(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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44話 《幻惑の鈴》

 ――リーン――

 

 

「んっ……」

 

 まどろみの中でリィンは頬を突かれた。

 

「リィン君……」

 

「アルティナ……もう少し寝かせてくれ……」

 

 いろいろあったせいなのか、眠気が晴れずリィンはらしくもないことを寝言を返す。

 

「ふふ、ごめんね。アルティナちゃんじゃないよ」

 

「……ならエリゼか?」

 

「残念、エリゼちゃんでもないよ。リィン君、こんなところで寝ちゃったら風邪ひくよ」

 

 体を揺すられてリィンはたまらず突っ伏していた机から起き上がる。

 

「あれ……?」

 

 見覚えのない景色がそこにはあった。

 夕暮れの生徒会室。そして傍らには緑の制服を着た少女が柔らかな笑顔をリィンに向けている。

 

 ――誰だ……?

 

 見知らぬ少女は当たり前のようにリィンに声をかける。

 

「おはようリィン君。今は夕方だけどね」

 

「お恥ずかしいところを見せてしまってすいません、トワ会長」

 

 当たり前のようにリィンの口からは彼女の名前が出てくる。

 そもそも次の瞬間には知らない少女だという認識さえも薄れていた。

 さらに言えば、ここがどこなのかも思い出す。

 

「もうリィン君。私はもう生徒会長じゃないんだよ。そうでしょ、リィン会長?」

 

 そうトワに指摘されたリィンは困った風に頬を掻いた。

 

「ごめんね。引継ぎとかできるだけ仕事は残さないようにしたはずなんだけど」

 

「気にしないでください。こんなところで寝てたのも疲れていたわけではないですから」

 

 その証拠に机の上に書類の類は残っていない。

 

「そっか……リィン君も生徒会長が板についてきたね」

 

「ありがとうございます……それよりもトワか――先輩はどうしてここに?」

 

「それは……」

 

 言葉を濁して目を逸らすトワにリィンは嘆息する。

 

「トワ先輩、手伝いに来てくれたお気持ちはありがたいですが、貴女も明日の準備で忙しいはずですよね」

 

「そ、そうなんだけど……ちょっと最後に生徒会室を見ておきたくなっちゃって……ごめんね」

 

「……いえ、そういうことなら席を外しましょうか?」

 

「いいよ。そこまでしてくれなくても、それにリィン君の寝顔なんて珍しい顔も見れたから」

 

「それは忘れてください」

 

 居眠りをして近付いてくる気配に気づかなかったのは地味にリィンにとっては屈辱だった。

 これが達人級の人間ならまだ仕方ないと納得できるが、彼女はそうではない。

 

「えっと……リィン君? どうしたの?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 文句を言うのは筋違いだろう。そもそもまだまだ自分が未熟なだけの話なのだから。

 思考を割り切り、改めてリィンは彼女に向き直る

 

「トワ会長……」

 

「もうだから私はもう――」

 

「これまでお疲れ様でした」

 

 彼女の言葉を遮ってリィンは彼女の働きを労う。

 

「それから一日早いですけど、御卒業おめでとうございます」

 

「……うん、ありがとうリィン君」

 

 

 

 

「最後に入学式と同じ言葉を君たちに贈ろう。若者よ――世の礎となれ」

 

 壇上で演説する立派な祝辞を述べるオリビエの姿を舞台袖から見ていたリィンは目頭が押さえた

 

「ちょっとリィン……泣くのはまだ早いんじゃないかしら?」

 

「ああ、すまないアリサ……

 オリビエさんがようやくまともになってくれたと思ったら……」

 

「そんな大袈裟な」

 

「大袈裟なものか。オリビエさんのことだから卒業生のために歌を贈ろうとか言い出していたかもしれないんだぞ」

 

 そんなことになればプログラムの進行どころではなくなってしまう。

 いざという時のために備えていたが、式が終わるまで油断はできない。

 

「卒業証書授与……アンゼリカ・ログナー」

 

「はいっ!」

 

 リィンが感傷に浸っていると、サラが進行役として、卒業生の名前を呼ぶ。

 呼ばれたアンゼリカは返事をして壇上に上がる。

 

「よかった。アンゼリカ先輩もちゃんと女性用の制服を着てくれたんだな」

 

「アンゼリカさんだってそのくらいはちゃんと弁えているわよ……

 別に女の恰好が嫌だってわけじゃないから社交界の場ではちゃんとドレスで着飾っているわよ」

 

「アンゼリカ先輩のドレス姿か……あんまり想像できないな」

 

「そうね……この後のダンスパーティには男装して来そうよね?」

 

「おそらくな」

 

 卒業式の後に行われる生徒会主催のダンスパーティー。

 その場ではそれこそダンスの男役を率先と引き受けて、多くの女子たちと踊る彼女の姿が容易に想像できる。

 

「クロウがまた女子を取られたって、嘆きそうだな」

 

「ええ、そうね」

 

 リィンの呟きを想像してアリサは静かに笑った。

 

 

 

 

「次に獅子心勲章の授与を行います」

 

「ユーシス、ラウラ。よろしく頼む」

 

「ああ。任せるがいい」

 

「とは言っても、私たちは運んで立っているだけだがな」

 

 大きな二つのトレイ。片方には勲章、もう片方には賞状が乗っている。

 

「それでも立ち姿は二人が綺麗だから適任だよ」

 

「うむ、では無様は見せられないな」

 

 二人は壇上に上がるとオリビエの両脇にそれぞれ立つ。

 方や四大名門の息子、方や子爵家の娘。

 立ち姿一つとっても卒業式の壇上に立つに相応しい姿だった。

 

「トワ・ハーシェル……

 貴君は学内外問わず、人々の抱える様々な問題に親身になって寄り添い、解決に奔走した……

 よってここに獅子心善行章を授ける」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「クロウ・アームブラスト……

 貴君は良友章、善行章、そして勇士章の三つを授かるに相応しい働きをした……よってここにその総括である獅子心英雄章を授与する」

 

「身に余る評価、痛み入ります」

 

 銀髪の青年はオリビエに首を垂れて、それを受け取った。

 

「あれが勲章、しかも最高の英雄章をもらうなんて正直信じられないな」

 

「まったくだ……留年しかけたり、博打に手を出したり好き勝手していた彼がどうして……」

 

「そう怒るなよマキアス……

 一応はあれでもジュライ元市長の孫なんだ。普段の素行が悪いと言っても許容範囲内の話だろ?」

 

「だからこそタチが悪いんだ……やればできるくせにわざとギリギリを狙って」

 

「クロウからすれば帝国への意趣返しみたいなものなんだろ」

 

「まあ、彼の境遇には同情するが……」

 

 マキアスは肩を竦めてそれ以上の文句は言わなかった。

 元ジュライ市国の市長の孫。

 それがクロウの肩書だがそこには複雑な経緯があったりする。

 併合された際、辞職した元市長は糸が切れたように体を壊してしまった。

 帝国宰相はそんな彼に救いの手を差し伸べた。

 そこまで聞くと美談なのだが宰相はあろうことか、彼らに法外な治療費を請求したのだ。

 その借金を返すためにクロウと元市長の身柄は借金のカタとして帝国政府のものとなった。

 最初の頃はクロウはそのことで随分と荒れていたようだが、元市長の方は新しい目的ができたおかげなのか、むしろ生き生きとその政治手腕を帝国で振るうようになった。

 そんな経緯もあり、すっかりグレてしまったのが今のクロウだった。

 

「とにかくクロウがちゃんと卒業できた奇跡をちゃんと祝って上げよう」

 

「ああ、そうだな」

 

 勲章を見せびらかすように掲げて笑うクロウに拍手とヤジが飛ぶ。

 もっともそのヤジも笑い声が混じったものであり、彼を祝福しているものでもあった。

 それを含めて彼がこの学院で築いた人との繋がりなのだろうと、リィンも彼に拍手を贈った。

 

 ちなみに余談だが、巷では悪徳貴族を成敗する仮面のヒーローが《怪盗B》と並んで有名になりつつあるが、クロウとはきっと無関係に違いない。

 

 

 

 

「とりあえず式はこれでいち段落だな」

 

 卒業生がいなくなった講堂でリィンは無事に卒業式を終えられたことに息を吐く。

 警戒していた校長オリビエの暴走もなく、予定は順調だった。

 

「それじゃあパトリック、講堂の飾り付けは任せたぞ」

 

 夕方から生徒会主催のダンスパーティーがこの講堂で行われる。

 そのための飾り付けと、料理の手配などでリィンは卒業式の余韻を感じている暇はない。

 

「ふん。こちらの心配をするよりも自分たちの心配をしたらどうだ?」

 

「はは、そうだな」

 

 貴族生徒の代表としてパトリックにその場の指揮を任せてリィンはまず音楽室へと向かう。

 

「それじゃあ、もう一回さっきのところをやろうか?」

 

「ちょっとエリオット、リハーサルから飛ばし過ぎじゃない?」

 

「何言ってるのかなアリサ? 先輩たちの門出を祝うためにも失敗は許されないんだよ」

 

 普段の弱気な性格を一転させ、妥協を許さない鬼がそこにいた。

 そんな姿にリィンは苦笑して声をかけた。

 

「だからって根の詰め過ぎはよくないぞ」

 

「あ、リィン」

 

「今日の俺たちはあくまでも脇役なんだ、発表会の場でもないんだからそんなに肩肘を張らなくても大丈夫だ」

 

 ダンスの演奏は在校生の有志によって行われる。

 彼らの腕がそれぞれ《達人級》というわけではないのだから、その道の人間が聞けばどうしても粗に気が付く。

 もっとも、その部分も含めて学生の演奏なのだから完璧を求める必要はない。

 

「それに式中での演奏も十分によかったさ」

 

「そ、そうかな?」

 

「ふ……エリオットはもう少し自信を持った方がいいぞ」

 

 褒めた言葉に自信がなさそうにするエリオットにガイウスが苦笑する。

 彼はノルドからの留学生であり、美術部の部員だが楽器が弾けるということで協力してもらった。

 

「だがエリオットの気持ちも分からなくはない……

 一年間、世話になった先輩方に最高のものを贈りたいという気持ちはよく分かる」

 

「そうだよねガイウス」

 

「だからってパーティーの途中でバテてしまったら元も子もないんだから休憩はしっかりと取るようにしてくれ」

 

「うう……分かったよ」

 

 ガイウスの飴に笑顔を浮かべたかと思うと、リィンの鞭に肩を落とす。

 その姿に苦笑をしてリィンは音楽室を後にした。

 

 

 

 

 調理室はすでに戦場だった。

 流石にパーティーでの料理まで学生が、というわけにはいかないので貴族生徒の伝手でシェフを雇い、在校生が給仕をするというのが毎年の動きだった。

 

「こっちの料理は三番の台車に載せておけ」

 

「分かってる。僕に指図するな」

 

 いつものように言い争いをしながら、それでもしっかりと手を動かしているのはユーシスとマキアスの二人だった。

 

「二人ともこんな日まで喧嘩はやめてください」

 

「ん、正直邪魔」

 

 そんな二人をエマが諫め、フィーが呆れる。

 それぞれ給仕のために制服ではなく執事服とメイド服を着込んで準備を進めていた。

 

「別に喧嘩などするつもりはない……我らの副委員長は作業が遅いようでね……

 やはり給仕係などできないと言うなら、今からでもリィンに頼んで進行係に変えてもらったらどうだ?」

 

「そだね……貴族生徒に突っかかったりしないでよ?」

 

「くっ……いつまでその話を引っ張るつもりだ。僕だってこの一年で貴族との関わり方を少しは学んだつもりだ……

 そういう君こそ、四大名門のくせに給仕の真似事ができるとでも?」

 

「ふん、ここでは俺も先輩方を送る在校生の一人に過ぎん……

 それにこういう時でなければできない経験でもあるからな、せいぜい楽しませてもらうとするさ……

 ほら、次の料理ができたぞ。これは五番のワゴンだ」

 

「だから指図するなと言っている」

 

「指図されたくないなら機敏に動け、そのメガネは飾りか?」

 

「何だとっ!?」

 

「二人とも、それくらいにしないと――」

 

「ふ た り と も っ!」

 

「「っ!?」」

 

 懲りずに言い合う二人にエマが凄むと、途端に二人は息を飲み、言い合いをやめる。

 

「……そ、それでは五番のワゴンだ。頼んだぞ」

 

「あ……ああ、それから四番のワゴンにフォークの箱がなかったから用意しておいてくれ」

 

「任せるがいい」

 

 言い合いをやめた二人によろしいとエマが頷く。

 そんな彼らのやり取りにリィンは苦笑する。

 ユーシスとマキアスの言い合いは相変わらずだが、あれでも互いの事は認め合っている。

 エマも入学当初は二人の言い争いにオロオロするだけだったが、今では正面から宥めることができるほどになっていた。

 

「ここは順調そうだな」

 

「あ、リィン。来たんだ?」

 

 声をかけるとフィーが振り返る。

 

「ああ、もう少ししたらパトリックが呼びに来ると思うから、パーティーが始まったら給仕係は頼んだぞ」

 

「ん、任された」

 

 言葉少なく頷くフィーに二人目の妹分のことを思い出したリィンは苦笑した。

 その後、エマたちとも少し言葉を交わして、リィンは調理室を後にした。

 

 

 

 

「あ、リィン君。ちょうど良かった」

 

 校舎から出ると恰幅のいい男にリィンは呼び止められた。

 

「あれ、ジョルジュ先輩? どうしたんですか?」

 

 卒業生は一度全員寮に戻っているはず。それに先程まで制服で卒業式に参加していたのに、今はいつもの作業着を着ていた。

 

「まさか、まだ技術棟の私物の整理を終えてなかったんですか?

 卒業式の一週間前までには片づけておいてくださいと通達していたはずですよね」

 

「ははは……安心してくれていいよ片付けはちゃんと終わってるから」

 

「ならどうしてそんな格好を?」

 

「実はリィン君に渡したい物があってね。今から技術棟に来れるかな?」

 

「今からですか? それは……」

 

 リィンが本格的に忙しくなるのはパーティーが始まってからだが、その前にもそれぞれの状況の確認などやることはいくらでもある。

 

「ああ、そうだったね。ごめん、それじゃあ明日少し時間をくれないかな?」

 

「それなら構いませんが、俺に渡したい物って何ですか?」

 

「ほら、アンゼリカの導力バイクがあるだろ……

 あれをラインフォルトに売り込むためのサンプルをいくつか組んだからその一つをリィン君に上げようと思ってね」

 

「え……でも……」

 

「リィン君にはZCFへの紹介もしてもらったからね。そのお礼だと思ってくれよ」

 

「お礼にしては高価過ぎますよ」

 

「とは言っても、僕にできるお礼なんてこれくらいしかないからね……

 ところで一つ聞いておきたいんだけど、ラッセル博士ってどんな人なんだい?」

 

「ラッセル博士……一言では説明するのは難しいですけど、いろいろと覚悟はしておいた方がいいと思いますよ」

 

「はぁ……やっぱりそうなのか」

 

 誰かを思い出したのかジョルジュは大きくため息を吐く。

 

「と、あまり長々と引き留めて悪かったね。それじゃあ明日の件はよろしく……

 この後のパーティーは楽しみにさせてもらうよ」

 

「ええ……ジョルジュ先輩、御卒業おめでとうございます」

 

 

 

 

「一通り、見て回ったな。あとはパーティーが始まるのを待つだけだが」

 

 独り言を呟いたリィンはかすかに聞こえてきたハーモニカの音色に踵を返した。

 

「これは……《星の在り処》?」

 

 リィンは首を傾げる。

 ダンスの演奏にはハーモニカは含まれていなかったはず。

 それに音楽室の防音はしっかりしているので、今最後の調整をしているだろうエリオット達の演奏は校舎の外にまで聞こえてこない。

 

「いったい誰が……」

 

 その音色にリィンは郷愁を掻き立てられ、音色に誘われるように歩き出した。

 校舎の裏手に回ると音はよりはっきりと聞こえてくる。

 施錠されていたはずの旧校舎への門は何故か開いており、リィンはそのまま進むと彼女はそこにいた。

 旧校舎の前の低い階段に腰下ろしてハーモニカを吹く少女。

 黒く長い髪の少女は学院の制服を着ていない。

 

「来賓の子かな?」

 

 自分たちと同年代に見えるが、卒業生の関係者なのだろうか。

 そう考えながらも、リィンはハーモニカの音色に心を奪われたようにその場に立ち尽くしていた。

 程なくして演奏が終わり、少女は顔を上げるとリィンに向かって笑顔を向ける。

 そして少女はそのままリィンに向かって話しかける。

 

「お願い」

 

「え……? お願いって……どういう――」

 

 聞き返そうとして、一歩前に踏み出そうとしたが、突然周囲の景色は霧がかかったように白み、リィンの目の前を覆い隠す。

 

「お願い」

 

 再び聞こえてきた懇願の声。

 リィンは声に向けて手を伸ばすが、手は空を切るばかり。

 そして次の瞬間、眩い赤い光が白く染まったリィンの視界を照らした。

 

 

 

 

「……うっ……」

 

 リィンは呻きながらゆっくりと瞼を開く。

 

「…………ここは……?」

 

「おっ、目が覚めたようやな」

 

 リィンの呟きに、寝台に横たわっていたリィンに星杯の紋章を突き出していたケビンがそれを懐にしまう。

 

「ケビン神父……どうしてここに……あれ……?」

 

「おっと、急に起き上がらない方がええよ。それよりリィン君、今の状況はどこまで思い出せる?」

 

「今の状況……?」

 

 周囲を見回し、隣のベッドに横たわるアルティナの姿を確認してからリィンはこれまでの経緯を思い出す。

 

「えっと……ミュラーさんと別れた後に、定期船でロレントに来たら濃霧が発生して……

 街を一通り見回りした後……怪しい黒衣の女性を見つけて、その人を――執行者っ!」

 

 ぼんやりとリィンは記憶を反芻して、その女性のことを思い出して跳ね起きる。

 

「どうどう……やっぱりその黒衣の女性が執行者やったんか?」

 

「はい。執行者No.Ⅵ《幻惑の鈴》ルシオラと名乗っていました……

 それで戦ったんですけど。鈴の音を聞いたら意識が遠くなって……」

 

「なるほど音を使った幻術もしくは催眠術の類を食らったみたいやな」

 

「そうみたいですね……すいません、ケビン神父。今はどんな状況なんですか!?」

 

「まあ、落ち着けって……

 順に説明するとやな、今エステルちゃん達がその執行者のお姉さんがいるだろうと思われるミストヴァレスに向かった……

 そして何があったかは分からんが、ロレントを覆っていた霧が今しがた綺麗さっぱり消えてしもうたところなんや」

 

 ケビンは窓の外を指差す。

 そこには白い霧はどこにもなく、青い空が広がっていた。

 

「詳しいことはエステルちゃん達が戻ってきてから聞くことになるけど、とりあえずロレントの異変はこれで解決したとみてええやろ」

 

 事件の解決。

 それそのものは良いことなのだが、リィンの胸中は複雑だった。

 事件の発生に居合わせ、執行者と相対したというのに簡単に彼女の術中にはまってしまった。

 

「まあ、そんな顔せんでもええやろ……

 昏睡させられたのはリィン君だけじゃない。それにそういう術は腕っぷしでどうにかなるもんやないからな」

 

「そうかもしれませんけど……」

 

 分け身を始めとした幻影の戦技はこれまで何度か経験したことがあるが、直接精神に作用する幻術はリィンにとって初めてのものだった。

 それを考えれば、この結果は当然の帰結なのだがやはり納得は出来なかった。

 そんなリィンを見かねてケビンは話題を変える。

 

「それにしてもよう寝ておったけど、なんか夢でも見とったんか?」

 

「夢……ええ、確かに夢を見ていましたけど……」

 

 特別な何かがあったわけではないが、ありきたりな学院生活の一コマ。

 しかし、何処とも知れない場所。中には見知った人たちもいたが、ほとんどが見知らぬ誰かだった奇妙な夢。

 

「こういう場合のセオリーは幸福な夢で魂を縛るもんなんやけど、もしかしたらリィン君が見たのは未来の出来事なのかもしれへんな」

 

「未来の?」

 

「正夢っちゅうのがあるやろ?

 幻術はかかる人の個人差があるから、必ずしも術者が好き勝手な夢を見せることができるわけじゃないからそういう可能性もあるって話や……

 ま、そもそも夢なんて元々整合性があるもんでもあらへんし、あまり深く考えない方がいいって」

 

「そう……ですね……」

 

 ケビンの助言にリィンは素直に頷く。

 今こうしているだけで、見た夢の詳細は抜け落ちていく。

 見知らぬ誰かの顔も、名前、どんな人間だったのかもあやふやになって思い出せなくなってくる。

 元々、夢なんてそんなものなのだが、リィンは夢に気掛かりが二つ残っていた。

 

「あの子は……」

 

 夢の最後に現れた少女。

 あれはハーメルで見かけた女の子によく似ていた気がする。

 夢に見るほどに印象が強かったのか、彼女が何を訴えていたのかがどうしても気になってしまう。

 そしてもう一つは……

 

「俺はリィン・シュバルツァーだったのか?」

 

 その疑問に答えはなかった。

 

 

 

 




ミリアム
「ぶーぶーどうして学院の話なのに僕だけ仲間外れなのさ」

アルティナ
「それは仕方がないかと、私たちの背格好ではリィンさんと同学年は無理かと思います」

ミリアム
「それでもあーちゃんは妹分としていたみたいだからいいよね」

アルティナ
「それは当然です」

ミリアム
「むー」

クレア
「でも、どうしようもありませんよ……
 フィーさんくらいまでなら背の小さな同級生で通りますけど」

ミリアム
「でもそれなら生徒会長だって」

レクター
「甘いなミリアム……
 この夢はリィンの正夢とゴスペルの幸せな夢が化学反応した産物……
 生徒会長が出てきたとあったが、ロリなトワ会長だと一言も明言されていない……
 つまりリィンの夢に出てきたのはアダルトなトワ会長だったんだ!」

トワ
「それは本当なのリィン君!」

アンゼリカ
「ガイウスッ! 今すぐリベールに来てリィン君の記憶の中のトワを絵画に書き起こすんだっ!」

リィン
「二人とも落ち着いてください」

アンゼリカ
「……は、私としたことがつい我を忘れてしまった……そうだね……うん……
 リィン君、君がこれから最優先でラーニングしないといけないのは《鈴の音》だ!
 他の技などどうでもいい、《鈴の音》を完璧にマスターするんだ、分かったねっ!!」

リィン
「いや、無理ですから」

アンゼリカ
「それでも君は主人公かっ! 例え可能性が零だったとしても突き進むのが主人公なのではないのか!?
 くっ……どうして私は帝国へ帰ってしまったんだ……リベールに残っていれば今頃……ちくしょうっ!」




 その後の一幕
オリビエ
「おや、どうしたんだいリィン君。ボクの顔を見て大きなため息を吐くなんて?」



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