(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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135話 ミシュラム

 

 

 

「――報告は以上になります」

 

 アルカンシェルのプレ公演が終わった翌日。

 リィンは遊撃士協会で護衛兼戦技教導の依頼完了の報告をミシェルにしていた。

 

「お疲れ様、ふふ……先方もリィン君の仕事ぶりには大満足だったみたいよ」

 

「ええ……そうでしょうね」

 

 昨日の打ち上げの盛り上がりを思い出してリィンは遠い目をする。

 

「護衛の仕事ってこんなに面倒だったんですね」

 

「流石に今回のは少し変則過ぎたけど、概ね護衛っていうのは保護対象の我儘を聞くのが仕事の半分みたいなものなのよね」

 

「嫌と言うほど実感しました」

 

「あはは、でもあたしもできれば見てみたかったなリィン君の《空の御子》」

 

「あら、エステル。それならアルカンシェルに行けばブロマイドが売っているはずよ……

 昨日から《空の御子》は誰だって、アルカンシェルに問い合わせが殺到しているみたいで、リィン君のことは明かしてないけど今日購買に追加されたみたいよ」

 

「本当!? ちょっと行ってくる!」

 

「待ってくださいエステルさん」

 

 すぐさま動き出したエステルにリィンは手を伸ばすが、その手は虚しく空を切った。

 

「えっと…………その内良いことあるよリィン君」

 

 がっくりと肩を落とすリィンをヨシュアは何とも言えない表情で慰める。

 

「それはそうとミシェルさん、脅迫状の犯人も捕まったんですよね?」

 

「ええ、今朝詳しい報告が警察から届いたわ……

 犯人はマグダエル市長の第一秘書のアーネスト。アルカンシェルを隠れ蓑に市長を亡き者にして、市長に取って代わろうとしていたみたいなんだけど――」

 

「どうかしたんですか?」

 

 言葉を濁したミシェルにリィンは首を傾げる。

 

「これはまだ公表されていないんだけど、護送中にアーネストはどんな方法を使ったか分からないけど逃げ出したみたいなの」

 

「逃げ出した?」

 

「せっかくリィン君が体を張って頑張ってくれたのにだらしないわよね」

 

 深々とため息を吐くミシェルにリィンとヨシュアも何とも言えない顔をする。

 

「それは何というか……大失態ですよね?」

 

 市長の暗殺を防いだことは確かに大きな功績だが、その犯人を取り逃がしてしまったことはそれを帳消しにして余りある失態だ。

 

「ええ……だから警察の偉い人からは指名手配なんてしないでもみ消そうなんて意見も出ているのよ……

 全くこれだから市民に無能だなんて言われるのよ……

 と、真犯人を捕まえることは警察の仕事だったから、リィン君の評価には響かないからそこは安心して良いわよ」

 

「え……ええ……」

 

 真犯人の目的がイリアではなかったことから、名目上護衛としてリィンが舞台に上がったのは完全な的外れだったがそれは結果論に過ぎない。

 そしてリィンの仕事はミシェルが言った通り、護衛と舞台を成功させることなのだからその結果はリィンが責任を負うことではない。

 しかし、何だか不完全燃焼のような後味の悪い気分になる。

 

「この話はここまでにしましょう」

 

 そんなリィンの内心を察してミシェルは話を切り替える。

 

「ともかく一ヶ月、御苦労様……

 三月ももう半ば、そろそろ帝国に帰るのよね?」

 

「はい。本当はレンの用事が済むまでいようかと思ったんですが、必要ないって言われてしまって」

 

「あらあら振られちゃったのね」

 

「そんなところです。それでも一番の懸念は解消できたのでそれは安心なんですが」

 

「一番の懸念……やっぱりハロルドさん達の事なのかな?」

 

「ええ……でも詳しいことは誕生会の時に言った通り口止めされているから話せませんが」

 

「それは分かってるよ。でもありがとうリィン君。僕やレーヴェができなかった、いや考えもしなかったことをあの子にしてくれて」

 

「俺はあまり特別なことをしたとは思ってないんですけど」

 

「そんなことないよ……

 僕やレーヴェは誕生日を祝う、そんな当たり前のことを忘れてしまっていたから……

 たしかに結社で僕たちは三人でいたことは多かった。でもそれはきっと一人ぼっちが三人でいただけなんだと、今は思うんだ」

 

 ヨシュアは三人が一緒にいた時の事を思い出す。

 結社の中で多くの時間をこの三人で過ごしていたが何も変化しなかったのは、互いに本当の意味で関わろうとしなかったからだと今なら思える。

 《修羅》を目指していたレーヴェ。

 ハーモニカの代わりに《漆黒の牙》に依存して心を保っていたヨシュア。

 そして生きるために《殲滅天使》の仮面を被ったレン。

 似た者同士の三人だったのだとヨシュアは改めて思う。

 

「だけど、レンはまだ捕まるつもりはないみたいですよ」

 

「うん、それは僕達の役目だから……そこまでリィン君に任せるわけにはいかないよ」

 

「頑張ってください。レンも本心ではきっと全てを知られても追い駆けて来てくれると期待していると思いますから」

 

「ありがとう……リィン君もトールズ士官学院で頑張って、何かあったらいつでも助けに行くから」

 

「そうそう、トールズ士官学院といえばサラが教員として勤めているからよろしくね」

 

「サラさんが教員に……何か意外ですね」

 

 リベールで一時期世話になった女遊撃士のことを思い出してリィンは唸る。

 

「それでリィン君、遊撃士になる件は考えてくれたかしら?

 今日までの仕事ぶりから正遊撃士として十分に評価できるけど」

 

「ええ……メリット・デメリットはともかく、あって損になるものではないですから構いません……

 ただあくまでも暫定ということにしておいてください。士官学院を卒業した時には一度資格は返還させてもらうことを条件にしてもらえますか?」

 

「そうね……

 個人的には卒業したら是非遊撃士になってくれるとありがたいんだけど、それが妥当かしらね……

 それじゃあこれを受け取って貰えるかしら?」

 

 ミシェルは予め用意していた正遊撃士の紋章をリィンに差し出した。

 

「おめでとうリィン君……はは、何だか感慨深いな」

 

 自分がそれを受け取った時のことを思い出しながらヨシュアは称賛する。

 

「それで早速で悪いんだけど、こっちの休職届けも書いてもらえるかしら」

 

「はい、分かりました」

 

 もっともその感傷は続くミシェルの言葉で台無しになってしまったが致し方ない。

 

「はい……確かに……悪いわね無理を言って」

 

「いえ、結社の《幻焔計画》がどのようなものになるか正確に分からない以上、万全を期して準備を整えておくのは当然のことですから」

 

「そう言ってもらえると助かるわ……

 サラとは別に……トヴァルっていう遊撃士が帝国にいるからその内挨拶に行くと思うからよろしくね」

 

「分かりました。ところでアリオスさんはまだ出張から戻って来てないんですか?」

 

「アリオスなら三日前に帰ってきているわよ……

 ただ今日はオフでシズクちゃんを連れてミシュラムに行っているんだけど、どうかした?」

 

 思い出すのはジオフロントでの怪しい女性との密会の現場。

 そしてガイの残留思念と同調した時に断片的に見た彼の死の間際の記憶。

 出張を偽っていたこと。

 迷宮入りした事件に関わっていたこと。

 どちらも無視できないことなのだが、それらを考えようとすると靄が掛かったように思考が鈍る。

 だが、教授に施された思考封鎖ならばあるはずの不快感がないだけに困惑する。

 

「実はアリオスさんが――」

 

 リィンがそれらのことを説明しようと口を開くと、以前に感じた因果の修正が行われる。

 

「アリオスなら三日前に帰ってきているわよ……

 ただ今日はオフでシズクちゃんを連れてミシュラムに行っているんだけど、どうかした?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 伝えることを断念してリィンは首を横に振る。

 今まではレンやクルトといった何が目的で因果律を操作していたのかが分からなかったが、今回は明らかにアリオスに益のある書き換えが行われている。

 出来る事ならクロスベルを発つ前に、彼を問い質しておきたいのだが因果に守られている彼にどうすれば真相を追及出来るのか分からない。

 そんな葛藤をしているリィンにミシェルとヨシュアは首を傾げる。

 

「リィン君、何かあるなら――」

 

「ごめんください」

 

「え……?」

 

 ミシェルの言葉に重なる様に協会に入って来た少女の声にリィンはいち早く反応した。

 そして振り返ったそこには思った通りの少女がいたのだが、いたのは彼女だけではなかった。

 

「エリゼ……それにアルフィン殿下にミュゼまで、いったいどうして?」

 

 見たところ彼女たち三人だけで護衛の姿はない。

 

「ふふ、お久しぶりですリィンさん」

 

「どうもご無沙汰しています」

 

 アルフィンとミュゼは朗らかに笑い会釈をして、エリゼに説明を任せる。

 

「どうしたじゃありません。突然レンちゃんからこんな手紙と列車のチケットが送られてきたんです」

 

 頬を膨らませながらエリゼは封書をリィンに差し出した。

 

「えっと……」

 

『エリゼ・シュバルツァーへ。

 この一ヶ月貴方の愛しのお兄様を独占しちゃったお詫びに、ミシュラム・ワンダーランドのフリーパスと宿泊チケットを上げる……

 リィンと二人きりでも良いけど、団体用のだからお友達を誘っても大丈夫よ。レン』

 

「これは……」

 

 今朝人形工房を出る時には普段と変わらない様子だったが、まさかこんなことを仕込んでいたとは思ってもみなかった。

 出来た気遣いにリィンは何とも言えない苦笑を浮かべる。

 

「女学院なのによく外泊届けが認められたな?」

 

「もう春季休暇に入っています。人によっては帰省しますので、この時期の外出申請は通り易いんですよ」

 

「それもそうか」

 

 改めて入学の日が近付いていることを実感してリィンは苦笑する。

 

「でも、護衛も付けないでクロスベルに来るのは少し軽率じゃないか?」

 

 協会の扉の向こうには護衛の気配を感じない。

 つまり少女三人でクロスベルに来たことに他ならない。

 いくら帝都から大陸鉄道一本で来れるからといっても、クロスベルは皇女や公爵令嬢が気軽に観光に来て良いような場所ではない。

 

「あら、リィンさん……今のわたくしはアルフィン・レンハイムというしがない男爵家の娘ですよ」

 

「ふふ、そして私はイーグレット伯爵家のミュゼ・イーグレットです」

 

 同じ笑顔を浮かべて臆面もなく言い切る二人にリィンは頭痛を感じる。

 

「それに護衛ならちゃんとここに頼もしい御方がいるじゃないですか」

 

「それは……俺のことですか?」

 

 アルフィンの眼差しにリィンはさらにため息を吐く。

 

「それに聞けばセドリックは一人でユミルにも行っていたらしいじゃないですか……ずるいと思いませんか?」

 

「それは……」

 

 ユミルにも――言外に弟がこのクロスベルにいることを知っていると言わんとするアルフィンの態度にリィンは強く反論することができなくなる。

 

「何でしたらリィンさんは今遊撃士として活動なされているそうですから、依頼を出しても構いませんよね?」

 

「……残念ですが、遊撃士はつい先ほど休職届けを出したばかりです……ですが、護衛の件は引き受けさせてもらいます」

 

「ふふ、ありがとうございます。リィンさん」

 

 朗らかに笑うアルフィンにリィンは肩を竦める。

 

「すみません」

 

 そこに新たな来客が現れる。

 

「特務支援課から来ました。クルト・ヴァンダールです」

 

「クリスです。実は――げっアルフィン!?」

 

「なっ!? ば、馬鹿! クリスなんて口を聞いているんだっ!」

 

 アルフィンの姿を見るや否や、悲鳴を上げるクリス。

 クルトは皇女を呼び捨てにしたクリスに慌てて首根っこを掴み、膝を着かせる。

 

「申し訳ありませんアルフィン殿下っ!」

 

 同じように膝を着いたクルトはそのまま頭を下げる。

 

「あら……?」

 

 そんなクルトの様子にアルフィンは目を丸くする。

 

「えっと……クルトさん。そちらの方は」

 

「彼はクリスといってヴァンダール家からの自分のお目付け役です……

 世間知らずなところがありまして、どうか自分に免じて今の無礼は御容赦ください」

 

「ふふ……大丈夫ですよクルトさん……

 ここにいるのはアルフィン・レンハイムです。帝国皇女とよく似ていると言われている別人ですから。顔を上げてください」

 

「はっ」

 

 皇女ではないと言っているにも関わらず、クルトは固い言葉でアルフィンの言葉を受け取ってクリスの首を解放して顔を上げる。

 

「あら……?」

 

 改めてクリスの顔を見たアルフィンは再び首を傾げる。

 

「貴方は……」

 

 執事服に眼鏡をかけた少年ににじり寄り、アルフィンはじっとクリスの顔を見る。

 

「な、何でしょうかアルフィン皇女殿下?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 そう言ったアルフィンにクリスはあからさまにホッと胸を撫で下ろす。

 

「貴方達、どうかしたの? もしかしてうちに依頼かしら?」

 

 挨拶も一段落したところでミシェルが二人に言葉を掛ける。

 

「いえ、実は今朝支援課の端末に《仔猫》と名乗る何者かから導力メールが送られてきたんです」

 

「ああ……たぶんこのことだろう」

 

 《仔猫》と名乗った誰かに心当たりがあるリィンはおおよその状況を把握した。

 

「つまりレンが全部仕込んだってことなのかな?」

 

「おそらくそうでしょう」

 

 ヨシュアの呟きにリィンは頷き、一同を見回して告げる。

 

「とりあえず場所を変えて話をしようか?」

 

 余談だが、エステルが《空の御子》のブロマイドを購入してくる前にリィンは遊撃士協会を後にすることができたのだった。

 

 

 

 

 保養地ミシュラム。

 エルム湖南東に古くからある高級保養地で貴族や資産家の別荘がある。

 近年はIBCが開発に着手して、リゾートホテルや高級アーケード街、大規模なテーマパークが立ち並ぶ人気スポットとなっている。

 クロスベルからは水上バスで行き来することができる。

 その水上バスの甲板でアルフィンは風に髪を靡かせて笑う。

 

「風が気持ち良いですね……それにわたくしこんな風に護衛を付けずに出歩くなんて初めてなんですよ」

 

「姫様もですか、実は私もこんなことをするのは初めてでドキドキしています」

 

 普段、他の貴族子女の模範となることを心掛けている皇女と公爵令嬢はその抑圧から解放されたようにはしゃぐ。

 

「うぐぐ……」

 

「大丈夫かクルト?」

 

 そんな様をリィンは微笑ましく見守りながら、横で腹を押さえるクルトを気遣う。

 

「ど、どうしてそんなに落ち着いていられるんですかリィンさん?

 皇女殿下と四大名門の令嬢が護衛も付けずにお忍びで属州国に来るなんて聞いたこともありませんよ」

 

「クルト……聞いたことはないかもしれないけど前例は二回あるんだ……だからすぐに慣れるさ」

 

 遠い目をして今の状況を簡単に呑み込んでいる自分に哀愁を感じてしまう。

 

「そんなに気を張る必要はないよクルト……

 鉄道憲兵隊のクレアさんには連絡してあるんだから、今日一日くらいの護衛なら僕達とリィンさんがいれば十分だろ?」

 

 お前が言うな、と前例その2のクリスに言い返したくなるのをリィンはグッと堪える。

 ここで彼の正体まで明かしてしまったらクルトの心労が余計に増してしまうだろう。

 

「それにしても元気そうで安心したよクルト」

 

「その節は大変な御迷惑をお掛けしました」

 

 恭しく頭を下げるクルトにリィンは苦笑する。

 

「そんな気にしなくていいさ。正直剣を折ったのはやり過ぎたと思ったくらいなんだから……

 ミュラーさんには必要ないって言われたけど、やっぱり弁償しようか?」

 

「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です」

 

「そうか……」

 

 やんわりと断られてリィンは少し肩を落として引き下がる。

 

「まあそれはそれとして折角の機会だ。クルトも楽しむと良い」

 

「そういうわけにはいきません」

 

 肩肘を張った真面目な言葉にリィンはやはり苦笑してしまう。

 

「兄様、申し訳ありません」

 

「エリゼが謝る必要はないよ。それにあの笑顔を見せられたら断ることもできなかったんだろ?」

 

 まだかまだかとそわそわし、オーバルカメラを使って笑いながら写真を撮っているアルフィンやクリス達を見ると仕方がないと許してしまう気になる。

 

「護衛に関しては俺に任せてエリゼも楽しむといい」

 

「兄様は一緒に回らないのですか?」

 

「一緒には回るさ。でも俺までアトラクションを楽しんではいられないだろ」

 

「それは……」

 

 至極もっともな正論にエリゼはそれでも不満そうに黙り込む。

 

「いけませんわリィンさん」

 

 しかし、そのエリゼを助けるようにアルフィンが口を挟む。

 

「アルフィン殿下……」

 

「リィンさん、この場で殿下は禁止と言いましたよね?」

 

 笑顔で可愛らしく凄んで見せるアルフィンにリィンはこれは譲れないと言い返す。

 

「ならアルフィン。ミシュラムでは彼女と一緒に行動してもらってもいいかな?」

 

「彼女?」

 

「ルフィナさん」

 

 リィンがその名前を呼ぶと小さな人形が宙に音もなく現れる。

 

「……この子はいったい?」

 

「初めましてアルフィンさん。私のことはルフィナと呼んでください」

 

「しゃべった!? リィンさんこのお人形さんはいったい何ですか?」

 

「説明をすると長くなりますから、俺の力の一部だと思ってください……

 彼女と俺はある意味繋がっているので一緒にいてくれれば迷子になったとしても大丈夫ですよ」

 

「む……リィンさん、わたくしが迷子になると?」

 

「万が一です……俺もテーマパークなんて初めてですから、俺が迷子になった時の保険だと思ってください」

 

「分かりました。よろしくお願いしますルフィナさん」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 ルフィナはアルフィンに応えると彼女の肩に座る。

 

「兄様、大丈夫なんですか? その……」

 

「街中では出せないけど、テーマパーク内ならそこまで目立ちはしないだろ。それに優先するのはアルフィンの安全だからな」

 

「それはそうかもしれないですけど……」

 

「エリゼ?」

 

 不満そうに顔を曇らせるエリゼにリィンは首を傾げる。

 

「私は良いんですが、ミュゼにも何か目印になるものをつけていただけないでしょうか?」

 

「エリゼ先輩、それは私が迷子になると仰りたいのですか?」

 

「浮かれているという点では姫様も貴女も同じよ」

 

 ミュゼの抗議をエリゼはバッサリと切って捨てる。

 

「なくはないんだけど」

 

「良いんじゃないかしら? あの子にも私たち以外の人と接する機会を作って上げるべきなのだから」

 

「そうは言っても、あの子は人見知りだし、ある意味アルフィンやミュゼよりも世間知らずだろ」

 

「だからこそよ。あの子のペースに任せていたらそれこそ何年かかるか分からないでしょ?」

 

「それは確かに……」

 

 ルフィナのスパルタな物言いにリィンは納得して、彼女を呼ぶ。

 

「ノイ」

 

 その呼び声に応えるように桃色の髪の人形がリィンの前に現れる。

 が、すぐにリィンの背中に隠れてしまう。

 

「兄様、その子は?」

 

「ああ、ルフィナさんと同じ人形で名前は《ノイ》って呼ぶことにしたんだけど、どうにも人見知りでな……

 ほらノイ、みんなに挨拶をしなさい」

 

 隠れるノイを腕に乗せてみんなの前に差し出す。

 

「あう~…………ノイ……です……」

 

 嫌々ながらノイは名乗るがこの様子ではミュゼのお目付け役にはなりそうにない。

 《空》の方は今はアクセスしていないのか気配はない。

 

「仕方ない。ミュゼはこれを持っていてくれるか?」

 

 リィンはノイを肩に乗せ、代わりに《ARCUS》を差し出した。

 

「これには通信機が内蔵されている。クリスの番号は登録してあるからもしもはぐれたらそれに連絡してくれ」

 

「分かりました。お借りします」

 

「あ……みんな見えて来たぞ」

 

 リィンは正面を見ることを促す。

 港やホテルの背後に、ひときわ目立つ観覧車と大きな城が見えてきた。

 

 

 

 

 予約されていた二つの部屋に男女で別れて荷物を置いた一同は、そのままミシュラム・ワンダーランドに赴いた。

 入場口から入るとみっしぃの顔で彩られた花壇が彼らを出迎える。

 

「ここがミシュラム・ワンダーランドですか」

 

「凄いですね。こういった娯楽施設は帝国でも見た事ありません」

 

 アルフィンとミュゼが興味深そうに周囲を見回しながら呟く。

 

「二人とも珍しいのは分かるけど、くれぐれもはぐれないようにな」

 

「分かっていますリィンさん……あ、ミュゼあちらにみっしぃがいますよ」

 

「え……どこですかアルフィン先輩」

 

「二人とも、注意されたばかりなのに」

 

 駆け出して行く二人に肩を落として嘆くエリゼにリィンは笑ってフォローする。

 

「エリゼも一緒に行かないのか?

 多少ハメを外しても気にしなくて大丈夫だぞ」

 

「兄様……」

 

 見守る大人の雰囲気を醸し出すリィンにエリゼはため息を吐く。

 

「クルト、あれは何だろ?」

 

「クリス、頼むからあまり勝手に動かないでくれ」

 

 フラフラと勝手に歩き出すクリスをクルトは首根っこを掴んで引き留めていた。

 

「みししっ、楽しんでいってネ~~♪」

 

 みっしぃとの写真を撮ってから、一同は改めて話し合いを始める。

 

「流石に全部のアトラクションを一日で回るのは難しいから、どうするかな?」

 

「でしたらリィンさん、やはりここは代表的なものは確実に回っていくべきだと思います」

 

「代表的なものというとどんなものになるかな?」

 

 アルフィンの提案にクリスが首を捻る。

 

「それはやっぱり一番目立っているあの観覧車じゃないかしら?」

 

「確かに眺めは良さそうだね……でもうちの方が高いんじゃ――」

 

「何か言いましたかクリス君?」

 

「いえ……何でもありません」

 

 アルフィンに肘鉄を食らってクリスは呻きながら言葉を濁す。

 

「他には中央エリアのあの《お城》なんかもそうだと思います」

 

「《鏡の城》――このテーマパークのモニュメント的な場所だそうだ」

 

 ミュゼの提案にクルトがパンフレットを開いて読み上げる。

 

「《願いを叶える鏡》というものが最上階に置かれているらしくて、鐘を鳴らして鏡の前に立つと願いが叶うなんて言われているそうです」

 

「あら、それはロマンチックですね」

 

「他にもアトラクションではないですが、《占いの館》というものがあるそうですよ」

 

「ふーん、エリゼったら何を占ってもらうつもりなのかしら?」

 

「ひ、姫様……私は別に……」

 

 意地悪な笑みを浮かべて背中に抱き着いてきたアルフィンにエリゼは狼狽える。

 

「はは、それじゃあその三つを中心に歩いて、後は興味が出たら入るということで良いかな?」

 

 帝都で会った時も思ったが、中々楽しい学園生活を送っているのだとリィンは安心しながら一同を促した。

 

 

 

 

「ふふ、いらっしゃい……さあ、こちらの椅子にお座りなさい」

 

「は……はい」

 

 エキゾチックで神秘的な衣装を纏った占い師に促されてエリゼは緊張した面持ちで椅子に座る。

 が、一緒に入ったはずのリィンは呆然として立ち尽くしていた。

 

「兄様? どうかしましたか?」

 

「いや…………その……こんなところで何をしているんですかルシオラさん?」

 

「……え?」

 

「久しぶりね。リィン君」

 

「え……?」

 

 気安い返事にエリゼはもう一度首を傾げ、まじまじと占い師を凝視する。

 

「兄様、いつの間にこんなお綺麗な人とお知り合いになられたんですか?」

 

「し、知り合いというか、シェラザードさんのお姉さんだよ」

 

 エリゼからもれるプレッシャーに慄きながらリィンは答える。

 

「それからレン達と同じ結社の《執行者》の一人……

 アクシスピラーから落ちたって聞いてましたけど、やっぱり生きていたんですね」

 

「えっと…………結社の方がどうしてテーマパークで占い師なんてしているんですか?」

 

 エリゼは年明けにユミルに来ていた一団のことを思い出し、困惑しながら尋ねる。

 

「ふふ、ちょっとした副業よ」

 

「副業……いえ、ヴィータさんがオペラ歌手をしているのならありえないわけじゃないですよね」

 

「納得してもらえたのなら、早速占わせてもらっていいかしら? 順番待ちの人もいるからあまり話し込んでいられないのよ」

 

「あ……はい」

 

 リベールで会った時の《執行者》としての顔を知っているだけに、客足を気にするルシオラに激しい違和感を抱いてしまう。

 

「ふふ……では今回は何を占うのかしら?」

 

「えっと…………それじゃあエリゼは何か占いたい事はないか?」

 

「私が決めていいんですか?

 そうですね……でしたら私と兄様の――いえ、兄様の今後の学院生活について占っていただけますか?」

 

「え、エリゼ? 何も俺のことなんて……」

 

「兄様、リベールで行方不明になったことをもうお忘れになったんですか?」

 

「はい……すみません」

 

 エリゼに睨まれてリィンはすぐさま白旗を上げる。

 

「それじゃあリィン君の今後を占うということで良いのかしら? 相性占いも――」

 

「兄様の今後の運勢を占ってください」

 

 ルシオラの言葉に重ねてエリゼは強く催促する。

 

「ふふ……それでは…………」

 

 そんなエリゼを微笑ましい眼差しで見つめ、ルシオラが机の上の水晶球に手をかざす。

 水晶球はぼんやりとした光を放つ。

 

「あまり幸先の良い始まりを迎えることはできないようね……

 これまで積み重ねてきたものが誤解や過大評価と絡み合って縁を結ぶことの妨げとなるでしょう……

 ですが安心すると良いわ。その誤解も時間が解決してくれるわ。ただ……」

 

「ただ?」

 

 ルシオラの物言いに引きこまれるようにエリゼは身を乗り出して聞き返す。

 

「学院生活の先、因果の糸が切れたように私には見る事ができないわ」

 

「それってまさかっ!?」

 

「いえどちらかと言えばこれは因果が集中していると言った方が正しいでしょうね……

 そこから先は全てリィン君の選択次第で運命が大きく変わることになる。貴方はその時、世界の命運に関わる大いなる選択を迫られることになるでしょう」

 

 水晶球の光が収まり、ルシオラは顔を上げる。

 

「…………私に見えたのはここまでよ」

 

「大いなる選択か……」

 

「リィン……?」

 

 不安そうな声をもらすノイをリィンはあやす様に優しく撫でる。

 

「兄様……」

 

「大丈夫だよエリゼ」

 

「どうやら余計な心配を煽ってしまったようね……

 ただ占いはあくまで占いであって予言ではない……

 《運命》とは因果の下に常に移ろいてゆくものだから。今後のあなたの行動次第でいくらでも変わりうる……それを覚えておきなさい」

 

「はい……肝に銘じさせてもらいます」

 

 ルシオラの忠告をリィンは頭を下げて受け入れる。

 

「ところでシェラザードさんに生きていることは伝えたんですか?」

 

「それはあの子自身で確かめる問題だから余計なことは言わないでもらえるかしら」

 

 素っ気ない返答にリィンは肩を竦ませる。

 

「それから最後に一つ、貴方の選択の時……

 それを告げに来る者は《蛇》だった……まさかとは思うけど気を付けておいた方が良いと思うわ」

 

「《蛇》……まさか……」

 

 その言葉にリィンは《身喰らう蛇》よりも《蛇》のような男を連想してしまうのだった。

 

 

 

 

 

「これが《鏡の城》か……

 テーマパークの象徴って言うんだからてっきりみっしぃが出てくるのかと思ったけど、真面目な内装なんだな」

 

「あそこにあるプラネタリウムで、幻想的な雰囲気を作っているみたいですね」

 

 リィンの呟きにミュゼは頷く。

 

「グランセル城やバルフレイム宮とは違った雰囲気があるな」

 

「そうですね。現実のお城はどうしても実用性や即物的なもので価値を高めようとしますから、こういった光と影を彩ったお城なんて普通はありませんから」

 

「むう……リィンの《箱庭》の方がすごいのに……」

 

「あらノイさん、《箱庭》とは何ですか?」

 

「……《箱庭》はリィンがわたしのために作ってくれたお家なの」

 

「そうですか、それはきっと素敵なお家なんですね」

 

 怖がりながらもちゃんと答えてくれる妖精のような人形のかわいらしさにミュゼは微笑む。

 

「ここで話し込んでいたら追い付かれるから早速進もうか……

 ここには《願いを叶える鏡》ってものが置いてあるって話だったな」

 

「ええ、鐘を鳴らして鏡の前に立つと願いが叶うなんて言われているそうです……

 カップルやファミリー向けのアトラクションみたいですよ。やはりリィンさんはわたしなんかよりエリゼ先輩と一緒に来たかったですか?」

 

「はは、確かにいくらクルトやクリスが信頼できるとはいえ二人っきりにさせるのはちょっと兄として認め難いものがあるけどな……

 でも、クジで決めたんだから気にしなくて良いさ。それにわたしなんかなんて、卑下する必要はないよ」

 

「あ……別にそんなつもりで言ったわけでは――むむむ」

 

 からかおうと思った言葉が不発に終わりミュゼは眉を潜める。

 去年の終わりまで《氷の乙女》と呼ばれ敬遠されていたエリゼだが、三学期が始まると打って変わっていじり甲斐のある乙女となりアストライア女学院は騒然となった。

 その延長でリィンをいじろうとしたのだが、思わぬガードの固さと反撃の一手を隙なく打って来るリィンに調子を狂わされる。

 

 ――こうなったら強引に腕を組んで……

 

「それではお手をよろしいですかミュゼお嬢様」

 

「リ、リィンさん」

 

 紳士的な笑みを浮かべて差し出された手に攻勢に出ようとしていたミュゼは出鼻を挫かれて狼狽える。

 

「うう……」

 

 帝都で会った時は女性慣れしていない初心な印象があったのにこのわずか数ヶ月で見違える程に紳士力を上げていたことは想定外だった。

 

「よ……よろしくお願いします」

 

 結局、主導権を握る方法を思い付かずミュゼは顔を赤く染めて、リィンの手を取った。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「ここが《鏡の城》の最上階か……結構歩いたけど、大丈夫か?」

 

「ええ、お気遣いありがとうございます。リィンさん」

 

 多くのカップルや家族連れの観光客とすれ違い、時には追い越して辿り着いた最上階の中央には前情報の通りに鐘が設置されていた。

 

「あれが話にあった《鐘》か」

 

「鳴らすための紐が左右についていますね。なるほどカップルや家族向けの由縁ということですね」

 

「そうすると、あの奥の大きな鏡が《願いを叶える鏡》か」

 

「壁一面の鏡……ふふ、なんだか緊張して来ました」

 

「確かに改めて願掛けをするとなると気後れするな。少し休むかい?」

 

「いいえ、のんびりしていたらアルフィン先輩達に追い付かれてしまいますから、このまま行きましょう」

 

「分かった。それじゃあ俺が向こう側に回るよ」

 

「あ……」

 

 腕を外して離れたリィンにミュゼは思わず声をもらす。

 

「どうかしたか?」

 

「い、いえ……何でもありません」

 

 名残惜しいと思ってしまったことを誤魔化すようにミュゼは愛想笑いを浮かべて誤魔化し、足早に鐘の紐を手に取る。

 

「さ、さあリィンさん。わたしは準備万端ですよ」

 

「あ、ああ……」

 

 急かされる様にリィンも反対側の紐を取ると、興味深そうにノイが浮かぶと紐を両手で取る。

 

「ノイもやるのか?」

 

「ダメ?」

 

「いや構わないよ」

 

 優し気な眼差しでノイに向かって笑いかけるリィンにミュゼは思わず見入る。

 その眼差しはとても二つしか違わない少年がするとは思えない程に父性に満ちていた。

 

「ミュゼ?」

 

「…………何でもありません。それでは鳴らしましょう」

 

 ミュゼの号令でリィンとノイは鐘の紐を引く。

 

「……よし、次は奥の壁の前に行こう」

 

「はい、行ってみましょう」

 

 鐘の音が響く中、肩にノイを乗せたリィンとミュゼが大鏡の前に進み出る。

 

「それじゃあさっそく願い事をしてみるか……この鏡の前で願いを言えばいいのかな?」

 

「おそらく頭の中で思い浮かべるくらいでいいと思いますわ」

 

「そうか……それじゃあ」

 

 歪みのない鏡の前に立ち、リィンは目を伏せて願いを考える。

 そこまで何を願おうかと考えていたが、いざ鏡を前にして思い浮かんだのは銀髪の少女のことだった。

 

「…………」

 

 しばらくして、リィン達が鳴らした鐘の音が徐々に小さくなって、消える。

 

「こんなところか……」

 

「ええ、私も終わりました……ところでリィンさんは何をお願いしたんですか?」

 

「大したことじゃないよ。連絡がつかない女の子が元気で、病気になっていないようにお願いしただけだよ」

 

「あら……もしかしてリィンさんの恋人ですか?」

 

「残念だけど外れだ……あの子は俺にとって妹や娘に近い存在かな……そういうミュゼは何をお願いしたんだ?」

 

「わたしは……《世界平和》ですね」

 

「それはまた随分と大きな願いだな」

 

「ふふ……冗談です。本当のお願いは秘密です」

 

 唇に人差し指を当て、小悪魔的な笑みを浮かべてミュゼは答えをはぐらかした。

 

「さあ行きましょうリィンさん」

 

 そして追及を拒むようにミュゼはもう一度エスコートしてくださいと言わんばかりに手を差し出す。

 

「はは、分かったよ」

 

 リィンはそれを受け入れて、ミュゼの手を取って歩き出した。

 

「ミュゼ……」

 

「はい、何ですかリィンさん?」

 

 屈託のない笑顔でミュゼはリィンの呼びかけに応える。

 

「君が何を抱えているかは俺には読み取れないが、あまり一人で背負い込まない方が良いぞ」

 

「え……?」

 

「俺の勘違いかもしれないけど、君はレンと同じで普通とは少し違う《力》を持っているんじゃないか?

 だけど君の本質が《力》に見合った強さがあるとは思えない……

 君は自分が思っているよりもずっと普通の女の子だと俺は思うよ」

 

「…………突然、何を言っているんですかリィンさん?」

 

「心当たりがないならただの戯言だと思って聞き流してくれ」

 

 一方的にリィンは続ける。

 

「さっきミュゼが言っていた《世界平和》もその《力》があったからこそ出て来た本気の言葉だと俺には感じたんだ」

 

「それは……」

 

「会って大した時間を過ごしたわけじゃない俺に打ち明けられないことかもしれないけど、何かあればいつでも言ってくれ……

 エリゼの後輩だからとかは関係なく、一人の人間として君の力になることを約束するよ……

 だからあまり一人で背負いこまないことだ。世界の平和は君一人だけの問題じゃないんだから」

 

 そう言って、徐にリィンはミュゼの頭に手を伸ばして優しく撫でた。

 

「あ……」

 

 思わず漏らしてしまった言葉にミュゼは口元を押さえる。

 

「リィンさんは……ずるい人ですね」

 

「そうか? そんなことを言われたのは初めてなんだけどな」

 

「ずるい人です……まさかこんな形で《斬り込んで》来られるなんて思っていませんでした。それもこんなに早く」

 

 ミュゼはリィンの腕を放し、正面から向き合う。

 

「エリゼ先輩には申し訳ないですが、欲しくなっちゃいました……」

 

 ミュゼはそんなことを呟くと蠱惑的な上目遣いをしてリィンに擦り寄り、背伸びをして顔を近付ける。

 

「リィンさんのことを――リィンさんの心も魂も……」

 

「ミュ、ミュゼ……?」

 

 にじり寄るミュゼをリィンは思わず一歩後ずさるが、それに合わせてミュゼは一歩踏み込み、そして――

 

「――ミュゼ――」

 

 底冷えをする冷気を含んだ言葉にミュゼは固まった。

 

「何をしているのかしらミルディーヌ?」

 

 振り返るとそこにはエリゼが冷ややかな笑みを浮かべて立っていた。

 彼女と一緒に《城》に入ったクリスはその背後で顔を蒼くして震えている。

 

「え……エリゼ先輩これは……その……」

 

 リィンから身を放し、ミュゼは言い訳をしようと思考を巡らせるが下手な言い訳は詰むと《読み取り》、言葉を躊躇う。

 

「ちょっとお話しましょうかミルディーヌ?」

 

「…………はい」

 

 《氷の女王》の再来にミュゼは項垂れて、断罪を受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 日が落ちる頃になって、最後の締めの観覧車にリィンはアルフィンと一緒に乗っていた。

 

「ゴンドラがどんどん上がって行きますけど、なんだか緊張しますね」

 

「そうですね。リベールでは定期船に何度か乗っていますが、それとはまた違った感じがしますね」

 

 広がっていく景色を見回しながら、リィンはアルフィンの言葉に頷く。

 

「今日はありがとうございます、リィンさん」

 

「突然どうしたんだアルフィン?」

 

「ふふ、こんな風に周りの目を気にしないで遊んだことは初めてだったんです……

 本当なら協会のところでクレアさんを待つこともできたんじゃないですか?」

 

「レンがわざわざしてくれた気遣いを無碍にしたくなかったからですよ」

 

「でも、わたくしが言ったとはいえ、本当に普通の女の子として扱ってくれるとは思いませんでした」

 

「すまない。もしかして不快にさせてしまったか?」

 

「いいえ、そんなことはありません。むしろ嬉しかったくらいです……

 クルトさんはお忍びだって言っているのに、ずっと態度が固かったですから」

 

「まあ、皇女殿下が相手では誰だってそうなるのが普通だからな」

 

「でもリィンさんは自然体で接してくれてますよね?」

 

「俺を普通の基準にしない方が良いですよ」

 

 流石に公の場ではきちんと繕うが、どうにも皇族がオリビエという先入観があるせいで素直に敬うことができない。

 

「これもお兄様の薫陶なのかしら?」

 

「ある意味でそうだな」

 

「ふふふ……セドリックが急にトールズ士官学院に飛び級して入るなんて聞いた時には驚きましたけどリィンさんが一緒なら安心ですね……

 クルトさんと喧嘩をした時はどうなるかと思いましたが、仲直りできたようですし」

 

「……実はまだ仲直りはしてないんだよ」

 

「え……でも、さっき……」

 

「やっぱりアルフィンには分かってしまうんですかね。クリスがセドリックだということに」

 

「それはもう生まれた時からずっと一緒にいた姉弟ですから……

 でもその言い方ですと、もしかしてクルトさんはセドリックのことに気付いてないんですか?」

 

「ええ……クリスとの顔合わせの時に精神的に参っていたからそこでクリスとセドリックが別人だと刷り込んでしまったんだろうな」

 

 それにしてもこの一ヶ月のどこかで気付くと思っていたのだが、クルトは全く気付いた様子はない。

 自分の時のミュラーの心境が理解できてリィンは頭痛を感じる。

 

「…………それはとても良いタイミングで来れたみたいですね」

 

「……やっぱりオリビエさんの妹だな」

 

 神妙な顔をして嬉しそうに破顔するアルフィンにリィンはため息を吐く。

 

「ありがとうございます。でもちょっとリィンさんに嫉妬しているんですよ」

 

「俺に嫉妬?」

 

「エリゼはともかく、セドリックもミュゼもクルトさんもわたくしが見たことのない顔で笑うんですよ……

 わたくしの方がリィンさんよりもずっと長い仲なのに」

 

「……はは」

 

 不貞腐れたような顔で愚痴るアルフィンに思わずリィンは笑いをこぼす。

 

「何がおかしんですかリィンさん?」

 

「すまない、そんな風にアルフィンが拗ねるとは思っていなかったから。アルフィンもそんな顔ができるんだな」

 

「なっ!?」

 

 今まさに他の人に見せたことのない顔を見せていたと指摘され、アルフィンは言葉を失う。

 

「むう……」

 

 やり込められたと感じたのかアルフィンは顔を朱に染めながら頬を膨らませる。

 

「ふ……そろそろ頂上だな」

 

 非難の視線をあえてスルーしてリィンはゴンドラの外へと視線を移す。

 それに釣られてアルフィンも夕暮れに染まるエルム湖に目を向ける。

 

「夕焼けで湖が真っ赤に染まって……きれい……」

 

「良い時間帯に乗れたみたいだな。ほら、ノイも見てみると良い」

 

「ふあ……」

 

 見やすいように肩から腕に乗せ替えてあげるとノイは窓に張り付くように夕暮れに染まった景色に見入る。

 

「ふふ……リィンさんてそうしているとまるでお父さんみたいですね」

 

 そんな人形とリィンの姿を見てアルフィンは微笑む。

 

「改めて、今日は本当にありがとうございました」

 

「御礼なら後でレンに言って上げてもらえるかな」

 

「ええ、それはもちろん」

 

 リィンの申し出にアルフィンは頷き、少し考えてから口を開く。

 

「実はリィンさんに一つお願いがあるんですが」

 

「お願い? 俺にできることなら構わないけど」

 

「実は今年の七月の夏至祭の初日、帝都庁主催の園遊会に出席することになっているんですがダンスのパートナーを務めて頂きたいんです」

 

「そんな大役を俺が? こう言ってはなんですが男爵家の嫡男には分不相応じゃないのか?」

 

「ふふっ……御前試合であれだけの立ち回りを見せたリィンさんですから役者不足を心配する必要はないと思います……

 それにシュバルツァー家は皇族とも縁のある家柄、四大名門の誰かをパートナーにするよりも角が立たないと思いますし……

 あ……心に決めた方がいらっしゃったり、もうお付き合いされている方がいるなら遠慮なく断って頂いていいんですよ」

 

「はは……あいにくまだ失恋をしてそれ程時間が経ってないから、そんな相手はいないよ」

 

「あら、そうだったんですか? リィンさんが初恋……それはやっぱりエステルさんのことなんですか?」

 

「それについてはノーコメントだ……

 それでダンスのパートナーだけど、返事は保留でも構わないかな?

 まだ学院が始まってない段階では答えようがないから」

 

 興味津々に身を乗り出してくるアルフィンを宥め、リィンは話を元に戻す。

 

「はい。今は考えておいてくれるだけで構いません……それにしても意外ですね」

 

「意外……? 何がだ?」

 

「エリゼから聞いていたリィンさんの印象だと、ここで慌てふためいて断られるかと思ったんですけど」

 

「はは……ルーファス卿にそこら辺は注意されましたから」

 

「ふふ……そうでしたか。何でしたらわたくしとお付き合いしてみますか?」

 

「お戯れが過ぎますよアルフィン皇女殿下」

 

「あら、それでしたら事故物件というお話について、詳しく説明していただけますか?」

 

「うっ……」

 

 いつかオリビエに言ったことをこのタイミングで持ち出され、リィンは唸る。

 

「幸い、まだゴンドラが下に着くまで時間はあります……なのでゆっくり話してください、リィンさん」

 

 最後の最後でリィンは逃げ場のない狭いゴンドラで長い一時を経験するのであった。

 

 

 

 

 

 夕食を済ませ、各々がその日の最後の時間を自由に過ごす。

 リィンは以前から興味があったリゾートスパを堪能して一息吐いていた。

 

「導力技術を使った温浴施設か……温泉とは違った楽しみがあるな」

 

 余韻を感じつつ、改めて今日のセッティングをしてくれたレンに御礼をしなければいけないと考えながら、リィンは宛がわれた部屋の扉を開く。

 そこには双剣を前に並べ、正座をしてリィンの帰りをクルトが待ち構えていた。

 

「リィンさん……恥の上塗りと承知でお願いします……

 クロスベルを発つ前に、僕ともう一度仕合をしてもらえないでしょうか」

 

 そしてそのまま額を床に擦りつけるように土下座をした。

 

 

 

 






 いつかのトールズ士官学院IF

アリサ
「へえ……これがリィンの力の一端なんだ……よく分からないけど凄い所ね」

エマ
「異空間に自分の意のままに変容する仮想空間を構築……
 それで温泉を作るなんてなんて才能の無駄遣い……」

ラウラ
「そう言うなエマ……学生寮ではシャワーだけだったからありがたいではないか」

フィー
「ん……それに今はルフィナさんに管理権限を譲渡してくれているから覗きの心配もない」

ミリアム
「ねーねーみんな、こっちに温泉の説明が書いてある看板があるよ」

アリサ
「随分と凝っているわね。ユミルの湯か……リィンの故郷の温泉ね……
 あたしは子供の時に一度行ったことがあるのよ」

ラウラ
「こちらはリベールのエルモ温泉か」

フィー
「それにミシュラムのリゾート・スパもある。リィンって意外とマニアだったんだね」

ミリアム
「このエリンの薬湯って何処だろ? 帝国にそんな地名あったかな?」

エマ
「あ、それは私の故郷の温泉です……ああ、この匂い懐かしい――って、え?」


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