(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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124話 新たな一歩

「あら……?」

 

 エリィ・マグダエルは特務支援課のビルへ帰る途中、不審な物音に気が付いた。

 

「これは……喧嘩かしら?」

 

 これが旧市街なら、日常的な不良たちの喧嘩だとエリィも割り切っていただろう。

 しかし、場所は高級住宅街が近い西通り。

 本来ならそんな野蛮な喧騒とは無縁の場所。しかもまだ日が高い。

 しかし、何も喧嘩に興じるのは街の不良だけではない。

 二大マフィアの《ルヴァーチェ商会》と《黒月貿易公司》。

 属州国であることに羽目を外す帝国人と共和国人。

 一見すれば巨大な貿易都市として華やかな発展を遂げたクロスベルには大小様々なトラブルの種が広がっている。

 エリィはこの喧嘩もその一つだと判断し、警察官の一員として仲裁のために路地裏へと踏み入った。

 

「ちょ――やめろ……」

 

「――いいから、大人しくしなって」

 

 聞こえて来た言葉にエリィは息を呑む。

 喧嘩と思っていた気持ちを一気に引き締め、腰の導力銃を確かめる。

 

 ――聞こえた言葉の内容から考えると婦女暴行みたいね。エニグマを使えばロイド達を呼べるけど、待っている時間はない……

 

 まだ正午も回っていないというのに、やはりクロスベルはとんでもない街なのだとエリィは改めて実感しながら、その現場に踏み込んだ。

 

「動かないで、クロスベル警察よっ! 貴方を婦女暴行の容疑で……容疑で……え……?」

 

 エリィは想像とは違う光景に目を点にした。

 人目を忍んだ薄暗い路地裏には二人の被害者と容疑者がいた。

 どちらも顔見知りであるのだが、問題はどちらも男――片方は少し怪しいがどちらも男のはずだった。

 

「エリィさん……?」

 

 おそらく被害者のリィン・シュバルツァーが驚いた顔をしてエリィを見る。

 

「誰かと思えば特務支援課のお姉さんじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

 おそらく加害者、旧市街の不良の一派のヘッド、ワジ・ヘミスフィアもリィンと同じようにエリィを見る。

 

「えっと……」

 

 エリィは見る。

 リィンが壁に押し付けられて、右腕を押さえつけられている姿を。

 エリィは見る。

 ワジがリィンの手を壁に押さえつけ、空いたもう一方の手をリィンの顔のすぐ横を通すように壁について顔を寄せている様を。

 

「な……な……何をしているんですか貴方達は!? おお、男の子同士で!?」

 

「……ふふ、何だと思う?」

 

 エリィの反応にワジは意味深な笑みを浮かべると、リィンの顎に手を添えて持ち上げる。

 

「っ……し、失礼しましたっ!」

 

「いい加減にしろっ!」

 

 エリィが慌てて踵を返して逃げ出すのと同時にリィンは悪ふざけが過ぎるワジに拳を突き出す。

 

「おっと……」

 

 寸でのところでワジは後ろに跳んでその一撃を躱す。

 

「ははは、中々初心な反応だね」

 

 逃げ出したエリィを横目に見ながらワジは笑う。しかし、その目は油断なくリィンを観察する。

 すっかり警戒させてしまったことにリィンは自分の迂闊さを反省する。

 彼とすれ違った際つい知識にある顔だったから《第九位》という彼を示す言葉を呟いてしまった。

 

「すいません。俺は貴方の敵ではありません」

 

「そう言われて、はいそうですかって納得すると思う?」

 

「本当です。貴方が守護騎士ならケビンさんか、セルナート総長から話を聞いていませんか?」

 

「さて、どうだろうね……君が僕の敵なら二人の名前くらいは調べていて当然だと思わないかい?」

 

 至極もっともな言葉を返されてリィンは唸る。

 警戒心を剥き出しにしているワジ・ヘミスフィアを何とか説得する材料をリィンが探していると――脳裏に声が響いた。

 

『リィン君。彼は私の顔見知りよ。箱庭に入れてくれれば私が話をつけて上げるわ』

 

「ヘミスフィア卿、証拠を見せるために俺の《聖痕》の力で作った異空間に入ってもらいたいんですけど大丈夫ですか?」

 

「おや……? 《聖痕》ってことはもしかして同業者なのかな?」

 

 思いがけない言葉にワジの警戒が少し緩む。

 

「…………分かった、少なくても敵じゃないことは一応認めて上げるよ」

 

「暗示はかけなくて良いんですか?」

 

「必要ないでしょ。今のやり取りでだいたい君の力は分かったからね」

 

 自信に満ちたワジの言葉にリィンは顔をしかめる。

 抑え込まれたことは確かであり、互いに本気でなかったが底を見切ったと言わんばかりの態度を不快に感じる。

 

「…………まあ、いいですけど。それじゃあ行きますよ」

 

 不満を呑み込みリィンは《陣》を展開して、《影の箱庭》への扉を開いた。

 

「久しぶりね。ヘミスフィア卿」

 

 そして《第二星層》へと移動した闘技場に直接転移したワジをルフィナが出迎えた。

 

「………………………………え?」

 

 殉職したはずのルフィナ・アルジェントが目の前に現れてワジは固まった。

 

「ええ……分かっているわ。私が本物のルフィナ・アルジェントか疑っているのよね?

 確かに厳密に言えば本物のルフィナじゃないんだけど、でもケビンとアインにはもう話は付けてあるのよ」

 

「あ……はい、そうですか……」

 

 思わずワジは敬語で返してしまう。

 

「でも私がいくら言葉を重ねても、貴方は信じてくれないでしょ? だから、仕合ましょうか?」

 

 ルフィナは法剣とボウガンを手にする。

 

「懐かしいわね。アインが連れて来た貴方に教会の戦い方を仕込んだことを覚えているかしら?」

 

 朗らかに笑うルフィナに対して、ワジは黙り込みその時のことを思い出して額に冷や汗を浮かべる。

 

「それにしても私が死んでから、随分と生意気になっちゃったみたいね……

 状況から見ると潜入任務かしら? でもアインの目がないからってハメを外し過ぎじゃないかしら?」

 

 もはや疑いようもなく本人だと本能が訴え、ワジの体は小刻みに震え出す。

 

「わ、分かりました。信じます、信じますから戦う必要はありません」

 

 ワジは両手を上げて降参と示す。

 

「あらそう? でもせっかくだから私の教え子がどれくらいできるようになったか確かめさせてくれるかしら?」

 

「ひっ……」

 

 その笑顔は決して脅しつけるようなものではないのだが、むしろだからこそ恐ろしい。

 ワジは助けを求めるようにリィンに視線を向ける。

 

「えっと……」

 

 置いてけぼりにされたリィンは何が何だか分からずに頬を掻く。

 

「ルフィナさん。そんなに脅しつけなくても」

 

「脅しじゃないわリィン君……これはね、交渉の前準備……

 どちらが上でどちらか下なのか、分からせる格付けなの」

 

 笑顔で言い切るルフィナにリィンは説得は無理だと諦めて、ワジにエールを送る。

 

「頑張ってください。大丈夫です、この空間だと死にはしませんから」

 

「それって一番最悪な展開じゃないかっ!」

 

「さあ行くわよ。守護騎士第九位《蒼の聖典》ワジ・ヘミスフィア」

 

 悲鳴を上げるワジにルフィナは非情にもボウガンの引き金を引くのだった。

 

 

 

 

「これで全部かな?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 もうすぐ正午に近い時間帯。

 人で賑わう中央百貨店にクルトはいた。

 今日は特務支援課で使われる備品と食材の買い出しに来ていた。

 自分の監視役となっているクリスに自分の奉仕活動に付き合わせてしまっていることに心苦しくも感じるが、今のクルトにはそれを指摘して改善をしようという気力が湧いてこない。

 何をするにしても無気力で、言われた通りのことをただこなすだけの毎日。

 己を罰するために奉仕活動にも関わらず、周りの人達は親切で良くしてくれる。

 しかし、クルトにとってはそんな優しさが息苦しかった。

 

「後はパンを買って帰るだけですね。ところでクルト様は今日は何か食べたいパンはありますか?」

 

「何でもいい」

 

 クリスの申し出にクルトは適当に頷く。

 しかし、終始素っ気ない態度を取っているにも関わらずクリスは嫌な顔一つせずにめげずに話しかけてくる。

 

 ――随分と人懐っこい人だ……

 

 まるで人を疑わない無邪気な仕草は誰かを想起させる。

 が、クルトはすぐにその思考を振り払う。

 もう自分は護衛役ではない。彼の隣に立つ資格は失われた。彼と同じ色の髪のクリスに重ねてしまうのは未練なのだろう。

 我ながら女々しいと自嘲する。

 

「そういえばクルト様……双剣を新調しなくてもいいんですか?

 クロスベルでは許可証がなければ武器は購入できないそうですが、セルゲイ課長が特別に許可を取ってくれましたし、ミュラー様からもそのための資金は預かっているんですが」

 

「……いいんだ」

 

 クリスの申し出にクルトは首を振って拒絶する。

 この一週間、みんなその話題を気遣って避けてくれていたが、とうとう来たとクルトは諦めに似た境地で自分の思いを吐露する。

 

「もう僕にはヴァンダールの剣を握る資格はないから……」

 

「それは逃げなんじゃないかな?」

 

 これまで特にクルトに対して意見を言わなかったクリスは異を唱えた。

 

「確かにクルト様は醜態をさらして挫折したかもしれない……

 だけど、たった一回の失敗で投げ出せる程に君にとってヴァンダールの剣は軽いものだったの?」

 

「…………お前なんかに何が分かる……」

 

「分からないから聞いているんだよ……

 ヴァンダールの剣、皇族の護衛役……君にとっては煩わしい重荷だったのかな?」

 

「そんなの……僕の方が聞きたいくらいだ」

 

 少し前まではそれこそ、その二つはクルトにとって多少の蟠りはあっても誇らしいものだった。

 護衛役も、彼と一目会った時から守ると誓った程に思い入れがある。

 だからこそ、突然現れたリィンの存在に己の立場を脅かされると危機感を覚え、嫉妬して暴走したと思うと、自分の器の小ささを嘆かずにはいられない。

 そんなだから、呪いという得体の知れないものに翻弄されたのだろう。

 

「君も知っているだろ? 今のヴァンダールには双剣を使う者は数えるくらいしかいないことを」

 

「確かにミュラー様とマテウス卿は《剛剣術》の使い手、ゼクス中将も一応は《双剣術》を使えるみたいですが、基本は《剛剣術》でしたね」

 

「そうだ……確かに僕はまだ未熟者かもしれない……だけど傲慢なことを言ってしまえば《双剣術》の中で一番になることは難しいと思っていなかったんだ」

 

 結局のところ知らずの内に他人を見下していたのだろう。

 自分よりも弱かった皇子も、才能と言い訳をして《剛剣》を教えてくれなかった家族たち。

 まだまだ未熟でも時間があれば《双剣術》を極めることができる。その手応えが《双剣術》への拘りを軽くした。

 《双剣術》に鎬を削れる先達がいないから、《闘争》を求めて《剛剣術》に憧れた。

 

「それが……クルト様がこの一週間で出した答えですか?」

 

「そう考えるのが妥当だろ? いつまでも女々しく《剛剣術》に縋りついていたのも《呪い》の一部だと思えば納得できる」

 

「そんなことは――」

 

「もうやめてくれっ!」

 

 何故か自分を持ち上げようとしてくれるクリスにクルトは堪らずに懇願する。

 

「僕は……僕如きが誰かを守ろうなんてできるわけなかったんだっ!」

 

「クルト……」

 

 吐き出されたクルトの吐露にクリスは押し黙る。

 ここがきっと最後の分岐点だと、クリスは思う。

 ここを逃せばきっとクルトは本当に双剣を捨ててしまうだろう。

 それが熟考の末の答えならばクリスが口を挟むことではないのだが、明らかにネガティブな思考からの結論だと分かるだけに何としても止めたい。

 おそらく、事は剣を捨てるだけでは収まらない。

 この先一生、クルトは癒えない心の傷を抱えて生きていくことになるだろう。

 そんなことは決して見過ごせない。

 

 ――でも、何て言えばいいんだ……?

 

「クルト…………君がそんな気持ちを――」

 

「ケンッ! ナナッ!」

 

 クリスの言葉を遮って少女の悲鳴が響く。

 その声に含まれる必死さにクリスとクルトは弾かれたように振り返る。

 そこにはハンドルを切り損ねたのか、舗装された道路から大きく外れた運搬車が子供たちへと迫る光景があった。

 

「っ……」

 

「くっ……」

 

 二人は反射的に買い出しの荷物を放り出して駆け出した。

 しかし、距離があり過ぎた。

 距離と自分の速度のイメージからクルトはすぐに間に合わないと判断する。

 それは隣を並走するクリスも同じ。

 

「何をしている……」

 

「え……?」

 

 同じものを感じていたクリスは自分と並走して走っているクルトに苛立った声で叫ぶ。

 

「君の本気はその程度じゃないだろっ!!」

 

 何を、と問う前にクルトの体はその言葉に反応していた。

 イメージの自分を置き去りにして、クルトはクリスを抜き去って加速する。

 頭がそんな自分に戸惑いながら、身体は当然だと言わんばかりに動く。

 今まで、ずっともどかしさを感じていた歯車の噛み合わせが初めて合ったかのような感覚。

 先程の、不可能なイメージを払拭されるが、問題はまだあった。

 運搬車の進路には子供が二人。

 イメージよりも速いとはいえ、ギリギリのタイミング。果たしてその二人を抱えて離脱できるだろうか。

 そんな思考が過るが、視界の隅に白い影が躍る。

 

「がうっ」

 

 人生の中で最高速度で走っているクルトにあっさりとツァイトは並走してくる。

 交わした視線の意図を察して、クルトは女の子の方に意識を集中し、もう一人の男の子はツァイトに任せる。

 

「――届けっ!」

 

 クルトはその刹那に全ての力を込めるように地面を蹴って、手を伸ばし――女の子を掴まえた。

 走る勢いをそのままにクルトはその身を投げ出し、運搬車の進路から飛び出し、女の子を抱えるように庇って地面に転がった。

 けたたましいブレーキの音を立てて、誰もいなくなった空間に運搬車は突っ込み、フェンスに衝突した。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 激しい動悸にクルトは喘ぎ、腕の中の女の子の存在を確かめながらツァイトの姿を探す。

 彼は口で男の子の後ろ襟を咥えて、危なげない様子でクルトの隣にいた。

 

「ケンッ! ナナッ!!」

 

 この男の子と女の子のお姉さんなのか、同じ髪色の少女が泣きそうな顔で駆け寄って来る。

 

「おねえちゃんっ!」

 

「うわああああっ!」

 

 二人は声を上げて泣き出し姉に縋りつく。

 

「はは……流石クルトだ」

 

 呆然と地面に座り込んだままだったクルトにクリスは笑顔で手を差し伸べる。

 

「できたじゃないか……」

 

「え……?」

 

「誰かを守ること、やっぱりクルトは凄いよ」

 

「殿――」

 

 思わず、その姿に彼を重ねるがクルトは首を振って否定する。

 皇族である彼がクロスベルにいるはずはない。

 それに彼に負かされた後に口汚く罵った言葉を考えれば、こんな気安い言葉を掛けてくれるはずはない。

 まるで乙女のように彼を夢想してしまう自分の女々しさにクルトは呆れてしまう。

 

「ん? 何か言ったかいクルト様?」

 

「いや……何でもない」

 

 差し出された手を取ってクルトは立ち上がる。

 

「それはそうとクリス……僕の事は様なんて付けなくていい」

 

 そう言ったクルトの表情は先程と比べると随分マシになっていた。

 

 

 

 

 幸いなことに運搬車の運転手も怪我はあったものの命に別状はなく、助けた子供たちにいたっては傷一つもなかった。

 子供たちは双子で、そのお姉さんに何度も御礼を繰り返し言われた。

 現場の後始末をクリスやロイド達に任せ、先に支援課ビルに戻って来たクルトは浮付いた気持ちのまま、屋上で黄昏ていた。

 

「どしたんだクルトこんなところで?」

 

「ロイドさん……もう終わったんですか?」

 

「ああ……後はランディに任せてきた。それで何を悩んでいるんだ?」

 

 差し出された缶コーヒーを受け取るが、それを開けずにクルトは空を見上げて言葉を漏らす。

 

「本当は助けられなかったはずなんです」

 

「そうなのか?」

 

「僕のイメージでは間に合わなかったんです。だから僕は走っていたけど諦めていたんです……

 だから本当は御礼を言われる資格なんてなかったんです」

 

「でも実際には君はあの子たちを助けることができた。ツァイトも君がいてくれたから二人とも無事だったんだって言っていたみたいだ……

 なら胸を張って良いんじゃないか?」

 

「それは……」

 

「まあクルトの言いたいことも分からないわけじゃない……

 俺も警察学校で制圧術を習っていたから、強い相手と相対した時なんて自分が負けるイメージを感じたことはある……

 その上でクルトの感覚を言わせてもらうなら、それはきっと君が《双剣術》のクルト・ヴァンダールだったからじゃないのかな?」

 

「え……?」

 

「分かったつもりで言わせてもらうけど」

 

 ロイドはそう断りを入れて続ける。

 

「たぶん《剛剣術》は力の剣、《双剣術》は手数や速度の剣だと思うんだ……

 それでクルトは今までずっと《双剣》を振りながら《剛剣》を振るっている自分をイメージしていたんじゃないかな?

 だから間に合わないと思ったのは《剛剣》を使うクルトだったんだと俺は思う」

 

「そんなことは……」

 

 否定しようにも思い当たる節がありクルトは言葉に詰まる。

 

「その上で言わせてもらうなら、《双剣》を選んでくれてありがとう……おかげで尊い一人の命が護られた」

 

「え……あ……護った……?」

 

「確かに君にはいろいろあった。だけど君の積み重ねてきたもののおかげで今日、救われた子供がいる……

 そしてこれからもきっと《双剣》を握った君だからこそ救える人達もいるはずだ……

 もちろん《剛剣》を握った君だからこそ救える人達もいるだろうけど、そこに優劣なんて付ける必要はないと俺は思う」

 

「ロイドさん……僕は……」

 

「あの子たちに代わって、俺からもう一度言わせてくれ……

 守るべき市民を助けてくれてありがとう。俺は君のことを尊敬するよ」

 

 真っ直ぐな瞳で言い切られてクルトは言葉を失う。

 そして時間が経つに連れてようやく実感が湧いて来る。

 助けた女の子の、そのお姉さんの、今のロイドの感謝の言葉。

 そして初めて誰かを護ったという達成感。

 

「な……んで……」

 

 気付けばクルトの目から涙が零れ落ちていた。

 

「あれ……何で……」

 

「ハハ……いろいろ溜め込んでいたんだこの際思いっきり泣くと良いさ」

 

 ロイドはそんなクルトに微笑みを浮かべて、その頭に手を伸ばし撫でる。

 

「くっ……うぅ……」

 

 いたわる様に撫でる手をクルトは振り払うこともできず、ただ俯いて嗚咽をもらすのだった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 そして――

 

「ロイドッ!! 大変よっ!」

 

「エリィ?」

 

 エリィが勢い良くドアを開いて駆け込んで来て、二人の姿を見て固まった。

 

「どうしたんだエリィ? 何か事件なのか?」

 

「え……あ……その……」

 

 エリィはしどろもどろになりながら、後退り――くるりと踵を返した。

 

「お邪魔しましたっ!」

 

 そんなことを叫んで、エリィは屋上から逃げ出した。

 

「…………どうしたんですかね。エリィさん?」

 

「さあ……」

 

 エリィの乱入に正気に戻ったクルトだったが、気恥ずかしさを感じる前にエリィの奇行にロイドと一緒に首を傾げるのだった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 その翌日――

 

「あのーすいません」

 

 ピンクの髪の少女が改めて御礼を言いに支援課を訪ねて来るのだった。

 

 

 

 

 

「まったく……あれから全然成長していないみたいね」

 

「きょ、恐縮です」

 

「その様子だと《聖痕》もだいぶ使ってなかったでしょ?

 ダメよ、定期的に使って体に慣らしておかないと。ケビンも久しぶりに使った反動で昏倒してしまったんだから」

 

「はい……以後、気をつけます」

 

「それにしても、まだ片腕しか顕現できないのね……

 たぶん《神》に対してのトラウマが原因でしょうね。それなら――」

 

「あ、あのルフィナ正騎士……その蒼い石板は……まさか……」

 

「ええ、貴方の《聖痕》が力を根こそぎ奪った《神》の石板……想念で作ったレプリカだけど、今から私がこの《神》を解放するわね」

 

「え……?」

 

「ヘミスフィア卿、それを調伏してトラウマを乗り越えれば、きっと貴方はもう一段階強くなれるはずよ。準備は良いかしら?」

 

「ま、待ってくださいルフィナ正騎士っ!」

 

「さあ行くわよっ!」

 

 ルフィナは蒼い石板の古代遺物から《神》と呼ばれて力の化身を召喚した。

 ワジは悲鳴を上げながら、それと戦う。

 その光景を見ながらリィンは呟いた。

 

「ルフィナさんって……スパルタだったんだな……」

 

 おっかないと肩を竦め、リィンはワジの加勢をするために太刀を手に取るのだった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 ワジ・ヘミスフィア。

 Sクラフト《アカシック・アーム》が《アカシック・アームズ》に進化した。

 

 

 




原作からの変更点
 二章の初めでツァイトが助けたのはリュウでしたが、ここではケンとナナに交代してもらいました。
 この一件で姉のユウナは支援課との縁ができ、この後の三月の警察学校試験二次募集に応募して警察学校に入学させようかと考えています。
 ちなみに入試試験の難易度は、おそらく現時点だと警察官はクロスベルでなりたい職業ワーストワンだと思うので、定員割れしていて試験さえ受ければ自動的に合格するものだと考えています。




 いつかのクロスベルIF

ワジ
「あ、リィン……この間はありがとうございました」

ヴァルド
「ああんっ! ワジテメエ、何こんなガキで下手に出てやがる!?」

ワジ
「馬鹿ヴァルド、喧嘩を売る相手をちゃんと見ろっ!」

ヴァルド
「はっ……何こんなガキにビクビクしてやがるんだ。こんな奴《鬼砕き》のヴァルド・ヴァレス様にかかれば一捻りだぜっ!」

ロイド
「待てっ! 早まるなヴァルドッ!」

エリィ
「そうよ。命を粗末にしちゃいけないわっ!」

ランディ
「しかも寄りにも拠って《鬼砕き》なんて……死んだなこりゃあ……」

ティオ
「ランディさん。それはいくらなんでも失礼ですよ。まあヴァルドさんが本当に《鬼》を砕けるのかは見物かもしれませんが」



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