(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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58話 王都襲撃

 リィン達が王都へ辿り着いた時にはすでに戦闘は始まっていた。

 ただしそれは《結社》の強化猟兵によるものではなかった。

 空から見下ろした王都は入り込んだいくつもの猟兵団と王国軍が戦闘を行っていた。

 

「《結社》の兵隊はまだ来ていないようですね」

 

「ああ、どうやら先に猟兵をぶつけて疲弊させようって算段みたいだが……ちっ、気に入らねえな」

 

 飛空艇を操縦するランディは眼下の光景に舌打ちする。

 

「そうだね……ちょっとその《教授》って人は随分と舐めた真似してくれてるね」

 

「ランドルフさん? シャーリィ? どういうことですか?」

 

 剣呑な雰囲気を滲ませる二人にリィンは説明を求める。

 

「《結社》はたぶんリベールにいる猟兵達にこんな情報を流したんだろうな……リィン・シュバルツァーは今、王都にいるってな」

 

「それじゃあこの戦闘は――」

 

「勘違いするなよ。相手が勝手にお前の名前を利用しているだけだ。お前が責任を感じる必要はねえよ」

 

「……ええ、分かっています。でも、それならいったい何が気に入らないんですか?」

 

「《教授》って奴はな、自分たちの兵隊の消耗を抑えるために言葉一つで猟兵共を動かしているんだ……

 それなりの賞金と、シュバルツァーを倒す名声を目の前にチラつかせてな」

 

「この規模の猟兵団を普通に雇ったら、今遊撃士に掛けられている全員の首を取っても全然足りないだろうね」

 

「なるほど、それに気付かないで良いように使われている猟兵団と、その裏でほくそ笑んでいる《教授》が気に入らないのは道理だな」

 

 シャーリィの言葉に銀は頷く。

 

「そして、猟兵団と戦って疲弊した王国軍を後から仕向けた自分たちの部隊で制圧。賞金は最初から踏み倒す気なんだろうな」

 

「…………ありえますね」

 

 《教授》の人となりを十分に知っているとは言えないが、それくらい平然とやる男だとリィンは納得できる。

 

「ともかく俺達も王国軍に加勢しましょう」

 

「応よ。それじゃあどこか適当な場所にこいつを降ろして」

 

「それなんですけど、三人共……少し無茶なお願いをしてもいいですか?」

 

 リィンは自分の考えを実行する前に共に戦ってくれる仲間に意見を求める。

 

「あは……なんか面白いことでも考えた? シャーリィは賛成だよ」

 

「おい……そういうのはちゃんと内容を聞いてから頷け」

 

「こいつの言う通りだ。まずは何を考えたか言ってみろ」

 

 シャーリィは即答で頷き、ランドルフはそれを口で咎める。そして銀が先を促す。

 

「とりあえず考えた作戦なんですが――」

 

 リィンは即興で考えた作戦を説明して――

 

『王都で戦闘中の猟兵団に告げる』

 

 飛行艇で王都の空を旋回しながら、リィンは外部スピーカーで眼下の猟兵達に呼びかける。

 

「なあ、これって本当に言わなくちゃいけないのか?」

 

 いったんマイクを切って、リィンはカンペを作ってくれた赤毛の二人に尋ねる。

 

「ああ、それなら猟兵共は確実に食いつく」

 

「いわゆる猟兵流って奴だね」

 

 笑顔で返してくる二人にリィンは溜息を吐いて、マイクに向かって言う。

 

『お前たちが躍起になって探しているリィン・シュバルツァーの首はここにあるぞっ!

 どうした喜べ調子に乗っているクズ共っ!

 王国軍相手に一方的に導力兵器に頼って悦に浸っている情けない臆病者っ! 自力で見つけることもできなかった無能共っ!

 良いように踊らされているテメエらは猟兵じゃねえ、ただのチンピラだっ!!

 そこで首を洗って待っていろ。今すぐお前らはこのリィン・シュバルツァーが一人残らず叩き切りに行ってやるからなっ!』

 

 一気に捲し立ててリィンはマイクを切る。

 必要なことだったとはいえ、ガラの悪い言葉に穴があったら入りたい気分に陥る。

 そして飛行艇は王都をこれ見よがしに旋回して、郊外へと進路を向ける。

 

「あはは、見てよリィン! あいつら顔を真っ赤にして追い駆けてくるよっ!」

 

 シャーリィが眼下で動きを変えた猟兵達を見て笑う。

 各地区で王国軍と戦っていた猟兵達は次々と戦闘を中断して、飛行艇を追い駆けてくる。

 

「ざっと数えて百人は超えているな……一人、二十五人以上がノルマだがやれるな?」

 

「誰に言ってるの? 当然じゃない」

 

 銀の言葉にシャーリィが満面の笑顔で答える。

 それを尻目にリィンは王国軍へと通信を繋ぐ。

 

「……はい。このまま猟兵達は街道の方へ誘導して俺達で殲滅します。シード中佐は続く《結社》の襲撃に備えてください」

 

『すまない。感謝する』

 

 通信を終わらせ、リィンは三人に向き直る。

 

「今回は敵の数が数だ。絶対に殺すなとは言えないから、そこの匙加減はそれぞれが考えてくれ」

 

「さっすがリィン、話が分かる」

 

「皆殺しにしていいとは言ってないからなっ! あくまでも不殺が前提でだからなっ!」

 

 満面の笑顔を浮かべるシャーリィにリィンは念を押して釘を刺す。

 

「それじゃあランドルフさんは先の街道に飛行艇を降ろしてから来てください」

 

「あいよ。俺がいくまでちゃんとごちそうは残しておいてくれよ」

 

「はは、善処します」

 

 リィンは飛行艇の後部ハッチを飛行中にも関わらず開き、躊躇うことなく飛んだ。

 

「それじゃあランディ兄、おっさき~」

 

「…………」

 

 それにシャーリィと銀が続いて飛び降りる。

 街道へと飛び降りた三人は追い駆けて来た猟兵達に向かってそれぞれ、鎌鼬、爆雷符、二丁のライフルの掃射を先制攻撃に叩き込む。

 

「ああ、くそっ!」

 

 飛行艇に残ったランドルフは思わず悪態を吐く。

 こんな数多の猟兵が入り乱れた戦場は彼の長い猟兵生活の中で初めての出来事だった。

 血を騒がせたランドルフは飛行艇を乱暴に着地させると、ハルバードを手に嬉々として街道を駆け戻った。

 

 

 

 

「二の型《疾風》」

 

 猟兵達の隙間を縫うようにリィンは駆け抜け、すれ違い様に《紅葉斬り》の鋭さを持って敵の武器を両断し、さらに一撃ずつ意識を刈り取るように強打して吹き飛ばす。

 

「いやっほぅ!」

 

 峰打ちをしているリィンとは対照的に、好き勝手に暴れているのはシャーリィだった。

 結社の強化猟兵達から奪ったライフルを撃ちまくり、弾切れになれば敵の導力兵器を奪って再び撃ちまくる。

 装填されているのは殺傷力が高い弾丸だが、腕や足にのみ当てるようにして今のところリィンの言葉に従ってくれている。

 

「もらった」

 

 リィンの背後を取り剣を振り被った猟兵がそのまま白目を剥いて倒れる。

 それを無言で茂みへと蹴り込んだのは銀だった。

 乱戦の中、銀は警戒を怠った者や、距離を取って狙撃しようとしていた者たちを静かに無力化していく。

 

「ははは、おいシュバルツァー。お前、何人ぶっ飛ばした?」

 

 背中を合わせて一息吐いたランドルフが楽しそうにリィンに尋ねる。

 

「数えてもあまり意味ないと思いますけど?」

 

 斬り殺しているならともかく、気絶を目的に叩いても時間が経てば復活する。

 この戦いはいわば猟兵達に自分の首を取ることができない、割りに合わないと心を折るための戦いとも言える。

 

「良いから、何人だ?」

 

「…………とりあえず、十五人、武器を破壊して一撃を入れました」

 

「勝った。俺は十七だ」

 

「…………」

 

 リィンは無言で孤影斬を放ち、三人の猟兵を纏めて薙ぎ払う。

 

「これで十八人です」

 

「はは、そうこなくっちゃ」

 

 リィンの答えにランドルフは笑い、ハルバードを振り被って敵の集団に突撃する。

 シャーリィが場をかき乱し、リィンとランドルフが追い打ちをかけ、零れた敵を銀が処理する。

 疲れを知らないと言わんばかりに鬼神の如く戦う四人に、最初は威勢が良かった猟兵達は徐々に士気を喪失していく。

 命を取らない戦いに舐めるなと粋がっても、立ち上がれば何度も容赦なく殴り倒される。

 一度や二度なら耐えられても、三度、四度と片手間に処理されていることが続けばいかな猟兵達も士気を保つことは難しい。

 さらに言えば、武器を次々と破壊され、奪われることで立ち上がれたとしても、それ以上の戦闘は難しくなる。

 そして、集まったのは一つの団ではなく、複数の猟兵が集まっただけの集団に過ぎない。

 

「も、もう無理だ! こんなのやってられるかっ! だいたい何で《赤い星座》の二人が敵になってるんだよっ!?」

 

 泣き言を喚き散らして一つの団が撤退を始めれば、それを切っ掛けに他の団も退き時だと言い訳を口にしながら撤退を始める。

 

「これで最後っ!」

 

 最後までしぶとく残った猟兵の一人をリィンは峰打ちを一閃して意識を奪い、太刀を鞘に納めた。

 王都へと続くキルシェ街道はまさに死屍累々の有様だった。

 

「はは、意外と不殺っていうのも簡単だな。もしかして俺って遊撃士の才能があるんじゃねえ?」

 

「何言ってるのさランディ兄……

 あんな名声が欲しいだけの三流猟兵どもなんて、所詮はどれだけ集まっても烏合の衆。この四人でやれば当然の結果だよ」

 

「違いねえ」

 

 ランドルフとシャーリィは笑って手を叩き合う。

 戦闘の結果はリィンにとっても満足のいくものだった。

 街道に倒れている猟兵達は数える程、どちらかといえば破壊されて放置された武器の方が多い。

 

「とりあえず、お祭り騒ぎの猟兵共はこれでリベールから撤退するだろう」

 

「そうですね……

 銀、それからランドルフさんとシャーリィ。ありがとうございました。三人がいなかったらこんな無茶はできなかったでしょう」

 

「気にするな。それが仕事だ」

 

「そうだぜ。それにこんな風に同業者とやり合えたことなんてなかったから中々楽しかったぜ」

 

「それよりもリィン。執行者って奴等はさっきの奴等よりもずっと歯応えがあるんだよね?」

 

 労いの言葉に気にするなと返す二人と違って、シャーリィはすでに次を考えて舌なめずりをする。

 そこにリィン達の頭上を《結社》の飛行艇が通過していく。

 

「どうやら本命が来たみたいですね。王都へ戻りましょう」

 

「オッケー!」

 

 返事をしたシャーリィが我先にと駆け出した。

 

「二人とも、どうか――」

 

 それに続かないランドルフと銀がいる方を振り返ったリィンはその気配に気付く。

 

「あー……お前たちは先に戻ってろ。俺は用を足してから行かせてもらうわ」

 

 太刀に手をかけたリィンにランドルフがハルバードを肩に担いでそんなことを言い出した。

 

「ランドルフさん……」

 

「安心しろ。すぐに済ませて追い付くって」

 

「そうか……」

 

 シッシと虫を払う様に手を振るランドルフに銀は短い言葉を残して駆け出した。

 

「ランドルフさん、最優先は死なないことですからね」

 

「あいよ。任せておけ」

 

 潜む敵は先程の雑魚たちとは違う一流。

 いくらランドルフでも一人では勝てるとは限らない相手だが、《結社》が現れた以上悠長にしている時間はない。

 リィンは最後にランドルフの背中を振り返って、シャーリィ達の後を追い駆けた。

 

「さて……いい加減出てきたらどうだ?」

 

 一人残ったランドルフは街道の向こうへと声をかける。

 待つこと数秒。

 脇の茂みから現れたのは蒼い鷲の紋章を胸にあしらえた黒いジャケットの男が二人と銀髪の女の子が一人。

 

「まさか《西風の旅団》がこんな馬鹿騒ぎに便乗してくるとは思わなかったぜ」

 

 顔馴染みの登場にランドルフは軽い失望を感じながら改めて声を掛ける。

 

「そういうこちらもまさか《赤い星座》がリィン・シュバルツァーに付くとは思っていなかったぞ」

 

「てっきりそっちもリベンジをすると思ってたんやけどな」

 

「は……何でそんなことしなくちゃなんねえんだ?」

 

 罠使いゼノの言葉をランドルフは鼻で笑う。

 

「あいつは正面から俺を打ち負かした。それを見事だって褒めるならまだしも恨む理由がどこにある?」

 

 そして呆れと侮蔑を滲めた眼差しで《西風》を見る。

 

「まさかお前ら本気でやり返すためにわざわざ来たのかよ? 《西風》も堕ちたもんだな」

 

「これは我らの独断だ」

 

「そうそう、うちの姫様がどうしてもゆーからな」

 

「それがどうした? 仲良しこよしで良い人気取りのつもりか?

 俺たちは猟兵、人の命を食い物にする死神だぞ。例え自分以外の仲間が皆殺しにされたとしても襲った相手を恨むなんて筋違いってもんだ」

 

「そんなことは分かってる。それでも私はあいつともう一度戦わなくちゃいけない」

 

 ランドルフの言葉を受け止め、それでも我を通すと言ったのは《西風の妖精》の異名を持つ少女だった。

 

「知るかよ……依頼人は今忙しいんだよ。どうしてもやりたいって言うんなら俺を倒してからにするんだな」

 

「……わいら三人に大した自信やな?」

 

「《赤い死神》とはいえ、あれだけの人数を相手にした直後……我らを止められると思っているのか?」

 

「テメエらこそ、自惚れてんじゃねえよ……

 《結社》におもちゃを用意してもらってるような腑抜けたお前ら如きじゃ今の俺は止められないぜ」

 

 ハルバードを構えたランドルフは獰猛な笑みを浮かべて黒い闘気を漲らせる。

 

「なっ!?」

 

「嘘やろっ!?」

 

 黒い闘気のウォークライ。

 それは最強クラスの猟兵だということの証。この時点ではまだその領域に至っていない連隊長の二人は、それを見ただけで今のランドルフとの戦力差を理解してしまう。

 

「こりゃマジでワイらの手に負えんかもしれへんな」

 

「そのようだな……フィー。何とかして隙をつくるお前は一気に駆け抜けろ」

 

「ゼノ、レオ……でも……」

 

「団長に怒られるのはもう決まっとるんや。それで何の収穫もありませんでしたで終われるはずないやろ?」

 

「我らのことは気にするな。お前がこの半年で鍛えた技、奴にぶつけて来るが良い」

 

「………………うん」

 

 少女は迷いながらも頷き、ゼノとレオニダスは雄叫びを上げてランドルフに襲い掛かった。

 

 

 

 

 王都前の広場に辿り着くと、そこには重傷を負った王国軍兵士たちが転がっていた。

 意識が残っていた士官から「手当てはいい、その代わり城と街を頼む」と言われたリィン達は街の中に入り込んだ強化猟兵や装甲獣、機械人形を撃破しながら王都へと続く橋に辿り着いた。

 そこで見覚えのある少年がリィンを待ち構えていた。

 

「行くよっ!」

 

 少年が六体に分かれ、双銃剣を手に襲い掛かる。

 

「シャドウ――」

 

「邪魔だっ!」

 

 そのうちの一体をリィンは鞘に入ったままの太刀を一振りし、向かって来た少年を湖へと打ち落とす。

 残りの五体はそれで掻き消えた。

 リィンの意識はすでに襲って来た猟兵よりも橋の先、堅牢なはずの城門が轟音を立てて砕けたことに意識を奪われていた。

 

「急ごう」

 

 シャーリィと銀を促してリィンは止めてしまった足を動かして駆け出した。

 《痩せ狼》が最後の城門を素手で砕く。

 その先の玄関には武装した親衛隊十数名。

 その背後にデュナン公爵とその執事。そしてクローゼやアリシア女王が見えた。

 

「先に行きますっ!」

 

 一言言い残してリィンは一気に速度を上げる。

 城門の前で三機のペイルアパッシュがリィンに気付いて旋回するが、それらが迎撃態勢を整える前にリィンはすれ違い様に斬り捨てる。

 そしてそのまま四人の執行者達に背後から斬りかかった。

 が、ペイルアパッシュを斬った気配を察してか、執行者達はリィンの奇襲を寸での所で回避する。

 リィンは構わずそのまま走り抜け、アリシア女王たちを背に立ちふさがる様に太刀を構える。

 

「リィン君っ!」

 

「クローゼさん、下がっていてください。こいつらは俺が相手をします」

 

 クローゼの声を背中にリィンは言葉を返す。

 

「来たか。リィン・シュバルツァー」

 

 その姿を見てヴァルターは抑えきれない笑みを浮かべる。

 

「おやおや、もう猟兵達を蹴散らしてきたのかね? 流石は超帝国人と言うべきか」

 

 歓声を上げるブルブランを今すぐに斬って捨てたい気持ちをリィンがぐっと堪える。

 

「うふふ、まさかお兄さんが先に来るなんてね。レンはエステル達の方が早いと思っていたんだけど」

 

「レン……」

 

 無邪気に笑う彼女の鎌からは血が滴り落ちていた。

 彼女の父親が今、グラン=アリーナにいることを話すべきなのかリィンが迷っていると、ルシオラが口を開く。

 

「あの時の坊やね……レーヴェを退けたみたいだけど、私たち四人を一人で相手をするというのは少し増長が過ぎるわよ」

 

「生憎だけどリィン一人じゃないんだなぁ」

 

 ルシオラの言葉に重ねてシャーリィと銀が背後から奇襲を掛け、怯んだところにリィンは孤影斬を放ち、執行者を城内から橋へと押し返す。

 

「おいおい、どういうことだ?」

 

 ヴァルターは自分たちと位置を入れ替わる様に現れた二人の内の一人に驚く。

 

「久しいな《痩せ狼》」

 

「《銀》……まさかお前とこんなところでまた会えるとは思わなかったぜ」

 

 顔見知りだったのか、ヴァルターは銀を見ると抑えきれないと言わんばかりに口元を歪める。

 

「ふむ……そちらのお嬢さんはもしや《赤い星座》の《血染めのシャーリィ》ではないかね?」

 

「良く知ってるね……その仮面、あんたが《怪盗紳士》? ふーん……ただの盗賊とはわけが違うみたいだね」

 

「なるほど、それなりの駒を用意して来たみたいだけど、人数では私たちの有利は変わらないわよ」

 

 ルシオラは親衛隊の存在を無視して話を進める。

 しかし、その言葉に答えたのはリィン達以外の四人目だった。

 

「それなら私も混ぜてもらいましょうか?」

 

 執行者の背後に現れたのはブレードを手にした女性だった。

 

「サラさん!? どうしてここに!?」

 

「はぁい、リィン君。久しぶりね……

 いろんなとこの猟兵がリベールに集まっていたから追い駆けて来たのよ……我ながらナイスタイミングだったみたいね」

 

「あら? 《紫電》のおばさんも来ちゃったんだ?」

 

「おばっ……このガキはまた性懲りもなく……」

 

「おばさんをおばさんって言って何が悪いのかしら? レンは本当のこと言ってるだけよ」

 

「おばさんならそっちにもいるでしょうがっ!」

 

 その瞬間、世界が凍った音をリィン達は聞いた気がした。

 

「それは……もしかして私のことかしら?」

 

 誰もが、それこそ執行者達も息を飲む中でルシオラが怖いくらいに静かな口調でサラに聞き返す。

 が、そんな異様な気配にサラは怯まない。

 

「聞いたわよ。《幻惑の鈴》ルシオラ、あんたシェラザードさんの姉貴分だったんですってね。それなら間違いなく私よりもおばさんよっ!」

 

「あ……あの……サラさん?」

 

 必死過ぎるサラにリィンは声を掛けるが、何を言って良いか分からなかった。

 

「そういう貴女は随分とガサツな言動ね。言葉の端々がまるで男みたいよサラおばさん」

 

「少しは自分の歳を考えたらどうなの? そんな派手な衣装、傍から見て痛々しいわよルシオラおばさん」

 

 ゴゴゴと紫電と炎をそれぞれ纏って睨み合う。

 どうしてこうなったとリィンは頭を痛めながら、助けを求めるように視線を動かす。

 

「は……今度こそ、決着をつけてやるぜ《銀》」

 

「それはこちらのセリフだ」

 

「あーあ、《痩せ狼》と戦いたかったんだけどな……しょうがない《怪盗B》で我慢するしかないか」

 

「ははは、安心したまえ。私の奇術は決して君を退屈させないだろう」

 

「…………逃げたな」

 

 グダグダの空気を全力で無視して戦い始める四人にリィンは呟く。

 

「うふふ、お兄さんはレンと遊びましょ」

 

「レン……」

 

 そして自分の前にやって来たレンにリィンは意識を切り替えると共に、グラン=アリーナの避難所に今もいるはずの男性のことを思い出す。

 しかし、リィンの迷いなど関係なく、レンは大鎌を掲げてそれを呼ぶ。

 

「来て、パテル=マテル」

 

 レンの呼び声に応じた巨人がどこからともなく現れて、橋の横に着水する。

 

「さあ、お兄さんもあの人形を出してちょうだい」

 

「生憎だけど、それは無理な相談だ」

 

 繋がっている感覚があるがカンパネルに言った通り、未だに呼びかけに応える気配はない。

 

「あら、そうなの? でもせっかくパテル=マテルに来てもらったんだから、このキレイなお城を粉々にしちゃおうかしら?」

 

「させると思うか?」

 

 リィンは太刀を抜き、威嚇するように《鬼の力》を引き出してリィンは変身する。

 

「ふふ……パテル=マテルッ!」

 

 レンの号令にパテル=マテルは鉄の塊の腕を振り上げる。

 振り被った先はリィンではなく城。

 躊躇いなく振り抜かれた鉄の拳をリィンは横撃して弾き、その反動を使って城壁に着地する。

 パテル=マテルを相手にするには場所が圧倒的に悪い。

 故にレンが次の行動を指示するよりも早くリィンは壁を蹴ってパテル=マテルの肩に着地する。

 

「む……勝手にパテル=マテルに乗らないでくれるかしら」

 

 掌の上にいたレンは一息でパテル=マテルの体を駆け上ると鎌を一閃する。

 《鬼の力》を抑えてリィンはそれを受け流し、峰を返して斬り返す。

 レンはそれを後ろに跳んで下がると、空中で戦術オーブメントをリィンに向けて《ソウルブラー》を撃つ。

 

「カラミティスロウッ!」

 

 アーツの弾丸を斬り払うリィンにすかさずレンは大鎌を投擲する。

 子供が投げたとは思えない重い一撃を太刀で受け止め、弾き飛ばす。

 リィンは無手になったレンに詰め寄って、振り上げた太刀を――

 

「ふふ……」

 

 レンは不敵な笑みを浮かべると、弾き飛ばしたはずの大鎌が光を伴ってレンの手の中に現れ、一閃する。

 

「っ……」

 

 咄嗟に膝を折って仰け反り、首を狙った一撃がリィンの目の前を通り過ぎる。

 横薙ぎにされた鎌はそのまま軌道を変えて今度は縦に振り下ろされる。

 流れるような鎌捌きにリィンは息を巻き、刀身を横から拳で叩いて横に逸らして難を逃れ、態勢を立て直し――

 

「シルバーソーン」

 

 幻の刃がリィンを休ませずに撃ち込まれる。

 

「っ……」

 

 たまらずリィンはその場から跳び退くが、すぐにパテル=マテルの端に行きつき、太刀で幻の刃を斬り払う。

 

「ウフフ、殲滅の力うけてみなさい」

 

 その時にはもうレンはリィンの懐に入り込み、力を込めた大鎌を振り被っていた。

 

「っ……」

 

 咄嗟に《鬼の力》を使って、驚異的な反応速度でリィンは太刀を引き戻し、レンの必殺を受け止める。

 

「あら……? 止められちゃった」

 

 防がれたと分かるとレンはすかさずリィンから距離を取る。

 リィンは背筋を冷たくしながらも、今の戦闘を分析する。

 

「これほどとはな……」

 

 ただそれだけしか出てこない。

 数多くの戦いを経て、少しは強くなった自信がリィンにはあり、自分と比べてもまだ子供というわずかな侮りもあった。

 しかし、レンはリィンが思っているよりもずっと戦い慣れていた。

 単純な大鎌による戦闘だけではなく、アーツを組み合わせた戦闘ならばレンの方がリィンよりも卓越しているとさえ言える。

 決して《パテル=マテル》頼りで執行者になったわけではないことが、今のやり取りで理解できた。

 

「これは本気で掛からないとこっちが危ないな」

 

 《執行者》に名を連ねている以上《達人級》、それでいて年齢から考えればまだまだ伸びしろがあると思うと末恐ろしい。

 リィンは改めて気を引き締め、太刀を構え――

 

「そこまでだっ! 貴様らそこを動くなっ!」

 

 その叫びが四つの戦場を止めた。

 空中庭園のテラス。

 橋を一望できるその場所に、クローゼに導力銃を向けた男が勝ち誇った顔をして続ける。

 

「ははは! クローディア姫はこのギルバート・スタインが今度こそ確保させてもらったっ!

 貴様ら、王太女の命が惜しければすぐに武装を解除しろっ!」

 

「ギルバート……あの男は……」

 

 昨日の今日で元気な姿を見せる彼に呆れと同時に怒りを感じながら、リィンは周囲を確認する。

 ギルバートの他にいるのは強化猟兵が三人、それぞれ周囲を囲む親衛隊をライフルで威嚇している。

 

「あんた達何をしていたんだっ!」

 

 思わずリィンは親衛隊に向かって怒鳴りつけてしまう。

 

「す、すまない。まさか城の内側から来るとは思わなくて」

 

 もちろん親衛隊は警戒はしていたが橋の上での激しい攻防に意識を奪われてしまっていた親衛隊は彼の奇襲に反応が遅れてしまった。

 もっとも、ギルバートが最初に狙ったのはアリシア女王であり、咄嗟に彼女を守ろうとした親衛隊とクローゼがぶつかり致命的な隙を作ってしまったのが原因なのだが、それら全てが自分たちのミスだとリィンの叱責以上に親衛隊は自分を責める。

 

「どうしたっ! 早くしろっ! 貴様らもだっ!」

 

 ギルバートは周囲を囲む親衛隊たちに向かって怒鳴り散らす。

 殺気立つ親衛隊は何とかその激情を飲み込み、言われた通りにサーベルを置く。

 

「やりましたよ。ブルブラン様、ヴァルター様っ! 僕の活躍でクローディア姫を確保できましたよ」

 

「ちっ……萎えるようなことしやがって」

 

「やれやれ、これだから道化は《美》の何たるかを分かっていないようで困る」

 

 勝ち誇るギルバートだが、何故か返ってきた言葉は彼を非難するものだった。

 

「あ、あれ……?」

 

 期待した言葉が返ってこないことにギルバートは戸惑う。

 

「先輩……もうやめてください」

 

「う、うるさいっ! ともかくこれで僕の《結社》での出世は約束されたも同然なんだ。君は大人しく――」

 

「無様だなギルバート・スタイン」

 

 喚き散らすギルバートにリィンはゴミを見る目で蔑む。

 

「な、何だと!?」

 

「無様だって言ったんだよ。お前程度の存在が本当に《結社》の中で出世できると本気で思っているのか?」

 

「ふ、何を言い出すかと思えば……《結社》は完全実力主義の組織だ。こうして結果さえ出せば必ず相応の報奨が約束されている」

 

「で、すぐにポカして降格するのか?」

 

「な……」

 

 リィンはランドルフから教わった猟兵流の挑発を思い出しながら続ける。

 

「いい加減気付いたらどうだ? あんたは自分が思っているほど優秀なんかじゃない。むしろ無能だ。使い終わったチリ紙にすら劣る役立たずだ」

 

「な、な、な……」

 

「だいたい弱いものいじめしかできない奴が実力主義を語るなんて何の冗談だ? 《結社》のエージェントを目指すよりも芸人でも目指した方がきっと大成すると思うぞ」

 

「ば、馬鹿にするなっ! 僕だって、本気になればお前なんかけちょんけちょんにできるんだぞ」

 

「あんたには無理だな」

 

「無理じゃないっ!」

 

「無理だな。《結社》にとっても俺の首を取ることは価値があるはずだ。だが、あんたはこの圧倒的に優位な状況にも関わらず俺を撃とうとしない……

 またとない出世のチャンスを見逃しているお前が《結社》でのし上がる? 馬鹿も休み休み言え」

 

「うるさいっ!」

 

「あんたは一生《結社》の使いパシリで終わるんだよ」

 

「黙れっ!」

 

 憤怒に顔を染めたギルバートはクローゼに突き付けていた銃口をリィンに向けて引き金を引く。

 撃ち出された弾丸はリィンの肩を穿ち、その衝撃にリィンはよろめきパテル=マテルから足を踏み外して湖に落ちた。

 

「ふ……ははは……どうだ見たかっ!? やってやったぞ! 僕があのリィン・シュバルツァーの首を取ったぞっ!」

 

 歓声を上げてギルバートは己の部下たちと喜びを分かち合うために振り返る。

 

「ああ、確かに見せてもらった。見事な誘導だった。おかげで難なく制圧することができた」

 

「へ……?」

 

 振り返ったギルバートが見たのは黒い軍服を纏い太刀を携えた男だった。

 彼の背後にはのされて親衛隊に拘束されている強化猟兵達。

 

「へ……?」

 

 呆けたギルバートの顔面に男は拳を叩き込む。

 

「ぷぎゃっ!? あ……うぎゃっ!」

 

 たたらを踏んでギルバートはそのままテラスから足を踏み外して、橋に落ちる。

 

「リシャール大佐っ!?」

 

 クローゼは突然現れた男の名前を叫んで驚く。

 

「お久しぶりです。クローディア姫殿下……

 ですが、今の私は階級を剥奪された服役中の国事犯にすぎません。大佐と呼ばれる資格はありません……

 それよりもお怪我はありませんか?」

 

「あ……私は大丈夫です。それよりもリィン君がっ!」

 

「御安心下さい姫殿下。きちんと急所を避けていましたので彼なら大丈夫です」

 

 リシャールがそう言うと、リィンは水面から顔を出した。

 

「避けられる弾丸をあえて受けたことで《結社》の意識が彼を警戒して、私が切り込む隙を作ってくれたわけです」

 

 強化猟兵も、執行者達も互いの敵が目の前にいる状態で、リィンに意識を釘付けにされたためリシャールはクローゼを安全に奪還することができた。

 そのことに安堵しながらも、広い視野を持ち、機転をきかせたリィンの立ち回りにリシャールは感心する。

 しかし、その気持ちに浸る前に切り替えてリシャールは眼下の執行者達に向かって太刀をかざし叫ぶ。

 

「さて、どうする《身喰らう蛇》の諸君……市街の方も既に手は打たせてもらった……

 そしてどうやら彼女たちも到着したようだ。この期に及んで、まだ我々とやり合うつもりはあるか?」

 

 リシャールは橋の向こうに姿を現したエステル達を見る。

 そのリシャールの言葉に真っ先に動いたのはレンだった。

 

「……気に入らないわ。パテル=マテル――」

 

「させんっ!」

 

 レンが声を上げた瞬間、緑の軍服を着た男、シードがどこからともなく現れてパテル=マテルの上に飛び乗り、彼女の邪魔をする。

 

「この――」

 

「止めたまえ、レン……我らは機を逃したのだ。これ以上拘るのはいささか美しくない」

 

「女王陛下と姫殿下の確保も可能ならばという条件よ……

 それにこの人数差は流石に私たちも対処しきれないでしょう?」

 

「ちっ……また決着はお預けか……まあいいか、前よりもつまらなかったしな」

 

 舌打ちしたヴァルターの呟きに銀は息を飲む。

 

「…………仕方ないわね。パテル=マテル」

 

 レンは頬を含まらせながら指示を出すと、パテル=マテルはブースターを起動して浮かび上がる。

 シードはレンから戦意がなくなったことを読み取って、パテル=マテルから飛び降りる。

 

「それでは諸君……我々はこれで失礼しよう」

 

 ブルブランが杖を掲げると花吹雪が舞い上がる。それは伸びているギルバートや親衛隊の手を弾いて拘束されていた強化猟兵達までを個別に包み込む。

 

「だが、次なる試練はすでに君たちの前に控えている。気を抜かないようにしたまえ」

 

「それでは皆様、ご機嫌よう」

 

 ルシオラが鈴を鳴らした瞬間、花吹雪に包まれていた彼らは次々と消えていく。

 

「それじゃあまたね。今度会った時は……まとめて殺してあげるから」

 

 パテル=マテルはゆっくりと浮上し踵を返す。

 

「レンッ!」

 

 そこに水面から顔を出したリィンが叫ぶ。

 リィンの叫びなど無視して去ろうとするレンにリィンは声を張り上げる。

 

「今、リベールにハロルド・ヘイワースが来ているっ!」

 

「…………え?」

 

 予想外の言葉にレンは思わずリィンに視線を向ける。

 

「君がリベールを巡っていた時に連れていた彼の人形と、君の存在を聞いて来たらしい。君は……君の本当の名前は――」

 

「違うっ!」

 

 リィンの言葉を掻き消すようにレンは叫ぶ。

 

「わたしじゃない、わたしじゃない! それはわたしじゃない! わたしじゃないんだ!!」

 

「レニ――」

 

「そんな人も名前も、レンは知らないっ! レンのパパとママはパテル=マテルだけよっ!」

 

 そうレンが叫ぶとパテル=マテルは大きくブースターを吹かして、空へと飛び去って行った。

 

 

 市街地ではリシャール大佐の部下だったカノーネ元大尉が指揮する元情報部の特務兵たちの働きにより強化猟兵や装甲獣を圧倒して退けていた。

 こうして《結社》による王都侵攻作戦は食い止められた。

 遅れて到着したエステル達は軍の部隊と共に混乱する市民のフォローに駆け回ることになり、湖から上がったリィンは手当てを受けるともにクローゼからお説教を受けることとなった。

 

 そして――

 

「ランディ兄……生きてる?」

 

 血塗れで横たわるランドルフにシャーリィは声をかける。

 

「…………ああ、何とかな」

 

「ランディ兄が相手してたのって《西風》の奴等だよね? 油断でもしたの?」

 

「油断なんてしてねえよ。《罠使い》も《破壊獣》もさくっとぶっ倒したさ……だが、その後に保護者が来てな……

 あいつらを引き取りに来ただけだって言ったが、とりあえず喧嘩売ってみた」

 

「その結果がそれ? あはは、無様だねランディ兄」

 

「うるせい。一発でかいのは叩き込めたからいいんだよ」

 

 やれやれとランドルフは痛む体を起こして息を吐いた。

 

「あれが《猟兵王》か……」

 

 父親のライバルと名高い存在と刃を交えたランドルフの呟きにシャーリィは何も言わなかった。

 

 

 




フィー
「この半年、頑張った……」
 シャドウブリゲイドを習得。各種クラフトをワンランクアップさせた。

リィン・シュバルツァーの半年のリザルト
 《神気合一》《終の太刀―暁―》《ウォークライ》を習得。
 自分だけの八葉として各種クラフトを進化。
 根源たる虚無の太刀(弱)を入手。
 灰の騎神と契約。
 《理》に半歩足を踏み込んだ。
 格上の達人たちとの戦闘経験多数。
 ちなみにそれでもまだ《初伝》。

フィー
「がんばった…………がんばったのに……グス……」



 いつかのトールズ士官学院IF
ラウラ
「そなたたちどうして本気を出さない?」

フィー
「ふーん……リーサルクルセイドッ!」

リィン
「七の太刀、落葉っ!」

モニカ
「あれ? どうしたのラウラ、そんなところで膝を抱えて?」

ラウラ
「…………………何が武の双璧のアルゼイドだ……私は相手の力量も見極められない大馬鹿者ではないか!」



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