(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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49話 《剣聖》と《修羅》

 リィンは傀儡の拳を見切り、太刀を振り抜く。

 硬質な音を立てて、刃は弾かれ傀儡にはかすかな傷が刻まれる。

 

 ――硬い……それでも斬れないわけじゃない……

 

 そう思考したところでかすかな悲鳴がリィンの耳に響いた。

 

「あぐっ……」

 

 オライオンは傀儡が斬られた部分と同じ場所、腕を押さえて痛みに無表情な顔を歪める。

 

「あ……っ」

 

 思わず駆け寄って言葉をかけようとした衝動をリィンは押し止める。

 同じ名前に同じ顔だが、彼女は今背後でアネラス達に治癒術をかけているアルティナではない。

 

 ――彼女は敵だ……

 

 事前にそんな存在がいると聞かされていたが、実物を前にすると心が鈍る。

 彼女もアルティナと同じ、結社に造り出されて利用されていることを考えれば、何とか無力化して保護したいと思う。

 しかし、状況がそれを許さない。

 アネラス達を追い詰めていたはずの執行者達は現在、格納庫から出る通路への扉にそれぞれ散って退路を塞いでいる。

 

「最悪だ……」

 

 そしてその指示を出しただろう男の性格の悪さにリィンは悪態を吐く。

 状況は言葉にした通り最悪。

 アルティナと同じ姿、顔のオライオンをあえて単独で戦わせてあの外道はほくそ笑んでいることだろう。

 幸いなことにオライオンが操る傀儡の戦闘能力は低かった。

 アルティナがそうであったように、ろくな戦闘経験を積んでいないように見て取れる。

 

『いいかリィン。戦場では選択に時間を掛けただけ不利になる。覚えておけ』

 

 猟兵の教えを思い出しながら、リィンはこの状況を考える。

 

「おらおら! どうしたさっさと割り切って斬っちまえよ超帝国人っ!」

 

「ハハハッ! 心を通わせた少女と同じ顔の人形と殺し合いをさせるとは教授もなかなかにくい演出をする……

 さあ、超帝国人リィン・シュバルツァー、この逆境に君はどんな煌めきを見せてくれる!?」

 

 野次を飛ばしてくる執行者二人に殺意を感じながら、苦し気な表情をして傀儡の攻撃をとにかく避ける。

 

「くそっ……」

 

 どんな原理かは分からないが黒い傀儡へのダメージはオライオンへとフィードバックされている。

 傀儡の破壊が彼女へどんな影響があるか分からない以上、下手な真似はできない。

 リィンは殴りかかってきた傀儡の腕を取って、背負い投げで投げ飛ばす。しかし、床に叩きつけられる前に傀儡はふわりと浮かび上がりそれを回避する。

 しかし、それによって作ったわずかな時間を使ってリィンはオライオンに肉薄する。

 

「っ……」

 

 オライオンは小さな体をこわばらせて身構える。

 

「すまない」

 

 一言謝ってリィンは隙だらけなオライオンに手加減した掌底を叩き込んだ。

 

「かは――」

 

 意識を奪うに至らなかった一撃にオライオンは打たれたお腹を押さえ、膝を着いてえずく。

 

「くっ……」

 

 その姿にリィンの精神がガリガリと削られる。

 

「ク、クラウ=ソラス、メーザーアーム」

 

 膝を着いたまま苦し気にオライオンは傀儡を呼ぶと、右腕を刃に変形させた傀儡はリィンに斬りかかる。

 

「なっ!?」

 

 初見の技に警戒して、リィンは彼女たちから距離を取る。

 リィンを追い払った傀儡はオライオンに寄り添う。

 

「回復します。アルジェムヒール」

 

 戦技による治癒術を受けたオライオンはそれでも息を乱しながら立ち上がる。

 

「せ、戦闘続行……します……」

 

 膝を震わせながらも懸命に立っている姿にリィンは目を逸らしそうになる。

 周りの執行者達はやはり我関せずといった様子だった。

 

「外道共め……」

 

 ワイスマンの思惑に乗っている時点でリィンの彼らに対する評価は地の底まで落ちていた。

 リィンはそのままアネラス達に治癒術をかけるアルティナを一瞬だけ見る。

 倒れたままのアネラスはその一瞬の目配せの間に小さく頷いた。

 リィンが駆け出した瞬間、同時に遊撃士達も動く。

 起き上がったカルナがスモークカノンを乱れ撃ち、瞬く間に格納庫を煙で覆いつくされる。

 

「っ……クラウ=ソラス、迎撃を」

 

 オライオンは煙とリィン、どちらに対処するか一瞬迷い後者を選択する。

 黒い傀儡が動き、突撃してくるリィンに向けて腕を振り被る。

 リィンはスライディングで滑るようにその一撃を掻い潜り、再びオライオンに肉薄する。

 

「っ……」

 

 直前の掌打を思い出したオライオンは咄嗟に腹部を守る。

 しかし、リィンはそれを無視してオライオンの背後を取り、細い首に腕をかけて締め上げる。

 

「っ!? っ……!?」

 

 首を絞められ、釣り上げられたオライオンはジタバタと抵抗してリィンの腕を外そうと暴れる。

 が、首を締め上げるリィンの腕はそんなオライオンの抵抗などではびくともしない。

 

 ――命令を出させずに一気に意識を奪う……

 

 これまで傀儡に対して言葉を使って動かしていたことから推測するが、傀儡は煙を掻き分けリィンを追い駆けてきた。

 振り回される鉄腕を躱したところで、オライオンがアーツを発動させる。

 風が竜巻を起こして二人を吹き飛ばし、そこに傀儡が追撃をする。

 さしものリィンも空中では対処しきれず、鉄腕の一撃を受けてオライオンの拘束を解かされる。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちしながらリィンは着地し、オライオンは傀儡に抱えられて呼吸を整える。

 風の刃に刻まれた傷が痛々しいが、それを意に介さない素振りにリィンは顔をしかめる。

 そして次の瞬間、爆発が起きた。

 爆風によって煙が吹き飛ばされ、爆心地である壁の一角に大穴が開く。

 

「弟君っ!」

 

 アネラスの呼び声にリィンは後ろ髪を引かれながらもすぐに動く。

 執行者達が動くよりも早く、アネラス達が開けた穴に着き、リィンは太刀に神気を合わせて振り抜く。

 

「孤影斬・極っ!」

 

 極大の鎌鼬を格納庫に残して、リィン達は逃亡を開始した。

 

 

 

 

「弟君、何で――」

 

「文句なら後で聞きます。今はとにかく走って。アルティナは前に出て先導してくれ」

 

「了解しました」

 

 アネラスの責める言葉を遮ってリィンは走れと急かす。

 

「ちょ――」

 

「アネラス、今はリィンの言う通りだ。それにあっさりとやられちまった俺たちに弁明できることはねえ」

 

 食い下がろうとするアネラスをグラッツが宥める。

 

「すまないリィン君。私たちが不甲斐ないばかりに」

 

「いえ、皆さんが必要以上に痛めつけられたのは俺を誘い出すためだったと思いますから。それに元々、俺が――」

 

「それは君が気にすることではない。君への招待を利用させてもらったのは我々だ……

 敵の罠も最大限警戒していたつもりだったが、敵の方が上手だった。つくづく未熟だと思い知らされたよ」

 

 走りながら猛省するクルツの真面目さにリィンは苦笑いを浮かべる。

 

「ねえ、アルティナちゃん。さっき弟君が戦っていた女の子は……」

 

 グラッツに説得されてアルティナの隣を走るアネラスが恐る恐る尋ねる。

 

「はい。彼女はわたしの同型機にして完成体です……彼女が操っていた戦術殻を操るためにわたしたちは産み出されました」

 

 初めてその話を聞いたグラッツ達は絶句する。

 そんな中、リィンは先程の戦闘で知り得た戦術殻の性能を整理する。

 

 ――戦術殻とあの子はリンクしている……

 

 必ずしも声を使って動かしているわけではようだった。

 それに加えて傀儡のダメージを共有している様子でもあった。

 どこまでやれば無力化できるか分からない相手は、彼女の容姿も相まって戦いにくい相手だった。

 

「どうすればいい……どうすれば――」

 

「リィン、あたしたちが言えたことじゃないが早まったことを考えるなよ」

 

 リィンの独り言にカルナが口を挟む。

 

「あの子を《結社》から抜けさせたいんだろ? だが状況はアルティナちゃんの時とは全く違うんだ……

 それに周りには執行者もいる。この状況であたしたちにあの子をどうすることもできない」

 

「分かってます……分かってますけど……」

 

 あの本当に何も感じさせない無表情を思い出すとどうしても考えてしまう。

 

「そこまでだ侵入者諸君! さあ、大人しく捕まって僕の出世の――」

 

「邪魔です」

 

「ぎゃふん」

 

 出会い頭に立ち塞がった強化猟兵をアルティナはアーツを発動して一蹴する。

 その背中に頼もしさを感じながらもリィンは異様に静かなことに不信を感じた。

 執行者はもちろん、オライオンも追ってくる気配はない。

 

「オライオン……?」

 

 そういえばその名前に聞き覚えがあったような気がして記憶を振り返る。

 が、それを思い出すより早くアルティナが口を開く。

 

「この扉の先が外です。おそらく鍵がかかっているので――」

 

「任せろっ! グラッツスペシャルッ!」

 

 大剣から繰り出された一撃がドアを吹き飛ばした。

 そのままリィン達は勢いを緩めず外へと脱出を果たし――

 

「上から来ますっ!」

 

 気配を感じたリィンは叫び、頭上からの奇襲を迎撃する。

 青い戦術殻の一撃を受け止める。

 その攻撃が先程の黒い戦術殻よりも重かったが、何とか弾き返す。

 

「みんな大丈夫ですか!?」

 

「うん……弟君が警告してくれたから大丈夫だけど……でも……」

 

 それぞれが奇襲を受け止めるか、迎撃もしくは回避して事なきを得たが、その奇襲の相手に誰もが言葉を失っていた。

 

「なっ……」

 

 そしてリィンは彼女たち以上の衝撃を受けていた。

 青、黄、赤。

 三つに色分けされた戦術殻。

 赤い戦術殻に抱えられている痩せた少年に見覚えはない。

 黄の戦術殻に抱えられたオライオンはアルティナと同じ姿だが、リィンと同じくらいの背格好をしている。

 そして、青の戦術殻に抱えられた少女もまた、リィンと同い年くらいの少女だった。

 

「ミリアム……?」

 

 以前、ルーアンで出会った女の子の面影を感じさせる少女にリィンは混乱する。

 

「くっ……どうやらさっきの女の子よりも手強そうだな」

 

 リィンの動揺に気付かずにグラッツが呻く。

 

「だが、ここを突破すれば乗ってきたボートはすぐそこだ。一気に畳みかけるぞっ!」

 

 クルツが発破をかけ、それぞれが身構える。

 対するオライオン達も動くが、それはリィン達にとって理解の及ばないものだった。

 

「「「トランスフォーム」」」

 

 三人の声が唱和して呟かれる。

 青の戦術殻は巨槌に、黄の戦術殻は巨大な剣に、赤の戦術殻は巨大な導力砲にそれぞれ物理法則を無視したように姿を変える。

 

「なっ!?」

 

 予想外の武装に驚き、動きが鈍る。

 そして機先を取られ、三つの必殺技がリィン達に叩き込まれた。

 

 

 

 

「くっ……」

 

 頭を振ってリィンは意識の覚醒を促す。

 意識を失っていたのは数秒のようだった。

 三機の戦術殻による波状攻撃の余波により、湖岸は抉られて地形が変わっていた。

 停泊されていたアネラス達が乗ってきたボートはその衝撃に破壊されたのか、流されたのかどこにも見当たらない。

 

「アルティナ……みんなは……」

 

 一拍遅れてリィンは彼らの姿を探す。

 一番後ろにいたリィンは彼らの攻撃の余波だけを食らったようなものだが、一番前にいたアルティナは果たしてどうなったのか。

 寒気を感じながら見回すと、彼女たちの姿はすぐに見つかった。

 アルティナはアネラスが抱きしめるようにして覆い被さっている。

 他の人達も倒れ伏しているだけで、あれだけの破壊力の攻撃を受けたというのに意識を失うだけで五体満足だった。

 と、そこでリィンの背後に赤の戦術殻が現れ、抱きしめるようにしてリィンを捕まえた。

 

「くっ……」

 

 きつく締め上がれた拘束にリィンが呻く。

 そしてそんなリィンの下に彼が現れる。

 

「おやおや、これはこれはリィン・シュバルツァー君。どうしてこんなところに? 部屋から出ないようにと忠告しておいたはずなのだが」

 

 白々しい言葉を言いながらワイスマンは満足そうにリィンに言葉を投げかける。

 

「ところでリィン君。《八葉》の使い手である君に聞きたいことがあったのを思い出したよ」

 

「聞きたいこと……だと……」

 

 息を整えながら、少しでも時間を稼ぐことを意識してリィンは聞き返す。

 

「私は常々疑問に思っていたのだよ。達人を《剣聖》に至らせる《理》とは何なのかを……」

 

「《理》……」

 

 その言葉はリィンもよく耳にしていた。

 

「単純に物事の本質を理解するという意味でならレンもその能力を有しているが、彼女を《剣聖》と呼ぶには首を傾げてしまう……

 逆に《修羅》とは何だと思うかね?」

 

「《修羅》……」

 

「ある者たちによれば《赤い星座》の人間たちこそ《修羅》だというが、彼らは戦いに享楽を求める戦争屋……

 レーヴェがなろうとしている《修羅》とは違ったものだと言えるだろう」

 

 リィンの応えを聞かず、ワイスマンはまるで持論を披露するように続ける。

 

「学者である私が君たち武芸者を語るのはおかしいかもしれないが、私はこう考えているのだよ……

 《剣聖》とは感情を超越した理性による精神の在り方の極致……

 感情という主観を完全に統制させることで物事の在り方を欺瞞を一切含めずに見れる、これが本質を見極めるということだ……

 逆に《修羅》とは感情を闘争の炎で焼き尽くした精神の極致とも言えるかな?

 例えば復讐を成し遂げた者がいるとする。その者が悲願を達成した後、燃え尽きてしまうことなく、復讐に費やした力を意志もなく振るえる人間こそ《修羅》と呼ぶのではないかね?

 《剣聖》と《修羅》、ある意味では私が追い求める、下らない感情に囚われることのない《超人》だと言えるだろう」

 

「何が言いたいんだ?」

 

 良い空気を吸いながら演説するワイスマンにリィンは嫌な予感を感じる。

 

「リィン・シュバルツァー。果たして君はどちらなのかね?」

 

「え……?」

 

「《理》に至る《剣聖》の光を持ちながら、《修羅》という闇を抱える矛盾した存在……

 だがそれはどちらも外部から君にもたらされた要因であり君の本質ではない。ならばどちらが君の本質なのか、一つ実験を行おうじゃないか」

 

「実験……?」

 

「《黒兎》」

 

 ワイスマンがその名前を呼ぶと、オライオンが戦術殻でアネラスからアルティナを奪い、抱えてやって来る。

 

「私の用意した試練を犠牲を払わず突破したことは素直に褒めてあげよう……

 しかし、だからこそ君には圧倒的に足りないものがある」

 

「俺に足りないもの……?」

 

「そう君が極致に至るための《理由》が足りない……

 捨てられ、何も持っていなかった君だからこそ、知らないだろう。失うことの痛みというものを」

 

「やめろ……」

 

 リィンはこれから起きる惨劇を想像して身を震わせる。

 身体に力を込め、全力で拘束を振り払おうとするが赤の戦術殻はびくともしない。

 

「さあ、嘆きたまえ、抗いたまえ。その渇望こそ《聖痕》の源となる……

 そして絶望と憎悪が君に二つの道を示すだろう……さあ《黒兎》よ。命令を更新する……欠陥品《Oz70》を破壊せよ」

 

「命令を受諾しました。クラウ=ソラス」

 

「やめろっ!」

 

「無駄だよ。僕のナグルファルは彼女たちのそれとは違って特別製でね。今はゴスペルで強化もしてあるから例え君の《鬼の力》でもその拘束から逃れることは不可能だよ」

 

 痩せた体躯の少年が意思のある言葉でリィンの抵抗の無意味さを説く。

 が、当の本人の耳にはそんな言葉は届かず、ただがむしゃらに抵抗を続ける。

 

「安心したまえ、幸い彼女の他にも四つほど贄があるのだから焦る必要はない」

 

 ワイスマンの残酷な言葉にリィンは吐き気を感じずにはいられない。

 そして、黒の戦術殻が左腕で意識のないアルティナを吊り下げ、右腕を刃に変形させる。

 

「やめてくれぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 リィンの慟哭めいた叫びが空しく響き、オライオンは黒の戦術殻を操り右腕の刃をアルティナに――

 次の瞬間、アーツの炎が爆ぜた。

 

「ほう……」

 

 至近距離で爆発を受けた黒の戦術殻とオライオンは吹き飛ばされて地面を転がる。

 

「っ……」

 

 同じく爆発を至近で受けたアルティナは身を小さくして頭を庇い、受け身を取ってすぐに立ち上がる。

 その姿にリィンは安堵して叫ぶ。

 

「逃げろアルティナッ!」

 

「その……お願いは聞けません」

 

 リィンの言葉を拒み、アルティナは戦術オーブメントを構えてアーツを構え、背後から忍び寄ってきた青と黄の戦術殻にぶつける。

 

「わたしは言いました……わたしはリーンやアネラス、皆さんの笑顔を見続けるために生きると……

 命令されたからではなく、わたしがそうしたいから……だからここで逃げるわけにはいきません!」

 

 声を大にして叫ぶアルティナにリィンは言葉を失う。

 

「まさかここまで感情が育つとは……」

 

 リィンと違う眼差しでアルティナを眺めるワイスマンは嬉しそうな声をもらす。

 

「いいだろう。存分に抵抗したまえ《Oz70》――いや、アルティナ君」

 

 ワイスマンが腕を一振りすると、青と黄の戦術殻と操者はアルティナから距離を取る。

 代わりに黒の戦術殻とオライオンがアルティナと対峙する。

 

「くっそおっ!」

 

 《鬼の力》を引き出して拘束を解こうと試みるが、赤の戦術殻と力は拮抗するだけに留まる。

 リィンの目の前で、二人のアルティナが戦う。

 戦術殻が張ったバリアがアルティナのアーツを弾き、駆動の合間を狙って攻撃を仕掛ける。

 戦いとは言えない一方的な蹂躙にも関わらず、アルティナは必死に戦う。

 しかし、どれだけ彼女が頑張っても結末は変わらない。

 例え奇跡が起きてアルティナがオライオンに勝てたとしても、三つの戦術殻を始めに執行者たちまでいる。

 

「誰か……」

 

 周囲を見回すが、リィンの声に応える者はいない。

 アネラスも、クルツも、グラッツも、カルナも体を土に埋もれさせて動かない。

 助けてくれる者など誰もいない。それでも願わずにはいられない。

 

「誰か……助けてくれ……」

 

 応える者はいない。

 が、応える物がそこにあった。

 リィンの懐、ゴスペルが黒い光を発して輝き出す。

 

「ゴスペル? 生憎だけど戦術殻にはそれを無効化する機能が取り付けられている。それは無駄な抵抗だよ」

 

 少年は目を伏せて首を振る。

 少年の言う通り、導力停止現象が起きる気配はなく、戦術殻は淀みなく動き続ける。

 黒い光は空しく輝き、何も変わらないまま。

 そしてリィンが何もできないまま、黒の戦術殻がアルティナに肉薄し、刃にした右腕が彼女を捉えた。

 

「…………あ……」

 

 体を斜めに裂かれ崩れ落ちるアルティナ。

 

「があああああああああっ!」

 

 リィンが吠える。

 一層深く《鬼の力》に身を委ね、掴んでいた赤い鉄腕を握り潰した。

 

「なっ!?」

 

 傍に控えていた少年が砕かれた腕の痛みをフィードバックして悲鳴を上げ、拘束していた力が緩む。

 リィンは拘束を振り解き、赤の戦術殻を振り回して少年にぶつけ、リィンはアルティナに駆け寄り、力を失った小さな体を抱き起こす。

 

「アルティナッ!」

 

 一目で致命傷と分かる深い傷。

 抱きかかえたアルティナは何も返さず、しかし応えは背後から。

 

「何ですか?」

 

 アルティナの血を右腕に滴らせた黒の戦術殻を傍に置き、アルティナ・オライオンが不思議そうに首を傾げる。

 その姿が、その声が、その顔が、リィンの中の《焔》を一層猛らせる。

 

「オマエガッ!」

 

「っ!? クラウ――」

 

 オライオンが叫ぶより早く、黒の戦術殻はオライオンを守るように体を入れ替える。

 リィンが抜刀して繰り出した一撃が黒の戦術殻を捉え、深い傷が刻まれる。

 

「あ……」

 

 黒の戦術殻は吹き飛ばされ、フィードバックを受けたオライオンは体を痙攣させてその場に倒れた。

 

「があああああああっ!」

 

 リィンは咆哮を上げて黒の戦術殻に追い縋り、地面から起き上がろうとした黒の戦術殻の胴体を踏みつけて地面に押さえつける。

 意味の分からない電子音を上げる黒の戦術殻をリィンは足で押さえつけたまま、躊躇なく太刀を振り下ろす。

 

「……あ……が……」

 

 マウントを取って、一太刀を入れるたびに背後でオライオンの体が跳ね、絞り出すような悲鳴が上がる。

 何度も何度も太刀を振り下ろし、力任せに振られた刃は黒の戦術殻に次々と傷を刻み――ついには右腕が切り飛ばされた。

 

「ああああああああっ!」

 

 無感情な少女が右腕を押さえて絶叫する。

 その声に振り返ったリィンは動かなくなった黒の戦術殻をその場に置き去りにして、オライオンへと踵を返した。

 太刀を携え、ゆっくりと歩くリィンにワイスマンは嗤う。

 

「ふむ……どうやら落ちたようだな」

 

「クカカ、いい感じにぶっ壊れたじゃねえか」

 

「儚き《愛》が砕け、獣が生まれる。リィン・シュバルツァー、君は最高の役者だったよ」

 

 《白面》と《痩せ狼》と《怪盗紳士》がその様を見て笑う。

 

「悪趣味な……」

 

「ほとんど病気ね……」

 

「あら……?」

 

 《剣帝》は目を伏せ、《幻惑の鈴》は嘆息し、《殲滅天使》は首を傾げる。

 そこにリィンの暴挙を止める人間は誰もいなかった。

 

「…………あ……」

 

 オライオンは動かない右腕を押さえ、近付いてくるリィンから少しでも逃げようともがく。

 しかし、恐怖に竦んだ体は小刻みに震えるだけで動いてくれない。

 鬼の形相で自分を見下ろすリィンは太刀をかざす。

 オライオンは涙を浮かべ、太刀が振り下ろされる瞬間、目を瞑った。

 

「……え……?」

 

 目の前でなった甲高い音にオライオンは目を開く。

 リィンの太刀は彼女の目の前に展開されたアースガードによって弾かれた。

 

「ジャマヲスルナッ!」

 

 勢いよく振り返ったリィンだが、アーツを放ちオライオンを守った者を見て思考を止めた。

 空に突き出すようにかざしていた血に塗れた戦術オーブメントが小さなその手から零れ落ちる。

 

「アルティナッ!」

 

 正気を取り戻したリィンは慌てて駆け寄ろうとして――

 

「悪いけど、行かせないよ」

 

「がっ!?」

 

 アルティナに駆け寄ろうとしたリィンを横から赤の戦術殻が殴る。

 地面を転がされたリィンはアルティナから離れる。

 

「君も災難だね……あの人なんかに目をつけられて、正直同情するよ」

 

 彼に並ぶように、青と黄の戦術殻を携えた少女たちが並ぶ。

 

「そこをどけっ!」

 

 まだ生きている。

 一縷の希望にリィンは縋り、彼らに斬りかかる。

 正面から駆け引きを忘れて斬りかかった刃は赤の戦術殻が張ったバリアにいとも容易く弾かれ、そこに残りの二体が殺到する。

 無様に殴り倒され、太刀はリィンの手から投げ出される。

 

「アル……ティナ……」

 

 《鬼の力》の反動によって軋む体がリィンを立ち上がらせることをさせなかった。

 それでもリィンは這って進む。

 

「やれやれ……仕切り直しが必要か」

 

 そんな無様な姿にワイスマンはため息を吐く。そこにレンが声をかけた。

 

「ねえ、教授」

 

「どうかしたかねレン?」

 

「どうしてゴスペルはまだ光ったままなのかしら?」

 

「ふむ」

 

 言われてワイスマンは彼の服を透かす黒い光に注目する。

 

「ゴスペルは《輝く環》に干渉するための端末、今の状況から推測すれば《輝く環》がリィン・シュバルツァーの願いを読み取っているのだろう……

 もっともこちらに干渉する装置もなければ、まだ《杭》を取り除いていない状況ではろくな干渉などできるはずはないだろうがね」

 

 《輝く環》は第一結界が解放されたことで本来の機能を取り戻している。

 それを異次元に押し留めている四つの杭によって現実世界にはまだ戻ってきてはいないが、ゴスペルを通してならある程度の力を引き出すことができるのは各地での実験で実証されている。

 しかし、いかに《輝く環》でも小さな端末、それも限りなく本物に近いだけのレプリカ単体ではその力を行使することはできるはずもない。

 

「仮に戦術殻に施した処置を上回る力で《導力停止現象》が引き起こされたところで状況は何も変わらない。彼はすでに詰んでいるよ」

 

 言いながら、ワイスマンはこの後の実験について考える。

 

「フフ、もう破棄が決まった施設だ。エステル・ブライトを招いて彼と戦わせるのも一興かな?」

 

 それを考えると、アルティナをここで死なせるのは惜しいと思った。

 暗示によって操るのもいいが、やはり本人の意思で戦わせることが最も好ましい。

 アルティナの命を盾にすれば、彼は血を吐きながらも彼女と戦う道を選ぶだろう。

 

「そこまでに――」

 

 名案を思い付いたと言わんばかりにワイスマンは少年に声をかける。

 しかし、それを掻き消すようにリィンが叫ぶ。

 黒い光を纏わせた戦術オーブメントを空に掲げ――

 

「来い――」

 

 

 

 

 足掻くリィンの耳にそれは聞こえて来た。

 

 ――同空間内から対象者の想念に共鳴する存在を確認。検索を継続したまま仲介を行います――

 

 リィンの耳に聞き覚えのない無機質な言葉が響き、続いて別の声質の言葉がリィンに語り掛ける。

 

 ――汝、力を求めるか?――

 

 ――力が欲しい……

 

 脳裏に呼びかけられる言葉にリィンは痛めつけられて朦朧とする意識の中で無意識に応えていた。

 

 ――我らが選び、汝が選べば、《契約》は成立する――

 

 ――あの子を助けるためならば悪魔とだって《契約》しても構わない……

 

 ――求めるのであれば、我らの名を呼ぶがいい……《焔》を刻まれし者……《起動者》よ――

 

「名前……?」

 

 ――検索……第一候補《灰の騎神ヴァリマール》……第二候補《緋の騎神テスタ=ロッサ》……第三候補――

 

「灰の騎神……?」

 

 脳裏に浮かんだ聞き覚えのない名前をリィンはオウム返しに繰り返す。

 

 ――承認。《空の至宝》の力により《最後の試し》は省略……エラー発生……対象に蓄えられた霊力の不足のため転移術の発動は不可能――

 ……デバイスタワーの妨害により空間転移も不可能……代替案を検索……

 ……対象者の持つ機械の七耀結晶の流れを操作、遠隔投影術式を結晶回路に再構築……いけます――

 

 準備が整った、何が起きているのか何一つ理解できていなかったが、それだけは理解できたリィンは黒い光を纏う戦術オーブメントを握り締め、叫ぶ。

 その名は――

 

「来い――《灰の騎神》ヴァリマール!」

 

 

 

 




 補足説明
 分かり辛いと思うので、本編では書き切れなかったことをこの場で説明させてもらいます。
 ゴスペルが発動したことでリィンは一時的に《輝く環》と接触することができました。
 《輝く環》から見ると、リィンは数週間前に夢を見せたこともあり、リベル=アークの住人と半ば誤認します。
 その状況でリィンの強烈な想念に応えるために、状況打破の方法を模索していたところ、封印空間内でリィンに共鳴する《鋼》を見つけ方法の一つとしてリィンに繋げました。
 原作では《空》は異次元に、《鋼》は上位世界に封印とありましたが、同じ位相の空間ということにさせています。
 なので、現実世界の封印機構は全部無視して裏口から試しの場に入ったことになります。その試しも《空》が省略してくれました。
 これで契約は完了しましたが、転移術が使えないので、即応性が求められる状況なので普通の移動では間に合わない。
 それを考慮して、リィンのMクォーツをツァイスで地震を起こした七耀脈を操作する技術で操り、ルーアンでの遠隔映像投射技術をアレンジして組み込んだ、騎神の影を実体化させるアーツを使うことができるMクォーツ《ヴァリマール》を作り出しました。

 一言でまとめるなら結社の実験の賜物です。

 ちなみに余談ですが現在《空》はリベル=アークの維持をする必要もなければ、想念を叶える住人が一人もいない状況なのでリソースが有り余っています。
 あと霊力が溜まって呼び出せば転移術も可能ですが、物理的には封印機構が残っています。

 かなり無理矢理な設定ですが、これくらいしないとヴァリマールは前倒しできないんですよね。






 もしも《輝く環》が気を利かせてくれていたらIF

クロウ
「お前はそいつに乗ったばかり……だが俺は三年前からコイツを乗りこなしている。悪いが《奥の手》を――」

ヴァリマールのスペックその1
 実際に乗るのは初めてだが、二年近くリンクが繋がっていたため波長の調整は完了している。
 また、《空の至宝》のバックアップを受けた第二形態の解放が可能。

クロウ
「……え?」



カイエン公爵
「ククク……ハハハハハハハハッ!
 これぞ緋の魔王! 千の武器を持つ魔人――!
 250年前、オルトロス帝が顕現させた絶対の支配者! 貴様ら平民が駆る騎神とは格が――」

ヴァリマールのスペックその2
 周辺の七耀脈を操作して、旧校舎にゼムリアストーンができるように調整。
 また生成段階で太刀と鎧になるように設定する。
 《空の鎧》
 外付けの霊力電池。最大出力で解放すれば、絶対障壁を一時的に使用可能。

カイエン公爵
「…………え?」




「女神の聖獣にゼムリアストーンの武器は通じない! 唯一通じるとすれば魂で錬成した――」

ヴァリマールのスペックその3
 リィンの中にある第五位の聖痕――《魂》の力を宿したゼムリアストーンの太刀。
 碧の時点でキーアが操る神機を斬っていれば《幻》属性も取り込み、上位三属性の属性を持つアーティファクトに?


「………………え?」




鋼の聖女
「………………」
(さあ、早く仕合ましょうと、無言無表情で槍をブンブン揺らす聖女様)

劫炎
「クク、いるじゃねえか……オレを圧倒してくれそうなのが」



 いつかのトールズ士官学院IF

 エマ・ミルスティンはその日、覚悟を決めてリィンの部屋を訪ねた。
 訪問の理由は試練を無視して《灰の騎神》の起動者になったリィンを問い詰めるため。
 その日まで共に過ごしたリィンは決して悪人ではない。
 しかし、それは表の顔で裏の顔がそうでないのなら、刺し違える覚悟でエマは臨んでいた。
 そして、リィンから起動者になった経緯を説明された。

「導き手が……《空の至宝》……異空間を経由して《鋼》から直接アクセス……?」

「えっと……大丈夫か委員長?」

「ふ…………ふしゃああああっ!」

 セリーヌのような声を上げてエマはリィンの顔面にぐーを叩き込んだ。
 盛大な物音が響き、向かいの部屋のクロウが様子を見に来る。

「おいおい、なんかすごい音がしたがどうし――」

 クロウはマウントを取りリィンを殴り続けるエマを見て、静かにドアを閉めた。

「…………似てないと思ってたが、やっぱり姉妹なんだな」

 この出来事は《委員長の乱心》と呼ばれ、彼女の恐ろしさを学院に知らしめた事件となった。


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