(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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23話 王都グランセル

 

 遊撃士協会グランセル支部。

 

「ええっ!?」

 

 ギルドにアネラスの悲鳴が響き渡った。

 

「武術大会が個人戦から団体戦になったって本当ですか!?」

 

「ええ、先日急なルール変更がありまして」

 

 アネラスの驚きに、グランセル支部の受付を担当しているエルナンが答える。

 

「なので、できればアネラスさんにはクルツさんのチームに入ってもらいたいんです」

 

「私がクルツ先輩のチームにですか?」

 

「アネラスさんも知っているとは思いますが、武術大会には毎年、仕事の一環として誰かに出場してもらっています」

 

「私が準遊撃士の時はアガット先輩が出場してましたよね」

 

「ええ……これは普段、民間人が目にすることがない遊撃士の戦闘力を公の場で見せることが目的です……

 そうすることで凶悪な魔獣に対して遊撃士が頼りになる存在だと宣伝することにも繋がります……

 今年はクルツさんに出場してもらう予定でした。そしてアネラスさんはギルドとは別に個人での出場でしたよね?」

 

「はい。腕試しが目的で……」

 

「ですが、先程説明したとおり、今年の武術大会は四対四のチーム戦になってしまいました……

 もちろんアネラスさんが別チームとして出場したいと言うならそれを尊重します」

 

「そうですか……ちなみにクルツ先輩以外の人は決まっているんですか?」

 

「ええ、ボース支部からグラッツさん。ルーアン支部からカルナさんの二人が承諾してくれました」

 

「うう、二人ともベテランじゃないですか。シェラザード先輩やアガット先輩じゃダメなんですか?」

 

「シェラザードさんにも声を掛けましたが、彼女は調べたいことがあると断られました……

 その時にシェラザードさんから貴女が推薦されたわけですから、自信を持って良いですよ。それとアガットさんは今何処にいるか分からないんですよ……

 それに……」

 

「それに……?」

 

「近頃リベールの各地で起きているテロ行為の中で遊撃士を装って活動している者がいたらしく……

 他の地方からの遊撃士の移動には厳しい審査体勢が軍によって敷かれています……

 ここでアネラスさんに断られると、場合によっては三人で出場してもらうことになります」

 

「そ、それならサラさんはどうですか? 帝国の遊撃士ですけどA級遊撃士ですよ」

 

「あたし? まあ……リィン君の件が終わったら出てもいいけど……

 でも、それってリベールの遊撃士だけで固めた方がいいんじゃないかしら?」

 

 突然話を振られたサラは慌てることなく、そう聞き返す。

 

「ええ、サラさんの仰るとおりです。できればリベール遊撃士でまとまってほしいですね」

 

「あうあう……」

 

 退路を塞がれてアネラスは呻く。

 

「そんなに嫌なんですか?」

 

 そんなアネラスを見かねて、黙って成り行きを見守っていたリィンは口を挟んだ。

 

「嫌って言うか……みんなベテランだし……足手まといになっちゃいそうだし……」

 

「そんなことはありませんよ。クルツさんの実力は知りませんけど、アネラスさんならグラッツさんとカルナさんの二人に見劣りしません。自信を持ってください」

 

「そ、そう?」

 

 リィンの真っ直ぐな賞賛の言葉にアネラスは照れたように頭をかく。

 

「それに未熟だと思うなら、それこそ先輩達と一緒に戦うことも良い経験になるんじゃないかしら?」

 

 そしてサラが畳み掛けるように説得の言葉を重ねる。

 それに一理あると、少し悩んでからエルナンに答えた。

 

「分かりました。不肖、アネラス・エルフィード。クルツ先輩のチームで武術大会に参加させてもらいます」

 

「ありがとうございます」

 

「ところでそのクルツ先輩は何処ですか?」

 

「クルツさんは今、街道に手配魔獣の討伐に行ってもらっています……

 グラッツさんとカルナさんもまだ到着していませんから、それまでリィン君たちに王都を案内してはどうですか?」

 

「いいんですか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 にこやかに頷くエルナンにアネラスはやったーと歓声を上げた。

 

 

 

 王都グランセル。

 リベール王国の首都であり、王国最大規模の街。

 街の中央の大通りの先には女王陛下が住んでいるグランセル城。

 西地区には七耀教会の大聖堂、東地区には武術大会が行われるグランアリーナが存在している。

 街は女王生誕祭一色で彩られ、王都民だけではなく様々な観光客で賑わっていた。

 そして、リィン達は東地区にある大型百貨店に来ていた。

 

「弟君、弟君っ!」

 

「どうしたんですかアネラスさん、そんな興奮して?」

 

「えへへ……じゃーん」

 

 勿体つけてからアネラスが差し出したのは――

 

「ネコの耳のカチューシャと尻尾がついたベルトですか?」

 

 商品名『にゃんにゃんセット』

 一見すればただのアクセサリーだが、戦術オーブメントの技術を応用したオーブメント。

 使用者とリンクし、感情の動きを読み取ることで耳やしっぽを動かす機能を持つ。

 ZCFのアルバート・ラッセル博士の最新作。

 

「何を造っているんですかね、あの博士は?」

 

 遊び心しかない発明品にリィンは遠い目をする。

 

「まあまあ、弟君。これこそが今アルティナちゃんに必要なオーブメントだと思わない?」

 

「え……ああ、なるほど」

 

 アネラスの指摘にリィンは理解する。

 言葉を喋れない。そして無表情なアルティナにそれを装着すれば感情の動きは確かに分かるかもしれない。

 

「というわけだから、アルティナちゃん。ちょっとこれを付けてみて」

 

「んん」

 

 鼻息を荒くして迫るアネラスにアルティナは首を横に振って、リィンの背中に隠れる。

 

「ああ、逃げないでアルティナちゃん。大丈夫怖くないよー」

 

「何やってるんですか……」

 

 完全に不審者になっているアネラスにリィンは呆れる。

 

「アネラスさん、嫌がってるみたいですからそれ以上はやめてください」

 

 リィンはアルティナを庇いながらアネラスを諌める。

 

「まあ、今のアネラスはちょっと危なかったわね」

 

「だが、アネラス君の気持ちも分かるな。ネコ耳をつけたアルティナ君は一見の価値があるだろうね」

 

 そんな姿にサラとオリビエも苦笑する。

 

「うう……絶対にかわいいのに……ネコ耳のアルティナちゃん……はぁ……」

 

 がっくりとアネラスは肩を落とす。

 

「ふふ……」

 

「あ……すいません。騒がしくて」

 

 すぐ近くから聞こえてきた小さな笑い声にリィンは謝る。

 

「ああ、いや失礼。そこの女性があまりにも的外れなこと言っているもので笑ってしまったよ」

 

「え……それってどういうことかな?」

 

 むっと顔をしかめてアネラスはその少女を睨む。

 歳はリィンと同じ位か少し上だろうか。

 右目の下に泣きぼくろが特徴的な麗人。

 格好は動き易い男物のそれだが、そんな服装であっても女性らしさは損なっていない。

 そして何よりも立っているだけで貴賓を感じさせる育ちの良さがそこにあった。

 

「アルティナちゃんにネコ耳が似合わないって言うの?」

 

「いや、そうは言わないよ」

 

 喧嘩腰に身構えるアネラスに少女は堂々と言い切った。

 

「確かに『にゃんにゃんセット』は似合うだろう……

 だが、あえて私は言おう! その子に似合うのはこっちの『わんわんセット』だとっ!」

 

 そう宣言して差し出したのはイヌの耳としっぽのオーブメントだった。

 だが、自信満々な彼女にアネラスは怯むことなく言い返す。

 

「ふ……分かってないな。アルティナちゃんは気安く触らせてくれない孤高のネコちゃんなんだよ」

 

「ふ……それは君に対してだけではないかな? 私にはそこの少年の後ろを尻尾を振りながら追い駆けるかわいいワンコな彼女が見えているよ」

 

「くっ……でも、アルティナちゃんは弟君にもべたべたしたりしないよ……

 こういつもすぐ近くにいるけど、自分からじゃれつこうとしない。でもいつも手の届く場所にいて構ってくれるのをじっと待っている姿はまさしくかわいいネコちゃん」

 

「むむ……」

 

 少女の物言いに怯んだかと思えば、今度はアネラスが少女を怯ませる。

 そして、無言で睨み合うアネラスと少女。

 二人の思考は全く同じことを考えていた。

 

 ――この子、できる……

 

 ――この人、できる……

 

「変な人……ああ、帝国人か……」

 

 もはや尋ねるまでもなくその結論に達したリィンは空を仰ぐ。

 

「ふ……二人ともまだまだ青いな」

 

 そして、そんな会話を目の前でされてオリビエが黙っていられるはずがなかった。

 

「アルティナ君に似合うのは、ずばりっ! この『ブラックバニーセット』っ!

 そしてジェニス王立学園指定のスクール水着と合わせる事でかわいさといけない背徳感を合わせた究極の美が完成される!」

 

 オリビエの意見に二人は雷に打たれたかのような衝撃を受け、その場に膝を着いた。

 

「やっちゃいけないと分かっているのに……でも確かにかわいいっ!」

 

「負けた……まさか私でさえも躊躇うことを平然とやってのけるなんて」

 

「ははは……二人ともまだ若いながらもその一片の曇りもない純粋な情熱はあっぱれだよ……

 だが、本当のかわいさというものはほんの少しのエロスがあってこそ完成する境地。精進したまえ」

 

「…………サラさん……」

 

「…………何かしらリィン君?」

 

「あっちの女の人のことを頼めますか? 俺はアネラスさんとオリビエさんをやりますから」

 

「ええ、任せなさい」

 

 何を頼むのかも聞かずにサラは心得たと頷く。

 素早く分担を決めたリィンは拳を鳴らし、未だに熱弁を奮う三人に近付いた。

 

 

 

 

 往来にも関わらず正座させられた三人と彼女達を説教する子供連れの少年と遊撃士は非常に目立って人の目を引いていた。

 そんな好奇の視線の中に、彼を観察する視線が一つだけ存在していた。

 

「あれが《西風の旅団》を退けたゆうリィン・シュバルツァーか……さて、どうしたもんやろな……」

 

 一見すればどこにでもいる普通の少年にしか見えない。

 だが、もし本当に彼が自分と同じものを持っているかと思うと、暗い感情が胸に渦巻く。

 

 ――どうして、あんなものを持っているくせにそんな風に、普通の子供のように振舞っていられる?

 

「……は……馬鹿馬鹿しい」

 

 頭に過ぎった暗い思考を青年は笑い飛ばして仕事に専念する。

 

「できれば声を掛ける前に本当に《力》があるのか確認しときたいんやけど……」

 

 どうしたものかと青年は悩んでいると横から声をかけられた。

 

「おうっ! そこのネギ頭の兄ちゃん、焼き立てのパンはどうだい?」

 

「誰がネギ頭やっ!!」

 

 

 

 

「ふふ、見苦しい姿を見せてしまったね」

 

 エーデル百貨店の隣に位置する休憩所に場所を移し、リィン達は先程の少女と改めて向き合う。

 

「天使のように可愛らしい子を見かけてつい、声をかけたくなってしまってね」

 

「分かる。分かるよその気持ち」

 

 悪びれた様子もない少女にアネラスは何度も頷く。そして――

 

「かわいいはっ!」

 

「正義っ!」

 

 ぐっと二人は熱い握手を交わした。

 そんな二人をリィンは冷めた目で見て、少女に話しかける。

 

「それで、貴女は帝国人の誰なんですか?」

 

「おや? よく私が帝国人だと分かったね」

 

「それはもう……」

 

 できれば否定して欲しかったのだが、肯定されてリィンはがっくりと肩を落とす。

 そんなリィンに首を傾げながら少女は名乗る。

 

「私はアンゼリカ・ログナー。エレボニア帝国からの旅行者さ」

 

「ログナーって、まさか四大名門の!?」

 

 予想外の名前にリィンは驚く。

 

「おや、もしかして君も同郷だったかな?」

 

「ええ、俺はリィン・シュバルツァー。温泉郷ユミルを治めるシュバルツァー男爵家の長男です……

 ログナー侯爵の御息女だと知らず、とんだ無礼を」

 

「謝らなくていいよリィン君。あれは確かに私に非があったし、むしろ畏まった態度はやめてもらいたいな」

 

「それは……善処します」

 

「それにしてもシュバルツァー男爵の長男……すると君があの出自不明の浮浪児の……」

 

「ええ、その浮浪児が俺です」

 

「おっと、気分を悪くさせたかな? すまない悪く言うつもりはなかったのだよ」

 

 父を罵った貴族のことを思い出して身構えるが、アンゼリカはその予想に反してリィンに謝った。

 

「えっと……」

 

「ふふ、貴族らしくないと思ったかい? 私は不良娘でね。だから気安く接してくれたまえ」

 

「はあ……」

 

 気安い言葉にリィンは間の抜けた返事をしてしまう。

 

「ねえねえ、弟君。四大名門って何?」

 

「ああ、そうですね……」

 

 リベール人であるアネラスが言葉の意味が分からずにリィンに尋ねてくる。

 

「四大名門というのはエレボニア帝国において、皇族を除いて最も家格の高い四つの貴族の家系のことです……

 リベールで例えるならそれぞれの地方の市長がそれに当たりますが、持っている権力や財産は比べものになりませんね」

 

 簡単に説明して、リィンは改めてアンゼリカの先程の奇行を思い出す。

 

 ――でも、これが四大名門の一つ……

 

 近頃、帝国の価値観が分からなくなっていた。

 ユミルが田舎だったから知らないだけで、エレボニア帝国とはこんな変態の巣窟な呪われた国なのだろうかと本気で悩む。

 

「でも、どうしてログナー侯爵家の御息女がリベールに?」

 

「実は私の師匠からリベールの武術大会に出てみないかと手紙があってね……

 どうやら、師匠の兄弟弟子が出場するようなので、良い経験になるのではないかと提案されたんだよ。それに」

 

「それに?」

 

「受験勉強にも飽きていたところでね。気分転換も兼ねてやってきたのだよ」

 

「気分転換って。しかも受験勉強をサボって」

 

 四大名門の御息女のあまりの言葉にリィンは絶句する。

 

「しかし、リベールに着いたのはよかったんだが、ルール変更されていてね……

 仕方なく一緒に出場してくれる選手をナンパ――もとい、探していたところなんだよ」

 

 なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたが、これ以上帝国貴族のイメージが壊れないようにするためにリィンは無視した。

 

「そういうリィン君も武術大会に出場しに来たのかい? 見たところ人数は揃っているみたいだが……」

 

「いえ、武術大会に出場するのはアネラスさんだけです……

 俺はその応援と……その帝国大使館に用があって……」

 

「おや? 観光客が大使館に用だなんて穏やかじゃないね? 何があったんだい?」

 

「いえ、極めて個人的なことでして、四大名門の貴族様の手を煩わせるようなことではありません」

 

 いくらアンゼリカが四大名門の貴族として破天荒だったとしても、流石に皇族の名前を騙ったことが知られたらどうなるか分からない。

 話を切り上げて、早々に別れようとリィンは判断するが、そんなリィンにアンゼリカは待ったをかける。

 

「いやいや、ここであったのも何かの縁。先程迷惑をかけてしまったこともあるからね、四大名門として微力ながら力になって上げようじゃないか……それに……」

 

 意味深な言葉を呟いてアンゼリカは一同を見回す。

 

「それに……?」

 

 リィンが続きを促すと、アンゼリカは楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「なんだか面白い気配を感じるのでね。さあ、事情を話してくれたまえ」

 

 図らずも四大名門という大きな後ろ盾を得るメリットと、四大名門に皇族を騙ったことを知られるデメリットをリィンは考える。

 もっとも、リィンの葛藤など関係なく、アンゼリカの中ではリィンに関わることをすでに決定事項だった。

 

 

 

 

「それじゃあ、私はギルドに戻るから……

 サラさん、弟君のことよろしくお願いします」

 

 一同の中にアンゼリカが加わり、それとは逆にアネラスが時間を確認して後ろ髪を引かれながらギルドに戻って行った。

 

「そうだ。アルティナもアネラスさんと一緒に――」

 

「んんっ」

 

 ギルドで待っててくれないか。

 そう言おうとしたが、言い切る前にアルティナはリィンの手を取って首を横に振った。

 

「仕方ないか……何があっても大人しくできるか?」

 

「ん……」

 

 しっかりと頷くアルティナをリィンは撫でてから改めて一同を見回す。

 

「すっかり大所帯になったな」

 

 自称皇族と関わり深いレンハイム家の旅の演奏家、オリビエ・レンハイム。

 若手ながらもA級遊撃士のサラ・バレスタイン。

 そして四大名門ログナー家のアンゼリカ・ログナー。

 オリビエの言葉を信じるならば、どれも心強い後ろ盾なのだが不安ばかりがリィンの胸を苛む。

 

「ど、どうぞこちらへ」

 

 応接室へと案内してくれた職員も四大名門の御息女がいるとは思っていなかったようで驚いていた。

 

「リィン君、大丈夫?」

 

「ええ……大丈夫です」

 

 応接室のソファに座り、帝国政府からの使者を待つ。

 

「まあそう肩肘を張らずに楽にしたまえ。何だったら一曲引こうかい?」

 

「オリビエさん……どうしてそんなに楽しそうなんですか?」

 

「やあ、かわいらしいメイドさん。どうだい、仕事が終わったら私とデートでも」

 

「そこっ! ナンパしないでくださいっ! っていうかアンゼリカさんは女性ですよねっ!?」

 

 他人事だからか、人の気も知らずに自由人たちは気楽にしている様にリィンは苛立ちを感じる。

 

「リィン君、大丈夫?」

 

「大丈夫です……ええ、大丈夫ですよ……もうどんな奇人変人な帝国人が来たとしても覚悟はできています」

 

 帝国政府の使者。

 変人な旅の演奏家。

 不真面目な元生徒会長。

 ヒステリー気味な社長令嬢。

 飲んだくれのA級遊撃士。

 そして同性愛者な四大名門の令嬢。

 数々の出会いの経験を得たリィンはもう並大抵の相手では驚かないだろうと自嘲する。

 

「そ、そっちの覚悟なんだ」

 

 サラの言いたいことは理解できる。

 

「できれば真っ当な覚悟を固めたかったです」

 

 何が悲しくて自国の人間が変人だと警戒しなければいけないのだろうか。

 やるせない気持ちにリィンはため息を吐きたくなる。

 

「ん」

 

「ありがとう、アルティナ。アルティナはあんな風にならないでくれよ」

 

 慰めるように頭を撫でてくるアルティナにリィンは切に願う。

 と、そんなことをしているとドアがノックされる音が室内に響いた。

 

「は、はいっ!」

 

 リィンは弾かれたように立ち上がり、緊張に背筋を伸ばし上擦った声で返事をする。

 

「失礼します」

 

 その声に応える様に、一言断って部屋に入って来たのは水色の髪に灰色の制服を着た女性だった。

 

「帝国軍・鉄道憲兵隊所属クレア・リーヴェルト少尉です。貴方がリィン・シュバルツァー君ですね?」

 

「はい」

 

 一見すれば真面目そうだがリィンは油断しない。

 オリビエやアリサも初対面では普通を装っていた。

 なので決して気を緩めずに警戒を続ける。

 

「ちょっとリィン君」

 

 そんな過剰な警戒をしているリィンをサラが嗜めようとするがその声は届いていなかった。

 もっとも、そんな目を向けられたクレアは不快になることはなく、むしろ納得していた。

 

 ――この眼力……十四才の子供が《西風の旅団》を退けたなんて信じられませんでしたが、これなら……

 

 その目はまさに数々の修羅場を乗り越えてきた戦士の目。

 ただの子供ではないと、クレアは改めて再認識し、見極めるために気を引き締める。

 

「それで、そちらの方達は……」

 

「サラ・バレスタインよ。今回の件について遊撃士代表として同席させてもらうわ」

 

「アンゼリカ・ログナーだ。君には言うまでもないが、四大名門のログナー家の者だ」

 

「そしてボクが漂白の詩人にして愛の狩人、オリビエ・レンハイムさ」

 

「……『紫電』のバレスタインはともかく、どうしてログナー侯爵の御息女がリベールに? それに――」

 

「まあまあ、私達のことは置物とでも思ってくれたまえ。君の仕事を邪魔するつもりはない……

 そこのサラさんと同じで、リィン君を擁護するために馳せ参じただけさ」

 

「は……はあ……」

 

「あと、この子はアルティナって言って、遊撃士協会で保護した子供です……

 ちょっと今は喋れないんですが、俺が世話をしている子供でして、申し訳ありませんが同席させてください」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 一通りの自己紹介を済ませると、クレアはリィン達の対面のソファに腰掛ける。

 

「あれ……?」

 

 ふと、リィンは彼女の手荷物に首を傾げた。

 クレアが持ち込んだ荷物は二つ。

 書類をまとめたケースと長い金属製のトランクケース。

 前者は分かるが、場違いな後者にリィンだけではなくサラ達も不信に感じる。

 

「さて、リィン君と呼ばせてもらっていいですか?」

 

「はい。リーヴェルト少尉」

 

 頷いて、リィンは唾を飲む。

 

「まず最初に帝国政府からの言葉を報告させてもらいます」

 

 リィンは神妙に、書状を広げて読み上げるクレアの言葉に耳を傾ける。

 内容はボースで受け取った手紙に書かれたものとほぼ同じだった。

 

「もしも今後、同じようなことがあれば、それが例え善行だったとしても帝国は貴方を裁きます」

 

「はい……」

 

 次はないという言葉にリィンは頷く。

 

「ただし、これはあくまでも現段階での帝国政府の判断であり、名を騙られたオリヴァルト皇子の言葉次第では貴方を罪人としてこの場で拘束させてもらいます」

 

「っ……」

 

 ついにきた運命の分岐点にリィンの緊張は高まる。

 

「こちらがオリヴァルト皇子からの親書になります……

 書かれている内容は私たちもまだ知らされていません。私の役目は帝国政府の意思を伝えることと、その親書を貴方に渡すこと……

 そしてその親書の内容を確認し、最終的な判決を貴方に下すことです」

 

 氷のように冷たい言葉と共にクレアはリィンの前に手紙を差し出す。

 蜜蝋にエレボニア帝国の《黄金の軍馬》印で封をされた新書。

 リィンのこれからの未来がその親書の内容によって決定する。

 

「は……拝見させて……いただきます」

 

 震える手でテーブルに置かれた親書を取り上げて、封を開ける。

 そして、そのまま中の親書を取り出そうとして――親書がリィンの手から零れ落ちた。

 

「緊張し過ぎよ」

 

 その様にサラは苦笑して、落ちた親書を拾い上げ――

 

「えっ……何これ……?」

 

 ちらりと見えた書面に絶句した。

 

「サラさん?」

 

「ちょっとクレア少尉。これは本当にオリヴァルト皇子からの親書なのかしら?」

 

「ええ、私はそう聞いています。蜜蝋に押された印も皇族のものでしたし」

 

 サラの剣幕にクレアは驚きながらも答える。

 

「これ見なさい」

 

 そう言ってサラはクレアの眼前に親書を突き付ける。

 

「これは……っ!?」

 

 それを読んだクレアもサラと同じ様に言葉を失い、困惑を露わにする。

 

「え……? あの……そんなにまずい内容なんですか?」

 

 恐る恐るリィンは尋ねる。

 

「ええ……その……すいません」

 

「ごめん、リィン君。遊撃士としてもこの親書にどう対処すれば良いのか分からないわ」

 

 謝る二人にリィンは最悪の事態を想像して身体を震わせる。

 

「どれどれ……っ……これは……」

 

 アンゼリカが回り込んでそれを見て、やはり顔をしかめた。

 

「やっぱり、大変お怒りになられているんですか? 死刑!? お家取り潰しですか!?

 せ、せめて俺の首一つで何とかできませんか!? 家に、シュバルツァー家にだけは類が及ばないようにできませんかっ!? お願いしますっ!!」

 

 それを読む前に、リィンはクレアに向かって土下座をする。

 

「や、やめてくださいリィン君」

 

 頭を床にこすり付けて懇願するリィンをクレアは慌ててやめさせる。

 

「私もこんな内容だとは全く予想していませんでした……とにかくリィン君も見て下さい」

 

 テーブルの上に置かれた親書。

 リィンは覚悟を決めて、それを見た。

 

『おっけー♪』

 

 リィンはごしごしと目をこすってもう一度それを見て、ついでに親書を手に取る。

 触り心地の良い上質な紙。縁には金の箔で装飾されており、まさに皇族の親書に相応しい最高品質の紙。

 そんな紙面を贅沢に使った一言。

 丸みを帯びた文字は適当に書いたとしか思えない軽い言葉。

 

「これがオリヴァルト皇子の……皇族の言葉……帝国の最も尊き血筋……」

 

 リィンは膝を着いて崩れ落ちた。

 

「リィン君、気をしっかり持つんだっ!」

 

 膝を着いたオリビエがすかさず声をかける。

 その声は何かを堪えるように震えていたが、リィンにはそれに気付く余裕もなければ、応える気力もなかった。

 

「ふ……ふふふ……帝国人はみんなこんなのばかりなのか……」

 

 希望は潰えた。もはや帝国には絶望しか残ってない。

 

「はは、俺……ユミルに帰ったらもう一生郷から出ないようにしよう……

 いや、それとも父さん達を説得してリベールに移住した方がいいのかな……」

 

「リ……リィン君……本当に大丈夫かい?」

 

「ええ、大丈夫ですよオリビエさん」

 

 虚ろな目でリィンは乾いた笑い声をもらす。

 そんな負の感情をもらす触れ難いリィンに、クレアは頭を撫でながら言葉をかける。

 

「あの……リィン君。気をしっかり持ってください……

 この親書にもきっとオリヴァルト殿下にしか分からない深い意味があるんじゃないでしょうか?」

 

「リーヴェルト少尉……」

 

「それに例えどんな言葉であったとしても、貴方の行為は許されたんですから気に病むことはありません……

 むしろ、私の同僚のせいでこんなことになってしまったかと思うと、私の方が頭を下げるべきです」

 

「同僚? もしかしてレクターさんの?」

 

「ええ、不本意ですが私と彼はそういう括りで周りから見られています」

 

 目を伏せて嘆くクレアの目には言いようのない疲労の色が見て取れた。

 その目の色にリィンは最初にしていた警戒を和らげて尋ねた。

 

「クレアさん……つかぬ事をお聞きしますが……」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「高級ワインをタダ飲みしようとしたことはありますか?」

 

「いえ、ありません」

 

「……悪者を懲らしめるためなら、他人を巻き込んで嘘を平気でつけますか?」

 

「私は……証拠を集めて、徹底的にその悪者の罪を暴きました」

 

「…………助けて上げたけど不可抗力で身体を触ってしまったらどうしますか?」

 

「そうですね……状況によりますが、助けてもらったならある程度は大目に見ると思います」

 

「………………お酒に酔って人に汚物を掛けたりしませんよね?」

 

「お酒は付き合いで飲みますが、そこまで飲んだことはありませんね」

 

「ア、アルティナ。この子に新しい服を着せるとしたらどんなものを選びますか?」

 

「そうですね……白いワンピースにつばの広い帽子などはどうでしょう?」

 

「……………………」

 

 リィンの質問にクレアは全てまともな答えを返してくれる。

 

「……この質問の意図はいったい何ですか?」

 

 黙り込んだリィンにクレアは困惑した様子で質問を返す。

 呆然とクレアを見上げるリィンは――

 

「ぐす……」

 

 その目から涙をこぼした。

 

「ええっ!? どうして泣き出すんですか!?」

 

 想定外の反応にクレアはうろたえた。

 

「す、すいません。ようやく……ようやくまともな帝国人に会えたと思ったら……ぐす……煉獄に女神ってこういうことを言うんですね」

 

「め、女神ですか?」

 

 突然そんなことを言われクレアは顔を赤くしてうろたえるが、言った当人はそんな彼女の様子に気付かずクレアを崇めていた。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「取り乱してすいませんでした」

 

 気持ちを落ち着かせたリィンは改めてクレアに頭を下げる。

 

「いえ、お気持ちは痛いほど分かりますから」

 

 クレアもまた落ち着きを取り戻し次の仕事、《父》からの個人的な依頼を果たす。

 

「リィン君……」

 

 クレアは佇まいを改めて空気を引き締める。

 

「今回のオリヴァルト皇子からの親書とは別に貴方に渡す物があります」

 

 そう言って、クレアがテーブルの上に置いたのは親書を入れた鞄とは別に持ち込んだトランクケースだった。

 

「俺に渡す物ですか?」

 

「ええ……先日、貴方は最強の猟兵団の一角である《西風の旅団》を退けましたね?」

 

「《西風の旅団》? 最強ってあの猟兵団ってそんなにすごい集団だったんですか? 俺はてっきり猟兵崩れだと思っていたんですが」

 

 そんなリィンの返答にクレアは首を横に振った。

 

「彼らが猟兵崩れだなんてとんでもない。私達鉄道憲兵隊も何度か交戦したことがありますが、彼らの実力は本物です」

 

「それほどですか……」

 

 正規の軍人が評価する猟兵。

 改めて自分が生きているのが奇跡だったのだとリィンは思う。

 

「帝国宰相ギリアス・オズボーン閣下はそのことを高く評価しており、貴方の将来に大きく期待をしています……

 《西風の旅団》を退けた武勲。貴方への今後の期待……

 そして、もうすぐ十五歳となる貴方へのお祝いとして、こちらをお受け取り下さい」

 

「え……?」

 

 クレアはトランクの中身をリィンに見えるように開けた。

 中に収められていたのは一本の太刀だった。

 

「どうぞ」

 

「どうぞって言われても……」

 

 修行に明け暮れて世俗に疎いリィンでも知っている帝国宰相ギリアス・オズボーン。

 実質、今の帝国を動かしている天上人からの突然の贈り物にリィンは困惑する。

 

「こんなの受け取れませんよ。その猟兵団を退けたのは……その、裏技みたいなものを使ったおかげで、俺の実力とは言い辛いことですから」

 

「例えそうだとしても、リィン君の年で猟兵王に手傷を与えたのは紛れもない事実……

 貴方にはこれを授かる資格があります」

 

 恐れ多いと遠慮するリィンに対してクレアは押してくる。

 何とか穏便に断れないかとリィンが考えていると、そこにオリビエが口を挟んだ。

 

「ちょっと待ってもらおうか」

 

「オリビエさん?」

 

「その太刀、少し拝見させてもらってもよろしいかな?」

 

 普段のお調子者とは態度を一変させ、真面目な顔でオリビエはそんなことを言い出す。

 

「ええ、構いませんが」

 

「では失礼」

 

 クレアの許可を得て太刀を手に取ったオリビエは刃を鞘から抜き出して掲げてみせる。

 

「ほう……」

 

「あ……」

 

 その刃の美しさにリィンは目を奪われる。

 鏡のように磨き込まれた刀身。細かく散りばめられた刃紋。

 もちろん美しさだけではなく、その中に内包された力強さに知識はなくてもそれがかなりの業物だということが見ただけで感じさせられる。

 

「リィン君。君は帝国で太刀がどんな扱いをされているか知っているかね?」

 

「どんな扱いって……武器ですよね?」

 

 それ以外に何があるのだろうとリィンはオリビエの質問に首を傾げる。

 

「残念はずれだ。答えは美術品だよ」

 

「え……?」

 

「太刀や東方剣術はカルバードが源流だからね。帝国で太刀を使う人間は極めて少ない……

 とはいえ、この刃の美しさは一見の価値はあるということで貴族の間では調度品の一つとして扱われているのだよ」

 

「そうなんですか……それはなんというか勿体無いですね」

 

 太刀を使う身としては何ともやるせない話だ。

 

「さて、クレア君。ここで君に質問だ。この太刀はいくらほどしたのかね?」

 

「その太刀は確かに宰相閣下の執務室に飾られていた調度品でしたが」

 

「おや、あの鉄血宰相がこんな買い物を?」

 

「はい。以前、宰相閣下の執務室が殺風景過ぎると問題になりまして……

 その時にとあるオークションで閣下がその太刀に一目惚れして自費で購入したものです」

 

「あの方が珍しい……それで?」

 

「…………」

 

 オリビエの追究にクレアは黙り込む。

 

「オリビエさん……その太刀はそんなに価値があるものなんですか?」

 

 帝国宰相の執務室の調度品ならそれこそ一級品の代物だろう。

 太刀の価値も性能なら漠然と目利きできるが、美術品としての価値はリィンには全く理解できない領域の話だった。

 

「この太刀はゼムリアストーンが使われているね?」

 

「ゼムリアストーン?」

 

「暗黒時代に使われていた、今では稀少な鉱石のことだよ……

 様々な金属、合金がある現代でも未だにゼムリアストーンを超えるものは存在していない……

 そんな鉱石で造られた太刀となると、ボクの見立てでは最低額は500万ミラ辺りから始まるかな?」

 

「500万っ!? グラン=シャリネ十本分!?」

 

 あまりの金額にリィンは驚愕の声を上げる。

 しかもオークションの最低金額がそれなら、落札価格はどれくらいになるのか想像もつかない。

 

「確かに《西風の旅団》を退けたリィン君の武勲を讃えたい気持ちは分からないでもないが、子供に対しての贈り物としては少々やり過ぎではないかね?

 宰相殿はこれを理由にリィン君、ひいてはシュバルツァー家を革新派に引き込むつもりなのかね?」

 

「そうだね、四大名門の私でもここまで高価な贈り物をもらったことはない……

 こんなやり方で一人の将来有望な子供を取り込もうとする。それが革新派のやり方なら、私もログナー家の娘として口を挟ませてもらおうかな」

 

 四大名門、ログナー家の娘の一言が利いたのかクレアは目を伏せて首を横に振る。

 

「いえ、そのようなことは決してありません」

 

「口ではどうとでも言えるが、実際これほど高価なものを送られればシュバルツァー男爵も今後宰相閣下の言葉を無下にできなくなるだろう……

 それが分からない宰相閣下だとは思えないが、どうお考えなのかな?」

 

「オリビエさん……」

 

 一番懸念することを言うまでもなく指摘して、追究してくれているオリビエの姿にリィンは思わず感激する。

 普段からこの調子ならどれだけ気が楽だとさえ思い、彼が同行してくれたことに内心で感謝する。

 

「お二人の懸念はもっともです……私もそのことは閣下に進言しました」

 

「ふむ、それで?」

 

 クレアは無言で何かを取り出すと、それを読み上げた。

 

「『リィン・シュバルツァー。この度は貴公の働き、誠に大儀であった……

  明確な真偽を証明できないため正式な勲章を授与することはできないが、その太刀を勲章代わりとして与える……

  貴公の今後の成長に期待する。エレボニア帝国皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世』

 

「…………え?」

 

 最後に出てきた名前にリィンの思考は凍結した。

 

「ふむ。つまりこの太刀は宰相閣下が提供したものではあるが、皇帝陛下から下賜されたものとして扱っていいということかね?」

 

「はい。私もお二人と同じ指摘を具申したら、閣下が陛下に話を通してこの書状をいただいてきました」

 

 しがない男爵の養子。それも出自の知れない浮浪児に何でそこまでするんだと声を大にして突っ込みたい。

 フットワークが軽過ぎる宰相にそれに答える皇帝陛下。

 正真正銘最後の砦である帝国のイメージがリィンの中で音を立てて崩れていく。

 

「大丈夫リィン君?」

 

「サラさん……いったい何が起きてるんですか?

 オリヴァルト殿下のお言葉を受け取りに来たはずなのに、どうして俺は皇帝陛下のお言葉を承っているんですか?」

 

 ガクガクと身体が勝手に震えてしまう。

 自分の知らないところでどんどん自分の評価が勝手に上がっていることに恐怖すら感じる。

 猟兵団を退けたのも、鬼の力を暴走させたためリィンには自覚の薄い出来事だっただけになおさらだった。

 皇帝陛下と宰相閣下に掛けられる期待が重過ぎて、胃が捻じ切れそうな痛みを訴えている。

 

「あとリィン君が望むのでしたら、シュバルツァー家にその太刀のことで何かを求めないと念書を書いてもいいと閣下は仰っていました」

 

「なるほど……」

 

「納得していただけましたでしょうか?」

 

「どうやら邪推してしまったようだ。すまなかったねクレア君」

 

「いえ、とんでもありません……ですが、そうですね……

 もしオリビエさんがよろしければ、この太刀を貴方からリィン君に渡していただけませんでしょうか?」

 

「おや?」

 

「私は平民の出です。非公式ではありますが皇帝陛下の贈り物を届ける大儀を承りましたが、貴族の方がおられるならお任せするべきかと思いまして」

 

「ふむ……それならアンゼリカ君でも構わないのではないかな?

 レンハイム家の放蕩息子なんかよりも、ログナー家の御息女の方がずっと格が上だと思うが」

 

「ですが、貴族派筆頭である四大名門の方に宰相閣下の贈り物を扱わせるのは彼女の身の今後にどのような影響あるか分かりません……

 ですから中立であるレンハイム家のオリビエさんに行ってもらうのが一番かと、アンゼリカさんには貴族派として見届け役になってもらうのはどうでしょうか?」

 

「私は構わないよ」

 

 クレアの申し出にアンゼリカは問題ないと頷く。

 

「あの……本当に受け取らないとダメですか?」

 

 リィンは弱気に尋ねる。

 アネラスのお下がりの太刀とは比べ物にならない、それこそユン老師の太刀に匹敵するかもしれない大業物。

 今の太刀が鬼の力を使って振り回したせいでだいぶ痛んでいることを考えれば絶好の代わりなのだが、正直金額的にも期待的にもリィンにとっては重過ぎる一太刀だった。

 

「おや、リィン君は皇帝陛下から下賜される物を受け取れないなんて不敬なことを言うのかい?」

 

「そうじゃないですよ。ただあまりに分不相応だって思っているだけです」

 

「そう感じるなら、努力をするといい」

 

「オリビエさん?」

 

 普段のお調子者の雰囲気が消え、カリスマのようなものを感じさせるオリビエにリィンは首を傾げる。

 

「この太刀を持つに相応しい男になるよう、そして皇帝陛下と宰相閣下にこう思わせてあげるといい……

 この太刀を君に渡したことは間違いではなかった、と」

 

 オリビエらしくない威厳に満ちた声で言われてリィンは息を飲む。

 差し出された太刀。

 そして今のオリビエの言葉。

 それらをリィンは自分なりに飲み込み、オリビエの向こうに皇帝陛下や宰相閣下の姿を思い浮かべて膝を着く。

 そして、アネラスに『負けるな』と言われたことを思い出す。

 

「未だ若輩の身ですが、身に余る評価と期待にそえるよう一層の精進をここに誓います」

 

 改めて、リィンは自分の中で誓いを立てる。

 

「うむ。貴君の今後に期待する」

 

 差し出された太刀をリィンは受け取る。

 アネラスからもらった物よりも少し重い太刀。

 だが、そのわずかな重さの違いがとても大きいもののようにリィンには思えた。

 

 

 

 

 

 




かつてのギリアス・オズボーン
「ふ……我ながら女々しいものだ。こんなもの用意したところであの子とはもう会うこともないというのに」




ルシア
「珍しいですね。宰相閣下から手紙ですか。また鷹狩りの指南ですか?」

テオ
「いや……要約すると、リィンに誕生日プレゼントを上げる口実ができたから張り切ってしまったという報告だな」









エリゼ
「兄様……また女の人と一緒の写真……」





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