「ここをこうして……あっちがあれだから……えっと……アガットさん、スパナを取って下さい」
「ああ」
カチャカチャとティータがそれをいじり、時たまアガットに指示を出し、アガットは言われた工具をティータが差し出した手に乗せる。
そんなやり取りが中でされている飛行艇をリィン達は外で修理が終わるのを待っていた。
場所はジェニス王立学園にほど近い森の中。
飛行艇はリィン達がドラギオンと戦っている時に別行動をしていた銀が見つけたものだった。
彼女は撤退する強化猟兵を追い駆けて、二隻あった内の一つを彼らの目の前で破壊した。
「今の状況を考えれば、こちらが利用できなかったとしても敵の足の数を潰すことには大きな意味がある……ラッセルの孫娘がいたことは運が良かったな」
「まさかそれを見越してあえて壊したのか?」
鹵獲されたなら取り戻すために決死の覚悟で反撃されたかもしれないが、壊されてしまったのなら放棄するしかない。
ティータ曰く、派手に壊れているが重要な場所は避けてあるから応急処置をすればすぐに動かせるとのことだった。
「もしかして導力技術の方にも詳しいのか?」
「凶手としては様々な依頼をされる。分かりませんで済ませることはできないからな」
「なるほど……」
百年前には導力技術などなかったのに、時代に合わせて新しいものを取り入れているその姿勢にリィンは感心する。
「ねーねーリィン……暇だからシャーリィと殺し合いしない?」
しかし、そんなことなどお構いなしにシャーリィが物騒なことを言いながらリィンの背中に乗って来る。
「殺し合いって……するわけないだろ」
「そうだぞ。一応シュバルツァーは俺達の依頼人なんだ。そいつにまで喧嘩を売るんじゃねえよ」
やれやれとランドルフはそんなシャーリィの首根っこをネコのように掴んでリィンから引き離す。
「もちろん言葉の綾だよ。でも飛行艇が直るまでやることないんだしさ。ちょっとくらい良いでしょ?」
「良いわけあるかっ!」
叱りつけるその姿はまるで普通の兄妹のようでリィンは苦笑する。
「叔父貴にも言われているだろ。やたらめったらに噛みつくなって。少しは落ち着きを持て」
「そうは言うけどさ、ランディ兄……この中で一番弱いのってシャーリィなんだよ。なんか悔しいじゃん」
「一番ってことはねえだろ。単純な戦闘力ならお前はあっちにいる赤毛やエステルちゃんよりも強いって」
「今いない人のことなんて別にいいよ……問題は今ここに残っているメンバーだよ」
エステルとヨシュアの二人はギルドへの報告のためルーアンへ戻り、カルナとアネラスは遅れてやってきた王国軍への説明のため学園に残った。
ティータとアガットは飛行艇の操縦室で作業中なため、リィンを始めとした外部協力者たちがシャーリィの言う残ったメンバーだった。
「今のシャーリィだとランディ兄は当然だけど、リィンやそこの銀にも届きそうもないし……
それにランディ兄だって実は気になってるんじゃないの? 何かリィンってばこの短い期間でまた強くなったみたいだから」
「それは……」
シャーリィの指摘にランドルフは言葉を濁す。
「良いのランディ兄? ベルゼルガ―が戻ってくるのを悠長に待ってたらリィンにどんどん先に行かれちゃうよ?」
「生意気言ってんじゃねえ……それはそれ、今は仕事中だ。ちゃんと割り切れ」
「ちぇ……」
唇を尖らせて拗ねるシャーリィにリィンは苦笑する。
「殺し合いは付き合えないが手合わせだったら相手になっても構わないよ」
「ほんと!?」
「おいおいリィン、うちの《人食い虎》を甘やかさないでくれないか?」
「いえ、俺もいろいろと考えることがあって……手合わせの前にお二人にも意見を聞いてもいいですか?」
ランドルフと銀に向かってリィンは尋ねる。
ランドルフは頷いてくれたが、銀は沈黙を保つ。しかし、完全な拒絶の気配はないのでそのままリィンは尋ねる。
「お二人は格上と戦うとしたらどうしますか?」
「それはまた漠然とした質問だな」
「具体的に言えば、経験も含めて全てのスペックで負けている相手に勝つ方法が知りたいんです」
「殺しの依頼か? それなら別料金で承るが?」
「いえ……そうではなくて……」
どうにもカンパネルラの言っていた言葉が気になって仕方がない。
騎神というイレギュラーに対して《結社》は対抗手段に琥珀の塔で偶然見えた槍使いの女性を投入することを考えていた。
それを回避するために騎神は現在使えないと自ら明かしたが、肝心の言質は取っていなかった。
もっとも、例え彼が聖女は呼ばないと言ったとしても敵の言葉を鵜呑みにするわけにはいかないだろう。
「格の違いを思い知らされた、もしかしたらそんな敵が俺の前に現れるかもしれません」
「おいおい、お前がそんなことを言う相手ってどんな化物だ?」
「さあ……」
ランドルフの驚愕にリィンは遠い目をすることしかできなかった。
「まあ、いいが……そういう話ならあまりアドバイスはできねえな……
俺達猟兵は割りに合わない相手と判断したら退くからな、生き残ったもん勝ちって奴だ」
「引き受けた仕事を敵が強いからと言って逃げるとは《赤い星座》も所詮は口だけだったか」
「あっ?」
銀の呟きをランドルフが聞きとめ睨む。それを無視して今度は彼女がリィンの質問に答える。
「私ならば、戦場を自分の有利な戦況を整える……
場所、時間、可能ならば相手の精神を削る。どれだけ達人であっても人間であることには変わらない。ならば付け入る隙は必ずある」
「は……暗殺者には退き時ってもんが分かんねえのかよ。まるで鉄砲玉のチンピラだな」
「……貴様死にたいのか?」
「喧嘩売ってきたのはそっちだ」
銀とランドルフは睨み合うと一触即発の火花を散らせる。
「良い機会だ。どちらが上か下かはっきりさせておくとしよう」
「いいぜ。先に契約していたくらいで大きな顔されたくねえからな」
「ちょっと二人とも喧嘩しないでください」
慌ててリィンは二人の間に割って入る。
「止めるなリィン・シュバルツァー……
これは躾だ。暴れることしか能がない戦争屋に格の違いを思い知らせてやるだけだ」
「は……コソコソ隠れて後ろから刺すしか能がない臆病者が随分と強気だな……
伝説の凶手かなんだか知らねえが、ロートルが引退できるように引導をくれてやるよ」
「いいぞ。やれやれっ!」
剣を、ハルバートを構える二人に囃し立てるシャーリィ。
学園の奪還が始まる前は時間もなかったので簡単な自己紹介だけで済んだのだが、ここにきて凶手と猟兵が衝突してしまった。
裏家業の縄張り争いとでも表現すればいいのか、流石にこの状況で殺し合いをされるのは困る。
「ほらリィンもシャーリィと楽しく戦おうよ!」
そして嬉々としてシャーリィはリィンを威嚇してくる。
「おい、シュバルツァー!」
そんな闘争の気配を感じてか、飛行艇の中から顔を出してきたアガットが声をかけてきた。
「アガットさん」
この一触即発になった空気を止めてくれる希望が――
「程々にしておけ、それと後で俺とも仕合えよ」
リィンは膝から崩れ落ちた。
*
「格上に勝つ方法ね……あたしはあまりそういうこと考えたことないかな……
とにかく全力で、諦めなければ必ず勝機はあるっていうのが父さんの教えだし。何よりみんなと一緒ならどんな敵でも乗り越えられるって信じてるから」
「はは、エステルらしいな」
仕合はエステル達が戻ってきたことを合図に終了した。
銀とランドルフの決着は銀の方が優勢だった。時間制限がなければそれこそ最終的には銀が勝っていただろう。
「それにしても突然そんなことを聞いて来るなんて、どうしたんだい?」
「実は――」
リィンはカンパネルラが言っていたことを伝えると、ヨシュアは深刻な顔をして黙り込んだ。
「どうしたのヨシュア? その聖女っていう女の人はそんなに強いの?」
「教授と同じ使徒の一人、《鋼の聖女》アリアンロード……はっきり言えばレーヴェよりも強い、《結社》最強の一人だよ」
「そんなに!?」
「教授とは正反対の高潔な人だから、来るとは思っていなかったけど」
「あくまでも可能性があるという話ですから、杞憂ならそれでいいんですが」
「というか、僕としてはリィン君があれからどんな相手と戦ってきたのかが少し気になるんだけど」
「え……?」
「あ、それあたしも気になる」
「えっと……
ツァイスでお世話になっていた時は定期的にリシャール大佐やシード中佐と手合わせをしていて、時々カシウスさんとも仕合ましたね」
「うんうん」
「それから教授が仕掛けて来た試練の時に《北の猟兵》とその時たまたまその場に居合わせた《痩せ狼》とも軽く戦いました」
「……うん」
「その後はルーアンでエステルさんと一度合流して《怪盗紳士》と戦って、その時は良いように遊ばれて……
エステルさん達と別れた後は第二の試練の刺客として雇われた《銀》と戦いました」
「…………うん」
「ボースではギルバートを追い駆けて《道化師》と遭遇して、試練では《神速》のデュバリィと戦って、最後に《鋼の聖女》と一度だけ剣を交えました……
その後はヨシュアさんと戦って、毒を盛られたんですよね」
「毒っ!? ちょっとヨシュアそれってどういうこと!?」
「いや……あの時はその……」
「ロレントでの試練では《赤い星座》のランドルフとシャーリィを含めた十数人の若手と戦いました……
その前に副団長の《赤の戦鬼》に経験のすり合わせをしましたけど」
「あーうん……リィン君があたしたちよりもハードなことしてきたのはよーく分かった……
試練のことは一応聞いてたけど、ほんと《教授》はろくでもないわね」
「何というか……今更だけどごめん……
でも、リィン君はあの人と戦っていたのか……さっきも言ったけど《教授》とは性格が合わないから来ることはないと思っていたんだけど」
「どうやらクーデター事件の時にレーヴェに一矢報いてしまったことで興味を持たれてしまったみたいです……
《鬼の力》を使って全力をぶつけましたが、あっさりと気絶させられてしまいました」
「なるほど……あの砦での時点で随分と腕を上げていたと思ったけど、そういう理由があったんだね」
「格好つけて誤魔化そうとしてるみたいだけど。後でボクッ娘のことも含めていろいろ説明してもらうわよ」
半眼でエステルに睨まれたヨシュアは肩をすくめる。
「そういえばあのカンパネルラの言葉ってどれくらい信用できるんですか?」
「……僕も親しかったわけじゃないから何とも言えないけど、他の執行者たちがこう言っていたのを覚えているよ……
《道化師》のナンバーと同じくらいに信用しているって」
「そういえば、あいつのナンバーってあたし知らないけどいくつなの?」
「No.0……つまりはそういうことだよ」
「それって全然信用されてないってことじゃない」
「そうだけど、もし彼女が来たら僕が相手をするよ」
「ヨシュアさん?」
「何言ってるのよヨシュア!?」
「元々来る執行者たちは全員僕が倒すつもりだったから、そのための用意をしてあるよ」
「用意って、戦艦を爆破するみたいなの?」
「あれは行動を封じるという意味での策だったんだよ。いくら集められた執行者達が強くても動くための足さえ奪えば計画は妨害できると思ったからね」
「それじゃあヨシュアが用意していた策って何なの?」
エステルの質問にヨシュアは一度押し黙るが、彼女の眼差しに観念してそれを取り出した。
「蒼い錠剤?」
「クロスベルの方で調達して来た強化ドラッグだよ」
「強化ドラッグってまさかっ!?」
「確かに違法なものだけど、執行者の時にはこういったものを使ったこともあるから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないわよっ!」
事も無げに言うヨシュアにエステルが怒声を返す。
「あくまでも今は保険だよ。《鋼の聖女》が出てこない限り使うつもりはない。それは約束するよ……
でも、もしもの時はこれを使ってでも君を守らせて欲しいんだ」
「ヨシュア……」
ヨシュアとエステルは通じ合ったように見つめ合う。
「コホンッ!」
わざとらしくリィンは咳払いをすると、二人の世界を作っていたエステルとヨシュアは弾かれたように顔を上げる。
「ヨシュアさん。そのクスリ、俺に一つくれませんか?」
「リィン君。それは――」
「もしも《鋼の聖女》が来たらその目的は俺のはずです……
それに《鬼の力》のおかげなのか毒物に対して俺も耐性があるみたいですから」
「だからって……」
「何もせずに殺されるくらいなら、クスリでも何でも使えるものは使います」
覚悟はすでに決まっていると言わんばかりのリィンにヨシュアは気押される。
一見自暴自棄にも取れるが、ヨシュアがなまじ聖女のことを知っているだけにその考えを理解できてしまう。
「リィン君……」
ヨシュアは錠剤の入った袋を手に悩み――
「できましたっ!」
飛行艇の中からティータの歓声が上がると、そのエンジンが低い唸りを上げて動き始める。
「やったっ! 流石ティータッ!」
振り返って同じようにエステルも歓声を上げる。
「リィン君。この話は後で父さんも交えて改めて話し合おう」
「…………分かりました」
そう提案してきたヨシュアにリィンは不安を感じながらも頷いた。
*
《導力停止現象》が続く中で一隻とはいえ自由に使える飛行艇を手に入れたことは大きかった。
最初は王国軍に渡すつもりだったが、各地で遊撃士が狙われていることを考えればそのまま遊撃士協会が使った方が良いということになった。
リィン達は最初にエステル達をツァイスに送った後は導力通信の指示の下でボースに赴き、各地への支援品を限界まで載せて各地方を巡ることになった。
時にはツァイスからエステル達にルーアンからガソリンを持って来てほしいと頼まれたり、ロレントのシェラザード達から薬の材料を運んで欲しいなど、各地方からの要請にこなしていく中でそれはやって来た。
『こちら《方舟》……全艦隊にワイスマン様からの命令を伝える……
これより王都グランセルに襲撃を行う。各自、すぐに現在の作戦行動を中断し、王都へ来られたし……繰り返す』
いつかのクロスベルIF
ロイド
「ランディ……もしかしてリーシャが銀だって知っていたのか?」
ランディ
「いや、俺も初めて知ったが……
まさか、あのリーシャが百年生きている銀の正体だったとは思わなかったぜ……
くそっ! あのトランジスターグラマーは作り物で、中身はババアだったのかよっ!」
エリィ
「な、何を言っているの?」
ティオ
「最低ですランディさん」