(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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いつも誤字報告ありがとうございます。

今回の話と次の話は少し毛色が違うものになります。




125話 メンタルクロス

 エステルとヨシュアが戻って来たことでリィンは遊撃士協会での待機任務が主な役割となっていた。

 

「あら? リィン君、何をしているの?」

 

 二階に上がったミシェルはテーブルに広がっているものを見て目を丸くする。

 

「あ……すいません。すぐに片づけます」

 

「別に構わないわ。それより何をやっていたの? それはみっしぃよね?」

 

「はい、みっしぃのぬいぐるみです」

 

 リィンの肯定にミシェルは首を傾げる。

 テーブルの中央にはみっしぃのぬいぐるみが一つ。

 しかし、その周りにはセプチウムが無造作に散らばっている。

 用途が分からないミシェルにリィンは苦笑して、ぬいぐるみに手をかざした。

 

「ちょっとした実験です」

 

「あら……?」

 

 ミシェルの前でテーブルに座っていたみっしぃが微かに動く。

 油が切れたぎこちない動きでみっしぃは手を着いて、起き上がり――こてんと仰向けに倒れた。

 

「人形繰りの戦技かしら? リィン君てば器用ね」

 

「まだまだですけどね。それに本当にしたいのは戦技じゃないんですよ」

 

「というと?」

 

「まあ、個人的なことなんで、事情の説明もできないんで聞かないでください」

 

 聞き返されてリィンは返答に少し困る。

 リィンの目的は《聖痕》を刻んだクォーツを人形に仕込み、それをアンテナにして分け身のように操ることだ。

 第三者から見れば全く役に立たない技術だろう。

 そんな周りくどいことをしなくても物を手を使わずに操るだけなら戦技で事足りる。

 しかし、リィンにとっては事情が異なる。

 何も操るのはリィンである必要はない。

 リィンの《聖痕》に宿る意志達の依り代にすれば、彼女たちが外で行動する端末になってくれるだろう。

 まるで本物の人間のように動いているローゼンベルグ工房の人形たちを見て、リィンはその結論に至ったのだが、まずはそのアンテナになる《聖痕》を作ることに難航していた。

 ワイスマンの知識を引き継いだといっても、その中に都合よくリィンが求める《聖痕》はない。

 だから試行錯誤を繰り返して造るしかないのだが、始めたばかりであってうまくいくはずもない。

 付け加えるなら今は加工しやすいぬいぐるみを使っているが、最終的には人型の人形を使おうかと考えている。

 

「せめて《銀の符》があればな……」

 

「《インのフ》?」

 

「ああ、こっちの話です」

 

 通常の分け身をさらに強固に、繊細な動作を可能にさせる補助術具。

 《リベル=アーク》で使ってしまったから手元にはないが、あの術を解析して《聖痕》に組み込めば理論上できるのではないかとリィンは考えている。

 

「それよりもミシェルさん、何かようですか?」

 

「ええ、アルモニカ村の方で大型魔獣が出現したの。ちょっと行って倒してきてくれるかしら?」

 

「分かりました」

 

 リィンはみっしぃのぬいぐるみやその他の道具を箱にひとまとめにして片づける。

 そしてミシェルから大型魔獣の資料をもらい、遊撃士協会を出た。

 

 

 

 

「ゴルディアス級の接続実験ですか?」

 

 その日、ヨルグがリィンにそんな話を持ち掛けて来た。

 

「ああ、元々《パテル=マテル》はその制御に操縦者の神経を使うことで反射的、かつ本能的な動作の実現を目指して造られたシステムを積んでおる……

 開発当初は操縦者に負担が大き過ぎるということで凍結させたのだが、わしの知らぬところで勝手に開発が再開され、多くの犠牲者を出しながら造られたのだ」

 

 忌々しいと吐き捨てるように言うヨルグに、リィンは《結社》の人間なのにまともな感性の持ち主なのだと感心する。

 

「《パテル=マテル》が造られた経歴は分かりましたが、それと俺の接続実験がどう繋がるんですか?」

 

「簡単に言ってしまえば、レンと《パテル=マテル》の接続はいつ爆発してもおかしくない爆弾だ……

 今の状態ではレンと《パテル=マテル》の境界が曖昧過ぎて、《パテル=マテル》が壊れるようなことになればそれに引きずられてレンの精神も壊れる可能性がある」

 

「一大事じゃないですかっ!?」

 

 これまでにも《パテル=マテル》が危機的な状況に陥ったことがあるのを思い出してリィンは叫ぶ。

 

「分かっておる……

 だから《パテル=マテル》の自我をもう少し強くして、その境界に明確な線引きをする必要がある……

 だが、如何せん接続実験のデータはわしの手元にはない……

 ないのなら、作ればいい。ということで協力しろ」

 

「いや……協力するのは良いんですが……危険じゃないんですか?」

 

 多くの犠牲者を出した実験なら、それこそそのモルモットになるリィンの命も保証はない。

 

「神経接続技術もレンのデータでドラギオンなどにも応用されて実用化され、一応の安全は確立されている……

 安全性を保つための準備は考えられる限り整えている。それに《騎神》の起動者なら他の人間よりも耐性はあるだろう……

 ゴルディアス級の接続はそれを参考にして造られたのだからな」

 

「そういえば《騎神》には操縦桿なんてものはありませんでしたね」

 

 今更ながら、騎神の操縦方法を思い出す。

 

「だからと言って、絶対に安全だとは保障できない。そして当然これは強制ではない」

 

 嘘偽りで誤魔化さないヨルグの言葉にリィンの答えは決まっていた。

 

「分かりました。協力します……ところで接続実験は《パテル=マテル》を使うんですか?」

 

「いや、別のゴルディアス級を用意している。実験はそちらで行う」

 

「そうですか……ふむ……」

 

「何だ? 不安があるなら今の内に言っておけ」

 

「いえ、不安とかそういうのじゃなくてですね……

 俺の中に《騎神》の意志みたいなものがあるんですよ。元々は別の《騎神》の意志の欠片だったんですけどそれが独立して一つの個になっているんです……

 だけど《意志》だけで外には《騎神》の器がないんですよね」

 

「…………ほう」

 

「あ…………」

 

 細められた目にリィンは失言を悟る。

 

「その話、もっと詳しく話せ」

 

 そう言うヨルグの目はラッセル博士によく似ていた。

 

 

 

 

「あら……?」

 

 朝、目を覚ましたレンは最初に違和感を覚えた。

 

「もう……リィンったら寝坊したのかしら?」

 

 ユミルではルシアに、クロスベルではリィンに抵抗しながら起こされることを密かな楽しみにしていたレンは口を尖らせながら身を起こす。

 

「そうだ……それなら今日はレンがお寝坊さんなリィンを起こして上げよう」

 

 それを考えるとレンは手早く身支度を整えて、部屋を出る。

 リィンに宛がわれた部屋は隣。

 レンは音を立てないようにドアをゆっくりと開け――

 

「むう……もう起きてたみたい。つまんない」

 

 もぬけの殻の部屋にレンは落胆する。

 

「…………たしか昨日はおじいさんの実験に付き合うって言ってたけど……まさかまだ続いているのかしら?」

 

 小首を傾げてレンはヨルグがいるだろう実験場の地下へと足を進める。

 

「おじいさんいる?」

 

 《パテル=マテル》が格納されている地下工房の一角にレンの声が響く。

 そこには思った通り、ヨルグとリィンの姿があった。

 二人は作業台を前に難しい顔をして唸っていた。

 

「おじいさん、リィン」

 

 声を掛けるとヨルグとリィンは焦った様子で振り返った。

 

「あら……?」

 

 リィンはともかく自他ともに認める頑固で不遜なヨルグの珍しい反応にレンは首を傾げる。

 

「どうしたレン? 《パテル=マテル》に会いに来たのか?」

 

「それもあるけど、おじいさん。もう朝よ……リィンも一緒なのに何をしていたの?」

 

「それは……その……」

 

「あら……?」

 

 口ごもるリィンにレンは顔をしかめた。

 

「あなた…………ルフィナね?」

 

 レンの指摘にリィンはあからさまにたじろぎ、諦めたようにため息を吐く。

 

「ええ、その通りよ。流石レンちゃんね」

 

「何であなたがリィンの身体を使っているのかしら? リィンはどうしたの?」

 

「えっと……」

 

「むう……」

 

 レンの疑問にルフィナとヨルグは視線を泳がせる。

 

「いくら二人でもリィンに変なことをしたのなら――」

 

 スッと目を細めてレンは冷たい言葉をヨルグに向ける。

 

「誤解だレン……いや、確かに実験に協力してもらったが、全ては昨日の落雷のせいで私もこんなことになるとは思っていなかったのだ」

 

「そ、そうよ。これは不幸な事故なの」

 

「落雷……?」

 

 そういえば昨日の夜。眠りに就く頃に雨が降り出したことを思い出す。

 

「それがおじいさんの実験と何が関係あるのかしら?」

 

「うむ……」

 

 ヨルグは苦虫を噛み殺すように顔をしかめ、背後の作業台の前をどいて見せる。

 

「この子が……リィンだ」

 

「み……みししっ」

 

 灰色のネコのようなぬいぐるみが片手を上げて鳴いた。

 

「………………何を言っているのおじいさん? あ、もしかしておじいさんの新しいお人形かしら?」

 

「違う。触ってみれば分かるが、正真正銘のぬいぐるみだ……まあ中に聖痕のクォーツが入っているがな」

 

「クォーツ?」

 

 そういえばリィンが《聖痕》を刻んだマスタークォーツを作っていたことを思い出す。

 確か、その目的は《影の箱庭》から出られない《鋼の意志》やルフィナが外側の世界で活動するための端末を作るためのもののはず。

 

「……本当にリィンなの?」

 

「みしし……」

 

 みっしぃは哀愁を漂わせて頷いた。

 

「…………何でみしししか言わないの?」

 

「みしし……」

 

 みっしぃは首を振って何かを訴える。

 

「……もしかして、それしか言えないの?」

 

「みしし」

 

 みっしぃは頷いた。

 

「………………ぷっ……」

 

 レンはその小さなぬいぐるみの必死な仕草に、リィンを重ねて堪え切れずに吹き出した。

 

「あはははははっ! ダメ……おなかいたいっ!」

 

 普段の彼女からは想像できない大きな笑い声を上げてレンはお腹を押さえて蹲る。

 

「みしし……」

 

「っ……」

 

 呆れた眼差しの気配。しかし聞こえてくる声音は意識すればリィンのものだと分かるだけに余計に笑いを誘う。

 レディにあるまじき醜態だが、堪えることはできそうになかった。

 

「どうやら接続実験中に屋敷に落ちた落雷のせいで接続リンクが乱れ、近くにあったみっしぃの《聖痕》と混線してしまったようだな。興味深い」

 

「みししっ!」

 

 みっしぃは顎に手を当てて、冷静に考察するヨルグに両手を上げて抗議する。

 

「みしし……みしし……みししっ!」

 

「うむ……何を言っているか。分からん……分からんが、わしもこのようなことが起きるのは想定外だ」

 

 ヨルグの言葉にみっしぃはがっくりと肩を落とす。

 

「みしし……?」

 

 小首を傾げるみっしぃにヨルグは唸る。

 意思疎通が困難だと察したみっしぃはきょろきょろと周囲を見回して、ペンを見つけると駆け出して――転んでその勢いのまま作業台から落ちる。

 

「ぶふっ!」

 

 レンは思わず吹き出し、バンバンと床を叩く。

 

「むぅ……」

 

「えっと……レンちゃん? 大丈夫?」

 

 ルフィナは仰向けに落ちてジタバタと手足をもがかせるみっしぃを拾い上げ、呼吸困難を起こしてそうなレンの身を案じるのだった。

 

 

 

 

「それじゃあおじいさん。レンとリィンは特務支援課に行ってくるわね」

 

「ああ……気をつけて行ってくるといい」

 

 工房に残り、接続リンクの調査を行うことにしたヨルグとリィンの身体を動かしているルフィナを残し、レンとみっしぃの身体を動かしているリィンはクロスベルへと向かっていた。

 導力工学的の観点からのアプローチは二人に任せ、レンとみっしぃはクロスベルの地で最も高い霊感能力を持つ少女と《聖獣》に意見を求めることにした。

 

「みしし……」

 

「ふふ……大丈夫よみっしぃ……すぐに元に戻れるわよ」

 

 どうしてこうなったと嘆くようにため息を吐くみっしぃをレンは笑顔で励ます。

 幸いなことにリィンが用意したみっしぃは手頃な大きさのため、レンが抱えても苦にはならない。

 いろいろと含むところはあるが、珍しく年相応にご機嫌な様子のレンにみっしぃは安堵――せずにやはり嘆く。

 

「ごめんください」

 

 道中何も起こらずにレンとみっしぃは特務支援課に辿り着く。

 

「みしし……?」

 

 そこでみっしぃははてと、首を傾げた。

 何かとても重要なことを忘れている気がする。

 

「はい。ご依頼の方ですか……って、君はレンちゃん」

 

「フフ……久しぶりね、きれいなお兄さん」

 

 レンを出迎えたクルトはそう呼ばれて項垂れる。

 

「ところで狼さんとネコ耳の女の人はいるかしら?」

 

「ツァイトと……ネコ耳? もしかしてティオさんのことかな?

 申し訳ないけどどちらも出てしまっているんだ。中で待つかい?」

 

「ええ……そうさせてもらうわ」

 

 クルトはレンを招き入れてから、外を探る様に見回した。

 

「リィンさんは一緒じゃないのか……」

 

「ええ、リィンは一緒じゃないわ」

 

 レンの肯定にクルトはホッと胸を撫で下ろす。

 そんな様子にみっしぃは居心地悪そうにそっぽを向く。

 クルトに促されて案内された奥の長大なテーブルには先約が二人いた。

 一人は眼鏡をかけた執事姿に教科書を片手にしたクリス。

 もう一人はピンク髪の少女がノートを広げてうんうんと唸っていた。

 

「おや、お客さんはレンちゃんだったんですか?」

 

「フフ……久しぶりねクリス」

 

 挨拶を交わす二人にクルトは首を傾げる。

 

「クリスはレンの知り合いだったのか?」

 

「ああ……少しの間勉強を教わっていた先生なんだよ」

 

「え……この子に教わっていた?」

 

 レンの見た目で教わっていた、つまり先生だったことにクルトは驚く。

 

「ええ……一ヶ月だけだけど、なかなか優秀な生徒だったわよ」

 

「恐縮です」

 

 クリスが小さな女の子に恭しく頭を下げる姿にクルトはどんな関係なのか想像できずに困惑する。

 と、そこで唸って少女が一気にノートにペンを走らせ――歓声を上げた。

 

「できたーっ!」

 

「はい。それでは見せてください…………うん、正解です」

 

 クリスの採点に少女は脱力してテーブルに突っ伏した。

 

「やっと終わったぁ……って、その子は?」

 

「フフ……初めましてお姉さん、わたしはレンって言うの。今日は支援課のみんなにレンの友達を紹介しにきたのよ」

 

 そう言うとレンはテーブルの上にみっしぃを置いた。

 

「ほら、みっしぃ。挨拶をして」

 

「みしし……」

 

 促してくるレンにみっしぃは抗議するように鳴く。

 

「なっ!?」

 

「ぬいぐるみが!?」

 

「しゃべったっ!?」

 

 想像通りの反応をする三人にレンは笑みを浮かべる。

 

「それだけじゃないわよ」

 

 言うや否や、レンはつんと指でみっしぃの額を押す。

 

「みしし!?」

 

 バランスを崩したみっしぃはテーブルに転がると、おたおたと手足を動かして起き上がる。

 

「動いた……」

 

「どうなっているんだ?」

 

 しゃべって動くぬいぐるみにクリスとクルトは物珍しそうに感心する。

 

「あはは、二人とも驚き過ぎだよ。どうせ喋っているのは腹話術で、動かしているのは見えない糸かなんかを使っているんでしょ」

 

 そんな二人を笑って、少女はみっしぃの頭を掴んで引き寄せる。

 

「みしし……」

 

「あれ……? 糸はない……じゃあ、中にオーブメントでも入っているのかな?」

 

「み゛じじ」

 

 ピンク髪の少女はみっしぃの身体を撫で回し糸が見つからないと、中身を確認するように体を押す。

 痛覚はないが、身体を圧迫する奇妙な感覚に声が歪む。

 

「…………え? 本当にただのぬいぐるみ……え? 何なのこれ?」

 

 どんどん乱暴になってくる手付きにみっしぃは堪らずに少女の手から抜け出して距離を取る。

 その動きはどこまでも自然でまるで生きているかのようだった。

 

「驚いた……みっしぃはミシュラムのマスコットで架空の存在だって聞いていたけど、本物が生息していたのか」

 

「いや、クルト……もしかしたら彼はリベールに現れた《女神の聖獣》なのかもしれない。見たところ、僕達の会話を理解している知恵もあるみたいだし」

 

 クリスがもらした言葉にみっしぃは勢いよく首を横に振る。

 そして身振り手振りで、気付けとクリスに何かを訴える。

 

「いや……あたしもずっとクロスベルで生活していてみっしぃの魔獣なんて聞いたことないんだけどなぁ」

 

 うーんとピンク髪の少女は腕を組んで唸る。

 そこに――

 

「ただいま戻りました」

 

「帰ったぜー」

 

 そこでティオとランディの二人が戻って来た。

 

「あっ! ティオ先輩、見てくださいこの子っ!」

 

「ユウナさん……また来ていたんですか。この子ってSサイズみっしぃのぬいぐるみがどうかしましたか?」

 

「みしし……」

 

 目的の人物が来てくれたことにみっしぃは安堵の鳴き声を漏らす。

 

「え……?」

 

 その声と仕草にティオは固まった。

 

「みしし――!?」

 

 同時にみっしぃは悪寒に襲われた。

 

「今……そのみっしぃは……」

 

「おう……鳴いて動いたな」

 

 驚き目を丸くするティオとランディ。

 そしてティオは一歩、また一歩と奇妙な気配を纏って近付いて来る。

 

「み、みしし……?」

 

 その威圧感にみっしぃは慄き後退りながら語り掛ける。

 彼女はツァイトの言葉を読み取ることができた、ならば自分もと一縷の望みを掛けるが目の前のティオは正気を失っているように見える。

 

「みっ!?」

 

 次の瞬間、ティオの手が伸びた。

 みっしいは本能が訴える危機感の赴くままに、反射的に後ろに跳んでその手を回避する。

 が、着地がうまくいかずにテーブルを跳ねるみっしい。

 

「待ってくださいみっしぃ!」

 

 テーブルに突っ伏したティオは素早く身を起こし、みっしぃを追う。

 みっしぃは不格好にテーブルの上を跳ねまわり、明らかに正気ではない目をしたティオの魔の手から逃げ続ける。

 しかし、長大なテーブルとはいえ、逃げる空間としては狭く、すぐに追い込まれた。

 

「ふふ……追い詰めましたよ。みっしぃ」

 

 テーブルに膝立ちで乗っかり、両手を広げてにじり寄って来るティオ。

 背後はみっしぃの身長の何倍もある崖。とても飛び降りる気にはなれない。

 

「さあ観念してください」

 

 みっしぃは知っている。

 この怪しく目を光らせた状態は可愛いものを前にしたアネラスと同じだということを。

 そしてその末路も簡単に予想できる。

 男の尊厳を守るため、何か逃げ道はないかとみっしぃは視線を巡らせ――みっしぃはゆっくりと探るような足取りでティオに近付いていく。

 

「ああ……本物のみっしぃ……」

 

 ティオは感激する。

 が、小動物を相手にするように、相手を刺激しないように手を差し出してみっしぃが触れてくれるのを待ち構える。

 が、触れる寸前にみっしぃは背中を向けた。

 

「え……?」

 

 ティオが首を傾げている間にみっしぃは走り出した。

 

「まさか――」

 

 クリスは突然のみっしぃのダッシュに驚く。

 そして短くない距離を助走にして、テーブルの最端を踏み切り、開いている窓に向かって跳ぶ。

 

「みっしぃが跳んだっ!?」

 

 ランディが叫ぶ。

 テーブルから窓まで二アージュはある。

 小さなみっしぃの体から考えると途方もない距離にも関わらず、みっしぃは躊躇わずその身体を宙に躍らせた。

 しかし、案の定みっしぃは窓に届かずに放物線を描いて落ちる。

 

「いえ……まだです」

 

 そのまま床に叩きつけられるはずだったみっしぃは寸でのところでカーテンを掴み、落下を免れる。

 そしてそのまま、手足を使ってカーテンを掴み登っていく。

 しかし、ぬいぐるみの手ではふんばりが利かずに滑ってしまう。

 それでも諦めずにみっしぃはもう一度カーテンを登る。

 ティオを始めとした一同はそんなゆっくりとカーテンを登っていくみっしぃを固唾を呑み込み見守る。

 

「頑張れ、みっしぃ~っ!」

 

「ファイトー!! 気合い入れていこうー!!」

 

「あと少しだっ! 根性みせろっみっしぃっ!」

 

「諦めるなっみっしぃ!」

 

「が、がんばれー」

 

 ノリノリでその姿を応援する一同にクルトは乗り切れずに半端なエールを送る。

 

「みっ……しーーぃ!」

 

 そしてついにみっしぃはカーテンを登り切り、窓の向こうへと消えた。

 

「みっしぃ……やりましたね」

 

 じーんと彼の達成感を我が物のようにティオは感激して酔いしれる。

 

「良いものを見たぜ」

 

「あはは……帰ったらケンとナナに自慢しちゃおう」

 

 ランディとピンク髪の少女もそれに続き、手を打ち合わせる。

 

「あの……窓の外に逃げてしまいましたが大丈夫なんですか?」

 

 が、クルトの冷静な指摘に我に返った。

 

「はっ……いけません。あんなまだ人の言葉も喋れない小さいみっしぃが外に出たら悪の秘密組織に拉致されて酷い実験をさせられるに決まっていますっ!」

 

「いつの間にそんな設定が増えたのかしら?」

 

 レンの冷静なツッコミを無視してティオはテーブルの上から飛び降り、玄関へ向かって駆け出した。

 

「ただいま――おっと?」

 

「わぷっ」

 

 そしてちょうどそこで帰って来たロイドの腹にティオはタックルすることになった。

 

「おっとティオッ!?」

 

「すいませんロイドさん、謝罪は後で――」

 

 謝ることをそこそこにティオはロイドを押し退けて外に出ようとする。

 

「ティオ……もしかしてさっきみっしぃのぬいぐるみを外に落としたりしたか?」

 

「え……ええ、まあ似たようなものです」

 

 正確に言えば少し違うのだがティオは頷く。

 考えてみればみっしぃが飛び出した窓は支援課ビルの入り口に面した窓。

 タイミング的に考えてロイドが見つけていても何もおかしくはないのだが、彼の手にみっしぃの姿はない。

 

「ごめん、ティオ。ちょうど足元に落ちてきて蹴っちゃったんだ」

 

「…………え?」

 

「いや、すまない。本当に一瞬だったし、蹴ったのも何を蹴ったのかちゃんと分かってなくて……とにかくすまない」

 

「それはいいけど、お兄さんその蹴ったみっしぃはどこに行ったのかしら?」

 

 平謝りするロイドにレンが尋ねる。

 

「それが……そこの柵から下の方に落ちちゃったみたいなんだ」

 

 特務支援課ビルの向こうの柵の下。

 少し先には線路が敷かれているが、その間にはクロスベルの地下区画。ジオフロントから溢れた剥き出しのパイプなどが絡み合ってその存在感を主張していた。

 そしてそこにみっしぃの姿は見えなかった。

 

 

 

 

 




 次回
 126話 小さなみっしぃの大冒険 を予定しています。



 いつかのクロスベルIF
ユウナ
「本当なんだよ。クロスベルには生きている本物のみっしぃがいるんだから」

クルト
「ああ、僕も見たことがある」

アッシュ
「はっ……良い歳こいて何言ってんだか……」

アルティナ
「ユウナさん……あれは着ぐるみで中に人が入っているものでしたよ」

ミュゼ
「ふふ……ダメですよ二人とも、純粋なお二人の夢を壊すようなことを言っては」

ユウナ
「むう……リィン教官が信じてくれますよねっ!」

リィン
「さ……さあ……どうだろうな」 



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