(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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50話 《灰の騎神》

「何だ……これは……?」

 

 突然現れた幻影の騎神は実体が存在するのか、腕の一振りで戦術殻達を薙ぎ払う。

 

「何だこれはっ!?」

 

 先程まで余裕の表情で実験を眺めていたワイスマンは異常事態の出来事に狼狽する。

 

「クカカ……まさか、こんな面白い物を出してくるとは思わなかったぜ」

 

 そんなワイスマンの横でヴァルターがタバコを捨てて笑う。

 

「おい、教授。見ての通りあんたの実験はもう終わったな? なら俺はもう行くぞ」

 

「ま、待ちたまえヴァルター」

 

 まだ考えの整理がついていないワイスマンは思わずヴァルターを呼び止めるが、彼はそれを無視して駆け出した。

 そして、それに同調するようにブルブランが声を上げて笑い出した。

 

「ハハハハハハハハハハッ!!

 素晴らしいっ! 素晴らしいぞリィン・シュバルツァーッ! 君はどこまで私を魅了すれば気が済むのだね!?

 その美しき機体が何なのか問うまい! しかしそれはこの絶体絶命の境地の中で手繰り寄せた《奇跡》!

 ああ、今日ほど私は自分を愚かだと思ったことはない……

 君の《愛》が砕け散った瞬間、私は君の物語は終わったとさえ思ってしまったが、とんでもない!

 この場に立ち会えた幸運を女神に感謝しよう! さあ私に至高の美となる《奇跡》をもっと見せてくれたまえっ!」

 

「だから待てと言っているだろうっ!」

 

 同じくワイスマンの制止など耳も貸さずにブルブランがマントを翻してヴァルターの後を追う。

 虚しく突き出した手を所在なく彷徨わせたワイスマンはただ茫然と二人の背中を見送ることしかできなかった。

 

「まずは挨拶代わりだっ!」

 

 ヴァルターは自分の身長ほどの大きさはある岩を殴り、ヴァリマール目掛けて飛ばす。

 顔を目掛けて飛んで来た岩石をヴァリマールは避ける素振りも見せず、激突するが砕け散ったのは岩石の方であり、ヴァリマールは微動だにしなかった。

 

「しゃあっ!」

 

 岩石の後を追って大跳躍し、一足飛びでヴァリマールの顔の前に跳んだヴァルターは渾身の力を拳にため込み、放つ。

 凄まじい轟音を立て、岩石の一撃を受けても動じなかったヴァリマールがよろめく。

 

「もう一発っ!」

 

 一撃で砕けなかったことに口元を釣り上げて、ヴァルターは空中にも関わらず追撃を放つ。

 が、よろめいたヴァリマールはそのまま淀みのない足捌きを使ってヴァルターの拳を避ける。

 

「っ……」

 

 それが武術の体裁きだと理解した瞬間、鋼の拳を受けてヴァルターは殴り飛ばされた施設の壁に叩き込まれた。

 

「ハハハ! 《痩せ狼》を一蹴か! 益々気に入ったぞヴァリマールとやらっ!」

 

 ブルブランが高らかに笑い、指を鳴らす。

 

「傀儡よっ!」

 

 そう叫ぶと彼の背後に光を伴って大型の機械兵が現れる。

 が、それだけでは留まらず、施設内から大小様々な機械兵器が現れヴァリマールを取り囲む。

 

「ファイア」

 

 ブルブランの号令に機械兵器が一斉射撃を開始する。

 しかし火線が閃く瞬間、ヴァリマールは跳躍した。

 

「おおっ!」

 

 月を背負う騎神の姿にブルブランは状況を忘れて思わず見入ってしまう。

 そして、集中砲火をやり過ごしたヴァリマールは大型機械兵器を踏み潰すように着地する。

 そして駆動の光を灯したかと思うと、火球を撃ち出す。

 

「ハハハ! まさかアーツまで使うとは! その巨体からでは低位アーツも高位のそれと変わらないではないか。だが――」

 

 次々と機械兵器が破壊されていく様にやはりブルブランは笑う。

 

「来て、パテル=マテル」

 

 レンの呼び声に施設の壁を突き破り巨大な機械人形が現れる。

 

「さあ、こちらの真打登場だ。君のその力、存分にこの私に見せてくれたまえっ!」

 

 ブルブランはそこから飛び退いて、パテル=マテルに場所を譲る。

 

「パテル=マテル、リミッターを解除しなさい! 出力全開で殲滅するわよ!」

 

 レンの言葉に応えるようにパテル=マテルは電子音を響かせて武骨な鋼の腕を振り上げる。

 ヴァリマールはそれを紙一重で避けると、その腕を取って懐に入り込んだかと思うとパテル=マテルの足を払って――倍近くある体格差をものともせずに投げ飛ばした。

 機械には到底できない動き。

 パテル=マテルと対比したからこそ分かるが、ヴァリマールの動きは機械のそれよりも人間の動きそのものだった。

 

「うそ……」

 

 仰向けに倒されたパテル=マテルにレンは呆然と声をもらす。

 ヴァリマールは立ち尽くすレンに手を差し出し、アーツを駆動する。

 

「おおおっ! 鬼炎斬っ!」

 

 レーヴェの炎を纏った一撃がヴァリマールにたたらを踏ませた。

 

「幻惑・火炎旋風」

 

 そしてヴァリマールの足元から炎の竜巻が吹き荒れ包み込む。

 

「レーヴェ! ルシオラ!」

 

「レン、一度距離を取るぞ」

 

 レーヴェは応えを聞かずにレンを抱えるとその場から離脱する。

 

「ねえ、レーヴェ。あれは何なの? パテル=マテルとは造りそのものが全く別物みたいだけど」

 

「さあな……教授は何か知っているようだが……」

 

 レーヴェは横目に懸命に考えをまとめようと焦る彼の姿を見て口元を歪める。

 頭が良く、策略を巡らせているからこそ、想定外の出来事に狼狽している珍しい彼の姿に愉悦を感じてしまう。

 

「レーヴェどうしたの? 何だか楽しそう?」

 

「いや……そんなことはない。気のせいだ」

 

 レンの言葉を誤魔化し、レーヴェは改めて纏わりつく炎を闘気の放出で吹き飛ばしたヴァリマールを見る。

 騎神の登場と同時にリィンの姿はそこからいなくなっている。

 おそらく外部からの操作であるパテル=マテルと違って、内部に操縦席があるのだろう。

 その証拠に一見無茶苦茶に戦っているように見えて、遊撃士達、そして《Oz70》から自分たちを遠ざけるように戦っている。

 それに加え、彼らを守るように展開された結界のアーツ。

 単純に戦闘の余波から守るためのものか、それとも治癒術なのか。

 どちらにしても、騎神の登場で戦況は逆転されてしまった。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 先程の教授の実験を見せられてうんざりしていたレーヴェだが、未知なる大きな力を前にして流されるのは主義に反する。それに――

 

「俺の《修羅》を試す良い機会か……」

 

 レーヴェは剣を構えると、全身に闘気を漲らせる。

 

「レーヴェ?」

 

「お前はここで待っていろ」

 

 そう言い残してレーヴェは駆ける。

 近付いて見上げるそれはパテル=マテルと比べれば小さいものの、まさに巨人だった。

 

「おおおおおっ!」

 

 炎を纏った一撃がヴァリマールの胸に傷を刻み、怯ませる。

 鋼の拳を躱し、剣で弾き、斬り返す。

 その怒涛の勢いに見る間にヴァリマールは傷を増やしていく。が、唐突に発生した《障壁》にレーヴェの剣は弾かれた。

 そこまで一方的に斬ることで反撃をさせていなかったが、それにより隙が生じレーヴェは鋼の拳をぶつけられる。

 咄嗟に剣を盾にして受け止めるものの、衝撃は受け止め切れない。

 それが最初から分かっていたレーヴェは自分から先に後ろに跳び、最大限威力を殺して鋼の拳を受け、空中で態勢を戻すと剣に凍気を宿す。

 

「凍てつく魂の叫び、その身に刻め!」

 

 剣を地面に突き立て、その凍気が地面を凍てつかせ、ヴァリマールさえも凍らせる――かに見えたが《障壁》に阻まれ凍気はヴァリマールに届かない。

 

「くっ……」

 

 存在の次元が違うと思わせる圧倒的な《障壁》にレーヴェは歯噛みする。

 そして明確な隙を晒すことになったレーヴェにヴァリマールは虚空に手を差し出したかと思うと、光が溢れ短い槍がそこに現出する。

 騎神に乗っているリィンのものとは思えない短槍。

 しかし、その意匠の風格は本物であり、収束していく力は尋常なものではなかった。

 さらに驚くべきことに、騎神はどこかで見覚えのある構えを取った。

 突き出された短槍の一突きから発せられた力の奔流が一直線に走り、レーヴェの背後の施設の一角を吹き飛ばした。

 

「これ程とはな……」

 

 その威力に背中が粟立つ。

 幸い、ではなくルシオラの幻術のおかげで槍の一撃はレーヴェを逸れたが直撃していれば、塵一つ残さずに消滅していただろう。

 

「おやおや、《剣帝》が膝を着いているとは珍しい」

 

「そういう貴様も、仮面がなくなっているぞ」

 

 言葉をかけてきたブルブランに返して、レーヴェは立ち上がる。

 

「おっと、これは失礼」

 

 ブルブランは懐から新しい仮面を取り出すと、それを付ける。

 

「さて、蛇殿が藪をつついて巨人を出したわけだが……どうするかね?」

 

「考えるまでもない。これほどの力、放置すれば《福音計画》の障害になるのは必須……ここで破壊する」

 

「できるのかね? パテル=マテルを翻弄する俊敏性に加えて《障壁》と《槍》……

 恐らくゴスペルを通して《輝く環》の力が送られて来ているのだろう。勝算はあるのかね?」

 

「この盟主より賜った《ケルンバイター》は外の《理》によって造り出された剣……

 これで直接斬れば、至宝の《障壁》だとしても斬り裂けるだろうが……」

 

「ふむ……何か問題が?」

 

「確実に斬るために闘気を練りたい……五分欲しい……」

 

「五分か……」

 

 ブルブランは顎に手を当てて唸る。

 

「はっ……五分だと」

 

「おや、生きていたのかね?」

 

 額から血を流し、サングラスのないヴァルターにブルブランは振り返る。

 が、ヴァルターはブルブランに応えず、目を爛々と輝かせて拳を固める。その今にも飛び出しそうな様にブルブランは待ったをかける。

 

「待ちたまえヴァルター。バラバラに戦っても――」

 

「知るか、こんなにゾクゾクするのは久しぶりなんだ……慣れ合うなら勝手にやってろ。もっとも五分後には俺があいつを砕いているだろうがなっ!」

 

 一方的に言い捨ててヴァルターは走る。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 ヴァリマールの足に取り付くと、ヴァルターは声を上げて全身の力を漲らせる。

 そして次の瞬間、あろうことかその足を持ち上げ――。

 

「ぜいっ!」

 

 力任せに投げた。

 足を取られたヴァリマールは後ろに仰け反り――

 

「死ねっ!」

 

 そこに身体を駆け上って頭部に辿り着いたヴァルターが気弾を叩き込み、畳み掛ける。

 《障壁》が防ぐものの押されるようにヴァリマールはそのまま仰向けに倒れる。

 

「オラオラオラオラオラオラオラァ!」

 

 ヴァリマールの顔に乗ったヴァルターは《障壁》の上から拳を連打する。

 小細工など無用。

 貫くまで殴り続けるという気迫を全身から漲らせてヴァルターは拳が裂けようと殴り続ける。

 たまらずヴァリマールは手でヴァルターを羽虫のように払おうとする。

 が、ヴァルターはそれを寸でのところで大きく跳躍して避けて――

 

「ドラグナーハザードッ!」

 

 龍気を纏った蹴撃がヴァリマールの頭部を捉え――る前に掌によって受け止められた。

 

「ちっ……」

 

 そのままヴァリマールはヴァルターを握り締め、地面に叩きつけた。

 

「がはっ!」

 

 その衝撃を拳の中で受けたヴァルターは一溜りもなく血反吐を吐く。

 拳で作ったクレーターにヴァルターを残し、ヴァリマールが立ち上がる。

 そこに大鎌が投擲されるが、これもまた《障壁》によって弾かれた。

 しかし、レンはすでにチャージが完了したパテル=マテルに向かって叫ぶ。

 

「ダブルバスターキャノンッ! 薙ぎ払いなさいっ!」

 

 パテル=マテルは両肩に設置された導力エネルギー砲を構え、撃ち出した。

 光となったエネルギーの奔流が何もかも焼き尽くさんと一直線にヴァリマールを襲う。

 そのヴァリマールは背後を一瞥して左腕を前に突き出し《障壁》を展開して受け止める。

 

「まだよ。パテル=マテル。もう一度――」

 

 放射が途切れるその瞬間、レンの言葉を遮り短槍が投擲されバスターキャノンの一門を貫いた。

 

「きゃあっ!?」

 

 肩が爆発し、掌に乗っていたレンはその爆風を受けて宙に投げ出される。

 その周囲にアーツの駆動による予兆が起きる。

 

「あ……」

 

 励起したエネルギーが形になって爆発する。その瞬間、施設のサーチライトがヴァリマールを照らした。

 

「針よ!」

 

 ブルブランが放った杭ともいえる針がヴァリマールの影に突き立ち、その動きを封じる。が、一秒でその針は半ばから砕けた。

 

「ハハハッ! まさか私の秘技が一秒と持たないとは!」

 

 嬉しそうに哄笑するブルブランにヴァリマールは不発したアーツを彼に向ける。

 

「ふむ……私などに気を向けていいのかね?」

 

 その言葉の直後、ヴァリマールの目の前に全身から闘気を迸らせたレーヴェが現れる。

 

「すまないな。三分で済んだ」

 

 そう一言謝罪して、レーヴェは光を宿す魔剣を振り下ろす。

 光の斬撃は《障壁》に一条の線を刻み、音もなく消滅させる。

 

「ちっ……もろとも斬るつもりだったが」

 

 《障壁》しか斬れなかったことにレーヴェは身動きの取れない空中で舌打ちする。

 ヴァリマールは腰を落とし、左の拳を腰溜めに構える。

 その構えにレーヴェはかつて不覚を取った一撃を思い出す。

 

「ここまでか……」

 

 己の負けを悟る。

 冷め切った自分がここで何が何でも勝とうとする気概はなく、それを素直に受け入れる。しかし――

 

「はっ……萎えるようなこと言ってんじゃねえよ」

 

「ヴァルター!?」

 

 すぐ背後から声が掛けられる。

 

「乗っていけっ!」

 

 短い言葉と両手を合わせて練り上げた気弾。

 それをヴァルターはレーヴェの背中に叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 その場から発射されたレーヴェは真っ直ぐにヴァリマールへと飛ばされる。

 

 ――無茶をしてくれる……

 

 内心で悪態を吐きながらも口元には笑みを作り、レーヴェは魔剣を振り被る。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 魔剣はレーヴェの叫びに呼応するように光を放ち、ヴァリマールの拳と交差する。

 剣が拳を裂き、肩にかけて一刀両断した。

 

「ふっ……」

 

 その結果にレーヴェは笑みをもらす。

 全身全霊を込めた一撃の反動で身体が麻痺し、左腕は剣に込めた凍気の影響で感覚はない。

 受け身を取る余力さえもないレーヴェはそのまま墜落して――霧の式神に受け止められた。

 

「ルシオラか……」

 

「ふふ、余計なことをしたかしら?」

 

「いや、礼を言っておこう」

 

 素直に頭を下げたレーヴェは膝を着き、幻の体をさらに霞ませ消えていくヴァリマールを見る。

 

「お前にも礼を言っておこう……お前のおかげで俺はまた一歩《修羅》へと――」

 

『うおおおおおおおおおオオッッッ!!』

 

 レーヴェの口上はヴァリマールから聞こえてきたリィンの雄叫びによってかき消された。

 

「何っ!?」

 

「うそ、まだ動くの!?」

 

 左腕を失ったヴァリマールは消えかけたその身から黒い気を発する。

 

「おおっ! これは《鬼の力》!」

 

 ブルブランが叫ぶ通り、それはリィンが持つ《異能》。

 それがヴァリマールへとフィードバックされ、その姿を禍々しいものへと変貌させる。

 その姿はまさに二本の角を持つ《鬼》。

 黒い気を撒き散らす《鬼》は残った右腕にもう一度槍を作り出す。

 そして槍を右腕に大きく溜めるように構える。

 その矛先はレーヴェではなく、《鬼》の正面にいるレン達――を通り越したワイスマンだろう。

 

「逃げろレンッ!」

 

 咄嗟にレーヴェは声を上げる。

 しかし、レンは《鬼》が放つ陰の気にあてられ竦み上がったのか、その場から動こうとしない。

 そんなレンを無視し、ヴァリマールは怨敵を睨みつけて槍を振る。その技は――

 

『グランドクロスッ!』

 

 

 

 

 最後の力を振り絞った騎神が朝日に溶けるように消えていく。

 それが放った最後の槍の一撃。

 その一突きの先にあった施設は無事だった。というよりも届いていなかった。

 

「パテル=マテル……」

 

 レンを庇う様にして立ち塞がった巨人がその一撃を全て受け止めていたからだ。

 もっとも巨人も無事では済まなかった。槍の一撃を受けた背中は大きくえぐられて、腕は辛うじて繋がっている。

 酷い有様だったが、巨人はその身を挺して女の子を守った。

 

「ありがとう、パテル=マテル」

 

 レンの言葉にパテル=マテルは電子音を響かせて応える。

 しっかりした返事にレンは安堵して、彼の向こうの騎神を覗き見る。

 鬼となった騎神が完全に消え去ると、その中から光となってリィンが現れる。

 

「ぐっ……」

 

 左腕には力が入っていないのか、不自然に脱力させながらもリィンはその場に膝を着く。

 だが、意地を張るように歯を食いしばって倒れることを拒んだ。

 

「ククク……まさかゴスペルを……いや、《空の至宝》を通じて《鋼の至宝》にアクセスするとは流石の私も予想していなかったよ」

 

 悠然と歩いて来たワイスマンは我が物顔でそんなリィンを見下ろす。

 

「つくづく君は驚かせてくれる……しかし今回のことは少々やり過ぎだ」

 

 ワイスマンはリィンに杖を突きつける。

 

「確定した起動者を殺すのは忍びないが、君の存在は《福音計画》だけではなく《幻焔計画》も狂わせるイレギュラーになるだろう……

 残念だがここで始末することを決めたよ」

 

 勝手なことを言うワイスマンをリィンは息を荒げたまま睨み付ける。

 

「何か言い残すことはあるかね?」

 

「………………煉獄に……落ちろ……この外道……」

 

 リィンの言葉にワイスマンは嫌らしい笑みを作り、杖を振り上げ――半壊して傷だらけの黒の戦術殻に殴られた。

 

「ぐふっ!?」

 

 ワイスマンは錐揉みして、顔面から地面に着地する。

 そして、黒の戦術殻は残った左腕でリィンを抱えるとふわりと浮かび上がる。

 

「なっ!? 放せっ!」

 

 アルティナの血で汚れる腕に抱かれたリィンは抵抗するが、全身に力が入らずされるがまま彼女の下に連れて行かれた。

 

「あ……」

 

 その顔を見た瞬間、リィンは全身から力が抜けた。

 

「アルティナ……」

 

 胸に走る痛々しい刀傷を残したままのアルティナは血の気が失せた蒼白い顔をリィンに寄せ口を開く。

 

「あー……うー……」

 

「アルティナ?」

 

 様子がおかしいアルティナにリィンは訳が分からずに呆然とする。

 

「うー……あ、あ……」

 

 まるで言葉を忘れたかのように懸命に口を動かすが、それは言葉にならない。

 アルティナは言葉を作れないことに気付いて口をつぐむと、おもむろにリィンに手を伸ばした。

 冷たい手がリィンの頬に触れ、持ち上げる。

 

「ん……」

 

 それを見てアルティナは満ち足りた笑顔を浮かべて、頷く。

 

「……あ……」

 

 声が震える。

 振れた手の冷たさが否応なく、それをリィンに伝える。

 アルティナは笑顔を浮かべたまま、血に塗れた銀のハーモニカを取り出してリィンに握らせる。

 

「やめろ……」

 

 絞り出すようにリィンは震える声をもらして首を横に振る。

 そんなリィンにアルティナは泣きそうな顔をしながら、手をかざす。

 

「んっ……」

 

 命令を受けたように黒の戦術殻がふわりと浮き上がる。

 

「やめろ……」

 

 黒の戦術殻は踵を返して、ヴァレリア湖へと体を向ける。

 

「やめてくれえええええッ!」

 

 リィンの慟哭めいた叫びを無視して、黒の戦術殻はその場から飛び去った。

 

 

 

 

 





ヴァリマール
「なんだかよく分からない方法で起動者と契約をしたと思ったら影を遠くの地に送ることになった……
 そこで修羅たちに戦わされた挙句、起動者が無理矢理第二形態を引き出した。しかも《空の至宝》のバックアップまであった……
 今のゼムリア大陸はどれほどの魔境となっているんだ?」

 その後、灰の騎神はダメージと《鬼の力》フィードバックで内部の回路が大破したため、修復のため眠りにつきました。




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