(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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リベル=アークの出現から帝国軍のイベントまで三日らしいですね。
その三日間で三地方を周って、ツァイスでは温泉復活イベントのためにルーアンへ往復したりして、王都襲撃があってそこからボースのハーケン門に移動したんですよね。
おそらく突っ込んではいけないんでしょうね。




55話 昨日の敵――

 

 

 

「俺たちに賞金が懸けられている?」

 

 セントハイム門を抜け、ツァイスへの街道を走るリィンは並走する銀に聞き返す。

 

「ああ、《結社》の白面という男の使者が試練が終わったことを報告しにきたついでにそんなことを報せてきた……

 一番高額だったのはお前とエステル・ブライト……

 その次にA級遊撃士、とにかくリベールの遊撃士には全員賞金が懸けられている」

 

「あの男は……」

 

 つくづくあの男の性格の悪さを実感する。

 この段階で遊撃士の首を取ることは混乱を増長させるための一手としてこの上ない手だろう。

 

「それじゃあ、あんたが俺に追い駆けて来たのは賞金目当てだったのか?」

 

「それは違う。お前を殺すのは私だと言ったはずだ」

 

「……別にそんなこと律儀に守ってくれなくていいんだけど……

 なあ、ユン老師と戦ったことがあるって言っていたけど、本当なのか?」

 

「事実だが、それがどうした?」

 

 聞き返された言葉にリィンは考え込む。

 あの時はリーシャの姿や顔は気功で作った若作りかと思ったが、冷静に考えてみたらそれでは本当の顔を見たことにならないのではないのかと考えた。

 では、やはりリーシャの少女の顔は素顔で間違いないというのならやはり伝説の通り不老不死なのだろうか。

 それにしては先程の奇襲で心が折れるなんて、精神的な未熟さを思わせる。

 なのだが、ユン老師と戦ったことははっきりと肯定し、並走している《銀》の佇まいは伝説を納得させるほどの堂がある。

 

「リーシャは――」

 

 そう言葉をかけようとした瞬間、銀は強烈な殺気がぶつけられた。

 

「次にその名前を言ってみろ……仕事とは関係なくその首を落とすぞ」

 

「…………分かった」

 

 凄まれてリィンは追究を諦める。

 気になるが、踏み込めば折角味方に引き込んだのが無駄になると判断してリィンは疑問を振り切る。

 

「いたぞ! リィン・シュバルツァーだっ!」

 

 街道を駆け抜け、ツァイスを目前としたところでたむろっていた猟兵が声を上げた。

 見覚えがある紫の鎧姿。

 

「確か、北の猟兵だったか?」

 

 紅蓮の塔で遭遇した最初の試練の相手。

 ミラへの執着が尋常ではなく、達人級はいなかったが最初の試練で不意を打たれた上に数で押し切られそうになった。

 

「どうする依頼人?」

 

「蹴散らす。五人は気絶に留めて、他は骨の一本や二本折って良い」

 

 銀の問いかけにリィンは短く返す。

 現状では全ての猟兵を捕まえることはできない。

 拘束する時間もそうだが、捕まえた彼らを管理している余裕もない。

 故に、彼らの負傷者については彼ら自身に処置させて撤退してもらうことにする。

 

「了解した」

 

 リィンの思考に銀は頷き、リィンの視界から掻き消える。

 そしてリィンは太刀を抜きながら、神気を改めて体に漲らせる。

 

「怯むな! こっちには最新の導力兵器があるっ! 今度こそあの白髪鬼の首を取るぞっ!」

 

 北の猟兵の隊長格が叫ぶと、横隊を作って導力ライフルを構えリィンを迎え撃つ態勢を整える。

 《導力停止現象》の中、何故とは思わない。

 結社の息がかかっている以上、この状況下でも使える武装を渡している可能性は簡単に考えられる。

 

「撃――」

 

 隊長格が号令を上げるその瞬間、音もなくその背後に銀が現れ後頭部に一撃を見舞う。

 途切れた号令で動きを硬直させた集団にリィンはそのまま切り込んだ。

 

 

 

 

「そう……猟兵達がこの混乱に乗じてリベールに入ってきた上に、遊撃士たちに懸賞金がかけられたと」

 

 ツァイスに無事に辿り着いたリィンは銀と一旦分かれてギルドに到着し、キリカにことのあらましを報告した。

 

「ええ、丁度ツァイスを襲うつもりだったのか、街道のところで遭遇しましたから間違いないです……

 かなりの痛手を負わせて逃がしましたが、それで良かったでしょうか?」

 

「ええ、今の私たちや軍には猟兵達を捕まえている余裕はないのだからその判断で間違ってないわ……

 それにしてもあの《銀》が君に協力しているとは流石に予想していなかったわ」

 

「はは……実は例の試練の時に一戦交えた縁で……」

 

 答えを濁すと察してくれたのか、それ以上の追及はしてこなかった。

 

「それでその銀は何をしているのかしら?」

 

「俺が折ってしまった代わりの剣を用意してくるそうです……と、これで良し」

 

 リィンは通信機の中に零力場発生器の取り付けを完了する。

 スイッチを入れると、起動状態を示すランプが点灯する。

 

「流石ラッセル博士。いい仕事をしてくれたわね。リィン君もご苦労様。流石に助かったわ」

 

「いえ、これくらい大したことありません」

 

「早速、猟兵と懸賞金のことを各地方に伝えておくけどリィン君は一度休むと良いわ」

 

「え……でも……」

 

「《輝く環》が現れてからちゃんと休んでいないのでしょう? もう日が暮れているし休むことも貴方の仕事よ」

 

「それじゃあ上の仮眠室を使わせてもらいます」

 

「そうしなさい。それから居酒屋《フォーゲル》で炊き出しが出ているから寝る前に食べに行くと良いわ……

 それから銀には一度ギルドに顔を出すように伝えておいてもらえるかしら? 口約束とはいえそれを破るような人物だとは思えないけど一応書面に起こして正式な契約書を作っておくわ」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 リィンはキリカに促されてギルドの外に出る。

 日が暮れたというのに、外は明るい。

 空に浮かぶ巨大な建築物は一日が経っても未だに悠然と空高くに浮かんでいた。

 

「話は済んだのか?」

 

 リィンが建築物を眺めていると、いつの間にか音も立てずに銀がすぐ横に立っていた。

 気配を見落とすほどに気を緩ませていたつもりはないのだが、ここは彼女の隠形が凄いのだろうとリィンは納得する。

 

「ああ、報告は終わった。そっちは良い剣は見つかったのか?」

 

「代用品は手に入った。少々物足りないが贅沢を言うつもりはない……それよりこれからどうする?」

 

「それなんだけど、今日はもう休むことになった」

 

 先程のキリカの言葉をリィンは伝える。

 銀にとっては街道をただ走ってきただけかもしれないが、リィンは昨日のレーヴェとの戦いから《輝く環》の出現と事件が続いて休む暇もなかった。

 事件を解決するまでどれくらいの時間がかかるか分からない以上、休める時に休むのは当然のことだとリィンも納得していた。

 

「そうか……なら明日の日の出に合わせてここに集合でいいな?」

 

 そう言って踵を返す銀。必要以上の馴れ合いはしないとその背中が拒絶を示していた。

 

「ああ、それから一度キリカさん……ギルドの受付の人に会っておいてもらえるか?

 俺があんたを雇うということをちゃんと書面に起こしてくれるみたいだから、疑うわけじゃないんだが……その……」

 

「正式な契約を交わすのは私としても望むところだ」

 

 そう告げると銀はもう一度振り返ってリィンの横をすり抜けてギルドへと入って行った。

 何か言葉を掛けようとしたが、凍てついた拒絶の空気にリィンは何も言えなかった。

 

「はぁ…………うまくいかないものだな」

 

 百年の歴史を持つ《銀》の経歴に傷を付けてしまったことがそんなに気に食わないのか、銀のリィンに対する態度は常に拒絶だった。

 一度約束を交わしたおかげで襲い掛かって来る気配はないのだが、最低限の受け答えしかしてくれない彼女にリィンは困っていた。

 

「でも。戦力として見れば申し分はないし、今は一人で動くわけにはいかないからな……」

 

 出来れば年の功で割り切ってもらいたいと思うリィンだったが、それが的外れなことには気付いていなかった。

 

 

 

 

 翌朝、ツァイス支部遊撃士ギルド。

 

「さて、それじゃあ現状を説明するわね」

 

 そう口火を切ってキリカが現在の状況を説明を始めた。

 空に浮かぶ《輝く環》は未だに健在であり、オーブメントが使えないのは変わらない。

 昨日の段階で全ての地方との通信手段は確保され、各地との情報のやり取りが可能になった。

 

「幸い、ツァイス地方はレイストン要塞が近くにあるから治安の方はそれほど問題はないわ……

 今、グラッツはエルモに行っているから、リィン君達は中央工房へ――」

 

 キリカの言葉を遮って、直した通信機が着信を知らせる音を鳴り響かせた。

 

「早速何かがあったみたいね」

 

 キリカはそう呟いて通信機を起動する。

 

「こちら遊撃士協会、ツァイス支部ですが……ああ、貴方だったの……

 それで朝早くからどうしたの? …………ふむ…………ふむ………………

 分かったわ。すぐ動かせる人員は二人いるけど、カルデア隧道を抜けるまでどれくらい時間がかかるか分からないから、そこは覚悟しておいて」

 

 そう言ってキリカは通信を切ってリィン達に向き直る。

 

「どこからの連絡だったんですか?」

 

「ルーアン支部のジャンからよ……

 どうやらジェニス王立学園が占領されてしまったようなの。現地にはエステルとヨシュア、それにアガットとティータの四人がいるけど学園を奪還するには人手が足りないようね」

 

「俺たちに行けと言うんですか?」

 

「ええ、でもツァイスからルーアンへ行くにはカルデア隧道を通らなければいけないわ。照明が消えているはずだから通行は困難のはずだから無理はしなくていいわ」

 

「とりあえず様子を見てきます。明りは松明でも作ればいけると思いますが」

 

「そんなものなど使わずとも、もっと手っ取り早い方法ならあるぞ」

 

 そう言い出したのは銀だった。

 

「本当なのか?」

 

 あっさりと余裕を口にする銀にリィンは思わず聞き返す。

 

「ああ、ツァイスからルーアンまでの距離と私の足を考えると……正午までには到着できるだろう」

 

「大した自信ね。流石は東方人街の魔人、暗闇は貴方の一番得意な場ということかしら?」

 

「そういうことだ」

 

 不敵に笑い合う二人にリィンは居たたまれなくなる。

 

「とにかく、すぐにルーアンへ出発します」

 

 そう言ってリィン達はギルドを後にし、カルデア隧道にやって来た。

 中央工房の通路からしてすでに完全な闇となっていた。

 

「それでどうやって進むんだ?」

 

 ギルドから直行して特別なものを準備していた様子もなかった銀にリィンは尋ねる。

 

「簡単なことだ。こうすればいい」

 

 そう言うと銀はおもむろにリィンに近付き、その体を横抱きに抱え上げた。

 それは俗に言うお姫様だっこというものだった。

 

「え……? なっ!?」

 

「行くぞ」

 

 警告は短く、動揺するリィンを無視して銀は暗闇の中へ躊躇なく足を踏み入れた。

 

「お……おい……」

 

「黙っていろ舌を噛むぞ」

 

 瞬く間に工房から届いていたわずかな光はリィンの視界から消えて、完全な闇に包まれる。

 目を開いていても本当に何も見えたい状況に背中が粟立つ。

 夜の森や山もこれ程の闇は今まで経験したことがなかった。

 にも関わらず銀はリィンを抱えたまま速度を緩めずにひた走る。

 

「見えているのか?」

 

「夜目を鍛えている。それに目だけではなく風の流れ、音の反響なども含めて通路を見ている……

 要領はお前が普段している気配の察知の延長にしか過ぎないものだ」

 

 これが百年の歴史を持つ技なのかとリィンは感心すると同時に浮かんだ、もしもの考えに身を強張らせる。

 

「安心しろ。一度契約を結んだ以上、ここでお前と剣を交えるつもりはない」

 

 リィンのその強張りから思考を察して銀は改めて戦意がないことを宣言する。

 

「そうだといいな」

 

 もしここで彼女と戦うことになればそれこそ勝ち目はない。

 今は彼女の言葉を信じて、その身を委ねる。

 むしろチャンスとばかりに銀の言葉を反芻して集中する。

 今、リィンが体感しているのはそれこそ銀の技の一端。

 

 ――風の流れ……それに反響音……あと……気功で体型を変えているって言ったけど、ここまで密着していると……

 

「って、違うっ!」

 

「違う? 何のことだ?」

 

「い、いや何でもない」

 

 訝しむ銀の声にリィンは言葉を返して、一層集中力を高める。

 風の流れと反響音による周囲の状況の把握。

 そして何故か、アルティナの不埒だという言葉とジト目が脳裏に浮かんで責め立ててくる。

 それらを振り払うかのように尋常ではない集中力でリィンがその極意の一端を掴めたのは距離にしてカルデア隧道の八割を走破した段階だった。

 

「流石は八葉一刀流か……皆伝に至った者は《理》に至ると言われるだけのことはあるな」

 

 暗闇の中、自分の後を走るリィンに銀は感嘆をもらす。

 

「今回は貴女という手本がいたからですよ。それに今も貴女の気配を追って走っている状態です」

 

 技の一端に手をかけただけで、まだ彼女のようにこの完全な暗闇の中で自由に動ける自信はリィンにはない。

 

「この短時間でそれだけできれば十分だと思うが…………私なんか丸一日閉じ込められてその段階だったのに……」

 

「えっと……リーシャが漏れてますよ」

 

 嘆く彼女の言葉をリィンは聞き逃さず指摘する。

 

「気のせいだ。それよりも出口はもうすぐのようだ」

 

「…………そうみたいだな」

 

 新鮮な空気の匂いを鼻で感じ、耳にはかすかに滝の音が聞こえ始めている。

 どれだけ時間が掛かったか分からないが、もう出口はすぐそこなのは間違いない。

 

「なあ、銀……」

 

「何だ?」

 

「こんなことを貴女に言うのは的外れなのかもしれないが、もう少し自分の腕に自信を持った方がいいんじゃないか?」

 

「…………言っている意味が分からないな」

 

「貴女は確かに強い。百年の歴史があるのもこの暗闇の中を走る技術からも納得できる……

 剣術や暗器術、隠形。全てにおいて完成されている、と思う……

 だけど、それを使う貴女が何か悩みを抱えているのか、全部を出し切れていない感じがするんだ」

 

「随分と私のことを高く評価するのだな」

 

「貴女の職業はともかく、その技の冴えは本物だった……

 貴女がどんな迷いや欺瞞を感じているか、知らないが剣士としては本気の貴女と剣を交えてみたいと思っているよ」

 

「…………買い被り過ぎだ。私は裏の世界に生きる凶手に過ぎない」

 

「凶手であっても、貴女の本質は決して《外道》ではないと思うが?」

 

 その言葉に銀は沈黙し、何も言葉を返さない。

 

「外だ……」

 

 次に出てきた言葉はこの話題を切り上げるものだった。

 

 

 

 

 

「リィン君。こっちこっち!」

 

 ジェニス王立学園に続く林道を走っていると、街道からの脇の茂みからエステルの声が聞こえてきた。

 

「お待たせしましたエステルさん」

 

 街道から茂みに入って、身を隠しているエステル達に合流してリィンは一息吐く。

 

「本当にカルデア隧道を含めてこの時間で走って来たのかよ?」

 

「リィンさん。すごい」

 

 空を見上げて、太陽の位置から時間を計ったアガットはツァイスへの連絡の時間を逆算して戦慄し、ティータは純粋に尊敬の眼差しを送る。

 

「先導してくれる人がいたおかげです……

 こちらはカルバード出身の伝説の凶手の《銀》です。いろいろあって今回の事件が解決するまで協力してもらうことになりました」

 

「アガットさん、凶手って何ですか?」

 

「分かり易く言えば暗殺者だ。おい、シュバルツァーいったい何があった? 信用できるんだろうなこいつ?」

 

 仮面に外套と素顔を晒そうとしない銀にアガットは警戒を強める。

 

「アガットそんなに凄まなくても……あたしはエステル・ブライト。よろしくね、銀さん」

 

 しかし、エステルは臆面もなく手を差し出して握手を求める。

 その手を銀は一瞥するだけで無視して言い放つ。

 

「馴れ合うつもりはない。だが依頼人の意向には従う。そして一度交わした契約を違えるつもりはない」

 

「それでもいいわよ。何にしても今は仲間なんだから頼りにさせてもらうわよ」

 

 臆面もなく言うエステルに銀は面を食らったようにたじろいだ。

 

「ところで、ここにいる人達はこれで全員ですか? 確かシェラザードさんとジンさんはロレントの方へ向かったと聞きましたけど」

 

「ああ、《零力場発生器》を各地方のギルドに運ぶって決まった時に、ボースで二手に分かれてな……

 ティータがツァイスが気になるって言うんでこっちに来たんだ」

 

「それでヨシュアは今、学園に侵入して情報を集めて――」

 

 アガットの説明に補足するようにエステルが言いかけると、音もなくヨシュアが現れた。

 

「今戻ったよ」

 

「ヨシュア!」

 

 彼が現れただけでエステルは嬉しそうな声を上げる。

 分かっていたことなのだが、チクリと胸に痛みが走る。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

 

「見つかってないから大丈夫だよ。それよりすぐに状況の説明を――」

 

 ヨシュアは言葉を止めて、あからさまに怪しい格好をしている銀に鋭い視線を向ける。

 

「ヨシュアさん、こちらは――」

 

 リィンは先程と同じように紹介し、納得してもらったところでヨシュアが潜入して来た学園の様子を報告する。

 主犯は元ルーアン市長の秘書ギルバートが率いる結社の強化猟兵。

 学園に取り残された学生や教員の人数。

 敵の武装。

 そして裏門の鍵を開けておいたこと。

 

「以上が偵察で判明した学園敷地内の大まかな状況です」

 

「この短時間でよくそれだけ調べてきたな。これで何とか作戦が立てられるってモンだ」

 

「しっかし、あのギルバートが学園を襲った張本人なんて……

 しかもクローゼのことを狙ってたみたいですって~?

 《方舟》で会った時、足腰が立たなくなるくらいぶっ飛ばしておけば良かったわ!」

 

「そうですね。俺もボースにいた時に遭遇しましたけど、どうやらあの二人のお仕置きでは反省しなかったみたいですね」

 

 息巻くエステルにリィンも同意する。

 あの時はアネラスとティオの二人に嬲り殺しにされて同情したが、そんな必要は全くなかったようだ。

 

「でも人形兵器を動かしているっていうことは……

 《結社》の人達はこの状況でオーブメントが使えるって事だよね?」

 

「ああ、それも《結社》だけじゃなくて、遊撃士に掛けられた賞金目当ての猟兵達も導力銃を使っていました。おそらく《結社》が配ったものだと思います」

 

「あたしたちはその猟兵たちにまだ遭遇してないけど、厄介なことしてくれるわね……ほんと性格が悪いというか歪んでいるというか」

 

「ともかく、今は学園だ……

 連中は銃もアーツも使いたい放題っていうことだ。倒す分には問題ないが奴らが民間人を盾にするようなことをすればちょっと厄介だな」

 

「そうですね。やはりここは二手に分かれて、正面へ戦力を誘き出して裏から別動隊を侵入させて人質を解放していくべきでしょう」

 

「だな……問題はそれをやるには戦力が足りないってことだ……

 シュバルツァー。ツァイスから来た援軍はお前たちだけなんだよな?」

 

「はい。ツァイスでは現在グラッツさんがいますが、そちらは手が離せないようでした……

 それから昨日の時点でクルツさんは王都にいたのでこちらに来るのは難しいかと思います」

 

「カルナの奴が武器を調達したらこっちに来るとは言っていたがそれでも七人か。陽動なら六人くらいは必要なんだが」

 

「六人って……ここにいる全員じゃないの。カルナさんが来たって七人じゃ、一人で人質を解放するなんて無理よ」

 

「分かってる。だから――」

 

「弟君……?」

 

 アガットの言葉を遮って、声が聞こえて来た。

 その聞き覚えのある声にリィンは顔を上げて振り返ると、目の前にアネラスが加速をつけて突撃して来た。

 

「っ……アネラスさん」

 

 抱き着いてきた衝撃を受け止めたリィンはそのまま尋ねる。

 

「もう体は大丈夫なんですか?」

 

 結社の拠点から脱出した後以来の再会。

 クルツからすでにみんな復調していると聞いていたが、彼女の元気な姿を見てリィンは安堵する。

 

「ごめん弟君……私たちのせいでアルティナちゃんが……」

 

 リィンの胸に顔をうずめたままアネラスは謝る。

 

「それはもうクルツさんから聞きました……

 気にしないで、と言っても無理だと思いますけど、不甲斐なかったのは俺も同じです」

 

 あやすように背中を撫でて、リィンは言葉を続ける。

 

「アルティナのことはまだどうなるか分かりません。あの子を使って教授が何かを画策しているかもしれません……

 だけどどんな罠が待ち受けていても、それでも俺は最後までこの事件に関わるって決めたんです」

 

「…………あはは……弟君ってば、本当に見違えるくらいに大きくなったね」

 

 か弱い笑みを浮かべてアネラスはリィンから体を放して、目尻の涙を拭う。

 

「私もいつまでも泣き言は言ってられないね」

 

 自分の顔を叩いて気合いを入れるアネラスにリィンは苦笑してから尋ねる。

 

「アネラスさん、もしかして一人でボースから来たんですか?」

 

 今はどこに賞金目当ての猟兵がいるか分からない。

 遊撃士の単独行動は慎むようにキリカが各地方に通達したはずなのに、それを無視した無謀は流石に姉弟子であっても見過ごせない。

 

「あーそれなんだけどね」

 

 アネラスは視線を泳がせて、元来た道を振り返る。

 そこにはアネラスに遅れて赤毛の青年と少女が並んで歩いて来た。

 

「なっ!?」

 

「やっほーリィン! 久しぶり」

 

「なんだ、まだくたばってなかったのか?」

 

「っ……」

 

「待った待った弟君。二人とも敵じゃないから!」

 

 《赤い星座》のランドルフとシャーリィの二人の登場にリィンは太刀を抜くが、そこでアネラスが制止する。

 

「敵じゃないってどういうことですか?」

 

 警戒を緩めずリィンはアネラスに聞き返す。

 

「えっと……少なくても賞金目当てな猟兵じゃなくてね……詳しいことは本人たちから聞いてくれるかな?」

 

 と、アネラスはリィンの前を開けて二人に場を譲る。

 

「よう大変そうだな。シュバルツァー」

 

「前置きは良い。それより何で《赤い星座》の貴方達がアネラスさんと一緒にいる? 賞金が目当てじゃないならどうしてまだリベールにいるんだ?」

 

「叔父貴に言われてな、延長戦を仕掛けた上に無様に負けたからその負債を解消して来いってな」

 

「…………それはつまり再戦するために来たって言うのか?」

 

「違う違う。俺たちを雇わないかっていう提案だ……もちろんタダで構わないぜ」

 

「…………え?」

 

「ちなみに言っておくが、賞金こそお前はそこの嬢ちゃんと同じ最高額だが、猟兵の間では賞金以上にお前は狙われてるぜ」

 

「それはいったいどうして?」

 

「そんなの決まってるだろ?

 《西風》とうちの両方に土を付けたんだ。お前を倒せば名を上げられるって考えるのは当然だろ?」

 

 ランドルフの言葉にリィンは納得する。

 

「そっちのシャーリィは?」

 

「わたしはついでだね。何か面白そうだったし、リィンの傍だと退屈しなさそうだから」

 

 事も無げに言うシャーリィにリィンは溜息を吐く。

 

「少し待ってくれ。今話し合う」

 

 そう断りを入れてリィン達は顔を突き合わせて話し合う。

 

「おい、シュバルツァー……《銀》といい《赤い星座》といい本当にてめえは何してやがった?」

 

「いや、俺もこんなことになるとは思っていなかったんですけど……皆さんはどう思いますか?」

 

「わたしは良いと思うな」

 

「エステル……そんなあっさりと……」

 

「でも、ヨシュア。人手が足りないのは確かなんだし、協力してくれるって言うなら大歓迎でしょ?」

 

「この脳天気の意見はひとまず置いておくとして、シュバルツァー……あいつらの人となりはどうなんだ?

 背中を任せて、いきなり不意打ちをしてくるような奴等か?」

 

「それはないと思います……

 猟兵だから罠を使うことはしますが、騙し打ちを好んでするような人達ではないですね……

 それに一度正式な契約を結べば銀と同じように裏切ることはないと思います」

 

「そうか……」

 

 この中で一番のベテランのアガットが考え込む。

 

「俺もとりあえず賛成です。不安はありますが今は学園の奪還の可能性を少しでも上げておきたいですから。それに……」

 

「それに?」

 

「ここで首輪を付けておけるなら付けておくべきかと思います……

 放置したら後で他の猟兵達と同じように襲い掛かって来る可能性が高いんじゃないでしょうか?」

 

 リィンの言葉に一同はランドルフとシャーリィの二人を盗み見る。

 

「確かに《赤い星座》は戦闘狂の集まりと聞きますから、その可能性は十分にあるかと思います」

 

「だな。特に女の方は飢えた猛獣みたいな目をしてやがる」

 

 ヨシュアの言葉にアガットは同意する。

 年はリィンとティータの間くらいだろうが、彼女のギラついた眼差しは年相当とは掛け離れている。

 

「あの……でも、大丈夫なんですか?」

 

 不安そうな声を上げたのはティータだった。

 

「どうしたのティータ? やっぱり猟兵だから怖い?」

 

「そうじゃなくて、エステルお姉ちゃん……わたし、猟兵っていう人達は導力銃を持って戦う人達だと思っていたんですけど……

 あの人達はそれを持ってないみたいだから……」

 

「それはちょっと聞き捨てならないかなお嬢ちゃん」

 

 そんなティータの言葉に異を唱えたのは離れていたはずのシャーリィだった。

 

「別に導力銃なんて無くても別にどうってことないよ。それにどっちにしてもシャーリィのテスタ・ロッサもランディ兄のベルゼルガ―も修理中だからあんまり関係ないしね」

 

「テスタ・ロッサ? ベルゼルガ―?」

 

「二人の武器だよ。身の丈以上の大きさでライフルとかいろいろな機能が詰め込まれたオーブメントの塊みたいな機構武器で――」

 

「おい、シュバルツァー」

 

 リィンの補足説明をアガットが止めるが遅かった。

 

「え? そんなオーブメントがあるの!?」

 

 目を輝かせるティータにリィンは失言だったことに気が付く。

 

「どんな武器何ですか?」

 

「ティータ!」

 

 ふらふらと無警戒でシャーリィに近付いていくティータをアガットが首根っこを掴んで止める。

 

「あはは。面白い子だね。直ったら見せに来てあげるよ」

 

「ほんとっ!?」

 

「いい加減にしろっ!」

 

「あう……」

 

 アガットに一喝されてティータは肩を落とす。

 

「ったく……で、お前たちは本来の得物がないようだが、大丈夫なのかよ?」

 

「問題ねえよ。代わりの武器は用意して来ているからな」

 

 そう言ってランドルフはハルバートを見せる。

 

「言っておくが、俺たち遊撃士の方針は捕縛だ。殺しはなしだがそれは守れるんだろうな?」

 

「ああ、当然だ。依頼主の方針には基本的に従うぜ。殺すだけしかできねえ猟兵なんて三流だぜ」

 

「…………良いだろう。扱いはシュバルツァーを通して遊撃士に協力するボランティアとして認めてやる……

 ただし、妙な真似をしたら容赦なくこの重剣で叩き切ってやるからな」

 

「はいはい。分かりましたよ……と、いいところにカモが来たな」

 

「何……?」

 

 アガットに凄まれて肩を竦めたランドルフは気配を感じて振り返る。

 

「いたぞ! リィン・シュバルツァーとエステル・ブライトだ!」

 

 メーヴェ街道の方の林道から猟兵たちが現れる。

 

「それじゃあ疑われた俺たちの実力を見てもらうとするか、シャーリィ!」

 

「オッケー!」

 

 リィン達がそれぞれ武器を構える中で、ランドルフとシャーリィが飛び出す。

 片方はハルバートを、片方はロングソードを手に途轍もない速さで疾走する。

 

「リィン・シュバルツァーの首はこの《ニーズヘッグ》のナ――」

 

 導力銃を仕込んだハルバートを構えた少年が叫ぶ。

 しかし、そんな口上などお構いなしに二人は距離を瞬く間に詰めて、ハルバートと剣が振り抜かれる。

 

「クリムゾンゲイルッ!」

 

「クリムゾンエッジッ!」

 

 十数人いた猟兵達は一瞬で薙ぎ払われた。

 

 

 

 





 いつかのクロスベルIF その1

エステル
「あれ? もしかしてランドルフさん?」

ランディ
「久しぶりだな二人とも。エステルちゃんは綺麗になったな。今度一緒に飲みにでも行かないか?」

ヨシュア
「ランドルフさん。アイナさんとシェラさんが会いたがっていましたよ」

ランディ
「アイナサン? シェラサン? ソンナヒトミタコトモキイタコトモナイデスヨ」


 いつかのクロスベルIF その2

???
「あれが本物の猟兵……うん、俺足洗って真っ当に生きよう。そうしよう」

ランディ
「お? お前が噂の新米遊撃士か? 俺はランディ・オル――」

???
「うわあああああっ!?」

シャーリィ
「っと、危ないな。ちゃんと前を向いて――」

???
「ひいいいいいいっ!?」



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