(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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134話 金の太陽、銀の月、白き空

 

 

 夜の歓楽街。

 華やかなネオンで彩られた街の様子を見せながら、大勢の招待客がアルカンシェルへと入っていく。

 観客席は次々と埋まっていき、待ち切れない観客たちの雑談で賑わっている。

 客席を見守る形で各所に待機している。

 

「どうしてこうなったんだろう……?」

 

 楽屋でされるがままに白い雲をイメージした衣装に着替えさせられたリィンは何度目か分からない嘆きをため息と共に吐き出した。

 

「腐らない腐らない……

 それに何だかんだで、ちゃんと台本も覚えてきてくれた上に話し方も教会の神父かっていうくらいに仕上げて来てくれたじゃない……

 実は気合十分なんでしょ?」

 

「は……はは……何でかルフィナさん――知り合いがすっかりやる気になってしまったんですよね」

 

 教典を読み上げるのならお手の物と言わんばかりに、ルフィナまで協力的になってしまい、さらには《鋼》と《空》に興味を抱かせる徹底ぶり。

 今頃、三人の人形を抱えたレンがS席に陣取っているのだろうと思うと、やはりため息を吐きたくなる。

 《識》を利用すればそれこそ台本を丸暗記することなど容易く、日を跨ぐごとに宿題をこなして来るリィンにアルカンシェル一同の要求はどんどん上がっていった。

 それに加えてある理由で歌の練習をしていることもあり、発声の問題も簡単にクリアできてしまったことも原因の一つだった。

 

「それにしても本当に惜しいわね……学院卒業したらうちに来なさいよ」

 

「謹んで遠慮させていただきます」

 

 イリアの勧誘にリィンは断固とした態度を取る。

 

「そう…………まあ、今はそれでいいわ」

 

「え……?」

 

 リーシャには強引に押し切ったイリアが意外なほどあっさりと引く。

 

「どうしたんですかイリアさん? 本番の前だって言うのに悪いものでも食べたんですか?」

 

「あはは、言う様になったじゃないリィン君……

 まあ、本番前だからとやかく言わないだけよ。それにリィン君もすぐに分かるわよ」

 

「分かるって……何のことですか?」

 

「だからすぐに分かるって、あたしたちが何で舞台をやっているのか」

 

 含みのある言葉でイリアはリィンの質問をはぐらかす。

 

「皆さん、本番開始まで五分前です!」

 

 そこに舞台開始を知らせる声が響く。

 

「ようやくか……それじゃあ掴みは頼んだわよ」

 

「はあ……手伝うにしてももっと楽な役にして欲しかったんですけど……

 イリアさん、その戦術オーブメントは大丈夫ですか?」

 

「ええ……何の問題もないわ……

 でも改めて聞くけど本当に貰っちゃって良いの? 随分と思い入れがありそうなのに?」

 

 イリアはフレームが傷だらけの戦術オーブメントを衣装の下から取り出して尋ねる。

 その戦術オーブメントはリィンがリベールでラッセル博士から貰った二つ目の戦術オーブメントだった。

 

「思い入れは確かにあります」

 

 リィンが初めてもらった戦術オーブメントはリベールのクーデター事件の際に壊れた。

 イリアに渡したそれは《鬼の力》の導力魔法に耐えることができる様に特別な調整がされたカスタム機。

 《リベールの異変》を戦い抜いた、そしてあの子の戦術オーブメントを模して改造されたリィンのためだけの一品。

 そこに感じる思い入れは一言ではとても語り尽くせない。

 

「一緒に戦ってきて、何度も窮地を救われましたから」

 

 先日、ミュラーがトールズ士官学院の合格通知と共に持ってきてくれた新型の戦術オーブメントをリィンは思い出す。

 今クロスベルで販売されている第五世代《エニグマ》とおそらく同じ第五世代戦術オーブメント。

 内部に組み込むクォーツは一新されており、第四世代のクォーツを使い回すことはできなかった。

 聞けば、そのオーブメントは学院のカリキュラムに使うもののため、そしてスペックや内蔵している機能からも使わない選択肢はない。

 

「でもだからこそ、このまま棚の飾りになって欲しくはないとも思うんです」

 

 イリアに渡した戦術オーブメントはすでに導力魔法のロックもされ、初期化してイリア用に盤面の調整もされている。

 さらには閉じたスロットはミラに物を言わせて全て開封・強化は完了していたりする。

 純粋な第四世代とは違って《鬼の力》を観測、強化する機構がついているが、それでも第五世代よりも小型で、一般普及されているクォーツ以上に高品質なクォーツも揃っているから舞台で使う分には性能負けすることはないだろう。

 流石に《騎神》のクォーツまでは上げられないが。

 

「だからイリアさんが良ければ、貰って使ってください」

 

「あたしにとっては願ったりだけどね……

 この戦術オーブメントなら今まで以上にあたしの能力を引き上げてくれるのは確かなのよね……

 この恩はいつか倍返しにして上げるから楽しみにしてなさい」

 

「はは、あまり気にしないで良いですけど」

 

 近頃のお返しを思い出して、リィンは心の底から遠慮する。

 

「皆さん、幕が上がります。頑張ってくださいっ!」

 

「あ……そういえば最後に一つだけアドバイス、貴方はレンちゃん達にだけ見せることを考えなさい」

 

「レン達に?」

 

「そ、舞台で頭が真っ白になったらその他の観客は無視して自分を見せたい人だけのことを考えるのが良いわよ」

 

「…………分かりました」

 

 イリアのアドバイスにリィンは頷き、衣装スタッフに最後の確認を求める。

 

「最終衣装チェック問題なしです。頑張ってください」

 

 スタッフがベールを被せてゴーサインを出す。

 

「それじゃあ……行きます」

 

 まだ幕が上がってない暗い舞台にリィンは進み出る。

 所定の位置に立って、リィンは内心でため息を吐きながら引き受けてしまった以上は完璧にこなすことだけを考える。

 開始のブザーが鳴り響き、幕が上がる。

 

「っ……」

 

 そこはリィンが想像していた以上の魔窟だった。

 大きなホールを埋め尽くす観客。

 その視線は重いプレッシャーとなって、スポットライトを浴びているリィンに注目が集まっている。

 頭の芯が痺れ、セリフがうまく出て来ない。

 御前試合で同じ経験をしているからと高を括っていたが、目の前の相手に集中すれば良かっただけの試合と舞台では想像以上に勝手が違った。

 

「――っ――」

 

 幕が上がり、スポットライトを浴びて何秒経っているだろうか?

 観客は白いローブにベールを被った彼、彼女の言葉に期待を膨らませる。

 それを察してリィンはさらに焦り――ぞくりと背筋が粟立った。

 

 ――何だ今の感覚は?

 

 まるで蛇に睨まれたかのような悪寒。

 リィンは緊張していた思考から戦闘の思考に切り替わり、観客席を見回す。

 本能的に脅迫状の真犯人がいると感じるが、あまりの人の多さに特定はできそうにない。

 

 ――いや、そうじゃない犯人はロイドさん達に任せればいい。俺は……

 

 一度戦闘の思考に切り替えたおかげで頭が冷静に戻ったリィンは直前のイリアの言葉を思い出しながら、レン達がいるはずのS席の隅に意識を集中し、ゆっくりとした動作で頭を下げる。

 

「――これより始まる物語。語り部は《空の御子》であるこの私が務めさせていただきます」

 

 名乗りから、通し練習の時に聞いた始まりのナレーションの台詞をなぞる。

 ルフィナから即興で教わった聖典を読み上げるように抑揚をつけ、はっきりとした声を意識して、がならず声を通す。

 

「――そんな中。《太陽の姫》と謳われる当代一の舞い手の姿が星の祭壇にあった」

 

 最初の台詞を終えると、白いローブの者は鈴を括りつけた腕を頭上に持ち上げ、一呼吸溜めて振り下ろした。

 

 シャン!

 

 鈴の音が響くと共に、スポットライトの中に《太陽の姫》が現れ《空の御子》は音もなく消えていた。

 たった一つの動作で沸き立つ観客。

 舞台袖に一旦退いたリィンはそれが自分によって引き起こされたと思うと、得も言えない感覚に身を震わせた。

 

 

 

 

「始まったか……しかし、凄い盛り上がり方だな」

 

 玄関ホールで扉越しに聞こえてくる歓声にロイドは感心する。

 

「ふふ、本当だったら私もこの目で見たかったわね。一課の人達が羨ましいわ」

 

 ロイドの呟きにエリィが同意する。しかし――

 

「おほん――警察官として自覚が足りないんじゃないかマグダエル?」

 

 背後から掛けられた慇懃な言葉にエリィはぎくりと肩を震わせる。

 

「ダ、ダドリー捜査官……いつからそこに?」

 

 恐る恐る振り向いたエリィは背後にいつの間にか立っていたアレックス・ダドリーに振り返る。

 

「フン……そんなことどうでもいい……それよりもお前たちには私が同行する」

 

「え……?」

 

「どういうことですか? 一課には会場の警備に専念してもらう分担のはずですよね」

 

「お前たちに任せられる信用があると思っているのか?」

 

 冷淡な言葉にエリィは言葉を詰まらせる。

 

「お前達がもたらした情報と、警備計画の分担は確かに一考の余地がある妥当なものだ……

 だが、お前達はまだ実績のない新米だということを忘れるな」

 

「仰る通りです」

 

 ダドリーの指摘にロイドは神妙な顔をして頷く。

 

「それにしても意外でしたね……

 本物の《銀》が関わってないと報告したら、てっきり手を引くかと思っていたんですが」

 

 エリィはそんなダドリーの態度に首を傾げる。

 《黒月》に話を聞きに行った直後、《銀》が関わっているということでアルカンシェルからの依頼を強引に奪われかけたことはまだ記憶に残っている。

 

「そんな無責任なことするわけがないだろ……

 《銀》が関わらないにしても、このアルカンシェルはクロスベルの顔、それに今日のプレ公演には市長や帝国と共和国からもそれぞれ招待客が来ているのだ……

 旧市街の一件やマフィアの軍用犬の実験とはもたらされる影響が違うんだ」

 

 そんなことも分からないのかとエリィは睨まれて項垂れる。

 

「だが、あくまでも犯人の発見と確保はお前たちの領分だ……バニングス、お前が先導しろ」

 

「良いんですか?」

 

「くどい……劇が始まった以上、時間は限られている。さっさと動け」

 

「は、はい」

 

 ダドリーに睨まれながらロイドは劇場内の巡回を始めるのだった。

 

 

 

 

「ちっ……あいつら……」

 

 舞台を外から覗いたダドリーは注意力散漫になっている同僚に歯噛みする。

 

「俺達もこれくらいで離れましょう」

 

 後ろ髪を引かれながらもロイドは少しだけ開けた扉を閉める。

 

「第一章からあんな体たらくでは先が思いやられる」

 

「それだけ凄い舞台だって言うことだと思います……

 イリアさんは当然ですけど、あの所々に現れる《空の御子》が凄いわね……

 一瞬で舞台の端から端に移動しているのはどうやっているのかしら? それに《空の御子》なんて前情報はなかったわよね?」

 

「ああ……気配を消して存在感がないのに、照明を使って強引に存在感を作って注目を集めている……

 だからこそ、《空の御子》が現れたら否応なしに注目してしまうんだ……

 新人はリーシャだけだって聞いていたけど、あんな人もいたんだな」

 

 顔はベールで隠しているし、扉の隙間から見る舞台ではあまり多くは分からない。

 しかし、《空の御子》が舞台の上でナレーションをすることで否応なしに観客は物語に惹き込まれる。

 

「お前ら、舞台の考察は後にしろ……

 それよりもどう思うバニングス? やはりただの愉快犯だと思うか?」

 

「そうですね……

 アルカンシェルで何かことを起こすに当たり考えたのは、出演者や観客を巻き込んだテロ――」

 

「ちょっとロイドッ!?」

 

「あくまでも可能性の話だよ。イリアさんを個別に狙うのではなくアルカンシェル全体を標的とするならの話だ」

 

「その可能性はおそらく低いだろう……

 観客を入れる直前に客席や舞台の点検は一課が総出で行った。あからさまな不審者も不審物も見つかっていない」

 

「不審者が侵入したとしたらその後になりますか……」

 

 見回りの足を止めずにロイド達は歩きながら考察を続ける。

 そしてとある部屋の前に差し掛かったところでロイドは足を止めた。

 

「二人とも」

 

「どうしたのロイ――」

 

「しっ――」

 

 普通に聞き返すエリィにダドリーは静かにするように促し、懐に手を入れる。

 

「ここは衣裳部屋だな……楽屋とは違って劇が始まれば誰も寄り着かない……隠れる場所としては最適か」

 

「物音がした気がしました。気にし過ぎなのかもしれませんが、一応調べておきましょう」

 

 声を潜めてダドリーとロイドは頷き合う。

 

「むう……」

 

 捜査官として息の合ったやり取りにエリィは何だか納得いかないものを感じてしまう。

 

「エリィ?」

 

「何でもないわ」

 

 むくれながらもエリィは導力銃を抜き、二人の後ろに備える。

 準備が整ったのを確認して、三人は衣裳部屋の中へと入った。

 

「エリィは扉の前で待機、俺は左側から調べますからダドリーさんは右側からお願いします」

 

「分かったわ」

 

「了解した」

 

 広い部屋に煌びやかな装飾を施された衣装が所狭しと並んでいる。

 ロイドは急ぎながらも決して怪しいものを見逃さない気概で見回り――彼女を見つけた。

 

「そこにいるのは誰だ!?」

 

 吊るされた衣装の影に隠れる誰かに向かって身構える。

 その声に反応してダドリーが自分の分担を切り上げてロイドと合流する。

 

「両手を挙げてゆっくりとこっちに出て来い。変な気を起こすなよ。すでにお前を銃で狙っているからな」

 

「ちょ!? 待って待って出ていくから撃たないでっ!」

 

 ダドリーの脅しに不審者は悲鳴を上げる。

 

「え……もしかしてグレイスさん?」

 

 聞き覚えのある声にロイドが意外な声を上げると、当の本人は言われた通り両手を挙げて出て来た。

 

「貴様はたしかクロスベルタイムズの記者だったな? こんなところで何をしている?」

 

「ちょ、ちゃんと出て来たんだから銃を下ろしてよ」

 

「そんなことが言える立場だと思っているのか?

 クロスベルタイムズの記者は別に観客席にいた。つまりお前は不法侵入してこの場にいるということだ。問答無用で捕まえてもいいんだぞ?」

 

「何で頭でっかちのダドリーがいるのよ……」

 

「今回ばかりは擁護できませんよグレイスさん……

 こんなところに隠れて何をしようとしていたんですか?」

 

「それは……ほら、プレ公演は絶対に見たかったから清掃業者の人達に紛れてこっそりと」

 

「本当にそれだけですか?」

 

 ロイドの追及にグレイスは目を泳がせる。

 

「何か別のネタも追ってここに来ているのなら話してください……

 それとも明日の一面を貴女の記事で埋めたいですか? クロスベルタイムズでクロスベルタイムズの記者が逮捕されたなんて記事ですからグレイスさんの望み通り、注目されると思いますよ」

 

「ちょ、ちょっとロイド君……そんな殺生な。あたしと君たちの仲じゃない」

 

「生憎ですが、グレイスさんがしたことはれっきとした犯罪です……ダドリーさん、そうですよね?」

 

「ああ、少なくても不法侵入は紛れもない事実だ……

 まあアルカンシェルに突き出して、逮捕したとしてもせいぜい三日くらい牢屋に入って貰うことになるだけだろうが……

 クロスベル中が注目しているアルカンシェルに不法侵入してタダ見をしたことが知られれば、その後で記者を続けられるかどうかは知らんがな」

 

「げげ……」

 

 ロイドとダドリーから感じる本気にグレイスは身を震わせる。

 それまで不遜な態度でどこか余裕を持っていたグレイスも流石に状況がまずいことになっていることに顔を蒼くする。

 

「ですが、もしグレイスさんが俺達が知りたい情報を持っているのならアルカンシェルへの口利きは考えても良いですよ」

 

「ほ、本当……?」

 

 絶望の中に一縷の希望を見せられてグレイスはロイドに縋る様な眼差しを送る。

 

「ええ……どうしますか?」

 

 グレイスは自分が追っていたネタと、自分がネタにされることを天秤に掛けて葛藤し、観念して話し始めた。

 

「…………エリィちゃんの前でこんなことを話して良いか分からないけど」

 

 グレイスはドアの前で待機したままのエリィに視線を向ける。

 

「それはどういう……」

 

「私が……どうしたんですか?」

 

 呼ばれたエリィは首を傾げながら、退路を断つ役割を切り上げて話しやすいように近付く。

 

「まあいいか……気をしっかり持ってよね? 

 あたしが追っていたネタは市長の第一秘書に関する黒い噂よ」

 

「…………え…………」

 

「アーネストって言ったけ?

 彼、相当ヤバイわよ。市長に内緒で事務所の資金を勝手に流用したらしいし……

 最近じゃ、帝国派議員と密談して何か企んでいるみたいなのよねぇ……まさか市長を亡き者にって……流石にそこまではしないか」

 

 冗談めかしたグレイスの言葉にロイド達は押し黙る。

 

「ね、ねえロイド……

 もしこの状況で、おじいさまが何者かに亡き者にされたら……」

 

「……目撃者さえ作らなければ犯人は別のヤツに偽装できる……それこそ脅迫状を出した《銀》に……それが狙いか!」

 

 慌てて踵を返すロイドとエリィ。

 

「落ち着け二人とも」

 

 その首根っこをダドリーが抑え込んだ。

 

「ダドリーさん、急がないと――」

 

「市長の貴賓席にも警官は配置している……

 それに舞台はまだ一章、警官の警戒が緩むには早過ぎる。狙いが本当に市長なら警官の警戒が緩む瞬間を狙うはずだ……

 だからまずは冷静になれ」

 

「あ……」

 

「す、すいません」

 

 ダドリーの指摘にロイドとエリィは暴走しそうになった頭を冷やす。

 

「えっと……どういうこと?」

 

 一人話について行けないグレイスは首を傾げるが、そんな彼女を一睨みしダドリーは告げる。

 

「貴様にも付き合ってもらうぞ……

 市長秘書の後ろ暗い話、証拠はちゃんと掴んでいるのだろう?」

 

 ダドリーが仕切り、とりあえず衣裳部屋から適当な部屋に移動してグレイスの尋問が行われるのだった。

 

 

 

 

「こうして《陽の一族》が擁立する《太陽の姫》に対抗すべく……

 新たな姫が名乗りを上げた。その姫の名は《月の姫》……

 『ラ』の国の勢力を二分する、《夜の一族》の擁立した舞い手だった」

 

 第二幕が始まり、《空の御子》が第一幕の時と同じように霞になるように消えて《月の姫》が現れる。

 《太陽の姫》に勝るとも劣らない《月の姫》の舞に観客たちはあっという間に魅了される。

 クロスベル市長ヘンリー・マクダエルもまたその例には漏れず、警備についている警官の意識も幻想の毒に侵されていた。

 

「失礼する」

 

 そんな中にダドリーは慇懃な態度で貴賓室に乗り込んだ。

 

「おや……君は捜査一課のダドリー君ではないか。それにロイド君にエリィまで、いったいどうしたのかな?」

 

「舞台の鑑賞中に失礼しますマグダエル市長……

 ですが、事は急を要することのため、失礼を承知でお邪魔させていただきます」

 

 ダドリーはマグダエル市長からその隣に控える秘書の青年、アーネストに向き直る。

 

「おじいさま、こちらに」

 

 挨拶の間にエリィがマグダエル議長を促し、ロイドがアーネストの間に割って入って牽制する。

 

「市長の第一秘書アーネスト。貴様がアルカンシェルに脅迫状を送った真犯人だな?」

 

「脅迫状……いったいどういうことかね?」

 

 突然のダドリーの言葉に事情を全く知らないマグダエル市長は目を丸くする。

 

「ほう……まさかこのタイミングで辿り着くとは思っていなかったよ。思っていた以上に、クロスベルの警察は優秀だったようだ」

 

 ダドリーの指摘にアーネストは不敵な笑みを浮かべる。

 

「そうか……ならば貴様を騒乱罪、および市長暗殺未遂の容疑で逮捕する」

 

「私の暗殺だと……? どういうことだアーネスト!?」

 

「アーネストさん……いったいどうして……!

 あれほど、おじいさまを尊敬して支えてくれた貴方がどうして……」

 

「フフフ……エリィ、君と同じだよ……

 私もいい加減、この状況にはウンザリしていたのだよ……

 二大国に挟まれた自治州。領土争いの《暗闘》に振り回される毎日……

 結局、何かを変えるためにはより強い者に従うしかない……だからこそ私は行動したのだよ」

 

「そのために《銀》の名を騙りイリアさんに脅迫状を送って……

 《銀》が現れると思い込ませて市長の抹殺を図ったのか?」

 

「もはやクロスベルは中立ではいられない。そんなことは二つの大国が許さない……

 それを理解せずに理想ばかりを追い求めて何になる? 今の市長の考えはもはや古い、老害でしかない」

 

「そんな――」

 

「ならばエリィ、警察に逃げた君には何か案があるというのかい?

 二つの国を納得させられるクロスベルを独立させるための冴えた答えが」

 

「それは……」

 

「どちらの国に隷属したところで、クロスベルと言う地がなくなるわけではない……

 むしろ帝国の一員になることでこの地は安定を取り戻すことができると何故分からない」

 

「そんなことをすれば共和国が動くに決まっているわ」

 

「それが何だと言うんだ? 不戦条約がある以上、大きな戦争に発展することはない……

 それに多少の痛みなど変革には付きものだ。違いますかマグダエル市長?」

 

「アーネスト君……君は……」

 

「まずは数十年に渡る暗闘に終止符を打つ……

 《銀》に先生を暗殺されたことにすれば、彼を雇う《黒月》を通じて共和国議員にも大きな痛手を負わせることができるでしょう……

 そうしてクロスベルは哀れな被害者として帝国の擁護を受ける……

 これが最も効率の良い貴方の命の使い道だと思いませんか?」

 

「あんたは……人の命を何だと思っているんだ!」

 

 勝手なアーネストの言い分にロイドは怒りを滾らせる。

 

「政治家にそれを聞くのはナンセンスだよロイド・バニングス……

 クロスベルが意地を張り、中立を保ち続けたことで何人の市民が不幸な事故に巻き込まれ非業な死を遂げたと思っている?

 そして、これからどれだけの犯罪者を見過ごすつもりかな?」

 

「それは……」

 

「私の知り合いはこんなことを言っていたよ……

 国家というのは、巨大で複雑なオーブメントと同じ、人々というクォーツから力を引き出す数多の組織・制度という歯車。それを包む国土というフレーム……

 さて君たちはクォーツ盤だけ見てそれで満足しているようだが、このクロスベルの盤面の意味を君たちはどれだけ把握しているのかな?」

 

「戯言を……思わせぶりなことを言ってはぐらかしたところで貴様の罪が消えるわけではないぞ」

 

 アーネストの言葉をダドリーは切って捨て導力銃を突きつける。

 

「フフ……その通りだ」

 

 アーネストは徐に懐に入れる。

 

「動くなっ!」

 

「落ち着きたまえ」

 

 制止の言葉を無視して、アーネストは忍ばせていたナイフと拳銃を床に落とす。

 

「既に事が露見したのなら抵抗に意味はないだろう? ならばせめてこの演劇は最後まで見せていただけないかな?」

 

「な、何を……」

 

 アーネストはふてぶてしい態度で直前まで市長が座っていた席に我が物顔で座る。

 

「君たちも座ると良い。それともここで騒ぎを起こして劇を中断させたいのかね?」

 

「アーネストさん…………貴方は……」

 

 追い詰められたというのに余裕な態度。

 昔はエリィの家庭教師を務めて兄妹のように近くで見て来た。

 確かに留学してからは疎遠になってしまったが、それでも目の前の男性にエリィは今までに感じた事のない底知れない恐怖を感じてしまう。

 それはロイドやダドリーも同じで、ただ舞台を不気味な笑みを浮かべながら鑑賞する男を邪魔することができなかった。

 

 

 

 

 アルカンシェルの劇が終わり、興奮冷めやらぬ観客たちが夢見心地で帰路に着く。

 その裏側では秘密裏に秘書アーネストが手錠を掛けられて護送車に運び込まれていた。

 

「それでは私はこいつを署に連行する。後始末は任せたぞ。エマ捜査官」

 

「了解しましたダドリー捜査官」

 

 部下に見送られたダドリーはそのままアーネストを見張るために護送車の中に入る。

 エマと呼ばれた捜査官は外側から扉を閉め、発進する護送車を見送った。

 そして――

 

「フフフ……」

 

 およそ彼女を知る者は見たこともない笑みを浮かべたかと思うと、踵を返して歩き出した。

 ダドリーに任されたはずのアルカンシェルでの後始末。

 それを無視するように裏口から中に戻らずに、暗い路地へと歩を進める。

 

「やあ、久しぶり」

 

 そんな彼女に《道化師》が声を掛ける。

 

「ああ、君か……カンパネルラ」

 

 応えた声は男性の物。

 そこに捜査一課のエマはおらず、ダドリーと共に護送車に乗った筈のアーネストがそこにいた。

 正確にはそこにエマ捜査官と認識した者がいなくなったからこそ、素顔に置き換わったに過ぎないのだが。

 

「アストラルコードを使われた時はびっくりしたけど、まさか本当に貴方が復活しているとは思わなかったよ……

 《塩の杭》に《影の国》……ちょっと生き意地が汚いんじゃないかな?」

 

「フフ……正確にはこの体の持ち主の意識に上書きを果たしただけで彼そのものというわけではないのだがね……

 それにこんなことになるのは私とて想定外で戸惑っているのだよ」

 

「そんな風には全然見えないけど……それにしてもどうやって復活したのさ?」

 

「推論で良いかな?」

 

「もちろん」

 

「今の私はグノーシスが作り出した霊的ネットワークの中を漂う亡霊と表現することが正しいだろう……

 この体の持ち主はグノーシスを服用していたからこそ、私の受け皿となってくれたが、別に彼に限ったことではない……

 リィン・シュバルツァーや《零の御子》は当然として、あの教団の司祭も霊的な抵抗力があるから憑依することは難しい……

 私が憑依できるのはグノーシスを服用していて、霊的抵抗力が低い人間に限られる」

 

「そうなると、レンも対象になるのかな?」

 

「理論上では可能だが、彼女に憑依するとかつて彼女がそうしたように人格を取り込まれて今度こそ消滅してしまう可能性が高いだろう……

 それに特務支援課とやらにも候補がいたが、流石に幼気な女子に成り代わる勇気は私にはないよ」

 

「…………何か雰囲気が変わったね」

 

「そうかね? まあ二度ほど死を体験し、今では肉体の枷から解き放たれたのだから世界が違って見えることは確かかな」

 

「それで《教授》はこれからどうするつもりなの? 幸い、まだ《第三柱》は空いたままだけど?」

 

「遠慮しておこう。私はすでに終わった存在……

 それに今はオルフェウス計画よりも、リィン・シュバルツァーの行く末の方が気になるのでね……

 だが、そうだな……せっかくだ。執行者候補生として復帰するのも一興かもしれないね」

 

「あはは! それは良いかもね。きっと《聖女》も《深淵》も《教授》が戻って来たと知ったら声を上げて迎えてくれるだろうさ」

 

「ふふふ……それなら手土産の一つでも用意しておかないといけないかな?」

 

 《道化師》と《教授》は闇夜の中で笑い合う。

 

「何はともあれ歓迎するよ。ゲオルグ・ワイスマン殿」

 

 

 

 

 






いつかの結社IF

ワイスマン
「初めまして《使徒》の皆さん、この度新しく《身喰らう蛇》に参加することになりました。ヨアヒム・G・ワイスマンです……
 特技は策謀と洗脳それから暗示、趣味は人を陥れることです……
 至らないところは多いと思いますが、これからよろしくお願いします……フフフ」

第一柱
「…………」

第二柱
「うわ……また出た……」

第四柱
「ちっ……」

第五柱
「まさか復活するとはのう……」

第六柱
「おやおや《白面》殿……その身体はもしかしてあの教団の司祭のものかね? ふむ……実に興味深い」

第七柱
「…………大人しく消滅していればいいのに」




いつかのトールズ士官学院IF

サラ
「それじゃあ《ARCUS》の講義は一先ずこれでおしまい。スロットの開封・強化は各自で行う様に」

ラウラ
「ふむ……スロットの開封か……みんなここは一つ競争をしないか?」

リィン
「競争……?」

ラウラ
「うむ……漠然と行うよりも効率が良いだろう。それに剣の腕では及ばないがセピス集めとなれば話は別だ」

リィン
「いや……俺は……」

ユーシス
「競争か……その勝負、俺も混ぜてもらおうか」

マキアス
「なら、僕もだっ! 四大名門だか皇族所縁の男爵だが知らないがそんなものに遅れを取らないことを見せてやる」

リィン
「だから俺はやるなんて一言も、そもそも――」

マキアス
「何だ逃げるのか? ふん……所詮口だけの貴族か」

リィン
「…………もう勝手にしてくれ」

ラウラ
「では、まずみんなのラインを確認しよう」

ラウラ、ユーシス、マキアスの《ARCUS》。
初期状態。

リィンの《ARCUS》。
自作マスタークォーツにより一ヶ月前から起動、同期済み。
全スロット開封・強化済み。
また各種クォーツ入手済み。



いつかのクロスベルIF

ミュゼ
「ユウナさん。この《空の御子》という人のブロマイドの方は誰なんですか?」

ユウナ
「ああ、それね……リーシャ・マオの初舞台のプレ公演の時に一夜だけ現れた幻の俳優でね……
 あたしは見てないんだけど、凄かったらしいわよ」

クルト
「僕も当時、クロスベルにいたけど色々な噂が飛び交っていたよ……
 なんでもイリア・プラティエの師匠でもあり、今のアルカンシェルの前進を築いた人だとか」

ユウナ
「だけど出たのはそのプレ公演だけで、アルカンシェルは俳優の名前も明かさなかったから余計に伝説みたいに語られるようになっちゃったのよね」

アッシュ
「はん……見た感じ今の俺らより少し下か? なかなか好みの顔してんじゃねえか」

アルティナ
「…………皆さん、何を言っているんですか? それはリィン教官じゃないですか」

一同
「「「「え…………?」」」」



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