(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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 この作品では駆動解除を持つクラフトはアーツを迎撃できる技にしています。




29話 《剣帝》

「どうした? 鬼の力は使わないのか?」

 

「あんた相手に、何の策もなく使えるか!」

 

 本当は使えなくなっていることを隠して、リィンは叫ぶ。

 むしろ使えなくなっていてよかったという状況でもあった。

 仮に使えたとしても、制限時間の一分で勝てる相手ではないことは予め分かっていた。

 それに奥の手があるというわずかな気の緩みがあれば、レオンハルトの剣の勢いに負けて押し切られていただろう。

 《鬼の力》と遜色のない今の状態でも、力の関係は武術大会の時と何も変わらない。

 それ程の実力差が二人の間には存在していた。

 

「ならば、これはどう凌ぐ?」

 

 次の瞬間、目の前からレオンハルトの姿は消えて四つに増える。

 

「それはもう見たっ! 二の型《疾風》」

 

 彼らが動き出すよりも速くリィンはそれぞれに一撃を当てて駆け抜け、一人だけ手応えが違ったレオンハルトの背後に追い縋る。

 返す刃でもう一太刀を放つが、振り返ったレオンハルトにそれは受け止められる。

 

「ふっ……」

 

 それにレオンハルトは意外そうな顔をして笑う。

 

「何がおかしい!」

 

「三ヶ月前、泣き叫んで逃げ出した子供とは思えないな」

 

「っ……」

 

 記憶にない無様を笑われて、リィンは顔をしかめながら太刀を押し込み、レオンハルトを突き飛ばすようにして距離を取る。

 

「武術大会の時にも言ったはずだ、三ヶ月前の俺じゃない」

 

 正眼に太刀を構え直し、リィンはこの三ヶ月の出来事を振り返る。

 遠い故郷、ユミルでユン老師からの修行を打ち切られ、妹のエリゼとの仲も疎遠になったことからの衝動的な家出の果てにリィンは今ここにいる。

 最初の目的だったカシウス・ブライトには未だに会えていないものの。

 彼に会ってアドバイスをもらうよりも遥かに価値のある経験をしてきたと、リィンは胸を張って断言できる。

 

「そうか……」

 

 レオンハルトはそれだけ呟くと、リィンの目の前から掻き消える。

 次の瞬間、彼はリィンの背後を取っていた。

 

「っ……」

 

 咄嗟に身を仰け反らすと刃が目の前を通り過ぎ、斬り返される。

 後ろに下がりながら太刀でそれを受ける。

 リィンが退いた分だけ、レオンハルトは踏み込み斬撃を重ねる。

 そして何合目かの剣撃を受け止めたリィンは空中に投げ出され、そこにすかさずレオンハルトは追撃をする。

 

「孤影斬っ!」

 

 突っ込んでくるレオンハルトにリィンは斬撃を飛ばして迎撃する。

 が、衝撃波はレオンハルトの身体を抵抗なくすり抜け、その身体は幻となって消える。

 そして目の前に二人のレオンハルトが現れた。

 

「それはもう効かないって言ったはずだ!」

 

 リィンはすかさず《疾風》で斬り込む。だが――

 

「それはこちらのセリフだ」

 

 斬り込んだリィンの最初の一撃が腕力で弾き返された。

 

「なっ!?」

 

 驚愕して後ろに飛ばされたリィンが着地すると、そこに二人のレオンハルトが殺到する。

 

「くっ……」

 

 交互に間断なく襲い掛かってくる二人のレオンハルトにリィンは圧倒されながら、どちらが本物かを見極めようと目を凝らし、同時に二人とも目の前から消え失せる。

 虚を突かれてリィンはわずかに止まる。

 次の瞬間、背中に悪寒を感じ、勘に任せて背後に太刀を薙ぎレオンハルトの剣を何とか受け止める。

 

「おおおおっ!」

 

 力任せにそのまま太刀を振り抜き、身体ごと弾き返す。

 レオンハルトは空中で体勢を整えて危なげなく着地すると、そのまま地面を蹴って再びリィンに襲い掛かる。

 

「伍の型《残月》」

 

 一度鞘に納めた太刀を抜き放ち、剣を振られるよりも速くリィンは幻を斬り伏せる。

 その幻の向こうでレオンハルトが駆動を完了させる。

 

「シルバーソーン」

 

 幻の刃がリィンを取り囲むように降り注ぐ。

 

「四の型《紅葉斬り》」

 

 戦技でアーツを斬り伏せ、幻の刃の包囲を崩しそこから脱出する。

 そして、息を吐く間もなくレオンハルトは目の前にいた。

 

「っ!」

 

 太刀を横にして振り下ろされた一撃を何とか受け止める。

 ゼムリアストーンの太刀だからこそ耐えられたが、これが普通の太刀だったらどうなっていたことか。

 場違いだが、この太刀をくれた帝国宰相閣下に感謝の言葉を内心で思い浮かべる。

 

「理解できないな。所詮は他国の内輪揉め、お前がそこまで身体を張る必要はないはずだろうに」

 

「理由ならあるっ!」

 

 押し潰すような剣の圧力に耐えながら、リィンはレオンハルトの言葉に叫び返す。

 

「自分や家族と向き合うことから逃げてきた俺を、リベールは温かく受け入れてくれた……

 俺が今こうしていられるのも、あんたと戦えるようになれたのも、全部リベールで出会った人たちのおかげだ……だからっ!」

 

「だから死ぬのは怖くないか?」

 

「死ぬつもりはない……」

 

「だが、力の差はお前も感じているはずだ……ここでお前が死ねば故郷の家族が悲しむのではないか?」

 

「……そういうあんたはどうなんだ?」

 

「ほう……?」

 

 問い返されると思っていなかったのか、レオンハルトは虚を突かれたような声をもらす。

 

「そのアッシュブロンドの髪……リベール出身じゃないだろ?

 北方出身の、それこそ猟兵だったあんたがどうしてクーデターなんかに加担している?」

 

 猟兵はミラのためならどんな仕事も請けると聞いているが、彼がそんな即物的なもので動くような人間には思えなかった。

 

「あんたの剣には他の人に感じた志はない……あんたの剣から感じるのはもっと別の思惑だ」

 

「ふ……北の出身だということは確かだが、お前の様な未熟者に見透かされるとはな」

 

 リィンの指摘にレオンハルトは乾いた笑いを浮かべて肯定する。

 

「俺が剣を振る理由は人を捨て《修羅》になるためだ」

 

「《修羅》? それだけ強いのに何を言っているんだ?」

 

「生憎だが、俺より強い奴は何人も存在している……

 そして俺が望む答えに至るために、俺は人である道を捨てた」

 

「そんな勝手な理由でこの国の人達を巻き込んだのか!?」

 

「俺もあいつも、もはや人間には戻れない。ならばこの道を突き進む以外に道はない」

 

「あいつ…………ヨシュアさんのことか?」

 

 何の根拠もなく、リィンはレオンハルトの言葉をヨシュアに結び付けた。

 

「っ……」

 

 息を飲むレオンハルトにそれが正しいと確信して、苛立ちを感じてそのまま叫ぶ。

 

「勝手なことを……ヨシュアさんはそんな道を歩んでなんかいないっ!」

 

 彼は確かに《闇》を抱えているかもしれない。

 それでも彼女の隣で光の中を歩んでいる。断じて目の前の男の同類だと認めるわけにはいかなかった。

 

「ハーメルの名も知らない帝国人が、分かったようなことを言うなっ!」

 

「ハーメル? ぐっ!?」

 

 上からの圧力が突然消え、その名前を想起する間もなくリィンは直後に蹴り飛ばされる。

 そして、レオンハルトの攻撃が苛烈になる。

 先程までの攻防さえも手加減していたのではないかと思えるほどの激しい剣撃の嵐。

 防ぎ切れない刃にリィンは瞬く間に血だらけにされていく。

 それでもリィンは荒れた剣筋から一つを選び出し合わせる。

 

「業炎撃っ!」

 

「っ……」

 

 寸前で察したレオンハルトは剣でその一撃を受け止めて、その衝撃を逃がすように後ろへと跳んで距離を取る。

 

「くっ……」

 

 できれば今の一撃で終わらせたかった。

 どれだけの時間戦っているのか分からないが、リィンはすでに息も絶え絶えに肩で呼吸をしている。それに対してレオンハルトは未だに息一つ切らしていない。

 

「無駄話が過ぎたようだな……」

 

 激情に揺らした瞳は今の一撃で冷ややかなものへと戻り、冷静さを取り戻していた。

 レオンハルトは剣を構え、闘気を練り上げる。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 その規模は武術大会の比ではない。

 彼の剣に宿る炎の熱が離れたリィンにもはっきりと伝わってくる。

 仮に《鬼の力》が使えたとしても、自分の焔では彼の炎には届かないかもしれない。

 その佇まいからなる威圧感はまさに《修羅》。

 

「受けてみよ、剣帝の一撃を……」

 

 炎を剣に宿し踏み込んでくるレオンハルトに対し、リィンは逃げずに太刀を正眼に構える。

 焔の太刀では到底太刀打ちできない。

 もっともそれ以上の技をリィンは教わっていない。故に――

 

「無明を斬り裂く、閃火の一刀……」

 

 太刀に焔を宿し、脳裏に思い浮かべるのは師の姿。

 その技の理をリィンは知らないし、教えてもらったことはない。見たのはそれこそ一度だけ。

 だが、リィンは《畏れ》を飲み込み、前へと踏み込んだ。

 見よう見真似のその技は――

 

「終ノ太刀、暁っ!」

 

 レオンハルトの必殺の一撃に対して、リィンは一瞬で七撃を叩き込む。

 必殺技同士のぶつかり合いの衝撃にリィンはたたらを踏んで後ずさる。

 

「くっ……」

 

 武術大会のように獲物が砕けることはなかったが、握り締めた両手は痺れまともに動きそうにない。

 絶体絶命かと思いきや、リィンと同じ様に後ずさったレオンハルトもまた剣を握った腕を震わせていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いの剣の間合いにいながらも、リィンとレオンハルトは無言のまま睨み合う。

 早く動けと腕に念じる時間はどれくらいのものだったのだろうか。

 わずか数秒が果てしなく長く感じる時を経て、先に動いたのはレオンハルトの方だった。

 

「よく頑張ったが、これで終わりだ」

 

「あ……」

 

 切っ先を突きつけられてリィンは呆けた言葉を漏らす。

 

「どうした? 命乞いをすれば助かるかもしれないぞ?」

 

 呆けたリィンにレオンハルトはそんな言葉を投げかける

 だが、リィンは何も喋らず真っ直ぐにレオンハルトを見据える。

 

「っ……」

 

 その眼差しに何故か怯んだレオンハルトは、脳裏に浮かんだ誰かを振り払うように頭を振って、剣を振り被る。

 リィンの腕はどれだけ念じても未だに動かない。

 それでもリィンは最後の抵抗と言わんばかりに切っ先を睨み――

 

「りーーーーーーーーーんっ!」

 

 鈴を転がしたような幼い声が彼の名前を呼んだ。

 その待ち望んでいた声に応える様にリィンの腕が動く。

 だが、すでに剣は振り下ろされている。

 太刀で受けるのは間に合わない。故にリィンは手首の力だけで無理矢理太刀を投げた。

 

「っ……」

 

 予想外の攻撃にレオンハルトは目を見張るものの、難なく太刀を弾き、返す刃で無防備になったリィンに振るう。

 凶刃はなおも鋭く速い。

 だが、彼方へと飛んで行く太刀に脇目も振らず、リィンは戦術オーブメントを左手に取り叫ぶ。

 

「神気合一っ!」

 

 次の瞬間、クォーツに宿る小さな焔がリィンを変える。

 変化の時間は一秒にも満たなかった。

 だがその一瞬でリィンは振り下ろされた刃を避けてレオンハルトの背後を取る。

 変化が途切れ、全身に痛みが走るが無視してリィンは全てを込めるように拳を固める。

 振り向き様にレオンハルトが横薙ぎに剣を振る。

 

「八の型、破甲拳っ!」

 

 剣が触れるよりも早く、リィンの拳はレオンハルトを捉えた。

 

 

 

 

 殴り飛ばされたレオンハルトは宙に浮き、そのまま橋の外へとその身を投げ出される。

 さしもの剣帝もそこから復帰する術はなく、湖に落ちて大きな水柱を上げた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

 

 その場に残されたリィンは息も絶え絶えにして膝をつき、横に切り裂かれた腹を押さえる。

 勝敗は痛みわけだろうか。

 致命傷と言うほどの深手ではないが、もうすでに集中力が途切れたリィンの身体は言うことを聞いてくれない。

 リィンの拳も確かな手応えはあったが、どれほどのダメージを入れられたかは分からない。

 戻ってこられたら、今度こそ抵抗一つできずに斬り殺されるだろう。

 

「とにかく……治療しないと……」

 

 戦術オーブメントを持つ手を上げる。

 それだけの動作がもはや重労働だった。しかも、目の前に持ってきた戦術オーブメントは黒い煙を上げていたかと思うとリィンの手の中で爆ぜてバラバラに零れ落ちた。

 

「あ……」

 

 腹からの出血も相まって、リィンは気が遠くなる。

 白く染まった視界の向こうから、アルティナが駆け出してきたのが見える。

 

 ――ああ、お礼を言わないと……

 

 最後に動けたのは一重に彼女からの声援があったから。

 またこんなにボロボロになって彼女に怒られると苦笑しながらも、リィンは嬉しそうに口元を緩める。

 

「やっと……声が聞けたな……」

 

 自分の血に塗れた手を彼女に向かって差し伸ばし、リィンの身体は後ろに傾いた。

 が、誰かがそれを受け止めた。

 

「よく頑張った」

 

 労いの言葉をかけてきたのは聞き覚えのない男性の声。

 遠退いて行く意識の中で、リィンは首だけ振り返らせて見た彼の顔は、やはりリィンの知らないものだった。

 

「ユリアッ! この子をすぐに医務室に連れて行って手当てをっ! 俺はこのまま中の加勢に行く!」

 

「は、はいっ! お気を付けて、カシウス大佐」

 

「今は大佐じゃないんだがな」

 

「…………え……?」

 

 ユリアと彼の会話にリィンは遅れて、彼が何者なのか気付く。

 だが、その姿を改めて見る間もなく、棍を担いだ男性はリィンをユリアに預けて颯爽と駆け出していた。

 リィンを運ぶ準備を始める中で、アルティナはリィンに縋りつきすぐに治癒術をかける。

 何かを言いたそうだが、それを堪えて治癒に専念する彼女にリィンは改めてその言葉を言った。

 

「ありがとう……アルティナ」

 

 王城のエステル達の加勢に行けないのは心残りだが、ここでの自分の戦いが終わったのだとリィンは安堵した。

 

 

 




《劫炎》
「おいおい、レーヴェの阿呆に一矢報いたガキがいるだと?
 よし、気が変わった。福音計画には俺も参加する」

《鋼の聖女》
「待ちなさい。貴方の介入は計画そのものを破綻させかねません。ここは私が」

《博士》
「いやいや、もしかすれば《殲滅天使》に次ぐゴルディアス級の被験者になるかもしれん。私が行こう」

《怪盗紳士》
「聖女殿も博士も御自重ください。福音計画は《白面》の指揮の下で執り行うことに決まったはず……
 使徒が三人も介入されては盟主の《予言》に狂いが生じてしまうでしょう」

《幻惑の鈴》
「そうよ。リベールには私の因縁があるのだから、引っ掻き回すのは遠慮してくれないかしら」

《痩せ狼》
「はっ……今更参加しようだなんて虫がいいこと言ってんじゃねえよ……
 そいつとは俺が思う存分楽しませてもらうって決まってるんだよ」

《殲滅天使》
「レンは別にどっちでもいいけど……ふふふ、パテル=マテルの遊び相手になってくれるかしら?」

《道化師》
「ということで、今結社では福音計画の参加者を改めて決めるために裏武術大会を始めようと思っているんだけど君はどうする?」

《死線》
「いえ、わたくしは辞退させていただきます」
(リィン様、貴方はいったい何をしているんですか!?)

 果たして、リベールは生き残ることができるのだろうか
 なお、SCで結社側の人間を増やすかはまだ未定です。



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