・シュバルツァーとヴィクター・S・アルゼイド殿だ」

 

 カシウスに紹介された名前にリィンは驚く。

 

「失礼しました。俺はリィン・シュバルツァー。貴方の弟弟子に当たります」

 

 佇まいを直してリィンは改めて名乗る。

 

「ああ、話はユン老師から聞いている」

 

 アリオスはそのリィンの名乗りに頷き、ヴィクターとも挨拶を交わす。

 アリオス・マクレイン。

 主にクロスベルを拠点にして活躍している遊撃士であり、《風の剣聖》と呼ばれる八葉一刀流の使い手。

 そんな彼が何故ここにいるのかリィンが問うと、カシウスは鷹揚に頷いて答えた。

 

「これよりリィン・シュバルツァーの昇段の儀を執り行う」

 

「え……?」

 

「本来ならばユン老師の許可もなくこのようなことはしないが、君の力はすでに《初伝》の枠を超えてしまっている……

 そのまま八葉一刀流を名乗り続ければ要らぬ誤解が広まってしまうとオリヴァルト皇子に相談されてしまってな」

 

「そのためにわざわざアリオスさんをクロスベルから呼んだんですか?」

 

「ああ……

 《皆伝》に至っている俺とアリオス。そして老師の知己であるヴィクター殿……

 この三人なら老師も納得していただけるだろう」

 

「ですが、俺はまだどの型を選ぶのかさえも決めていないんですが」

 

 八葉一刀流には全部で八つの型が存在している。

 八葉では最初の段階で全ての型の基礎を叩き込まれるのが習わしであり、老師の下を離れた時点で《奥伝》に至る道筋が出来ている。

 それを聞いたのはカシウスと最初に会った時。

 ようやく《初伝》を授かったことの意味をその時知ることは出来たのだが、述べた通りリィンはまだどの型を主軸に鍛えるかまでは決めていない。

 むしろ他の流派の技などを節操なしに取り込んで、今の自分が本当に《八葉》を名乗っていいのかも判らない。

 

「そうなのか?

 アネラス達から聞いた限りではなかなか凄い技を放っていたそうではないか」

 

「あれは……」

 

「まあ、ともかくものは試しと思って手合わせしてみるといい」

 

 有無を言わせないカシウスの雰囲気にリィンは息を一つ吐き、気持ちを切り替える。

 

「アリオス師兄。よろしくお願いします」

 

「ああ……だが、先に言っておくが俺は手加減するつもりはない……

 これは奥義伝承のためのものではないからな。力が不足していると感じれば容赦なく蹴り落とす」

 

「……はい」

 

 人のいない静まり返った闘技場の中央でリィンとアリオスは向き合う。

 

「八葉一刀流、二の型奥義皆伝、アリオス・マクレイン……

 これより伝位認定の試しを執り行う。来るがいい――リィン・シュバルツァー!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 広い空間を二人の剣士が目まぐるしく駆け回る。

 

「凄まじいものだな」

 

 速度を落とさずアリオスは呟く。

 加減はしているとはいえ、自分の速さについて来る少年に瞠目する。

 良く練られている基礎。

 さらには緩急をつけた歩法に他の型を織り交ぜた複合の型。

 二の型を極めたアリオスからすればまだまだ荒い部分は目立つが、それでも老師が離れて二年でここまで至ったと考えると、その異常とも呼べる成長速度に内心舌を巻く。

 下手を打てば喰われかねない気迫はとても《初伝》が纏う覇気ではない。

 

「ここまで引き上げられたことを褒めるべきか、それとも同情するべきか」

 

 剣を交える度に彼が積み重ねてきたものが見えてくる。

 才能もあっただろう。

 しかし、それ以上に遥か格上の強敵とばかり戦ってきたのが分かる。

 ただ若さに任せた荒々しいだけの剣ではない。

 激しい攻撃の中に必殺を狙った鋭く冷徹な刃が繰り出され、アリオスは背中に冷たいものを感じながら捌く。

 《修羅の剣》と《理の剣》。

 一見矛盾した二つを内包する剣にアリオスは柄にもなく高揚を感じる。

 

「ついて来い」

 

 交差した瞬間にアリオスは言葉を残して速度を一段階上げる。

 リィンを一度大きく弾き飛ばすと、彼が着地する前に追い縋りもう一撃を加える。

 

「くっ」

 

 しっかり反応して受け止めたことに口角を釣り上げる。

 

「まだ行くぞ」

 

 今度は逆に速度を落とし、その分膂力を込めた一撃を叩き込む。

 突然の減速にリィンは体を揺らすが紙一重で躱すことに成功する。

 そのままカウンターを狙うリィンだが、その時にはもう目の前からアリオスは離脱し背後を取っていた。

 

「秘技・裏疾風」

 

 剣閃を放つ。

 リィンは背後からの一撃に対し、身体を横にして跳んだ。

 上へ逃げたリィンにアリオスは追撃を――中断して、距離を取る。

 次の瞬間、アリオスが放った剣閃に合わせるように、その射線上に置いた太刀が弾かれた反動により自身の身体を回転させたリィンは、勢いをそのままに振りぬいた孤影斬の一撃でもってアリーナを斬断する。

 

「なっ……」

 

 思わずアリオスは絶句する。

 まだ手加減はしているが、あの態勢からこちらの力を利用し、さらには剣閃の力を取り込み上乗せして反撃に転じてくるセンスに脱帽する。

 

「これで《初伝》だと? 何の冗談だ……」

 

 カシウスの評価が身内びいきのものとして過小評価していたがとんでもない。

 

「ならばこれでどうだ……」

 

 《軽功》によってアリオスはさらに加速する。

 

「風巻く光よ、我が剣に集え!」

 

 リィンの目を振り切り、アリオスは風を纏う高速の刃で襲い掛かる。

 

「奥義! 風神烈破っ!!」

 

 咄嗟に最後の強力な一撃を太刀で受け止めるものの、リィンは耐え切れずに吹き飛ばされた。

 受け身を取る余裕もなかったリィンは、加速したアリオスの速度をそのまま引き継ぐ様な形で背中から壁に叩きつけられる。

 

「ぐっ……」

 

 そして弾き飛ばした側のアリオスはと言うと、脇腹を押さえて膝を着いていた。

 

「まったく……末恐ろしい弟弟子だ」

 

 最後の一撃の瞬間、致命傷を避けるための最低限の防御だけをしたリィンは、さらに一歩前へと踏み出し拳を当てに来た。

 拳そのものの威力は少なかったが、アリオスの踏み込むタイミングに合わされた一撃は、カウンターとして確実にダメージを通してきていた。

 幸いなことに急所を躱すことはできた。

 だが、少しでも反応が遅れていれば足を潰されかねなかった一撃にアリオスは苦笑いを浮かべる。

 そして壁に叩きつけられたリィンは、息を荒くしながらもなお立ち上がってくる。

 

「認めないわけにはいかないか」

 

 アリオスは立ち会っているカシウスとヴィクターを一瞥してから立ち上がると、リィンに言葉を投げかける。

 

「見事だ。よくそこまで強くなったものだ」

 

「……ありがとうございます」

 

 構え直したリィンは虚を突かれながらも終わったのだと剣を降ろした。

 その素直過ぎる反応にアリオスは苦笑する。

 

「確かまだ使う型を決めていないんだったな? ならば後で俺が老師から賜った《中伝目録》をくれてやる」

 

 少しだけ目の前の少年を育てる誘惑に駆られるが、自分にその資格はないとアリオスは自重する。

 

「よろしいんですか?」

 

「ああ、構わん……これにて昇段の試しは終わりと言いたいところだが、最後にお前の最高の一撃を打ち込んでこい」

 

 これまではほとんど対等な戦いとして剣を交え、終始アリオスが圧倒していた。

 そもそも先の先を取る《二の型》の特性を考えれば当然の戦い方なのだが、一人の武人としてリィンがどんな攻撃をしてくるのか好奇心もあった。

 

「ついでにお前の内なる力も遠慮はいらん、存分に使え」

 

「…………それもカシウスさんに?」

 

「いや、剣を交えればお前が何かを隠していることくらい分かる」

 

 短い否定の言葉にリィンは少し迷って、カシウスを一瞥する。

 彼は鷹揚に頷いて、先を促す。

 

「分かりました」

 

 そう言うとリィンは太刀を鞘に納め、抜刀術の構えを取って目を瞑る。

 一瞬で空気が張り詰め、アリオスは唾を飲んで太刀を正眼に構える。

 闘気による探り合い。

 と思いきや、読み合いを放棄して自己に埋没するリィンにアリオスはやや呆れる。

 

「打って来いとは言ったが、ここまでするとは大胆不敵な」

 

 ゆっくりと確実にリィンの中で練り上げられていく闘気の密度にアリオスは油断することなく構えを維持する。

 これが勝敗のある試合や実戦ならそれを邪魔するのだが、あくまで試しである以上アリオスからは手を出さない。

 一分、二分と時間だけが過ぎていく。

 その程度ではアリオスの精神は揺らぐことなく、むしろ対抗するように闘気を練り上げる。

 そして――長い溜めを解放するようにリィンが目を開く。

 

「神気合一」

 

 解放された一撃にアリオスは――

 

 

 

 

「ここは……」

 

 気付けば辺り一面真っ白な世界にアリオスは立っていた。

 

「俺はいったい……」

 

 自分が直前に何をしていたのか思い出せない。

 

「お前は何やってんだ?」

 

 呆然と立ち尽くすアリオスの背中に聞き覚えのある声が掛けられた。

 その声を聞いてアリオスは振り返ることを忘れて固まった。

 

 ――あり得ない……この声の主は……すでに……

 

「ったくシズクちゃんを放り出してこんなとこに来てんじゃねえっ! とっとと帰りやがれっ!」

 

 背中を向けたままでいると蹴りを食らって前につんのめる。

 地面と思われる白に手と膝を着きながら、アリオスは恐る恐る振り返る。

 そこには予想した男の顔があった。

 

「なんだ、どうしたアリオス? 久しぶりの再会に口も利けないくらいに驚いたか?」

 

 記憶の中の彼と寸分違わない彼の言葉にアリオスは思わず目を伏せる。

 

「これは夢か……?」

 

 アリオスの問いに彼は頭を掻く。

 

「正確には違うな……臨死体験とお前の想念が混じり合った世界とでも言えばいいのか? 俺はそういう意味では偽物だ」

 

 そうは言うものの言葉も立ち振る舞いも死んだはずの彼自身としかアリオスには思えなかった。

 

「臨死体験……俺は死んだのか?」

 

「安心しろ。かなり良い一発だったがちゃんと生きてるぞ。ざまあみろ」

 

「は……」

 

 彼の笑いに釣られてアリオスは失笑をもらす。

 そしてあの時から捨てたはずの笑みが出て来た自分に気が付き、アリオスは驚く。

 

「さて、あんまり時間はないみたいだからアリオス……一つだけ言っておくことがある」

 

「ああ、聞こう」

 

 彼のどんな罵倒も受け入れるとアリオスは彼に向き直り、佇まいを直す。

 

「あんまり自分を戒めてばかりいないでちゃんとシズクちゃんとの時間を作れよ」

 

「なっ!?」

 

 絶句するアリオスを無視して彼は続ける。

 

「あと俺を死なせたことに責任を感じて後戻りできないなんて言うなら、突き抜けてお前も周囲も納得できる最高の結末を掴み取ってみやがれ」

 

「…………馬鹿が……それでは二つではないか」

 

 アリオスの揚げ足を取る言葉に彼は笑い、拳を作ってアリオスの胸を叩く。

 

「良い歳して殻に閉じこもってんじゃねえよ。そんなんだと若い奴等にあっという間に抜かれちまうぞ」

 

「そう……だな……」

 

 今まさに追い抜かれたばかりだと思うと笑いが込み上げてくる。

 不意に彼の姿は霞のように溶けていく。

 

「じゃあなアリオス……ちゃんと胸を張って生きろよ」

 

「ああ、さらばだガイ……それとすまなかった」

 

 アリオスの謝罪に彼は最後にもう一度胸を叩いて消えてしまった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「…………っ……」

 

 瞼を開くと一面の星空が広がっていた。

 

「目が覚めましたか?」

 

 その気配を察したのか、知らない女の声が聞こえて来た。

 アリオスは体を起こして周囲を見回す。

 星空のような空に石造りの回廊。

 一目で普通ではない状況だとアリオスは冷静に判断し、自分の太刀を探す。

 

「これですか?」

 

「……ああ」

 

 シスターの服を纏った女が差し出してきた太刀にアリオスは戸惑いながらも受け取った。

 

「貴女が俺を介抱してくれたのですか?」

 

「ええ……初めまして。ルフィナ・アルジェントと言います」

 

「アリオス・マクレインだ。早速で済まないがここが何処なのか教えてもらえるか?」

 

「ここは《影の箱庭》です……リィン君の聖痕の力で高位次元の一部に造られた特殊な領域です」

 

「…………すまない。いったい何があったんだ?」

 

 理解できない状況にアリオスは一からの説明を求める。

 

「そうですね……」

 

 ルフィナは簡単に状況を説明する。

 リィンが全力を出す影響がどれほどのものになるか警戒してルフィナは万が一に備えていた。

 そしてリィンの中の《鬼の力》と彼が練り上げた神気は互いに増幅し合い、それこそ《世界》を壊しかねないほどの力を顕現させた。

 危険だと判断したルフィナはリィンの周辺を丸ごと《影の箱庭》に移動させることで現実世界への被害を最小限に止めた。

 さらに付け加えるならアリオスが気を失ったのはリィンの一撃を受け損ねたせいだった。

 幸いにも咄嗟に直撃を避けたが、その余波だけでもアリオスの意識を刈り取るだけの威力があったらしい。

 

「はははっ! 弟弟子にしてやられた気分はどうだアリオス?」

 

 ルフィナの説明の合間に現れたカシウスが笑う。

 

「久しぶりに悔しいと感じさせられましたよ」

 

 アリオスはため息交じりに言葉を返すと、カシウスがふむっと首を傾げた。

 

「アリオス……何かあったか? どうやら険が取れたように感じるが?」

 

「特に何も…………いや、良い夢を見れたからかもしれない」

 

 誤魔化そうとしてアリオスはやめる。

 

「それでリィン君はどこに? それにヴィクター殿も見当たらないが」

 

「ああ、こことは違う《星層》と分類されている区画があってそこで剣を交えている……

 中々に凄いぞこの空間は。周囲を気にせずに全力で技を振るえるし、仮想敵にリィン君が戦った相手とも戦うことができる」

 

「それは興味深い」

 

 心が少しだけ軽くなったせいなのか、もっと自分を高めたいという欲求を久しぶりに感じる。

 

「まあ落ち着けアリオス……まずはリィン君の昇段についてだが」

 

「ええ、あれ程の力と精神性を見せられれば自分に異論はありません」

 

 それこそ勝手が許されるなら《皆伝》と《剣聖》の称号を与えてもいいのではないかと思える程に。

 

「いっそう俺達で《剣聖》を与えて、老師には《剣仙》を継ぐ試しを行ってもらえばいいのではないか?」

 

「ほう……それは中々面白い提案だな……

 まあ、細かいところは後で詰めるとして、身体の方はどうだ?

 もしも無理そうならヴィクター殿との手合わせは見送ってもらうが」

 

「いや、問題はない」

 

 むしろ今すぐにでも体を動かしたいとさえ思う。

 

「そうか……ではルフィナさん。私たちは《星層》の方へ行かせてもらいます」

 

「ええ、でも程々にしておいてくださいね」

 

 カシウスに促されてアリオスは歩き出す。

 

「一つよろしいですか?」

 

 そんなアリオスの背中にルフィナが言葉を投げかける。

 

「何か?」

 

「懺悔がしたいなら、お話を聞きますよ」

 

「…………何か寝言を言っていたか?」

 

「さあ、どうでしょう……

 ただこれでも非公式ですが七耀教会のシスターなので、迷える羊を導くのは得意なんですよ?」

 

 聞き返した問いははぐらかされ、代わりに包容力に満ちた笑顔を返される。

 思わず告解してしまいたくなる衝動に耐え、アリオスは無難な言葉を返す。

 

「そうだな……全てが終わったその時には世話になるかもしれん」

 

「そうですか。貴方の道に女神の祝福があることを祈っています」

 

 ルフィナに見送られて、アリオスはカシウスの後を追って速足で歩き出す。

 その足取りは軽かった。

 

 

 

 

 





 いつかの碧の大樹ありえないIF

アリオス
「ロイド……他の者たちも……本当に強くなったな……」

ロイド
「だとしたらアリオスさんが目標になってくれたからです」

アリオス
「そんなことを言われる資格はないのだがな……だが、まだ足りないな」

ロイド
「え……?」

アリオス
「お前達が思っているよりも遥かに帝国の《壁》は大きい……
 あの子を守り、全てを乗り越えるというのならまずはこれを超えて見ろっ!
 来いっ! 《金の騎神》エル=プラドーッ!!」

特務支援課一同
「ええっ!?」


 特務支援課――難易度Max



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