(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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116話 レベルアップ

 

「なあレン……これはいったい何なんだ?」

 

 リィンは机に向き合って差し出された膨大な量の数学の問題を機械的に解いていた。

 

「ただの確認作業よ。リィンも自分のおかしさは気付いているんでしょ?」

 

 返ってきた言葉にリィンは口を噤んで手元を見る。

 複雑な数式の問題。

 以前のリィンならそれを解くのに相応の時間が必要だったはずなのに、今は何故か頭に浮かんでくる答えを書くだけの作業でしかなかった。

 なまじ昔を知っているだけにそのやり方に違和感を覚えるが、それよりも険しい表情をしているレンの方が気になった。

 

「何か言いたそうだな?」

 

「そうね…………こうなった心当たりはあるかしら? もしかしてそれも《鬼の力》の影響?」

 

「いや……たぶん《鬼の力》じゃなくて《グノーシス》って言う強化ドラッグの影響だろうな……

 《リベル=アーク》でアリアンロードさんと戦った時に使ったけど、ワイスマンが他人の体で勝手に、それも大量摂取していたからな」

 

 身体を取り戻した時にはクスリの効果も違和感もなく安堵したが、まさかこんな置き土産を残しているとは思ってもみなかった。

 

「《グノーシス》……意外ね……リィンがそんなものを調達できる伝手があったなんて」

 

「ヨシュアさんから貰ったんだよ。元々は執行者達への切り札みたいでクロスベルで調達して来たって言ってたかな?」

 

「クロスベル……」

 

「レン……?」

 

 リィンは手を止めて、顔を上げる。

 形容しがたい表情をするレンに迂闊な言葉を言ってしまったかと首を傾げる。

 クロスベル。

 ハロルド・ヘイワース。

 浮遊都市が現れたリベールで会ったレンと同じスミレ色の髪の男性の事を思い出す。

 しかし、クロスベルの名前はこれまで何度も繰り返してきた。

 今更それでレンが動揺することとは思えない。

 

「何でもないわ。それよりも手を止めないで」

 

「ああ」

 

 注意されてリィンはすぐに手を動かすのを再開する。

 無言でリィンは問題の答えを書き込んでいく。

 そして――その手が不意に止まる。

 

「あれ……?」

 

 答えが出て来ないことにリィンが首を傾げると、レンが途中で止まった答案用紙を取って時計と見比べる。

 

「だいたい二十分くらいといった所かしら、それに最後の方は正解率も精度も落ちているわね」

 

 一目で答え合わせをしたレンは用紙を置いて、おもむろに手を叩く。

 すると、教科書や分厚い参考書を抱えたクレアが部屋に入って来る。

 

「それじゃあ、本格的に授業を始めましょう」

 

「え……?」

 

「とりあえずリィンの思考強化状態の維持時間を延ばすことと、基礎の地頭の強化が当面の課題ね」

 

「えっと……レン……それにクレアさん。今俺はその二十分間、休みなく問題を解いていたんですけど」

 

 リィンの頭はこの短時間でフル稼働していたせいか、数時間休みなく勉強したかのように疲弊している。

 

「あら、だからこそじゃない……

 歴史とかの知識はその力のおかげで詰め込みで済みそうだから、ちゃんと社会に通じる数学のやり方を徹底的に仕込むことにしたの」

 

「だそうです。リィン君のその力は確かにすごいですが、後天的なもののため不安定なようです……

 なので私とレン――レン先生の二人掛かりで回復させる暇を与えずに勉強させることになりました」

 

 悔しそうに俯きながら言ったクレアの言葉だが、彼女の様子を気に掛けるよりも言われた言葉に耳を疑った。

 

「…………え?」

 

「クスクス……さあ、授業を始めましょう」

 

「リィン君……覚悟してください」

 

 

 

 

「さて、改めて名乗らせてもらおう。私はオーレリア・ルグィンだ」

 

 ユミル渓谷道の中腹でオーレリアは《赤い星座》を並ばせて名乗りを上げた。

 

「実は昨日、私の部下から連絡があってな……

 どうやら御前試合で活躍したリィン・シュバルツァーを妬み、猟兵を差し向けた貴族達がいるらしい……

 諸君たちにはこれからその迎撃を行ってもらいたいのだが、残念なことに今私は君たちを雇う報酬は用意できず君たちを雇うことはできない……

 だが、代わりにこんな情報をくれてやろう……

 雇われた猟兵は《オルトロス》《フェンリル》《青竜猟兵団》……

 どれも君たちには一歩劣るがそれなりに有名な猟兵団だ……

 もちろん仕事ではあるだろうが、リベールで猟兵の百人斬りを果たしたリィンの首を獲ることで猟兵としてのランクを上げることが目的だろう……

 そして私の部下に調べさせた調査の中で連中はこんなことを宣っていたそうだ……

『《闘神》と《猟兵王》がいなくなった今こそ、俺達が最強の猟兵に相応しい……

 《赤い星座》などリィン・シュバルツァーに牙を折られて腑抜けた落ち目の猟兵団に過ぎない』とな……

 もっともそれは先の三猟兵団だけではなく、二人の団長がいなくなったからこそ最強の座を狙っている猟兵団は数多い……

 はっきりと言わせてもらおう。貴様らは舐められているぞ」

 

 オーレリアの言葉に猟兵達は反論を叫ぶようなことはせず、その目に剣呑な光を宿す。

 

「これは独り言だが、極力相手は殺さない方がいいだろう……

 いや正確に言うなら、殺しては勿体ない。これから彼らが体験するだろう恐怖を伝えてくれる者がいないのは困るだろう……

 私としても、こんなことをやらかした貴族共を根絶やしにするためにも捕虜が数人欲しい……

 そしてさらにはこのユミルの地を血に染めてシュバルツァー卿の不況を買うのもできれば避けたい……

 まあ、普通の猟兵団には無理な相談だろうな。普通の猟兵団には」

 

 そう言ってオーレリアは彼らに背中を向ける。

 

「さて、これから私はゴミ掃除に向かう。なので今日は君たちの訓練に付き合うことはできない」

 

 そう言って歩き出すオーレリアだが、《赤い星座》は無言で彼女の背中に続くのだった。

 

「えっと……」

 

 怖いくらいに高まった士気にも関わらず、まるで正規軍のように静かにオーレリアに付き従う猟兵達にセドリックは戸惑う。

 

「あはは……面白くなってきたじゃない」

 

「シャーリィさん」

 

「ついて来なよお坊ちゃん。本物の戦場ってやつを見せて上げるからさ」

 

 獰猛な笑みを浮かべるシャーリィにセドリックは即答できなかった。

 

「それとも皇子様はやっぱり怖いの? そんなんじゃリィンに追い付くことなんて無理だよ」

 

 嘲笑が含まれた言葉にセドリックは顔をしかめ、意地を張るように言い返す。

 

「行きます」

 

 そう言い切って行軍の最後尾にセドリックは続くのだった。

 

 

 

 

 

「それでどうかな息子やセドリック殿下の状況は?」

 

 夜。

 一同を介した夕食が終わり、それぞれが休んでいる中でテオはルーファスを誘って執務室にいた。

 

「二人とも順調ですよ……

 むしろ私たちもうかうかしていられないほどの成長ぶりです」

 

 執務室と言っても、仕事用の机ではなく応接用のソファに座り、間に挟んだテーブルにはルーファス達が手土産として持ち込んだ酒を始めとしたツマミが並んでいる。

 

「ただセドリック殿下に関しては、試験よりも彼女との対決の方が厳しいでしょう」

 

「それ程なのかね?」

 

「ええ、結社《身喰らう蛇》の使徒、《鋼の聖女》アリアンロード……

 あの顔は帝国史の教科書にも載っているかの《槍の聖女》と瓜二つ。言質を取れたわけではありませんが、オーレリア将軍は間違いないと言っていました」

 

「そんな相手と、リィンを賭けて勝負に挑んだのか」

 

 すでに元凶の二人にはその日の内に説教をしたが、テオは改めてため息を吐く。

 

「君の目から見て勝算はあると思うかな?」

 

「はっきり申し上げるなら、万に一つも勝つ目はないでしょう……

 そもそも私でさえ彼女と剣を交えたとしても勝てるとは思えません」

 

「そうか……」

 

 ルーファスの評価にテオは肩を落とす。

 幸いというべきなのか、この勝負で結社がリィンに強制することは名簿の末席に名前を入れるだけ。

 組織への強制力もなければ、むしろリィンが望む情報を与えてくれるという秘密の犯罪組織にしては破格の条件を出し、実質のデメリットなどないも同然だった。

 オズボーン宰相もそのことに関しては容認してくれることになったのだが、息子を名前だけでも犯罪組織に入れさせるのには抵抗を感じてしまう。

 アリアンロードが犯罪組織にあるまじき高潔な人間であることがせめてもの救いかとも思ってしまう。

 

「もうなるようにしかならないか……それはそうと、君たちもこの生活には慣れたかな?」

 

「ええ、まあ……」

 

 変わった話題にルーファスは苦笑で答える。

 

「しかし、驚いたよ……社交界の貴公子と呼ばれていた君があんな寝グセをつけて出てくるとは」

 

 その時の姿を思い出して、テオは口を押えて笑う。

 

「お恥ずかしい限りです」

 

 普段はメイドに身支度をしてもらっているといってもそのくらいは一人でも問題なくできていたのだが、その日は違った。

 頭のてっぺんに一房だけはねた髪。

 何度梳いても取れない寝グセに四苦八苦して、結局そのまま朝食の場に出ることになり盛大にレクターに笑われてしまったのは苦い記憶だった。

 

「分かっていたつもりですが、自分がいろいろな人に支えられていることを痛感しましたよ」

 

「ははは、それは何よりだ……

 しかしその後にルシアに髪を梳いてもらっていて満更でもない様子だったなあ」

 

「茶化さないでください」

 

 恥ずかしさを誤魔化すようにルーファスはグラスに注がれたワインを飲み干す。

 飲み干したグラスにテオが新たに注ぎ、ルーファスも返杯をする。

 

「不思議なものですね……何度も飲んでいるワインのはずなのに今日は一段とうまく感じます」

 

「そうなのかね? 私としてはこんな高いワインを飲んだことも初めてなんだが」

 

「家でも、社交界の場でも常に肩肘を張っているからでしょう……こんなに落ち着いた気持ちになったのは初めてかもしれません」

 

 今のささやかな飲み会もそうだが、ユミルで過ごす日々は思いも寄らない程にルーファスに安らぎを感じさせていた。

 

「今だから話すが、もっとレクター君やクレア君と剣呑になるかと思っていたんだよ」

 

「貴族派、革新派とすればそれが正しいのでしょう。ですが個人的な付き合いならその限りではありませんよ……

 それに二人とも私とは違う才覚の持ち主。意外と話が合いましたし……惜しむなら、この場に弟のユーシスも連れてくればよかったと思いましたよ」

 

「ユーシス君……リィンと一緒に御前試合に出ていた子か」

 

「ええ……歳はリィン君と一つ違いですが、来期にトールズ士官学院に入学することになっているので、もしかしたらクラスメイトになるかもしれませんね……

 あの子にもこれまでライバルという存在がいませんでしたから良い刺激になるでしょう」

 

「そうであると良いがな……それにしても楽しそうだな」

 

「え……?」

 

「以前に鷹狩りを指南した時は終始退屈そうな顔をしていたが、今は楽しそうに活き活きした顔をしていると思ってな」

 

「それは失礼しました」

 

 態度の非礼を詫びて、楽しそうに評された自分の内心をルーファスは省みる。

 結社に猟兵。そして鉄血の子ども達。そしてリィン・シュバルツァー。

 分野は違えど、天才と称され張り合う者がいなかったルーファスにとって、このユミルでの一時は刺激に満ちた生活だった。

 

 ――それに……

 

 髪を撫でつけて、あの時ルシア・シュバルツァーに髪を梳かれた時のことを思い出す。

 みんなで食卓を囲み、騒がしく温かな食事の風景を思い出す。

 幼い少女に得意なチェスで負かされたことの悔しさ。

 そしてこの肩肘を張る必要のない酒盛り。

 どれもアルバレアの家では経験したことのないものだった。

 

「羨ましいものですね……」

 

 うまい酒のせいか、口が滑る。

 

「リィン君と貴方達は血が繋がっていないはずなのに、こんなにも心を通わせた家族になれるものなんですね」

 

「ルーファス君……?」

 

「どうですか、テオ殿。いっそうヘルムート・アルバレアを押し退けてクロイツェン州を治めてみませんか?」

 

「御冗談を、私はあれだけの領地を治める器ではないよ」

 

「いやいや、テオ殿なら難なくこなせるでしょう。私も最大限サポートしますし」

 

「ルーファス君……もしかして酔っているのかな?」

 

「この程度で酔うなんてありえませんよ」

 

 言いながらルーファスはグラスのワインを一気に飲み干す。

 

「テオ殿も御存知でしょう?

 我が父ヘルムートの俗物ぶりを、血の繋がった家族さえ省みず、領邦軍を私物化し、計画性のない重税を課す……

 このままではクロイツェン州の衰退は目に見えています」

 

「ヘルムート殿も昔はそうではなかったんだがな」

 

 らしくないルーファスの愚痴を咎めることをせずにテオは昔を思い出すように天井を仰ぐ。

 

「それこそ君と同じように天才と称される貴公子だったんだよ」

 

「…………え?」

 

 呆けた言葉を返すルーファスにテオは苦笑を浮かべる。

 

「意外かな? そういう意味では君は若かりし頃のヘルムート殿にそっくりだよ」

 

 テオの言葉にルーファスは絶句する。

 

「は……はは……それは何かの間違いでしょう……」

 

「いや。彼は当時、それこそ貴族の模範となる立派な人だった……

 だが二十年程前、彼が御兄弟を追放してから人が変わってしまった。人を信じることをやめ、権力だけを信じるような人になってしまったんだよ」

 

「そ……れは……」

 

 その豹変の切っ掛けはルーファスに心当たりがあった。

 

「彼らの間に何があったのか、私は知らない……仲の良い兄弟だったというのに残念でならないよ」

 

 認めがたい言葉にルーファスは胸を押さえ、反論を絞り出す。

 

「テ……テオ殿は……将来、私が父上のようになると仰るのですか?」

 

「どうだろうな……

 私が兄と慕った人もある日を境に人が変わってしまった。本当にどうしてなのだろうな、どうして何も相談してくれないのだろうな」

 

 ルーファスの問いに答えるというよりも溜め込んだ疑問を漏らすようにテオは呟く。

 落ち込んだ様子のテオに質問を重ねるよりもルーファスは落ち着いて、自分を省みる。

 ルーファスには婚約者もいなければ、思いを寄せる相手に巡り合ったことはない。

 強いて例に考えるなら、敬愛するあの方の存在こそが今のルーファスにとって譲れない大きな存在だろう。

 その彼がもしも、自分の与り知らぬところで弟のユーシスと縁を持ち、弟を筆頭にすると言い出された日には果たして自分は冷静に受け止めることができるのだろうか。

 ルーファスは聡明なその頭脳で想像し、出した結論を誤魔化すようにワインを煽る。

 

「ハハハ、良い飲みっぷりだ。ほらもう一杯」

 

 新たに注がれたワインを受け取り、ルーファスは質問を重ねる。

 

「テオ殿にとって貴族とは何ですか?」

 

「それはまた難しい質問だな」

 

 テオはルーファスからの返杯を受けながら、苦笑を浮かべる。

 

「私も家を継いでいろいろな経験をしてきた……

 一応、その問いに答えることはできるが果たしてそれで君は納得できるのかな?」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「結局のところ、貴族なんてものは人が勝手に作った括りでしかない。と私は思っているよ……

 何故なら私は自分の血筋に特別なものを感じたことは一度もないからだ……

 そういう意味では血の繋がらないリィンの方が明確な力を持っている」

 

「ですが、我が父と比べれば貴方の方が――」

 

「それは比べても意味のないものだ」

 

 ルーファスの言葉を遮り、考え込む。

 

「ユミルだけを統治していればいい私と、クロイツェン州全体を統治しているヘルムート殿では責任も苦労も全く違う……

 それが分からない君ではないだろう?」

 

「それは……分かっています……」

 

「結局のところ、良い領主も悪い領主も一線を超えてしまうか否かだ……

 私のような領民に寄り添う貴族も、一歩間違えれば確かに周りの貴族が言っている領民に舐められた情けない領主になってしまうからね……

 君も超えてはいけない一線を気をつけることだ」

 

「…………はい。その言葉、しかと覚えておきます」

 

「ところで君は結婚はしないのかね? 確かもう26……いや27だったかな?」

 

 直前の重苦しい空気を払拭するようにテオはルーファスに尋ねる。

 

「ええ、長子の身でありながら情けないことに婚約者も決まっておりません」

 

「結婚はいいぞ。子供も生まれれば世界が変わって見える」

 

「そんなものですかね?」

 

 テオの言い分にルーファスは苦笑しながら受け答え、さらに酒を交わす。

 

「テオ殿……」

 

「ん……? 何かな?」

 

「ここは温かいですね」

 

「そうかな? クロイツェン州と比べればずっと寒いと思うが」

 

「いいえ、温かいですよ」

 

 首を傾げるテオにルーファスは微笑み、杯を傾ける。

 余談だが、テオとルーファスは次の日ひどい二日酔いと風邪をひくという失態を犯すのだった。

 

 

 

 

「八葉一刀流を教えて欲しい?」

 

 一週間に一度の半休息日にセドリックの突然のお願いにリィンは首を傾げた。

 

「はい。ダメでしょうか?」

 

「ダメっていうか……」

 

 改めてリィンはセドリックの様子を見る。

 目の下にはクマは濃く、全身は気だるさを感じさせるほどに疲労の色も濃い。

 

「今日は午前の座学だけで、午後は体を休めるように言われているはずだろ?」

 

「分かっています……分かって……いるんですけど」

 

 リィンの言葉にセドリックは頷く。

 

「実感はないかもしれないが、セドリックは十分に強くなっている。だからそんなに焦らなくても――」

 

「違う……そうじゃないんです」

 

 小刻みに震える両手を前に出してセドリックは顔を引きつらせる。

 

「確かにオーレリア将軍やシグムントさん達に戦い方を教わって、強くなっている実感はあるんです……

 だけど……僕が強くなるたびに……あの人が大きくなっていくんです……

 こんなことリィンさんに言って良いはずないのに、でもこのままじゃ絶対に勝てない……だから――」

 

「話は分かった。まずは落ち着こう」

 

 恐慌状態半歩前といった様子のセドリックを宥め、リィンは椅子に座らせる。

 

「自分の無力さを痛感して焦る気持ちは分かった。だから勝つために新しいものを取り込もうとしているんだろうけど刀術を覚えるのはお勧めしない」

 

「どうしてですか? リィンさんは《八葉一刀流》であの人に勝ったんですよね?」

 

「まず《流派》で勝敗は決まったりしない。そこは勘違いしないでほしい」

 

「……はい」

 

 自分の発言を省みてセドリックは素直に頷く。

 

「それに刀は剣と扱い方がまるで違う。今から刀の使い方を覚えても約束の日までに実戦レベルに、それこそアリアンロードさんに通じることはありえない……

 だからこのままオーレリア将軍やシグムントさんから学んでいた方がまだ確実なんだ」

 

 《八葉一刀流》を学びたいと言い出したのも、実力を上げアリアンロードの力を感じることができるようになり焦燥に駆られたものだろう。

 多少の相性はあっても、武器や流派が直接勝敗に関わることがないのはセドリック自身も分かっているはず。

 だがそうせずにはいられない程に焦っているのだろう。

 

「でも……二人に言われたんです……剣も銃器も……僕には才能がないって」

 

「才能か……」

 

 これまで何度かセドリックとも手合わせしているが、その度にメキメキと実力を伸ばしている成長ぶりにはリィンも驚いた。

 もっともオーレリアとシグムント曰く、セドリックはどんな武器もある程度まではすぐに使いこなせるようになるが、その中でこれといった一つがないらしい。

 その在り方は剣士よりも多くの武器を扱う猟兵の方が向いている。

 もっともそれも一種の才能なのだが、アリアンロードと戦うには決して相性が良いとは言えないものである。

 

「いったいオーレリアさんは何を考えているんだろうな」

 

 セドリックに聞こえないようにリィンは小さく呟く。

 初めから分かっていたことだがセドリックには万に一つも勝ち目はない。

 勢いに任せた言葉も時間が経ち、そして成長したからこそ至高の高さに恐れを感じるようになった。

 なのにオーレリアだけはまだ勝算があるように自信に満ちた様子でセドリックの指導を続けていた。

 

「やっぱり今からでも、取り消してもらうことはできないですかね?

 僕はどうなってもいいんです……せめてリィンさんの条件だけでも撤回してもらえれば」

 

「それは……」

 

 弱気な発言にリィンは口ごもる。

 ヴィータに何を吹き込まれたかは分からないが、誠心誠意頼み込めばアリアンロードは了承してくれるだろう。

 しかし、それをさせてしまうのは果たして正しいのか。

 皇族なのだから危険から遠ざけるのは当然かもしれないが、ここで完全に心が折られ逃げてしまうことはセドリックのためにならない。

 

「なあ、セドリック……」

 

 しかし彼に自信を取り戻させる具体的な方法は思いつかず、とりあえずリィンは問題を先延ばしにする提案をした。

 

「《八葉一刀流》を教えることはできないけど、今セドリックに必要な技術を俺から教えてもいいぞ」

 

「本当ですかっ!?」

 

「ああ」

 

 勢いよく顔を上げるセドリックにリィンは苦笑しながら頷く。

 泣いたカラスがもう笑う、という言葉の通りの反応だが不思議と咎める気になれない。

 オリビエと同じようにどこか憎み切れない雰囲気もそうだが、セドリックを通してリベールにいた自分もアネラス達にはこんな風に見られていたのかとも考えてしまう。

 

「あの……それでいったい何を教えてくれるんですか?」

 

 微笑ましい笑みを向けられたセドリックは居心地を悪そうにしながら尋ねる。

 

「俺が教えられるのは、これだな」

 

 リィンは握り拳を作ってセドリックに向けて突き付ける。

 

「素手格闘術……武器がない時のための戦う術だ」

 

「素手……それってもしかして僕に《破甲拳》を教えてくれるんですか!? そんな畏れ多い!」

 

「畏れ多いって……《破甲拳》は別にそんな大層な技じゃないんだけどな」

 

 慄くセドリックにリィンは苦笑を浮かべる。

 

「期待させて悪いが、教えるのはまず技じゃなくて基本の型だ……

 それに俺も人に教えるなんて初めてだからあまり期待しないでくれよ」

 

 初伝を脱したとはいえ、まだ弟子を取ることを認められたわけではない。

 半分くらいはセドリックの焦燥を和らげるための軽い運動のつもりだったのだが、外に出て基本の立ち方や拳の握り方を教えて軽く組み手をしていたところに彼らが現れた。

 

「何温い教え方してんだシュバルツァー」

 

「よう、暇そうだな」

 

「ヴァルター……それにマクバーン……まだいたのか」

 

 思わず強い口調でリィンは声をかけてきた二人に身構える。

 すでに結社の強化猟兵達はユミルを発ち、アリアンロードも決闘の日に改めて顔を出すと約束をしてローゼリアとヴィータと共に出立している。

 しかし、この二人だけはまだユミルに残っていた。

 

「そう邪険にするなよ。殺し合った仲じゃねえか」

 

 リィンの威嚇を軽く受け流し、ヴァルターは笑う。

 

「それでいったい何の用だ?」

 

「大したことじゃねえよ。聖女に挑もうなんて馬鹿を見に来たついでに、お前の寸勁のダメ出しをしておこうと思ってな」

 

「寸勁のダメ出し?」

 

「ああ……俺の技を盗んでおいてあの程度で満足されちゃ困るんだよ……

 そもそもお前の《螺旋》は剣術から覚えたもんだろ? 俺から言わせればまだまだ練り込みが甘いんだよ」

 

「むっ……」

 

 容赦のないダメ出しにリィンは思わず唸る。

 だが元々拳を使った技は本業ではないため、ヴァルターの言葉には一理あるのを感じる。

 

「そこら辺の岩場で手本を見せてもいいが、二次被害が起きるのが嫌なら俺達を《影の箱庭》に入れるんだな」

 

「ま、そういうことだ。聖女から聞いたぜ、なかなか面白そうな空間だってな。少しで良いから、俺をそこに入れさせてくれよ」

 

 突然の申し出に微妙な気持ちになりながらリィンは反論する。

 

「俺達は敵同士のはずだと思うんだが……」

 

「固いこと言うなって、《影の国》でくれてやった《焔》は役に立ったんだろ?」

 

「それはまあ……」

 

 マクバーンの指摘にリィンは言葉を濁しながら頷き、少し考えて諦める。

 

「セドリック。すまないが――」

 

「そこの坊主も連れてきな。良いもん見せてやるぜ」

 

 組み手を切り上げようとしたリィンだが、それにヴァルターが待ったをかける。

 

「ヴァルター……貴方はまさか泰斗をセドリックに教えるつもりか?」

 

「そんな面倒くさいことするかよ。全ての流派の基礎に通じる《螺旋》……それを極めると何ができるか教えてやるだけだ」

 

 それだけで彼がしようとしていることを何となく察したリィンは渋々ながら二人を《影の箱庭》に招き入れた。

 

「ククク……良い所じゃねえか……ここなら気兼ねなく全力を出せそうだな、おい」

 

 転移の術でそこに移動した瞬間、マクバーンは周囲を見回して獰猛な笑みを浮かべる。

 

「先に言っておくが、不審な行動をしたら即刻叩き出し――ぐっ……」

 

 胸の聖痕に痛みが走ったと同時に《影の箱庭》全体が揺れる。

 ヴァルターとマクバーンは油断なく周囲を警戒するが、揺れはすぐに治まった。

 

「何だ今のは?」

 

「大したことじゃないわ。《箱庭》の規模が少し広がっただけよ」

 

 この空間の管理人であるルフィナが現れてリィンの呟きに応える。

 

「アリアンロードさんとローゼリアさんの二人を入れた時から前兆はあったけど、どうやら《劫炎》を招いたことで想念が溜まったと表現するべきなのかしらね?

 リィン君の聖痕のレベルが上がって、第二星層を作れるようになったみたい」

 

「何ですかそれは……」

 

「私に聞かれても……ワイスマンが作った《人工聖痕》はまだまだ謎が多いわね……

 でも、規模だけじゃなくて強度も上がったから、こないだのような通常空間を壊しかねない力の特訓もこれならできそうね」

 

「ほう……」

 

 ルフィナの言葉にマクバーンは目を細める。

 

「何でもいいが、シュバルツァー……リベールの城を出せるか?」

 

「ええ……一応は」

 

 ヴァルターに促され、《箱庭》の検証を後回しにしてリィンは方石を起動して第一星層に造ったグラン=アリーナの練武場に移動する。

 

「少し待ってください」

 

 そう断り、念じると周囲の景色が歪み、そこはグランセル城に続く橋の上となる。

 

「これがリィンさんの聖痕の力……すごい……」

 

 世界の変化にセドリックは感激する。

 それを他所にヴァルターは歩き出し、グランセル城の石造りの城門の前に立つ。

 

「リィンさん……あの人はいったい何を見せてくれるんですか?」

 

「しっ……よく見ていろ」

 

 尋ねてくるセドリックに注意をして、リィンはヴァルタの一挙手一投足に注目する。

 話には聞いているし、その結果もリィンは目の当たりにしているが、その瞬間をリィンは見たことはなかった。

 

「コオオオオオオオオ……」

 

 深く呼気を吸い、城門に右の掌を当てる。

 そのままの態勢で全身に闘気を漲らせ――

 

「――ッ!!」

 

 裂帛する呼気を吐くとともにズンという地響きが橋を揺らす。

 次の瞬間、ヴァルターが触れていた部分を中心に石の門は放射線上に亀裂を走らせて音を立てて崩れ落ちた。

 

「なっ!?」

 

 信じられない光景にセドリックは絶句する。

 

「と、まあ俺の技を真似るならこれくらいできるようになってもらわないとな……それからついでだ」

 

 そう言うと、ヴァルターは崩れた瓦礫を押し退けて二枚目の城門の前まで歩くと先程と同じように門に触れる。

 先程と全く同じ姿勢、同じ練気で触れた門にヴァルターは衝撃を走らせる。

 しかし、二度目の寸勁は門に亀裂一つ走らせることはなかった。

 

「ま、こんなところか……」

 

 もう用は済んだと言わんばかりにヴァルターは城門に背中を向ける。

 

「えっと……今のはいったい?」

 

 不発した一撃にセドリックは困惑しているが、リィンは目の前で行われた神業に言葉を失っていた。

 

「リィンさん……?」

 

「ああ、すまない……」

 

 リィンはセドリックに分かり易くするように二枚目の城門を開く。

 門が開くと同時にその中から崩れた三枚目の城門の瓦礫が雪崩れ落ちてくる。

 

「え……ええっ!?」

 

「いわゆる《鎧徹し》と言われる技術だ……衝撃を鎧の装甲を壊さず内部にだけ伝える

 目の前の城門を傷付けず、その向こうの城門だけを砕いたわけだけど……俺も見るのは初めてだ」

 

 改めて執行者の力量を実感してリィンは舌を巻く。

 

「ま、これも大道芸に過ぎないがな」

 

 どこか得意げに応えるヴァルターにリィンは呆れる。

 今は争う理由はないが、将来戦うことになるだろう相手に自分の技を見せる彼の思惑が理解できない。

 アリアンロードやヴィータはそれぞれの思惑があり、リィンも彼女たちの情報が欲しいからこそ《箱庭》に招いたが、彼の場合はそれに当てはまらない。

 

「ところでシュバルツァー……

 この《影の箱庭》は《影の国》の亡者のような奴等とも戦えるんだったな?」

 

「ええ……一応は……」

 

 嫌な予感を感じながらリィンはヴァルターの頷く。

 

「なら一度やってみたい戦いがあるからやってくれよ」

 

「それは……」

 

「良いだろ別に、駄賃はさっきの技、それからそいつに好きなだけ見学させていいぜ」

 

「見取り稽古というわけですか……まあ、それならいいですけど。どんな戦いをしたいんですか?」

 

「ああ、それはな――」

 

 ヴァルターの提案にリィンは呆れる。

 

「どうなっても知りませんし、責任も取らないですからね」

 

 星層の設定を変更して戦場を荒野に変える。

 そしてヴァルターを除いた全員を《庭園》に転移して移動させる。

 

「クク……いいぜ……ゾクゾクしてきた」

 

 見渡す地平線を埋め尽くすほどの魔獣が土煙を上げてヴァルターを目指してくる。

 その数はヴァルターが望んだとおりなら千。

 現実ではまずありえない数の暴力にヴァルターは意気揚々に拳を鳴らし、肩を回す。

 《痩せ狼》は吠え、津波のように押し寄せる魔獣の大群に向かって自分から突撃するのだった。

 

 

 

 

 庭園の中央の石碑の上で千の魔獣と楽しそうに戦うヴァルターをリィンとセドリックは並んで見学している。

 そのリィンの背中にマクバーンは目を細め、腕に焔を――

 

「取引をしませんか《劫炎》?」

 

 そんなマクバーンにルフィナが声をかけた。

 

「あん?」

 

 機先を制されたマクバーンは不快を隠そうとせずにルフィナを睨む。

 人を焼き殺せそうな視線の威圧をルフィナは涼し気に受け流し続ける。

 

「ですから、取引をしないかと聞いているんです?」

 

「いきなり何を言ってやがる《影の王》?」

 

 訝しむマクバーンにルフィナは笑顔で応える。

 

「確かに貴方が考えている通り、この世界でなら貴方の全力を受け止めてくれるでしょう……

 でも、その貴方の焔からこの世界を守ることにリィン君は全力を注がなければいけないので、リィン君と戦うことは両立できません……

 それにおそらく戦えたとしても今のリィン君では貴方の全力を受け切ることはできないでしょう」

 

「…………ちっ」

 

 マクバーンは舌打ちをしてルフィナへの威嚇をやめる。

 

「安心しろ。取引なんてしなくても今ここであいつに手を出そうだなんて思ってねえよ」

 

 後ろ髪を引かれながらもマクバーンはそう言い切る。

 

「いいえ、そうじゃないわ……

 取引に応じてくれるなら、この場を使って……そうね《鋼の聖女》と全力で戦える舞台を用意して上げるわ」

 

「…………何?」

 

 それまで顔と目しか向けていなかったマクバーンは身体ごと振り返る。

 

「どうかしら? まずは話だけでも聞いてみない?」

 

「は……いいぜ。言ってみな。てめえは俺に何をさせたい?」

 

「簡単なことよ」

 

 そう言ってルフィナはその手に方石を呼び出して、マクバーンに向かって投げ渡す。

 

「それを使って貴方のような超越存在をこの《影の箱庭》に招いてもらいたいの」

 

「あん?」

 

「この《影の箱庭》はワイスマンの人工聖痕を基盤として機能しているわ……

 驚くべきことにオリジナルの《聖痕》と違って、未だに成長を続けている異端の《聖痕》……

 でも、剣聖や剣匠を取り込んでもさっきのように機能の拡張は起きなかった……

 おそらく、どれだけ逸脱した者たちだったとしても、経験値とも呼べるものは人間一人分と変わらないものだと思うの」

 

「つまり人間じゃねえ俺がここに入ったことで、想定を超えた経験値が入って《聖痕》のレベルがアップしたってことか?」

 

「まだ憶測の段階でしかないけど、私はそう考えているわ」

 

「で、その《聖痕》を成長させるために俺と似たような奴を連れて来いって言うことか?」

 

「悪くない取引でしょ?」

 

「確かにそうだが、お前はどうやって《聖女》を戦わせるつもりだ?」

 

「あら? 先にリィン君を勝手に賞品にしたのは彼女の方よ。ならこちらの我儘を一つくらい聞いてもらうのが筋というものでしょ?」

 

「ククク……ああ、そうだな違いねえ」

 

 あっさりと言ってのけるルフィナにマクバーンは笑う。

 

「だが、そんなことをして何のメリットがある? 見たところこの世界の強化とシュバルツァーの力に関連性はないみたいだが?」

 

「それはまだ分からないわ」

 

「あん?」

 

「これは私が考える一つの可能性だけど、近い将来《相克》が始まり七つに分かたれた《鋼の至宝》が一つに戻る時、《聖痕》を器にされたらその強度次第ではリィン君が壊される可能性があると思っているわ」

 

「至宝か……ま、確かにあれは人を器にするにはデカすぎるな」

 

「これはそうなった時のための備えよ」

 

 できる内にできることをしておく、ルフィナの言い分にマクバーンは納得する。

 

「つっても、俺も別に人外の知り合いがいるってわけじゃないからな」

 

「別に貴方達が回収した《輝く環》でも構わないわよ……

 《鋼》のあの子はパスが繋がって時々話をしているみたいだし、とりあえずそれで《聖女》との戦いでどうかしら?」

 

「は……簡単に言ってくれるぜ」

 

 口ではそう言いながらも、マクバーンは渡された方石を返さずに懐にしまう。

 

「だが良いのか。御主人様に許可は取ってあるのかよ?」

 

「ええ、私はリィン君からこの《箱庭》の管理を任されているから何の問題もないわ」

 

 マクバーンの言葉にルフィナは笑顔で即答する。

 そんな彼女にマクバーンは笑みを濃くして尋ねる。

 

「《影の王》……あんた、名前は?」

 

「ルフィナ・アルジェントよ。よろしくね《火炎魔人》さん」

 

 

 

 





 いつかの煌魔城IF

エマ
「す、凄まじい密度の霊子結界」

セリーヌ
「術式で城門を強化しているのね……まずいわね。これじゃあいくらヴァリマールでも……」

リィン
「…………いや、何とかしてみせる」

エマ
「リィンさん?」

 リィン、術式が浮かび上がった城門に手を触れる。

リィン
「コオオオオオオオ……ッ! 破甲拳っ!!」

 城門と結界は砕け散った。

リィン
「よし、さあ行こう」

エマ
「ええええええええっ!?」

セリーヌ
「はあああああああっ!?」


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