(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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17話 繋がる縁

 

 リィンがツァイスに来た翌日、早朝。

 ツァイス中央工房地下五階実験場。

 

「の……のう、本当にここまでしないといかんのか?」

 

 嬉々として実験の準備をしていたラッセル博士も流石に目の前の光景に引いていた。

 

「博士、これはやり過ぎではないんですか?」

 

「いや、わしもとりあえず話を聞いて手当たり次第に用意してみただけなんじゃが……まさか全部使うとは思わなかった」

 

「俺は構いませんよ。むしろ万が一を考えるならこれくらいは当然かと」

 

 鎖で身体の至る所を縛られ、両手を上に吊るされて足が付かないようにする。

 さらには身体の動きを抑制する導力魔法を重ねる。

 完全に身動きを取れない状況にさせたのはここには自分が暴走した時に止められる誰かがいないからだ。

 

「ま、まあリィン君が納得しているなら構わないんだけど……いやしかし……」

 

 とはいえリィンもこの状況の絵図はよくないと自覚している。

 まるで凶悪な犯罪者か、獰猛な獣にもでもなったかのような姿に苦笑するしかなかった。

 

 ――アルティナをティータちゃんに預けて正解だったな……

 

 この後の実験を考えれば、女の子達に見せられるようなことではない。

 

「リィン君。こちらの準備はオーケーじゃ。いつでも始めてくれ」

 

「分かりました。それでは……いきます」

 

 呼吸を整えて、リィンは最早慣れた集中をする。

 引き出すことはもう簡単にできる。後は意識を保つだけなのだが、それが一向にうまくいかない。

 いつもはギリギリまで理性を保つために理性と本能の境界線を狙って力を解放するのだが、今回はあえて箍を全開にして身を任せる。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 理性が溶けるように消えていく。

 身体を満たす全能感。そして何もかもを壊してしまいたい破壊衝動。

 理性の消えたリィンは視界にいるラッセル博士たちに向けて腕を振り、鎖によって動きを止められた。

 

「これは凄まじいの……」

 

 鎖が大きく音を立てる様を正面から見ていたラッセル博士はリィンの変化に驚く。

 

「があああああああっ!」

 

 理性のない凶暴な獣のように叫ぶリィン。

 礼儀正しく、理性的であった少年と同一人物とは思えない豹変だった。

 拘束している鎖が激しく揺らされる。

 

「ううむ……実に興味深い……」

 

 計器の針が振り切れるように激しく動く様にラッセル博士は興味深く観察する。

 

「は、博士大丈夫なんですか?」

 

「安心せい、特殊合金製の鎖じゃ。あれを生身で引きちぎれるはずが――」

 

 すっかり怯えた様子のマードックにラッセル博士は問題ないと応えようとして、バキンっと言う音に言葉を途切れさせた。

 

「ふむ……鎖の強度よりも留め金の方がいってしまったか。ははは、これはわしのミスじゃな」

 

「笑い事じゃないですよ博士っ!」

 

「慌てるでない。まだ片腕の拘束が外れただけじゃ。それにこんな時のためのこともちゃーんと考えておる。ポチッとな」

 

 ラッセル博士がスイッチを押すと、電撃のアーツが鎖に流され、その衝撃にリィンの身体が跳ねる。

 

「博士っ!?」

 

「おお、一発では気絶せんとは……それじゃあもう一発」

 

「ちょっ! いくらなんでもそれは――」

 

「安心せいっ! ちゃんとリィン君の許可は得ておる……

 むむむ。どうやら身体の耐性もかなり上がっておるようじゃな。ポチッと」

 

「いくらリィン君自身の許可があるからって、流石にやり過ぎですよ」

 

「じゃがここでリィン君の拘束が外れでもしたらわしらの命はないぞ」

 

「だ、だからって……」

 

「リィン君もリスクを承知の上でこの異能に向き合っておる。わしが逃げるわけにはいかんっ!」

 

「博士……」

 

 おどけた調子でスイッチを押しているが、ラッセル博士の目は真剣そのものだった。

 マードックからしてみれば、リィンの髪が白く染まり咆哮を上げた時点で腰が抜けてへたり込んでしまった。

 鎖に繋がれてなければ、それこそ泣き喚いて逃げ出してもおかしくない。

 同じものを感じているはずなのにラッセルは一歩も引かず、紙面に残せない計器の針の動きにまでその明晰な頭脳に記録していく。

 

「ええい。まだ治まらんか!? それならフルパワーの十連打をくらえぃっ!」

 

 

 

 

 

 

「いつつ……自分で頼んだとはいえ。無茶なことをしたな」

 

 目を覚ましたリィンは身体に走る痛みに顔をしかめた。

 

「ここは……医務室か……」

 

 身体を起こし、周囲を見回し薬品や医療機器が並ぶ棚とベッドを見て自分がどこにいるのか把握する。

 

「……アルティナ?」

 

 と、リィンが横になっていたベッドに突っ伏すように顔を伏せている銀色の頭にリィンは彼女の名前を呟く。

 

「ん……」

 

 その声に反応してアルティナは身じろぎをして目を開いた。

 

「おはよう、アルティナ」

 

 目があったリィンは苦笑して、いつものように声をかける。

 普段ならここで「んっ」と頷くのだが、アルティナはリィンの顔を見て数秒固まると、手を伸ばしてリィンの頬を叩いた。

 

「あ……アルティナ?」

 

「う~」

 

 アルティナは唸って何度もリィンの頬をペシペシと叩く。

 

「あ、アルティナ?」

 

 痛くはないのだが、普段ぼうっとしていることが多い彼女には珍しい行動にリィンは驚く。

 

「ちょ、やめ……何するんだ?」

 

 しつこく叩き続けるアルティナの手を掴んで止める。と――

 

「がぶっ!」

 

「いっ!?」

 

 その手にアルティナは噛み付いた。

 

「ちょ、アルティナッ! やめ――」

 

「おお! リィン君、起きた様じゃな」

 

 堪らず声を上げると、騒ぎを聞きつけたのかラッセル博士が部屋に入って来た。

 それまで頬や頭を叩き、噛み付き、髪を引っ張るなどしていたアルティナはラッセル博士の登場にビクリと反応したかと思うと、ラッセル博士とリィンの間に立つ。

 

「アルティナ、何をやってるんだ!?」

 

 さらには戦術オーブメントを身構えるので、リィンは慌てて彼女を後ろから羽交い絞めにする。

 

「ふむ……嫌われてしまったみたいじゃの」

 

「すいません。ラッセル博士」

 

「いや、別に構わんよ」

 

 ラッセル博士はそのままリィンのベッドを迂回して、離れた場所の椅子に腰掛ける。

 

「実験は御苦労じゃったな……一応は治癒術をかけてもらったが、違和感があるようじゃったら後で先生に言うように」

 

「はい。それより実験の結果はどうだったんですか?」

 

「そう結論を急ぐでない。まずはこれを渡しておこうかの」

 

「戦術オーブメントですか?」

 

 差し出されたのは戦術オーブメント。

 だが、すかさずアルティナがリィンとラッセル博士の間に割り込む。

 ラッセル博士はアルティナにそれを渡し、彼女を経由してリィンはそれを受け取った。

 

「それはエプスタイン財団から試供品として送られてきた七スロットの新型オーブメントじゃ……

 ま、そのスロットの内の一つを改造させてもらったがの」

 

 見てみると中央のスロットが他と比べて一回り大きくなっていた。

 

「そのスロットに入れるクォーツはまだできておらんが、アルティナちゃんのものを参考にしてリィン君の鬼の力を落とし込んだクォーツをセットできるようにするつもりじゃ」

 

「鬼の力を!? 何か分かったんですか?」

 

「うむ、あの力は君の心臓を起点に発現している……

 その時のリィン君の体内の七曜の力の流れは異常な活性化をしておる。とくに火の力が強かったの」

 

「そ、それで?」

 

「今、現状で分かっておることはここまでじゃ……

 これ以上は同じ実験を何度か繰り返してデータを増やさんとなんとも言えん」

 

「それなら今すぐ――いたっ!? ちょ、アルティナ髪を引っ張らないで」

 

 ラッセル博士の言葉に勇んだリィンだったが、アルティナが再び頭を叩きさらには髪を引っ張る。

 

「落ち着かんか。流石のわしもあの実験を何度も行う気にはなれんよ」

 

「でも、それじゃあ……」

 

 ジタバタと暴れるアルティナを抱き締めるように押さえつけて、なんとか話を続ける。

 

「じゃからそれじゃよ」

 

 ラッセル博士はリィンに渡した戦術オーブメントを指す。

 

「その戦術オーブメントにはスロットの改造の他にもう一つ機能を追加しておる……

 まあただの記録用のクォーツを内部に増設しただけじゃがな」

 

「記録用のクォーツ?」

 

「そうじゃ、普段のリィン君の生体情報を戦術オーブメントを介して記録する……

 加えて鬼の力のクォーツの変化なども記録するためのものじゃ……その記録を元に研究しようと思っておる」

 

「そうですか……それはありがたいです」

 

 正直に言えば、リィンも身を守る力がない民間人の前で鬼の力を何度も引き出したくはないので安堵する。

 

「今後の方針としては鬼の力のクォーツを繋ぎとして、戦術オーブメントに抑制機構を造ることができればおそらく鬼の力はある程度までは抑え込めるじゃろ」

 

 リィンは戦術オーブメントに視線を落として黙り込む。

 

「何じゃ? 浮かない顔をして、何か懸念があるのなら言うといい」

 

「いえ……嬉しいことは嬉しいんですけど……」

 

 今まで何一つ分かっていなかった力の正体を少しでも分かりたいと思って言い出したことなのだが、結果はリィンの予想を遥かに超えるものだった。

 ラッセル博士の報告はリィンが何よりも望んでいたはずのことなのに、今胸に感じているのは空虚な気持ちだった。

 

「俺から頼んでおいて、こんなことを言うのは失礼だと思うんですが……

 こんな簡単に対処法の可能性が見つかるなら、俺が今までしてきたことは何だったのかなって思って」

 

 厳しい剣の修行。悩み苦しみ家を出てリベールに来た事。

 そして、リィンを信じて鬼の力を克服するために支えてくれている人たち。

 それらが何だったのかと思うくらいにあっさりと、まるで全てが無駄だったと思うくらいに。

 

「一応言っておくが、ルーレのラインフォルトやシュミットを訪ねてもおそらくは何も分からんかったじゃろ」

 

「え……でも……」

 

「シュミットの専攻は主に機械工学の分野じゃからな、ラインフォルトも今は兵器開発に力を入れておる……

 それになんと言ってもツァイスにはとっておきの秘密兵器があるからの」

 

「秘密兵器?」

 

「そう! 中央工房が誇る世界最高峰の導力演算器『カペル』。そしてこの『わし』……

 二つの頭脳があったからこそ、リィン君の鬼の力をクォーツに落とし込めたんじゃ。シュミットの奴には到底真似できないじゃろうて」

 

 わははっと声を上げてラッセル博士は笑うが、すぐにそれを引っ込めて真剣な眼差しでリィンを見据える。

 

「リィン君、こう思うことはできないかね?

 異能という苦しみを隠すことなくわしに相談することができたのは、ちゃんと君が鬼の力と向き合うことができているから……

 それはリィン君の剣の修行、ひいては君をこれまで支え、見守ってくれていた両親や友人達のおかげじゃ……

 その全てが『縁』となって君とわしを繋いだ。じゃから、君のこれまでの行動に何一つ無駄だと恥じるものはない」

 

 ラッセル博士は真面目な顔を一変して、おどけて見せる。

 

「それに偉そうに言っておるが、まだ鬼の力を封じるオーブメントを造れると断言することはできんしの、はははっ!」

 

 ラッセル博士の言葉に、リィンは胸につっかえていた何かが抜けたようだった。

 

「ラッセル博士……」

 

 尊敬を言葉に乗せてリィンはその名前を呼ぶ。

 

「ん……何じゃ?」

 

「ありがとうございます。それから、よろしくお願いします」

 

「うむ、任されたわい」

 

 

 

 

 かけられた治癒術がよかったのか、それともそこまで身体にダメージが入ってなかったのか。

 身体の節々が痛みはするものの、動くことには全く支障がないので診察を終えたリィンは医務室を後にした。

 

「クォーツは夕方までにはできるじゃろう。それまで街を観光してくるといい」

 

 ラッセル博士はそう言い残してスキップして医務室を出て行った。

 が、リィンの今の悩みはどうやってそれまで時間を潰そうかではなく、不機嫌なアルティナのご機嫌を取る方法だった。

 

「あーアルティナ……」

 

 呼びかけるが、アルティナは無反応。

 いつもなら返事はしなくても、呼べば必ず顔を向けてくるのに全くこちらを向く気配はない。

 

「その……ごめんな……心配かけたみたいで」

 

 やはりアルティナからの返事はない。

 顔を見ようと回り込むと、ぷいっと在らぬ方向を向いて逸らされる。

 

 ――自業自得なんだけど、なんだか胸が痛いな……

 

 冷ややかなアルティナの態度にわりと深刻なダメージを自覚するリィンは考える。

 

「ボースに戻ったら、アルティナの好きなパンケーキを作って上げるから許してくれ」

 

 その言葉にぴくりとアルティナは反応した。

 

 ―― 一気に畳み掛ける……

 

「アイスも乗せてあげるぞ。それも二種類」

 

 アルティナは振り返り、じっとリィンを見る。その眼差しにリィンは苦笑する。

 

「リンゴのうさぎさんもつけるから」

 

「ん……」

 

 アルティナは一つ頷き、リィンの手を取った。

 その姿にリィンは改めて苦笑する。

 初めて会った時はそれこそ人形のようだったが、随分と変わった。

 未だにアルティナの声は聞けていないし、笑った顔も見たことはない。

 それでもこんな風に怒ったり、喜んだりという感情が行動で見れると嬉しくなる。

 

「さて、それじゃあ夕方まで――あ……しまった」

 

 今日の便でボースへ帰るつもりだったが、時間を考えると定期船には間に合わない。

 一応、昨日の時点で自分の実験を行うことは話していたのだが、そこまで時間がかかるとは思っていなかった。

 

「この間給料はもらったから二人分の宿泊費はなんとかなるけど……アネラスさん達へのお土産を買う余裕がなくなるな……」

 

 財布の中を確認してリィンは唸るが、致し方ないと割り切る。

 

「とりあえず、ギルドに戻ってキリカさんに報告しに行こうか」

 

「ん」

 

 リィンの言葉にアルティナはいつものように頷く。

 エレベーターが一階に着き、扉が開く。

 

「急がなくちゃ、急がなくちゃ」

 

「え……?」

 

 自分達が降りるよりも先に小さな女の子が飛び込んできて、彼女が担いでいた脚立の角が無防備なリィンの腹に食い込んだ。

 

「ごふっ!?」

 

「あ……リィンさん。ごめんなさいっ!」

 

「い、いや……大丈夫だ……ティータちゃん……」

 

 たたらを踏んでリィンは腹を押さえる。

 

「それよりどうしたんだい、そんなに慌てて……それにその大荷物は?」

 

 肩に小さな脚立を担ぎ、腰には大きな工具鞄。それに小型の導力砲を肩から吊るしている。

 前の二つはともかく、導力砲なんて場違いな装備にリィンは顔をしかめる。

 

「えっと……実はさっきデータベースで整備不良の導力灯がそのまま設置されちゃったのを見つけて、それを直しに行く所なんです」

 

「導力灯を? ということは街道に出るつもりなのか、一人で?」

 

「はい。みんな忙しそうなので……大丈夫です。導力灯の修理くらいわたしでもできます」

 

「いや、そうじゃなくて一人だと危ないんじゃないかな?」

 

「だ、大丈夫です。導力灯には魔獣避けの効果もありますから」

 

「でも、その導力灯が壊れているんだよね?」

 

「それは……そうなんですけど……でも……」

 

 あうあうと口ごもるティータにリィンは苦笑する。

 

「それなら俺と一緒に行かないか?」

 

「え……?」

 

「これでも腕には自信があるんだ。ティータちゃんの護衛をさせてもらえないかな?」

 

「で、でも……」

 

「遠慮なんかしなくていいよ……

 むしろ君のような子を一人で行かせたら、俺の姉みたいな人に後で怒られちゃうからね」

 

 アネラスにこのことを報告すれば、見過ごしたことを二重の意味で烈火の如く怒られるだろう。

 それを想像してリィンは身震いする。

 

「それじゃあ……お願いします」

 

 恐縮しながら頭を下げるティータ。リィンは了承を得られたことにほっとして――

 

「それじゃあアルティナをギルドに預けてくるから少し――」

 

 言葉の途中で服を引かれてリィンはアルティナを見る。

 

「えっと……アルティナ……これから俺はティータちゃんと一緒に導力灯を直しに行くからギルドでお留守番していてくれるか?」

 

 フルフルとアルティナは首を横に振って、掴んだ服の裾をもう一度引っ張る。

 

「ついてくるのか?」

 

「んっ」

 

 強く頷くアルティナにリィンはどうしようかと困る。

 ティータを一人で行かせるのは論外だし、かといってアルティナを強引にギルドに残せば先程のように拗ねてしまうだろう。

 

「仕方がない……ちゃんと言うこと聞くんだぞ?」

 

「んっ」

 

 リィンの言葉にアルティナは頷く。

 魔獣が出る街道とはいえ、魔獣避けの導力灯が働いている場所なのだからそこから外れない限りは安全だろう。

 そう無理矢理自分に言い聞かせてリィンは納得する。

 

「それじゃあ案内してくれるかな?」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

「ここがツァイス地方とルーアン地方を繋ぐカルデア隧道です」

 

 そのままエレベーターに乗ると一階からさらに下へ降りる感覚の末に辿り着いたのはそこだった。

 

「街道とは聞いていたけどまさか地下道だったなんてな……それにしてもすごいな」

 

 導力灯だけで照らされた薄暗い洞窟。

 地面は綺麗に舗装され、壁も所々補強されている。

 天井がある点では建物の中と変わらないはずなのに、妙な圧迫感を感じる。

 アルティナも物珍しげに周囲を見回している。

 

「それにしても街道にしては、あまり整備が行き届いてないみたいだな」

 

「今は定期飛行船が普及しているので、わざわざ地下道を歩く人はあまりいないんです」

 

「それもそうか」

 

 魔獣避けの導力灯があるからと言って、この長そうな地下道を歩くのは一苦労だろう。

 ボースからロレントやルーアンへ行くのも険しい山道を越えなければいけないので、街道はあっても人通りは少ないのと同じ理由だろう。

 

「あ、その別れ道は左です」

 

「こっちの道はどこに繋がっているんだい?」

 

「そちらは外ではなく鍾乳洞に続いています。この街道から追い立てられた魔獣たちがたくさんいるから危険なんです」

 

 なるほどと頷きながら、そのまま歩く。

 ティータは終始楽しそうにいろいろなことを話してくれる。

 その話題のほとんどがオーブメントのことばかり。

 本当にオーブメントが好きなんだなと、リィンは相槌を打ちながらそんなことを考えていると――

 

「あ……」

 

 何かに気が付いたティータが突然駆け出した。

 

「あ、おい……」

 

「も、もうこんなに集まって来ちゃうなんて~」

 

 一足早くそこに駆けつけたティータは不規則に点滅する導力灯に近付いては離れるを繰り返す魔獣の姿に弱気な声をもらす。

 

「魔獣か……」

 

 そこにいたのはワーム型の魔獣だった。

 チカチカと点滅する導力灯に群がる魔獣。自分の出番だとリィンはティータから預かった荷物を降ろす。

 

「このままじゃ壊されちゃう……こ、こうなったら……」

 

 ティータは導力砲を構える。

 

「え、ちょっとティータちゃん?」

 

「方向ヨシ、仰角20度……導力充填率30%……いっけええっ!」

 

「あ、待――」

 

 制止の声は発射された砲弾の音に掻き消される。そしてその砲弾は群がる魔獣の近くに落ちた。

 

「そ、それ以上近付いたら今度は当てちゃうんだから! ほ、本当に、本気なんだからっ!」

 

「何やってるんだ君はっ!?」

 

「わわっ!?」

 

 導力砲を威嚇するように構えるティータの首根っこを掴み、背後にやる。

 前に出たリィンは太刀を抜くと共に飛びかかってきた魔獣を切り払う。

 仲間をやられたことに怯まず、導力砲の一撃で気を立てた魔獣たちは一斉にリィンに襲い掛かった。

 

 ――数が多い……

 

 魔獣自体の強さはそこまでではない。

 地下道と言っても、街と街を繋ぐ街道だったこともあり太刀を振る広さは十分にある。

 問題があるとすれば魔獣の数が多いことだろう。

 それでも時間はかかるかもしれないが鬼の力を使うまでもなく対処は可能だろう。

 と、一体の魔獣を斬り払ったところで背後に力の気配を感じた。

 横目でそれを確認すると、戦術オーブメントを構えたアルティナがいた。

 脳裏に浮かび上がるのは的の丸太を消滅させた高位アーツ。

 あれがもしこんな地下道で撃たれたらどうなるか、想像するのは容易い。

 

「やめろ、アルティナッ!」

 

 咄嗟にリィンが叫ぶと、アルティナはびくりっと肩を震わせて駆動を中断した。

 が、振り返って叫んだリィンは迫る魔獣に反応が遅れた。

 

「っ……」

 

 太刀では間に合わない。

 そう判断してリィンは左手に拳を握り込み――

 

「うりゃあああああっ!」

 

 眼前に飛びかかってきた魔獣は背後からの一撃に弾き飛ばされた。

 

「えっ……エステルさんっ!?」

 

 突然の援軍は見知った少女だった。

 

「ってリィン君!? 何でこんなところに!?」

 

「エステル、話は後。とりあえずこいつらを追い払おう!」

 

 次いで現れたヨシュアが双剣を構える。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「お久しぶりです。エステルさん、ヨシュアさん」

 

 最後の魔獣を倒し、周囲の安全も確認してからリィンは二人に向き直る。

 

「うん。久しぶり。それにしてもどうしてリィン君がここに?」

 

「実は――」

 

 リィンはツァイスに来た経緯と、ティータがここに一人で来ようとしていたことを話す。

 

「なるほど、遊撃士としてはリィン君の行動もあまり褒められたものじゃないけど、確かに放っておくわけには行かない状況だね」

 

「ええ、本当に来てよかったですよ」

 

 魔獣に導力砲を撃ち込んで挑発したティータを思い出してリィンはしみじみと頷く。

 もしかしたらエステルたちとすれ違っていたかもしれないのだから、無事で済んだかもしれないがそれは憶測でしかない。

 この場合、たったの数秒のズレがあるだけで悲劇は簡単に起こる。

 

「ティータちゃんだっけ? あまり感心しないわよ魔獣を挑発するなんて」

 

「でもでも早くしないと照明が壊されちゃうと思って」

 

 エステルに怒られているティータはしゅんと頭を下げて落ち込んでいた。

 

「エステルさんの言うとおりだよ。導力灯は壊れたって新しくすることはできるけど、ティータちゃんが怪我をしたらたくさんの人が悲しむんだよ」

 

「あう~ごめんなさい」

 

 肩をしょんぼりとさせて落ち込むティータにリィンは苦笑して帽子ごと彼女の頭を撫でる。

 

「今回は無事に済んだからお説教はこれで終わり、アルティナも援護しようとしてくれてありがとうな」

 

「ん」

 

 ティータと同じ様に怒られるとでも思っていたのか、距離を取っていたアルティナはリィンの言葉に頷いて近付いてくる。

 

「その子がカルナさんが言っていたアルティナちゃんか……あたしはエステル。よろしくね」

 

 エステルは無造作にアルティナの頭に手を差し出して――空を切った。

 手が頭に触れる直前にアルティナが一歩引いてエステルの手をかわしていた。

 

「むむむ……」

 

 手を伸ばす。かわす。手を伸ばす。かわす。

 

「何をやってるんだか……」

 

「あはは……」

 

 そんなエステルにヨシュアが呆れ、どこかで見たことのある光景にリィンは苦笑する。

 

「とりあえず、早く導力灯を直しちゃおうか?」

 

「は、はいっ!」

 

 リィンの言葉にティータが大きな声で頷いた。

 

 

 

 


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