「う~ん……」
クロスベル市街へ向かうバスの中、イリア・プラティエはつまらなそうに湖岸の景色を眺めながら唸る。
考えるのは直前まで会って話をしていた親友の事。
昨夜の通信越しで感じた違和感を確かめに訪ねたら、やはりどこか雰囲気が変わっていた。
「三年か……哀しみが薄れるには十分かもしれないけど……」
ようやく吹っ切れたのかと思ったのだが、顔を合わせてみたら想像とは少し違った。
「まあ……良いか」
気になって練習に身が入らないと思ったからわざわざ訪ねたが、良い方向に親友が進み始めたことをイリアは嬉しく感じる。
「リーシャも育ってきたことだし、公演も近い、セシルも良い方向に進んでいる。良いことずくめなんだけどなぁ……」
イリアは憂鬱なため息を吐く。
別に先日送られてきた脅迫状に悩んでいるわけではない。
そんなものは珍しくもないし、周りは過剰に反応していたがこれまでと同じ悪戯にしかイリアは思えなかった。
「あたしもここら辺でもう少しレベルアップしておきたいんだけどなぁ」
この世界に引きずり込んだリーシャが目覚ましい成長を遂げているからこそ思う。
イリア・プラティエを超えられる才能だと彼女には発破を掛けているが、だからといって簡単に抜かれる気はない。
それに表現者としてはともかく、リーシャが本気で動けばおそらく容易に自分を振り切ることができるだろう。
その動きと表現力が噛み合った瞬間を――自分を超えた存在をイリアは見てみたいと思う。
だが、同時にイリアはあの純粋な後輩にとって常に上を行く存在であり続けたいと思っている。
「どうするかな……」
具体的に何をすれば良いのかは分からない。
道を切り拓く先駆者の苦悩を贅沢に感じながら、ふとそれがイリアの目に留まった。
「あれはたしか今、有名な遊撃士の三人よね」
街道から少し離れた見晴らし台で、一人の少女を観客に二人の少年が刃を交えている。
「たしか、ブライト姉弟とリィン・シュバルツァーだったかしら?」
クロスベルタイムズでそんな記事を読んだことを思い出しながらイリアは二人の稽古に思わず見入る。
民間人が遊撃士の戦いぶりを見る機会は少ない。
街道は魔物除けの導力灯もあるし、クロスベルには導力バスもあるので魔物の脅威に晒されることなど滅多にない。
何よりもイリアは普段、自宅と劇場の往復ばかりが日常と化しているためなおさらだった。
「へえ……」
遠目で見る双剣と太刀のぶつかり合いに興味深いと言わんばかりにイリアは目を細める。
分野は違えど表現者として達人級のイリアからすれば、二人の動きに惹き寄せられるものを感じてしまう。
そしてそれを見た。
二人がそれぞれ複数人に増える。
一気に人数を増やして二人の少年たちは入り乱れるように目まぐるしい攻防を繰り広げ、競り勝ったのは双剣の方だった。
「…………今のは……」
思わず見入ってしまったイリアは呆然と呟く。
「お姉ちゃんしらないの? あれはね分け身なんだよ」
前に座っていた子供がイリアの呟きを耳聡く聞きつけて教えてくれる。
「あれが……分け身……」
その名称はイリアも聞いたことはあるが、実際にその目にしたのは初めてだった。
目を瞑り、イリアは今見たことを反芻して吟味し――
「これだっ!」
自分以外の乗客への迷惑など考えずに声を上げて立ち上がった。
*
「アルカンシェルへの技術指南の依頼?」
稽古を終えて協会に戻ってきたエステルは奇妙な依頼に首を傾げた。
「あの……イリア・プラティエさん……僕達は遊撃士であり、貴女のようなトップアーティストに教えられることはありませんよ」
同じく困惑しながらもヨシュアは遠回しに断るように意見する。
「そんなことはないわよ。貴方達のさっきの稽古を見せてもらったけど、分け身だっけ? それに炎を作る戦技っていうのも興味あるわ」
「えっと……」
イリアの意識が自分とヨシュアに特に集中していることにリィンは苦笑を浮かべる。
「分け身は高等技術なので戦技を使ったことのない一般人が覚えられるような技ではありませんよ」
「へえ……俄然興味が出てきたわ。高等技術上等、それくらいの方が燃えるってものよ」
リィンの言葉にやる気を見せるイリアにどうしたものかと、三人はミシェルに視線を集める。
「申し訳ないけど、いくら何でもそんな曖昧な依頼は引き受けることはできないわ」
「あら、どうして? 報酬なら拘束期間に合わせて適正に支払うわよ」
「報酬の問題じゃなくてね。このクロスベルで重要度の低い仕事で長期間遊撃士を拘束しておけるほど、人員に余裕はないの……
貴女が舞台に掛ける情熱は理解できるわ。でもわたしたちにとってそれはただの我儘でしかないのよ」
相手はクロスベルを代表するトップスターであるにも関わらず、ミシェルは毅然とした態度を貫く。
「…………たしかにそうね……なら、あたしの護衛を雇いたいっていうのはありかしら?」
「護衛?」
「実はね。この前、アルカンシェルに脅迫状が届いたのよ……
まあそれだけなら珍しくもないんだけど、団長とうちの新人がやけに気にしていて遊撃士を雇おうかなんて言ってたの……
あたしとしては舞台を前にテンションが下がることはお断りだったんだけど、技を教えてくれるなら護衛を付けてもいいわよ」
「どうして上から目線なのよ?」
イリアの物言いにエステルは呆れる。
「たしかにトップスターのイリア・プラティエを護衛する名目なら長期間の依頼は受けることを考えてもいいわ?
でもどうしてその脅迫状だけ、そんな危機感を覚えたのかしら?」
「手紙は楽屋に置いてきたから今は見せられないけど、珍しく思わせぶりな名前が書いてあったのよ……東方の字で《ギン》っていう名前が」
「ギン……もしかして《銀》ですか?」
イリアの口から出て来た名前にリィンは思わず声を上げた。
「銀って……確かリベールで手伝ってくれたあの黒ずくめの暗殺者のことよね?」
「うん……ミラを払えばどんな仕事も引き受ける。東方人街の魔人……
《黒月》が雇ってクロスベルにいるとは聞いていたけど、まさかアルカンシェルを狙うなんて」
「あれ……? もしかして大物だったりするの? それにしては脅迫文が幼稚だったけど」
深刻な顔をする三人にイリアは意外そうに首を傾げる。
「少なくても、《銀》がこのクロスベルにいることは間違いありません……俺も先日、か――彼を見掛けましたから」
「へえ……意外と本気なのかも?
まあ、そんなわけだから護衛をしてもらいながら、その合間に分け身とか教えてちょうだい。それなら構わないでしょ?」
「それは護衛する子と話し合って決めてもらえるかしら」
強引なイリアの提案にミシェルは肩を竦める。
「分け身っていうことは、ここだとアリオスさんかヨシュア、そしてリィン君くらいよね?」
「そろそろアリオスが出張から帰って来る頃だけど、彼に頼むのは話が大きくなり過ぎるからお勧めはしないわ」
「そうね……あたしもあんまり周りに騒がれたくないわ」
「それならヨシュアさんが適任じゃないですか?
俺の分け身は独学で、持続時間や精度とかは《鬼の力》の出力で誤魔化している部分が多いですから」
「え……そうだったの?」
「そもそも俺の分け身はそれこそ《銀》の戦技を真似して覚えたものなんです」
「何にしても引き受けるかどうかは脅迫状を確認してからで良いかしら?」
「そうですね。御案内いただけますか?」
「オッケー」
ヨシュアに促され、イリアは上機嫌で頷いた。
*
アルカンシェル。
クロスベル市内の歓楽街に構える、創立20周年の人気劇団。
巨大な舞台装置と精巧な自動人形を駆使した派手なパフォーマンスは多くの人を魅了する。
イリア・プラティエはその顔とも呼べるトップスターであり、自治州の内外にその名を轟かせていた。
「イリアさんっ!」
劇場に入ろうとしたところで背後から一同は呼び止められる。
「あら……リーシャ」
「え……?」
振り返って駆け寄って来る紫髪の娘の名前をイリアが呟く。
「あれ程一人での外出は控えてくださいって言ったのに何処に言っていたんですか!? みんな心配していたんですよ!」
「ごめんごめん、ちょっと親友の顔を見にね。っていうか書置きは残しておいたでしょ?」
「そういう問題じゃありません。ただでさえあんな変な脅迫状が来たばかりだっていうのに迂闊過ぎます」
「あーはいはい。悪かったから落ち着きなさい」
捲し立てる紫髪の娘をイリアは何とか落ち着かせる。
「悪かったからさ、遊撃士を雇うことにしたからもう大丈夫よ」
「遊撃士を……? でもイリアさん、テンションを下げるようなことはしたくないって……」
「まあ、心境の変化ってやつ? それにどちらかと言えば護衛と言うか教師役、みないな?」
「教師役?」
意味が分からず紫髪の娘は首を傾げる。
「そっ……遊撃士の技に興味深いものがあってね。それを教えてもらえばあたしたちの演技はもっと上を目指せること間違いなしよ」
「は……はぁ……」
そこでようやく紫髪の娘はイリアの脇に控えている遊撃士達を見て――固まった。
「えっと初めまして。遊撃士協会からお話を伺いに参りましたエステル・ブライトです」
「僕はヨシュア・ブライト。それから――」
「リ……リィン・シュバルツァー……」
「え……?」
名乗るより早く紫髪の娘がリィンの名前を呆然と漏らす。
初対面を装うつもりだったリィンはすぐに彼女の失態をフォローするように再会の声を掛けた。
「お久しぶりです。リーシャさん」
しかし、固まったままのリーシャは動かない。
「あれ……エステル、ヨシュア……それにリィン君も」
そんなリーシャの後ろからロイド達、特務支援課が追い付いた。
*
「これが《銀》からの脅迫状よ」
控室へと案内された一同にイリアが件の手紙を差し出した。
「拝見させていただきます」
一同を代表してロイドがそれを受け取って読み上げる。
「新作の公演を中止せよ。さもなくば炎の舞姫に悲劇が訪れるだろう――《銀》」
「これは……」
「確かに脅迫文っぽいですね……」
「でもなんかリベールで会った時のイメージと違うような……」
支援課と遊撃士は口々に脅迫文に感じた感想を口にするが、リィンはそれに参加せずリーシャの一挙一動にさり気なく集中する。
「それにしても依頼が被ってしまったようですが、この場合どうしましょうか?」
一通りの事情を互いに説明し終わったところでティオがその問題を指摘した。
「どうするも、別にどっちも雇えばいいんじゃない?
あたしが遊撃士に頼んだのはあくまでもあたしのボディガード、脅迫状の調査をしてくれって頼んだわけじゃないからそっちはセシルの弟君に任せちゃえばいいでしょ」
「イリアさんっ!」
自分勝手とも取れる物言いのイリアをリーシャが慌てて窘める。
「いえ、そう割り切っていただけるならこちらもやり易いです。それでいいかな?」
「そのことなんですけど」
その場を仕切るロイドの意見にリィンは気まずいものを感じながら挙手をする。
「どうしたのリィン君、何か別の案があるの?」
「えっと……その《銀》と接触できるかもしれない方法があったりするんですが……」
「そういえばリベールで《銀》を雇ったのはリィン君だったわよね……
あの時は聞かなかったけど、どうやって雇ったの?」
「それは……聞かないでください」
その時のことをリィンは思い出し、彼女の名誉のために口を噤む。
「だけどこの脅迫状の送り主が本当にあの《銀》だったとして話し合いに応じてくれると思えないけど……
相手はその手のプロ。一度引き受けた仕事を途中でやめることはないはず」
「それも含めて、一度くらいは話すことはできると思います……なのでこの仕事、俺に任せてもらえないでしょうか?」
「あたしたちはそれでも良いけど、ロイド君達はそれでも構わない?」
「ああ、リィン君がイリアさんの護衛についてくれるなら俺達は安心して脅迫状の調査に集中できるよ」
遊撃士と警察。
特に対立することなく、すんなりと役割分担が決まる。
「よーし。それじゃあ話がまとまった所で早速稽古を始めるわよ……
分け身を教えてくれるのはリィン君の方で良いのよね? それとも今すぐ《銀》って奴に会いに行くの?」
「いえ……たぶん夜にならないと会ってくれないと思うので、まだ大丈夫ですけど」
「それじゃあ、それまでは護衛でいてくれるのね。よし、それじゃあすぐに着替えて来るから、行くわよリーシャ」
「え……あのイリアさん? もしかしてそちらのリーシャさんにも教えるんですか?」
「当たり前じゃない。あたしだけが突出しても舞台は意味ないのよ……
《太陽の姫》と《月の姫》の相乗効果が肝なのよ。だからリーシャ、あんたにもリィン君の分け身の技を覚えてもらうわよ」
「「イリアさん……」」
リィンとリーシャは声をハモらせて、唸る。
――何の冗談だ?
よりにもよってリィンが技術を盗んだ相手にその技術を指南するなんて、女神に説法を説くようなものだ。
「さあ、そうと決まれば練習よっ!」
「ちょっと待ってくださいイリアさん! もっとちゃんと説明してくださいイリアさんっ! イリアさ~んっ!!」
意気揚々にイリアはリーシャの首根っこを掴み、説明を求める言葉を無視してリーシャを引きずって控室から出ていくのだった。
「あ……」
呼び止めようとしたがリィンはやめる。
二人きりにしていいのかと思ったが、リーシャのあの様子を見る限りでは今すぐに事を起こすことはないだろう。
「…………えっと、リィン君。本当に大丈夫?」
「ええ……とりあえず戦技の基本を教えてみます。もしかしたらそこで諦めてくれるかもしれませんから」
「本当にそう思う?」
聞き返すエステルの問いにリィンは沈黙を返す。
あの熱意を見ると本当に修得してしまうのではないかと思わずにはいられない。
「くっ……まさかイリア・プラティエとリーシャ・マオの二人に特別授業だと……なんて羨ましいっ!」
「ランディさん、自重してください」
拳を握って本気で悔しがるランディにティオが白い目を向ける。
そんなランディにリィンは内心でため息を吐く。
――エステルさん達はともかく、一度戦ったことがあるランディさんが気付かないのはどうなんだろうな?
油断なのだろうか。それともそれ程までに錆び付いているのか。
「ランディさん」
「何だよこのブルジョワジー」
「ベルゼルガーはどうしたんですか?」
変な呼び方を無視して、リィンは尋ねた。
その一言で悔しそうに歯ぎしりしていたランディの顔から表情が抜け落ちる。
「…………お前には関係ないだろ」
「確かにそうですけど、ランディさん……ちょっと腑抜けが過ぎるんじゃないですか?」
「ちっ……」
舌打ちをしてランディはリィンに背を向ける。
「意地を張るのも良いですけど、そんなことで昔の自分が振り払えるわけじゃないですよ」
「知るかよ」
投げやりに言葉を返して、ランディは乱暴にドアを開けて出て行った。
「リィン君、今のは?」
「すみません。これから仕事だというのに変なことを言ってしまって」
「いや……あんなランディは初めて見るが、きっと俺達がまだ知らないランディの過去に関わることなんだろ?」
「ええ……俺の口から話して良いことではないと思いますが」
「ならランディの口から話してくれるのを待つとするよ。それじゃあ、イリアさんの護衛は任せたよ」
「ミシェルさんには報告しておくから、頑張ってねリィン君」
ロイドとエステル達を見送ると、それと入れ違いに舞台衣装を纏ったイリアとリーシャが戻って来る。
「さあ、始めるわよ!」
「はぁ……どうしてこんなことに……」
気合い満タンなイリアに対してリーシャはあからさまに肩を落として嘆く。
――それは俺が聞きたいんだけどなぁ……
リーシャの呟きにリィンは彼女と同じようにこの状況に嘆くのだった。
いつかのトールズ士官学院 学園祭NG
レン
「来ちゃった♪」
ティータ
「お久しぶりですリィンさん」
クローディア
「本日はお招きいただきありがとうございますオリヴァルト皇子、それからお久しぶりですリィン君」
イリア
「へえ……これが帝国士官学院の学園祭か……期待しているわよリィン君」
リーシャ
「イリアさん、リィン君の出し物は演奏ですよ」
………………
…………
……
アンゼリカ
「リィン・シュバルツァーッ! 君という奴はっ! ぐぬぬぬっ! だがグッジョブだ!」
クロウ
「これがヒエラルキー……貴族の――超帝国人の力だというのか!?」
トワ
「リィン君ってば、すごい人たちと知り合いなんだね」
ハインリッヒ教頭
「ほ、本物のリーシャ・マオだと!? ふう……」
エリオット
「あれ? マキアス、いつもみたいにこれだから貴族はって叫ばないの?」
マキアス(遠い目)
「いや…………もう貴族ではなく。リィン・シュバルツァーだからと割り切ることにした」
(学院祭はクロスベル炎上の後なのでイリアとリーシャが来ることはないのでNGです)