(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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31話 新たな始まり

「女神と遊撃士紋章において、ここにエステル・ブライト並びにヨシュア・ブライトの両名を正遊撃士に任命する」

 

 そんなめでたいやり取りが上の階で行われている頃にリィンはギルドの一階ので二人の女性と相対していた。

 ある意味で《剣帝》と対峙した時よりも遥かな緊張をしながらリィンは重くなった口を開く。

 

「どうして二人がここにいるんですか?」

 

「どうしてって、リィンが家出をして四ヶ月……

 手紙のやり取りはしていたけど、一度ちゃんとあなたが無事な姿をこの目で確認したかったし、お世話になっている遊撃士の方達にも挨拶に伺いたかったのよ」

 

 至極当然な言葉を返されてリィンは項垂れる。

 

「でも来るなら来るって、手紙に書いてくれてよかったんじゃないですか? 母さん、エリゼ」

 

 リィンが今対面しているのはユミルにいるはずの母ルシアと妹のエリゼ。

 父親であるテオ・シュバルツァーは領主であるためユミルに残ったようだった。

 

「ふふふ、せっかくだから驚かせようと思って……

 そんなことより病気はしていない? ちゃんと食べているの? 少し背が伸びたかしら?」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。手紙で書いた通りみんな良くしてくれてますし、身体も至って健康だから」

 

 そう返しながら、リィンは冷や汗が背中に流れるのを感じる。

 手紙には書いてなかったがいろいろと危険な目にあっている。それこそ一週間前には大怪我を負っているが、その時のことも含め猟兵と戦ったりしたことは手紙には書いてない。

 追究を恐れて、リィンは妹の方へ向き直る。

 

「エリゼも久しぶりだな。元気にしていたか?」

 

「ええ……兄様はこのリベールで随分と楽しい一時を過ごしてきたみたいですね」

 

 棘のある冷たい言葉にリィンは面を食らうが、それだけ心配をかけたのだから仕方がないことだと納得する。

 そういえばエリゼに余所余所しく接されたことも家出の原因だったことを思い出して苦笑する。

 

「何がおかしいんですか?」

 

「いや……本当に懐かしいと思ってな……」

 

 あの時は距離を取るようになったエリゼに言い様のない不安と疎外感を感じたのに今は落ち着いていた。

 頬を膨らませるエリゼには悪いが、こんな風に落ち着いた気持ちで家族と対面できていることに嬉しくなる。

 

「かわいい子には旅させろっていうけど、本当みたいね……こんなに逞しくなって……」

 

 涙ぐんで喜ぶルシアにリィンは背中がむず痒くなる。

 

「それでリィン。その子がアルティナちゃんかしら?」

 

 ルシアはリィンの隣に座っているアルティナに視線を向ける。

 

「ええ、この前の手紙で書いた俺がギルドで面倒を見ている子供です」

 

「ん……」

 

 いつものようにアルティナは無表情のまま、ぺこりと頭を下げる。

 

「よろしくねアルティナちゃん。私はリィンの母のルシア、こっちはリィンの妹のエリゼよ」

 

 アルティナが喋れないことはちゃんと伝わっているようで、ルシアは気を悪くした素振りもなく微笑みかける。

 

「ん……」

 

「この子をリィンは引き取りたいと思っているのね?」

 

「出来ることならユミルに連れて帰りたいと思ってはいます……

 だけど、そのことでシュバルツァー家に迷惑をかけたくはないから、どうすればいいか分からなくて」

 

「そうね……お話ができないことは一先ず置いておくとして……

 こんなかわいい子が娘になるなら私は大歓迎よ」

 

「母様!? そんな軽々しく決めていいことではないですよ!?」

 

「あら? エリゼだって妹は欲しくないかしら?」

 

「それは……」

 

 ルシアの言葉にエリゼは考え込む。

 

「でも、養子にしないとしてもシュバルツァー家で面倒を見ることはできるわね……

 例えばアルティナちゃんにメイドの仕事を覚えてもらうとか」

 

 そういう方法もあるのかと、リィンは感心する。

 

「何にしてもその子の希望が一番大事だけど、アルティナちゃんはどうしたい?」

 

 ルシアの問いかけにアルティナは困ったように俯く。

 

「母さん、相談しておいてなんですけど、まだアルティナも決めかねているのでもう少し待ってもらえますか?」

 

「でも、ユミルに連れて帰るならリィンと一緒に来るっていう事よね?」

 

「そのことですけど、俺はまだユミルには戻らないつもりです」

 

「あら?」

 

「兄様っ!?」

 

「元々カシウスさんに会って話をするだけのつもりではなかったですから、もう少しお世話になることになりました」

 

 あれからいろいろと相談して《鬼の力》がどんな状態にあるのか判明するまでリベールに残ることになった。

 それも今度はボースではなく、ツァイス地方で。

 以前に自分の身体を調べたように中央工房で検査し、それに加え軍に復帰するカシウスに頼まれたある仕事のことも残る理由だった。

 

「そう……リィンが決めたことなら構わないけど」

 

「どうしてですか兄様っ!」

 

 納得したルシアに対してエリゼが声を上げて問い質してくる。

 

「言葉の通りだエリゼ。俺はまだ俺の中の《力》をどうにかできていない……

 当初の目的が達成できていない以上、俺はまだユミルに帰ることはできない」

 

 正確には目的を達成したら別の問題が浮上したのだが、同じことだとリィンは説明を省く。

 

「安心してくれ。これでもちゃんと一歩ずつ前に進めていることは確かだから」

 

「でもっ――」

 

「まあまあエリゼ。少し落ち着いて」

 

 食い下がろうとするエリゼをルシアが宥め、話題を変える。

 

「その話は後でゆっくりとしましょう……

 リィン、せっかくのお祭りだから街を案内してくれるかしら?」

 

「ええ、もちろん」

 

「それからリィンは何処のホテルに泊まっているのかしら?

 できれば、私達もそこに今日は泊まって、晩御飯を一緒に食べようと思っていたんだけど」

 

「あ……えっと……」

 

 思わずリィンは口ごもる。

 この一週間、半ば強制的にグランセル城に泊まることになり、それに加えて今日は晩餐会にも招待されている。

 久しぶりの親子の交流を楽しみにしているルシアに、どうしたものかと答えあぐねていると、そこにカシウスが上の階から降りてきた。

 

「そういうことならお二人も一緒に連れて行くといい」

 

「カシウスさん」

 

「あらあら……貴方が……

 初めましてリィンの母のルシア、こちらは娘のエリゼと申します……

 カシウス様のお噂はよく耳にしております」

 

「これは御丁寧に、カシウス・ブライトです」

 

 名乗りを交わす二人にリィンは割って入り尋ねる。

 

「あのカシウスさん、今のはどういうことですか?」

 

「ああ、陛下には俺が説明しておく。なに二人くらい増えたところで問題はあるまい……部屋も用意してもらおう」

 

「いや、それは……」

 

「ははは、子供がつまらない遠慮なんてするもんじゃない」

 

 大らかに笑うカシウスだが、同じくらいに大らかなリベールの王族のことを思い出し、拒否されることが想像できなかった。

 そんなやり取りに困惑しているルシアとエリゼにリィンは何と説明するべきかと頭を悩ませる。

 

「えっと……今日はその女王生誕祭で……」

 

「ええ、それは分かっているわ。街は賑わっているし、それに合わせて来たんだから」

 

「それでお城で晩餐会が開かれるんだけど、実はその晩餐会に招待されているんです」

 

「え?」

 

「それからこの一週間、その……女王陛下の御好意で王宮に泊まらせていただいていました」

 

「あらあら……」

 

 全く予想していなかった宿泊先にルシアは目を丸くし――

 

「い……い……い……いったい何をしているんですか兄様っ!」

 

 エリゼは淑女らしからぬ絶叫をギルドに響かせた。

 

 

*

 

 

「どうだエリゼ。こんな氷菓子なんて初めてだろ?」

 

 すっかり拗ねてしまったエリゼに屋台《ソルベ》で買ったアイスをリィンは差し出した。

 

「こんなものでは誤魔化されません」

 

 受け取りながらも物珍しげにそれを見るエリゼにリィンは苦笑する。

 

「兄様がこんなものを食べるようになっていただなんて思いませんでした」

 

「はは、アネラスさん――ユン老師のお孫さんに付き合う形でな……それに作れるようにもなってたりするぞ」

 

「兄様……リベールには剣の修行に来たのではなかったのですか?」

 

「もちろんそのつもりだったけど、アネラスさんの好物だったから……

 お世話になっているから恩返しも兼ねて作るようになったんだ」

 

 そのアネラスは挨拶もそこそこにギルドで別れた。

 てっきりいつものようにエリゼを見て暴走すると思いきや、彼女は自制して久しぶりの家族の交流の邪魔はしないと遠慮してくれた。

 

「…………そうですか」

 

 エリゼは不機嫌なままアイスに突き刺さった木製スプーンでアイスをすくって口に含む。

 

「それはそうと俺が送ったリボン、使ってくれているんだな」

 

「うぐっ!? い、いきなり何を言うんですか兄様っ! だいたい今さらですかっ!?」

 

 エリゼはリィンの言葉に慌てて距離を取る。

 

「いや、ギルドで会った時から気付いてはいたんだが、言い出せなくてな……うん、よく似合ってる」

 

 言いながら、リィンは昔のようにエリゼの頭を撫でる。

 二ヶ月くらい前に初めての給料をもらった時にアネラスのアドバイスを受けて贈った白いリボンはエリゼの黒髪に良く似合っていた。

 思えば、こうして頭を撫でるのもあの時以来かもしれない。

 

「な……な……な……」

 

 顔を真っ赤にしてうろたえるエリゼにリィンは首を傾げると、ふいに袖を引っ張られた。

 

「ん、どうしたアルティナ?」

 

「んっ!」

 

 何事かと振り返ったリィンにアルティナがスプーンですくったアイスを差し出してきた。

 

「えっと……」

 

「ん~~っ!」

 

 無表情のまま、それでも何故かムキになっているアルティナは強引にそれをリィンの口に突っ込むと満足そうに頷く。

 

「…………いったいどうしたんだアルティナ?」

 

「兄様……」

 

「ん、何だエリゼ?」

 

「そちらの味が気になります。食べさせていただいてもよろしいですか?」

 

 エリゼはリィンが持つアイスを睨むようにして言った。

 

「え……? ああ、構わないけど」

 

 エリゼの申し出に頷いたリィンは彼女が取りやすいようにそれを差し出すが、エリゼは彼女が持つスプーンでそれを取ろうとはしなかった。

 

「食べさせてください」

 

「エリゼ……?」

 

「食 べ さ せ て く だ さ い」

 

 そう言ってリィンに向かって小さく口を開くエリゼに気押されながらもリィンは困惑しつつ、自分のスプーンを使って食べさせてやる。

 

「あーん……」

 

「んっ」

 

「えっと……おいしいか、エリゼ?」

 

「…………はい。おいしかったです兄様」

 

 リィンの呼び掛けにエリゼは頷き、アルティナを一瞥する。

 二人の視線が交差すると、言い様のない寒気にリィンは襲われ身体を震わせる。

 

「あらあら、リィンたら……ふふふ……」

 

 そんな彼らの姿をルシアは微笑ましく見守った。

 

 

*

 

 

「おや、そこにいるのはリィン君じゃないか」

 

 と、後ろ首をミュラーに掴まれ引き摺られていたオリビエが目の前を通りかかった。

 

「オリビエさん。今度は何をしたんですか?」

 

 リィンはオリビエの変わらない姿を一瞥して、ミュラーに尋ねる。

 

「聞いてくれたまえリィン君。エステル君とヨシュア君ってばひどいんだよ!

 ボクを待っている仔猫ちゃんがいるからとギルドに行ってみたら――」

 

「ああ、ミュラーさんのあの依頼ですか」

 

「女王陛下直々のご招待だからこの際晩餐会に出席することは認めるが、好き放題させるわけにはいかないからな……

 改めて釘を刺しておこうと思ってな」

 

「帝国の恥をさらすわけにはいけませんですからね」

 

「シュバルツァーの方も気をつけておいてくれるか?」

 

「ええ、それはもちろん言われるまでもありません」

 

 リィンはミュラーと顔を見合わせ、どちらともなくため息を吐いた。

 

「ところでリィン君、そちらの御夫人と美少女は?」

 

 当のオリビエはそんな二人の嘆きを気にも留めず、目聡くルシアとエリゼの二人に目を向ける。

 内心で舌打ちをして、リィンはため息を吐いて紹介する。

 

「こちらは俺の母さんと妹のエリゼです」

 

「久しぶりですね。お二人とも随分と大きくなられて」

 

「え……?」

 

 ルシアの言葉にリィンは虚を突かれた。

 

「母さん、このへ――この人を知っているんですか?」

 

「ええ、十年くらい前……そうね、リィンがうちに来る少し前に鳳凰館に御家族と一緒に来られましたよね?

 エリゼも会っているはずだけど覚えていないかしら?」

 

 ルシアの言葉にオリビエは照れたように頭を掻く。

 

「はは、まさか覚えていただけていたとは光栄です」

 

「その節はお世話になりました」

 

 十年前の客のことを当たり前のように覚えているルシアにリィンは戦慄しながらエリゼに尋ねる。

 

「俺が拾われる前ってエリゼも覚えているのか?」

 

「え……ええ。印象深いお客様でしたから……でも、言われるまであの時の御方だとは分かりませんでしたが」

 

 肯定の答えにリィンは衝撃を受けると共に納得する。

 

「十年前からこの性格だったのか」

 

 確かにこの印象ならエリゼが幼かったとしても強烈な印象を残していてもおかしくない。

 同時にすでに家族が彼の毒牙にかかっていた事に嘆かずにはいられなかった。

 

「あの……オリヴァ――」

 

「改めて自己紹介させてもらう。ボクの名前はオリビエ・レンハイム。漂白の詩人にして天才演奏家、そして愛の狩人」

 

「え……オリビエさん……? あれ……?」

 

「ふふ……エリゼ君、ボクのことは是非ともお兄ちゃんと呼んでくれたまえ」

 

「やめてくださいっ」

 

 当たり前のようにエリゼの手を取ろうと差し出された手をリィンは手刀で叩き落す。

 

「兄様っ!?」

 

 驚くエリゼを背中に庇うようにしてリィンはオリビエから距離を取らせる。

 

「ミュラーさん、躾けはしっかりとお願いします」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 力強く頷いたミュラーがリィンには頼もしく見えた。

 

 

*

 

 

「とても良い人たちでしたね」

 

 多少の羽目を外すことはあっても晩餐会は何事もなく終わり、宛がわれた部屋で休むエリゼがそんなことを呟いた。

 

「ああ、それは間違いないな」

 

 晩餐会とは言っても、クーデターに尽力した遊撃士や協力者が中心の集まりだっただけに帝国貴族の堅苦しいものではなく、それこそ宴会に近い形の催しだった。

 

「エリゼ……アルティナのことなんだが」

 

 アルティナはアネラスが今日は家族で過ごさせてあげようと説得して連れて行った。

 名残惜しそうにしながらも、アルティナはアネラスの提案を受け入れてくれた。

 

「あの子は悪い子じゃないというくらい私だって分かっています」

 

 その言葉にリィンはひとまず胸を撫で下ろす。

 最終的な決定はアルティナの意志が重要だが、やはり家族には我慢を強いることはさせたくなかった。

 

「むしろ私は兄様のことを少し問い詰めたいんですが?」

 

 じとーとした目で睨まれてリィンは怯む。

 

「そうね。私もリィンにはいろいろと聞きたいことがあるわ」

 

「母さんまで……いったい何ですか?」

 

「リィン……貴方もしかして好きな人ができたのかしら?」

 

「いきなり何を……そんな人は――」

 

 心当たりの無いリィンは迷い無く否定しようとして、脳裏に浮かんだエステルの顔に言葉を止めた。

 

 ――あれ? どうしてエステルさんのことを思い出しているんだ?

 

「兄様?」

 

「あ……いや、何でもない」

 

 エリゼのいぶかしむ声に言葉を返しながらリィンは考え込む。

 その仕草こそが明確な答えになっているのだが、本人は気付かず、ルシアは嬉しそうに微笑み、エリゼは頬を膨らませる。

 

 ――俺がエステルさんのことを好き?

 

 それ自体は躊躇うことなく肯定できるが、母の言葉は俗に言ってしまえば色恋沙汰のことだったことくらいは理解している。

 今まで考えたこともなかったが、どうなのだろうか。

 尊敬できる人。頼りになる人。好感を持てる人。

 そういう意味ではその通りなのだが、それはアネラスも同じ評価が当てはまる。

 

「リィン、それでどうなの?」

 

「どうって言われても、よく分からないですよ」

 

 それが今現在リィンが出せる精一杯の答えだった。

 エステルが最初に頭に浮かんだが、尊敬できる人や好意を感じる人は他にもいる。

 彼女達とエステルの差が分からないリィンはもしかしたらと感じても、それが明確にそうなのかはっきりと答えにすることができなかった。

 

「そう……今はそれでいいわ……でもユミルに帰ってきたら詳しく聞かせてもらいますからね」

 

「ぜ……善処します」

 

 母の難しい宿題にリィンは肩を落とすと、ハーモニカの音が聞こえてきた。

 

「あら? 懐かしい曲ね……」

 

「《星の在り処》ですね……リベールで聞くことになるとは思いませんでした」

 

 耳を澄ませてハーモニカの音色に耳を傾けるルシアとエリゼ。

 音は外から聞こえてくる。

 おそらくヨシュアが空中庭園で吹いているのだろう。

 

「リィン君っ!」

 

 と、母と妹と同じ様にハーモニカの音色に耳を傾けているとオリビエがノックもなしに部屋に入って来た。

 

「オリビエさん……ノック位したらどうですか?」

 

「いやーごめんごめん」

 

 悪びれた様子もなく謝るオリビエをリィンは半眼で睨みながら尋ねる。

 

「それで何のようですか?」

 

「うん……一曲どうかな?」

 

「え……?」

 

 意味が分からずリィンは首を傾げる。

 

「ヨシュア君のハーモニカの音色に当てられてね。ロレントでやったように一緒にやらないかというお誘いだよ」

 

「ロレントの時の……って、誰が聞くんですか?」

 

「ふっ……観客は準備万端さ、ティータ君やクローゼ君を始めとしたみんなに声をかけてある」

 

「オリビエさん……」

 

 すでに外堀を埋めているオリビエにリィンは唸る。

 

「兄様が歌うんですか?」

 

「あら、リィンが歌を歌うなんていつ以来かしらね?」

 

「フフフ、リィン君の美声はなかなかのものだったよ……ささ、談話室に行こうじゃないか」

 

「はぁ……」

 

 すでに乗り気になって目を輝かせるエリゼとルシアにリィンは諦めたようにため息を吐く。

 

 ――仕方がない……

 

 そう思える自分にリィンは苦笑する。

 改めて本当に変わったと思う。

 ユミルを飛び出した時には想像することもできなかった。

 《鬼の力》を克服したことも、こんな風に人前で歌を歌うことも。

 自分の中にはまだ得体の知れない力があるのに、悲観する気持ちはない。

 

「あ……リィン君……」

 

 と、廊下を歩いていると向かいからエステルが歩いてきた。

 

「……エステルさん……」

 

 直前の母の言葉を思い出して、リィンは思わずたじろぐ。

 

「オリビエも一緒にどこに行くの?」

 

「ふ……実はこれから談話室で一曲披露しようと思ってね……

 リィン君に《星の在り処》を歌ってもらうんだけど、エステル君もどうだい?」

 

「《星の在り処》の歌……そういえばヨシュアのハーモニカでしか聞いたことなかったわね」

 

 リィンは続くエステルの言葉を緊張した面持ちで待つ。

 

「ごめん、ちょっと今ヨシュアを探しているところだから」

 

 その言葉にリィンはちくりと胸にかすかな痛みを感じた。

 

「ヨシュアさんなら音の方角からして空中庭園の方にいると思いますよ」

 

「そっか……ありがとうリィン君……間に合ったら聞かせてもらうね」

 

「ええ、それじゃあまた……」

 

 何気ない言葉を交わして別れ、リィン達は改めて談話室へと向かう。

 

「あ、来た来た弟君っ!」

 

 談話室に入ると、最初に出迎えたのはアネラスの一声だった。

 

「ふふふ、待たせたね仔猫ちゃんたち」

 

 オリビエはそんなアネラスの言葉に応える様に両手を挙げて堂々と談話室に入っていく。

 やれやれと、本当にロレントの酒場でのノリな彼にリィンは改めて室内を見回す。

 

「これはまた……随分と声をかけたんですね」

 

 アネラスの席にはアルティナにティータ、それにラッセル博士。

 晩餐会に招待された人たちで、そのままお城に泊まることにした面々はそこに揃っていた。

 そしてこの城の主であるアリシア女王も、クローゼとユリアを伴ってそこにいた。

 

「何だかすごいプレッシャーなんですけど」

 

「ははは、ここまで来たら腹を括りたまえ。だがリィン君が逃げたいと言うのならそれでも構わないよ。その時はボクのソロライブを――」

 

「そんなことさせるわけないじゃないですか」

 

 一人でやらせたら何を仕出かすか分からない。

 ミュラーとの約束もあるのだから、せめて自分がここで少しでも彼の行動を制御しなければとリィンは意気込む。

 

「それに今日まで散々世話になったわけですし、母さんとエリゼまで晩餐会に招待してもらったんですから、少しでも恩を返したいですから」

 

「……そうこなくては」

 

 リィンの返した言葉にオリビエは目を丸くして、笑う。

 そしてリュートを構える。

 外から聞こえてきたハーモニカの音色はもう途切れ、代わりにオリビエのリュートが《星の在り処》を奏でる。

 少し長めの前奏にリィンはこれまでの旅を思い出し、そして――歌を紡いだ。

 

 

*

 

 

 早朝、まだ日の出には少し早い時間に目を覚ましたリィンはルシアやエリゼを起こさないように太刀を持って静かに部屋を出る。

 

「ふう……昨日は結局あれから他の歌も歌わされたな……」

 

 結局《星の在り処》だけに留まらず、歌いたい人が歌うというコンサートがその場で始まった。

 アネラスやエリゼとも一緒に歌い、楽しい一時を過ごして眠る時間はだいぶ遅くなってしまった。

 しかし、終ぞエステルもヨシュアも現れることはなかった。

 何かあったのだろうかと、考えると昨日の母の言葉を思い出す。

 頭を振って邪念を振り払い、空中庭園に出ると、それは朝の風に乗って聞こえてくる。

 

「♪~」

 

 抑揚のない平坦な、そしてたどたどしい鼻歌。

 昨晩にリィンが歌った《星の在り処》のメロディーだがお世辞にもうまいとは言えない歌に誘われてリィンは空中庭園を歩く。

 そしてヴァレリア湖を一望できる一角に彼女はいた。

 白んで行く空を見上げて、一人で歌っているアルティナにリィンは笑みを浮かべる。

 

「本当に変わったな」

 

 出会った時はそれこそ人形のように感情の起伏さえ感じさせなかった女の子。

 無表情なのは今でも変わらないが、彼女の仕草にはいつからか感情が見て取れるようになった。

 そして以前のアルティナならこんな風に歌を口ずさむことはしなかっただろう。

 リィンの呟きが聞こえたのか、アルティナは歌うのをやめて振り返る。

 

「おはようアルティナ。よく眠れたか?」

 

「ん」

 

 その呼び掛けにアルティナはいつものように頷く。そして何かを言おうと口を開いたかと思うとすぐに口を噤んで俯いてしまう。

 この一週間、アルティナは何度もこんな風にしてきた。

 そんなアルティナをリィンは見守ってきたが、そろそろ手を貸していいだろうと判断する。

 リィンは俯くアルティナに歩み寄り、膝を着いて視線の高さを合わせ名乗り、尋ねた。

 

「俺の名前はリィン・シュバルツァー。君の名前を教えてくれるかな?」

 

 ゆっくりと顔を上げたアルティナはリィンの顔を真っ直ぐ見返し、そして――

 

「…………わたしは……わたしの名前はアルティナ」

 

 そう小さな声だが、はっきりと彼女は応えてくれた。

 

 

 

 




 閃の軌跡0 FC 完

 ここまでこの作品を読んでいただきありがとうございます。
 ファーストチャプターを終わらせることができたのは、一重にみなさまの声援のおかげだと思っております。

 最初は軽い気持ちで始めたこの作品。
 リィンが《空》に介入したらどうなるか、ありそうで見たことがなかった話。
 あってもリィンが《空》に関わったと示唆するだけで、大抵は《閃》スタートなのですよね。
 なので思い切って自分で書かせていただきました。

 実は《空の軌跡》とのクロスの他に《イースⅧ》とのクロスの案もありました。
 こちらは閃が始まる前に諸事情によりリィンが乗ったルシタニア号が内部で誰かが暴れたために墜落してセイレン島に漂流するという話でした。
 ダーナを固定し、アドルをリィンに、ラクシャをデュバリィに置き換えるなどして、キャラを軌跡シリーズに置き換え、ラクリモサを巡り結社と教会、護り人が入り乱れる話を考えていました。
 なお、この話ではダーナが○○○しない展開も考えてあります。


 当初は20話前後でFCは終わらせられるかと思ったら、結局31話までかかってしまいました。
 本当に書いていて自分でも予想外のことが多発し、作品上《閃》のキャラは出せないと思っていたら以外と関われる場面が多かったことに自分でも驚いています。

 今後はタイトルを《閃の軌跡0》に変更し、《FC》と《SC》は章で区切ろうかと考えております。




 この後に余談とエイプリルフールのネタとして考えた嘘予告を置かせていただきます。
 FCの余韻を大事にしたい方はここでブラウザから戻ることをお勧めします。










*


 余談
 帝都への国際飛行船の中で。

「元気を出しなさいエリゼ」

「母様……」

「あなたには残念なことかもしれないけど、リィンがそういう気持ちを持てた事はとても良い事だとは思えないかしら?」

「はい……分かっています……ところで母様、実は……」

「あら、何かしら?」

「昨日、兄様が撮った写真を見せてもらった時なのですが、鞄の中に隠してまとめてあった写真があって……つい一枚だけ持ってきてしまったんです」

「あらあら……」

「他の写真もこの方の写真ばかりで、きっとこの人が兄様が好きになった人なんだと思います」

「そうね……ふふ、リィンも何だかんだですみに置けないわね……
 ……晩餐会にはいなかった子みたいだけど……リィンが帰って来る日が楽し――え、カーシャさん?」

「母様? もしかしてお知り合いですか?」

「え……あ……いえ……そんなはずは……若過ぎるし、別人よね……
 でも、だとしたらリィンがこの子を好きになったのは納得できる……でも……」

 深刻な顔をして考え込むルシアにエリゼは訳が分からずにもう一度写真の少女を見る。
 兄と同じくらいの年の綺麗に着飾った《黒く長い髪の少女》。
 その正体を二人が知る術はなかった。


リィン
「あれ? なんだか急にお腹が痛くなってきた」


*

時期はずれなエイプリルフールネタ。


「君は事件が起きた地方に必ずいた……そうタイミングが良過ぎるくらいに……
 君はいったい何者なんだ、リィン・シュバルツァーッ!」

「ふふ、記憶と認識を操作されながらそこまで気付くとは大したものだ、流石は俺のライバルだな」

「え……?」

「では暗示を解くとしようか」

「…………き……君は魔界皇子リィン!」」

「ようやく俺のことを思い出したか亡国の王子ヨシュア・アストレイ」

*

「ヨシュアッ!」

「エステルッ!」

 本性を現した魔界皇子リィンによって引き裂かれた二人。
 ヨシュアは彼女を救い出すため、そして復活した魔界皇子を倒すために一人、旅に出る。

「久しぶりだな《漆黒の牙》! さあ我が奇術を受けるがいい!」

「どうした漆黒のコゾー、俺をもっとゾクゾクさせやがれっ!」

「ふふふ、ヨシュア。レンの新しいパパとママを紹介してあげる」

「ごめんなさいねヨシュア。訳あって邪魔をさせてもらうわ」

 かつての仲間との戦い。

「レーヴェ、どうして《魔界皇子》になんて協力しているんだっ!」

「俺は俺自身の望みのため行動している」

 兄と慕った男を乗り越え。

「よくやったヨシュア・アストレイ……
 今こそ語ろう。《ハーメルの悲劇》の真実を、帝国にかけられた呪い、そして本当の黒幕が誰なのか」

 姉の仇、魔界皇子リィンを倒したヨシュアに待つものはっ!

 《キセキクエスト 今、新しい伝説が生まれる》


*


 少し機械が得意などこにでもいる少女ティータ。
 彼女はある日、小さな竜と出会い魔法の力を手に入れた。
 リベール王国の平和のために散らばったゴスペルを回収することを決め魔法少女になるティータ。
 ゴスペルを集め、《輝く環》への道を拓こうとする魔法少女レン。
 異なる二つの思いがぶつかり合う。

「受けてみてレンちゃんっ! これが私の全力全開っ! サテライトビームッ!!」

「パテル=マテル、ダブル・バスターキャノンッ!」

 《魔法少女まじかるティータ》


*

 それは夢のように幸せな日々だった。
 しかし、それはある日唐突に奪われた。

「繰り返す……私は何度でも繰り返す……
 同じ時間を何度も巡り、たった一つの出口を探る……
 私の大好きなあの人達のために、あの夢の続きを見るために……だから全てを零に――」

 《魔法少女きーあマギカ》


*

 平凡な小学生だったミリアム・オズボーンはある日魔女と出会う。

「ミリアムちゃん、あなたには帝国に散らばった七つの人形騎士を集めてもらいます」

 魔女エマの導きにより、魔法の杖《アガートラム》を手にして魔法少女になったミリアムは帝国に散らばった七つの機械人形の回収の手伝いをすることになる。
 そしてミリアムと同じ様に魔女に導かれた魔法少女と出会う。

「これは私の役目……なのにどうして?」

「ニシシ、あーちゃんはボクが守るよっ!」


 《魔法少女プリズマミリアム》



*

 全部嘘です……


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