(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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114話 皇子の我儘

 

 ユミルに帰ってきた翌日の早朝。

 緑の塗装がされた見覚えのある飛行船がユミルの空にやってきた。

 

「あれは……山猫号?」

 

 かつてリベールを騒がせた空賊の飛行船。

 今はアリシア女王の恩赦によって罪は許され、運送業の会社を立ち上げたと聞いている。

 山猫号は郷の外れの広場に着陸する。

 

「あ、リィン。久しぶり」

 

「ジョゼットさん。どうしてここに?」

 

 物珍しさからユミルの住人やそれに釣られてきた観光客の奇異の目にさらされる中で、山猫号から降りて来たジョゼットがリィンを見つけて手を振って駆け寄った。

 

「ちょっと仕事でね。ユミルに特急の届け物をして欲しいって依頼があったんだよ」

 

 そう言ったジョゼットは不機嫌そうに愚痴を零す。

 

「確かにうちは運送会社だけど、いくらなんでもこんな仕事を受けるなんて、まったく兄貴たちは――」

 

「ジョゼットさん?」

 

「リィン。お前の知り合いなのか? できれば早く紹介してもらいたいのだが」

 

 遅れてやってきたテオがリィンに説明を促す。

 

「彼女はジョゼット・カプアさんです……元は帝国貴族でしたが、今はリベールを中心に飛行船を使った運送会社を経営しています」

 

「ふむ……ではユミルに何か荷物を届けに来たのかな?」

 

「ああ、それなんですけど……荷物は荷物なんですけど。実は――」

 

「そこから先は私が説明しよう」

 

 歯切れの悪いジョゼットの言葉を遮って、山猫号から二人の男女が降りてくる。

 

「この間の式典振りです。テオ・シュバルツァー殿」

 

「これはこれはルグィン伯爵。それに君は――」

 

「お久しぶりです。シュバルツァー卿、覚えて頂いて光栄です」

 

 銀髪の長い髪を靡かせたオーレリア・ルグィン伯爵と一緒に現れたのは対照的な金色の長い髪の青年だった。

 

「ですが初めて会う方も多いので名乗らせていただきましょう……

 私はルーファス・アルバレア。リィン君、それにセドリック殿下、以後お見知りおきを」

 

 

 

 

「それでいったいどのような要件でルグィン伯爵とルーファス卿の御二人は我が領地に?」

 

 シュバルツァー家の邸宅、その応接室に案内されたオーレリアとルーファスはテオに訪問の理由を尋ねられた。

 最初から決めていたのか、オーレリアは同行者に説明を任せるという態度を取り、ルーファスが答える。

 

「実はリィン君が来期のトールズ士官学院を受験するとお聞きして、その助力ができないかと思い馳せ参じた次第です……

 テオ殿には以前、鷹狩りの指南をされたことがありましたから、その時の恩を返したいと常々思っていたんです」

 

「そうですか……」

 

 善意からの言葉だがルーファスの言葉の裏にあるものをテオは察していた。

 

「それはリィンを貴族派に取り込むための口実かな?」

 

「どちらかと言えば革新派への対抗心ですね」

 

 追及の言葉をルーファスはあっさりと認める。

 

「今現在のリィン君の立場はテオ殿やリィン君本人が思っている以上に大きくなっています……

 そんな彼に革新派はクレア殿とレクター殿を派遣する恩を売り、印象を良くしています……

 このままでは無条件にリィン君は革新派を贔屓することになってしまうということを危惧して我が父ヘルムートとカイエン公は遣わせました」

 

「それは心外だな。私は別にシュバルツァー卿に恩を売るつもりはないと確約しているのだが」

 

 同席しているギリアスはルーファスの言葉に苦笑を浮かべる。

 

「ええ、宰相閣下はそのおつもりでしょう。ですが、果たして周りも同じと思うでしょうか?

 これだけの恩を受けているにも関わらず、革新派を選ばない恩知らずと罵る心ない輩が現れないと誰が保証できますか?」

 

 ギリアスの意見など予想の範囲内だとルーファスは不敵な笑みを浮かべて対応する。

 

「ですが腹の探り合いもこれくらいで良いでしょう……

 テオ殿には申し訳ありませんが、リィン君のことは口実であり、我々の本命はセドリック殿下です」

 

「やはり、そうですか」

 

 ルーファスの口から出て来た言葉にテオは納得する。

 そんなテオを横目にギリアスが口を挟む。

 

「随分と耳が早いのだな」

 

「閣下も知っての通り、私はトールズ士官学院の常任理事を務めております……

 すでに受付は締め切っていましたが、オリヴァルト皇子にリィン君とクリス・レンハイムという少年の願書を受け入れて欲しいと提案されましてね……

 願書の受付だけでしたので私も同意しましたが、レンハイムの名の意味は私も小耳に挟んだことがありましたので」

 

「だが、常任理事である君が二人を教導するのは職権乱用ではないかな?」

 

「御安心を、理事と言っても私は新入生の試験内容に触れる立場にはいません……

 それにアルバレアの者として、皇子殿下に顔を覚えていただくこの機会を逃すわけには行きませんから」

 

「なるほど。しかし君たちが二人に何を教えることができるのかな?

 正直、クレアとレクターで十分だと思っているのだが?」

 

「ルグィン伯には実技面の指導をして頂くつもりです……

 リィン君には必要ないでしょうが、勉学にかまけてその腕を鈍らせるのは帝国にとって大きな損失になると同時に、ルグィン伯曰くまだ伸びしろがあるようなので上を目指してもらいたい……

 貴方の《子ども》ではリィン君を伸ばすのには力不足だと言わせてもらいましょう」

 

「え……あれからまだ強くなれるのか?」

 

 ルーファスの言葉にテオは目を丸くして驚く。

 

「うむ……むしろ御前試合ではまだ何か奥の手を隠していたように私は感じました」

 

 オーレリアの意見にテオは絶句する。

 強くなって帰って来たとは思っていたが、《黄金の羅刹》にここまで絶賛されるとは思っていなかった。

 

「そして私が教えることですが……

 その前にテオ殿、リィン君は貴方の方針で社交界に参加したことはありませんでしたね?」

 

「ああ、君も知っていると思うがリィンを拾ったことで私はいろいろな誹謗中傷をされてな……

 まあ、元々社交界なんかに興味はなかったから、それを理由に引き籠らせてもらったがな」

 

「心中お察しします……ですが今後もその姿勢を維持することは困難だと愚考します」

 

「ほう……続けたまえ」

 

 興味深そうにギリアスは先を促す。

 

「良くも悪くもリィン君はこれから注目されるでしょう……

 それこそ名指しで社交界の招待を受けることもあるでしょう……

 確かにリィン君の武力は同年代と比べて遥かに抜きん出ているでしょうが、まだお披露目を終えたばかりの若輩者であることに変わりません……

 果たしてその時、リィン君は言い寄ってくる淑女達をうまく躱すことはできるでしょうか?」

 

「それは……」

 

「うむ……」

 

 ルーファスの想像にテオとギリアスは唸る。

 

「御二人も知っていると思いますが、貴族の社交界は立ち振る舞い、言葉一つも気を付けなければならない魔窟……

 ですから私がどんな社交場に出しても恥ずかしくない紳士に教育することこそ、私にできることだと考えております」

 

 そう言ってルーファスは人当たりの良い爽やかな笑みを浮かべる。

 

「なるほど……確かにそれに関してはクレアとレクターでは不適格であると認めるしかないな。シュバルツァー卿はどう思われますかな?」

 

「そうですね……」

 

 ギリアスに促されてテオは考える。

 リィンを引き取った理由から極力そういう場に息子が関わることを避けて来たが、ルーファスの言う通りこれからはそれが通じないことはテオも分かっている。

 リィンにはマナーやダンスを始め最低限のことは仕込んであるが、自分が教えられたことは男爵家として当たり障りがない程度でしかない。

 それこそアルバレア公爵家のものと比べれば雲泥の差がそこにはあるだろう。

 

「うむ……」

 

 そういう意味ではルーファスの申し出は確かにありがたい。

 むしろリィンの人の好さを考えると《蜜の罠》への対策は急務かもしれない。

 同時に自分は断念した女心を察する配慮をこの機に学び、エリゼの気持ちに気付かせる最大の好機なのではとも考える。

 

「そうですね……覚えて損になる話ではないですね」

 

「なるほどシュバルツァー卿が認めるのなら、私がこれ以上口を挟む道理はないでしょう。ただし」

 

「おや、宰相閣下まだ何か?」

 

「私からいくつか条件を提示させてもらってよろしいかな?

 重要なこと故にこれを受け入れることができないのなら帝国宰相としての強権で君たちにはお帰り願うことになるだろう」

 

「お聞きしましょう」

 

 脅しつけるようなギリアスの言葉をルーファスは真っ直ぐに受け止めて続きを促す。

 

「まずは先程の話をリィン君とセドリック殿下の両名に話し、それぞれの了承を得ること」

 

「もっともな意見ですね」

 

「そしてこの試験までの期間、君たちは客人であってもシュバルツァー男爵の方針に従ってもらう……

 公爵であろうと、伯爵であろうと権威を笠にした横暴な振る舞いをしないことを誓ってもらおう……

 なおこれはセドリック殿下にも同じ条件を提示している。ここではセドリック殿下も一個人として扱われることを了承されておられる」

 

「意義はありません」

 

「私も文句はない」

 

「ほう……大きく出たな。一応言っておくがシュバルツァー家は領民に寄り添うことを是とした家訓がある……

 シュバルツァー家にメイドはおらず、身の回りのことは自分で行わなければならない。果たして貴族の君たちにそんな生活が耐えられるのかな?」

 

「オズボーン宰相、それはいくらなんでも」

 

 あからさまに無理難題を押し付けて追い返すつもりだという意図を見抜いてテオは待ったをかける。

 

「いえ、構いませんよテオ殿。ただそのようなことは初めてなので手心を加えて頂きたいものですが」

 

「何、教育係を買って出たのはそちらの都合……

 生活についてミラだけで解決しようなどと考えず、働かざる者食うべからずだと言うことを意識する程度で構わないさ……

 シュバルツァー卿、弱音を吐くようならすぐに御連絡を、鉄道憲兵隊を派遣して彼らの実家に送り返して差し上げましょう」

 

「ははは、宰相閣下。それは私たちを見縊り過ぎではないですかね?」

 

「ふふふ、では次期公爵殿が四苦八苦する様の報告を愉しみにさせてもらうとしようかな」

 

 優雅な笑みを浮かべるルーファスに対してギリアスは悪人の笑みを返して笑い合う。

 貴族派と革新派の小さないざこざの中心に据えられてテオはため息を吐く。

 

「時に御二人とも、一つ聞きたいことがあるのですが」

 

 それまでルーファスに交渉の全てを任せていたオーレリアが口を開いた。

 

「郷のそこら中に達人の気配を感じるが、今このユミルの地に何が起きている?」

 

「流石は《黄金の羅刹》殿……

 実は今、リィン君の生還を祝して《赤い星座》と《身喰らう蛇》が訪ねてきたのだよ」

 

「ほう……」

 

 ギリアスの答えにオーレリアは目を細める。

 

「リベールの王太女といい、敵だった者たちからこれ程慕われるとは、シュバルツァー卿の薫陶は素晴らしいものだったということでしょう」

 

「私もこの一ヶ月余り、リィンには驚かされてばかりですよ……いったい誰に似たんでしょうね?」

 

 どちらともなくギリアスとテオは互いを見合って牽制する。

 

「ふむ……それは来た甲斐があったようだな」

 

 そんな二人の様子などもはや意中にないオーレリアは嬉しそうな笑みを浮かべる

 交渉中は流石に平静を装っていたが、ひとまずの交渉が終わったせいかそわそわと外を気にし始める。

 一見すればまるで恋人を待つ乙女のようにも見えるが、そこに宿る獰猛さは隠し切れずテオはいろいろな意味で心配になり釘を刺す。

 

「申し訳ないですが、ユミルで御前試合のように本気で戦うことは遠慮してもらいたい」

 

「何だと!?」

 

「見ての通り、ユミルは山間部に位置している郷です。それに今は雪もだいぶ積もっております……

 ルグィン伯が全力で戦うことでもすれば雪崩が起きる可能性もあるでしょう」

 

「い、いやしかしだなシュバルツァー卿……」

 

「おや、ルグィン伯はシュバルツァー卿の意志に従えないのですかな?」

 

「ルグィン伯。この季節の雪崩は怖いですから御自重ください」

 

 先程まで腹の探り合いをしていたはずのギリアスとルーファスは標的をオーレリアに変えて嫌味をぶつける。

 

「くっ……」

 

 無念だと言わんばかりにオーレリアは練り上げ始めていた闘気を緩めると共にしょんぼりと肩をすくめる。

 

「閣下っ!」

 

 と、そこにクレアが勢いよく扉を開いて乱入してきた。

 

「どうしたのかなクレア、今はまだ――」

 

「申し訳ありません。ですが大変なんですっ! 殿下がっ!」

 

 クレアの口から出て来た言葉に四人はすぐに立ち上がった。

 

 

 

 

 

「ようし飯だ飯だっ!」

 

「はあ……ようやく一息吐けるぜ」

 

 凰翼館の食堂にカプア一家を案内するとドルンとキールは解放されたと言わんばかりにビュッフェ形式で並んだ料理に向かって突撃していく。

 そんな兄達の姿にジョゼットは頭を抱えてため息を吐き、ここまで案内してくれたリィンに頭を下げる。

 

「ごめんねリィン。突然押しかけちゃって、ちゃんと料金は支払うから、アルバレア公爵様が」

 

「それは良いんですか?」

 

「大丈夫大丈夫、ちゃんと経費に含まれてるから」

 

 そう言ってジョゼットが愚痴をもらす。

 

「昨日の夕方に導力通信で依頼があってさ、ミラを相場の三倍出すからって兄貴が二つ返事で引き受けちゃってさ……

 その時あたしたち何処にいたと思う? クロスベルだよ!

 おかげでバリアハート経由でオルディス廻って、ここまで来る強行軍だよ! おかげで徹夜だよ」

 

「それは災難でしたね……だけど、そうなるともしかしてジョゼットさん達はユミルに泊まっていくつもりですか?」

 

「そうだけど。それも含めて経費で払ってくれるってルーファス卿が言っていたけど」

 

「いえ、ミラの問題じゃなくて。今、ここには団体客が二つ入ってしまっていて――」

 

「おはようございますリィン」

 

「あ、おはようございます。リアンヌさん」

 

 そこでアリアンロードがリィンに声をかけて食堂へ入って行く。

 

「ふん……」

 

 デュバリィはリィンを一睨みしてから鼻を鳴らして、アリアンロードの後に続き、さらにエンネアとアイネスがリィンに頭を下げて彼女たちに続く。

 

「あれ……今のって……リィンが《影の国》で騎神に乗って戦った人だよね? 確か――」

 

「はい。《結社》の幹部です」

 

「…………え?」

 

 ジョゼットが固まっているとそこにレクターとクレアが現れる。

 

「おっすリィン。朝っぱらからまた新しい女の子を侍らせているのか?」

 

「レクターさん、言い方……あら? 貴女は確か……」

 

「げっ! 《氷の乙女》!?」

 

 クレアの顔を見るやいなやジョゼットはその場から跳び退り、身構える。

 

「何であんたがここに!? まさかあの時の続きをするために追い駆けて来たのか!」

 

 気丈にも拳を構えるジョゼットだが、その膝は恐怖に震えていた。

 

「おいクレア。まるで山姥に遭遇したみたいに怯えられているが何したんだ?」

 

「えっと……特に何かした覚えはないんですけど?」

 

「嘘だっ!」

 

「落ち着いてください、ジョゼットさん」

 

 取り乱すジョゼットをリィンは宥める。

 ジョゼットの怯えぶりはおそらく《影の国》での戦いのことだろう。

 クレアやレクターにも一応、そのことを説明してはいるのだが、一夜の夢と捉えていたせいで実感が薄いのがこの温度差の原因だった。

 

「おはようございます。リィンさん達」

 

 そんな風に騒いでいる中で緊張した面持ちのセドリックがリィン達の横をすり抜けた。

 

「おはようございます、殿下」

 

 反射的にクレアが敬礼してそれに応える。

 

「え? 殿下って、まさかあの変態皇子も来ているの?」

 

 ジョゼットが思わず振り返るが、そこに想像した背中がなかったことに首を傾げる。

 

「セドリック?」

 

 そして遅れてリィンは違和感に首を傾げた。

 今までの彼ならば、一人で食堂に入ることはせずにリィン達と一緒に入るはずだった。

 同じことを感じたクレアとレクターもリィンと同じように気付き、首を傾げる。

 

「あ、やばい。来いシュバルツァー」

 

 いち早くそれに気付いたレクターがリィンを促してセドリックを追い駆ける。

 セドリックは混雑する食堂の中、目的の人物に向かって真っ直ぐに進む。

 

「……何ですの?」

 

 鉄機隊で囲むテーブルの横に立ったセドリックにデュバリィが胡乱な眼差しを向けるが、彼女の存在を無視してセドリックは真っ直ぐにアリアンロードを睨む。

 そして身体を震わせながらも勇気を振り絞り、口を開く。

 

「まずい急げっ!」

 

 レクターが急かすがその甲斐もなく、それは言葉になる。

 

「《鋼の聖女》殿。どうか自分と手合わせしていただけないでしょうか?」

 

「はっ?」

 

 セドリックの言葉に目を丸くしたのは名指しされたアリアンロードではなくデュバリィが最初に反応した。

 

「金もやし、いったい――」

 

「確保っ!!」

 

 デュバリィの声を掻き消すようにクレアが叫び、レクターがセドリックを背後から羽交い絞めにする。

 

「待ってくださいクレアさんっ! 僕は――」

 

「破甲拳っ!」

 

「ぐふっ!?」

 

 弱めの破甲拳をセドリックの腹に叩き込み、これ以上何かを言わせない、そして答えが返ってくる前に速やかに運び去るのだった。

 

 

 

 

「お前、馬鹿なの死ぬの!?」

 

 相手が皇族だということを忘れてレクターは目の前の正座させた自殺志願者を罵る。

 流石に擁護できないのでリィンも無言で頷く。

 

「で、でもレクターさん。僕は本気なんです!」

 

「余計にタチが悪いわ!」

 

 一喝してレクターは捲し立てる。

 

「いいか、お前が喧嘩を売った相手は《結社》の最強の超帝国人なんだよ!

 そんな奴に喧嘩を売るってことは死亡同意書にサインしたことと同じなんだよ。テメエは帝国の皇子様だと言うことを忘れたのか!?」

 

「お言葉ですが、ユミルにいる間は僕の事は皇族として扱わない約束のはずです」

 

「限度があんだよっ!」

 

 首を竦ませながらも自己弁護するセドリックにリィンは何だかんだでオリヴァルトの弟なんだということを実感する。

 

「はあ…………で、何であんなことを宣ったんだ」

 

 一通り叫んだレクターは脱力してソファーに身を投げ出し尋ねる。

 

「昨晩のことです……僕はあの人達に力不足だと罵られました」

 

「そりゃあ、あれからすればみんな力不足だろ? 正直《リベル=アーク》でなんでシュバルツァーが勝てたのか未だに俺は理解できないぜ」

 

「それはリィンさんが超帝国人を超えた超帝国人だからじゃないんですか?」

 

「…………なるほどっ!」

 

 セドリックの答えに天啓を受けたようにレクターは目を見開く。

 

「二人とも、真面目にやらないともう一発行きますよ?」

 

 話を脱線させようとする二人にリィンは拳を固めて凄む。

 

「それで罵られたからその反発心で挑んだのか?」

 

「はい。それもあります」

 

 話の流れをすぐにレクターが戻しセドリックが答える。

 一連の様子を見ていたジョゼットは同情するように呟く。

 

「何て言うか……やっぱりあの変態皇子の弟なんだね」

 

「言わないでください」

 

 ジョゼットの呟きにリィンはがっくりと肩を落とす。

 

「その後に教えてもらったんです。このまま逃げて良いのかって」

 

「良いに決まってるだろ。勝てない相手に勝算もなしに挑むのは自殺と同じだぞ」

 

「それは僕も分かっています……でも、それを言い訳に逃げ続けたら逃げ癖になって弱い敵としか戦えないチキンになるって言われました」

 

「言われたって……誰に?」

 

「それは……あ、あの子です」

 

 セドリックはちょうどいい窓の外にいる赤い集団を指した。

 

「よし。早朝訓練はここまで。朝食に行って良し」

 

『サー・イエス・サー』

 

 シグムントはくたびれた様子の部隊員に訓練の解散を宣言する。

 その中で大人と混じって寒そうな格好をしている少女をセドリックが指していた。

 

「シャーリィか……」

 

 実に猟兵の、それも《人喰い虎》らしいアドバイスに思わず唸る。

 

「シャーリィさんに言われたからだけではありません……

 本当にリィンさんに追い付きたいなら、思いつくことは全部しないといけないんだと思うんです」

 

「だからと言って、我々に何の相談もなしに彼女に挑むのは見過ごせませんね」

 

「オズボーン宰相……」

 

 クレアによって連れてこられたギリアスからの叱責にセドリックは思わず目を逸らす。

 

「そんなことではトールズ士官学院への早期入学も考え直す必要がありそうだ」

 

「そんなっ!」

 

「そういう事なので、先程の話は聞かなかったことにしてもらえますかな。アリアンロード殿?」

 

 ギリアスは振り返り、歩いて近付いてくるアリアンロードに話しかける。

 

「元よりそのつもりです。子供の戯言を真に受けるなんてしませんよ」

 

「っ……」

 

 アリアンロードの言葉にセドリックは唇を噛む。

 

「それではこの話はここまでと――」

 

「いや、待ってもらおうか宰相閣下」

 

 話をまとめるギリアスを止めたのは彼と一緒にこの場に来たオーレリアだった。

 

「ここでセドリック殿下の気概を摘み取るのはいささか早計ではないかな?」

 

「ルグィン伯……何のつもりかな?」

 

 ギリアスの言葉にオーレリアは不敵な笑みを浮かべ、ギリアスを押し退けてアリアンロードの前に進み出る。

 

「まずは名乗らせてもらおう。オーレリア・ルグィン――見知りおき願おうか……結社の《鋼の聖女》殿」

 

「《黄金の羅刹》オーレリア将軍。ヴァンダールとアルゼイドを極めしその名、耳にしています……なるほど――実物は噂以上ですか」

 

「ほう、貴女のような武人に名を覚えて頂いているとは光栄だ」

 

「今の帝国も中々面白い人材が育っているようですね……

 ですが、貴女も分かっているはずだと思います。その子がこの領域に立ち入ることは十年早いと」

 

「さて、どうだろうな?

 そこのリィン・シュバルツァーもたった一年の間でかなりの躍進を果たした……

 ならば殿下に同じことができないと何故言えるのでしょうか?」

 

「それは買い被り過ぎでしょう。それにこのような場で命を賭けるなど短慮が過ぎます」

 

「おや、結社の聖女殿はこのような戯れで未熟者の命を取る程に狭心なのかな?

 男児が心を奮い立たせ《最強》に挑む勇気を示した。ならば我ら先達は胸を貸すべきではないのか?」

 

「愚問ですね。負けて当然などという気概で挑んだ勝負に得られるものはありません」

 

「然り、ならば一ヶ月後というのはどうかな?

 私がそれまでに殿下を鍛え、貴殿に届かせてみせようではないか」

 

「一ヶ月で彼の刃が私に届くとは思えませんが、私がそれを待つ理由はないはずです」

 

「ならばセドリック皇太子殿下を侮辱した罪をこの場で贖って頂こうか?」

 

 互いに武器を手にしていないのにまるで戦場にいるかのように羅刹と聖女は睨み合い火花を散らせる。

 まさに一触即発。

 

「良いじゃない相手をして上げたら」

 

 しかしその空気を《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダはあっさりと引き裂いた。

 

「《深淵》殿……何のつもりですか?」

 

「ほう、結社にも話の分かる者がいるようだな」

 

 ヴィータは聖女と羅刹の視線を受け止めて続ける。

 

「ただし《結社》のメリットとして《鋼の聖女》が勝った場合、リィン君をもらうというのはどうかしら?」

 

「え……?」

 

「それはつまりリィン・シュバルツァーを《結社》の一員に迎えたいと言うことか?」

 

「そこまでは望まないわ。ただ執行者のナンバーと渾名を受け取ってもらう。今はそれだけで良いと思うんだけど、どうかしら?」

 

「そのような人の身柄を使っての賭け事など私は――」

 

「ちょっと聖女様、お耳を失礼」

 

 ヴィータはアリアンロードに顔を寄せると、耳元で何かを囁く。

 

「なるほど……そういうことでしたら私も吝かではありません」

 

 前言を撤回してアリアンロードはやる気になった。

 

「マスターァァァァァァァッ!?」

 

「お前が絡むと面倒になるから向こうに行くぞ」

 

「こちらのことは御気になさらずに続けてください」

 

 少し離れて様子を伺っていた少女が羽交い絞めにされて連行されていく。

 そして何事もなかったかのようにギリアスが口を開いた。

 

「いや、それはあまりにもリィン君にとって理不尽であろう」

 

「あら、宰相閣下とあろう御方が何を言っているのでしょうか?

 貴方や皇太子殿下のお言葉にどれ程の影響力があるのか説明するまでもないと思うのですが?

 貴方達の言葉一つ、気まぐれ一つで多くの者の人生を左右する。その予行練習と思えば、セドリック殿下にとって良い教訓となるでしょう……

 それに御安心ください。《執行者》にはあらゆる自由が盟主の名の下に約束されています……

 ですから、例え皇太子殿下が負けたとしてもリィン君は普段通りの生活を送ることは保障します……

 それから、もちろんハンデをつけても構いませんよ」

 

 ヴィータが勝手に条件を加えるが、アリアンロードは特に反論せずに彼女に交渉を一任する姿勢を取っていた。

 

「なるほど実質は失うものは何もないか……どうしますか、セドリック殿下? ちなみに私のしごきはきついですよ」

 

「や、やらせてください」

 

 オーレリアの脅しに怯みながらもセドリックは強く頷いた。

 

「あの…………俺の意見は?」

 

 勝手に勝負の賞品にされてしまったリィンの呟きは空しく白熱した空気に解けて消える。

 

「強く生きろ」

 

 呆然とするリィンの肩をレクターはからかう気にもなれず優しく叩いた。

 また余談だが、勝手に息子を賭けの対象にすることになったセドリックとオーレリアの二人は当然テオによってこっぴどく怒られることになった。

 そして焚きつけた責任としてオーレリアはセドリック育成計画に《赤い星座》を巻き込むのだった。

 

 

 

 

 




 その頃のバリアハート

ユーシス
「アルノー、兄上はどちらに?」

アルノー
「ルーファス様は旦那様より休暇を与えられてユミルへ温泉旅行へと行きましたが、何か御用でしたか?」

ユーシス
「……ならばアルノー、この問題について少し教えて欲しいのだが――」

 ………………
 …………
 ……

ユーシス
「ユミルか……確かシュバルツァー男爵家が統べる領地だったが……まさかな」





 いつかの黒キ星杯IF

ルーファス
「我ら鉄血の子は今こそ父のために」

レクター
「わりいなぁ……マジでいかせてもらうぜ」

ミリアム
「リィン、ユーシスいくよっ!」

クレア
「全力で行きます。そちらもどうか……」

リィン
「四人同時の戦術リンクか……それに鉄血の子供が四人……
 あれ? そういえばルーファス卿が子どもの一人だったとしたら、あの時ミリアムだけが仲間外れにされていたのか?」

ミリアム
「え……仲間外れって何のこと?」

リィン
「実は――」

ミリアム
「何それずるいっ!」

 鉄血リンクブレイク発生。

クレア
「違うんですミリアムちゃん。あの時は私たちもルーファス卿が筆頭とは知らなくて」

レクター
「このタイミングでばらすなんて汚いっ! 超帝国人のくせに超汚いっ!」

ルーファス
「ははは、まさかこんな方法でこちらの戦力を削りにくるとは……
 なるほどこれがなりふり構わないということか」




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