(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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4話 白髪鬼

 

 

 

「うあああああああああああああああっ!」

 

「何っ!?」

 

 塔の中に木霊する獣のような咆哮にエステルは大型魔獣への止めのタイミングを外してしまった。

 

「エステルッ!」

 

 しかし、すかさずのヨシュアのフォローにより魔獣はその首を断たれる。

 

「ナイスヨシュアッ! それより今の声は?」

 

「リィン君のものだったね。何かあったのかな?」

 

 急いで二階層へ上がる階段へ戻ろうとすると、そこからアルバ教授が転がり落ちてきた。

 

「アルバ教授、何があったの!? リィン君は!?」

 

「た、大変です二人とも!」

 

 慌てた様子で叫ぶアルバ教授。そこに彼の護衛を任せていたリィンの姿がない。

 それは降ってきた。

 咄嗟に二人は棒と双剣を構えるが、それが魔獣の死骸だということを見て構えを解く。

 

「魔獣の死骸?」

 

 リィンがやったのか、その魔獣には無数の刀傷が刻まれている。

 その様子にヨシュアは顔をしかめた。

 

「どうしたのヨシュア?」

 

「いや……必要以上に痛めつけられていて、彼らしくないなと思ったんだ」

 

「え……?」

 

 言われてみれば魔獣には必要以上に斬りつけられた痕がある。

 

「これをリィン君が?」

 

 あの温厚そうな少年がこんな残虐なやり方をするとは思えない。

 そう考えていると、それは降ってきた。

 エステルたちは再び構えを取る。

 しかし、降ってきたのはリィンだった。

 

「リィン君っ!? どうしたのっ!?」

 

「ダメだエステル、離れてっ!」

 

 駆け寄ろうとしたエステルにヨシュアの制止がかかる。

 

「え……?」

 

 エステルは立ち止まり、ヨシュアの方に振り返る。

 その瞬間、黒い髪を白く染めたリィンはエステルに向かって斬りかかった。

 

「っ……」

 

 完全に反応が遅れたエステルに代わってヨシュアが間に入り込み、交差した双剣で太刀の一撃を受け止める。

 しかし、勢いを受け止めきれずにヨシュアは吹き飛ばされた。

 

「ヨシュアッ!?」

 

 壁まで飛ばされるヨシュアにエステルは思わず声を上げる。

 が、ヨシュアは空中で身体を捻ると壁に危なげなく着地する。

 

「僕は大丈夫っ! それよりも――」

 

 再び間合いを詰めて容赦なく太刀を振るリィン。

 

「ちょっとリィン君っ! 落ち着いてっ!」

 

 刃を棒で弾きながらエステルは呼びかける。

 一緒に魔獣と戦っていた時とは段違いの速さと力強さ。

 だが、その分丁寧だった剣技はなりを潜めてまるで獣のようだった。

 

「あああああああああっ」

 

「っ……」

 

 ヨシュアは逸る気持ちを抑えてアルバ教授に尋ねる。

 

「アルバ教授、何があったんですか!?」

 

「わ、分かりません。回廊の先に魔獣が現れたかと思ったら突然リィン君が叫んで、髪の色が変わったんです」

 

 アルバ教授の説明では何が切っ掛けでああなったか分からない。

 分からないものは分からないと割り切り、ヨシュアはすぐに思考を切り替えて判断を下す。

 

「くっ……リィン君……正気に戻ってっ!」

 

 エステルに向かってがむしゃらに太刀を振るリィン。

 後ろに下がりながら棒で受けていたエステルはリィンの剣圧に耐え切れず、ついには棒を弾かれる。

 

「っ……」

 

 返す刃に咄嗟にエステルは身を捩る。が、避け切れずに二の腕をリィンの太刀は浅く斬り裂いた。

 それを見て、ヨシュアのスイッチが切り換わる。

 腕を斬られてたたらを踏むエステルにリィンは容赦なく太刀を――

 ヨシュアがリィンを横から蹴り飛ばした。

 

「ヨシュア!」

 

「エステル、彼は危険だ。僕が囮になるから君はアルバ教授を外にっ!」

 

「でもヨシュア――」

 

「早くっ!」

 

 すでに意識は切り換わっている。

 エステルを傷付けた彼を完全に排除するべき敵と見なし、ヨシュアはリィンに双剣を構える。

 

「ヨシュアッ!」

 

 エステルの制止を置き去りにしてヨシュアは――

 

「がああああああああっ!」

 

 獣のような叫びを上げて、リィンは――

 二人が激突する――その瞬間、パチン。指を鳴らす音が鳴り響いた。

 

「うぐ?」

 

 突然込み上げてきた不快感にヨシュアは躓き、前のめりに倒れる。

 致命的な隙をさらしたことでヨシュアは死を覚悟する。

 しかし、目の前のリィンもまた唐突に失速していた。

 白く染まった髪は元の黒髪に戻り、赤い光を宿した目も元の紫に戻っていく。

 鬼気迫る表情は虚ろになり、脱力する。

 しかし身体を前に跳び出させた二人は止まることができず、ゴチンという痛そうな音を塔に響かせた。 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 身体に重い倦怠感と重度の筋肉痛に似た痛みを感じながらリィンは目を覚ます。

 

「ここは……?」

 

 まず目に入ったのは薄暗い琥珀色の天井だった。

 

「あ、リィン君。目が覚めた?」

 

 身体を起こすと明るい声がかけられた。

 

「エステル、無警戒に近付かないで」

 

 近付き、手を差し伸べようとするエステルを警戒心を剥き出しにしたヨシュアが彼女の肩を掴んで止める。

 何故、そんな目を向けられるのか理解できず、周囲を見回し怯えた様子のアルバ教授を見て、自分の手を見下ろして気が付く。

 

「あ……」

 

 身体に重く圧し掛かる疲労感は遥か昔に一度だけ体験したことがある。

 もう六年も経つが、忘れたことは一度もない。

 あの力がまたリィンを勝手に動かした。

 

「ヨシュアは心配し過ぎよ。リィン君、大丈夫? あたしのこと分かる?」

 

 そう言って差し出された手。

 しかし、リィンの目は反対側の真新しい包帯が巻かれた腕を見ていた。

 

「あ……ああ……」

 

 それはリィンが最も恐れていた事だった。

 

「あっ! リィン君!」

 

 差し出された手を取らずにリィンはエステルに背を向けて駆け出していた。

 呼び止める声を無視し、ただ全速でその場から逃げ出したい一心で走る。

 気が付けば青い空の下にいた。

 塔の外に出たことには代わりないが、そこは空に最も近い屋上だった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 膝を着いてリィンは喘ぎ、大の字に倒れる。

 空はリィンの心情とは逆に蒼く澄み渡っていた。

 

「何で……こんなことになったんだよ」

 

 こんなことにならないようにと剣を習ったはずなのに結果は実を結ばなかった。

 修行を打ち切られて悩みに悩んで出せた考えは、ユン老師が自慢していた兄弟子を訪ねることだった。

 しかし、彼らに会う前に取り返しのつかないことをしてしまった。

 

「…………ああ」

 

 かなり高い位置にあるのか、風がリィンの髪をかき乱した。

 

「そうだ……そうすればよかったんだ」

 

 ゆっくりと立ち上がり、リィンは生気を失った目で歩き出した。

 しかし、向かう先は階段ではなく遮るもののない塔の縁。

 

「何でもっと早く気付かなかったんだろう……」

 

 思えば迷惑ばかりをかけてきた。

 得体の知れない浮浪児を拾ったせいで、養父は貴族の間で爪弾きにされた。

 得体の知れない力のせいで妹を怖がらせた。

 

「俺なんて……いなくなってしまえばいいんだ」

 

 そうすれば養父は社交界に戻れるし、妹は得体の知れない力に怯えなくてすむ。

 制御できない力で掛かる迷惑も、彼らを傷付ける心配もない。

 いつか制御できるなんて曖昧な可能性を信じるよりも、遥かに上等で魅力的な答えだった。

 リィンは塔の縁に立ち、目を瞑る。

 

「…………さよなら……父さん、母さん、エリゼ……これが最後の迷惑だから……」

 

 そして、虚空に向けて一歩、足を踏み出し――

 

「ちょおおおっと、待ったぁぁあああっ!」

 

「ぐえっ!?」

 

 襟首を掴まれてリィンは後ろに引き倒された。

 

「よかった……間に合った」

 

「……エステル……さん」

 

 一緒に倒れ込んだ彼女の顔がすぐ近くにあり、そこに浮かぶ満面の笑顔にリィンは思わず見惚れた。

 が、リィンは正視できずに顔を逸らした。

 

「止めないでください、俺は……俺なんか死んだ方がいいんだ」

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」

 

「馬鹿なことじゃないっ!」

 

 エステルに負けない声でリィンは怒鳴り返していた。

 

「エステルさんは見たんだろっ!? あの俺をっ!」

 

 自分の中にある得体の知れない力。

 その存在を知ったのは六年前だった。

 当時、九歳だった子供が巨大な魔獣を滅多切りにして惨殺した。それを可能にした『異能』がリィンの中にはあった。

 その力がいつか周りの誰かに向けられるのではないか、ずっとそれを恐れて生きてきて、それが今日、現実のものとなった。

 

「その腕の怪我は俺がやったんだろっ!? だったら……」

 

「これくらい全然平気。ただのかすり傷よ」

 

 その言葉を示すようにエステルは斬りつけられた腕を回して平気振りを見せ付ける。

 

「だけど――」

 

「いいから少し落ち着きなさいっ!」

 

 ゴンッ!

 と、頭に強めに棒を打ち下ろされた。

 

「つぅー!?」

 

 痛みに頭を抱えてリィンはのた打ち回る。

 物理的に落ち着かされたリィンは正座をさせられる。

 

「リィン君がうちの父さんを訪ねてきた理由はさっきの力なの?」

 

「…………はい」

 

 リィンは聞かれるがままにエステルの質問に答えていく。

 九歳の頃に魔獣と遭遇して、一方的に滅多切りにして殺したこと。

 その力を御するために、八葉一刀流を習い始めたこと。

 先日、その修行が打ち切られたこと、妹のエリゼが急に余所余所しくなって距離を取り始めたこと。

 力に関係あることからないことまで、とにかく洗いざらいリィンは話をした。

 

「俺……ずっと……怖かったんだ」

 

「うん」

 

「どこの誰だか分からない俺を拾ってくれた両親は好きだし、感謝している……」

 

「うん」

 

「だけど、あの力が暴走して家族を傷付けることを想像することも怖かった」

 

「うん」

 

「ユン老師がいなくなってエリゼに避けられるようになって、いつか父さんと母さんもそうなるんじゃないかと思った」

 

「うん」

 

「剣を覚えたのだって、あの力を余計に危なくしただけじゃないかって、不安だった」

 

「うん」

 

「リベールに来たのだって、本当は逃げてきただけなんだ」

 

「うん」

 

 リィンが零す言葉をエステルはただ相槌を打つだけだった。

 もっともリィンも明確な応えが欲しかったわけではない。

 今までずっと誰にも相談できなかったものを吐き出し続けた。

 

「そっか……」

 

 エステルは俯いたリィンの頭を撫でた。

 

「リィン君は頑張ったんだね」

 

「っ……」

 

 頑張っても結果が出せなければ意味はない。

 そう反論しようとするが、それよりも先にエステルの言葉が続く。

 

「あたしはちょっとリィン君のその力が羨ましいかな」

 

「羨ましい? こんな力が?」

 

「だってその力はリィン君の大切なものを守ってくれたんでしょ?」

 

「…………え……?」

 

 何を言われたのか、リィンは理解できなかった。

 

「確かに最初はそうだったかもしれないけど、今回は――あれ……?」

 

 何が原因で力が暴走したのか思い出せない。

 記憶に霧がかかったようにその時の記憶だけが抜け落ちている。

 

「どうしたの……?」

 

「……今回は理由もなく突然暴走したんですよ。これが危険じゃないはずないでしょ」

 

 その今回は人気のない場所で、たまたま腕の立つエステルとヨシュアの二人がいてくれたからどうにかなった。

 しかし、これが街中や自分を止めてくれる誰かがいなかったらと思うとぞっとする。

 

「確かに今回は失敗しちゃったかもしれないけど、そういうのは次に活かせばいいの」

 

 それはエステルも分かっているはずなのに、そのことには触れず何処までも前向きな言葉をリィンに投げかける。

 

「リィン君はその力で妹さんを助けたんでしょ? だったらそのことは良かったんだって思っていいんだよ」

 

「でも……俺はエリゼを怖がらせた……距離を取られたのだって、老師がいなくなって俺が危なくなったからで……」

 

「それをちゃんとエリゼちゃんから聞いた?」

 

「聞かなくたって、それしか考えられない」

 

「じゃあ、ちゃんと聞かないと」

 

「でも……」

 

 正直に言えば、それを面と向かって聞くのは怖い。

 面と向かって自分のことが怖いと言われたりしたら立ち直れるか、正直自信はない。

 

「じゃあ、ちゃんと制御できるようになってエリゼちゃんに胸を張って訊けばいいのよ」

 

「え……?」

 

「うちの不良親父なんかが役に立つとは思えないけど、リィン君が納得するまで扱き使っていいからさ」

 

 どこまでも前向きなその姿勢と励ます言葉にリィンは何も言えなくなる。

 

「いっそ思い切って使ってみるのもいいんじゃないかな? ほら棒術も腰を入れて振らないと様にならないでしょ?」

 

 どりゃーと、大真面目に棒を振ってみせるエステルの姿が眩しくて、リィンは訊かずにはいられなかった。

 

「どうしてそこまでしてくれるんですか?

 昨日今日会ったばかりの、こんな得体の知れない帝国人の俺なんかにどうして……そんなに親身になってくれるんですか?」

 

「そりゃあ、あたしは何と言っても『支える篭手』の遊撃士なんだから! まあ、今はまだ見習いだけどね」

 

 胸を張ったすぐ後に苦笑いを浮かべるエステル。

 何故だろうか、その笑顔を見ただけで今までずっと燻り続けていた焔が穏やかに小さくなっていく気がした。

 

「さ、行こうリィン君。あんまり待たせるとシェラ姉に怒られるから」

 

「……はい」

 

 差し出された手を取り、引かれてリィンは歩き出す。

 何だろうか、ずっと踏み出せなかった一歩がようやく出せた。そんな気がした。

 

「ありがとう、エステルさん」

 

「ん? 何か言った?」

 

「いえ、何でもないです」

 

 胸の内に焔と違う暖かな何か、それが何なのかまだリィンは知ることはなかった。

 

 

 

 

「お待たせヨシュア」

 

 琥珀の塔を下りて、外に出ると壁に背中を預けてヨシュアが待っていた。

 

「あれ? アルバ教授は?」

 

「教授は先に町に帰ったよ。それより……」

 

 鋭い眼差しがリィンに向けられる。

 

「すいません。御迷惑をおかけしました」

 

 素直に頭を下げるリィン。

 そんなリィンをジッと見つめた後、ヨシュアは息を吐いた。

 

「僕もあまり人のことは言えないから、あまり強くは言えないからいいよ……

 それより空賊艇の場所は確認してきたから、早くシェラさんと合流しよう」

 

「流石ヨシュア、よーし、首を洗って待ってなさいよジョゼットッ!」

 

 張り切り出すエステルは率先して駆け出した。

 そんな猪突猛進振りにリィンは苦笑して追い駆けようとすると、ヨシュアに肩を掴まれた。

 

「ヨシュアさん?」

 

「リィン君」

 

 肩を万力のように締め上げながら、ヨシュアは笑顔で続ける。

 

「一つだけ君に言っておくけど、次にエステルを毛ほどでも傷付けたら、ありとあらゆる方法を使って、君を八つ裂きにしてやる……分かったね?」

 

 静かにキレているヨシュアの笑顔にリィンはコクコクと何度も頷いて理解を示す。

 それに満足したようにヨシュアは一度頷くと、エステルの後を追って駆け出した。

 

 ――シスコンは怒らせると怖い……

 

 それはリィンがリベールに来て最初に学んだことだった。

 

 





take1
アリサ「リィンが攻略されたっ!?」

Ⅶ組一同「そんな馬鹿なっ!?」

take2
リィン「シスコンって、怖いな」

トールズ仕官学院一同「お前が言うなっ!」



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