(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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38話 《銀》

 

 ジェニス王立学園での戦いを終えた翌日。

 ギルドに報告し、ルーアンでの結社の暗躍は一先ず終わったと判断して、エステルは次にツァイスに向かうことを決めた。

 

「それじゃあリィン君はまだルーアンに残るの?」

 

「ええ、元々俺はそれぞれの地方の魔獣の分布を調べる仕事をしていましたので、数日後には次のボースかロレントのどちらかに行くつもりです」

 

 臨時遊撃士の仕事のことだけを説明して、リィンは結社による試練のことは伏せる。

 

「そっか……正直、リィン君が一緒だと心強いんだけど」

 

「そう言ってくれると嬉しいです……でもツァイスにはアガットさんがいるようですから俺の出る幕はないんじゃないですか?」

 

「そんなことないわよ。でもボースやロレントに行くならアネラスさんやシェラ姉によろしくね」

 

「ええ、任せてください」

 

 頷くリィンにエステルはおもむろに顔を寄せる。

 

「な……何ですか?」

 

 思わずリィンは一歩後ずさる。

 オリビエとの会話のせいで妙に意識してしまい顔が熱くなるのを感じる。

 

「うん……もう大丈夫そうね……昨日は突然泣き出しちゃってから驚いたわよ」

 

「うっ……」

 

 昨夜の醜態を思い出してリィンは別の意味で顔が熱くなる。

 

「後生ですから忘れてください」

 

 自分が覚えている限り、あんな風に泣いたのは初めてだった。

 しかもそれこそ子供のように慰められもした。

 

「別に恥ずかしがることじゃないわよ……

 っていうかむしろ、あの原因を作ったのはあたしたちみたいなものだし……

 まさかあれがあんな風に広まっているなんて思ってみなかったわ」

 

「それはもういいですから、それよりエステルさん。ツァイスに行くならヴァルターという男に気を付けてください」

 

「確かリィン君が戦ったサングラスと黒スーツの男よね?」

 

「ええ、本気でやり合ったわけじゃないですけど、単純な力と速さだけならもしかしたら《剣帝》以上だったかもしれません。それから――」

 

 言いかけてリィンは口をつぐんだ。

 超帝国人と呼んだのは彼の他に、レンも当てはまる。

 だがあんな小さい子供が結社の人間なのだろうか。

 アルティナや五年前のヨシュアの年齢を考えれば有り得ると思ってしまうし、今振り返ればその家族の様子もどこかおかしかった。

 

「あとヘイワースという夫妻と会うことになったら気をつけてください。もしかしたらそちらも結社の人間かもしれません」

 

 レンではなく、その両親に対してリィンは警告しておく。

 

「ヘイワース夫妻ね……了解」

 

「ヴァルターの方はおそらく間違ってないと思いますが、ヘイワース夫妻の方には確証はありません……

 最悪、《結社》の枠から出て言いふらされているかもしれませんから……ははは……」

 

 思わず乾いた笑いが漏れる。

 ブルブランだけではなく、いつかのメイドも彼に似た雰囲気があるように思える。

 彼女がそれこそラインフォルトで言いふらしていたら、それこそどこまで広がっているのか分かったものではない。

 願わくば、故郷のユミルにそれが及んでいないことを祈るしかない。

 

「えっと……元気出してね」

 

 うなだれるリィンにエステルは困った顔をしてリィンの頭を撫でる。

 

「それはそうとリィン君。何か隠し事してない?」

 

「え……?」

 

 いきなりそう指摘されリィンは思わず後ずさる。

 

「い、いいいきなり何を!?」

 

「いや、そのヴァルターって男と戦ったみたいだけど、他にも何か変な事件に巻き込まれたりしてないわよね?」

 

 鋭い指摘に別の事を考えていたリィンは息を飲む。が、表情にそれを出さないように努めて否定の言葉を作る。

 

「大丈夫ですよ。もし何かあったとしてもちゃんとギルドに頼りますから」

 

「そう……」

 

 リィンの言葉をあっさりと信じて引き下がるエステルにリィンは内心で罪悪感を感じながら安堵する。

 実際エステルが指摘した通り、アルティナを巡って結社が用意した刺客と戦うことになっているのだが、それは彼女に知らせることではないだろう。

 名指しされているのは自分であり、彼女に打ち明けたとしても心配させるだけ。

 どれほどの実力者が用意されているのかは分からないが、猟兵たちを基準に考えればリィンでも対処できない程の相手ではないだろう。

 あとは油断せずに無力化させることができるかが問題なのだが……

 

 ――一番確実なのは……

 

 相手が猟兵のような者たちなら一瞬の油断や気の緩みが取り返しのつかない事態を招くことは実感させられた。

 それが自分に振り掛かる火の粉ならともかく、アルティナに向けられたものを全て守り切れると言えるほどリィンは自惚れていない。

 

「俺のことよりもエステルさんは自分の事を一番に考えてください……

 ブルブランも武人ではなかったとしても戦闘能力は《達人級》、他の執行者も同等だと考えるなら生半可な力ではこの国を守れませんよ」

 

「うん……そうだね」

 

 リィンの言葉に頷くエステル。

 そうしてリィンはツァイスに向けて出発したエステル達を見送った。

 

 

 

 

 翌日。

 紺碧の塔、屋上。

 リィンはアルティナを伴い決戦の場所を訪れた。

 

「時間だ」

 

 リィンが時計を見て呟くと、声は上から降ってきた。

 

「よく来たな。まずは歓迎させてもらうとしよう」

 

 見上げると朽ちた柱の上に佇む黒い影がそこにあった。

 素早く身構えると、それはリィンの目の前から音もなく消えて、今度は台座の前に現れる。

 

「黒装束に仮面……」

 

「初めまして、リィン・シュバルツァー。私が第二の試しのために雇われた《銀》という者だ」

 

「《銀》……もしかして東方の魔人?」

 

「ほう、私の事を知っているとはな?」

 

「一度ユン老師から聞いたことがある。東方の魔人……百年を生きている伝説の凶手」

 

「《剣仙》に名を覚えられているとは光栄だな」

 

 仮面越しに笑った気配を感じるが、リィンからすれば驚愕の大物が出てきてそれどころではなかった。

 嘘か真か分からないが、百年前から存在している伝説の存在と戦わされるなど誰が想像できるだろうか。

 

「まあ、そう固くなるな」

 

「え……?」

 

 緊張に固まるリィンにかけられた言葉は思わぬほどに気安いものだった。

 

「依頼主からは一応、お前にも勝ち目を作っておくように指示されている。その説明が終わるまでこちらから仕掛けるつもりはない」

 

 その言葉は伝説の凶手、暗殺者と呼ばれる者の口から出てきたとは思えないものだった。

 

「意外だな。暗殺者っていうから余計なことは話さず、問答無用な仕事人みたいなものだと思っていたが」

 

「もちろん普通の依頼では暗殺対象と悠長なおしゃべりをするつもりはない……

 だが今回の依頼はいささか特殊なもの。それを必ずしも殺せとは言われてない」

 

「それは見逃してくれるっていうことなのか?」

 

「それはお前が私に一太刀でも入れることができたらの話だ」

 

「それは……随分と見くびられたものだな」

 

 リィンは腰を落として柄に手を当てる。

 

「逸るな。まだルールの説明は終わっていない……

 お前が私に一太刀を入れる条件として、私が十回殺す」

 

「十回殺す?」

 

「ああ……こんな風にな」

 

「っ!?」

 

 気が付けば銀はリィンの目の前にいて、喉元に東方の武器――クナイを突き付けていた。

 慌てて距離を取ると、その間に銀は音もなくその場から消えて台座の前に戻っていた。

 

 ――幻術じゃない……

 

 皮一枚を切られたかすかな痛みにリィンが震える。

 警戒は怠っていなかった。

 どんな動きも見逃さず、次の瞬間には戦えるだけの意識を作っていたにも関わらず、銀はあっさりとリィンの間合い深くに簡単に踏み込んだ。

 それはまさに伝説の名に相応しい暗殺の技だった。

 

「ようは私が十本取る間にお前が一本でも取ることができたら私の負けだということだ」

 

 銀は何事もなかったように説明を続ける。

 

「あ……暗殺者がそんなゲームみたいな依頼を引き受けたのか?」

 

 リィンは震える声で聞き返す。

 

「どうやら暗殺者というものに誤解があるようだが、私は別に人殺しを楽しむ殺人鬼ではない……

 手段の中に《殺し》も含まれているだけで、その実は何でも屋、それこそ遊撃士に近いこともしているな……

 それにミラを積みさえすればどんな人間も殺すというわけでもない」

 

「どうして? 暗殺者なのに?」

 

「暗殺者だから、こそだ……

 先程も言ったが、私は凶手であり、殺人鬼ではない……

 《殺し》をするのは納得ができる理由があればこそだ」

 

「その理屈だと……アルティナにはお前を動かすほどの理由があるっていうのか?」

 

 驚くほどに理性的な刺客にリィンは思わず尋ねていた。

 前に戦った猟兵はミラのためと分かり易かったが、目の前の銀はまさに仕事人としての誇りを感じさせる威厳があった。

 

「ああ、そのことについても依頼主からお前に言付けを預かっている」

 

「言付け?」

 

「製造番号《Oz70》タイプ、アルティナ……それがその子供の正体だ」

 

「製造番号……?」

 

 銀が何を言っているのか、理解できずリィンはその言葉を呆然と繰り返す。

 

「それは古代の技術によって人工的に作られた人擬きの人形だ」

 

「何を……言っている? アルティナが人工的に作られた?」

 

 常識外の真実を突然突き付けられてリィンは混乱してアルティナに振り返る。

 顔を見合わせたアルティナはすぐに俯いて、リィンから顔を背ける。それが何よりも肯定の証だった。

 

「女神の祝福の外、悪魔の法によって作り出された道具……

 思考も感情もオーブメントのように設計されて作り出された物でしかない……

 その道具であったそれが自意識を持ち、人間になろうとしていることが依頼主は許せないそうだ」

 

「勝手なことを言うなっ!」

 

 淡々と告げられる銀の言葉にリィンは激昂した。

 そういう技術があることがまず信じられないが、あまりに身勝手な主張に怒りを感じずにはいられなかった。

 しかし、銀はリィンの激昂などお構いなしに続ける。

 

「だが依頼主はこうも言っていた……

 女神の祝福の下に生まれなかった命だが、この試練を乗り越えた暁にはそれの生に女神の祝福があることを証明できるのではないか、と」

 

「そんな取って付けた理由にあんたは納得して、アルティナを殺す仕事を受けたのか?」

 

 銀によって伝えられた言葉には白々しさしか感じない。

 銀はリィンの憤りの眼差しを鼻で笑う。

 

「女神の祝福など私は興味ない……

 依頼人が何を考えているかも同じだ。だが理屈は通している以上、あとはミラの問題だ」

 

 リィンは銀を鋭い眼差しで睨みつける。

 考えるまでもなく、彼がここにいることがその依頼を引き受けた証明に他ならない。

 

「そして私は《銀》だ……納得いく条件が整えば女子供でも殺す伝説の凶手。それが《銀》だ」

 

「ああ……そうか」

 

 恐怖に飲まれかけていた心は怒りに震えた。

 

「これは私からの質問だが……その人形にお前が命を賭けて守る価値があるのか?」

 

「…………もういい」

 

 銀の質問にリィンは応える気になれなかった。

 目の前の《銀》も、その向こうにいる依頼主も等しくただの外道に過ぎない。

 

「お前は斬る」

 

 抜いた太刀の刃を返さずにリィンは宣言と共に準備していた駆動を開放する。

 

「《神気合一》」

 

 変化が完了する前にリィンは神速の踏み込みで銀に斬りかかっていた。

 

「ふ……」

 

 銀はその変化を知っていたのか、動じた様子もなく身の丈ほどある大剣で斬り結ぶ。

 わずか数十秒にも満たない猛攻。

 銀は幾重にも重なった斬撃を大剣で受け、たまらず後退する。

 

「逃が――」

 

 追撃しようとした瞬間、リィンの眼前にはクナイがあった。

 超反応でリィンはそれを切り払う。

 が、刃がクナイに触れた瞬間、それは爆発した。

 

「くそっ!」

 

 爆発の威力は低く、大したダメージにはならなかったがリィンは忌々しいと言わんばかりに毒づく。

 その背後から大剣の刃がリィンの首に添えられた。

 

「まずは一つ」

 

 そう耳元で囁かれたことばにリィンは背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。

 そして、アーツとして発動した《神気合一》はその効果を失い、リィンは元の姿に戻る。

 

「では、改めてゲームの開始を宣言させてもらう」

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

「二の型《疾風》」

 

 三度の不覚を取ったリィンは一気に加速して走る。

 先の二回は大剣による一撃に競り負けた。

 それならばと速さで攪乱しようと駆け回る。

 銀を中心に走り、そして背後から強襲する。

 

 ――取った……

 

 そう思った瞬間、銀は目の前から煙のように消える。

 目標を見失ったリィンは空を駆け抜けて――背中を蹴られて膝を着く。

 

「これで四つ」

 

「くそっ!」

 

 振り向き様に太刀を薙ぐが、銀は後ろに跳んで危なげなくそれをやり過ごす。

 そして――

 

「砕けろっ!」

 

 大剣を回転するように投げつけてきた。

 

「くっ……」

 

 身を屈め、紙一重でなんとか回避してリィンは武器を手放した銀に絶好のチャンスだと判断して斬りかかる。

 

「馬鹿め、後ろだ」

 

「リーンッ!」

 

「えっ?」

 

 銀と忠告とアルティナの声が重なり、リィンは思わず振り返る。

 そこには回転して戻ってきた大剣が目の前に迫っていた。

 リィンは太刀を盾に身を守り、大剣はリィンを弾き、上へと跳ね上がる。

 それを銀は空中で掴み、落下の勢いをそのままにリィンの顔面、そのすぐ横に突き立てた。

 

「これで五つ、あと半分だ」

 

 馬乗りになっている銀にリィンはすかさず太刀を振るが、その刃は虚しく空を斬る。

 リィンが立ち上がるのを待って悠然と構える銀は呼吸一つ乱していない。

 余裕の態度にリィンは苛立ちを感じるものの、それを抑えて太刀を納刀する。

 《伍の型、残月》

 攻めきれないなら守りを固めて後の先を取る。

 そう考えて抜刀術の構えを取って待ち構えるが、それは悪手だった。

 

「浅はかな……」

 

 待ちの姿勢を取ったことで銀は大剣を下げて、マントの下からクナイを取り出した。

 

「あ……」

 

 最初の攻防での爆発したそれを思い出し、リィンは自分の愚かさを罵る。

 次々と投擲されるクナイにリィンは待ちの姿勢から一転して、無様に逃げ惑う。

 無数の爆発に囲まれ、視界を煙に塞がれる。

 

 ――ジャリ――

 

「うわっ!?」

 

 鉄を擦る音が聞こえたかと思うと、リィンの右腕に何かが巻き付き、強い力に引き寄せられた。

 黒い煙の中から力任せに鎖で引き釣り出されたリィンに銀は大剣の側面を叩きつけた。

 

「これで六つ……さあ早く立て」

 

 大剣で強かに殴られたリィンは痛む体を押して立ち上がるが、すでに心は折れかけていた。

 

 ――強くなったと思っていた……

 

 二ヶ月前の《剣帝》との戦いからサラやカシウスなどの先達から手解きを受けて強くなったつもりだった。

 

 ――結局、俺は《鬼の力》がなければこんなにも弱いのか……

 

 学んだ全ての技が通じなかった。

 リィンに残っているのはアーツではなく、本来の《鬼の力》だけ。

 しかし相変わらずそれは、胸の奥に存在していてもリィンの呼びかけに応えない。

 だが、今ここで引き出さなければ勝ち目はない。

 

「神気合一」

 

 左胸に手を当てて、焔を燃え上がらせる。

 

「神気合一っ!」

 

 しかしどれだけ叫んでも、どれだけ感情を昂らせても焔はやはり応えてくれない。

 

「神気――」

 

「気が狂ったか」

 

 三度の試みは銀の大剣によって阻まれた。

 

「あ……」

 

 膝を着いたリィンは太刀を支えにして倒れるのを拒む。

 

「これで七つ。もう諦めるんだな」

 

「誰が諦め――っ」

 

 叫ぶリィンに大剣の切っ先が突き付けられる。

 

「お前はこの《銀》を相手によく戦った……

 実力の差も理解できたはずだ。どれだけ意地を張ってもお前は私には勝てない」

 

「ぐっ……」

 

 リィンは言い返せずに押し黙る。

 

「だが、今ならまだお前を見逃すことはできる」

 

「何だと?」

 

「《銀》への依頼はあくまでもあれを殺すこと。障害となるリィン・シュバルツァーについては特に指定されてはいない……

 ここであれを諦め退くなら、お前は見逃すと約束しよう……

 だが最後まで向かってくるのなら、その時はお前の命も刈らせてもらう」

 

 その言葉をリィンが拒絶するよりも早く、応える声があった。

 

「それは本当ですか?」

 

 それまでリィンに言われた通り下がって見ていたアルティナが近付いて、銀に尋ねる。

 

「私が死ねばリーンを見逃してくれる。それは本当ですか?」

 

「ああ……《銀》の名に誓って」

 

「ならいいです」

 

「アルティナッ!?」

 

「私の元々の役目は幻焔計画の第一候補であるリーンの安全の確保することも含まれていました……

 場合によってはこの身を盾にしても」

 

「っ……そんな命令聞く必要はないっ!」

 

 リィンの叫びにアルティナは首を振る。

 

「前の命令はすでに撤回されています。これは命令されたからではなく、私が自分でリーンを守る、そうしたいと思いました」

 

 かつてリィンはアルティナに自分のしたいことをしていいのだと言った。

 だが、それは決してこんなことをさせるために言った言葉ではない。

 

「そうか、造り物にしては殊勝な心掛けだな」

 

「ふざけるな……」

 

 銀の言葉にリィンは憤りを滾らせる。

 

「何が造られただ……何も知らないくせに……」

 

 最初に会った時のアルティナを思い出せば、確かに人間味のないそれこそ人形のようだった。

 だが、ここに至るまでの多くの出会いがそんな彼女を変えた。

 リベールに来て、リィンが変われたように命令を待つ彼女はもう何処にもいない。

 

「これ以上私なんかのせいでリーンが傷付く必要はありません」

 

 アルティナはリィンを庇う様に銀の前に立ちふさがる。

 

「そうか……ならばせめてもの慈悲だ。苦しませずに逝かせてやろう」

 

 銀はそんなアルティナに躊躇い一つ見せずに大剣を振り被り――

 

「ふざけるなっ!」

 

 叫びと共にリィンはアルティナを押し退けて大剣を太刀で受け止めた。

 

「リーン……」

 

「頭の悪い子供だな……お前に勝ち目など――」

 

「うるさいっ! どいつもこいつも人の気も知らないくせに勝手なことばかり言いやがって!」

 

 目の前の銀も、アルティナも、そして自分自身に《鬼の力》も。

 らしくもない乱暴な口調で叫ぶリィンは力任せに太刀を振り抜き、銀を後退させる。

 

「どうして……本当に死んでしまうかもしれないのに」

 

 不安に揺れるその瞳は何も今回のことだけを考えてものではなかった。

 例えここで銀を退けることができたとしても、残りの二つの試練ではそれに勝るとも劣らない相手が用意されているとしたらそれこそリィンにこのゲームを勝ち抜くことはできないだろう。

 

「私は人間じゃないのに……いくらでも替えの利く人形……リーンがそんなに傷付いて守る価値なんて私には――」

 

「価値だなんてそんなこと気にしなくていいんだ……

 例え、アルティナがどんな生まれだったとしても、交わした言葉も約束も本物だ……

 アルティナは人形なんかじゃない!」

 

「あ……」

 

 リィンの言葉にアルティナは小さな声をもらして押し黙る。

 伝えたいことはまだ残っている。それを伝えるには目の前の敵が邪魔だった。

 

「おい……いつまでそうしている?」

 

 リィンの言葉に銀は肩をすくめる。

 

「これでも空気を読んでやったつもりだが――」

 

 勝手に言葉を返してきた銀を無視してリィンはそれに向かって言葉を続ける。

 

「何処の誰に、何をされたか知らないし覚えてないが、お前はそんなことで大人しくしている存在だったか?」

 

「お前は……何と話している?」

 

 銀の呼びかけを無視して、リィンは叫ぶ。

 

「使ってやるから、さっさとそんな檻ぶっ壊して力を寄こせっ!」

 

 その叫びに焔が熾る。

 だが、その焔は小さく弱い。

 

 ――それなら、いくらでも意思をくべてやる……

 

 目の前の敵は暗殺者のくせに命を語る外道への怒り。

 アルティナの自由を餌に遠くからほくそ笑んでいる黒幕への怒り。

 そして自分の意思を持ち始めたアルティナに、死んだ方がいいなんて言わせてしまった自分自身への怒り。

 焔は胸の中で大きくなっていくが、封じている何かを破るのには足りない。

 ならば、ブルブランへの怒り、ヨシュアへの怒りと思いつく意思を次々とそこにつぎ込む。

 その末に――

 

「来た……」

 

 封じている何かを超えて《焔》の力はリィンの体に顕現する。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 意思をくべた分だけ、以前のそれよりも遥かに激しい衝動に我を失いそうになる。

 だが背後に守るべき者がいる以上、それに意志を奪わせはしない。

 

「お前は……いったい何だ?」

 

 リィンの変化に銀は慄く。

 黒から白へと染まった髪。赤黒く染まる瞳。そして赤い燐光をまとった陰の気。

 

「リーン……」

 

「……大丈夫だ、アルティナ……すぐに終わらせる」

 

 背中越しに安心させるようにリィンは言葉を投げかける。

 

「随分な自信だな……その様子では長く持つ技ではないようだが」

 

「ああ、そうだ。だから問答している余裕はない」

 

 無造作にリィンは踏み込む。

 《鬼の力》によって強化された身体能力にも関わらず、銀はその踏み込みに反応して太刀の一撃を受け止めた。

 流石は東方の魔人の異名を持つ凶手と内心で驚きながらも斬撃を重ねる。

 

「はああああっ!」

 

「おおおおおっ!」

 

 一息、一瞬で何合も打ち合い。競り勝ったのは鬼の気をまとうリィンの方だった。

 銀の手から大剣が弾き飛ばされ、片腕が跳ね上がった死に体の姿をリィンの前に晒す。

 その無防備となった身体にリィンは一片の躊躇いもなく太刀を振り抜いた。

 

「あ……」

 

 呆然とした声をアルティナが漏らす。

 それに構わずリィンは刃を返し――

 

「滅・孤影斬っ!」

 

 何もない空間に向けて放たれた剣閃が虚空で爆ぜ、その空間が揺らいだかと思うと銀が現れ、リィンの背後で身体を両断された銀は《符》に姿を変える。

 リィンは怯んだ銀に追撃へと走る。

 が、そこに踏み込むと四方から放たれた鎖に四肢と体を絡め止められた。

 

「銀の光に抱かれ、眠れ」

 

 拘束したリィンに銀は大剣を突き出して突撃する。

 対するリィンはその場で太刀に焔を宿し――

 

「終の太刀――暁」

 

 力任せに鎖を引きちぎり太刀を振り抜く。

 正面から刃と刃が激しくぶつかり合う。

 互いにすり抜けて背中合わせに残心を取り、銀はそのまま戦意を納めた。

 

「ここまでのようだな」

 

「何……?」

 

「これ以上は割りに合わない。私はここで退かせてもらおう」

 

「……何のつもりだ。東方の魔人は狙った獲物は逃がさないと聞いているが?」

 

「先に言った通り、この依頼の趣旨はその少女を殺すことが絶対の条件ではない……

 あくまで試練として利用された身でしかない以上、条件を満たされたのなら潔く退くのが道理のはずだ」

 

「……俺はまだ一撃も入れていないはずだ」

 

「それも言ったはずだ。これ以上は提示されたミラに対して割りに合わないと」

 

 振り返り、銀と対峙したリィンは妙な齟齬を感じた。

 同じ相手と相対しているはずなのに、まるで別人とすり替わっていたそんな感覚にリィンはますます警戒心を強める。

 

「お前は本当に銀なのか?」

 

「さて、質問の意味が分からないな。それ以外の何に見える?」

 

 自分でもおかしなことを言っているのは分かっているが、どうしても感じた違和感を拭えない。

 

「それにしても、まさかお前のような子供に我が隠形を見破られるとはな……流石は八葉一刀流と言ったところか」

 

 いつまで経っても太刀を納めようとしないリィンに銀は仮面の下で苦笑する。

 

「ともかく私はこれで退かせてもらう。この《銀》を退けた以上、次の試練で無様を――」

 

 ――ピシッ――

 

 改めて退くことを宣言し、激励するような言葉は乾いた音に遮られた。

 

「何……?」

 

「え……?」

 

 意外な声は両者から。

 そして音の発生源たる銀の仮面は砕けるように二つに割れた。

 

「なっ!?」

 

 銀は慌てた様子で自分の顔を手で覆い隠すが、リィンの目は仮面の下の素顔をしっかりと捉えていた。

 

「リーシャ・マオ……」

 

 先日、共にこの紺碧の塔に来たカルバードの写真家。

 なるほど、考えてみれば納得の正体だった。

 が、同時に違和感が強くなる。

 

「見たな」

 

 リーシャの顔が銀の声を出す。そこに伴った殺気にリィンは下ろしかけた太刀を構え直す。

 

「銀の正体を見られた以上、お前たちを生かしておくことはできない」

 

 そういうや否や銀は動く。が、言葉とは逆に銀は塔の縁へ向かった。

 

「何のつもりだ?」

 

 殺気立った声に反して、向けられる殺意そのものは薄い。

 

「ここでの戦闘続行は依頼に反する。お前たちの抹殺は次の機会に改めて行わせてもらう」

 

 プロ意識と言うべきなのか、一度退くという銀の申し出は《鬼の力》を維持するのに限界が近いリィンにとってはありがたいものだった。

 しかし、同時にそこには聞き流せない言葉があった。

 

「お前たち、つまりアルティナもということか」

 

「当然だ」

 

「随分と悠長なやり方だな? 俺がここから戻って、遊撃士ギルドにお前の正体を報告することもできるんだぞ?」

 

「その時は知った者を順に殺していくだけだ」

 

 臆面もなく言い切った銀にリィンはため息を吐く。

 暗に振れ回れば被害はリィンとアルティナ以上に広げると脅迫する銀に、リーシャの顔が偽りだったのかと失望を感じる。

 だが、このまま相手に全てを決められるのはリィンも納得できなかった。

 

「銀、取引をしよう」

 

「何……?」

 

「お前の正体について俺はギルドには報告しない……

 その代わり、お前はまず俺を狙え。俺が生きている間にアルティナを狙えば、お前の写真を銀の正体だと言ってばらまかせてもらう……

 似顔絵なら後で誤魔化せるかもしれないが、写真では実物はお前にとっても見過ごせないもののはずだ」

 

「……ちっ」

 

 写真を撮られていたことを思い出したのか、銀は忌々しげに舌打ちをする。

 しかし、リィンの提案は銀にとって妥協できる内容だったのか、素直に頷いた。

 

「良いだろう。もしそれを違えるようならば、報復としてお前の家族を殺させてもらう」

 

「っ……分かった……」

 

 反射的に家族は関係ないと叫びそうになるが、その理屈がこの凶手に通じるとは思えない。

 少なくても筋は通すだろうから、自分が銀の正体を明かさなければいいだけのことだろう。

 

「最後に一つ、質問がある」

 

「……何だ?」

 

「お前は男なのか、それとも女なのか?」

 

「え……?」

 

 場違いな質問をしたせいなのか、銀として鋭い眼差しで睨んでいた顔が惚ける。

 自分でもおかしなことを聞いているのは自覚しているが、どうしても気になったことだった。

 今、対峙している銀はマントとゆったりとした服装のせいで身体の起伏が分かり辛いが、男性とも思えるほどの姿。

 それこそ数日前に会ったリーシャとは掛け離れた体型をしているだけに、リィンは未だに彼女と銀を同一人物だと受け入れ切れていなかった。

 直前にブルブランの変装術を目の当たりにしているせいで余計に自信を持って判断することができなかった。

 

「えっと……この姿は気功で操作して作っているんですが……」

 

「そうか……」

 

 身体を気功で操っている。

 その事実だけでいろいろな疑問がリィンの中から消化される。

 

「……せめてもの情けだ……

 今回の依頼主の試練、それが終わるまでは私は手を出さないことを約束しよう。当然、貴様が約束を守ればの話だがな」

 

「そっちこそ、約束を守れよ」

 

「言われるまでもない。次に見える時はお前の命、《銀》の名に賭けて刈らせてもらう。覚悟しておけ」

 

 そう銀は言葉を返すと、軽く後ろに跳んだ。縁に立っていた銀はその身を空中に投げ出す。

 

「なっ!?」

 

 思わず駆け寄って落ちていった銀の姿をリィンは確認する。

 銀は鉤爪の鎖を使い、危なげなく地上へ降り立つとそのまま森の中へと消えた。

 それを確認してリィンはその場に座り込んで、張り詰めていた緊張を解いた。

 

「リーン」

 

「アルティナ、大丈夫だ」

 

 またいつものように駆け寄ってくるアルティナにリィンは笑顔を作る。

 無茶な方法で《鬼の力》を使ったにも関わらず、体の負担は思っていたほどに酷いものではなかった。

 アーツによる《神気合一》を使ってきたおかげなのか、身体自体がそれに慣れてきたのかもしれない。

 それに一応は使えたが、未だに焔を封じる檻のようなものはまだ残っている。

 前途は多難だが、とりあえず今回の試練を乗り越えたことにリィンは安堵する。

 そして――

 

「それにしても気功か……若作りのお婆さんだったのか……」

 

 会った時のことを思い出してリィンは微妙な気持ちになる。

 《銀》が襲名で伝わるものだと知らないリィンはリーシャが百歳を超える体を気功で若作りしたものだと誤解する。

 もしもその呟きを本人が聞いていたとしたら、前言を撤回して弁明に舞い戻っていただろうが、幸か不幸かその呟きは彼女の耳に届くことはなかった。

 

 

 

 




 IFもしもリィンがトールズ士官学院に入学しなかったら

 クロスベル アルカンシェル

「リィン・シュバルツァー、どうしてここに!?」

「それはこちらのセリフだ……
 リベールの事件の後、貴女がいつ来てもいいように家に帰らず各地を転々としていたのに……
 一年過ぎても一向に現れない……
 そしたらクロスベルタイムズで貴女はアーティストなんかになっているじゃないですか?
 これはいったいどういうことなんですか?」

「えっと……別に忘れていたとかじゃなくてですね……その……」

「なになにリーシャの昔の友達?」

「あ……イリアさん」

「ふーん……えいっ!」

 イリアは何の前置きもなくリィンに抱き着き、身体をまさぐる。

「な、な、なぁっ!?」

「イリアさん、いったい何を!?」

「なるほど……ねえ、君……名前は?」

「リ、リィン・シュバルツァーです……けど……」

「それじゃあリィン君。貴方舞台に興味はない?」

「え……?」

「あ……」

 ………………
 …………
 ……

 半ば押し切られる形でリィンはアルカンシェルの練習に巻き込まれ……

「流石は男の子ね、武術をやってるだけあって動きの切れは良いし、馬力が違うから私よりもよく跳ぶわ」

「うんうん、それにリーシャ君といい具合に刺激し合って成長しているね」

「この間ちょっと試しに女の振り付けを教えてみたんだけど、それもなかなか様になってたのよね……
 あの顔だし、女形としてもいけるんじゃないかしら?
 うん、あの子はリーシャとはまた違った意味で私を超える逸材ね」

「しかも帝国の皇子がスポンサーになりたいと言って来てくれたからね。アルカンシェルは安泰だ、はははっ!」

「どうしてこうなった? 今頃はユミルに帰れていたはずなのに……」

「あ……あはは……」

 ………………
 …………
 ……

 時にはマフィアとの抗争に巻き込まれ……

「お願いします。リィンさんっ!
 立っているだけで構いません。今日一日だけ《銀》になってくださいっ!」

 ………………
 …………
 ……

「なあリィン兄」

「ん? 何だシュリ?」

「リィン兄って、リーシャ姉と付き合ってるのか?」

「俺とリーシャが、そんなことありえないよ」

「そうなのか? でも、時々目と目で会話しているし、二人してどこかに出かけてるだろ」

「まあ……そうだけど……リーシャの中身を知っている身としてはな……」

「リーシャ姉の中身? まさかリーシャ姉もイリヤと同じでオヤジなのか?」

「いや、実は――と、すまない。これは口止めされていたんだ」

 百年を生きる東方人街の魔人《銀》。
 見た目は可憐な少女の姿をしている彼女だが、それは気功による若作りだとリィンは誤解したままだった。
 そしてリーシャもまた誤解されていることに気付いていなかった。

 閃の軌跡0IF リーシャルート《銀を継ぐ者》



いつかのクロスベルIF

アルティナ
「目標確認……ロイド・バニングスとリーシャ・マオと推定します」

リィン
「久しぶりだな。《銀》」

ロイド
「リーシャの知り合いなのか?」

リーシャ
「え……ええ……」

リィン
「何のつもりで素顔を晒しているか知らないが、百歳を超えるお婆さんがそんな恰好をしているのは傍から見ていて痛々しいぞ」

ロイド
「え……?」

リーシャ
「…………え?」


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