(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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46話 《赤い星座》

 

「食らえ、クリムゾンフォールッ!」

 

 炎を纏った二つの戦斧から繰り出された必殺がリィンが構えた斧を一撃で粉砕して吹き飛ばした。

 

「どうした? まだ五分も経っていないぞ。さっさと次を持って立て」

 

「くっ……」

 

 直撃こそしなかったものの、技の余波だけでも体はバラバラになってしまいそうな程の衝撃だった。

 わずか数分で息も絶え絶えになりながらもリィンは柄だけになってしまったそれを投げ捨てて、地面に突き立たせておいた槍を手に取る。

 

「槍か……」

 

 シグムントも両戦斧を地面に投げ捨てて、傍らに控えていたガレスから同じ槍を受け取る。

 

「槍の最大の攻撃は突きだ」

 

 リィンが身構えると同時にシグムントは鋭い一撃を繰り出してくる。

 

「剣の違いは間合いの広さでもあり、俗に剣が槍に勝つために三倍の力が必要だと言われるのは――」

 

 講釈をしながら槍による攻めは途切れない。

 リィンが初めての槍を目の前の見本から見様見真似で形だけ真似て様になるとそこから一層激しさを増す。

 リィンがある程度その武器の扱いに慣れてくると、素人では真似できない槍の使い方で攻め立てられ、そして――

 

「おおおおおっ! クリムゾンフォールッ!」

 

 シグムントは跳び上がり、炎を纏った槍を斧でやるように叩きつけた。

 

「がは……」

 

 柄で受け止めるものの木製の柄は粉砕され、その衝撃を逃がしきれなかったリィンは吹き飛ばされる。

 シグムントは技の反動に耐え切れずに砕けた槍を一瞥して投げ捨て、地面に転がったリィンを怒鳴りつける。

 

「どうした一人前なのは口だけか、この根性なしがっ!」

 

「くっ……」

 

 必殺の直撃を受けたわけではないが、すでに五発のそれを受けただけあってリィンの体は悲鳴を上げていた。

 

「ふん、どうやらその程度だったわけか。ならば貴様の妹とやらも酷い根性なしなのだろうな」

 

「っ……エリゼは関係ないだろっ!」

 

「いいや、お前の家族は根性なしの引き籠りだ……

 社交界から干された? ただ親しい友人がいなかっただけの孤独で寂しい貴族だったのではないか?」

 

「……黙れ……」

 

「違うと言うならガッツを見せて見ろ! さっさと立ち上がって次の得物を取れっ!」

 

「っ……」

 

 立ち上がる勢いそのままに駆け出し、リィンは地面に突き立つ大剣を取りシグムントに斬りかかる。

 その様子に悪辣な言葉をぶつけていたにも関わらず、シグムントは顔に笑みを浮かべて同じように大剣を手に取ってリィンを迎え討つ。

 

「…………どうしてこうなったんだろう?」

 

 その様子を傍から見ていたアネラスは呆然とした様子で呟いた。

 

 

 

 

「つまり俺の相手は貴方じゃないんですか?」

 

 エステル達を見送った後、リィン達はシグムントと腰を落ち着かせて対面していた。

 最強の猟兵。

 その名に恥じない風貌と存在感がある赤毛の大男はリィンの言葉に首肯する。

 

「ああ、俺は日時の設定とルールを決める役割として先行してきただけだ……個人的にもお前には興味あったからな」

 

「俺に興味?」

 

 自覚のないリィンは首を傾げる。

 

「今から半年近く前に《西風の旅団》と戦ったのだろ?

 あいつらはうちの商売敵でもあるからな、そいつらに土をつけたガキがいると猟兵の世界ではお前の存在はちょっとした有名人になっているぞ」

 

「……そうですか」

 

 おそらくそれはクーデター事件の前の時の話だろう。

 しかし、あの時のことは雑兵たちとの戦いは覚えているが、それ以降《鬼の力》を暴走させた後のことはリィンは朧気にしか覚えていなかった。

 

「本来なら興味があったとしても、こんな小さな仕事を受けることはしないんだがな」

 

「《赤い星座》……《西風の旅団》と違って戦闘力に特化した猟兵団だと聞いていますが、そんな大きな団が受けるには確かに小さな仕事ですよね」

 

 ミラを何よりも優先する《北の猟兵》は分かるが、リィン個人を狙うにしては《赤い星座》の規模からして不釣り合いなのだろう。

 

「少々団に問題ができてしまってな、その解決の一環としてこの仕事を引き受けたわけだ」

 

「その事情、聞いても良いんですか?」

 

「ああ、ある意味ではお前も無関係な話ではないからな」

 

 どこか疲れた雰囲気をにじませてシグムントは語り始める。

 

「今、《赤い星座》は分裂の危機にある」

 

「えっ!?」

 

 開口一番の言葉にアネラスが驚きの声を上げるが、シグムントは構わずに続ける。

 

「原因はとある小国でまだ成人もしていない子供に《西風の旅団》が半壊させられたという噂が猟兵達の間に流れたことが切っ掛けだ」

 

「……それって……」

 

「それがうちに聞こえてくる少し前だが、俺の甥、団長である兄貴の息子が模擬戦で俺に勝った……

 そして噂を聞いて奴はこう宣った『親父たちの世代はもう時代遅れだ。これからは俺たちの時代だ』とな」

 

「それは……」

 

「強力な武器を得たことも増長の原因だろう……

 しかも酒の味と女遊びを覚えたせいで普段の訓練もおざなりにするようになり、若い連中は甥に同調する始末……

 この間も娘には『パパなんかあたしがテスタ・ロッサを使いこなせるようになれば敵じゃないんだから』と年寄り扱いをされて……

 兄貴は兄貴で放任主義を決め込んで動こうとしなくてな」

 

「アネラスさん、なんか思っていた猟兵のイメージと違うんですけど」

 

 リィンは声を潜めて隣のアネラスに耳打ちする。

 深々とため息を吐くシグムントは確かに歴戦の戦士の風格があるのだが、そのため息は子育てに疲れた大人のようにしか見えなかった。

 

「えっと一応、同じ人間だし?」

 

 アネラスもまたリィンと同じものを感じて苦笑する。

 

「つまり、一回たまたま勝てただけで調子に乗っている甥っ子さんが原因で《赤い星座》が分裂の危機に瀕しているっということですか?」

 

「ああ、奴らの慢心は同年代に同等の実力者がいないことも原因の一つだろう……

 甥には西風の副団長たちが、娘には西風の《妖精》が同年代だがどちらも戦闘力では一歩引く実力しか持たない。さらにいえば表側の実力者を軽んじているフシもある」

 

「それで、《西風》と戦った俺と戦わせようと考えたんですか?

 そんなことをしなくても、貴方が改めてその彼を倒せば済む話ではないんですか?」

 

「それはもうやったが、負けた後は下らん言い訳をするほどに腑抜けてしまって、どうしようもない」

 

「お、お兄さんは何と言っているんですか?」

 

「一度痛い目に会えばいいと、それで死ぬならそれまでの奴だったと」

 

「うわぁ、流石猟兵……」

 

 団長の息子に対しての慈悲のない言葉にアネラスは顔を引きつらせる。

 リィンも同じ感想を感じながら、シグムントの要求をまとめる。

 

「つまり、事の発端である俺を甥っ子さんの当馬にするために結社の依頼を引き受けたというわけですか?」

 

「概ねその通りだ」

 

「まあ、負けるつもりはないですけど――」

 

「結社からはハンデをつけろと言われている」

 

 おもむろにシグムントは紙の束をテーブルの上に出す。

 

「甥の――ランドルフについての戦闘データはこれにまとめてある……

 対戦方法も猟兵の訓練形式のものをいくつかまとめてある、候補から自分に有利なものを選ぶといい」

 

「それって、甥っ子さんが負けた時の言い訳にするんじゃありませんか?」

 

「あの馬鹿者はあろうことか、ルールの決定を俺に丸投げした……

 『十五のガキが相手ならどんなルールでやっても俺が勝つ』とな」

 

「それは……随分と上から目線ですね」

 

 会ったこともないそのランドルフの物言いにリィンは少しカチンとくる。

 

「その上で負けてまだ言い訳するようなら、それこそもう俺は知らん。実戦で痛い目を見ればいい」

 

 そして続くシグムントの言葉は無慈悲だった。

 

「んー弟君をダシにしようとしてるのがちょっと気に入らないけど」

 

「別に構わんだろ? お前も何が何でも勝ちたいはずだ。俺はその勝利を利用させてもらうだけだ」

 

 シグムントの言う通り、このやり取りにはリィンは特別な何かを要求されているわけではない。

 ただリィンが勝つことを利用するために、肩入れしているに過ぎない。

 

「一応、聞いておきますけど褒賞金はいいんですか?」

 

「ミラよりも今はこちらの案件の方が重要だ」

 

 リィンの質問にシグムントは間髪入れずに答える。

 そこに嘘の気配は感じなかった。しかし――

 

「どうしたの弟君?」

 

「いえ……」

 

 突き詰めて表現すれば、シグムントはリィンを勝たせるためにアドバイザーとして来たのだろう。

 それを利用しない手はないのだが、お膳立てされているようで言いようのない不快な気持ちが湧き上がる。

 

「一つ、意見を言ってもよろしいでしょうか?」

 

 不意にそれまで黙っていたアルティナが口を挟んだ。

 

「アルティナ?」

 

「どうしたのアルティナちゃん?」

 

 リィンとアネラスの呼びかけに一瞥を返して、アルティナはシグムントに向き直り、言った。

 

「リーンはそんな不埒な人に負けません。なので貴方の施しは無意味と判断します」

 

 その言葉にシグムントは目を丸くして固まった。そして――

 

「くくく……ハーハッハッハッ!」

 

 声を上げて笑った。

 

「気に入ったぞ。人形、いや小娘。名は何という?」

 

「……アルティナ、ですが?」

 

 シグムントの突然の質問に意味が分からないと首を傾げながらアルティナは名乗る。

 

「くくく、それで。小僧、お前はどうする? この資料は必要か?」

 

「アルティナにここまで言われたら、いるだなんて言えませんよ」

 

 シグムントの問いにリィンはそう答える。

 正直、少しでも勝率を上げるならば資料は欲しい。

 だが、これまで多くの刺客やそれ以外の達人たちと戦ってきて、最後が八百長のような戦いになるのはリィンも納得し切れない部分はある。

 アルティナのためにも絶対に勝たないといけない一戦なのだが、同時に彼女の信頼に応えたい。

 

「しかし、おそらくお前はまだランドルフには及ばないだろうな……

 根性論だけでどうにかなる問題ではないが、それはどうするつもりだ?」

 

「お気遣いはありがたいですが、そもそも刺客はどれも俺よりも格上でした……

 ならば俺がやることは同じです。この命を賭けてでも百回に一回の勝利をもぎ取るだけです……

 ただ、そうですね……それでも俺を利用したいと言うのなら、貴方が俺に利用されるつもりはありますか?」

 

「ほう……まさか俺に家族を売れと言うつもりか?」

 

 シグムントは目にかすかな失望を含ませてリィンを睨む。

 

「そんなことは言いませんよ……ちょっとうまい言い方が分からないですけど、俺のサンドバッグになってくれませんか?」

 

「…………何?」

 

「えっと……弟君、何を言ってるの?」

 

 リィンの発言を理解できなかったシグムントとそれを横で聞いていたアネラスは揃って目を丸くする。

 

「いや、だから俺もうまく説明できないんですけど……

 紅蓮の塔から始まった一連のゲームや、その合間で戦った結社の執行者達との戦いも含めてそれなりの経験を積んできたんですが。その経験を一度落ち着いて見直したいと思っていたんです」

 

「それなら私が付き合って上げるけど?」

 

「ええ、でもほら……シグムント……さんなら気兼ねなく技の練習台にしても大丈夫そうじゃないですか」

 

 服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体はちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない威圧感を持っている。

 未完成の技をアネラスに向けて放つのは少し躊躇うが、彼になら気兼ねすることなく打ち込める。そんな気がした。

 

「お、弟君……それはちょっと図々しいんじゃないかな?」

 

「え? あ…………確かにそうですね」

 

 アネラスの指摘にリィンは自分の発言を振り返って、頷いた。

 強者たちとばかり戦ってきたせいなのか、思考がおかしな方に傾いているのに気付く。

 

「すいません、今のは聞かなかったことにしてください」

 

 すぐに謝るが、シグムントは気を悪くしたのか黙り込んでいたかと思うと再び笑い出した。

 

「ククク、何を言い出すかと思えば《赤の戦鬼》と呼ばれた俺をサンドバッグ代わりにしたいだと?」

 

 シグムントは先程と同じように、もしかすればそれ以上に声を上げて笑う。

 

「気が変わった」

 

 そう言うとシグムントはテーブルに置いたままの資料を手に取り、一息で破り捨てた。

 

「俺としたことが、随分とらしくないことをしていたな……

 ああ、そうだ。こんな小細工を弄するなど、全くもって俺らしくなかったな」

 

 一人で呟き納得するその姿には先程までの気苦労が絶えない疲れた大人の気配は微塵もなく、覇気を漲らせた猟兵がそこにいた。

 

「ガレス」

 

「はっ、ここに」

 

 シグムントがその名前を呼ぶと今まで何処に潜んでいたのか、一人の男がその場に現れる。

 

「予定変更だ。今すぐにランドルフ以外の若い奴らも全員を招集しろ」

 

「それはお嬢もですか?」

 

「ああ、当然だ」

 

 シグムントが短く頷くと、ガレスはそれ以上言葉を返さずにその場から踵を返した。

 

「…………あ、あの……」

 

 本気で怒らせてしまったことにリィンは顔を引きつらせる。

 

「ちょっと待ちなさい。それは過剰戦力でルール違反じゃないの!?」

 

 去るガレスを呼び止めるようにアネラスが声を上げるが、シグムントの手が彼女の目の前に広げられて押し止められる。

 

「安心しろ。ルールは守る」

 

「何を言ってるのかな? さっきは甥っ子さん一人だけでも弟君の手に余るようなことを言ってたくせに」

 

「ああ、そうだな。今のままではおそらく小僧では奴に慢心があったとしても勝つのは難しいだろう」

 

「なら――」

 

「小僧、いやリィン・シュバルツァー」

 

 アネラスの抗議を無視して、シグムントはリィンに向き直る。

 

「さっきの話、受けてやる」

 

「え……?」

 

「お前が望むサンドバッグになってやると言っている……

 だが、それは俺なりのやり方でと付け加えさせてもらうがな」

 

 そういうシグムントの表情は怒りではなく喜悦に染まっていた。

 

「…………と、言うと?」

 

 リィンは嫌な予感を感じながらも聞き返す。

 

「喜べ、俺がお前を鍛え直してやる」

 

 これがもし《北の猟兵》だったら、ミラを寄こせと要求をしてきたかもしれない。

 《西風の旅団》だったのなら、馬鹿も休み休みいえと笑いながらリィンの要求を突っぱねていただろう。

 しかし、リィンは知らないが《赤い星座》は生粋の戦闘狂の集団。

 そんな猟兵団の副団長にリィンはこう言ってしまったのだ。

 

『そいつを倒すために、俺が強くなればいい』

 

 それは実に副団長好みの回答だった。

 かくしてリィンの四つ目の試練が始まる前に別の試練が始まった。

 

 

 

 

「違うっ! ナイフを使う時はもっと手首のスナップを使えっ!

 ナイフの利点はその軽さとその持ち回しの良さっ! 一度躱したからといって気を抜けばこうだっ!」

 

「っ……」

 

 振り下ろされたナイフを躱すと、手の中でナイフは逆手に持ち替えられて再度リィンに襲い掛かる。

 それも何とか躱して見せると、シグムントは器用に手首の力だけでナイフを投げ、その柄尻をリィンの額に命中させた。

 

「くっ……」

 

 怯んでたたらを踏んだところにシグムントは丸太のような太い足がリィンを蹴り飛ばす。

 

「ナイフに限らず、手足を使った格闘術はどんな得物を持っても扱えるようにしておけ」

 

「りょ……了解」

 

 地面を盛大に転がったリィンは虫の息で返事をした。

 

 シグムントの最初の授業は主な武器の使い方をだった。

 それまで知識でしかしらなかった武器についての構造や理念を実際に触れて使うことで、利点と欠点そして使い手の思考を教え込まれた。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 時には銃を持たされ撃ち合いをすることに……

 

「同じ形の銃が出てきても決して油断するな……

 弾丸の威力は弾の種類と銃本体の出力で決まる。最初は低速弾を使い、次には高速弾に切り替える戦術もある……

 それをこれから実地で教えてやる」

 

 シグムントはごつい銃を手に獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ハンドガンの有効射程は思っている以上に短い。そんなところから何発撃っても当たると思うなっ!」

 

 遮蔽物に身を隠しているリィンに対してシグムントは堂々とその身を晒してリィンが隠れている岩場に向かって銃弾を叩き込む。

 

「それから銃には狙撃というものがある……音速を超える弾丸は当然、銃声が聞こえるよりも先に着弾する。こんな風にな」

 

 次の瞬間、リィンは何処からともなく飛来してきたペイント弾に撃たれた。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 そしてシグムントとの地獄の特訓を開始した三日後。

 とある一団が翡翠の塔を目指して山道を歩いていた。

 

「いいんですかランドルフ隊長、仕事の前だっていうのに?」

 

「別に構いやしないだろ。俺が出る幕もねえって」

 

 ザックスの言葉に応えながら、赤毛の青年はロレントで買ってきた果実酒を瓶から直接飲む。

 

「ですが……」

 

「ぷはー……真面目過ぎんぞザックス。相手はたかが十五の堅気のガキを相手にするなんて素面でやってられるか」

 

「そうそう、だいたい持ってきた武器・弾薬は全部殺傷性の低いものばっかりだよ?

 シャーリィたちにとってはこんな戦い遊びと同じだよ」

 

 赤毛の青年に赤毛の少女が同調する。

 二人とも長大なケースを背負っているが、山道を歩く足取りに淀みはない。

 

「しかし、叔父貴もやっぱ歳なんじゃねえか?

 たった一人のガキに痛い目を見せるだけにこれだけの戦力を投入って、やだねー歳食ったらこんな風に憶病になるのかよ……

 親父もいつまでこんな腰抜けを副団長にしているんだか」

 

「パパったらランディ兄に負けたからって、次の模擬戦ではすっごいムキになってたもんね……

 あーあ……シャーリィも早くテスタ・ロッサを使いこなせるようにならないとなぁ」

 

「お前なら一年もあれば十分に使いこなせるようになっているさ」

 

「あはは、じゃあランディ兄はその時は叔父さんを倒して《闘神》になってるかな?

 そしたらシャーリィが《戦鬼》を継いで《赤い星座》を乗っ取ちゃおっか?」

 

「は、そいつはいい考えだ。俺に負けたくせにいつまでも上からグチグチと説教臭くて敵わねえよ」

 

「でもランディ兄ってやっぱりすごいよね……

 《ベルゼルガー》……もらったその日の内に使いこなせてたんでしょ?」

 

「は、当然だ。何たって俺は天才だからな。ハハハ!」

 

 声を上げて笑う赤毛の青年。

 彼の取り巻きはそんな彼の大言に嫌な顔をせず、むしろ頼もし気に同調する。

 

「敵の数は……十二人……あれがランドルフ・オルランドにシャーリィ・オルランドか……」

 

 そんな彼らを山道の崖の上からリィンは盗み見ていた。

 未だに戦闘の思考に切り替わっていないおかげか、リィンの偵察に気付いた様子はない。

 

「装備からして前衛が四人、後衛が六人……あの二人の武装はケースのせいで確認はできないか」

 

「リィン、一度視線を外せ。それ以上は若に気付かれるだろう」

 

「はい、分かりました」

 

 ガレスの指示に従ってリィンは一度視線を外し身を隠す。

 そしてガレスの監修の下で尾行を続け、敵の観察を続けた。

 

「よう、叔父貴」

 

 翡翠の塔に辿り着いたランドルフはその前で腕を組んで立っていたシグムントに気安く声をかける。

 

「来たか……随分と遅かったな?」

 

「ああ、ちょっと街で寄り道をしてきてな」

 

「ほう……仕事前に酒とは随分と余裕のようだな」

 

 シグムントはランドルフの手にある酒瓶を一瞥して彼を睨む。

 

「はっ……そう睨むなよ。これはハンデだ、ハ・ン・デ」

 

 凄まじい眼光で睨みつけられているにも関わらず、ランドルフはへらへらと笑って受け流す。

 副団長への態度ではないのだが、他のメンバーは特にそれを咎めることもしない。

 

「で、件のシュバルなんとかの貴族様はどこだ? もしかして遅刻か?」

 

「……なるほど……よく分かった」

 

 ランドルフの言葉に応えず、未だに戦闘の準備さえ始めようとしない団員たちにシグムントはため息を吐くのを堪えて目を伏せた。

 

「あん?」

 

「見るに堪えんな。お前たちはいつから戦いに合図があるなんて教わった?」

 

 その言葉が発せられると同時に、彼らの頭上に巨大な水球が現れて弾けた。

 

「なっ!?」

 

 突然の奇襲に着弾地点から赤い星座の面々は散らばるが、弾けた水流に飲まれて二人が壁に叩きつけられる。

 それを崖の上から見ていたリィンは、今アーツを発動したばかりの戦術オーブメントからクォーツを全て外し、普段使っているクォーツにはめ直す。

 

「ちっ! やってくれるじゃねえか!」

 

 水しぶきの霧が立ち込める中でランドルフの苛立った声が聞こえてくる。

 それを無視してリィンは崖から躊躇うことなく身を躍らせて、霧の中に着地する。

 

「いつつ……ぐえっ!?」

 

 壁に強かに打ち付けられて呻く男の背後に回り込み、首に腕を回して締め落とす。

 

「た、隊長っ! ここに――」

 

 落ちるギリギリの寸前に男が声を上げる。

 その声量は決して大きいものではなかったが、彼らには十分に届いていた。

 男が大剣を一閃して風を巻き起こして霧を払う。

 晴れた視界の中にリィンの姿を確認すると、一斉に銃口が向けられ、予告もなく引き金を引いた。

 

「げふっ! あがががっ!」

 

 意識を落とされたはずの男はリィンの盾にされて銃弾の雨をその身に受ける。

 装填されている弾丸は模擬弾であり、盾にされた人体を貫通する威力はない。

 リィンは盾をそのままに地面を蹴る。

 一層火線が集中する。

 盾が変な音を立てているが気にせず、そのまま盾を突き出すように突進して銃撃している男と激突させる。

 

「三人……」

 

 わずかに弾幕が途切れる。

 リィンは盾にしていた男から掠め取っていたグレネードのピンを抜き、放り投げる。

 

「ちっ、グレネードッ!」

 

 リィンに狙いをつけようとしていた男はそれを中断し、周りへの警告を叫びながら放物線を描いて飛んでくるそれから逃げようとして――それを追い抜いてきたリィンの飛び膝蹴りを顔面に受けて倒れた。

 

「なっ!?」

 

 周囲が驚き硬直している間にリィンは自分が投げたグレネードを敵が集中している地点に蹴り飛ばす。

 

「うわあああっ!」

 

 地面に落ちる前に爆発したグレネードの爆発を受けて三人が吹き飛ばされた。

 

「これで七人……」

 

 奇襲の成果は上々、半数の敵を無力化することに成功した。

 ちらりとリィンは水の上位アーツに巻き込んだシグムントの様子を伺うが、彼はあの場から仁王立ちを崩さずに満足そうに戦場を観戦していた。

 少なくても、ここまでは評価は悪くないようだった。

 そのことに安堵した直後リィンはその場に身を沈め、薙ぎ払われた大剣の一撃を躱した。

 

「なっ!?」

 

 躱されたことを驚く声を聞きながらリィンは身を沈めた勢いのまま、背後に水面蹴りを放ち、大剣の男の足を取る。

 

「破甲拳」

 

 大きな体躯を殴り飛ばし、次の敵を探す。

 

「あははははっ!」

 

 が、敵を選ぶよりも速く、赤毛の少女がリィンに哄笑を上げて襲い掛かった。

 

「すごいすごいすごいっ! お兄さんったら随分とシャーリィ好みな戦いぶりするじゃないっ!」

 

 少女の体躯に似つかわしくない、エンジン音を轟かせた大型チェーンソーを振り回してリィンを追い立てる。

 

「っ……」

 

 その激しい猛攻にリィンはたまらず距離を取る。

 

「良いの? 距離を取って?」

 

 すかさずシャーリィは持ち手を変えて、チェーンソーの上部に設置された銃口をリィンに照準して引き金を引いた。

 

「ほらほら、しっかり逃げないと死んじゃうよ!」

 

 楽しくてたまらないそんな声でシャーリィは笑って、マシンガンを乱射する。

 《疾風》の歩法で銃弾の雨を回り込むようにして近付くと、シャーリィは銃撃を止めて武器を構え直す。

 一瞬、遅れて炎が吹き出され、たまらずリィンは接近を中断する。

 そこにチェーンソーを唸らせ、炎の中からシャーリィが飛び出してくる。

 

「いくよ《テスタ・ロッサ》!」

 

 高速で回転する刃を搭載した得物を一閃され、リィンの体が両断された――かに見えたが、その姿はシャーリィの目の前で霞になって消える。

 

「幻影のクラ――」

 

 それを言い切るよりも早くシャーリィは背後から頭を鷲掴みにされ、地面に叩きつけられた。

 

「あはっ!」

 

 地面に顔面を押し付けられながらもシャーリィは笑う。

 

「ねえ――」

 

 がばりとシャーリィは身を起こす。

 が、次の瞬間、リィンは頭を掴んだままの腕に力を込めて再び地面に、今度は先程よりも強めに叩きつけた。

 

「お兄――」

 

 さらに起き上がってきたのでもう一度、さらに力を込めて叩き込む。

 

「名ま――」

 

 懲りずに起き上がってきた頭をさらに、今度は止めることなく動かなくなるまで何度も地面に叩き付ける。

 十数回、シャーリィの頭を地面に叩きつけてようやく気を失った彼女の耐久力にリィンは嘆息して立ち上がる。

 

「残り五人」

 

 鋭い眼光に射抜かれて、飲まれていた彼らは我に返って銃を向ける。

 

「待て――」

 

 ランドルフが逸った四人を制止するが、同時にリィンはシャーリィの体を彼らに投げつけた。

 引き金を引く指が鈍る。

 その隙を逃さずにリィンは一人の懐に入り込み、掌打で顎をかち上げる。

 一人、また一人と仲間が倒れていく姿をランドルフは見せつけられた。

 

「無様だなランドルフ」

 

「叔父貴……まさかあいつは叔父貴の隠し子か!?」

 

 背後からかけられた叔父の声にランドルフは振り返って彼を睨み付ける。

 

「どうしてそうなる?」

 

「どうしても何も……」

 

 《人食い虎》の異名を持つシャーリィがまるで子猫のようにいなされた姿など見たこともない。

 そして彼の鬼神の如き戦いぶりは《戦鬼》を彷彿させる。

 

「それよりも何だこの体たらくは?」

 

「っ……」

 

「貴様は言っていたな……十五のガキ一人、自分の敵ではないと。だが結果はどうだ?

 尾行に気付かず、奇襲を許し、態勢を立て直すこともできずに中隊を全滅させた。こんな有様でよく《闘神》を奪うと言えたものだな?」

 

「あんなガキの存在をどう予想しろって言うんだ!?」

 

「泣き言を聞くつもりはない。それよりもお前の番だぞ?」

 

 シグムントが顎でそれを指す。

 今、ランドルフを除いた中隊の最後の一人が倒れたところだった。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちをして大型ブレードライフル《ベルゼルガー》を構える。

 確かに十五のガキ、それも日の光の下にいる子供と侮っていた。

 事実、部隊は全滅させられたがまだ挽回は利く。

 子供の戦闘能力は確かに予想外だったが、部隊を全滅させられたのは奇襲があればこそ。

 一対一の正面からならまだ自分の方が上だと、見栄ではなくランドルフは正しく彼我との力差を計っていた。

 しかし――

 

「おおおおおおおっ!」

 

「《ウォークライ》だと!?」

 

 爆発的な闘気を引き出す猟兵ならではの戦闘技術。

 

「叔父貴の仕込みか……おおおおおおおっ!」

 

 闘気を高めたリィンに対してランドルフも同じ技で自身を高める。

 

「《神気合一》」

 

「何っ!?」

 

 《ウォークライ》を呼び水にしてリィンは変身した。

 黒い髪は白く染まり、目は金色に彩られる。

 外見の変化は劇的だったが、それ以上に威圧感の増大が尋常ではなかった。

 

「なっ……」

 

 ランドルフは絶句して固まる。

 その一瞬の硬直の瞬間。ランドルフの目の前からリィンは掻き消え、焔を宿した太刀の三連撃をランドルフは食らった。

 

 

 

 

 抜き放った太刀を納めてリィンは残心し、峰打ちを叩き込んだ赤毛の青年を見据える。

 

「よくやったリィン」

 

 そんなリィンの背にシグムントは声をかける。

 

「…………これで終わりですか?」

 

 肩透かしを食らったような気持ちでリィンは周囲を見回す。

 翡翠の塔の前の広場には十二人の男女が入り乱れるように倒れている。

 猟兵最強の双璧の一つ、若手ばかりだったとはいえ以前に戦った《西風の旅団》の方がまだ手応えがあった。

 

「フ……そう言われても仕方がない結果だな……俺も随分と身内に甘い評価をしていたようだ」

 

 恥じるようにシグムントは団員たちを見回してため息を吐く。

 今回の戦いにおいて、リィンは直接シグムントから団員の個人情報は教えてもらっていない。

 彼から教わったのは各種武器の取り扱いと、使い手の思考。

 多くの種類がある銃火器の特性と取り扱い。

 そして教わった技は《ウォークライ》の一つだけで後はほとんどの時間を実戦さながらの模擬戦を四六時中行っていた。

 正直に言えば、本番のこの戦いよりもそれまでの模擬戦の方がリィンにとっては死闘だった。

 

「だがこれで少しはこいつらもマシになるだろう」

 

「遊撃士側の人間としては、あまり喜べないものですけどね」

 

 できる事ならこの場で彼らを拘束して王国軍に引き渡したくもあるが、流石にシグムントとガレスの二人がそれを許さないだろう。

 

「遊撃士か……リィン。猟兵に興味はないか?」

 

「いきなり何を言い出すんですか?」

 

「言葉通りの意味だ。お前が《赤い星座》に入ると言うなら歓迎しよう……何だったら、娘をくれてやっても構わないぞ」

 

「そういえばその娘さんは大丈夫なんですか?」

 

 シグムントの勧誘を聞き流して、彼の娘らしき人物の心配をする。

 異様な耐久力を見せた赤毛の少女にリィンは地面に顔を何度も打ち付けた。

 戦闘の思考が切り替わった今では流石に心配が頭に過る。

 

「放っておけ、そのうち目を覚ますだろ」

 

「そういうわけにはいかないですよ」

 

 敵とはいえ、自分がやった手前最低限の手当てはした方がいいだろう。

 そう思って動き出そうとしたところで、それは聞こえてきた。

 

「……ククク……」

 

 声を押し殺した笑い声は次第に大きくなり――

 

「ハハハハハハハハハッ!」

 

 黒い闘気を纏ってランドルフが哄笑を上げて立ち上がった。

 

「ほう……」

 

 その様子をシグムントがどこか嬉しそうに目を細める。

 

「いいねぇ! 熱くなってきたぜ! こうなりゃとことん楽しませてもらおうじゃないか!」

 

「ちょっと――」

 

「どうやら戦闘続行らしいな」

 

 一度は終わりを宣言したはずなのに、続行させようとするシグムントにリィンは内心でため息を吐く。

 

「貸しにしておきますよ」

 

 少なくても言葉で言って止まるような相手ではないことを察し、それでもとリィンはシグムントを半眼で睨む。

 

「覚えておこう。一つ忠告をしておくがあの黒い闘気は最強クラスの猟兵のみが放てる色だ……

 さっきまでと同じと思っていれば痛い目に会うぞ」

 

 忠告に返事をせずにリィンは駆け出す。

 向かう先はブレードライフルを拾おうと駆けるランドルフ。

 先回りしてその前に立ちふさがったリィンは刃を返して峰打ちの一閃を放つ。

 が、寸前で急な方向転換をしてランドルフはその一撃を避けると、ベルゼルガーを無視して――テスタ・ロッサを拾い構えた。

 

「おらおらおらっ!」

 

 マシンガンを乱射しながらもランドルフは突撃してくる。

 堪らずリィンはその場から飛び退くと、ランドルフはリィンを無視して今度はベルゼルガーを拾う。

 

「さあ、行くぜ」

 

 右手にベルゼルガー、左手にテスタ・ロッサを装備したランドルフは獰猛な笑みを浮かべる。

 その姿にリィンは呆れながらも戦慄する。

 

「滅茶苦茶過ぎる」

 

 一つだけでもかなりの重量がある機構武器にも関わらず、ランドルフはそんなことは知らんと言わんばかりに軽々とそれらを振り回す。

 

「遅え」

 

「ぐっ!?」

 

 マシンガンの乱射に気を取られていると、狙い澄ましたようにライフルの弾丸がリィンの体を撃ち叩いた。

 模擬弾でなければ致命傷を負っていた。

 そして、このままでは押し切られると判断してリィンは太刀を振り抜く。

 

「孤影斬・極」

 

 その場に回転し、螺旋の力を上乗せした巨大な鎌鼬を飛ばす。

 

「ちっ」

 

 銃弾も火炎も関係ないと言わんばかりの一撃にランドルフは二つの武器を交差するように地面に突き刺し、その陰に身を隠してやり過ごす。

 すかさずリィンは間合いを詰める。

 ランドルフはまずベルゼルガーを引き抜き、飛び込んで来たリィンに向かって叩き付けるように振り下ろす。

 

「っ……」

 

 半歩身をずらすだけでそれを避け、リィンはランドルフの懐に入り込み抜刀の勢いをそのままに太刀を振る。

 が、ランドルフはベルゼルガーを振り下ろした反動に乗って頭上に跳んでそれを避けた。

 

「食らえっ!」

 

 空中でテスタ・ロッサのエンジンを吹かしたかと思うとその反動を使ってランドルフは体勢を作り、凶悪な刃を一閃する。

 リィンは仰け反り、唸る刃を紙一重で避けて距離を取る。

 

「な……何て、でたらめな……」

 

 あえて武器の重さに振り回されて想像もできない動きをしてくるランドルフの戦闘センスにリィンは舌を巻く。

 

「は……いい目してるじゃねえか」

 

 そしてランドルフは二度の攻撃を紙一重で見切ってみせたリィンを称賛する。

 リィンは太刀を構えて考える。

 

 ――ブレードライフルはともかく、チェーンソーと切り結ぶのはダメだ。刃に巻き込まれて太刀を取られる……

 

 ランドルフはしっくりくる構えを探しながら思案する。

 

 ――生半可な飛び道具は通用しねえな。それにこれ以上の武装の切り替えをすればそこを狙われる……

 

 二人は睨み合いながらジリジリと間合いを計る。

 そのひりつく緊張感にランドルフに笑みを深くする。

 

「何がおかしい?」

 

「ククク……そういえば名前を聞いてなかったし、名乗ってもいなかったな……」

 

 リィンの呼びかけにランドルフは笑う。

 実際は仕事の内容を説明された時に、一度聞いているのだがランドルフにその時は覚えようともしなかった。

 

「《赤い死神》ランドルフ・オルランドだ……《闘神の息子》とか呼ばれているが、そっちよりも《死神》の方が好みだな」

 

「…………《八葉一刀流・初伝》リィン・シュバルツァー」

 

「はっ……その化物ぶりで《初伝》かよ……それじゃあ《皆伝》に至った《剣聖》はどれだけ化物なんだってんだ?」

 

「おしゃべりをするつもりはない」

 

「ああ、そうだな」

 

 リィンの言葉をランドルフは肯定する。

 何よりも体が疼いて仕方がない。

 親父や叔父、それこそ商売敵の《西風》と戦った時でも感じたことのなかった体を突き動かす《熱》。

 

「ちっ……ずりぃな親父も叔父貴も……」

 

 思わず羨ましさからランドルフは舌打ちをもらす。

 誰と戦っても、どんなに厳しい戦場を駆け抜けることがあってもここまでの《熱》をランドルフは感じたことはなかった。

 

「これが《好敵手》って奴かっ!」

 

 吠えると同時にランドルフは駆け出した、

 片方の武器を振り、その反動を使ってもう一方の武器を振る。

 膂力に任せた荒々しい攻撃はさながら台風のようだった。

 リィンは間断なく繰り出される重撃を冷静に見極め、反撃する。

 

「はっ……どんだけの修羅場を潜ってきたんだお前はっ!?」

 

 武器を振るたびに太刀の峰がランドルフを打つが、痛みを忘れ――痛みさえ快感にしてランドルフは叫ぶ。

 修羅場の数なら誰よりも多い自負があった。

 しかし、目の前の年下の子供はこんな状況にも関わらず、自身を完璧に御している。

 おそらくは《質》においてランドルフが想像もできないほどの修羅場を経験したのだろう。

 

 ――このままだと俺の負けか……

 

 冷静な部分が《熱》に水を差す。

 付け焼刃の二刀流にいつまでも翻弄されるような相手ではない。

 その証拠に間隙を縫ってくる回数は確実に増え、その一撃も重くなっている。

 

 ――こっちは殺す気だっていうのにな……

 

 峰を返した一撃は致命傷にならない。

 戦い方の違いに文句を挟むつもりはない。相手は準遊撃士。殺しはなく戦闘能力を奪って制圧することを主眼に置いているからこその戦いなのだから当然の戦い方でもある。

 すでに素面だが、酒を飲んできたことをランドルフは悔やむ。

 

「だけどまあ、そんな終わり方で満足できるかよっ!」

 

 ランドルフは大きく後ろに跳躍すると同時にテスタ・ロッサを投げつける。

 リィンはその軌道を難なく見切り、テスタ・ロッサは地面に唸りを上げたまま突き刺さる。

 距離を取ったランドルフはすかさずライフルを構え、発砲した。

 

「どこを狙って――」

 

 なまじ目が良かったせいで銃口が自分を向いていなかったこと気付いたリィンは在らぬ方向へ撃たれた弾丸の軌跡を目で追いかける。

 ランドルフが撃った弾丸はテスタ・ロッサの導力タンクを寸分違わず撃ち抜き――爆発させた。

 

「っ!?」

 

 背中に爆風を受けてリィンは体勢を大きく崩される。

 しかもそんな中でランドルフはリィンの手から太刀を狙撃して弾き飛ばす。

 

「もらったっ!」

 

 地面を転がるリィンにランドルフは追い縋り、ベルゼルガーを振り下ろす。

 完全に捉えた。

 ランドルフは勝利を確信する。

 が、刃はリィンに届く前に止められた。

 

「往生際が悪いぞクソガキッ!」

 

 真剣白刃取り。

 リィンは圧し掛かるように振り下ろされた刃を素手で挟んで受け止めていた。

 

「俺は……負けるわけにはいかないんだっ!」

 

 ランドルフが押し込み、リィンが押し返す。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 黒い闘気がさらに勢いを増して溢れ出る。

 

「はあああああああっ!」

 

 リィンもまた胸の中の焔を一層燃え上がらせる。

 両者の力が拮抗する。

 その結果――ベルゼルガーが砕けた。

 リィンが刀身が折ると同時にランドルフの力で持ち手側のフレームがひしゃげ、機構部品が弾け飛ぶ。

 

「なっ!?」

 

 怯んだランドルフを蹴り飛ばして、リィンは立ち上がり、体をよろめかせた。

 

「っ……神気が……」

 

 リィンの意志に反して変身が唐突に終わりを告げる。

 

「どうやら限界みたいだな」

 

 蹴り飛ばされたランドルフは好機と見て笑みを作るが、彼が纏っていた黒い闘気は薄れたかと思うと消えてしまう。

 

「なっ!?」

 

 突然襲い掛かって虚脱感にランドルフは膝を着いて、驚く。

 限界はお互い様だった。

 もっとも、これまで何度もそれを繰り返してきたリィンにとってはそれはもう既知の感覚であり、身体のだるさを感じながらも動けない程ではない。

 

「くそっ! 動け! 何で動かねえっ!?」

 

 対して黒い闘気に慣れていなかったランドルフは意志に反して動かない体に向かって喚き散らす。

 リィンは腰に差した鞘を手に取り、周囲を見回した。

 すでに先程倒した《赤い星座》の団員は目を覚ました者もいるが、二人の戦いに介入する様子はない。

 ならばとリィンは気兼ねなく、重い足取りでランドルフに近付いていく。

 

「お、おい……ちょっと待て」

 

 引きつった顔をしてランドルフは制止の声を上げるが、リィンは無視して一歩、また一歩と歩み寄り、ゆっくりと鞘を振り被る。

 

「待て待て待てっ! 俺の負けだ。だから――アッ!」

 

 騒ぐ赤毛の脳天にリィンは最後の力を振り絞った一撃を落とした。

 白目を剥いて崩れ落ちたランドルフを前に、リィンは今すぐにでもその場にへたり込みたい衝動に駆られる。

 しかし、ぐっとそれを堪えてリィンは振り返る。

 翡翠の塔の入り口から顔を覗かせている少女と姉弟子に向かって腕を掲げる。

 

「勝ったぞ」

 

 確かな勝利にリィンは二人に誇って見せた。

 

 

 




 おまけ1 その後の一幕
 シグムントが主催したその後の宴会にて

ランディ
「おい、シュバルツァー。お前も飲め」

リィン
「いきなり何を言ってるんですか?」

ランディ
「戦闘では今回遅れを取ったが、飲み比べなら負けねえぞ」

リィン
「いや……俺は未成年なんですが」

ランディ
「は……逃げるのか?」

リィン
「どうしてそうなるんだ?」

???
「あらあら、未成年にお酒を勧めるなんて流石は猟兵というべきかしら?
 常識がないわね。お酒なら私が付き合ってあげるわよ」

ランディ
「おっ、美人が相手なのは大歓迎だぜ。叔父貴ともども酔い潰してやるぜ」

 その後ランドルフは本日二度目の敗北を経験することになる。
 また《赤い星座》がリィン・シュバルツァーに土を付けられたという噂と共に、《赤い死神》と《赤の戦鬼》の二人が一人の女性に敗北したという噂が流れることとなった。


おまけ2 あの娘の感想
シャーリィ
「あは……あんな風に頭を撫でられた(物理攻撃)のはリィンが初めてだよ……
 ランディ兄がいらないって言うならあたしがもらっても構わないよね?
 ……え、《妖精》? 誰それ?」



いつかの第二分校IF

ティオ
「もしもし? あ……ランディさんですか、確か今日は第二分校の入学式のはずですが、どうかしましたか?」

ランディ
「ティオすけ……猟兵時代の頃に殺し合った相手が同僚になったんだがどうすればいい?」

ティオ
「…………頑張ってください。パシリ三号」



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