(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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26話 戦いの後

「本当にもう帰ってしまうんですか?」

 

「ええ、昨日の試合でリィン君の実力はちゃんと見せていただきましたし、すぐに報告したいので」

 

 予選最終日の翌日。

 クレアは私服から軍服に着替えて国際飛行船の発着場にいた。

 見送りはリィンと彼に子犬のようについて来たアルティナだけだった。

 四日間共に戦ったサラとアンゼリカの二人は用があると言って、昨日の内に別れは済ませている。

 

「そうですか……」

 

 シュンと寂しそうに肩を落とすリィンにクレアは苦笑する。

 最初はどんな強面な子供かと警戒していたが、この数日の間に接してみてそうではないことがよくわかった。

 功績に見合うだけの強さは確かにあった。

 今はまだ未熟で安定していないが、そう遠くない内に頭角を現すだろう。

 会ってもいないのにそれを見抜いた宰相閣下に、クレアは流石だと畏敬の念を強める。

 

「そんな顔しないで下さい」

 

 だが、今はまだ年相応の子供でもあった。

 鬼の力を宿し、クレアにも及びつかない戦いを繰り広げたとは思えないほどに少しのことで落ち込んでしまう、守ってあげないといけない子供だった。

 そのギャップが心の琴線に触れてくる。

 

「クレアさん……やめてください。子供じゃないんですから」

 

 頭を撫でて上げると拗ねたように照れる子供にクレアは笑みを作る。

 

「ふふ、まだリィン君は子供じゃないですか」

 

 まだそう高くない背。数年もしたらきっと自分よりも高くなるのだろう。

 

「カシウス・ブライトに会ったらすぐに帝国に戻るんですよね? それならすぐにまた会えますよ」

 

「そうですけど……」

 

 不安そうな顔をするリィンをやはり微笑ましくクレアは見てしまう。

 ミリアムが懐いたと聞いていたが、確かに自分達の中にはいないタイプの少年であり、気弱でありながら不思議と人を惹きつける魅力があった。

 まだ学習段階だったミリアムだからこそ、悪い男に騙されたのではないかと心配していたが全くの杞憂に過ぎなかった。

 それに何よりもリィンに共感する部分がクレアにあった。

 

「私も少しはリィン君の気持ちが分かるんですよ」

 

「クレアさん?」

 

「私も異能と呼べるものを持っているんです……

 鬼の力みたいに分かり易いものではありませんが、一言で説明するなら、一を聞いて十を知る……

 それを自覚した時は、いえ今も私は異能に振り回されています」

 

 直前の出来事から人間不信に陥っていたことも相まって当時の学生時代は酷いものだった。

 人のわずかな行動の所作からも打算や悪意を感じ取ってしまい疑心暗鬼に心を閉ざした。

 そしていつのまにかクレアが行ったことも噂として広がり貴族からも平民からも恐れられ、《氷の乙女》と揶揄されて敬遠されることになった。

 それは軍に入っても変わらなかった。

 

「実はこの力のせいで軍の中でも孤立しているんですよ」

 

「そうなんですか。俺から見たらクレアさんは親しみのあるお姉さんに見えますけど?」

 

 そんな風に言ってくれるリィンにクレアは首を横に振る。

 

「この力は人の何気ない仕草から多くのことを読み取ってしまいます……

 まるで心が読めるかのように……知ってますか? 他人の心は想像以上にずっと汚いものなんですよ」

 

 善意と打算。本音と建前。妬みや劣情。

 様々なものを他人は無自覚に、無遠慮にクレアにぶつけてきた。

 様々な感情を無秩序に見てしまうクレアにできたことは心を鉄にして、陰口を無視し、手を出してきた者には徹底的な報復をすることだった。

 それこそ、敬愛する鉄血宰相の姿を真似るように。そしてひたすらに自分を高めることだけに集中した。

 

「カプア元男爵家の次男が言っていたことは本当です……

 憎悪に取り憑かれ、一切の慈悲もなく《異能》を駆使して叔父を極刑に追いやった血も涙もない《氷の乙女》……それが本当の私です……

 ……私はリィン君に尊敬されるような人間じゃないんです」

 

 それは一種の懺悔であり、目を伏せて告白したクレアはリィンの顔を見るのが怖かった。

 弟を思い出させる純粋な眼差しが失望に染まり、罵られると思うと身体が震えそうになる。

 だが、いくら待ってもリィンからの断罪はなく、代わりに頭に手が触れる感触にクレアは目を開いた。

 

「そんなことありませんよ」

 

「リィン君……」

 

 優しく頭を撫でてくる感触はいつ以来だっただろうか。

 

「クレアさんは確かに後悔する使い方をしてしまったかもしれません……

 でも、今こうして《畏れ》ながら俺に話せているじゃないですか……

 それはちゃんと《異能》と向き合おうとしているからじゃないですか?」

 

「あ……」

 

「大事なのは踏み外したと思ったら、引き返すことじゃないですか?

 クレアさんはそれがちゃんとできてるじゃないですか。だから俺はクレアさんを尊敬しますよ」

 

 合わせた目には変わらない純粋な尊敬の眼差し。

 年下の弟扱いなどとんでもない。

 あの時から立ち止まってしまっていた自分なんかよりも立派な大人。

 それに何故か佇まいは全く違うと言うのに敬愛するあの方の姿をリィンに重ねてしまう。

 そう思うと、今の状況が途端に気恥ずかしくなる。

 

「リィン君……あの……」

 

 うまく出てこない言葉で何かを言おうとしてクレアはそれに気がつく。

 頭を撫でる手は何処かぎこちなく、リィンの身体はよく見ると震えている。

 何事かと思えば答えはすぐに分かった。

 リィンはクレアの頭を撫でるために精一杯の背伸びをしていただけだった。

 いくらリィンが男の子でも、成人しているクレアとの身長差を考えれば当然なのだが、彼に大人の落ち着きを感じていた所に子供らしさを見つけてクレアは思わず吹き出した。

 

「ぷっ……」

 

「クレアさん?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 口元を隠しクレアは笑う。こんな風に笑ったのも随分久しぶりな気がした。

 

「ありがとうございますリィン君……でもこういうことはもう少し大人になってからした方がいいですよ……

 そんなことを震えながら言われても格好がつきませんから」

 

「う……」

 

 精一杯背伸びをして手を伸ばしてクレアの頭を撫でていたリィンはその一言に手を引っ込めた。

 その手を一瞬名残惜しいと感じてしまう。

 そして、バツが悪そうにする表情も子供らしいものだった。

 その姿がいっそう微笑ましくクレアの目に映った。

 

「そういえばリィン君。今更ではありますが一つ訊いていいですか?」

 

「はい。何ですか?」

 

「リィン君はオリヴァルト皇子の顔を見たことはないんですか?」

 

 その質問にリィンは考える素振りもなく頷いた。

 

「ええ、うちは確かに貴族ですがアンゼリカさん程の格がある家ではないので……

 皇族家縁の温泉郷ではありますが、実際にお越しになられたこともありませんから」

 

「そうですか……確かにオリヴァルト皇子は庶子の出ですから公式の場に出ることも少なければ、情報誌でもあまり写真が載るわけでもありませんでしたね」

 

 リィンの答えにクレアは納得する。

 

「リィン君……」

 

「はい?」

 

「強く生きてください」

 

 前に進む切っ掛けをくれたリィンにクレアは情けないことにそれだけしか言えなかった。

 そしてあらゆる難問を解いてきた《異能》の頭脳が何の役にも立たないとクレアは思い知らされるのだった。

 

 

 

 

「何が言いたかったんだろうクレアさんは?」

 

 クレアを見送ったリィンは彼女が残した言葉を思い出して首を捻る。

 確かに帝国問題児のオリビエとアンゼリカの二人はまだグランセルにいるからその気苦労を察しての言葉なのかもしれないが腑に落ちない。

 あの二人は割りと気さくなので度が過ぎるようなことがあれば鉄拳制裁で事は済むのだからクレアが心配するようなことではないだろう。

 彼が起こす騒動を予想してあんなことを言ったのだろうか。

 

「…………まさか、昨日の試合であの呼び方が広まったりしたとか?」

 

 恐る恐るリィンは周囲を探ってみる。

 だが、多少注目は集めているがあの呼び方をするような声は聞こえてこない。

 

「……後でオリビエさんに釘を刺しておかないとな」

 

 一番言いふらしそうな人間を思い浮かべてリィンは拳を握って決意する。

 

「と、もうこんな時間か……アルティナ、本当に一緒に来るのか?」

 

「ん」

 

 リィンの呼びかけにアルティナは強く頷く。

 できれば大会の時と同じ様にギルドで待っていてもらいたいのだが、その時に無理を言ったせいなのかアルティナの意志は固そうだった。

 説得は無理だと諦めてリィンはアルティナと一緒に待ち合わせの場所に向かう。

 遊撃士ギルドに入り、エルナンに挨拶してリィンはそのまま二階へ上がる。

 

「リィン君っ! おはようっ!」

 

 そこにはすでに待ち人の二人がリィンを待っていた。

 

「お久しぶりです。エステルさん、ヨシュアさん」

 

「うん、久しぶり。昨日の試合ちゃんと見てたよ」

 

 嬉しそうに話すエステルにリィンは自然と笑みが零れる。

 

「ええ、エステルさんの声。ちゃんと届きました。そのおかげで《鬼の力》を自分のものにできました、ありがとうございます」

 

「あはは、私がしたことなんて大したことじゃないわよ」

 

「それでもありがとうございます」

 

 リィンはエステルに頭を下げる。

 あそこで彼女が声をかけてくれたからこそ、他のアネラス達の声を聞くことができ、《鬼の力》の中で自分を見つめ直すことができた。

 エステルは謙遜するがリィンはいくらお礼を言っても言い足りなかった。

 

「リィン君、それよりも話したいことがあるんだけどいいかな?」

 

 そんな挨拶を切り上げてヨシュアが話を進める。

 

「はい。俺もお二人に話さなければいけないことがあるんです」

 

 できれば昨日の内に会って話しておきたかったのだが、タイミングが悪くすれ違ってしまった。

 改めて、リィンは試合で戦った情報部がボースとルーアンでの事件の黒幕だったことを話す。

 が、どうやらあの後ツァイスで起きた事件で真相に辿り着いていたらしい。

 

「というわけで、私達は女王様に会うために武術大会に出場することにしたの」

 

「そういえば、あの後デュナン公爵が優勝者をお城の晩餐会に招待するって言ってましたね」

 

「うん。正直助かったけど……

 リィン君。あの情報部の隊長、ロランス少尉と戦ってみてどうだった?」

 

「ロランス少尉……あの人だけは別格です」

 

 ヨシュアの質問にリィンはあの時の手応えを思い出しながら答える。

 

「あの時の俺は絶好調でした……

 気持ちは今までにないくらいに昂ぶって、《鬼の力》を使った時とは違う高揚感に剣を振れば振るほど成長している感覚で、負けるとは思っていませんでした」

 

 しかし、こうして戦いが終わって冷静に振り返ってみるとロランスは本気を出していたとは思えなかった。

 常に余裕があり、それは《鬼の力》を使っても変わらなかった。

 リィンが戦えていたのはおそらくあれが模擬剣による試合だったからだろう。

 あそこまでリィンが食い下がることができて、成長できたのは試合という場だったからだろう。

 

「たぶん次にやれば《鬼の力》を使っても圧倒されると思います」

 

 もちろんリィン自身もまだ《鬼の力》を十全に使い切れているわけではない。

 だがそれを差し引いても彼に太刀打ちできるとは思えなかった。

 

「そんなにか……」

 

 リィンの感想にヨシュアは深刻な顔をして俯く。

 

「でも、勝たないといけないの」

 

「エステル……気持ちは分かるけど根性論でどうにかなる相手じゃないよ」

 

「そうだけど、戦う前からそんな弱気じゃダメよ!」

 

 ロランスの力は分かっているはずなのに少しも物怖じせずにエステルは言い切った。

 そんな言葉に応える様に彼らが現れる。

 

「ははは、流石はエステル君」

 

「だが、全くもってその通りだな」

 

 階段を上がって現れたオリビエとジン。

 リィンは前者の姿に顔をしかめる。

 

「オリビエさん、どうしてここにいるんですか?」

 

「あー実はリィン君……オリビエが私達の四人目のメンバーなの」

 

 彼の代わりに応えたエステルの言葉にリィンは耳を疑った。

 

「正気ですか!? オリビエさんのことだから試合中に歌い出したりするかもしれませんよ」

 

「うん、リィン君が言いたいことはよーく分かる」

 

「でも、優勝を目指すなら四人目を入れないわけにはいかないからね」

 

「ふっ……そういう訳でエステル君たちがどうしてもボクの天才的な銃の腕が欲しいとお願いされてね」

 

「はいはい。そうね」

 

 半眼になってエステルがオリビエの言葉を聞き流す。

 しかし、よくよく考えてみれば悪くはないチームでもあった。

 パワー系のジンにスピード系のヨシュア。

 中距離型のエステルに遠距離型のオリビエ。

 寄せ集めにしてはバランスの取れた良いチームなのは間違いない。

 

「ま、確かにあのロランス少尉は格が違うが何も悪いことばかりじゃない」

 

「ジンさん。それはどういうことですか?」

 

「リィン、お前さん達には悪いが俺たちは奴の手札を見ることができた……

 サラを圧倒する剣の腕、実体を伴う分け身のクラフト。確かにどちらも驚異的だが初見じゃないというだけでかなりありがたい」

 

「そう言ってもらえると頑張った甲斐がありますね」

 

「だが、このまま戦っても勝てるかどうかはかなり怪しいことには違いない。何か向こうの意表をつく奥の手があればいいんだがな」

 

「ふふふ、ジンさん。奥の手がないなら作ればいいじゃないか」

 

 腕を組んで唸るジンにオリビエは旧来の友に接するかのように気安く話しかける。

 

「いきなり何言い出すのよオリビエ? まさか本当に歌を歌って意表をつくつもりじゃないでしょうね?」

 

「エステル君がそれを望むならボクもそれをするのは吝かではないけど、今回は真面目な提案だよ」

 

「エステル、とりあえず聞いてみよう」

 

 ヨシュアに促されて、オリビエは勿体つけるように仰々しく言った。

 

「必殺技を作ろうじゃないか!」

 

「………………は?」

 

「だから必殺技だよ。必ず殺す技。これさえあればあの赤い隊長だって目じゃないよ」

 

「何を言い出すかと思えば……一応、私もヨシュアも必殺技の一つや二つ持ってるわよ」

 

「ふふ、甘いなエステル君。そんな在り来たりなものをボクが提案すると思ったのかい?」

 

「じゃあ何が言いたいのよ?」

 

「必殺技は必殺技でも、そう合体技だっ!」

 

「合体技?」

 

「そう、ボクとヨシュア君の二人で一つの必殺技を作る。名付けてコンビクラフト……

 二人掛りの必殺技なら、彼の意表をつく事ができるはずだ」

 

「なるほど確かにそれは奥の手に成り得るな」

 

 オリビエの提案にジンは感心した様子で頷く。

 

「でも、そんな技なんて一朝一夕で作れるものじゃないと思いますが?

 最悪、今日にでも情報部のチームと当たる可能性もありますし」

 

「そこは女神に祈るしかないかな……

 だが、ボクとヨシュア君の愛があれば道理なんて抉じ開けて見せようじゃないか!

 さあ、ヨシュア君。ボクと愛と勇気と友情の結晶を共に育もうじゃないか」

 

「謹んで遠慮させていただきます」

 

 薔薇の花を差し出すオリビエに当然ヨシュアは冷静に拒絶する。

 

「というか、相性的に考えればエステルさんとヨシュアさんの二人で作るべきですよね?」

 

「うえっ!? 私と!?」

 

「ええ、二人ならお互いの戦い方や呼吸を熟知しているはずですから妥当な組み合わせかと思いますが」

 

 当然の提案をしたはずなのにエステルは大げさに驚いてヨシュアに視線を向け、すぐに逸らす。

 らしくないエステルの反応にリィンは首を傾げ、胸にチクリと違和感を感じた。

 何故そんな風に感じたか理解できず、リィンは挙動不審になったエステルにそのまま尋ねる。

 

「えっと……喧嘩でもしたんですか?」

 

「そ、そんなことないわよっ!」

 

「ふふふ、リィン君も鈍感だなぁ……エステル君はずばり――」

 

「せいやっ!」

 

 エステルはオリビエを棍で弾き飛ばした。

 

「あ~~れ~~っ……!」

 

 オリビエはそのまま階段に飛ばされて転がり落ちて行く。

 

「エステルさん……何を怒っているのか知らないですけど今のはやり過ぎなんじゃないですか?」

 

「大丈夫よ、オリビエなんだし」

 

「いや……でも……」

 

 流石に心配になってリィンは階段に近付くと、這い上がってきたオリビエが顔を出した。

 

「フフフ……エステル君の……照れ屋さん……」

 

 良い笑顔でそんなことを言うオリビエは確かに大丈夫そうだった。

 

 

 

 

「神気合一」

 

 《鬼の力》を引き出して身体を強化し、リィンはエステルとヨシュアを迎え撃つ。

 二人の息の合ったコンビネーション、棍の連続突きを膂力で強引に捌き、死角から襲い掛かってきたヨシュアの攻撃を超反応で対応してみせる。

 

「もっと本気できてくれて構いませんよ」

 

「言ったな」

 

 リィンの言葉にエステルは口元に笑みを浮かべ、ヨシュアは無言のまま目を鋭くする。

 二人からの攻撃が苛烈さを増す。

 普通の状態だったらあっさりと押し切られるほどの猛攻。

 しかし、ロランスの剣にはまだ足りない。

 

「っ……」

 

 とにかく二人の攻撃を受けていたリィンは不意に感じた身体の違和感にその場から大きく飛び退いた。

 

「わわっ!」

 

 棍を大きく空振りさせたエステルがたたらを踏み、ヨシュアは剣を降ろす。

 

「リィン君、どうかしたのかい?」

 

 その言葉に応える余裕はなく、リィンは苦しそうに胸を押さえて喘ぐ。

 リィンの意思に反して《力》が抜け落ち、白く染まった髪は黒に戻る。

 

「ふむ……約一分というところか」

 

 時計を確認して悠然と歩いて近付いてくるジン。

 それを追い越して駆け寄ってきたアルティナが無言のまま、リィンに治癒術をかける。

 

「どうだ身体の調子は?」

 

「……全身が重くて全力疾走で限界まで走ったような感じです」

 

 ありがとうと、アルティナの頭を撫でてリィンは立ち上がり、ジンの質問にリィンは答える。

 エルベ街道に出た一同の話題は合体技とロランスと戦ったリィンの意見、そして《鬼の力》についてと繋がっていった。

 そして一抹の不安を感じながらも、《鬼の力》を引き出し、エステルとヨシュアの二人と手合わせをすることになった。

 変わらず理性を保つことはできたが、理性がある分体力の限界で息切れしてしまうようになってしまった。

 

「リィンと呼ばせてもらうが、今後はその力を使うのを控えた方が良い」

 

「え……?」

 

 リィンの困惑に、ジンはまあ聞けとなだめて続ける。

 

「お前さんの《鬼の力》は確かに強力だ。俺も自身を強化する技は持っているがそれの比じゃない。だからこそ危険だ」

 

「それは分かってます。でもこうして制御できるようになったわけですし」

 

「だからこそだ……

 その力を十全に使うにはお前の身体の方が未熟過ぎる……

 腕力や剣の技量の問題じゃない。成長期に無理な技を使い続けると歪んだ成長をしてしまうって話だ」

 

 そう指摘されるとリィンは黙ることしかできなかった。

 

「それにそういった技に頼ると地力の成長が止まってしまう……

 もちろん土壇場で出し惜しみして使うなってことじゃないが、今後お前さんがもっと強くなりたいって言うなら安易な方法を当てにするのはやめておけってことだ」

 

「今後……」

 

 考えてみれば、《鬼の力》を克服した先のことなど考えたこともなかった。

 そしてジンが言うことにも納得できた。

 《鬼の力》頼りに戦うことを覚えてしまえば、リィン自身の剣の腕は落ちてしまう。

 そうなれば遥か高みにいるロランスの様な達人級の人には万が一にも勝てなくなるだろう。

 

「まあ、大きなお世話かもしれないが」

 

「いえ、ジンさんの言っていることはもっともだと思います」

 

 流石は一武門の達人の慧眼。

 カルバードの人に会うのは初めてだが、どこかのお調子者に見習って欲しいとさえ思う。

 

「それにしても琥珀の塔でも戦ったけどリィン君のそれってすごいわね」

 

「あの時は本当にすいませんでした」

 

「それはいいんだけど、リィン君って確かそれをどうにかするために父さんに会いに来たのよね?」

 

「……あ……」

 

 エステルの指摘にリィンはリベールに来た目的を思い出す。

 《鬼の力》を克服するためなのは変わらないのだが、そのために《剣聖》カシウス・ブライトに会うのが最初の指針だった。

 なのだが、結局彼に会う前に目的を果たし、会う理由がなくなってしまったことに改めて気付く。

 

「ど、どうしよう……」

 

「あはは、別にそれはそれで良い事なんだから気にしなくて良いんじゃないかな?」

 

「それにしても今のリィン君以上の力をあの情報部の隊長が持っているとなると、かなり厳しい戦いになりそうですね」

 

「ヨシュア、また弱気な事言って……こうなったらできることを精一杯やるしかないでしょ!」

 

「ジンさんにはああ言われましたが、今回の事件が終わるまではいくらでも練習相手になりますよ」

 

 そんなことを言うと当のジンは困ったように苦笑する。

 とはいえ、エステル達がアネラスのチームと当たる可能性のことを思うと、一方に加担していることに罪悪感が湧いてくる。

 が、事は武術大会だけで済まないことなので、心の中でアネラス達に謝ることにする。

 

「それじゃあもう一本行きましょう。今度は《鬼の力》は使いませんが、簡単にはやられませんよ」

 

「ふーん……言うじゃない……ヨシュア、生意気言うリィン君にお灸をすえて上げるわよ」

 

「やれやれ、二人とも目的を忘れないでよ」

 

 肩をすくめながらもヨシュアはエステルに倣って双剣を構える。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「さて、とりあえずそろそろアリーナに向かう時間だ」

 

 時間が正午に近付いてきたところでジンの合図で双方は武器を納めた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 息も絶え絶えにリィンはその場にへたり込む。

 防戦に徹していた。二人の手加減もあった。途切れることなくオリビエの補助アーツの援護もあった。

 しかし、それでも二人の猛攻を受け切ったリィンは疲れ切ってしまった。

 

「大丈夫リィン君?」

 

「だ、大丈夫です」

 

「コンビクラフト、リィン君のおかげで何とか形にできそうだよ」

 

「そう言ってもらえれば身体を張った甲斐があります」

 

 エステルとヨシュアの労いに応えリィンは違和感を感じた。

 

「ふむ、試合後と明日の早朝も同じ様にリィン君が訓練相手になってくれるのかい?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 オリビエの言葉に頷きながら、リィンは違和感の正体を探す。

 

「後は今日の試合で情報部のチームと当たらないことを祈って一回戦を突破するだけだな」

 

 ジンの言葉を聞き流し、リィンは違和感の正体に気が付く。

 

「アルティナ……?」

 

「え……?」

 

 リィンの呟きに、一同は虚をつかれてそれぞれが周囲を見渡す。

 だが、そこには銀色の小さな体躯の姿はどこにもなかった。

 

「すまない。ちゃんと見ていたつもりだったんだがな」

 

「いえ、俺も鍛錬に集中し過ぎていましたから」

 

 謝るジンにリィンもまた反省する。

 

「とにかく探さないとっ!」

 

「あ……エステルさん達はこのまま武術大会の方へ行ってください」

 

慌てて駆け出そうとするエステルをリィンは呼び止める。

 

「リィン君、でも――」

 

「お二人も知っている通り、アルティナはかなりのアーツ使いです。一人で歩き回っているのは確かに心配ですけど、危ない状況にはなっていないと思います」

 

 そう遠くには行っていないはずだろうし、魔獣に襲われたならアーツの一つでも撃って戦闘音を響かせているだろう。

 流石にそれを見逃す程に激しい鍛錬をしていたわけではない。

 

「それに遅刻して失格になったら困りますし。ここは俺に任せてください」

 

「う、うーん」

 

 リィンの提案にエステルは唸る。

 

「エステル、ここはリィン君に任せよう」

 

「でもヨシュア……」

 

「アルティナちゃんのことは確かに心配だけど、今はテロリスト対策で周遊道は王国軍の人達が巡回しているからそこまで危険はないはずだよ」

 

 それでもエステルは納得がいかないのか、唸って考え込む。そして折れた。

 

「分かった。でもリィン君、見つかっても見つからなくてもギルドに連絡してね」

 

「分かっています」

 

 後ろ髪を引かれるエステル達と別れ、リィンはエルベ周遊道を走り出した。

 

「アルティナッ!」

 

 走りながら彼女の名を呼ぶが、返事はないし、反応もない。

 エステル達にはああ言ったものの、一抹の不安がリィンの胸を駆り立てる。

 アルティナは確かにすごいアーツを使えるし、立ち回りも素人のそれではない。

 だが、やはり小さな子供であり、庇護するべき存在なことには変わりない。

 何度も名を呼んで、とにかくアルティナを探す。

 幸いなことに王国軍の兵士とすれ違うことはなく、その不自然さにリィンは気付かずに探索に集中し、見つけた。

 

「アルティナ……」

 

 その小さな背中を見つけたのは周遊道の奥にある小公園の琥耀石の石碑の前だった。

 無事な姿に安堵しつつも、こんな奥まった場所に一人で来たことは流石に怒らないといけないとリィンは――

 

「すいません」

 

「はい?」

 

 突然の呼び掛けにリィンは振り返る。

 そこには眼鏡をかけた学者がいた。

 その目を合わせるとリィンの意識は混濁し、遠退いていく。

 何処かで経験したことがあるような感覚を感じながらリィンは意識を保つことができずに――

 

「っ……!」

 

 リィンは自分の頬を力一杯に殴りつけた。

 

「おや?」

 

 不思議そうに首を傾げる学者。

 リィンはそんな彼の反応を無視し、正常に戻った意識に強烈な不快感を抱きながら距離を取ってアルティナを背中に庇う。

 

「アルティナすぐにここから逃げるぞっ!」

 

 とにかく不気味な男から逃げ出したいとリィンは太刀を抜きながら背後に庇ったアルティナに呼びかける。

 が、いつもの頷く返事はなく代わりに衝撃がリィンの背を叩いた。

 

「なっ!?」

 

 何が起きたか分からずに前のめりに倒れていくリィンは身を捩り背後をうかがう。

 そこには戦術オーブメントを前に突き出して構えているアルティナがいた。

 

「何で……?」

 

 リィンを背中から撃ったアルティナはいつものように無表情だった。

 しかしその表情は今にも泣き出しそうにも見え、そしてリィンは意識を失った。

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 唐突に目を覚ましたリィンは自分が何処にいるのか分からなかった。

 周囲は木々に覆われ、森の中だが地面は石畳でしっかりと整備されている。

 寄りかかるようにしていた琥耀石の石碑。

 そこまで把握して、リィンは直前まで自分が何をしていたのか思い出した。

 

「アルティナッ!」

 

「ん」

 

 叫ぶと同時に返事はすぐ横からあった。

 勝手にはぐれて迷子になっていたはずのアルティナは何事もなく、リィンの背後、石碑を挟んで背中合わせに座っていた。

 

「あまり心配をかけさせないでくれ」

 

 リィンは普段と変わらないアルティナの返事に安堵して立ち上がる。

 何故こんなところで眠っていたのか、そんな疑問はすぐになくなっていた。

 

「ほら、帰るぞ。エステルさん達も心配していたんだから」

 

「……ん」

 

 何処か消沈した様子でアルティナはリィンが差し出した手を取ることに躊躇いを見せてから、自分一人で立ち上がった。

 

「アルティナ?」

 

 いつもなら促さなくても手を繋いでくるのだが、アルティナは普段よりも一歩離れた間合いを取る。

 

「何かあったのか?」

 

 もしかすれば、ただ退屈であの場を離れたのではないかもしれない。

 アルティナの性格上、蝶々を追い駆けてきたとは思えない。ならば――

 

「もしかしてお父さんかお母さんがいたのか?」

 

 リィンの問いかけにアルティナは俯いたまま首を横に振る。

 その様子にリィンはどうしたものかと考える。

 元々、言葉を話さないから何があったのか説明してもらうのを期待することはできない。

 しかし、これまでにないくらいにアルティナが落ち込んでいるのだけは分かる。

 

「なあアルティナ。明日はどこかに遊びに行かないか?」

 

 本当ならばエステル達の特訓に付き合うつもりだったし、そう約束もした。

 

「今から王都へ戻っても時間はあまりないから、明日は全部アルティナと一緒にいてあげるよ」

 

 それに大会の応援もしたかった。

 彼女達が優勝することの重要性もきちんと理解しているのだが、それでもここでアルティナを後回しにしてはいけない気がした。

 恐る恐る顔を上げてリィンの顔をうかがうアルティナの顔にリィンはそれが間違いではないと胸を張って言える。

 後でエステル達には頭を下げなければいけない、と考えながらリィンはアルティナに手を差し出す。

 

「さあ、帰ろう。みんなが待っている」

 

 アルティナは再び俯き、それでも差し出された手を迷いながら取った。

 その事にリィンは安堵して歩き出し、ふと胸に違和感を覚えた。

 空いた胸に手を当てて、その違和感を探ろうとするとアルティナの手が強くリィンの手を握った。

 

「何でもない。さあ行こう」

 

 繋いだ手から感じる不安の感情を安心させるように笑いかけ、リィンは胸に当てた手でアルティナの頭を撫でた。

 

 

 

 

 




 帝都にて
 どこか上機嫌でリベールから帰って来たクレアを見てレクターは一言呟いた。

「あの《氷の乙女》にあんな顔をさせるなんて、これが超帝国人の力なのか!?」



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