(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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24話 武術大会 前編

 

「それではリィン君。帰国した際には一度帝都を訪ねてください」

 

「はい……分かりました」

 

 具体的な日取りこそ決まってないが、皇帝陛下と宰相閣下の両名に拝謁することが内定したことにリィンは項垂れた。

 

「では私からは以上です。お疲れ様でした」

 

「はい……わざわざ自分などの為に、ありがとうございました」

 

 クレアに改めて頭を下げ、リィンはこれまで溜めていたものを吐き出すように大きく息を吐いた。

 

「ははは、とにかくよかったじゃないかリィン君……

 御咎めがない所か、皇帝陛下のお墨付きの栄誉を賜ったのだから」

 

「いいですよね。オリビエさんは他人事で……」

 

 彼から受け取った太刀の存在はやはりリィンにとっては大き過ぎる。

 貴族とは言ってもシュバルツァー家は決して裕福でもなければ贅沢をしているわけでもない。

 最低金額500万ミラの太刀など名誉以上に恐ろしくて使いたくない。

 

「家に送って家宝にするのはダメですか?」

 

「うん、ダメ♪」

 

 笑顔でリィンの提案を却下するオリビエの言葉には抗い難い何かがあった。

 

「さて、リィン君の一大イベントは終わったことだし……どうだいこの後みんなでディナーでも」

 

「え……あの……私もですか?」

 

 オリビエの申し出にクレアは面食らう。

 

「もちろん」

 

「いやなら断った方がいいですよ」

 

「断るだなんてそんな……恐れ多い」

 

「恐れ多いだなんて大袈裟な。と言うか、好き勝手にさせておくと図に乗りますからちゃんと拒まないと酷い目に合わされますよ」

 

「さすがリィン君。ボクのことをよく分かっているね」

 

「できれば分かりたくなかったですけどね」

 

「ふふふ、ロレントの野菜料理も絶品だったがグランセルにはさぞかし美味な料理があるのだろうね。さあ、いざ行かん!」

 

 人の話を聞かずに一人で盛り上がるオリビエは結局返事を聞かずに勢いよくドアを開けた。

 

「おや?」

 

 そこに一人の男が腕組をしてオリビエの前に立ち塞がった。

 

「どこに行くつもりだオリビエ?」

 

「おお……ボクは夢でも見ているのか?

 ミュラー、親愛なる友よ! 多忙な君がわざわざ帝都から訪ねて来てくれるとは。一体どういう風の吹き回しだい?」

 

「何をぬけぬけと……

 貴様が連絡の一つもよこさずにほっつき歩いているからだろうが。余計な手間を取らせるんじゃない」

 

「フッ、照れることはない。口ではそう言いながらもボクの事が心配でしょうがなくて飛んできてしまったのだろう? 恋は盲目とはよく言ったものだ」

 

「…………」

 

「さあ、遠慮することはない。ボクの胸に飛び込んできたまえっ!」

 

 両手を広げるオリビエにミュラーは深々とため息を吐いて。リィン達に向き直る。

 

「お初にお目にかかる。自分の名はミュラー……

 今日付けでエレボニア帝国大使館の駐在武官として赴任した者だ……

 そこのお調子者とはまあ、昔からの知り合いでな」

 

「いわゆる幼なじみというヤツでね。フフ、いつも厳めしい顔だがこれで可愛いところがあるんだよ」

 

「い・い・か・ら・黙・れ」

 

「ハイ……」

 

 たった一言でオリビエは借りてきた猫のように大人しくなる。

 

「コホン、失礼した。どうやら、このお調子者が迷惑をかけてしまったようだな。帝国大使館を代表してお詫びする」

 

「え……あ……その……」

 

 オリビエの親友とは思えないほどの真面目な雰囲気と口調。

 そして真摯な謝罪の言葉にリィンは呆気に取られる。

 

「君がリィン・シュバルツァー君だな?」

 

「え……はい……」

 

「話は聞いている。君は特にこの馬鹿者に多大な迷惑をかけられたそうだな……本当にすまない」

 

「いや……そのミュラーさんのせいじゃないです。頭を上げてください」

 

「こいつにはしっかりと言い含めるが、まあ……無駄に終わるだろうがな」

 

 その一言に込められた重みに思わず親近感を感じる。

 

「さて、オリビエ……説教もだがお前にはやってもらうことが山ほどある」

 

「ハハハ、何を言うかいミュラー。これからボクは美男美女に囲まれて優雅なディナーとしゃれこむところなんだよ」

 

「それを俺が許すと思うか?」

 

 ミュラーの言葉にオリビエは顎に手を当てて考え込むと、ポンと手を叩いた。

 

「ああ、なるほどなるほど……」

 

 オリビエはしたり顔で頷く。

 

「安心したまえミュラー。もちろん君を一人になんかしないよ。共にこのハーレムを分かち合おうじゃないか」

 

「戯言は後でいくらでも聞いてやる、とにかくお前はこっちに来いっ!」

 

 ミュラーはオリビエの首根っこを掴んで引きずって歩き出す。

 

「あ~れ~っ!」

 

 オリビエの悲鳴が大使館に響いて消える。

 その様をリィン達は結局呆然としている間に嵐は目の前を過ぎ去っていった。

 

「…………まともな帝国人がまた一人……」

 

 静まり返った部屋にリィンの呟きが響く。

 

「あら、今度は泣いたりしないの?」

 

「茶化さないでください、サラさん」

 

 クレアに泣きついてしまったのはリィンにとって情けない、まさに一生の不覚だった。

 

「だが、あの時のリィン君は中々に情熱的だったじゃないか」

 

「そうですね……私も《西風の旅団》を退けた子供と聞いてどんな強面の子供かと警戒していましたが、年相応の子供だったんですね」

 

 微笑ましそうにするアンゼリカとクレアにリィンはがっくりと項垂れる。

 

「それはそうとリィン君。君はこれからの予定は空いているかな?」

 

 と、幸いなことにアンゼリカが話題を変えるように尋ねてくる。

 

「予定ですか? この後は遊撃士ギルドに報告に戻って、それからは武術大会に出るアネラスさんの応援をすることくらいですけど」

 

「ふむ……では時間そのものは空いていると考えて良さそうだね」

 

「そうですけど……何ですかいきなり?」

 

「単刀直入に言おう。リィン君、私と一緒に武術大会に出ないかい?」

 

「え……?」

 

 武術大会に出る。

 アネラスが出ると言って、その訓練に付き合ってきたのだが、リィン自身が出ることなど考えてもいなかった。

 

「実はリィン君たちに声を掛ける前に見所のありそうな人たちに何人か声をかけていたんだよ……

 だが、私はこの通り女の上に子供としか見られなくてね、みんな袖にされてしまったんだよ」

 

「あ……そうですよね」

 

 見た目は自分も含めて子供。

 子供と大人。単純に勝率が上がるのはどちらかと聞かれれば当然大人の方だ。

 

「そういうわけだから。これ以上仲間探しをしても無駄だと判断したわけだ……

 先程の話では、リィン君は一人で最強の猟兵団とやり合ったそうじゃないか。ならば実力は私よりも上と見ていいはずだ」

 

「そんな……あれは裏技みたいなものですから、期待されても困ります」

 

「だが、それなりにやるのは確かだろう?」

 

 アンゼリカの言葉にリィンは自分の手を見て考える。

 改めて考えると自分がどれほどの実力なのかはよく分かっていない。

 戦ってきたのはユン老師や同門のアネラスばかり。

 《西風の旅団》にしても、最後には鬼の力に頼り何とかしたに過ぎない。

 

「その話あたしも一枚噛ませてもらえるかしら?」

 

 リィンが答えに迷っているとサラがアンゼリカにそんなことを言い出した。

 

「それはもちろん。A級遊撃士の方が一緒に戦ってくれるなら心強いです」

 

 サラの申し出にアンゼリカは快諾する。

 

「いいんですか、帝国に帰らなくて?」

 

「少しくらい構わないわよ。それにまだリィン君にお姉さんの強くてかっこいいところ見せてないしね」

 

 そうウインクするサラにリィンは苦笑する。

 

「んっ」

 

 背伸びをして少しでも大きくアルティナは手を挙げて自己主張する。

 

「おや、アルティナ君も出たいのかね?」

 

「ん」

 

 アンゼリカの言葉にアルティナは当然と言わんばかりに強く頷く。

 

「ダメだ」

 

 そんなアルティナにアンゼリカが何かを言う前に却下した。

 アルティナはジト目でどうしてと訴えて戦術オーブメントを見せ付けてくる。

 

「確かにアルティナの導力魔法はすごいかもしれないけど、アルティナはまだ子供なんだから」

 

 アルティナは見た目、十歳前後の小さな子供。

 リィンが止めるまでもなく、おそらく受付の段階で断られるだろう。

 

「ふむ……ちなみにリィン君の本音は?」

 

「武術大会なんて出場してアルティナが怪我をしたらどうするんですかっ!」

 

 拳を握って唱えた主張に二人は苦笑を浮かべる。

 

「笑いたければいくらでも笑ってください。とにかくアルティナの出場は認めません」

 

「まあ、確かに。仮に出場できたとしても相手が対処に困るから、無理よね」

 

 強いリィンの言葉とサラの意見にアルティナは静かに手を下ろす。

 

「それでしたら、私が出ましょうか?」

 

「リーヴェルト少尉? え、でも……」

 

 比較的個人で自由にできる遊撃士のサラはともかく軍人のクレアは多忙なのではないのだろうか。

 そんなリィンの思考を読んだかのようにクレアは理由を口にする。

 

「宰相閣下から機会があれば貴方の力を確かめておくように指示されています……

 一緒に出場すればより身近で貴方の力を把握することができますので好都合かと」

 

「いや……あの……鬼の力を使うつもりはありませんよ」

 

「構いませんよ。何も異能だけが貴方の力を計るものではありませんから」

 

「だけど、俺は誰かと一緒に戦った経験なんてほとんどありませんよ」

 

「それなら大丈夫よ」

 

 リィンの不安をサラが否定する。

 

「四人で高度な連携を組むのは難しいでしょうけど、それなら二人一組を二つ作ればいいだけよ……

 リィン君とアンゼリカはどっちも前衛みたいだし、それをあたしとリーヴェルト少尉が分かれてフォローすれば即席でもなんとかなるでしょ」

 

「と、いうわけだ。さて、どうするリィン君。今君が頷けばこのハーレムは君のものだ。羨ましいね」

 

「ハーレムって……」

 

 アンゼリカの親父くさい冗談にリィンは呆れる。

 

「ちなみに優勝賞金は50万ミラ。私は実家があれだから別に興味はないが、三人で山分けしてもらっても構わないよ」

 

「50万ミラ……」

 

 思わず何かと比べそうになる思考をリィンはぐっと堪える。

 

「それでしたら私も特に必要ありませんね」

 

 と、クレアもアンゼリカの言葉に乗っかる。

 

「いいんですか?」

 

「ええ、軍に勤めていることもあって普段の給金も使う機会が少ないので」

 

「あら、それじゃあ25万ミラをリィン君と山分け? ラッキー」

 

「サラさん……優勝できると決まったわけじゃないのに気が早過ぎですよ」

 

 二人が辞退する中でサラは歓声を上げる。

 この人にそんな大金を渡すと全部酒に変わりそうな気がする。

 とはいえ、リィンにとっても25万ミラというのは中々に魅力的だった。

 アンゼリカと同じ貴族の身ではあるが、格の差はそれこそ雲泥の差があるし、元々シュバルツァー家は潤沢な資産を持っているわけではない。

 金銭感覚で言えば、どちらかというと庶民的な方だろう。

 サラではないが、ここで賞金を手に入れることができれば家に帰る時の御土産を奮発することができる。

 

「分かりました」

 

 少しの打算を考えながらリィンはアンゼリカの提案を受け入れる。

 

「よし、それでは善は急げ。さっそく登録しに行こうじゃないか」

 

 

 

 

「あらら、それで弟君たちも武術大会に登録しちゃったんだ」

 

「はい……すいません」

 

 無事にグラン=アリーナで登録を済ませ、準備をするとクレアとアンゼリカの二人と別れリィンはギルドに戻った。

 そこには見知ったグラッツとカルナの二人と見知らぬ槍使いの男と熊のように大きな体躯の男がリィン達を待っていた。

 

「ジン・ヴァセックだ。《紫電》とは初めましてだな」

 

「ええ、《不動》のジンに名前を覚えられているなんて光栄ね」

 

 そして槍使いの男はグランセル支部を拠点に働く遊撃士クルツ。

 リィンも名乗り、自己紹介をしたところでエルナンがリィン達にジンと一緒に武術大会に出ないかと提案してきた。

 聞けばジンもアンゼリカと同じ理由で困り、遊撃士の伝手を頼りにギルドに来た。

 が、ギルドも何とか人数を揃えたところなのでジンに紹介できる遊撃士はいなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのがリィン達だった。

 リィンにサラ。そしてアンゼリカ。

 人数的にちょうど良いと提案したアネラスだったが、戻ってきたリィン達はすでに登録を済ませた後だった。

 

「すいません。先にギルドに相談しに来た方がよかったですね」

 

「いや、謝る必要はない。今回はたまたま巡り合わせが悪かっただけだろ」

 

 気を悪くすることもせずに鷹揚に納得するジンにリィンはクレアへと向けたものとは別種の感動を覚えた。

 

 ――二人目のカルバードの人だけどまともだ……

 

 ツァイスでのキリカとジンでまだ二人しかカルバードの人間に会っていないのだが、どちらも非の打ち所のない常識人だった。

 対するリベールで出会った帝国人は、逆に二人を除いてみんな一癖も二癖もある変人たちばかり。

 この違いは何なのだろうかリィンは本気で悩む。

 

「そういえばオリビエさんはどうしたの?」

 

「ああ、オリビエさんは大使館で親友の方に連れて行かれました」

 

「そっか……それじゃあ無理か……」

 

「無理? 何のことですか?」

 

 ポツリと呟いたアネラスの言葉を聞き止めて尋ねる。

 

「えっと、ジンさんにオリビエさんを紹介しようかなって……

 ほら、オリビエさんって射撃とアーツの腕前はシェラザード先輩も認めてるでしょ?」

 

「アネラスさん、絶対にやめてください」

 

 恐ろしいことを提案しようとするアネラスの肩を掴んでリィンは言った。

 

「弟君……ど、どうしたのそんなに怖い顔をして?」

 

 珍しいリィンの必死な剣幕にアネラスは怯みながらも聞き返す。

 

「オリビエさんをカルバードのA級遊撃士に紹介するだなんて……

 帝国の恥部ですよあれは。ジンさんに帝国人を誤解されたらどうするんですかっ!」

 

「そんな大げさな」

 

 確かに大げさだがリィンは至って真面目だった。

 

「いくらオリビエさんでもジンさんに言い寄ったりはしないと思うけど」

 

「だからこそ、ですよ」

 

 これが女性や年若い男子ならこれまでの行動によってオリビエの動きもある程度は予測がつく。

 だが、ジンはリィンが知る限りでは全く異なるタイプの人間。

 そんな彼に、果たしてオリビエはどんな行動に出て、どんな奇行をして、どんな失礼をするのか。

 予想が着かないだけに一層不安を掻き立てる。

 

「うーん……ジンさんは結構大人だから、余程のことがない限り大丈夫だと思うけど」

 

「甘いですよ。オリビエさんの場合は常に最悪のケースを想定するべきです。あの人は必ずその少し斜め上を行きます!」

 

「う……うん……」

 

 リィンの有無を言わせない言葉にアネラスは顔を引き吊らせる。

 必死の訴えによりアネラスの口からオリビエをジンに紹介されることはなかった。

 しかし、数日後。リィン達の知らぬところで彼らは出会い、親睦を深めることをリィンはまだ知らない。

 

 

 

 

 数日後、王立競技場。

 

「予選は四日間、一回勝てば次の日に残って負ければそこでおしまいか」

 

 控え室に案内されたリィンはルールを確認して呟く。

 アリーナに続く控え室にはリィン達の他に沢山の人達で賑わっていた。

 

「今からそんな調子で本番は大丈夫なのかい?」

 

「そういうアンゼリカさん達は平気そうですね」

 

 こんな大きな大会に出場する経験など初めてなリィンは緊張に固くなっているのを自覚している。

 が、そんなリィンに対して女性陣たちは自然体のようにも見えた。

 

「まあ、人前に出て注目されるのは昔から慣れているからね」

 

「別に周りの目なんて気にする必要ないでしょ?」

 

「私はこれでも緊張していますよ」

 

 唯一クレアがリィンに同調してくれるが、穏やかな笑顔を浮かべるクレアは緊張とは無縁に見えた。

 

「とてもそうとは思えませんよ。リーヴェル――」

 

「リィン君、私のことは名前で呼んでほしいと言いましたよね」

 

「う……」

 

 クレアの指摘にリィンは呻く。

 登録は問題なかったが、受付でクレアにはあまり帝国軍人だと分かる態度はしないで欲しいとの注意があった。

 そのこともあり、今は鉄道憲兵隊の軍服ではなく、ジャケットにスカートの私服を着ている。

 リィンとしては彼女の家名をそのまま呼ぶつもりだったのだが、クレアの希望は違った。

 とはいえ、年上の女性を名前で呼ぶことに抵抗があった。

 

「名前が呼びにくいのでしたらお姉ちゃんでもいいですよ」

 

「アネラスさんみたいなこと言わないで下さい」

 

 からかうような口調の言葉にリィンは困る。

 真面目な顔をしているが、決して固過ぎない人柄は決して嫌ではない。

 オリビエたちのように全力で振り回してこないし、一度嫌と言えばちゃんと退いてくれるのはありがたい。

 

「どう思いますかサラさん?」

 

「あれはショタコンね。それも弟属性拗らせているんじゃないかしら?」

 

「そこ、勝手な誹謗中傷はやめてください」

 

 口元に手をやりながらも、聞こえるように内緒話をするアンゼリカとサラの二人をクレアが咎める。

 そんな気楽なやり取りをする彼女達に、リィンはため息を吐く。

 

「本当に余裕そうですね。周りの人達は強そうな人たちばかりなのに」

 

 周りを見回してリィンは呟く。

 流石にユン老師クラスの人間はいないが、周りは大人ばかりで自分よりも強そうにしか見えない。

 

「それは確かに……一般の参加者もそうですが王国軍の方もそれなりの使い手が多いようですね……

 それが確認できただけでもこの大会に出場した価値はあります」

 

 クレアはリィンの言葉に頷いて、明日の敵になるかもしれない相手たちを観察する。

 

「できれば有名なモルガン将軍や若手代表のシード少佐、それにリシャール大佐などの戦いも見てみたかったですね」

 

「おやおやー、クレアさんてば随分と怖い顔しているわね」

 

 と、そんなクレアの背後からにんまりと笑みを浮かべたサラが抱き付いた。

 

「きゃっ!? ちょっとサラさんやめてください。どこ触ってるんですか!?」

 

「いいじゃないの、減るもんじゃないんだし。むむ……あんた結構着痩せする方なのね」

 

「ずるいよサラさん。私も一緒にっ!」

 

「よーし、ばっちこいっ!」

 

「ちょっと二人とも……あ……」

 

「サラさん、アンゼリカさん、二人とも周りの迷惑に……うわ……」

 

 そんなサラに同調するようにアンゼリカもサラ側に参加する。

 周りの目もあり、リィンはすぐに止めようとしたものの目の前の光景に思わず赤面して俯く。

 

「いい加減に――!」

 

「職業病なのは分かるけど、何のためにここにいるか分かってるのクレア?」

 

 堪らず力任せに振り解こうとしたクレアの耳元に口を寄せ、仲間内にしか聞こえない声音でサラは真面目な声を投げかけられクレアは黙り込む。

 

「自分が軍人だって大っぴらにしたくないって言い出したんだから、気を付けなさい。ふー」

 

「ひゃんっ!」

 

 耳に息を吹きかけられたクレアに可愛らしい悲鳴を上げさせると満足したのか、サラは身を離して振り返る。

 一斉にバッと音がして、試合の準備をしていた男達は揃って明後日の方を向く。

 

「野郎共っ! この続きが見たければ今日を勝ち残りなさいっ!」

 

「サラさんっ!」

 

 返事はなかったが、何故だろうか。控え室の空気が一つになった気がした。

 試合開始前だと言うのにすでにお祭り気分になっているサラにリィンはため息を吐いて、蹲るクレアに手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですか、クレアさん?」

 

「ええ……ありがとうございます。リィン君……少しだけ、貴方が泣き出した理由が分かった気がします」

 

「止められなくてすいません」

 

「いえ……サラさんの御指摘はごもっともでしたから」

 

 リィンの手を取って、立ち上がりながらクレアは自分の非を認める。

 リベール王国とエレボニア帝国の戦争、『百日戦役』から十年。

 微妙な時期ではあるが、帝国人だからと言って出場拒否されることはなかった。

 それでもいらない騒動を防ぐために、クレアは自分のことを名前で呼ぶように提案してきた。

 もっとも、いくら呼び方で誤魔化しても先程の雰囲気では気付かれるとサラは言いたかったのだろう。

 

「流石は最年少のA級遊撃士というわけですね……」

 

 と、クレアは納得しているがリィンはふと思ったことをそのまま口にしてみる。

 

「でも、明日以降に戦う相手なんですから観察するっていう意味では、あれくらい普通じゃないですか?」

 

「…………サラさんっ!」

 

「ぴーひゅー」

 

 下手な口笛を吹いて誤魔化すサラにクレアは肩を震わせる。

 

「リィン君……」

 

「何ですかアンゼリカさん?」

 

「C、いやDだった」

 

「何の話ですか?」

 

 親指を立てて良い笑顔を浮かべるアンゼリカにリィンは何のことを言っているのか分からなくても、ロクでもないことだと察して白い目を向け――アンゼリカの背後にいるリベール軍人の男と目が合った。

 

「すいません。騒がしくして」

 

「いや、気にしなくて良い…………そうか、あれがDなのか……」

 

「え?」

 

「な、何でもない。お互い本戦に出れるように頑張ろうじゃないか」

 

「ええ……はい、ありがとうございます」

 

 帝国人だということまでは隠していないリィン達に激励してくれるリベール軍人に面食らう。

 

「ふ……これが世界の真理というものだよ」

 

「何がですか――いや、やっぱりいいです、聞きたくない」

 

 どうせロクでもない言葉が出てくるとリィンは耳を塞ぐ。

 試合が始まってもいないのに、疲労感がどんどん増していく。なので強引に話を変えることにする。

 

「そういえば、ジンさんがアンゼリカさんの師匠の兄弟弟子だったんですね」

 

 アンゼリカが習った武術の名は泰斗流、カルバードの徒手格闘術。

 なのでクレアが参加してくれなかったとしても、彼女がジンのチームに入ることはなかっただろう。

 

「ああ、彼の実力は私よりもずっと上だろうが流石に一人では勝ち抜くのも難しいだろう。できれば早めに当たって欲しいが」

 

「それは時の運ですからね」

 

 結局、ジンのチームは一人も見つけることができずに予選が始まってしまった。

 オリビエを紹介しておくべきだったのか、途中参加でも受付は間に合うらしいので今からでも遅くはないのだが、やはり躊躇ってしまう。

 

「はいはい、あんたたち。人の心配するより自分の心配をしなさい」

 

「サラさん、それはそうなんですけど……」

 

「あの人はA級遊撃士としてベテランの凄腕なんだから、あんた達が心配するなんて百年早いわよ」

 

 そう言われてしまえば返す言葉もない。

 

『南、蒼の組。エレボニア帝国からアンゼリカ選手以下四名のチーム!』

 

 と、そこでアナウンスがリィン達のチームを呼んだ。

 

「ふむ、出番のようだね」

 

 腕を伸ばしながら、ようやく来た出番にアンゼリカが意気込む。

 

「じゃあ、クレア。予定通り今回は私がアンゼリカ、あんたがリィン君のサポートね」

 

「はい。完璧なサポートをしてみせます」

 

 先程まで一方的に食って掛かっていたクレアにサラの二人も気持ちを切り替えてアリーナへと踏み込んで行く。

 

「はぁ……」

 

 そんな三人に一抹の不安を感じながらリィンはその後に続こうとして、足を止めた。

 

「ん?」

 

 視線を感じて振り返り、控え室を一望してリィンは気付いた。

 部屋の隅に目立たないようにしているチーム。

 

「っ……!」

 

 その中の三人はルーアンでリィンがやり合った者と同じ黒い装備をその身に纏っていた。

 だが、自分を睨んでいる黒装束よりもリィンが意識を奪われたのは赤いヘルメットをかぶった男だった。

 

「リィン君、どうしたいんだい?」

 

「…………いえ、何でもありません」

 

 動揺を押さえ込み、リィンは今度こそアリーナに踏み入った。

 

「……リィン君、緊張するのは分かるけど安心しなさい。あたしが勝たせて上げるから」

 

 ウインクしてくるサラにリィンは黒装束達のことを話すべきかと迷い、やめた。

 一言ではすまない話なのは分かり切っている。

 彼らが何者で、何の目的で武術大会に出場しているのかは分からないが、あの様子を見る限りすぐに行動を起こすとは思えない。

 

 ――まずはこの試合を勝って、それからギルドで報告すればいい……

 

 そう意識を切り替えてリィンは多くの観客で賑わうアリーナの中央に並び立つ。

 そして――試合は始まった。

 

 

 

 

 武術大会予選一日目。

 その初戦をアンゼリカチームは難なく突破した。

 しかし、意気込んで試合に臨んだものの、リィンは一人だけ戦闘不能判定を受ける酷い結果に終わった。

 

 

 

 

 


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