(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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34話 最初の試練

 紅蓮の塔。

 ツァイス地方、トラット平原の北にそびえ立つ古代ゼムリア時代末期に造られたとされる建築物。

 リベールの各地方には同様の塔が他にも三つ存在しているが、天高い塔が何のために造られたのかは全くの不明だった。

 そんな紅蓮の塔を目指して歩くリィンは隣を歩く少女に苦笑を浮かべながら声をかけた。

 

「そんなに気に入ったのか?」

 

「んっ」

 

 調子外れの音を鳴らしていた銀のハーモニカから口を離してアルティナは頷く。

 

「そうか、それはよかった」

 

 その年相応な姿にリィンは微笑を浮かべてアルティナの頭を撫でる。

 リィンの監修の下でアルティナに好きな楽器を選ばせたら、彼女が選んだのはハーモニカだった。

 そしてアルティナがオリビエにハーモニカを買ってもらったように、その場の成り行きでリィンもオリビエに一つの楽譜をプレゼントされた。

 曰く、

 

『《星の在り処》も良い曲だが、人の真似ではなく二人の一曲を練習するといい』

 

「どうしてこう、時々妙なカリスマを魅せるかな」

 

 思わずリィンはため息を吐く。

 普段はお調子者だが、時々息を飲むほどのカリスマを感じさせる時がある。

 いっそ完全に突き放してしまえば良いと思うが、そういう部分があるだけに疎ましく感じても突き放しきれない、エステルとは別の意味の魅力が彼にはあった。

 

「そういえばアルティナ」

 

「ん……?」

 

 リィンの呼びかけにアルティナは首を傾げる。

 

「レンちゃんには他にも何か教わったのか?」

 

 背中を流すことをティータから、先程の言動がレンからの影響とするならばそこら辺を改めて問いただしておくべきだろう。

 既に日曜学校に通っている年齢の背丈だが、それに反してアルティナの精神年齢は低い。

 簡単に他人の言葉を鵜呑みにして実行するのがその証拠だろう。

 まだそういった判断がちゃんとできないなら自分が気をつけるべきなのだとリィンは考える。

 

「んっ」

 

 アルティナは強く頷いて両手の人差し指で自分の頬を持ち上げた。

 

「それは……何だ?」

 

「えがお」

 

 くぐもった声の答えにリィンは一瞬虚を突かれる。

 確かに口元は笑っているように見えるが、目はいつもの無表情。そのアンバランスさに思わず笑みがこぼれそうになるが、真面目なアルティナの眼差しにそうかと頷く。

 

「確かに笑顔だな」

 

「ん」

 

 アルティナの笑みにそれこそ笑顔を返してリィンは彼女の頭を撫でる。

 そうこうしている内に目的の紅蓮の塔へと辿り着く。

 その目の前には大型の魔獣が陣取っていた。

 

「ギルドに手配されている魔獣じゃないみたいだが……とにかく倒すか」

 

「了解、サポートは任せてください」

 

 ハーモニカをしまい、アルティナは戦術オーブメントを構える。

 

「無茶だけはしないでくれよ」

 

「ん」

 

 すでに何度かアルティナを連れて魔獣退治を行っているから、彼女の戦闘能力には今更疑問を挟まない。

 しかし、保護者としては危ないことはして欲しくない。

 そのことを周りに相談してみたが、返ってきた答えは今の段階ではアルティナの好きにさせることだった。

 今のアルティナにできることを無理矢理取り上げるよりも、それをさせた上で関心を持つことを増やさせるべきだという助言をもらった。

 危ないと思うのなら、それこそリィンが守ればいいだけのこと。

 

 ――この子を守ろう……

 

 言葉にはしなかったがこの子はおそらく《結社》の子供。

 それこそヨシュアのような闇を抱えているのかもしれない。

 それでも変わろうとしているこの子をリィンは尊く感じずにはいられない。

 ヨシュアを殴ることも目的の一つだが、結社と戦いこの子に本当の意味で陽の光の当たる場所を歩かせて上げたい。

 リィンは誓いを胸にゼムリアストーン製の太刀を抜いた。

 

「八葉一刀流《初伝》リィン・シュバルツァー。参るっ!」

 

 

 

 

「流石にあの程度の魔獣じゃあ二人にとっては危険でもないか……」

 

 手配魔獣を倒して紅蓮の塔へと入っていくリィンとアルティナを物陰から隠れて見送ったサラは一人呟く。

 

「ともかくこれで試験のほとんどは合格なのよね」

 

 リィンには紅蓮の塔の屋上に置いてきた宝物を取って来いと指示をしたが、本命の試験は今戦った手配魔獣だった。

 あえてそれの存在を教えずに遭遇させ、冷静に対処できるかどうかが試験の内容だった。

 結果は文句なしの満点。

 二人とも年不相応なくらいの戦いぶりだったし、リィンの方は二ヶ月前に感じた危なっかしさが随分と薄れた。

 

「さてと、それじゃあこっちも準備をするかしらね」

 

 サラは久しぶりに触る大型の導力ライフルの調子を確かめながら塔に背を向ける。

 

「試験は報告が終わるまでが試験っていうことを教えて上げるわよ、二人とも」

 

 そう呟いたサラは気付いていなかった。

 彼らが来るよりも先に塔を登っていた男がいることに、そして街道へと続く道ではない獣道から現れた集団がリィン達を追い、音を立てずに紅蓮の塔へ入っていくのを。

 

 

 

 

「本当に真っ赤だな」

 

「ん」

 

 塔の中に入ったリィンは目の前の赤に言葉をもらした。

 全体の雰囲気はボースの琥珀の塔と同じだが、色彩だけが違う。

 また荒廃ぶりも同じようなもので、見上げた吹き抜けの階上は所々崩落している。

 

「足元に気を付けるんだぞアルティナ」

 

「ん」

 

 リィンの注意にアルティナは頷く。

 魔獣も住み着いているので慎重に進むが、危なげなく進み何の問題も起こらずにリィン達は屋上に出ることができた。

 

「あ……」

 

 広がる青にアルティナが感嘆の言葉を漏らす。

 リィンもまた琥珀の塔では気にする余裕がなかった空からの景色に思わず見入ってしまう。

 

「…………空を見上げて……」

 

「ん、どうしたアルティナ?」

 

「オリビエさんからもらった楽譜の名前を思い出しました」

 

「ああ、確かにそんなタイトルの歌だったな」

 

 アルティナと並んでリィンは蒼穹の空を見上げる。

 

「リーン」

 

「どうした?」

 

「ハーモニカ……吹けるようになったら、一緒に歌ってくれますか?」

 

 淡々と尋ねてきた言葉にリィンは苦笑して頷く。

 

「ああ、その時はみんなに聞いてもらおう」

 

「んっ」

 

 頷くアルティナの頭を一撫でして、リィンは気を引き締め直す。

 屋上の何処かに置かれた宝箱を探す。

 それらしいものはすぐに見つかった。

 正面の怪しい光を宿す台座の横に置かれた箱。

 しかし、その箱の上には見知らぬ男が腰をかけてタバコを吹かしていた。

 その姿にリィンは思わず唾を飲み込んだ。

 黒いスーツにサングラス。

 一見すれば、別におかしくはないがその立ち姿からかなりの達人だと分かる。

 

「彼が試験のボスか……」

 

 随分と簡単な試験だと思っていたが、最後の最後で現れた強敵にリィンは寒気を感じる。

 深呼吸をして平静を保ち、リィンは男へと近付いていく。

 

「あん?」

 

 男は近付いてくるリィンの気配に顔を上げる。

 

「すいません。貴方が試験官の方ですか?」

 

 一応、観光客の可能性もあることからリィンは太刀を抜くよりも先に声をかける。

 

「試験官?」

 

 訳が分からないと言わんばかりに首を傾げる男にリィンもまた首を傾げた。

 

「えっと……申し遅れました。俺はリィン・シュバルツァーといいます……

 今日は遊撃士の試験としてここに来たんです。貴方が座っているその宝箱の中身を回収するように言われて来ているんですが」

 

「悪いが俺には関係のない話だな……俺は暇つぶしに登ってきただけだ」

 

「そうですか……えっと……」

 

 的外れなことを言ったことにリィンは顔を赤くして頬をかく。

 ともかくいきなり太刀を向けずに声をかけてよかったと安堵する。しかし、

 

「だが、面白そうだな」

 

「え……?」

 

「その試験官ゴッコに付き合ってやるよ」

 

 男は宝箱から立ち上がり、ポケットに両手を突っ込んでリィンの前に立ちふさがる。

 

「クク、あの宝箱が欲しければ俺に一太刀でも入れてみるんだな。リィン・シュバルツァー」

 

「っ……」

 

 叩き付けられた殺気にリィンはアルティナを抱えてその場から飛びずさる。

 一目見た時から強いことは分かっていた。

 

「戦わなければダメですか?」

 

「つまんねえこと聞き返してんじゃねえよ」

 

 退く気のない男の言葉にリィンはため息を吐く。

 

「戦闘狂ですか……アルティナ、下がっていてくれ。援護はしなくていい」

 

 もはや言葉で言っても止まってくれる気配はない。

 そして道中で戦った魔獣の比ではないことを肌で感じる。

 そんな相手にアルティナを守りながら戦えると思うほどリィンは己惚れてはいない。

 

「八葉一刀流《初伝》リィン・シュバルツァー」

 

「ヴァルターだ……流派はまあいろいろだ」

 

 太刀を抜いてリィンは刃を返して峰打ちに持ち替える。

 それにヴァルターは眉をひそめるが、その反応を無視してリィンは構えた。

 

「行きます。二の型《疾風》」

 

 余裕に構えていたヴァルターにリィンは最速の踏み込みで斬りかかる。

 が、ヴァルターは半歩身を退いてリィンの斬撃を紙一重で避けた。

 その上、

 

「遅えよ」

 

 すれ違う様に嘲笑するような言葉を投げかけてきた。

 

「っ……」

 

 リィンは駆け抜けた勢いをそのままに方向転換し、再び斬りかかる。

 二撃、三撃と続く攻撃を全てヴァルターは同じように回避して、四撃目にカウンターの拳を放った。

 咄嗟に足を止めて、太刀でそれを受け止めたリィンは大きく弾き飛ばされる。

 

「いい反応だ」

 

「くっ……少しは手加減しろ!」

 

「クク、手加減ならしてやっているだろ? さっきのも最初の一撃でカウンターを入れてもよかったんだぜ」

 

 そういう男の言葉には嘘や見栄を感じなかった。

 本気で最初の一撃に合わせられたという言葉に改めて実力差を実感する。

 

「いつまで呆けてやがる」

 

 一瞬でヴァルターに踏み込まれる。

 

「おらおら、どうしたその程度か!」

 

「うるさいっ!」

 

 拳の連打に時折混ざる足技。

 背筋を凍らせながらも、連撃の合間の隙に太刀を振るが掠りもしない。

 徐々に速度を上げていく拳打の嵐の一つを捌き切れずにリィンの体を捉えた。

 

「がっ!」

 

 体の芯に響く衝撃に息が詰まり、殴り飛ばされたリィンは盛大に床を転がる。

 

「ちっ」

 

 そんなリィンの姿に期待外れだと言わんばかりにヴァルターを舌打ちをする。

 

「……まだだ」

 

 呼吸を整えて立ち上がったリィンは太刀を鞘に納めて居合の構えを取る。

 

「は……もういい飽きた。これで終わりにしてやる」

 

 もうすでにリィンに興味をなくしたヴァルターは無造作に踏み込み、拳を振るう。

 無造作であっても、それは速く鋭い。しかし、

 

「《伍の型、残月》」

 

 居合の太刀がヴァルターの拳を打ち落とす。

 

「ちっ」

 

 舌打ちしてヴァルターは逆の拳を振る。それも残月で打ち落とす。

 ヴァルターの顔色が変わり、さらに拳が繰り出される。その全てをリィンは抜刀術で迎え打つ。

 

「くっ……」

 

 ヴァルターの猛攻を歯を食いしばって迎撃するリィンの脳裏に浮かぶのはリシャールの姿。

 リィンの攻撃の動作に呼吸さえも読み取り、《受け》られた。

 彼のようにヴァルターの動きや呼吸を読むことに集中し、とにかく太刀を振る。

 

 ――もっと速く……

 

 《受け》の剣でありながら、リシャールのそれは抜刀もさることながら納刀の速度も速かった。

 

 ――くそ……刃を返したい……

 

 峰で放っているせいで鞘走りの速度に不満を感じてしまう。

 一つの拳を打ち落とすごとにヴァルターは速度と力を上げていく。

 その都度、リィンもまた抜刀と納刀の動作から無駄を削ぎ落とし、彼の拳に追い縋る。

 

「は……はは、いいぜ……その調子だ」

 

 気付けばヴァルターは笑みを浮かべていた。

 対するリィンはそれに返事を返す余裕などない。

 

「これはどうだ?」

 

 拳打のリズムが唐突に変化する。

 踏み込みは今までよりも深く、むしろ深過ぎた。

 密着するほどに深く踏み込んだヴァルターは片手で抜刀する前の柄尻を抑え込み、その逆の手をリィンの腹に押し付けた。

 

「何を……」

 

 振り加速させることのできない拳に何の意味があるのか分からず困惑するリィンは次の瞬間、悪寒を感じた。

 咄嗟に体を捻る。

 直後、触れているだけの拳から凄まじい衝撃を受けた。

 

「がはっ!」

 

 血を吐き出しながらリィンは盛大に吹き飛ばされる。

 打点をずらしてこの威力。

 まともに食らっていれば即死だったかもしれない。

 

「クク、これも凌ぐか」

 

 喜悦の笑みを浮かべるヴァルターにリィンは命の危機を感じる。

 いつの間にか、遊びが本気になっている。

 

 ――使うか……?

 

 命の危機に奥の手のことを思い浮かべる。

 

「クク、まだ何かあるのか? いいぜ何でもいい使ってみな」

 

 手招きして挑発するヴァルターにリィンの頭には二つの考えが浮かぶ。

 

 ――もう十分暴れただろうから説得してお引き取り願う……

 

 ――サラさん達に試すわけにはいかない奥の手を使って殴られた分きっちりやり返す……

 

 わずかな逡巡。

 出した答えは――

 

「どうなっても知らないからな」

 

 その答えにヴァルターは一層笑みを深くする。

 戦闘狂と内心で罵りながらリィンは戦術オーブメントを前に突き出すように構える。

 

「マスターアーツ駆動」

 

 剣術と違って不慣れな導力魔法には時間がかかる。

 本来なら致命的な隙なのだが、ヴァルターは笑みを浮かべるだけでその場から動こうとしない。

 

「悪いが三十秒で終わらせてもらうぞ」

 

「クク、いいぜ……ゾクゾクしてきたぞ」

 

 ヴァルターはそこで初めて構えを取って、リィンの準備が整うのを待ち構える。

 戦術オーブメントから導力が励起して準備が整う。

 

「いくぞ《神気――」

 

 次の瞬間、銃声が響き渡った。

 

「っ!? アルティナっ!?」

 

 駆動を維持したままリィンは銃声のした方を振り返る。

 屋上の出入り口には紫の鎧を着込んだ猟兵が五人、隊列を組んでライフルをリィンに向けていた。

 そしてその奥の一人、空に銃を向けて撃った猟兵の腕には気を失ったアルティナが抱えられていた。

 

「お前たちは……アルティナに何をしたっ!?」

 

 彼らの正体を問いただすよりもリィンは先にアルティナの安否を心配する。

 目の前の敵に集中するあまり、彼女への注意を怠ったこと自分を呪う。

 

「ふん……暴れられると面倒だから薬で眠らせただけだ」

 

「目的は何だ?」

 

「組織を裏切ったこいつの首に賞金がかけられた」

 

「賞金だと……」

 

 身勝手な言葉にリィンは憤りを感じずにはいられない。

 だが同時に不信にも思う。

 アルティナを薬で眠らせたのなら、それこそすぐにことに及ぶことはできたはず。

 なのに猟兵はわざわざリィンに気付かせるように銃を撃った。

 

「俺たちはただの雇われだ。そしてお前に説明をするのも依頼の内だ」

 

「それはどういう意味だ」

 

「これは一種のゲームだ……

 このガキを組織から解放したければ、四輪の塔を巡り用意した刺客を倒せ……

 他の同行者は認めない。お前一人とせいぜいこのガキだけだ。それができれば組織からの離脱を認めてやるってな……

 もっともそれもここでゲームオーバーだがな」

 

 男は銃をアルティナに――

 

「おい、それ以上動くな」

 

 自分でもゾッとする冷めた言葉がリィンの口から発せられた。

 疑問は多く、問いただしたいことは山ほどある。

 だがそれらを全部無視して警告する。

 

「それはこちらのセリフだ。死にたくなければそこで指を咥えて見ているんだな」

 

 リィンの足元に威嚇の弾丸が撃ち込まれ、男はアルティナに銃口を突き付けて――

 

「《神気合一》」

 

 戦術オーブメントに填められた《鬼の力》のマスタークォーツから力を引き出す。

 変化は劇的だった。

 身体に漲る力は本来のものよりも劣るが、白く染まった髪と赤く染まった眼。

 その変化と共に増大したプレッシャーに猟兵たちはわずかに怯む。

 その一瞬を見逃さず、リィンは踏み込んだ。

 

「え……?」

 

 瞬間移動かと思うほどの速さでいきなり目の前に現れたリィンにアルティナを抱えていた男は間の抜けた声を漏らす。

 その顔面にリィンは破甲拳を叩き込み、アルティナを取り返す。

 

「ぶへらっ!」

 

「なっ!? いつの間に!?」

 

 殴り飛ばした男の奇声でリィンにライフルを向けていた猟兵たちは遅れて振り返る。

 が、その全ての動作が今のリィンにとっては遅すぎた。

 

「秘技、裏疾風」

 

 アルティナを片手に抱えたまま、容赦なく全員に一撃を与え、さらに追い打ちを叩き込む。

 そこでリィンは刃を返したままだったことに気付き、舌打ちをすると共に安堵した。

 《神気合一》は解け、リィンは元の姿に戻る。

 

「くっ……まさかこれほどの化け物がいたとは、法外な前金はそれが理由か……」

 

 倒れ伏しながらも意識を保っていた一人が呻くように言葉を漏らす。

 

「その依頼主に伝えておけ、そのゲーム受けてやる。そしてアルティナは俺が貰うってな」

 

「ククク、もう勝ったつもりか? まだ終わってないぞ」

 

 その言葉を合図に屋上の出入り口から次々と彼らと同じ紫の鎧を着込んだ猟兵達が雪崩れ込んでくる。

 

「なっ!? 子供一人にこれだけの戦力を投入するなんて恥ずかしくないのかっ!」

 

「何とでも罵ればいい。俺たちはどんな汚名を背負ってでもミラが欲しいんだよ」

 

 一層清々しいまでの金の亡者の発言。

 

 ――どうする?

 

 流石に相手が多すぎる。

 《神気合一》を使えば難なく蹴散らせるかもしれないが、戦術オーブメントを介したそれは一回の駆動で全EPを消費してしまう。

 再起動させるにはEPを回復させなければならないが、そんな余裕を取り囲んだ猟兵達がくれるとは思えない。

 絶体絶命の窮地にリィンは――

 

「おい、てめえら……」

 

 煉獄の底から響く苛立ちの声にその場にいる全員が身を凍らせた。

 

「あ……」

 

 声の方を振り返り、すっかり忘れていたヴァルターの存在をリィンは思い出す。

 

「せっかく人が最高に気持ちよく殺し合っていたっていうのに、なに邪魔してくれやがるんだ……ええっ!」

 

「おい」

 

 試験官ゴッコじゃなかったのか、とリィンは思わず突っ込む。

 

「黙って隅で震えていればいいものを、邪魔をするならお前も殺すぞ」

 

 猟兵の一人がズカズカと近付いてくるヴァルターにライフルを向け、躊躇うことなく引き金を引いた。

 

「ふんっ」

 

 ヴァルターは飛来する弾丸をあろうことか拳で弾き飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 絶句する猟兵にヴァルターはそのまま無造作に近付いて殴り倒した。

 

「こ、こいつっ!」

 

「うぜぇ」

 

 一斉に猟兵たちがリィンからヴァルターにターゲットを切り替える。

 一斉掃射された弾丸にヴァルターはゆらりとした歩法で擦り抜けると、悠然と歩いて一人づつその拳で叩きのめしていく。

 

「っ……撤収だ!」

 

「しかし、隊長っ!」

 

「負傷者を回収して撤収だと言った」

 

 反対の声を有無を言わさず黙らせ、隊長は缶のようなものを投げる。

 次の瞬間、その缶から煙が噴き出し瞬く間に煙がリィン達を飲み込んだ。

 高所であったため、風に吹かれて煙はすぐに晴れる。

 が、その時にはもう出口から逃げていく猟兵の背中しか見えなかった。

 

「ちっ……」

 

 ヴァルターはそれを追い掛けることもせずに舌打ちしてタバコに火を付ける。

 

「萎えた」

 

 ぽつりとそんなことを呟くとヴァルターはそのまま出口に向かって歩き出した。

 

「あ……あの……」

 

 礼を言うべきなのか迷うリィンにヴァルターは足を止め振り返る。

 

「次にやり合う時までにはその刃を返せるようになっておけよ」

 

「それは……」

 

「お前が奴らを斬り殺せていれば、俺の出る幕はなかった。違うか?」

 

 最初の一団をリィンが容赦なく屠り、力の差を見せつけていれば先程のように彼らはすぐに撤退を決めていたかもしれない。

 数の暴力で押し切られそうになったのは、リィンの手心のせいだと言われてしまえば反論のしようはなかった。

 

「本気でやれないって言うなら、さっきのゲームに俺も混ざってもいいんだぜ」

 

「っ……」

 

 言外にアルティナを殺すぞと宣言するヴァルターをリィンは睨む。

 

「クク、少しはマシな顔になったじゃねえか……

 せいぜい次に会う時まで死んでくれるなよ。超帝国人リィン・シュバルツァー」

 

 そう言い残してヴァルターは去って行く。

 

「……くそ……」

 

 胸に渦巻く無力感にリィンは毒づく。

 今回はたまたま彼がいたから最悪には至らなかったが、それは運が良かったとしか言えない。

 戦力の見通しを誤ったこと、猟兵のミラに対する欲を甘く見ていたこと、何よりも守ると誓ったばかりなのに危険な目に合わせてしまったことが何よりも悔しかった。

 次の相手は他の四輪の塔にいる。

 待ち受ける彼らがどんな相手なのかは分からないが、ミラで幼い子供を殺すことに躊躇いを感じない人でなしなのは変わらない。

 遊撃士の戦い方は《殺さずに制する》。

 その戦い方をこの二ヶ月間リィンはサラに教え込まれたが、果たしてこの先の戦いをそんな甘い考えで切り抜けられるのか不安になる。

 

「…………あれ……? 今あの人俺のことを何て呼んだ?」

 

 ふと冷静になってきた頭が違和感に気が付く。

 その違和感の正体に気が付き、慌ててヴァルターを追いかけて塔を降りるが、彼の姿はもう何処にもなかった。

 

 

 

 

「――以上がことの顛末です」

 

 その後、慌てた様子のサラと合流してリィンはツァイスに戻った。

 宝箱の中身は小さな小箱でしっかりと封がされていた。

 中身は気になったが、開けずにリィンはそのまま持ち帰り、キリカに提出した。

 

「……そう……随分と大変な目にあったのね……

 ごめんなさい。どうやら試験を行うタイミングを誤ったようね」

 

「いえ、キリカさん達のせいではないですよ」

 

 頭を下げるキリカにリィンは本当に運が悪かったと言うしかなかった。

 ヴァルターのような戦闘狂がそこにいたのは偶然だし、猟兵たちに関してはもう少ししたら別の形で接触してきたに違いない。

 タイミングから考えておそらくはこの数日間、動向を監視されていたのだろう。

 

「それにしても趣味の悪いゲームね。考えた奴は相当性格が悪いんじゃないかしら?」

 

 サラが憤りを露わにする。それについてはリィンも全くの同意だった。

 

「それでリィン君はこれからどうするつもりかしら? まさか本当にこの馬鹿げたゲームに付き合うつもり?」

 

「はい。少なくとも今は相手の思惑に乗るつもりです」

 

 そうしなければどんな強硬な手段を取られるか分からない。

 最悪、無視をして街中で襲われることは避けたい。

 

「言われた通りにするなら、実質一人で戦うことになるけど勝算はあるの?」

 

「分かりません。でも、それ以外の道がないなら突き進むだけです」

 

 アルティナのことを猟兵は裏切り者と呼んだ。

 目を覚ましたアルティナは今は黙ってリィンの横にたたずんでいるが、その胸中はリィンには図り切れない。

 アルティナは《結社》の一員、ではなく一道具だったことを認めたが、彼女に開示されていた情報はほとんどなかったらしい。

 《結社》がリベールで何をしようとしているかは分からないが、アルティナの自由のためなら待ち構えているのが《剣帝》だったとしても退く気はない。

 

「それに勝ち進めば、こんな馬鹿げたゲームを仕掛けた本人が出てくるはずです。俺はそいつをとりあえず一発殴らなければ気が済みません」

 

「そこは一発なんて言わず、土下座させて女神に懺悔させときなさい」

 

 リィンの決意を後押しするようにサラは認めると、彼女は彼女のこれからの行動を決めた。

 

「それじゃあ私はちょっと今回の刺客だった紫の猟兵を追わせてもらうわ」

 

「それはいいけど、もしかして――」

 

「ええ、ちょっとすれ違ってね。顔を見たから締め上げて来るわ」

 

 キリカの言葉を遮ってサラは獰猛な笑みを浮かべる。

 

「それに帝国のギルドからも一度戻ってきてくれって呼ばれているし、ちょうどいい機会かしらね」

 

「そうですか……」

 

「あら、リィン君ってばお姉さんとお別れするのが寂しいのかしら?」

 

「いえ、全然これっぽっちも」

 

 おどけた口調でからかおうとしてくるサラにリィンは冷めた言葉を返す。

 

「ぐ……かわいげのないこと言ってくれるじゃない」

 

「それよりもサラさん、お酒は程々にしてくださいよ。それからお酒と肉ばかり食べてないでちゃんと野菜も食べてください……

 それから脱いだ服は放り出さないで、ちゃんと掛けて置くようにすること、それから――」

 

「大きなお世話よっ! あんたはあたしの母親かっ!」

 

「言われたくなければちゃんとしてください。この二ヶ月で何度サラさんが散らかした部屋を片付けさせられたと思っているんですか」

 

「ちっ……ロリコンのくせに生意気な」

 

「ファザコンをいつまでも引きずってないで親離れしたらどうですか?」

 

「喧嘩なら後にしなさい」

 

 睨み合う二人をキリカは静かに仲裁して、強引に話を戻す。

 

「さて、ついては試験のことだけど」

 

「あ……」

 

「本来の試験の本命は塔の前にいた手配魔獣だったのだけど、それは問題なく対処できたようね……

 それに回収してきたものも開封せずにきちんと持ち帰ってきた……サラ……」

 

「ええ、本当なら帰りに油断しているところをあたしが奇襲する予定だったけど、それはなしにしても文句なしの合格ね」

 

 サラの言葉にリィンはひとまず安堵の息を吐く。

 しかし、アルティナを巡るゲームに関わると決めた手前、ここで強制的に帝国へ帰されたらどうしようかと思ったが、杞憂だった。

 

「そういうわけでリィン・シュバルツァー……

 貴方を臨時の遊撃士として認め、バッジを送る。いろいろと言うことはあるけどその辺は今更言わなくてもいいでしょ」

 

 サラはリィンが持ち帰った小箱を開けるとそこから遊撃士の紋章を取り出し、リィンに差し出した。

 

「え……?」

 

 準遊撃士や正遊撃士のそれとは色が違うバッジにリィンは困惑する。

 

「臨時の遊撃士というのは有事の際に民間人からの協力者が持つものね……

 依頼をこなす権限や実質的な効果はほぼないけど、貴方の行動に遊撃士が後ろ盾にいると示すものであるから、今後はそのつもりで責任のある行動をしてもらえるかしら」

 

「でも……」

 

「それからリィン君……ギルドとして貴方に頼みたい仕事があります」

 

 戸惑うリィンを他所にキリカはどんどん話を進めていく。

 

「クーデター事件からリベール内での魔獣が狂暴化しているわ……

 リィン君には各地方を回ってもらって、その調査と手配魔獣の討伐を行ってもらいたいの」

 

「いいんですか?」

 

 以前、ボースでは似たようなことをしていたが偵察だけに留めることを厳命されて、どんな弱い手配魔獣でも一人で戦うことは許されなかった。

 

「ええ、そのための試験だったのだからね……

 貴方の実力なら安心して任せられる仕事だわ。それに四輪の塔を巡るならある意味ちょうどいいわね」

 

「あ……」

 

「一見すれば雑用のようで気は進まないかもしれないけど、貴方の働きで正遊撃士が自由に動くことができるようになるわ……

 もちろん、アルティナのことを最優先に動いてくれて構わないけど……この依頼、引き受けてくれるかしら?」

 

 最後にキリカはリィンの答えを求める。

 自分の力が彼らの一助になるのならリィンはそこに躊躇いはない。

 

「その依頼――しかと承りました」

 

 新たな決意を胸にリィンは後に《リベールの異変》と呼ばれる戦いに踏み出した。

 

 

 

 




こんな一幕。

リィン
「いいかアルティナ、オリビエさんのような人を不埒な人って言うんだ。俺は不埒なんかじゃない」

アルティナ
「ん」

 そして、いつかのパンタグリュエルIF

アルティナ
「リィン・シュバルツァー……やはり不埒な人だったようですね」

リィン
「…………オリビエさんと同列……死にたい……」

アルフィン
「リィンさんっ!?」



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