(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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13話 リィンの長い一日

 翌日、早朝――

 リィンたちはルーアン遊撃士ギルドに集まっていた。

 そこには事件の顛末を知りたいとすでに定期船のチケットをキャンセルしていたメイベル市長もいた。

 

「まさか一連の事件の黒幕がダルモア市長だったなんて」

 

 受付のジャンはエステルたちからの報告を聞いて頭を抱える。

 

「ええ、ダルモア市長がそんなことをするなんて信じられませんわ」

 

「そうですね。俺もまだ半信半疑です」

 

 メイベルの呟きにリィンも頷く。

 ルーアンに来る間に簡単に聞いたが、あの人の良さそうなダルモア市長が黒装束を雇った黒幕だったとは想像もしていなかった。

 リベールで会う人はみな良い人だっただけにショックも大きい。

 あの後、黒装束を追い駆けて行ったエステルたちは彼らを雇った黒幕の一人を現行犯逮捕した。

 実行犯はリィンに学園祭を案内してくれたギルバートであり、彼の供述でダルモア市長こそが真犯人だと判明した。

 しかし――

 

「ねえ、ジャンさん。ヨシュアも言ってたんだけど、ダルモア市長を逮捕することはやっぱりできないの?」

 

「そうだね。遊撃士協会には『国家の内政に不干渉』という原則がある……

 現行犯でもない限り、ルーアン市の最高権力者である市長を逮捕することはできないんだ」

 

「そんなっ! だったらこのまま悪徳市長をのさばらせてもいいっていうの!?」

 

「まあ、そう慌てなさんな。遊撃士協会が駄目でも、王国軍なら市長を逮捕できる」

 

「あ……」

 

 その言葉にエステルは顔を輝かせるが、すぐにそれを曇らせる。

 

「でも、軍が遊撃士の話をちゃんと聞いてくれるのかな?」

 

「その心配はないですよ」

 

 エステルの不安に応えたのはメイベルだった。

 

「ボース市長の私の言葉なら、軍もきっと耳を貸してくれるでしょう……

 本来なら他の地域の内政に口を出すべきではありませんが、市長が罪を犯しているなら話は別です。私もできるだけの協力はさせていただきます」

 

「そういうことだ。だが王国軍が話を聞いてくれたとしても、ここに来るまでには時間が掛かる……

 君たちは今すぐ市長のところへ行って時間を稼いでくれ……

 秘書のギルバートが戻ってこないことで異変に気付いているかもしれないからね」

 

「分かったわ」

 

 意気込んでギルドから出て行こうとするエステルだが、入って来た青年にその勢いを止められて立ち止まる。

 

「それはちょっと甘過ぎじゃないか?」

 

「あ、あんですって!? いきなり現れて何を――って、あんたはマノリア村でリィン君の治療をしてくれてた、えっと……」

 

「レクター先輩? 今まで何処に?」

 

「ちょっと荷物を取りにな」

 

 そういうレクターは旅行鞄を持ち上げて見せてから、ギルドの中に入って来る。

 

「話は聞かせてもらったが、これからダルモア市長のところに行くんだろ? その交渉、俺に任せてみないか?」

 

「レクター先輩、いきなり何を?」

 

「まあ聞けって、秘書が一晩経っても戻ってこない状況で遊撃士が尋ねてきたとしたら警戒して会ってくれない可能性が高いんじゃないのか?」

 

「それは……」

 

「少なくともこっちがアクションを見せない限りは悪徳市長もまだ本格的に動いたりはしないだろ?

 高飛びするにしても準備は必要だ。それに軍が要請に応じてくれたとしても、どれくらいの時間で来れるか分からないんだろ?

 時間を稼ぐために事情聴衆に行くとしても、ちゃんと筋道を決めておかないと惚けられてすぐにお引取りされちまうのがオチだぞ……

 だから、ま……とりあえず少し落ち着けや」

 

「う……」

 

「確かに少し焦り過ぎてたね。とりあえず軍に連絡して、反応を見てみよう」

 

 レクターの指摘にエステルは怯み、ジャンも彼の提案を受け入れる。

 

「メイベル市長、こちらに来ていただけますか?」

 

「はい」

 

 ジャンに呼ばれ、メイベル市長は受付の中に入って導力通信機を操作する彼の隣に立つ。

 

「おっし、それじゃあそこのメイドさん、まずはコーヒーでも淹れてきてくれ」

 

「畏まりました」

 

 我が物顔でレクターが仕切る。

 そんなレクターの命令にリラは文句も言わずに動く。

 

「リラさん、別にそんなことしなくても」

 

「いえ、私にはこれくらいのことしかできませんから、お気になさらずに」

 

 リィンの気遣いを断ってリラは言葉の通り、コーヒーを淹れる準備を始める。

 そんな彼女を横目にレクターは改めて名乗った。

 

「まず先に知らない奴もいるから自己紹介させてもらうぜ……

 俺はレクター・アランドール。去年までジェニス王立学園に通っていたクローゼの先輩だ」

 

「あ、あんたがあのレクターッ!」

 

「そ、素敵に頼れる自慢の先輩のレクター・アランドールだ」

 

「あ、なるほどオリビエの同類だ」

 

 おちゃらけた言葉にエステルは半眼になる。

 

「エステルさん、レクター先輩は普段はだらしなくて、いい加減で、すぐサボる人ですけど、ちゃんと考えている人ですから」

 

「そうは見えないけど」

 

「まあまあ、エステル。確かに彼の言うとおり僕たちは焦り過ぎていた。話だけでも聞いてみていいんじゃないかな?」

 

 疑いの眼差しを向けるエステルを宥めて、ヨシュアはレクターを受け入れる。

 リィンは物怖じせずに椅子に座るレクターにあの騒がしい子供がいないことに首を傾げた。

 

「レクターさん、ミリアムはどうしたんですか?」

 

「ああ、まだ寝てたから置いてきた。ガキンチョには徹夜は無理だったみたいでな」

 

 なるほどと、リィンは納得する。

 エステルたちは灯台で捕まえた実行犯と利用された被害者をマノリア村に運び、そのままルーアンに戻ってきたのでほぼ徹夜の状態だった。

 リィンもミリアムと一緒にテレサ院長が目覚めるまで子供達の相手をしてから、エステルたちの手伝いをしたのでほとんど眠っていない。

 

「さて、それじゃあ改めて会議を始めるか」

 

 リラからコーヒーを受け取ったレクターは当然のように仕切る。

 

「まず最初に市長とすぐに話をできる案はあるか?」

 

 それにヨシュアが手を挙げる。

 

「放火の事件の進展についての報告という名目ならば、会ってくれると思いますが?」

 

「確かにそうだな。で、その話題でどうやって時間を稼ぐつもりなんだ?」

 

「それは……」

 

「仮にここでダルモア市長が犯人だと詰め寄ったとしても、秘書がやったことだと惚ける可能性は高い……

 俺たちは市長がこんなことをしでかした動機を掴んでないからそれ以上の追及はできないな」

 

「動機は高級別荘地を作る計画のために孤児院が邪魔だったからじゃないの?」

 

「いいや。その計画自体は俺が学園に通っている頃から話自体はあった……

 今ここで、あの市長が自分の立場を悪くしてまで悪事に手を染める理由にするには弱いだろ」

 

「なら、黒幕しか知らないことを言わせればいいんじゃないの?」

 

「はい、0点」

 

「あ、あんですって!?」

 

「相手の失言を期待して交渉に臨むなんて三流以下だぞ」

 

「ぐぬぬ……」

 

「あの……それならこれは使えませんか?」

 

 今まで黙って事の成り行きを見守っていたリィンはおずおずと手を挙げて、それをテーブルの上に置いた。

 

「これは……ギルバート秘書の名刺か? こんなものどうしたんだ?」

 

「実は学園祭の時に、そのギルバートさんから別荘を購入しないかって尋ねられたんです……

 名刺はその時にもらって、興味があったらそれで話ができるように取り計らってくれているそうです」

 

「なるほど、大方帝国貴族ってことで上客だと思ったんだろ……

 だが、こんな手札があるなら簡単だな。俺のトークで一時間でも二時間でも時間を稼いでやるぜ」

 

「ちょっと待って、いくらなんでも民間人にそこまでしてもらうわけにはいかないわよ!」

 

「そんなの適材適所だろ? あんたたちは俺たちが話している間に周りの監視か、それこそ市長の犯行の証拠探しでもしてればいいだろ」

 

「いや……それは確かにそうだけど……」

 

 あっさりと丸め込まれるエステル。

 しかし、それに異を唱える者がいた。

 

「あの……レクター先輩」

 

「あん? これ以上に何かいい案でもあるのかクローゼ?」

 

「いえ、そうではなくて……その話し合いの席に私も同席してはいけませんでしょうか?」

 

「無理だな」

 

 クローゼの申し出をレクターはあっさりと蹴る。

 

「この手はいわば市長の顧客として乗り込むんだ。お前の存在はいても邪魔にしかならねえよ。市長の事情聴衆は軍に任せておけ」

 

「私はっ! この目で確かめたいんです」

 

 物静かな少女の印象が強かったクローゼが声を大きくして食い下がる。

 

「本当にダルモア市長が先生達をあんな酷い目に遭わせたのか……だから……どうかお願いします」

 

「はぁ……なんで一番面倒な道を選ぶかな……

 無茶言ってくれるぜ、動機も証拠も分からないまま、悪徳市長の罪を暴いて本音を聞き出せってか?」

 

「無理……でしょうか?」

 

「できなくはないが、その場合シュバルツァーの協力が不可欠だぜ」

 

「俺ですか?」

 

「ああ、ただの客になるよりもかなり負担がでかくて重要な役割をしてもらう必要がある」

 

「俺がそれをやれば、ダルモア市長の罪を暴けるんですか?」

 

「ああ、秘書が勝手にやったなんて言い訳なんてさせないぜ」

 

 自信満々な様子のレクターにリィンは他のみんなの顔を見る。

 最善と確実性を考えるのなら、王国軍の到着を待てば事件は解決する。

 しかし、それでは納得がいかないという意志がそれぞれの目に宿っているし、黒装束と直接やり合ったリィンとしても他人任せな解決は腑に落ちない。

 

「リィン君。子供達や先生を助けてもらったあなたにこんなことまで頼むのは図々しいとは分かってます……でも、お願いします」

 

「あたしからもお願いっ! ここまで来て誰かに任せて待ってるなんてあたしも納得できないっ! だからっ、お願いリィン君!」

 

「クローゼさん……エステルさん……分かりました」

 

「いいのか?」

 

「ええ、元々リベールにはたくさんの恩がありますから、それを返せるなら願ってもないことです」

 

「そうかそうか……」

 

 そのリィンの言葉にレクターは満足そうに頷いてリィンの肩を叩き、それまで真面目だった顔に不敵な笑みを浮かべてのたまった。

 

「それじゃあ、お前は今からオリヴァルト皇子な」

 

「…………へ?」

 

 

 

 

 

 オリヴァルト・ライゼ・アルノール。

 エレボニア帝国の皇帝の第一子だが、彼の知名度は低い。

 彼は庶子の出であり、皇位継承権から遠いからだ。

 その出生から公式の場に出ることも少なく、ましてや他国の皇子など名前こそ聞いたことはあってもその顔や姿などは知らなくてもおかしくない。

 

「君が……あのオリヴァルト・ライゼ・アルノール……はは、冗談が過ぎるのではないかな?」

 

「ふむ、冗談ではないのだがな」

 

 ――お腹が痛い……

 

 不遜な表情を浮かべながらも、リィンは必死に内心を悟られないように全力を使う。

 

「オリヴァルト皇子の名前は私も確かに知っているが、帝国の皇族は見事な金色の髪を持つ一族、君の髪はどう見てもそれではない」

 

「それは周知されている通り庶子の出だからだ。この髪は母上から授かったものでね、それもあって長男ではあるが皇位継承権は低いんだ」

 

「う……うむ。そう……ですか」

 

 淀みなく答えたことでダルモアは口ごもる。

 

「疑うというなら本国に問い合わせてもらってもいいが、そうなると怖いお目付け役に秘密の買い物がバレてしまって困るんだが――」

 

「いえ、それには及びません」

 

 別荘の購入に難を示す言動にダルモアはあっさりと疑いの眼差しを解く。

 

 ――だ、第一関門は突破……

 

 内心でリィンは息を吐く。

 レクターの言ったとおり、目先にミラをチラつかせればこちらの素性の本当か嘘かは些細なことのようだった。

 

「殿下、ここからは私が」

 

「うむ、頼むよレクター」

 

 ダルモアの相手をレクターに任せ、リィンはソファに深く身を預ける。

 

「それで別荘のことですが、殿下はこのルーアンの美しい街並みに一目惚れしてしまいましてね」

 

「ははは、それは光栄ですね」

 

「そんな折にそちらの秘書のギルバート氏から別荘のことをお聞きして、これは女神の導きだと感じた所存です」

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう」

 

「ただ街の治安はあまりよろしくないようですね? なんでも放火事件と、先日は強盗事件も発生したとか……

 我々も用心のために遊撃士を雇ってしまいましたよ」

 

 レクターは背後に控えるエステルとヨシュアに視線を送る。

 

「なるほど、ではそちらの学生は?」

 

「彼女にはここへの案内をしてもらってね。この後にはランチの約束をしているんだ」

 

 クローゼに視線を向けるダルモアにリィンはすかさず用意していた台詞を口にする。

 

「そうでしたか……

 しかし、街の治安ですか……それは私も頭を痛めているんですよ。ですが――」

 

「いえ、それについてこちらからダルモア市長にお聞きしたいことがありましてね」

 

 ダルモアの言葉を遮って、レクターは不敵な笑みを浮かべる。

 

「昨日、実は殿下が王立学園からルーアンへ戻る際に、その強盗事件と遭遇したんです」

 

「っ!? それは本当ですかっ!」

 

「ええ、ですが御安心ください。殿下は剣の達人。多少の手傷は負いましたが悪漢など容易く斬り伏せ、捕まえましたから」

 

「そ……そうですか。はは、流石は武を尊ぶ帝国の皇子殿下ですね」

 

「しかし、その悪漢を締め上げ依頼人のところに案内させると、まさかあのギルバート秘書が待っていたんです」

 

「何ですってっ!?」

 

 わざとらしく驚くダルモアに背後でエステルが動こうとしていたが、ヨシュアに止められる。

 

「そんな……まさかあのギルバート君が犯罪を犯すなんて」

 

「おや、そのギルバート氏は全てあなたの指示だと自供したのですが?」

 

「なっ!?」

 

「高級別荘地を造る計画のために、自分が治める街の人間を虐げるその所業……

 もしそれが本当だとしたら他国の出来事とはいえ、一人の人間として見過ごすことはできないな」

 

 リィンはレクターに代わり、ダルモアに詰問する。

 

「い、いや……それは……」

 

「この件については私が動かせる人間を使い独自の調査するつもりだし、王国にも正式な調査を依頼するつもりだ……

 さて、ダルモア市長。君の弁明を聞かせてもらえるかね?」

 

「お、オリヴァルト皇子……わ、わたしは……」

 

「発言には気を付けてくれたまえよ。君は皇族である私に害を成した嫌疑がかけられているのだから」

 

「あ……ああ……」

 

 これが相手が遊撃士なら自分の権利を主張し、突っぱねることができただろう。

 だが、今彼を詰問しているのは偽っているが他国の皇族。

 当然、内政に干渉する権利など遊撃士と同じでないのだが、強盗事件の当事者である隣国の皇子の言葉は無視できないだろう。

 何よりもお忍びだったとはいえ、隣国の皇子を傷付けたとすれば、その責任の所在ははっきりとしなくてはならない。

 仮に全てがギルバートの独断で動いていたとしても、その管理責任をダルモア市長は取らなければならない。

 

「なんかリィン君ってばノリノリじゃない?」

 

「エステル、しっ」

 

 背後で小声のやり取りが聞こえてくるが、とても心外だ。

 今でも胃がキリキリと痛みを訴えている。

 軽く食べた朝食を戻してしまいそうな吐き気がずっと続いている。

 

「聞かせてもらえるかなダルモア市長? 君には学園祭で世話になった。それに別荘のこともある……

 理由があるなら。こちらもそれなりの便宜は図るつもりだ」

 

「まあ、この手の犯罪の動機はそう多くはない……

 怨恨か、脅迫か、それとも借金か……その様子だと借金みたいだな?」

 

 レクターの言葉にダルモアは身体をビクリと震わせる。

 

「借金の額は……ざっと一億ミラってところか?」

 

「なっ!? どうしてそれをっ!?」

 

「ふふ、帝国の情報網は優秀ですとだけ言っておきましょう」

 

 ――すごいな……

 

 予めネタを知らされているリィンから見ればその一言に尽きる。

 精神的な余裕を取り払えば、後は彼の反応からいくらでも情報は読み取れると言ったレクターの言葉通り、彼は何もないところからダルモアの動機を暴いてみせた。

 

「なるほど、一億ミラの借金か……それを返すための高級別荘というわけか」

 

 反射的にグラン=シャリネ何本分か計算しようとした思考を振り払う。

 

「しょ、証拠はあるのかっ! 私がそいつらを雇ったという証拠がっ!?」

 

「それはこれからじっくりと調べさせていただきます……

 もしもあなたが潔白だったとしたら帝国政府で貴方の借金を肩代わりして差し上げますから、御安心を」

 

 動じることなくレクターはダルモアの指摘をかわす。

 いくら証拠を残していないという自信があったとしても、不敵に笑うレクターを前にして、もしかしたらと思ってしまう。

 案の定、ダルモアは反論を失い、顔を憤怒で真っ赤に染めるも、その口からは何も言葉は出てこなかった。

 

「っ……」

 

 その姿に、自分を養子に迎え入れたことで父を貶した帝国貴族の姿を思い出す。

 

「ダルモア市長、一つお伺いしてもよろしいですか?」

 

 それまで黙っていたクローゼが口を開く。

 

「どうしてご自分の財産で借金を返されなかったんですか?

 確かに一億ミラは大金ですが、ダルモア家の資産であればなんとか返せる額だと思います……

 例えば、この屋敷などは一億ミラで売れそうですよね?」

 

「ば、馬鹿なことをっ!

 この屋敷は先祖代々から受け継いだダルモア家の誇りだ! どうして売り払う事ができよう!」

 

「あの孤児院だって同じことです。多くの想いが育まれてきた思い出深く愛おしい場所……

 その想いを壊す権利なんて誰だって持っていないのに……どうして貴方は……あんなことができたんですか?」

 

「あ、あのみすぼらしい建物とこの屋敷を一緒にするなっ!!」

 

「あなたは結局、自分自身が可愛いだけ……

 ルーアン市長としての自分とダルモア家の当主としての自分を愛しているだけに過ぎません。可哀想な人……」

 

 クローゼに哀れみの目で見られてダルモアは黙り込んだかと思うと、笑い出した。

 その目は危険な色を宿していた。

 

「ふ……ふふふふ……よくぞ言った、小娘が……こうなったら後のことなど知ったことかっ!」

 

 激昂したかと思えば、ダルモアは大広間の壁まで移動する。

 何をするのかと思いきや、飾られた絵の裏のスイッチを押す。

 すると、その壁が音を立てて開いた。

 

「隠し扉!?」

 

 それが開くと鼻についたのは濃い獣の臭いだった。

 

「ファンゴ、ブロンコ! エサの時間だ、出てこいっ!」

 

「おいおい、まさか……」

 

 隠し扉から出てきたのは二体の大型魔獣。

 討伐指定に登録されてもおかしくないほどの大きさの魔獣は飢えた様子で牙をむく。

 

「くくく、お前たちを皆殺しにすれば事実を知る者はいなくなる……」

 

「正気か、そんなことをしたら戦争になるぞ?」

 

「はっ! 皇族など私は知らんっ! こんなところに皇族なんているはずないっ! 偽物など私が成敗してやる!」

 

 一週回って、リィンが偽物だと真実を指摘しながらもそう思い込み、ダルモアは魔獣をけしかける。

 

「ここさえ乗り切ればあとは『彼』がなんとかしてくれる……

 こいつらが喰い残した分は川に流してやるから安心したまえ。ひゃ―――はっはっはっ!」

 

「狂ってる」

 

 声高らかに笑うダルモアにリィンは思わず呟く。

 

「信じられません。魔獣を飼ってるなんて……」

 

「悪い、流石にこれは予想できなかったぜ」

 

「いえ、レクターさんのせいではありません。それにこれはこれで現行犯として市長を逮捕できます」

 

「うむ……では、やってしまいなさい。エスさん、ヨシュさん」

 

「了解っ! って何その呼び方っ!?」

 

「エステル、そんなことよりも集中して」

 

 現れた二体の大型魔獣とエステルとヨシュアが前に出て対峙する。

 

 

 

「とぉりゃぁぁぁ!」

 

 エステルの無数の連続突きで滅多打ちにして、最後の渾身の一撃で魔獣を吹き飛ばし壁に叩きつける。

 

「せぃやっ!」

 

 ヨシュアの三連撃が魔獣を斬り刻む。

 最初は余裕の表情だったダルモアだが、戦闘が続き二人が魔獣に止めを刺す頃にはその顔を蒼白にしていた。

 

「ば、馬鹿な……私の可愛い番犬たちが……よくもやってくれたな!」

 

「それはこっちの台詞だっての!」

 

「遊撃士協会規約に基づき、あなたを現行犯で逮捕します。投降した方が身のためですよ」

 

「ふふふふふ……こうなっては仕方ない……奥の手を使わせてもらうぞ!」

 

「え!?」

 

「杖……?」

 

「時よ、凍えよ!」

 

 杖が輝いたかと思うと、身体が金縛りに捕らわれたように動かなくなる。

 

「身体が動かない!?」

 

「こ、これは……導力魔法なのか?」

 

「どうだ? 指一本動かせないだろう?

 これが我がダルモア家に伝わる家宝、古代遺物『封じの宝杖』!」

 

 意気揚々と告げるダルモア。

 その効果は壁際に身を寄せていたリィンたちにまで及んでいた。

 

「仕方ないから、君たちの始末は私自らの手で行ってあげよう……」

 

 杖を掲げながら、ダルモアは懐から新たに拳銃を取り出す。

 

「まずは生意気な小娘からだ」

 

 身動きの取れないエステルの額にダルモアが銃を突きつける。

 封じの宝杖の力で身動きが取れないエステルは悔しそうに顔を歪ませ――

 

「汚い手でエステルに触るな」

 

「汚い手でエステルさんに触るな」

 

 図らずも、ヨシュアとリィンの声が重なった。

 その声音に込められた迫力にダルモアはたじろぐが、すぐに自分の優位を思い出す。

 

「ゆ、指一本も動かせぬくせに意気がりおってからに……いいだろう! 貴様の始末を先にしてやる!」

 

 ダルモア市長はリィンに銃を向ける。

 リィンはそれに目を閉じて、言葉を返した。

 

「今更観念しても――」

 

「さっき……俺が皇族の偽物だと言ったな?」

 

「何……?」

 

「いいだろう。なら特別に見せてやる」

 

「な……なんだ……髪が白く変わっていくだと?」

 

 リィンの変化にダルモアは目をむく。

 

「ちょ、リィン君っ! それは――」

 

 エステルが偽ることを忘れて叫ぶ。だが、リィンはそれを使うのをやめなかった。

 

「なっ、なぁ!?」

 

 髪が白く染まりきり、アメジスト色だった瞳は禍々しい赤に染まる。

 

「これが皇族の血の力だ」

 

 そう言って、リィンは一歩踏み出した。

 

「ば、馬鹿なっ! 封じの宝杖は間違いなく動いているのに!?」

 

 確かに身体は鎖で雁字搦めにされたように重く、鬼の力を全力にして何とか動ける程度だった。

 むしろその拘束はリィンにとってありがたいものだった。

 どれだけ鬼の力を引き出しても、まともな身動きができないおかげか湧き上がる破壊衝動がいつもよりも大人しい。

 

「封じの宝杖? アーティファクト? そんなもの超帝国人の前では等しく無力だと知れ!」

 

 などと啖呵を切るが、リィンにできたのは数歩進み、ダルモアとエステルたちの前に出ることまでだった。

 銃を撃たれれば避けようはない。しかし、鬼の力の威圧感に武芸者でもないダルモアは完全に萎縮してしまい震え上がる。

 

「リィン……君……」

 

 その姿にエステルはもう一度その名前を呟く。

 同時に彼女を中心に黒い閃光が迸った。

 

「何っ!?」

 

 咄嗟に身構えるが、そこに封じの宝杖による拘束の圧力は感じなかった。

 見れば、淡く耀いていた杖の光は失われ、その機能は完全に沈黙していた。

 

「そ、そんな馬鹿な家宝のアーティファクトがこんなことで壊れるものか」

 

「こんなものとは言ってくれるな。逆に言わせてもらおう。そんなもので俺を止められると本気で思ったのか?」

 

「ひいっ!」

 

 とりあえず自分が何かをしたことにして、リィンは禍々しい赤い目でダルモアを睨み付ける。

 ダルモアは竦み上がると、杖を投げ捨てリィンに背を向け隠し扉の向こうへと逃げ出した。

 

「あっ! 待ちなさい」

 

「追い駆けるよっ!」

 

 すかさずエステルとヨシュアがその後を追い駆ける。

 彼らがいなくなった大広間に取り残されたリィンは息を吐いて、その場にへたり込む。

 精魂尽き果てたおかげで、鬼の力も何事もなく治まり、リィンの髪は白から黒へと戻る。

 

「エステルさん、ヨシュアさん……あとは……任せます」

 

 もう届かないと分かっていながらも、リィンは彼女達の無事を祈る。

 

「大丈夫ですかリィン君」

 

 リィンの安否を案じるクローゼの顔を見て、リィンは顔を伏せた。

 

「…………殺してください。もういっそ一思いに殺してください」

 

 リィンは頭を抱えて蹲る。

 皇族を騙った上に、鬼の力を使って大法螺を吹いた。

 勢いに任せて自分が仕出かした数々の所業が今になってリィンの胸を締め上げる。

 

「おいおい、シュバルツァー。あんな特技を持っているなら最初から言っておけよ……

 ぷっ……それにしても超帝国人って……くは……ダメだ。もう無理……あはははっ!」

 

 レクターは堪えきれずに腹を抱えて笑い始める。

 元はといえばレクターが皇族を騙れと言い出したのが悪いのだと、笑う彼を殴りたかったがそんな力はリィンに残されていなかった。

 その後、ダルモアはヨットを使い海に逃げたが、やってきた王国軍親衛隊の高速巡洋艦アルセイユに逃げ道を塞がれ、エステルたちに身柄を確保されることとなった。

 

 

 

 

 アルセイユが停留した発着場を歩きながらリィンは重いため息を吐いた。

 

「はぁ……疲れた」

 

「御苦労様です。今回は無理なお願いをしてしまって、すいませんでした」

 

「もう二度とこんなことはしませんからね」

 

 皇族を騙るなんて恐れ多いこと。

 いつかオリビエに皇族を騙ることは重罪だと言ったが、まさか自分がそれをやるとは思ってもみなかった。

 

「はぁ……気が重い」

 

 レクターはこんなところ、ルーアンの市長邸の中にまで帝国のスパイなどいるはずはない。

 関係者だけが口を揃えて黙っていれば絶対にバレないと言っていたが、バレなくてもずっとこの罪悪感を抱えなければいけないと思うと気が重い。

 そして元凶のレクターはいつの間にか姿をくらませていた。

 

「せめて一発くらい殴っておけばよかった……」

 

「リィン君、ルーシー先輩みたいなこと言わないで下さい」

 

 などとやり取りをしながら、リィンは船の前でアルセイユの艦長らしき女性と話しているエステルたちを見上げた。

 その無事な姿にリィンは安堵する。

 早く彼女達と合流しようと上に上がる階段を探そうとして、クローゼが言葉をかけてきた。

 

「あの……リィン君……」

 

「はい。何ですか?」

 

「不躾だとは思うんですが、リィン君が家出をした理由を伺ってもよろしいですか?」

 

 突然の言葉にリィンはエステルたちに向けていた視線をクローゼに向ける。

 

「えっと……それは……」

 

「あ、言いたくないなら別に構いません。変なことを聞いてすいません」

 

「いえ、俺が家出をした理由ですか……

 エステルさんたちからはどれくらい聞いていますか?」

 

「ほとんど詳しいことは何も聞いていません」

 

「そうですか……」

 

 どうしようかと悩むリィンだが、曇った表情の瞳に言いようのない親近感を感じ、自分を振り返る良い機会だと割り切って話すことにした。

 

「俺はたぶん逃げて来たんだと思います」

 

「逃げて……ですか?」

 

「クローゼさんもあの力を見たでしょ?」

 

「超帝国人ですね」

 

「う……それは忘れてください……

 とにかく、俺はあの力を克服するため、同門の兄弟子のカシウスさんに会うためにリベールに来たんです……

 エステルさんたちにはそう言ったんですが、たぶん本当は違うんだと今なら言えます」

 

「カシウスさんと言うと、エステルさん達のお父さんでしたよね。兄弟子と言うことは八葉一刀流の?」

 

「詳しいですね……

 そうです、俺はカシウスさんの師であるユン老師から剣を習っていたんです。

 ですが、リベールに来る少し前に修行を打ち切られてしまって……

 思い返してみたら当然ですね。俺はユン老師という俺の暴力を止めてくれる人の傍に、居心地の良さを感じていただけなんですから」

 

 彼に師事を受けている間は何があっても彼が止めてくれるから大丈夫、そんな安らぎを感じていた。

 そんな腑抜けた考えの下で剣を習っていたのだから、修行を打ち切られて当然だ。

 剣士どころか、人間としてダメになる。それが分かったからこそユン老師は修行を打ち切ったのだろう。

 

「だから俺はきっと鬼の力を克服するためじゃなくて、ユン老師の代わりを求めてリベールに来たんだと思います」

 

「…………その気持ち。私も分かります……私も自分の立場から逃げているんです」

 

「そうですか……」

 

「リィン君はすごいですね。私よりも年下なのにちゃんと自分と向き合って前に進めている。羨ましいです」

 

「そう思えるなら、クローゼさんも前に進めているんじゃないんですか?」

 

「…………え?」

 

「偉そうなことを言ってしまってますけど、俺もこないだまでずっと逃げているだけじゃないかって悩んでいたんです。でも……」

 

 リィンは少し背伸びしてクローゼの頭に手を伸ばす。

 

「あ……」

 

「こうして、俺が悩んでいること、そのことを含めて前に進めているって言ってくれた人がいたんです」

 

 そのままリィンはされた時のことを思い出しながらクローゼの頭を撫でる。

 

「いいじゃないですか。一歩どころか半歩しか進んでなくたって……

 道を踏み外さず、ずっと悩み続けているあなたは俺よりも立派です。それに……」

 

 リィンは顔を上げて、エステルを眩しそうに目を細めて見上げる。

 

「それに、逃げた先で前に進むきっかけが見つかることだってあります……

 クローゼさんはエステルさんたちに会えたことが無駄だったと思いますか?」

 

 クローゼはそんなリィンの視線を追って、同じものを見上げる。

 

「…………いいえ……私はエステルさんたちと出会えてよかったと思います」

 

「俺もそう思います」

 

 クローゼの言葉を肯定し、リィンはそのまましばらくエステルを見上げている。

 

「あの……リィン君……いつまで私の頭を撫でてるんですか?」

 

「あ、すいません……俺にこんなことされても嫌ですよね?」

 

 それを指摘されてリィンは慌てて手を引っ込める。

 

「……嫌とかじゃなくてですね……男の子にこんなことされるのは初めてで、なんだか気恥ずかしくて……」

 

 苦笑するクローゼだが、不快にさせたわけではなかったようなのでリィンは安堵する。

 

「でも……少し懐かしい気がしました」

 

「それは――」

 

 どういう意味か尋ねようとしたところに上から声が響いた。

 

「おーい! リィン君、クローゼッ!」

 

 エステルが手を振って二人を呼ぶ。リィンはそれに腕を上げて応える。

 

「行きましょうか?」

 

「はい」

 

 促すリィンの言葉に頷く彼女の顔にもう曇りはなかった。

 上の階層に上がる階段を見つけ、発着場の乗り場に上がるとエステルが二人を迎えた。

 そして――

 

「紹介するわ」

 

 白い船を前に、エステルが蒼の軍服を着た女性を紹介する。

 

「この人が王国軍のユリア中尉。この飛行船『アルセイユ』であたしたちの応援に来てくれたのよ」

 

「この度はダルモア市長の逮捕に協力していただき、感謝します」

 

 エステルに紹介され、ユリアはリィンたちに礼を告げる。

 

「初めまして、クローゼ・リンツと申します」

 

「初めまして、リィン・シュバルツァーです」

 

 リィンが名乗ると、ユリアはおやっとした顔をしているが心境はリィンも同じだった。

 

「出身は帝国です。ユリア・シュバルツ中尉殿」

 

「ふふ、そうか……まあ、家名が似ていることくらい珍しいことではないからな」

 

 苦笑するユリアにクローゼが尋ねる。

 

「あの、ダルモア市長のことですが……」

 

「ああ、軽く事情聴衆をしてみたのだが、どうも記憶が曖昧になっているようでな……

 犯行についてもぼんやりとしか覚えていないらしい」

 

「……それって俺達に魔獣をけしかけたことについてもですか?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 ――よし……

 

 ユリアの報告にリィンは内心で喜ぶ。

 皇族を騙ったこと。理由は分からないが、ダルモアがそれを覚えてないことはリィンにとって朗報だった。

 

「とにかく厳重な取調べをしていくつもりだ」

 

「これで事件は解決だね」

 

 ユリアの言葉を受け取ったヨシュアの言葉にリィンはようやく肩の力を抜き――

 

「お手柄だったようだね。シュバルツ中尉」

 

 新たな声に振り返った。

 

「これは大佐殿」

 

「ああっ! リシャール大佐まで来てくれたのっ!?」

 

 黒い軍服の将校と同じく軍服をまとって現れた女性にエステルが声を上げて迎える。

 

「ああ、遊撃士協会から王国軍司令部レイストン要塞に連絡が入ったのでね。慌てて駆けつけてみれば……既に事が終わっていたとはな」

 

「誰ですか?」

 

 声を小さくしてリィンはヨシュアに尋ねる。

 

「アラン・リシャール大佐。王国軍で新設された情報部の最高責任者だよ」

 

 ユリアといくつかの言葉を交わすとリシャールはリィンに目を向けた。

 

「君がリィン・シュバルツァー君か……」

 

「どうして俺の――」

 

 言葉の途中でリィンは悪寒を感じて後ろに跳んでリシャールから距離を取った。

 咄嗟に太刀の柄を取り、いつでも抜刀できるように身構える。

 

「リィン君っ!?」

 

「貴様っ! 閣下の前で無礼なっ!」

 

 驚くエステルと、リシャールの傍に控えていた女性が激昂して銃を抜こうとする。

 

「まあ、待ちたまえカノーネ君」

 

 が、リシャールがそれを止めた。

 

「ですが、閣下っ!」

 

「いや、私が少し悪ふざけをしてしまってね。彼は悪くないから銃から手を放してくれ」

 

 そう言われて渋々と言った様子でカノーネは銃から手を放す。

 

「すまなかったね。リィン君、試すような真似をして」

 

「……いえ」

 

 警戒心を保ちながらも、リィンは太刀から手を放す。

 あの瞬間、リィンは目の前の男に斬られる姿を幻視した。

 

「私は王国軍情報部のアラン・リシャールと言うのだが、君にはカシウス・ブライトの教え子と名乗った方がいいだろうね」

 

「カシウスさんの?」

 

「うえっ!? 父さんの!?」

 

 同じ様にエステルも驚くが、その声をリィンは遠くに感じた。

 

「あれ……?」

 

 不意に視界が傾いた。

 身体に力が入らず、バランスを取ることができないままリィンはそのまま音を立てて倒れた。

 それまで何とか保っていた意識の糸がリシャールの戯れによって完全に切られてしまった。

 周りが騒がしくなるのだが、その音はやはり遠く。

 リィンの意識は白く染まって落ちて行く。

 

 その後、緊急搬送された教会でリィンは過度の心労で倒れたと診断された。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 クレア・リーヴェルトは鉄血宰相ギリアス・オズボーンの執務室に訪れる。

 そこには珍しく喜びの感情を感じさせる彼がいつものように執務の机に着いていた。

 

「何か良い事でもありましたか閣下?」

 

「いや、休暇を与えたレクターからの手紙を読んでいたところだ」

 

 読んでみるといいと差し出された手紙を受け取ってクレアは言われたとおり読む。

 

「…………これは……」

 

 その書かれていた内容にクレアは顔をしかめた。

 

「随分と好き勝手にやっているみたいですね」

 

 何をやっているんだとクレアは嘆く。

 リベールの一地方であるルーアンで、悪徳市長の罪を暴くため観光客としてリベールに滞在していた帝国貴族の子供リィン・シュバルツァーに皇族の名前を騙らせて市長を追い詰めた。

 事件は無事に解決できたものの、件の少年は解決と同時に心労で倒れてしまった。

 彼の心労を軽減するためにも、宰相であるオズボーンにフォローの一筆を求める。

 言葉にすればそこまでなのだが、突っ込みどころがあり過ぎる。

 そもそも帝国政府の人間が一貴族に皇族を騙らせるという時点で前代未聞だった。

 そしてその尻拭いに帝国のNo.2を顎で使おうとするところがさらに拍車をかけている。

 レクターらしくはあるのだが、彼に振り回されただろうリィンという少年に同情してしまう。

 

「どうなされるつもりですか?」

 

 彼も自分と同じで特別な扱いを受けている身とはいえ、今回のお願いは度が過ぎている。

 それにシュバルツァーといえば山奥のユミルを統治する男爵の名前。

 粛清対象の腐敗した貴族ではなく、特段目立つことのない一貴族としかクレアは認識していない。

 失脚させる材料はないし、失脚させたところで利益もない。

 そのため今まで特に手をつけてはいなかったが、これを理由に貴族の地位を剥奪することもできるだろう。

 

「ふっ……どうするもない。奴が望むように擁護の言葉を陛下に申し上げるだけだ」

 

「よろしいのですか?」

 

「所詮は小国での出来事。皇族の名を騙り悪事を働いたのならともかく、善行を行ったのならそこまで目くじらを立てることもないだろう」

 

 もちろん厳重な注意は行うがな。

 そういう付け加えるオズボーンに、やはりクレアは違和感を覚える。

 

「それに……」

 

「それに?」

 

 まだ何かあるのかと首を傾げ、オズボーンが降ろした視線の後を追う。

 そこにはいくつかの封書が無造作に散らばっていた。

 見てみろという言葉に従って、クレアは手を伸ばす。

 

「リベール王国、アラン・リシャール大佐……こっちは王室親衛隊ユリア・シュバルツ中尉」

 

 確か前者はリベールで新設された新しい部隊の最高責任者の名前。そして後者は部隊の名前の通り、伝統と歴史のある役職。

 

「こっちはボース市長から?」

 

 リベールの一地方の統治を任されている市長。帝国で当てはめて考えれば四大貴族に等しい地位の有力者だ。

 

「それに遊撃士協会から、それと……ブルブラン男爵とは聞いたことのない名前ですね?」

 

 リベールでは貴族制は廃止されているはず、帝国貴族だったとしてもそんな名の家をクレアは知らない。

 

「ふむ。分からないかな? 君も何度か関わったことのある男のはずだが」

 

「え……?」

 

 改めてその名前を読み、記憶を遡るがやはりその名前に記憶はない。

 しかし、手紙の中身の着飾った文章と、封書の蜜蝋に印として押されている特徴的な『B』の文字には覚えがあった。

 

「ま、まさか……怪盗Bっ!?」

 

 クレアも何度か振り回されたことのある怪盗の影に思わず声が上がる。

 どうして帝国全土を賑わせている犯罪者がしがない男爵の子供の擁護のために帝国に手紙を出しているのか。

 まったくもって理解できない事態にクレアの自慢の頭はオーバーヒート寸前だった。

 

「最後のは……え?」

 

 クレアは最後の一通に目を疑った。

 

「アリシア・フォン・アウスレーゼ……リベール現女王っ!?」

 

「くくく、お前のそんな声を聞くのは久しぶりだな」

 

「コホンッ……失礼しました」

 

 佇まいを直してクレアはもう一度、そこに書かれた名前を読む。

 やはりそこに書かれているのはリベールの女王の名前であり、蜜蝋に押された印もその国のものだった。

 

「どの手紙もリィン・シュバルツァーの行動を擁護するものであり、寛容な処分を望む内容だ……

 これだけの協力を受けている子供を罰しては帝国の器の大きさを疑われてしまうだろう」

 

「……そうでしょうけど……」

 

 クレアは混乱する。

 明晰な自慢の頭脳で考えてみても、どこがどうなってこれほどの大物たちの支持を受けられるのかまったく理解できない。

 リベールの人たちはまだいい。遊撃士は、あの剣聖の子供たちと関わりがあるそうだから、納得する。

 しかし、そこに怪盗Bやリベール女王まで加わると混沌を極めたとしか言いようがない。

 

「よもやたった一ヶ月でこれだけの人間を動かすとはな……将来が楽しみだと思わないか?」

 

「確かにそうですね……」

 

 自分で置き換え、いろいろな策謀を練ってみても一ヶ月で女王陛下にまで届くコネを作る道筋は見つからない。

 

「いったいどんな星の下で生まれたのでしょうね?」

 

「ほう、君もその少年に興味があるのかね?」

 

「ええ、レクターさんの手紙によれば名を騙った御本人のオリヴァルト殿下とも繋がりがあるかもしれないそうですし、ミリアムちゃんも懐いたそうですから……

 彼の顔もそうですが、そんな彼を生み、育てた親の顔も見てみたいと思います」

 

「ふふふ、なら帝国に帰った時に一度こちらに顔を出すようにしておくか」

 

「……閣下、やはり何か良いことでもありましたか?」

 

 普段の厳格な言葉なのに、その端々に抑え切れない喜びの感情があるような気がした。

 

「ふっ……そうかもしれんな」

 

 そんな言葉を返すのもやはり珍しいことだった。

 

「それにしても市長による凶悪犯罪ですか……これが閣下の仰っていた結社の仕込みでしょうか?」

 

「で、あろうな。規模こそ違うがハーメルの時と同じ手口と趣向、十中八九『蛇』の仕業だろう」

 

「では……」

 

「ああ、だがまだその準備段階だろう。我々が動くにはまだ早い。リベールの観察は当面あの男に任せておけばよい」

 

 この話はそれまでだと言わんばかりに、オズボーンは手紙をまとめて隅に追いやる。

 

「それで、遊撃士協会襲撃事件の報告に来たのだろ?」

 

「はい。御報告させていただきます」

 

 佇まいを直してクレアも鉄道憲兵隊としての顔で用件を告げる。

 

 ――リィン・シュバルツァーですか……少し調べてみましょうか……

 

 リベールの有力者から多くの支持を受ける彼の人柄を疑うつもりはない。

 だが、かわいい妹分に近付いた男に姉として見定める必要がある。

 そんな決意を密かにしたクレア・リーヴェルトだった。

 

 

 




レクター
「やべぇな……思った以上に真面目な奴だったみたいだな。仕方ないフォローしておくか」

リシャール
「皇族を騙り悪事を暴くとは無茶をする。これが若さというものか……
 しかし、帝国人がリベールのためにそこまでしてくれるとは嬉しいものだな……
 私の戯れが最後の一押しになってしまったのも事実……ここは一筆したためるとするか」

ユリア
「クローゼの我侭に付き合せてしまって申し訳ない」

怪盗B
「ふむ超帝国人か……興味深い」

ミリアム
「むにゃむにゃ……もう食べられないよ」



いつかのトールズ士官学院

トワ「リィン君が生徒会の手伝いをしてくれるんだよね?」

リィン「生徒会の手伝いですか……分かりました。生徒会長を探せばいいんですね?」

トワ「え……?」


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