「いやーリィン君が来てくれて助かるよ」
ルーアン支部、遊撃士協会。
その受付である眼鏡をかけた青年、ジャンはリィン達をそう言って出迎えた。
「実はカルナがレマン自治州の訓練所に行ってしまってね。人手が足りなかったんだよ」
「精一杯頑張らせてもらいます」
「うん、さてそれじゃあ改めて臨時遊撃士のリィン君に仕事の説明をさせてもらおうかな」
「俺の仕事は手配魔獣の退治でしたよね?」
「その通りだけど、それに並行してもう一つやってもらいたいことがあるんだ」
「何でしょうか? 俺にできることなら何でもやりますけど」
「そんなに肩肘を張らなくても大丈夫だよ……
リィン君に頼みたいのは魔獣の記録をつけることだよ」
「魔獣の記録ですか?」
「クーデター事件の後からリベールの魔獣が狂暴化したり、新種の魔獣が現れたからその新しい魔獣の分布図を作るための情報収集を頼みたいんだ」
「えっと……具体的に何をすればいいんですか?」
「倒した魔獣が何処にいたのか、どれくらいの強さだったのか、そういうのを手帳に記録して提出してくれればいいよ……
優先度が低くて地道な仕事だからどうしても後回しになってしまってね」
「構いませんよ。あの、ところで紺碧の塔はどの辺りにあるんですか?」
「紺碧の塔はルーアン市の南、アイナ街道に看板があるからすぐに分かると思うよ……
でも話は聞いているけど、すぐにそこに行く必要はないみたいだよ」
「え……?」
「実は今朝、こんな手紙がギルドに送りつけられて来たんだ」
そう言ってジャンは手紙をリィンに差し出した。
『リィン・シュバルツァーへ』
その言葉から始まる手紙の内容は簡単に言えば果たし状だった。
一週間後の正午に紺碧の塔の屋上に来い。
そう記された短い手紙にリィンは目を細める。
「他の地方で同じような挑戦状は届いていないようだから、どうやら結社はリィン君の動向を把握しているみたいだね」
「そうですか……」
ルーアンに着いたら真っ先に向かおうと思っていただけに、盛大な空振りをしてしまった気になる。
「まあ、向こうにとっても昨日の今日の話だからね……
刺客を用意する時間がなかったのか、それともリィン君の体調を整える期間のつもりか……
とにかくせっかく時間ができたんだ。地理を把握するためにも一度は塔に登っておくことを勧めるよ」
「そうですね……」
ジャンの言う通り、それをするだけでも勝率は上げられる。
それに仕事を先にこなすことで少しでも強くなれるのなら、それはそれで良いのかもしれない。
「とりあえず急ぎの仕事としてメーヴェ街道の手配魔獣を倒しに行ってもらえるかな?」
「メーヴェ街道の、確かジェニス王立学園への街道でしたよね?」
「ああ……もっとも目撃情報は学園への分かれ道からマノリア村の方へ行ったところだけどね……
それが済んだら、そのままマノリア村に行ってテレサ院長に報告して、そのまま彼女たちの護衛をしてもらえるかな?」
「それは構いませんが、護衛って何処に?」
「先日焼けた孤児院の立て直しが完了して昨日まで荷物の搬入で忙しかったけど、今日正式にマノリア村から移ることが決まったんだ……
だけど、そこにちょうど手配魔獣が現れたというわけなのさ、朝一番で準遊撃士に向かってもらってもよかったけど、テレサ先生や子供たちから一度リィン君に直接お礼がしたいとも言われていたからちょうどいいだろ」
「お礼って……そんなに大したことはできてなかったのに」
「謙遜することはないよ。孤児院の子供たちにとってあの時のリィン君はヒーローに見えていたみたいだよ」
そう言われるとこそばゆく感じてしまう。
とにかく、手配魔獣が迷惑になっているのなら、リィンも行かない理由はないので快くその依頼を受けてギルドを出た。
「そういえばアルティナは海を見るのは初めてなのか?」
街道へ続く道を歩きながら物珍し気に海の方を見ながら歩くアルティナをリィンは前を向いて歩くようにと注意して尋ねる。
「ん」
頷いて肯定するが、その視線は海へと向けられたままだった。
それ以上の注意も無粋と思い、彼女の分も自分が気を付ければいいかと思ったところで、リィンは視線を感じた気がして振り返った。
「リーン?」
「…………いや、何でもない」
視線の気配はリィンが振り向いたと同時に消えていた。
気のせいかと、思いながらもリィンは振り返った景色の中で違和感を見つけようと目をこらし――
「リーン」
早くと言わんばかりにアルティナはリィンの手を取る。
「ああ、すまない。行こうか」
最後にリィンはもう一度だけ背後を見回してからアルティナに手を引かれてメーヴェ街道を歩き出した。
その後姿を民家の上から見送る人影が一つ。
黒い装束に、顔は口元以外をフードと仮面で隠した怪しい出で立ち。
男なのか、女なのか分からないそれは遠くなっていくリィンの背を見下ろしながら呟く。
「所詮は子供か……」
先程の視線の正体。
そこにわずかな殺気を込めて反応を見てみたが、彼は振り返りはしたもののそこまでだった。
見たところだいぶ張り詰めた様子で警戒をしていたが、それでこの様なら取るに足りない相手だろう。
「猟兵王に膝を着かせたという噂だが、所詮は噂だったか……」
そのことに少しだけ落胆する。
それだけの実力を持つ子供なら、自分と同じく幼い頃から殺し合いの世界で生きていたのではないかと勝手に親近感を持っていたが、一目見て彼は違うと分かってしまった。
そしてリィンから興味を失くして、ターゲットと指定されている幼子を観察する。
「ホムンクルス、人工的に作られた人間か……そうとは見えないが……」
それは考え込むように黙り込む。
「不本意な仕事だが致し方ない」
蛇のような男に口で丸め込まれた苦い記憶を思い出しながらそれは誰に言うでもなく呟く。
「一度引き受けた以上は依頼を果たす……それが子供であっても同じ。私は……《銀》なのだから」
それは人知れぬ宣誓ではなく、まるで自分に言い聞かせるかのような呟きだった。
*
「ダイヤモンドダストッ!」
氷の礫が大型のサメの魔獣を凍結させ、その動きを止める。
そこにリィンはすかさず――
「四の型、紅葉斬り」
大きな体躯を一刀両断して、リィンは太刀を鞘に納めて氷のアーツを放った主に振り返る。
「お久しぶりです。リィン君」
「ええ、久しぶりですねクローゼさん。ところでこんなところでいったい何をしていたんですか?」
手配魔獣の討伐に来たリィンはその姿を探すまでもなく、誰かの戦闘音によってそれを見つけることができた。
そこに辿り着けば、近くのジェニス王立学園の制服をまとったリベールの王女が一人と一羽で件の魔獣と戦っている真っ最中だった。
慌ててリィンとアルティナは彼女たちに加勢して、程なくして手配魔獣は無事に討伐されたが、リィンは見知った少女、クローゼを睨み問いただす。
「えっと……たまたまルーアンへ買い出しに行こうとしたところだったんです……
それで大きな魔獣にたまたま遭遇してしまって……仕方なく迎撃することにしたんです」
「こっちはマノリア村に続く道ですよ。三叉路を間違えたと言うんですか?」
「それは……」
肩を小さくしてクローゼはリィンから目を逸らす。
「まあ、だいたい予想はできますけど」
「な、何のことですか?」
「大方、今日の孤児院の引っ越しに付き添いたくてマノリア村に向かっていたら、大型の魔獣を見つけて倒しておかないと子供たちが危ないと思って攻撃したんじゃないですか?」
「…………」
クローゼはリィンから目を逸らす。
沈黙は肯定だと見なして、リィンはそのまま続ける。
「クローゼさんは王女なんですよ。軽率な真似は控えるべきじゃないんですか?」
「はい……おっしゃる通りです」
全く反論できずにクローゼはシュンとする。
「あ……あのこのことはユリアさんには内緒にしてもらえますか?」
「内緒にしてって……」
クローゼの必死な懇願にリィンは傍らの柵に止まって羽を休める白ハヤブサのジークに視線を向ける。
「ピュイ……」
彼は諦めたように首を横に振る。
彼女の無茶は今に始まったことではない、と言わんばかりの諦観が彼から見て取れた。
「俺は今、臨時の遊撃士として手配魔獣の討伐を任されているんです」
リィンは胸元のバッチを指して続ける。
「なので報告に嘘偽りは書けません」
はっきり告げるとクローゼはますます肩を小さくしてしまう。
そんな彼女の姿にリィンはため息を吐き、慰めるように頭を撫でる。
「ジャンさんに相談して、穏便な形で協力してもらったことにしてもらいましょう……
小言を言われるかもしれないですけど、ユリアさんよりかはマシでしょ?」
「リィン君……ありがとうございます」
感激した顔を上げるクローゼにリィンはやれやれと肩をすくめる。
普段は相応な可憐さと落ち着きがある彼女も、時々周りが驚くくらいに行動的になる。
彼女の実力は知っているが、それでも立場を知っている者としてはあまり無茶をして欲しくない。
「それにしてもリィン君。いつルーアンに来たんですか? 確かあれからツァイスに滞在していたんですよね?」
「ルーアンに来たのはついさっきです……実は臨時の遊撃士に任命されて各地の手配魔獣の討伐を任されたんです」
結社から挑まれたゲームについては伏せてリィンは表向きの理由を説明する。
「そうだったんですか。それじゃあ私はリィン君のお仕事の邪魔をしちゃったんですね」
「それはいいですけど……この後、村に報告と子供たちの護衛も任されていますが、クローゼさんも来ますよね」
「はい」
リィンの申し出にクローゼは強く頷いた。
「アルティナちゃんも久しぶりですね」
「ん」
クローゼの呼びかけにアルティナは頷く。
そんなアルティナの頭をクローゼは優しく撫でて、三人並んでマノリア村へ歩き出す。
「それにしてもリィン君はまた強くなりましたか?」
「どうでしょうか? ツァイスでは負けてばかりでしたけど……」
一番記憶に新しいヴァルターとの戦いも《鬼の力》を使っても勝てていたか怪しい。
訓練でもカシウスは当然としてもサラやリシャール、たまたま来ていたユリアなどとも手合わせしたが勝ち星を拾えなかった。
「どうにも俺は訓練の時と実戦での実力の落差が激しいタイプみたいなんですよ」
「そうですか……でも、きっとリィン君は私よりもずっと強いんですよね……
エステルさんも、外国で頑張っているんですよね?」
「え……ええ」
突然出てきたエステルの話題にリィンは挙動不審になりながら頷く。
「何か不安があるんですか。エステルさんならもうすぐ帰ってくるそうですよ」
「そうなんですか?」
「ええ……そう聞いています」
その報告にクローゼは嬉しそうに顔をほころばせるが、すぐにそれを曇らせた。
「やっぱり何かあったんですか?」
「いえ……」
否定をしてからクローゼは数秒考え込んでから口を開く。
「リィン君はあのクーデター事件のことはどこまで聞いていますか?」
「それは……」
「私はリシャール大佐を影で操っていたのがロランス少尉だったと聞きました」
情報は規制されているが、王女という立場であり直接彼と戦った彼女なら知らされていても不思議ではない。
「私はあの人に言われたんです……
国家というのは巨大なオーブメントと同じ、人々というクォーツから力を引き出す数多の組織・制度という歯車……
それを包む国土というフレーム……
その有り様を把握できなければ、私に女王としての資格はない、と」
「国家はオーブメントと同じ……」
「彼が何を言いたかったのか、私はまだ分かりません……
でも、遠くない未来にあの人と再び戦う予感があるんです……
エステルさんやユリアさん達はそれに備えて準備をしているのに、私は学園に戻って平和な日常を送っている……
あの戦いで真っ先にやられてしまったのは私なのに……私だけ前に進めてない気がして」
「手配魔獣に挑んだのは子供たちのためだけじゃなくて、焦っていたからですか?」
「ヨシュアさんがいなくなって、みんなが大変な時に私は何もできなくて……剣の腕を磨くのも学園では限界があるのに……」
その言葉から少しでも強くならなければという焦りが見て取れた。
そしてリィンは同じような顔を今朝、鏡の前で見たばかりだった。
「…………クローゼさん」
深呼吸して、肩の力を抜いてリィンは尋ねる。
「学園って、何時から授業が始まるんですか?」
「午前八時からですけど……」
突然変わった話題にクローゼは困惑しながら応える。
「それじゃあ、その前の一時間、俺に貸してくれませんか?」
「え……?」
「少なくとも俺は一週間ほどはルーアンで仕事をする予定です……
その間だけでもいいなら、俺にクローゼさんが強くなる手助けをさせてください」
「でも、私は寮生活で……」
「学園までなら俺が準備運動がてら走って行きますよ……あ、でも入るにはやっぱり許可が必要ですよね?」
「ええ、それは当然なんですけど……」
弱気な言葉でリィンの不安を肯定するが、すぐにクローゼは気を取り直して言い直した。
「リィン君が学園に入る許可は私が何とかしてみます……
もし取れなくても、レクター先輩が教えてくれた抜け穴を使えば学園の外には出られますから、何とかなります……だから私を強くしてください」
「え……ええ、それじゃあ明日からよろしくお願いします」
さらりと問題発言があったが、クローゼにあまりの剣幕で詰め寄られたリィンは突っ込むこともできずに頷くことしかできなかった。
………………
…………
……
マノリア村に着くと、リィンは子供たちの歓声の声に迎えられた。
テレサ院長からは何度もお礼を言われ、子供からはあの時助けてくれてありがとうと、紙でできた勲章をもらった。
笑顔の子供たち。
改めてリィンは自分の力で守ったものを実感して胸に温かなものを感じた。
その後は護衛の仕事に務め、何事もなく子供たちを新設された孤児院に送り届け、そのお祝いにアップルパイを作るクローゼの手伝いをしたりして、ルーアンに戻る頃にはすっかり夕方だった。
「早く、買い物を済ませて戻らないと」
すっかり孤児院に長居してしまったクローゼは当初の目的の買い出しにルーアンに来ていた。
「買い出しって、口実だったんじゃなかったんですね」
てっきり孤児院に行くための言い訳だったとリィンは思っていた。
明日の朝で良ければ自分が代わりに、と提案したのだがクローゼは生真面目にもそれを断り、急いでルーアンにやってきたのが今の状況だった。
「ちゃんと時間を見て余裕をもって孤児院を出るつもりだったんですよ……
でも気付いたらいつの間にかこんな時間に」
「まあ、気持ちは分かります」
引っ越しを終えた子供たちのはしゃぎようはそれはもうすごいものだった。
そんな子供たちにもう帰るとなかなか言い出せなかったクローゼにリィンも助け舟を出したのだが、何だかんだでクローゼももう少し、もう少しと踏み切れなかったので完全な自業自得だったりする。
「とにかく早く買い物を済ませてしまいましょう。学園まで送りますよ」
「そんな悪いですよ」
「もうすぐ日が落ちるのに、女の人を一人で街道を歩かせるわけにはいきませんよ」
「……すいません」
申し訳なさそうに頭を下げるクローゼにリィンは気にしないでくださいと言葉を返して――
「っ……!?」
勢い良く振り返った。
「リィン君……?」
「リーン……?」
突然のリィンの行動にクローゼとアルティナが首を傾げる。
が、それに応えずリィンはわずかに感じた敵意のような気配を探る。
「ちょっとここで待っていてくださいっ!」
「あ……」
制止の言葉を置き去りにしてリィンは駆け出した。
同時に視線の気配が動くのを感じた。
夕暮れの街、仕事帰りの人たちで賑わう道に逆らってそれはリィンから逃げる。
それを見失うまいとリィンは必死に追い駆ける。
「たぶん、奴が……」
紺碧の塔での戦いは一週間後と指定はされているが、その相手がすでにルーアンに来ている可能性はあり得る。
ここで捕まえることができれば殺し合いはしなくて済むかもしれない。
そう考えながら、リィンはそいつが曲がった角を遅れて曲がる。と――
「え……?」
「なっ……!?」
曲がった瞬間、リィンが見たものは見知らぬ少女の驚いた顔だった。
向こうも同じように走っていたのか、曲がり角になかなかの速度で走り込んできた。
――このままだとぶつかる……
咄嗟にそう考えたリィンは強引に踏み出した足をずらして外に避ける。
少女と衝突することを回避し安堵の息を吐いた瞬間、避けたはずの少女が目の前にいた。
「なっ!?」
互いに衝突を避けた結果、避けた先で二人は衝突した。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
二人はもつれるようにして倒れ込む。
少女を押し倒してしまいそうな体勢からリィンは体を入れ替えて自分から下敷きになるように地面に背中を打ち付ける。
「っ……」
硬い地面の感触に痛みを堪えた次の瞬間、リィンの顔に柔らかなものがのしかかった。
「いたたた……」
少女の声が上の方から聞こえてくる。
それにリィンは既視感を覚え、同時にこれから起こることに諦観した。
「あ……きゃっ!」
かわいらしい悲鳴を上げて、リィンの顔はその柔らかな物体から解放される。
「えっと……その……」
道の先を一瞥し、先程の気配がなくなっているのを確認してからリィンは少女と向き直る。
「すいません。ちょっと急いでいて前方不注意でした」
顔を赤くした少女が次に何をするのか予想しながらリィンはとりあえず謝る。
しかし、返ってきた言葉は予想とは違っていた。
「いえ、私の方こそすいませんでした」
「いやでも……その……」
小柄な体躯に不釣り合いな大きな胸に視線を送る。
そして、おそらくは顔に押し付けられたそれから思わずリィンは目を逸らす。
「えっと……事故みたいなものですから気にしないでください」
「本当にすいません」
どこかの令嬢とは違っておおらかな心で許してくれた少女にリィンは頭を下げる。
そこにクローゼとアルティナが追いついた。
「リィン君、突然どうしたんですか?」
「リーン」
「クローゼさん、アルティナ……いや、ちょっと気になる気配を感じて……でも逃げられてしまいました」
「そうですか……あれ? そちらの方は?」
クローゼは少女に気づいて首を傾げる。
「彼女はここでぶつかってしまって……そういえば怪我はないですか?」
「ええ、大丈夫です……あっ! すいません急いでいるので失礼します」
リィンの質問に応えると、少女は思い出したように慌てて立ち上がり止める間もなく駆け出した。
その背を見送り、リィンもまた立ち上がる。
「すいませんでした、クローゼさん。早く買い物を済ませてしまいましょう」
「え……いいんですか?」
「おそらく今から追い駆けても見つけられないと思います」
それに先程の少女との衝突ですっかり張り詰めた緊張が緩んでしまった。
――それにしても……
顔にのしかかったそれの感触と重さを思い出して、思わず考えてしまう。
――アリサやクレアさんよりも大きかった気がする……
「リィン君……」
「不埒な気配がします」
「そ、そんなことないぞアルティナ」
二人のジト目にリィンは慌てて否定した。
*
「ふぅ……何とか誤魔化せましたね」
リィンから離れた少女は振り返り、彼が追い駆けて来ないことを確かめてから息を吐いた。
「それにしても……」
昼間に彼がメーヴェ街道に出る時に、気配をもらして実力を測った。
その結果から彼女のリィンへの評価は低いものとなった。
しかしその数時間後、目の前で見た彼は昼間に見た彼とは全くの別人に見えた。
「たった数時間でいったい何が変わったんでしょう?」
たまたま夕食を食べるために歩いていたところ、彼の姿を見つけて視線で追ってしまった。
だが昼には気付きもしなかったそれに、今度は気付かれ、位置まで特定された。
偶然を装ってぶつかり女の武器を駆使して何とか誤魔化すことはできたが、気付かれた時点で少女は深く落ち込んでいた。
「油断しすぎたのかな?」
そう思わずにはいられない。
気配を消すのではなく一般人に溶け込むようにしていた。彼を見た視線にも殺気を含ませたわけではない。
それでも気付かれた。
「やっぱり私は……」
同年代の子供に気付かれるほどに未熟な自分に少女は落ち込む。
そんな弱気を振り払うように少女は頭を振って後ろ向きな考えを頭の中から追い出す。
「リィン・シュバルツァー……どうやら評価を改める必要がありそうですね」
その呟きは聞く者の背筋を凍らせるほどに冷たかった。
守護騎士第五位
「ようこそ、パシリ二号!」
東方の魔人
「……えっと……何のことですか?」
*
帝国時報新聞記者
「リィン・シュバルツァー君。リベールの王太女と二人きりで密会をしていたというのは本当ですか!?」
リィン
「ノーコメントで」
怪盗B
「はははっ! そのことについては一部始終見ていた私が説明しようじゃないかっ!」