(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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40話 《道化》

 騒ぎに気付いて駆け付けたシェラザードに後を任せてリィンは走っていた。

 

「大丈夫かアルティナ?」

 

「問題ありません」

 

 並走して走るアルティナを気遣うが返ってきた言葉に乱れはなかった。

 全力ではないがかなりの速度で走っているにも関わらず、アルティナは平然とした顔でついてきていた。

 補助アーツを維持することで身体の大きさの差を埋め、何の問題もなく追従する姿にリィンは彼女の能力の高さを実感させられる。

 

 ――そういえばツァイスでアリサを追い詰めたんだよな……

 

 確かにこれなら一緒に戦うことは問題ないのかもしれないとリィンは考える。

 が、ともかく今は一刻も早く先に犯人を追い駆けて行ったアネラスとティオに追い付くことに集中する。

 あの様子では最悪、取り返しのつかないことにまで至っている可能性もある。

 

「早まらないでくださいよ」

 

 そう祈り、リィン達は街道に出ると、そこには――

 

「わ、わたしは……ここまでの……ようです……」

 

「しっかりしてティオちゃん!」

 

 顔を蒼白にして倒れたティオとそれを抱えて叫ぶアネラスがいた。

 

「っ……アネラスさんっ!」

 

 脳裏に過る最悪な展開。

 今は周囲に敵の気配はないが、待ち伏せや罠で迎撃されたのかもしれない。

 

「大丈夫ですか!? いったい何があったんですか!?」

 

 自分たちの戦いに民間人を巻き込んだことに血の気が引く。

 

「えっと……」

 

 アネラスはいつもの表情で苦笑いを浮かべる。

 

「無念です……ここまで自分に体力がないとは思いませんでした、がくり」

 

 やり場のない微妙な気持ちになったリィンは何となく振り返ってアルティナを確認する。

 そこには特に息を切らせた様子もないアルティナがリィンの視線に心なしか胸を張っていた。

 アルティナはともかく、遊撃士のアネラスと同じ速度で走ったのだとしたら彼女ではすぐに息切れをしてしまうのは当然の結果だった。

 いくら《修羅》となっても、これだけはどうしようもないことはリィンもよく知っている。

 

「驚かせないでくれ、ともかくアネラスさんはティオちゃんをギルドへ連れて行って休ませてあげてください」

 

「弟君? それは――」

 

「犯人は俺が追います」

 

「待って……ください……」

 

 息も絶え絶えにティオはリィンに待ったの声を上げる。

 

「私なら大丈夫です……」

 

「いや、巻き込んでしまって申し訳ないがあの爆弾はたぶん俺かアルティナを狙ったものなんだ」

 

「関係ありません。私の目の前でみっしぃを爆破したことを死ぬほど後悔させてやるんです」

 

 体は疲れ切っているのに目だけは爛々と輝かせるティオにリィンはため息を吐く。

 

「ダメだ。相手は猟兵、戦闘のプロの可能性が高い。君のような戦う術のない子供が関わる相手じゃない」

 

「お言葉ですが、私にも戦う術はあります」

 

 足を震わせながら杖を支えにティオは立ち上がる。

 

「これは魔導杖と言って、現在エプステイン財団が作っているアーツ使い専用の装備です」

 

「魔導杖?」

 

「はい、昨今の武器には純粋にアーツを使うための装備はありません……

 なのでアーツ適正が高い方でも武術を併用しなければ戦力にならないという風潮を一新するための画期的な発明です……

 私はそのテスターをしているので導力魔法には少し自信があります」

 

 ティオの説明にリィンはなるほどと納得する。

 戦術オーブメントの一つのラインに含まれるスロットの数で導力魔法の適正は決まる。

 リィンが知る中では最も適性があるのはクローゼとアルティナ。それに一歩劣ってオリビエ。

 もっともアルティナはともかく、クローゼとオリビエは確かにアーツとは別に剣術や銃の腕を鍛えているが。

 

「これは試作機ですが、とにかく私の心配なら無用です……

 だいたい人のことを子供扱いしますが、そっちの子供は私より年下のようですが?」

 

「アルティナは当事者なんだけど……どうしても追い駆けるのか?」

 

「当然です」

 

 頑なな態度にリィンはどうしたものかと肩を竦める。

 この様子では仮にここでリィン達が彼女を置いて行ったとしても、這ってでも追って来るかもしれない。

 そんな無防備をさらしては魔獣除けの導力灯もどれだけ効果があるのか分かったものではない。

 アネラスはそんなティオに困った顔をしている。

 どうやらアネラスの方は頭が冷えてくれたようだが、ここで引き下がる様子もなかった。

 

「もう犯人が逃げ切った可能性は?」

 

「ありません。私の感知圏内からまだ出ていないので街道を外れたとしても追跡は可能です……

 ちなみに現在は走っている速度で南へ移動中です」

 

「それはすごいな……それも魔導杖の機能なのか?」

 

「いえ……これは……」

 

 言いづらそうに黙るティオにリィンは追究するのをやめた。

 

「言いたくないなら言わなくていいよ」

 

「すいません。とにかく私は役に立ちますよ」

 

「そうみたいだな……アネラスさんどうしますか?」

 

 これ以上は自分の説得は無理だと判断して正遊撃士に判断を求める。

 

「そうだね……私たちだと見失った犯人を見つけることはできないし、ティオちゃんが犯人は分かるから協力してもらいたいかな。でも、この有様じゃ」

 

 生まれたての小鹿のように震えるティオにアネラスは唸る。

 

「仕方ないか……」

 

 これ以上時間を掛ければそれこそティオの感知圏外に犯人が出てしまうかもしれない。

 ならばと、リィンは彼女に背中を向けて腰を下ろした。

 

「これは何の真似ですか?」

 

「背負うから乗ってくれ」

 

「…………私はおんぶをされるような歳ではないんですが?」

 

「だったら歩くか? 俺の予想だと、ここで追いつけなかったら行き帰りも含めて二、三時間は歩き通しになるぞ」

 

「二、三時間……?」

 

 リィンの言葉にティオはぶるりと体を震わせる。

 そして少しの葛藤の末に――

 

「それでは……失礼します」

 

 おずおずとティオはリィンの背中に乗る。

 

「よし……具合が悪くなったりしたらすぐに言うんだぞ」

 

「…………はい」

 

「どうかしたのか?」

 

 歯切れの悪い返事にリィンは思わず聞き返す。

 

「いえ……もうこんな風にされるとは思っていませんでしたので……」

 

 戸惑うティオの言葉にリィンは納得する。

 確かにティオの年齢ならもう親にそんなことをしてもらうような歳ではないだろう。

 

「ねーねー、アルティナちゃん。アルティナちゃんは私がおんぶしてあげようか?」

 

「必要ありません。それよりも周囲の警戒を密に、アネラスは少し前を先行して障害になる魔獣の排除に務めてください」

 

「はーい……」

 

 しょんぼりと肩を落としながらアネラスはアルティナの指示に異を唱えることなく一足先に駆け出し、リィンとアルティナもその後に続いた。

 

 

 

 

 アイネ街道中腹。

 

「どうやら犯人は休憩を取っているようです」

 

 程なくしてティオは犯人が止まったことを報告してきた。

 その報告にリィン達は歩を緩めて、ティオはリィンの背中から降りる。

 

「大丈夫なのか?」

 

「はい、リィンさんの背中の上で十分に休ませていただきました。問題ありません」

 

 杖を構えて立つティオは言葉の通り、だいぶ体力を回復させているようだった。

 

「じー」

 

「どうしたアルティナ?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 ジト目でリィンを睨むアルティナは声をかけられるとそっぽを向く。

 それにリィンは首を傾げていると、アネラスがその場を仕切る。

 

「それじゃあ、方針だけど先に私が犯人に接触して話を聞くから」

 

「アネラスさん! 抜け駆けはよくないと思います!」

 

「ティオちゃん。そうじゃなくて、ちゃんと犯人かどうか確かめてくるだけだよ」

 

「む……」

 

「ティオちゃんの言葉を疑うつもりはないよ。でも、万が一の間違いを犯したくないの、ごめんね」

 

「みすみす一方的な奇襲のチャンスを見逃すんですか? それにとぼけられる可能性は?」

 

「それは私の腕の見せ所かな、それにそれが遊撃士だから」

 

「…………分かりました」

 

 アネラスの説得にティオはしぶしぶと頷く。

 しかし、そこに辿り着いた一同はそこで待ち構えていた赤い鎧とヘルムに身を包み、導力ライフルで武装した姿に絶句した。

 

「ありえません。逃げ切ったと油断しているならともかく馬鹿正直に待ち構えているなんて」

 

 怒りを忘れて相手の男の行動にティオは呆れる。

 その気持ちはリィンも同じだった。

 初動が遅れたせいで追い付ける可能性は低かった。確信を持って進めたのはティオの感知能力を宛にしたおかげでもある。

 が、相手はあろうことか第二の襲撃の利点を捨てて、自分が犯人だと主張するようにそこにいた。

 

「ククク、ようやく来たか。リィン・シュバルツァー」

 

 名前を呼ばれたことにリィンはやはりかと、納得する。

 

「どうやらお前が第三の試練の相手のようだな?

 てっきりまた呼び出されるのかと思っていたぞ」

 

「ああ、用件はずばりそれだよ」

 

 リィンの言葉に男は肯定を返すと、懐から封書を取り出した。

 

「これが結社から君への第三の試練を記した挑戦状だ」

 

「…………それを渡すためだけにあんなことをしたのか?」

 

「あれは僕の考えで行ったものだ……リィン・シュバルツァーへの恨みを晴らすためにね」

 

「恨み?」

 

 そう言われてもリィンには何の心当たりもなかった。

 そもそも顔を見えないので、目の前の男が誰かも分からない。

 

「フッ……この状態では僕のことが分からないか。仕方ない。特別に顔を見せてやろう」

 

 そう言って男はおもむろにヘルムを脱いで、その顔をさらした。

 

「お前は……」

 

「フフ……ようやく思い出したようだな……」

 

「リィン君の知り合い?」

 

「えっと……見覚えはあるんですけど……たしかダルモア市長の秘書だった人ですよね?」

 

「何でそんな自信がなさそうなんだ! そう、ダルモア市長の元秘書ギルバートだ!

 自分が貶めた人間のことなど覚えていないとは、くっ……傲慢な帝国人らしいと言えばらしいか」

 

「貶めたって……人聞きの悪い」

 

「黙れっ! 金持ちを装って僕に接触して情報を引き出したことは知っているんだぞ!

 君のせいで僕は王国軍に引き渡されて牢屋に入れられてくさい飯を食べることになったんだ!」

 

「えー……」

 

 あまりに一方的な言い分にリィンは呆気に取られる。

 

「完全な逆恨みですね」

 

 簡単にルーアンでの事件の説明をアネラスから受けたティオは短い感想を述べる。

 

「うるさい! とにかく僕は君への復讐を誓い、クーデター事件のスキを突いて脱走して《結社》に拾われて忠誠を誓った……

 これも全て君に復讐するためだっ! 断じて郵便配達の真似事をするために《結社》に入ったんじゃない!」

 

「だからってあんな無法が許されると?」

 

「フッ……ワイスマン様はこうおっしゃっていたんだ……

 『もし私が用意した選りすぐりの強者たち以外で彼を殺すことができたのなら、私はその人物の事を高く評価せずにはいられないだろうね』

 それを聞いて僕は確信した。ワイスマン様は僕に期待をしているのだと!」

 

 ぐっとギルバートは拳を握り締める。

 

「元々、リベールなんていう小国ごとき僕には狭すぎたのだッ!

 《身喰らう蛇》こそ僕が上り詰めるのに相応しい舞台だったんだ!」

 

「御高説はもういいよ」

 

 もう聞くに堪えないとアネラスは太刀を抜いた。

 

「たったそれだけのために罪のないあの子を殺したっていうの?」

 

「え……殺した? 確かに殺すつもりだったが誰も死んで――」

 

「アネラスさんの言う通りです……

 あなたのつまらない出世欲などにみっしぃが利用されたのかと思うと、私は冷静でいられそうにありません」

 

「みっしぃ……? 確かあのブサイクな猫もどきのぬいぐるみのことか?」

 

「……ブサイク……」

 

 ギルバートの言葉にティオの顔から表情が消えた。

 

「もしかしてたかがぬいぐるみを爆弾にしただけで、関係ないのに首を突っ込んできたのか? は、これだから凡人の思考は理解できないんだ」

 

「……たかが……」

 

 アネラスの顔からも表情が消えた。

 

「リーン……」

 

「大丈夫だアルティナ……」

 

 恐ろしい何かが生まれるような予感にアルティナはリィンに身を寄せる。

 が、それに気付かないギルバートは意気揚々に続ける。

 

「《結社》に加わってから僕は戦闘強化プログラムを受けた!

 身体能力は大幅に強化され最高レベルの戦闘技術も修得した! 遊撃士風情が勝てると思うなよ!」

 

 ギルバートは導力ライフルを突き出して、引き金を――

 次の瞬間、導力ライフルの銃身が半ばから音もなく落ちた。

 

「へ……?」

 

「秘技・裏疾風」

 

 いつの間にかギルバートの背後を取っていたアネラスが太刀を一閃して吹き飛ばす。

 

「ぎゃふっ!」

 

 前のめりに飛んで来たギルバートは顔面から無様な着地を決める。

 

「ブルーインパクト」

 

「ぐへっ!」

 

 足元から噴き出した水の一撃がギルバートを打ち上げた。

 そこにアネラスが追いすがり、《落葉》の要領で地面に叩きつける。

 

「へぐっ!」

 

「ダイヤモンドダスト」

 

 空中に作り出された氷塊が倒れたギルバートの上に落ちる。

 

「がふっ!」

 

「これで、決まりだよ!」

 

 そしてアネラスの光破斬が氷に覆われたギルバートを捉えた。

 

「ぎゃああああああっ!」

 

 二人の連撃を受けたギルバートはリィン達の足元に転がってきた。

 

「…………死にましたか?」

 

「いや……辛うじて生きてるかな?」

 

 ピクピクと痙攣するギルバートのしぶとさに、リィンは簡単に診て答える。

 

「やったねティオちゃん!」

 

「ええ、お見事ですアネラスさん」

 

 イェイとハイタッチをする二人はそれはもう清々しい笑顔を浮かべていた。

 そして、ティオはおもむろにギルバートに近付くと魔導杖をかざす。

 

「セラス」

 

「何を……?」

 

 ティオの行動にリィンは嫌な予感を感じる。

 

「ううう…………はっ!?」

 

 体の痛みが引き、目を覚ましたギルバートは目の前のティオの姿を見るやいなや後ろに飛び退き――

 

「あれー? どこに行くのかな?」

 

 アネラスに背中からぶつかり押し返された。

 

「さあ、まだ粛清は始まったばかりです。次は私のオリジナルアーツで止めを刺してあげます」

 

「ひいぃ!」

 

「そしたらもう一回、回復させて……ふふふ」

 

「あわわわわ……」

 

 がくがくと傍から見ていてかわいそうになる程に怯えるギルバートにリィンは流石にやり過ぎだと仲裁しようとして――

 

「かくなる上は!」

 

 奮い立たせるようにギルバートは叫ぶと横に飛び退いて、身体を捻る。

 

「っ!」

 

 まだ奥の手があったのか、リィンはすぐに身構える。

 が、ギルバートはそのまま着地と同時に二人に向かって土下座した。

 

「すまなかった! このとおりだ! 頼む! どうかもう勘弁してください!」

 

 ぺこぺこと何度も頭を下げるギルバートにリィン達は、先程まで《修羅》に入っていたアネラスとティオまで動きを止めた。

 

「…………ある意味、只者じゃありませんね」

 

「うん、そうだね」

 

 二人はそんなギルバートに慄く。

 

「それじゃあ、この人はどう――」

 

 毒気を抜かれた二人にリィンは安堵して、次の行動を尋ねようとしたところでギルバートは目を光らせた。

 

「ひっかかったな……」

 

「っ……」

 

 土下座から一転して、ギルバートはリィンに拳を握って襲い掛かる。

 

「バカめ! お前なんてこうだ! お前さえいなければ! ちくしょう、ボクはエリートなんだぞ! この! このぉ! くそぉ! どうだ! ざまあみろ、ばーか!」

 

「…………言いたいことはそれだけか?」

 

 がむしゃらに振り回した拳の連打を全て捌き切ったリィンは冷ややかな眼差しでギルバートに聞き返す。

 ギルバートは後ずさり――

 

「ま、まて……話せば解る……」

 

「破甲拳」

 

「ごふっ!」

 

 ギルバートの体はくの字に折れ曲がり、崩れ落ちた。

 

「どうします、これ?」

 

「うーん……とりあえずギルドに連行しようかな。下っ端でも《結社》みたいだし」

 

「それは困っちゃうな」

 

「っ! 離れろっ!」

 

「え……?」

 

 リィンの声に反応して素早くアネラスとアルティナは動くが、ティオは反応しきれずに立ち尽くす。

 それを予想していたリィンは素早く彼女を抱えてその場から飛び退くと、銃撃が降り注いだ。

 どこからともなく現れた黒装束達が導力ライフルを撃ちながらギルバートを守るように立ちふさがる。

 

「情報部の残党!? どうしてこんなところに?」

 

 アネラスが驚きの声を漏らすと、彼らの前に炎が揺らぎ小柄な子供が現れる。

 

「君は……」

 

「ウフフ……初めまして、僕は執行者No.0《道化師》カンパネルラ。《身喰らう蛇》に連なるものさ」

 

「え……?」

 

「執行者だと!?」

 

 突然現れた少年に身構える。

 一見すれば、不相応な少年だがそれを名乗る以上、どんな見た目でも気を抜かない心構えはすでにリィンはできていた。

 

「そんなに警戒しなくていいよ……

 僕は入ったばかりの新人を回収しにきただけだからさ」

 

「カ、カンパネルラ様……助けに来てくれたんですね? やはり僕は《結社》の期待の星なんだ」

 

 勝手に感激するギルバートにカンパネルラは呆れたように肩を竦める。

 

「ねえ、ギルバート君……

 向上心があるのは良いことだけど、それで失敗してたら意味ないよね?」

 

「あ……これは……その……」

 

 後ずさるギルバートにカンパネルラは笑顔のまま指をパチンと鳴らす。

 それを合図に炎がギルバートを拘束する。

 

「ひああああああっ!?」

 

「これは……幻術の炎?」

 

「あはは、正解……お嬢さん、いい目をしてるね」

 

 悲鳴を背後にカンパネルラは笑い、ティオを褒める。

 

「ま、ギルバート君の道化っぷりもなかなか愉しませてもらったし、それにこうして噂の彼に引き合わせてくれたわけだから、死なない程度のお仕置きで勘弁してあげようかな」

 

 再びカンパネルラが指を鳴らすと、炎は一瞬で消え、ギルバートは解放される。

 ぐったりとしたギルバートは情報部の黒装束に両脇から抱え上げられる。

 

「あ……待ちな――」

 

「おっと……」

 

 撤退しようとする黒装束を止めようと踏み出そうとしたアネラスの目の前でカンパネルラの指が鳴らした音と共に空気が弾け、その出鼻を挫く。

 

「ここで出会ったのも何かの縁……

 せっかくだからさ、僕にも超帝国人の力を見せてよ……ねえ、リィン・シュバルツァー君」

 

「…………はあ……お前もか」

 

 諦めのため息を吐いてリィンは太刀を抜く。

 

「アネラスさん、ティオちゃんと一緒に下がっていてください」

 

「弟君!?」

 

「リィンさん!?」

 

「もうみっしぃのことはいいでしょ?

 こいつの目的は俺です、その戦いに無関係な民間人を巻き込むわけにはいかない。そうですよねアネラスさん?」

 

「うん……そうだけど」

 

 ティオの安全を確保することと、この場にリィンを残すこと二つの考えに葛藤するアネラス。

 

「フフフ、そんな肩肘張らなくてもいいよ……

 僕もここで本気で戦うつもりはないし、そもそも僕の実力なんて執行者の中では下の方だからね……

 邪魔をしないなら僕は何もしないことを約束するから、そこで見学していても全然構わないよ」

 

 逡巡の末にアネラスはティオとアルティナを促し、街道の端へ距離を取る。

 

「それじゃあ、いざ尋常に勝負……なんてね」

 

 

 

 

 開始の合図は特にない。

 リィンは太刀を抜き放つと同時にカンパネルラの懐に踏み込み一閃を繰り出した。

 

「わ!?」

 

 予想外の速度だったのか、カンパネルラは悲鳴を上げることしかできず――

 命中する直前、刃は見えない空間障壁に弾かれた。

 

「フフフ、残念。当たったと思った?」

 

 余裕の笑みを浮かべるカンパネルラにリィンは《怪盗紳士》並みのウザさを感じて思考の段階を一つ飛ばしに上げる。

 一撃、二撃と一瞬で斬撃を重ねるが、全て障壁に阻まれて届かない。

 

「その程度の攻撃じゃ。僕の壁は壊せないよ」

 

 カンパネルラは手を突き出して、二度指を鳴らす。

 リィンは咄嗟にその場から離脱し、遅れてその空間に炎が爆ぜ、追い駆けて空気が炸裂する。

 

「これならどうだっ! ファイヤボルトッ!」

 

 距離を取ったことでリィンはあえてアーツを放つ。

 

「あ、ごめん。この障壁ってアーツを反射するんだ」

 

「え……?」

 

 飛来する火弾にカンパネルラは危機感なくそんなことをのたまった。

 そしてその言葉は嘘ではなく、火弾は見えない障壁にぶつかると、そのままリィンに向かって飛んで来た。

 

「何だっ! それは!?」

 

 思わず叫びながら、リィンは自分が撃った火弾を戦技で斬り払う。

 アーツを反射するアーツなど少なくともリィンはそんな存在は聞いたこともない。

 怯むリィンにカンパネルラは再び指を鳴らして同じ追撃をする。

 リィンは身を翻し、とにかくカンパネルラの攻撃の照準を定められないように動き回り、隙を見ては斬りかかる。

 

「あははっ! その程度の攻撃じゃムダムダ、早く《鬼の力》を使いなよ」

 

「っ……」

 

 ――簡単に言ってくれる……

 

 アーツで使うそれは時間がかかる。

 自前の《鬼の力》は銀との戦いでは無理矢理使うことができたが、激しい感情の昂りが必要なため相変わらず宛にできない。

 それに――

 

「あまり舐めるな」

 

 駆ける速度をリィンは一気に上げる。

 使う技は《二の型、疾風》。本来なら他人数の敵の合間を斬りながら駆け抜ける技だが、それを応用してカンパネルラを中心に方向転換を繰り返し何度も斬り付ける。

 その末に刃は何にも阻まれることなく振り抜かれた。

 

「おっと」

 

 振り抜かれた刃にカンパネルラは身を引くが、彼が着ていた服にわずかな切れ目ができる。

 

「はは……まさか《鬼の力》もなしに僕の障壁を抜いてくるなんて……伊達に《剣帝》や《怪盗紳士》と戦ってないことなのかな?

 そうなると僕には君を本気にさせることは難しいけど、どうしようかな……」

 

「それなら大人しく捕まってリベールで何をしようとしているか話してもらおうか」

 

「それは無理かな。僕の役割はあくまでも《見届け役》なんだ……

 具体的な計画の事は僕に聞かれても困っちゃし、というか僕も知らないし」

 

 どこか煙に巻くような言い方だが、そこに嘘はないように感じた。

 だが、それでも彼が持っている情報をここで見逃すわけにはいかない。

 

「しょうがない……とっておきを出そうかな」

 

 その言葉にリィンは警戒心を高めて身構える。

 しかし、気付けばリィンの胸に白い杭が突き立った。

 

「なっ!?」

 

 正確には逆、背中から貫かれた杭がリィンの胸から突き出ていた。

 しかし、身体を貫かれたはずなのに不思議と痛みはない。

 幻のアーツかと疑うが、すぐにカンパネルラが得意げに説明を始めた。

 

「それはね、かつてとある国を全部塩に変えたアーティファクトのレプリカでね……

 オリジナル程の力はないけど、人ひとりを塩に変えるには簡単にできる代物さ」

 

「なっ……それはまさかノーザンブリアの!?」

 

「はは、リィン君は博識だね……

 さあ、どうする? このままじゃ君は塩の塊になっちゃうよ」

 

「くっ」

 

 手足に違和感を感じながら、リィンは胸から頭を出す杭の先端を掴む――が、掴んだ手が白く染まる。

 

「良いことを教えて上げる……

 その杭は所詮レプリカ、他の異能の力に簡単に塗り潰されてしまう紛い物さ。僕が言いたいこと分かるよね?」

 

「っ……」

 

「弟君っ!」

 

「リーンッ!」

 

「おっと邪魔はさせないよ」

 

 駆け寄ろうとしたアネラスとアルティナだが、突然現れて炎の壁がそれを阻む。

 

「さあ、超帝国人の力、僕に見せてよ」

 

 距離を取り、高みの見物を決め込むカンパネルラをリィンは睨み――目を伏せた。

 もはや戦闘を気にしている余裕はない。

 体が塩に変化していく不気味な感覚。迫る死の予感に動揺する思考を抑え込んでとにかく集中する。

 まずは大人しくなった焔を探すところだが、リィンが何をするでもなく焔は猛り始めていた。

 

「ほらほら、早くしないと本当に全部塩になっちゃうよ」

 

 挑発の言葉はリィンの耳には届かない。

 

「あと十秒かな? 九……八……七……」

 

 命の危機を前に焔は何度も己を封じる戒めを叩く。

 力が足りない焔にリィンは感情をくべて焔を大きくさせる。

 

「六……五……四……」

 

 その末に戒めのわずかな隙間から焔が漏れ出し、リィンの姿を変える。

 だが、彼の体から発せられた焔にさらされても杭はまだ健在だった。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

 さらに焔を燃え上がらせたリィンの体には異様な文様が浮かび上がり、黒き焔が塩の杭のレプリカを焼き払う。

 

「三……二……お見事」

 

 カウントダウンを中断してカンパネルラは拍手をリィンに送る。

 直後、リィンは息も絶え絶えに膝を着き、全ての変化が消える。

 

「うぐ……」

 

 胸には激痛だけが残りリィンは敵を前にしていながらもそれ以上動くことはできず、ただ喘ぐことしかできなかった。

 

「弟君っ!」

 

「リーンッ!」

 

 炎の壁が消えるとすかさずアネラスとアルティナがリィンの前に出る。

 が、カンパネルラはそれを意に介さずにリィンに話しかける。

 

「超帝国人の力、確かに見せてもらったよ……それじゃあ僕はこの辺で失礼させてもらおうかな」

 

「逃がすと思っているの?」

 

「そんなに睨まないでよ。ちょっと悪ふざけが過ぎたのは確かだから謝っておくよ……

 今回の埋め合わせは何らかの形でするとして、とりあえず今は一つだけアドバイスを上げよう」

 

「アドバイス?」

 

 リィンに代わってアネラスがその言葉を繰り返す。

 

「そ、リィン君は四つの試練を乗り越えれば自分の勝ちだと思っているかもしれないけど、油断しない方がいいよ……

 何たって《教授》は《結社》の中で一番の嫌われ者だからね。きっとその後にも何か仕掛けを用意しているはずだよ」

 

「試練といい、つくづくその《教授》って人は最低みたいね」

 

「ははは、よく言われているよ……

 それとギルバート君が届けるはずだった手紙も渡しておくよ」

 

 いつの間に抜き取っていたのか、カンパネルラはギルバートが持っていた手紙をリィンに向かって投げる。

 

「それじゃあ皆様ごきげんよう」

 

 そう言カンパネルラは手一礼するとその体は炎に包まれ、燃え尽きるようにその場から消え去った。

 

 

 

 

 ボース遊撃士ギルド三階。

 

「解せません」

 

「え……?」

 

 ティオの呟きにリィンは思わず手を止め、そしてすぐにその可能性に思い至る。

 

「あ……もしかして嫌いな食べ物でもあったかな?」

 

「いえ、ごはんはとても美味しいです」

 

「それはよかった」

 

 リィンはほっと胸を撫で下ろし、それなら何が解せないのか首を傾げる。

 が、その疑問はすぐにティオは言葉にした。

 

「どうして立てなくなるまで消耗したはずのリィンさんが当たり前のように料理をしているんですか、不公平です」

 

 そう言うティオは帰りの街道を悲鳴を上げながら歩き、ボースに到着したのは日が落ちてからだった。

 当然、ツァイスへ向かう定期船はもうなく、また魂が抜けかけていたティオに宿を探す気力も残っておらずギルドに泊めることになった。

 

「どうしてって言われても……ティオちゃんのペースに合わせて歩いている内にある程度回復したからだけど」

 

「何ですかその羨ましい体質は?」

 

「そんなにきつかったなら意地を張らずにアネラスさんに背負ってもらえばよかったのに」

 

「私よりも年下の子供が平気な顔をしているのにそんな情けないことできません」

 

 と、ティオはマイペースに黙々と食事を進めるアルティナを一瞥して意地を張る。

 もっともギルドに入ってそのまま倒れてしまい、夕食の準備が整うまで寝入ってしまい今更年上の見栄もないというのは指摘しないようにした。

 

「俺やアルティナはちょっと特殊だからあまり比較対象にしない方がいいんだろうけど……

 それにしたって君は体力がなさすぎるんじゃないか?」

 

 エリゼやティータ、リィンの知っている彼女の年齢に近い女の子のことを思い出す。

 エリゼは剣術を修めているし、ティータもオーブメントをいじることが趣味であり現場で作業しているだけあって体力は人並み以上にある。

 

「特殊……」

 

 しかし、リィンの指摘にティオは落ち込むでも拗ねるでもなく俯いた。

 

「リィンさんの……その……」

 

 言い辛そうにするティオにリィンは何となくだが、彼女の心情を察した。

 自分やアネラスよりも広い知覚域。幻術の炎を見抜く目。

 彼女が普通じゃないものを持っていることは何となく察していたし、今の様子だとそのことに引け目があるのも分かる。

 

「俺の特殊さはあの時見ていてもらった通り、見た目が変化して戦闘能力が劇的に向上する類のものだ……君のそれとはだいぶ違うけどな」

 

「気付いていたんですか?」

 

「ああ……もっともだからと言って君が抱える悩みを全て分かるだなんて言えないけどな」

 

「そうですよね……」

 

「だけど愚痴くらいなら聞いてあげるよ」

 

「え……?」

 

「あえて偉そうなことを言わせてもらえば、ティオちゃんの気持ちは少し分かるよ……

 人とは違う自分。これを知らない人に何を言われたって共感はできない。俺もそのことに随分と悩んだ」

 

「今は違うんですか?」

 

「ああ、俺の異能は少し前まで全く制御が効かないものだったんだ……

 それに俺は十年前に今の両親に拾われた浮浪児だから、余計に疎外感を感じていたんだ」

 

「それで!?」

 

 ティオは興味深そうにリィンの話に食いついてくる。

 物静かな佇まいの彼女だが、みっしぃの事といい、その雰囲気に反して感情の起伏ははっきりと見て取れる。

 そんな彼女にリィンは親近感を感じずにはいられなかった。

 

「続きが気になるなら、先に食事を終わらせてからにしよう」

 

「あ……」

 

 リィンの言葉にティオは食べかけの夕食を思い出したように見下ろす。

 

「そんな不安そうな顔をしなくても、時間はあるんだからちゃんと話してあげるよ」

 

「あ……」

 

 リィンは手を伸ばしてティオの頭を撫でる。

 

 ――まさか、俺がこんな風に誰かを励ます側になるなんてな……

 

 少し前まで《鬼の力》に振り回されていた自分がそれを自分から話題にするとは夢にも思わなかった。

 正直に言えば、自分の昔話など一生封印しておきたい黒歴史だ。

 だが、それでもこんな話が彼女が抱えるものを少しでも軽くしてくれるのならば、話す価値はあるのだろう。

 

「リィンさんは……」

 

 リィンの手を受け入れた撫でられるがままにしていたティオは懐かしそうに呟く。

 

「リィンさんの手はお父さんみたいですね」

 

「そんな歳じゃないんだけどな」

 

 ティオの言葉にリィンは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 翌日 定期船セシリア号。

 

「ふう……昨日は随分と濃い一日でしたね」

 

 離れていくボースの街を見送りながらティオは独り呟く。

 リベール限定のみっしぃを求めて来ただけだというのに、得られたものは沢山あった。

 

「アネラスさん……アルティナちゃん……リィンさん……みんな良い人たちでした」

 

 みっしぃを爆弾にした不届き者もいたが、自分と同じ悩みを抱える人に出会えたことはティオの胸にあったしこりを軽くしてくれた。

 

「そういえばリィンさんが、定期船の中で食べるといい、とくれたものが――」

 

 別れ際にリィンが渡してくれた袋を取り出してティオは唸る。

 持った感触はおそらくクッキーのようなお菓子。

 

「あの人、養子とはいえ貴族のはずなのにどうしてここまで女子力が高いんでしょう?」

 

 ごちそうになった夕食と朝食はどちらも美味しかった。

 当然プロレベルなどではないのだが、どこか家族を思い出させる味はティオが忘れていたものを思い出させてくれるものだった。

 そんなリィンが作ってくれたお菓子に少しだけ胸を躍らせ、ティオは袋からそれを取り出す。

 

「こ、これは!?」

 

 そして取り出したそれを見てティオは目を大きく見開いた。

 

「これは……まさか……みっしぃクッキー!?」

 

 多少形は悪いがみっしぃと分かる顔を型取った菓子をティオはじっと見つめ、慎重な手付きでティオはそれを袋に戻した。

 

「リィン・シュバルツァー……あなたという人はお節介が過ぎますよ……」

 

 振り返り、もう遠くなったしまったボースの街を遠くに見て、ティオは笑顔を浮かべた。

 

 

 

 





その後のエプスタイン財団

ヨナ
「お? これってお土産か? 
 はぁ……リベールに行ってまでみっしぃのクッキーなんて買ってくれるなんて本当にあいつはみっしぃ狂いだな……
 もぐもぐ……なんか安っぽい味だな」

ティオ
「…………ヨナ……あなたは何をしているんですか?」

 再び《修羅》が生まれるまで後五秒……



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