(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

113 / 139
113話 魔女の眷属

 《温泉郷ユミル》

 エレボニア帝国北部に位置する小さな里。

 交通の便も悪く、特出するものも温泉くらいしかない観光名所としては弱く、観光客で賑わうことも滅多になかった。

 しかし今年一番に団体客が二つ重なり、郷は珍しく賑わっていた。

 皇帝陛下が恩寵した宿泊施設、凰翼館。

 ユミルの領主の家よりも大きなその施設の前には《歓迎》と書かれた看板に三つの名前が並んでいる。

 一つは《鉄血御家族様御一行》。

 一つは《赤い星座様御一行》。

 最後の一つは《身喰らう蛇様御一行》。

 

「兄様、大丈夫ですかっ!?」

 

 眩暈を感じてよろめいたリィンをエリゼがすかさず支える。

 

「あ……ああ……大丈夫だ。ありがとうエリゼ」

 

 リィンはエリゼに礼を言って、目を擦って三つの看板を改めて見る。

 

「クレアさん……」

 

「残念ですが、現実です」

 

 悲痛な面持ちでクレアは首を横に振ってリィンの言葉に応える。

 

「初めまして、鉄血宰相殿。貴方の御噂は聞き及んでいる……

 もしも猟兵の手が必要ならば是非《赤い星座》に声を掛けていただきたい」

 

「フフ……二大猟兵の片割れである《赤い星座》に名前を覚えられているとは光栄だな……

 実は個人的な私兵を探していたところでね、予約はどれくらい先から受け付けているのかな?」

 

「ほう、それはそれは中々良いタイミングだったようだ」

 

 リィンの気も知らず、ギリアスとシグムントは意気投合したように固い握手を交わしている。

 

「突然の訪問になってしまい、申し訳ありません……

 本来なら私はデュバリィの行動の謝罪だけのつもりだったのですが、いつの間にか《結社》で慰安旅行なるものが計画されていたようで」

 

「ま、お前さんの生存は《執行者》の中でもちょっとした話題になっていてな……

 レーヴェの阿呆が生きていたこともそうだが、……いいじゃねえか《影の国》の時から良い感じに力を付けているみたいじゃねえか」

 

 恐縮して頭を下げるアリアンロードに対してマクバーンは獰猛な獣の笑みを浮かべてリィンを見据える。

 

「ちなみに妾は《結社》の人間ではないぞ。ゲストとして放蕩娘とリアン――アリアンロードに呼ばれただけじゃ……

 妾はローゼリア、ロゼと気軽に呼ぶが良い。《灰》の起動者よ」

 

 そう言う少女の肩に何処からともなくグリアノスが飛んできて止まる。

 それでヴィータの関係者なのは察することはできたが、彼女に対して胸の《聖痕》に繋がっている《鋼》が何かを主張しているため厄介事の気配しかしない。

 

「クレアさん……今すぐここに軍隊を呼ぶことはできないんですか?」

 

「気持ちは分かります。すごく分かりますが、何もしていない彼らに軍の出動を要請することはできません」

 

 クレアの無慈悲な言葉にリィンはがっくりと肩を落とす。

 

「いやー……まさか久しぶりの休暇でこんな魔境に来るなんて思わなかったな……帰って良い?」

 

「レクターさん。私たちはリィン君とセドリック殿下の二人の家庭教師としてこの場にいるんですよ……

 それなのにその態度はなんですか。だいたい貴方は普段から――」

 

 流れるようにクレアがレクターに小言をぶつける様にリィンは相変わらずだなと呆れ、エリゼを抱え込む。

 

「に、兄様!?」

 

 直後、凰翼館の屋根から巨大な武器を振り被って赤い少女が落ちてくる。

 

「取った!」

 

 気付かれた時点で少女は得物のエンジンを起動し、凶悪なチェーンソーの刃が唸りを上げる。

 

「甘い……」

 

 しかし、リィンは動じずにエリゼを庇う様にしながら、無手の腕を横に薙ぎ払う。

 八の型と六の型の複合。

 斬る衝撃波ではなく、打ち付ける衝撃波が少女を打ち上げる。

 少女は放物線を描いて吹き飛び、除雪して積み上げられた小さな雪山に頭から突き刺さるように墜落した。

 

「ハーハハハッ! 流石リィン・シュバルツァーッ! 《影の国》での邂逅からさらに腕を上げたか!」

 

「クカカ……ま、あれくらいできて当然だな」

 

 凰翼館から上機嫌で出て来た二人にリィンは顔をしかめる。

 一人は以前と同じだったが、もう一人の方は最大の特徴だった目元の仮面はないがその姿と言動から容易く誰なのか判別できる。

 

「に……兄様、この人たちはいったい?」

 

「…………結社《身喰らう蛇》のエージェント……レンと同じリベールで敵対していた人達だ」

 

 リィンは頭を抱えて呻くようにエリゼの疑問に応える。

 

「結社の……では怪盗Bも今この旅館に泊まっているんでしょうか?」

 

「泊っているも何も、目の前の人がそれですよクレアさん」

 

「なっ!?」

 

 リィンの指摘にクレアは慌てて腰の導力銃に手を伸ばし――

 

「やめておきたまえ」

 

 いつの間にか密着する程に距離を詰めていたブルブランはクレアの手を押さえ込んでいた。

 

「ふふ……こうして顔を合わせるのは初めてかな《氷の乙女》殿?」

 

「くっ……」

 

 クレアは抑え込まれた腕を逆に掴み、回し蹴りを放つ。

 

「なっ!?」

 

 しかし鋭い蹴撃は空を切り、掴んでいた腕は木の枝に代わっていた。

 

「ははは、元気の良いお嬢さんだ」

 

 距離を取ったブルブランをクレアは睨み、その手の中にある導力銃を見て言葉を失う。

 

「いつの間に……」

 

「氷などと揶揄されているみたいだが中々に情熱的なお嬢さんではないか……

 ああっ! 嘆かわしい、帝国の軍人の目は彼女の《美》を理解できない俗物に成り下がったか」

 

「お! あんた分かってるじゃねえか。クレアの奴はこう見えて意外と抜けているところが多くてな。この間も――」

 

「ほうほう、それは興味深い」

 

 意気投合したように会話を弾ませるレクターとブルブランにクレアは絶句する。

 そんなクレアの肩をリィンは優しく叩く。

 

「リィン君……」

 

「深く考えない方がいいですよ。無駄に疲れるだけですから」

 

 悟り切った眼差しで遠くを見るリィンにクレアは涙を禁じ得なかった。

 

 

 

 

「どうしてこうなったんだろう?」

 

 思わずリィンは嘆く。

 すでに時間は日が落ちて夜も更けていた。

 凰翼館の宴会場では未だに結社と猟兵、それに鉄血一家、それにユミルの領民たちがリィンの生還を祝う宴がまだ続いている。

 リィンは会場から抜け出し、凰翼館の玄関から外を、ユミルの郷を一望する。

 

「リィンさんはこんなに人気者だったんですね」

 

 一緒についてきたセドリックがそんなリィンに宴の感想を口にする。

 

「結社や猟兵の人達はともかく、家出をする前は腫物のように距離を置かれていたはずなんだけどな」

 

 突然帰った前回と違い、帝都から帰って来たリィンをユミルの領民は盛大に出迎えた。

 決して潤っている郷ではなかったのだが、たまたま慰安旅行として来た《赤い星座》と《身喰らう蛇》は何を思ったのか、その宴の準備に手を貸して規模は大きくなった。

 

「そうとは思えませんでしたよ。正直羨ましいと思うくらいです」

 

「セドリック?」

 

「僕がこれまで見て来た社交界は確かに華やかなものでした。そしてみんな笑っているけど笑っていない。そんな場でしたから……

 こんな風に心から楽しいと思えるパーティーは初めてです」

 

「皇族の方が参加するパーティーと比べられたら、どうしても見劣りすると思うんだけどな」

 

「そんなことないですよ」

 

 用意された料理は猟兵や執行者が狩ってきたものが主だった。

 野性味あふれる料理の数々はどれもセドリックの心を魅了した。

 

「やれやれ、どちらもドライケルスの後継というのに随分と腰の低い奴らよのう」

 

「そうですか? 少なくともリィンの蛮勇ぶりはドライケルスにそっくりでしたよ」

 

 と、そこにローゼリアとアリアンロードの二人がやって来る。

 

「ロゼ……ちゃん……それにアリアンロードさんも……」

 

「リィン・シュバルツァー……先日の話の続きを聞かせていただいてよろしいでしょうか?」

 

 アリアンロードの申し出にリィンは緩んでいた気を引き締める。

 

「その前に教えてください《幻焔計画》とは何なのか?

 騎神が関係する計画だとして、内容次第では話せることはありません」

 

 リィンは開口一番で拒絶を宣言する。

 アリアンロードの人柄を疑うつもりはないが、結社がリベールでしたことを考えれば簡単に全てを語ることはできない。

 

「いえ、私にと言うよりも彼女に話して欲しいんです」

 

 アリアンロードはローゼリアを指して促す。

 

「ロゼ……ちゃんにですか?」

 

 会った時から思っていたことだが、年下に見える少女にリィンは違和感を覚える。

 言葉遣いが古めかしいというのもあるが、醸し出す貫禄がどうにも見た目と異なっているように感じてならない。

 

「うむ……先程は簡単に名乗ったが、改めて名乗らせてもらおう……

 妾は《緋》のローゼリア。《魔女の眷属》の長にしてヴィータの祖母じゃが、御主にはこう名乗った方が早いじゃろ《焔の眷属》の末裔じゃと」

 

「貴女が……それにクロチルダさんの祖母?」

 

「こう見えても800歳のババアじゃぞ」

 

「そうですか」

 

 リィンは目の前の少女の名乗りをあっさりと受け止める。

 

「何じゃつまらん。反応が淡白過ぎんか?」

 

「そう言われても、アリアンロードさんも250歳ですし、以前会った暗殺者も100歳くらいでしたから、今更ですね。そんなことよりも《焔の眷属》ということは」

 

「そんなこと……おいリアンヌ。こやつ乙女の年齢をそんなことと流しおったぞ」

 

「それは致し方ないかと、あのドライケルスの後継ですから」

 

「…………なるほどドライケルスの後継なら仕方がないのう」

 

 何処か非難する眼差しを二人に向けられてリィンは思わずたじろぐ。

 

「あ……あのリィンさん。さっきから何を話しているんですか? ドライケルス大帝といい、この人たちはいったい?」

 

「何じゃ今代のアルノールには何の説明もしておらんのか? むむ、ならば改めた方が良いか?」

 

 セドリックの反応にローゼリアは顔をしかめる。

 それにセドリックは慌てて弁明を重ねた。

 

「あ、あのリィンさん……もし迷惑でなければ僕にも同席させていただけないでしょうか?」

 

「セドリック……でも……」

 

「お願いします」

 

 目の前で行われている会話はとても重要なことだということをセドリックは察して頼み込む。

 ここで退いてしまえば、それこそユミルにまで来た意味がない。

 ドライケルス大帝や、ときおり出てくるリアンヌという名前。

 まさかこんなにも早く、事の始まりに関われるとは思わなかった。

 

「やめておきなさいアルノールの子よ……貴方が聞いてもいたずらに不安を大きくするだけです」

 

「っ……」

 

 はっきりとしたアリアンロードの拒絶にセドリックは唇を噛む。

 

「だけどっ! 皆さんの話し合いは帝国の未来に関わることですよね!? だったら僕も無関係ではないはずですっ!」

 

「だから何ですか? 皇族の生まれだけで温室育ちの貴方がリィン・シュバルツァーと並び立てるとでも思っているのですか?」

 

「それは――」

 

「それくらいにしておけリアンヌ。あまり若者をいじめてやるな」

 

 アリアンロードの辛辣な言葉にローゼリアが見兼ねて口を挟む。

 

「アルノールの小僧の同席を決めるのはリィンに任せるべきことではないのか?

 それに御主とうちの放蕩娘の話が本当ならば、アルノールも無関係ではいられないのだろう?」

 

「……少々言葉が過ぎましたね。申し訳ありません」

 

 ローゼリアの指摘にアリアンロードはため息を一つ吐いて頭を下げる。

 そのことが余計にセドリックに惨めさを感じさせる。

 アリアンロードもローゼリアもセドリックを見ていない。

 彼女たちが見ているのはあくまでもアルノールの血筋。

 何もそんな風に見られることは初めてではない。

 

「っ……」

 

 思わずセドリックは拳を固く握りしめる。

 ある意味セドリックが望んだ接し方でもあるのだが、実際それをされると堪える。

 

「セドリック……」

 

「すいません……確かに今の僕には力不足です。失礼します」

 

「セドリック、別にそんなこと気にしなくても――」

 

「いえ、これで良いんです。今は……」

 

 呼び止めてくれたリィンにセドリックは一方的に会話を切ってその場から離れる。

 

「…………二人とも大人気ないですよ」

 

「何、あやつもドライケルスの血を継ぐ者ならこれくらいの煽りは良い切っ掛けになるじゃろ」

 

「ここまで言われて何も変えられないようでは、それこそこの先の戦いに参加する資格はありません」

 

 リィンの非難の言葉をローゼリアとアリアンロードはあっさりと受け流す。

 

「さて、とりあえず妾達の部屋に行くとするか、ここはちと寒い」

 

 

 

 

 

「何とか間に合ったわね」

 

 その日の最終便であるケーブルカーから降りたヴィータが安堵の息を吐く。

 その姿は着飾った蒼いドレスではなく、ジーンズにジャケット。帽子に眼鏡を掛けてぱっと見では彼女がオペラ歌手とは誰も分からないだろう。

 

「ふふ、お出迎えありがとうグリアノス……ババ様もちゃんと来てくれたようね」

 

 自分の到着を察して迎えに来てくれた使い魔に礼を言って、ヴィータは凰翼館へと足を向ける。

 従業員に迎えられ、チェックインを済ませたヴィータはそのまま大宴会場へと案内される。

 

「おや魔女殿。表の仕事はもう良いのかい?」

 

「ええ、ようやく新年の公演も一段落……ところでブルブラン、うちのババ様とリィン君はどこかしら?」

 

 カオスな宴会場に見て見ぬ振りを決め込み、ヴィータは最重要案件の二人の姿を探す。

 

「先程リィン・シュバルツァーを追って、聖女殿とともに席を立っていたよ」

 

「そう……ありがとう」

 

 一言礼を言ってヴィータはその場から離れる。

 魔女特有の気配を探り、ローゼリアの位置を特定するとヴィータは迷うことなく歩き出す。

 

「ババ様、入るわよ」

 

 おそらく彼女に割り当てられた一室に辿り着いたヴィータはドアをノックして声を掛ける。

 

 ――さて、どうしようかしら……

 

 《鋼の至宝》について重要な案件だからこそ呼び付けたのだが、ヴィータは家出同然で里を出奔してきた身。

 まずはローゼリアを宥める必要があるため、ヴィータは言い訳を考えながら部屋に入る。

 そしてヴィータの目に飛び込んできたのは――

 

「ぐすっ……えぐえぐ……」

 

 膝を抱えて涙ぐんでいるローゼリアの姿だった。

 

「……………………え……?」

 

 数十秒かけてその状況を理解したヴィータは全く想定していない光景に固まる。

 と、そこでヴィータとローゼリアの間で魔法陣が浮かび上がり、リィンが現れる。

 

「……あ、クロチルダさん。到着したんですか?」

 

「え……ええ、ついさっきね……ところでリィン君。これはいったいどういう状況なのかしら?」

 

 違和感なく、見た目相応にいじける祖母の姿にヴィータは困惑しながら現れたリィンに説明を求める。

 

「えっと……実はですね……

 《鋼の至宝》がいることの証明に手っ取り早くロゼさんを《箱庭》に招こうとしたんですが、あの子が嫌がって入れてくれないんです」

 

「……私たちが《焔の眷属》の末裔なのはもう説明されたかしら?」

 

「はい……でもクロチルダさんは入れましたよね?」

 

「私とババ様では眷属としての純度に差があるからじゃないかしら?

 もしくはあの時、リィン君が私のことを眷属と認識していなかったからかも」

 

 後はリィンが自分のことを恩人と思っているから、とそこまで考えてヴィータは未だにいじけて自分のことに気付いていないローゼリアにいじわるな笑みを浮かべる。

 

「それにしても魔女の眷属の長ともあろう御方が《鋼の至宝》に拒絶されるなんて酷い話ね」

 

「うぐっ!」

 

「まあ、そもそももう《焔の至宝》ではないのだから、未だに自分が眷属だと偉ぶること事態お門違いでしょうけど」

 

「はうっ!」

 

「まさか自分の方が偉いんだぞ、みたいな態度で上から見定めようなんて、失礼なことしていないわよね?」

 

「かはっ!」

 

「ババ様……リィン君は私たちの祖先が遺恨しか残さなかった《至宝》を救い上げてくれたのよ……

 ただ臭いものには蓋を、の考えで目を背けて都合の悪いことに目を逸らす、どころか気付きもしなかった魔女の眷属と《鋼》の苦しみに気付いて手を差し伸べたリィン君……

 どちらが偉くて立派なのかしら?

 今のババ様は昔の栄光を振りかざして偉く見せようとしている腐敗した帝国貴族と――」

 

「クロチルダさん……それ以上はやめて上げてください」

 

 ヴィータの口撃にリィンは見兼ねて待ったをかける。

 

「あら、残念。ここから面白くなるのに」

 

「ひいぃ!」

 

 ローゼリアは涙目になってヴィータから距離を取り、リィンの背中に隠れる。

 

「妾じゃない……妾のせいじゃない……妾は悪くないもん……」

 

「はいはい。大丈夫ですから。分かっていますからロゼさんは悪くないですよ」

 

 愚図るローゼリアをリィンが頭を撫でて慰める。

 とりあえず精神的に優位に立ったことにヴィータは満足して話を進める。

 

「ところでリィン君。聖女も一緒って聞いたいたけど、彼女はもう向こう側に?」

 

「はい。向こうでルフィナさんに相手をしてもらっています。俺は何度かローゼリアさんを入れようとしていたんですが、どうやってもできなくて」

 

「そう……でもよくよく考えたらババ様にできることって何かあったかしら?」

 

「ヴィータッ!? い、嫌じゃぞ。妾だけ仲間外れなどっ!」

 

「じゃあまずは《鋼の至宝》と会うためにもババ様に《箱庭》に入ってもらわないとならないわね」

 

「何か方法はあるんですか? 考えられる方法は一通り試してみたんですが」

 

 手を繋いだ状態を始め、いろいろな手段を使ってローゼリアを《箱庭》に入れようと試したのだが、結果は見ての通り。

 しかし、ヴィータの自信に満ちた態度にリィンは期待を膨らませる。

 

「そうね……まずはありきたりなところで袖の下でも握らせてみたらどうかしら?」

 

「…………クロチルダさん」

 

 出て来た俗物な案にリィンは微妙な顔をする。

 

「あら、そんな顔をされるのは心外ね……

 確かに《鋼》にそう言った賄賂は通用しないかもしれないけど、重要なのは深層意識でリィン君が《鋼》の拒絶以上にババ様を受け入れることだと思うの……

 だからまずはどんな形であっても誠意を示すことが大事じゃないかしら?」

 

「ふむ……袖の下か」

 

 提案は俗なものだったが、考えそのものはまともだった案にローゼリアは考え込む。

 

「このような物で伝わるか自信はないのだが、シュバルツァーよ、手を出すがよい」

 

 ローゼリアは虚空から緋色の杖を取り出すと、緋の瞳を金色に輝かせる。

 直後、リィンの差し出した掌に力が集束し、手のひら大の結晶が実体化する。

 

「これは……七耀石の結晶?」

 

「燃えるような紅い輝き……火の力を秘めた紅耀石の結晶ね」

 

「どうじゃこれなら――」

 

「ダメね」

 

 誇らしげに胸を張ろうとしたローゼリアにヴィータはダメ出しをする。

 

「この大きさだと一つ100万ミラくらいかしら? レグナートがリベールにお詫びとして送ったものよりもずっと小さいわよ」

 

「ぐぬぬ……妾があの惰眠を貪っていた駄竜以下じゃと……」

 

「あ……あのクロチルダさん……?」

 

「いいだろう……妾の本気見せてやるっ!」

 

 気合いを込めてローゼリアはもう一度杖を掲げて力を集束させる。

 片手間で行った先程とは違い、目に見えて集中して行われた錬成により一回り大きく、それでいて純度がさらに上がったのか燃えるような輝きはさらに奥深い色彩に彩られている。

 

「……これでどうじゃっ!」

 

「どれどれ、そうね……帝都の宝飾店の一億ミラのティアラに嵌められているものよりも大きくて純度も高いわね」

 

「い……一億ミラ!? 《グラン=シャリネ》の二百本分っ!?」

 

「あら意外ね。50万ミラのビンテージワインをリィン君が知っているとは思わなかったけど……

 それはともかく、たぶん皇帝陛下ですら持っていない宝石だけど、これを入場料にしてもらえないかしらリィン君?」

 

「そんなもの受け取れません!」

 

 途方もない価値のある宝石をリィンは全力で拒絶するのだった。

 

「そう言うな。妾にとっては多少の手間がかかるくらいで作れる石ころに過ぎん……

 むしろその程度で《鋼の至宝》に拝謁できるのなら安いものよ」

 

「そっちは良いかもしれないですけど、こんなものを貰ってもこっちが困ります」

 

 テオ・シュバルツァーの流儀で、領主は民に寄り添うべしという家訓が存在している。

 なのでシュバルツァー家の生活は貴族でありながら質素であり、こんな高価な宝石など無用の長物でしかない。

 例え売り払うにしても、そう言った伝手もあるわけではなく、家宝として置物にしておくのもこの田舎ではリスクの方が高い。

 

「そう言われてものう……今すぐ妾に用意できるものと言えばこれくらいじゃしな」

 

「とりあえずそれを持って説得してみましょう……

 それで駄目ならもっとすごいものを用意して上げるわ」

 

「これよりすごいものがあるんですか?」

 

「ふふ、私の妹をお嫁さんとしてあげるなんてどうかしら? 貴方の身内になれば流石にあの子も邪険にはしないでしょう」

 

「クロチルダさんの妹って……どんな事故物件ですか?」

 

「あら、リィン君は私のことをどんな目で見ているのかしら?」

 

「だってクロチルダさんは魔女じゃないですか。何というか身を滅ぼされそうな危機感があるんですよね」

 

「そこは否定しないけど、妹は私と違って尽くすタイプよ。それにリィン君と同じくらいの歳だからちょうどいいかも?」

 

「どちらにしても遠慮しておきます」

 

 どこまで本気か分からないヴィータの提案にリィンはため息を吐く。

 

「とにかくこれで入れれば良いんですよね?」

 

 気は乗らないが説得の切っ掛けにはなるかと割り切ってリィンは二つの紅耀石を握り締め、転移陣を展開する。

 抵抗は強いものの、今までにないはっきりとした手応えにリィンは行けると確信を持つ。

 

「ロゼさん、手を」

 

「う……うむ」

 

 気後れした様子でローゼリアは差し出されたリィンの手を取り、ヴィータは緊張した様子もなくリィンの肩に手を置く。

 そして、ようやくローゼリアは《影の箱庭》に入ることができたのだった。

 

 

 

 




おまけ

「どうするかなこれ……」

 リィンは結局受け取ることになってしまった二つの紅耀石を手に悩む。

「むっ……リィン・シュバルツァー。ちょっと良いかな?」

 リィンはブルブランに話しかけられた。
 リィンは無視してその場から逃げ出した。しかし、ブルブランにまわりこまれた。

「おおっ! これ程の大きさと純度の紅耀石は私も見るのも初めてだ」

「ちっ……気に入ったなら差し上げますよ……
 ユミルに置いておいても泥棒の標的にしかなりませんし、うちに細工師の伝手もなければそれ程の宝石を加工してもらう費用もありませんから」

「魅力的な提案だが、それは私の美学に反する……
 ではこういうのはどうかね? この紅耀石はどちらもこのまま装飾品にするにはいささか大き過ぎる……
 なので手頃な大きさにカットしてもらい、その一部を買い取ってもらうことで加工費に充てるというのは?
 細工師は私が懇意にしている店に頼もう」

「確かにそれはありがたいけど、何を企んでいる?」

「ハハハッ! 企むだなんて心外だ。そこに約束された《美》があるのなら私が手を貸すのは当然ではないか」

「…………ならお願いします」

「確かに承った……ところで作る装飾品にリクエストはあるかな?」

「そうですね……なら、エリゼに似合いそうなものをお願いします」

「ふむ……それは責任重大のようだ。だが了解した。楽しみにしているがいい」

 ここにブルブランとの契約がなった。
 しかし、リィンはこれが更なる悲劇になることをまだ知らなかった。

「主人よ、この紅耀石の細工をお願いしたい」

「ブルブランの旦那、これはまた見事なものを持って来てくれたな。それにちょうどいいタイミングだ」

「ほう、と言うと?」

「これは先日リベールの方から流れて来た金耀石だ……
 これとあんたが持ってきた紅耀石。二つを合わせたらどんな代物ができると思う?」

「マイスターやはり貴方は最高だ」

「こっちも金耀石に釣り合う宝石を探していたところでね。まさしく女神の導きというやつだな」

 後に《聖獣の贈り物》と呼ばれる至宝が生まれる瞬間だった。






 いつかのヘイムダルIF

ラウラ
「《紅蓮の小冠》……まるで燃えるような輝きだ」

フィー
「これが一億ミラ……」

マキアス
「そ、そう考えるとやたら緊張する」

リィン
「ほら、みんないつまでも見惚れてないで宝飾店に返しに行こう」

エリオット
「流石リィンだね。こんな高価なものなのに全く動じてない」

マキアス
「ふん、大方実家で慣れているんだろ?
 シュバルツァー家は領民に合わせて質素な生活をしていると言っていたが、怪しいものだな」

リィン
「ハハハ……はあ……」

 棘のあるマキアスの言葉にリィンはため息を吐くことしかできなかった。




いつかのトールズ士官学院IF

エマ
「へえ……私、事故物件だったんですか……フフフ……」

Ⅶ組一同
「ガクガクブルブル」



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。