「まったく……何を考えているんですか。今は導力魔法も使えないっていうのに」
侍女がリィンの服を脱がし、肩に受けた銃創を手当てする傍らでクローゼは子供を叱りつけるような口調でリィンの行動を非難する。
「あの……クローゼさん……あの時はああすることが最善だったんです」
何とも言えない迫力にリィンはタジタジになりながら弁明する。
執行者達と相対していた自分たちが不用意に動けば必ず執行者に止められる。
かと言って、取り囲んでいた親衛隊員は導力ライフルで威嚇されて動けないでいた。
姿を隠していたリシャールやシードがいくら達人だったとしても、切っ掛けもなしに安全確実にクローゼを助けることはできなかっただろう。
「それは分かっています。でも……だからって本当に撃たれなくてもよかったんじゃないですか?」
「そうですけど、より確実な方法だと思って」
「確実とかそういうことをじゃなくて、もっと自分の体を大切にしなさいっと言っているんです!」
「これくらいどうってことないですよ」
実際、この程度の傷は今までの戦闘で受けた傷に比べればなんてことはない。
「確かにユン老師には、自分の身も省みずに何が人助けじゃ未熟者が! ってそんな風に叱られたこともあります……
でも俺なりに考えて、助けないことを未熟者だと言い訳にしたくないと思いました……
それに自分の身を安全に置いたまま誰かを守るなんてことができるのはそれこそ、老師やカシウスさんのような人達だけです……
俺にはまだそこまでの力はありません」
そうはっきりと告げるリィンに、クローゼはため息を吐いて肩から力を抜いた。
「リィン君はあの時から本当に強くなりましたね」
「クローゼさんは……また何か悩んでいるんですか?」
ルーアンで市長逮捕の後の時のやり取りを思い出しながらリィンは聞き返す。
あの時はただの学生としか思っていなかった彼女が、リベールの王女だとは思ってもみなかった。
「いいえ、悩んでいるわけじゃないんです」
そう言いながらも彼女の顔色は優れない。
リィンは急かすことをせずに静かに彼女の次の言葉を待つ。
侍女が手当てを終えて部屋を出ていく、そうしてクローゼはようやく重い口を開いた。
「実は今朝、略式ではありますが立太女の儀を済ませました……
今の私は、リベール次期女王という身分になります」
「それは……おめでとうございます。よく決心できましたね」
「いえ……ただの我がままなんです。王国全土が混乱に陥って、私は自分に何ができるのかようやく真剣に考えることができました……
今も先程の結社の侵攻の事後処理を行ってくれているエステルさん達に対して恥ずかしくない自分でいるために……
未熟なのを言い訳にしないで、私が王位を継ぐことで私の大切な人を守ることが、結果的に王国を守ることに繋がるなら……
そう思い至ったんですが……やっぱり怖いですね」
震える手を見つめながらクローゼは力のない笑みを浮かべる。
「何もおかしいことはないですよ……
そこに在るものをないと否定するのは《欺瞞》でしかありません。その畏れはクローゼさんが正しく女王の立場が重いものだと理解している証拠です」
「リィン君……」
「迷ってこその《人》……カシウスさんならそう言うと思います」
「…………ありがとうございます。少しだけ気が楽になりました」
「それはよかった……
それに意外と踏み出してみればうまくいくかもしれませんよ……
仮に失敗しても、軍にはカシウスさんがいて、遊撃士にはエステルさん達がいるんです。多少の失敗なんてあの人達なら何とかしてくれますよ……
正直、クローゼさんが羨ましいですよ」
「羨ましいですか?」
「ええ、だって俺が帝国に戻ればオリビエさんと、そのオリビエさんと気の合うオリヴァルト皇子がいるわけですよ……
オリビエさんが二人なんて、相乗効果でどんなことになるか……正直、帝国に帰ることが怖いです」
「それは言い過ぎじゃないですか?
確かにオリビエさんは独特な雰囲気を持っている人ですが、時折見える思慮深い面は頼りになると思いますが?」
「あれが普段の調子ならすごくいいんですけどね……
とにかく声を大きくして言えませんが、あれに似た性格の人が皇子なんて立場にいられるんです。そんな人と比べればクローゼさんの方がずっと安心できます」
「あははは……」
リィンの力説にクローゼは思わず苦笑してしまう。
「そういえば私、リィン君に言っておかなければいけないことがあったんです」
「俺に言っておくことですか?」
「はい。実は私、ヨシュアさんのことが好きでした」
「え……いや……でも……」
それを何故自分に言うのか理解できずにリィンは何と言葉を返していいのか迷う。
これが俗に言う修羅場というものなのだろうか。
笑顔で告げるクローゼが何を思っているのか分からず、穏やかな表情が逆に不安を掻き立てる。
「ふふ、大丈夫です。エステルさんにはもう言ってありますから」
「そ、そうですか」
リィンはほっと胸を撫で下ろして安堵する。
「でも、どうしていきなりそんな話を俺に?」
「リィン君は、この事件が終わったらエステルさんに告白すると言っていましたが、どうするつもりなんですか?」
「………………」
クローゼの質問にリィンは長い沈黙を返してから、口を開く。
「ヨシュアさんが戻ってこなければそうするつもりでした……でも、戻って来たわけですから……その……」
「言わないつもりですか? 気持ちに区切りをつけようとは思わないんですか?」
「もちろんそれも考えました。でも、あの二人を見ていると、何と言うか……」
「…………そうですね。分かります」
言葉にせずともクローゼは察して頷く。
エステルとヨシュア。
互いが思い合っているのは良いことだし、ヨシュアがいなくなった直後のエステルの落ち込みようを知っている身としては今の彼女の笑顔を見て良かったと素直に喜ぶことはできる。
間に入り込む余地など微塵もない。
容赦なく突き付けてくるその様はいっそう清々しい程にリィンの気持ちを諦めさせていた。
「正直、今のエステルさんにそれを言うのは別の意味で勇気がいると思います」
最初から玉砕が決まっていること以上に、あの空気を作っているエステルは《剣帝》以上の壁に思えてならない。
「そうですね……ヨシュアさんの方はまだ負い目があると思いますから、少しくらい意地悪をしてもいいと思いますけど」
「……クローゼさん、もしかして?」
「はい。事件が終わったら私はこの気持ちに区切りをつけるつもりです」
そう真っ直ぐな目で語るクローゼの力強い眼差しにリィンは思わず見入ってしまう。
「はは、女王様の時もそれくらい強気になればいいじゃないですか? そうすれば大丈夫だと思いますよ」
「リィン君、茶化さないでください」
「いえ、本心ですよ」
リィンとクローゼはどちらともなく笑い合う。
「リィン君に私と同じことをするべきだとはいいません……
今のエステルさんとヨシュアさんの雰囲気もそうですが、リィン君にとってはあの子のことが気になっているようでもありますから」
「…………見透かされていましたか」
「私から言えることは一つだけです……
どうか悔いの残らないようにしてください。そのためなら私もできる限りの協力は惜しまないつもりです」
「ありがとうございます。クローゼさん」
「それはこちらの言葉です、リィン君」
そう言うとクローゼは佇まいを直して、リィンに頭を下げた。
「この度は王都や私を守ってくださりありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
*
《輝く環》が現れて三日目の夜。
王都の混乱も落ち着いたことで一同は謁見の間に集まっていた。
クローゼはそこでエステル達に次期女王になることを伝え、祝福された。
「それじゃあ、リシャール大佐がいたのは父さんの作戦だったの?」
「ああ、王都に危機が訪れることを前もって察知されていたんだ……
だが、導力兵器が主武装である正規軍では守り切れそうにないため、白兵戦の経験が豊富な特務兵の投入を決断されたわけだ」
「無論、服役中の我々を投入するための名目は必要だった……
そこで我々は王都への護送中に今回の騒動に巻き込まれて、結果的に市街を守ったことになる」
シード中佐とリシャール元大佐の二人の説明に、エステルはなるほどと納得しつつも無理があるのではないかと首を傾げる。
「おそらく呼び込んだ猟兵達の目的は遊撃士の動きを制限するだけではなく、こういったカシウス准将が用意した手札を暴く目的もあったのだろう」
「実際、猟兵達の対処のために危うく飛び出しそうになったものだ……
リィン君が猟兵達を市街の外へ誘き寄せて対処してくれていなければ、その段階で私は市街へと出てしまい、王城は執行者たちに蹂躙され、陛下と姫殿下のお二人も囚われの身となっていただろう……
改めて、リィン君。君の勇気ある行動に礼を言わせて欲しい」
「いえ、俺は自分ができることをしただけです」
相変わらずの真面目さで頭を下げるリシャールにリィンは苦笑する。
「それに俺一人で戦ったわけじゃないですから、銀やランドルフさんにシャーリィ……
一人でも欠けていたら、あれだけの数の猟兵とやり合うのは無理だったと思います」
「ふふ……まさか君に《東方人街の魔人》や《赤い星座》への伝手があるとは思ってもみなかったな」
「それは俺も同じ気持ちです」
リシャールの言葉にリィンは苦笑を返す。
あの試練の相手とこんな形で共闘することになるとはリィン自身も夢にも思わなかった。
「も、申し上げますっ!」
和やかな空気を切り裂いて、親衛隊員が息を切らし謁見の間に駆け込んで来る。
「どうした? 市街で何かあったのか?」
すかさずシード中佐がそれに応える。
「い、いえ! そちらの方は何とか収拾が付きました。猟兵達もことごとく王都から撤退した模様です」
「ならば、どうした?」
「さ、先程ハーケン門と連絡が取れたのですが……国境近くに、帝国の軍勢が集結し始めているのだそうです」
「ええっ!?」
「やはり来たか……」
親衛隊員の報告にエステルが驚きの声を上げ、リシャールは逆にやはりという顔でそれに頷いた。
リィンもカシウスとオリビエの二人から聞かされていたこともあり、動揺は少なくその事実を受け止めることができた。
「軍勢というのはどの程度の規模なのですか?」
アリシア女王の問いに親衛隊員は戸惑った様子を感じさせながら報告を続ける。
「現時点で集結しているのは一個師団程度のようなのですが、どうやらその中に戦車部隊が存在するらしく、導力機構ではなく《蒸気機関》で動いているとか」
「蒸気……機関?」
「えとえと……内燃機関よりも原始的な蒸気の力を使う発動機だけど、オーブメントの普及と共にすぐに廃れちゃった発明なの」
首を傾げるエステルにすかさずティータが補足の説明をしてくれる。
「そんな物で動く戦車などどの国も保有しているはずがない。導力戦車と比較するとあまりに経済効率が悪いからな」
「ならば答えは一つ……秘密裏に帝国内で製造されていたわけですな」
リシャールの言葉にジンが応えると、一同の視線が帝国出身のリィンに集中する。
「すいません……俺の国が……」
リィンは思わず頭を下げる。
帝国が《導力停止現象》に備えて予め準備をしていたのなら、それができた理由を想像するのは簡単だった。
帝国は《結社》と繋がっている。
状況から考えるとかなり深い部分で繋がっていると考えられるだろう。
「あ……いや、ごめん。リィン君は何も悪くないっていうのは分かってるから」
すぐにエステルがそれをフォローする言葉を掛けて来るが、リィンの胸を穿った罪悪感は消えない。
リィンは息を吐いて、気持ちを切り替えてカシウスとオリビエから託されていたことを説明する。
「実はカシウスさんは、この状況を予測していました」
「ええっ!?」
「父さんが?」
「はい。《導力停止現象》の規模次第では帝国がそれを口実に侵攻してくる可能性があると」
「ふむ……そうなるとカシウス准将が君に頼んだ役割はもしや」
「臨時の遊撃士としてではなく、帝国貴族の一人として《導力停止現象》がリベールからの攻撃ではないと証言することです」
その先のカシウスが用意している《導力停止現象》を解決する策についてはリィンは詳しい内容を聞いていないため説明を省く。
「正直、軍の人達が耳を貸してくれるか分かりませんが、出来る限りの事はしてみるつもりです」
流石に緊張を感じるが、これは帝国人の自分にしかできないことだと言い聞かせる。
そして踵を返して踏み出そうとしたリィンだが、クローゼがそれを止めた。
「待ってくださいリィン君」
そう呼び止めてから、クローゼはアリシア女王に向き直る。
「お祖母様、どうか私をリィン君と一緒にハーケン門に行かせてください」
「クローディア……」
「本来ならこれはリベールの問題でした。この場において助けてくれたのはリィン君の善意によるものです……
その善意に頼り切っていいはずがありません。必ずや、お祖母様の代理として帝国軍との交渉を成し遂げてみます」
「…………分かりました。不戦条約が締結されたとはいえ王国と帝国の間の天秤はいまだ不安定といえるでしょう……
今回の事件はさらに大きな揺り戻しにつながりかねません。その天秤のバランス取り……どうかよろしく頼みました」
「はい!」
アリシア女王の言葉に力強く頷くクローゼが振り返ってリィンに笑いかける。
その顔にリィンは力んでいた肩から力を抜いて苦笑を返した。
散々不安だと言っていたのに、この土壇場での落ち着き様は頼もしいの一言に尽きる。
そして名乗りを上げたのはクローゼだけに留まらなかった。
「だったら、あたしたちも一緒に付き合ってもいいですか?」
「エステルさん?」
「王太女殿下と、シュバルツァー卿をハーケン門まで無事、送り届けさせていただきます」
ヨシュアの言葉にアガット、シェラザード、そしてジンが続く。
「それと万が一、戦争が起こりそうになったら出来るだけの協力はしてやるぜ」
「無論、ギルドの規約により戦争には協力できませんが……」
「中立的な立場からの仲裁なら幾らでもさせてもらいましょう」
「あのあの、わたしは飛行艇の整備くらいしかできることはありませんが、わたしにも手伝わせてください」
さらにティータも彼らに追従するように主張する。
そんな彼女たちの申し出にアリシア女王は頼もしいと言わんばかりに笑顔で頷く。
「願ってもないことです。どうかよろしくお願いします」
「よーしっ! それじゃあみんな行くわよっ!」
そう意気込んでエステルが号令を上げる。しかし――
「いいや、待ってもらおうか皆の者」
その声に一同は首を傾げて振り返る。
そこにいたのは――
「小父様?」
「え……デュナン公爵?」
クローゼとエステルの戸惑いの言葉が重なった。
*
「で、お前さん達は王宮でしっかり休息を取ってからハーケン門に行くことにしたのか?」
王宮の客室のベッドに横たわっていたランドルフがリィンの報告に聞き返す。
「はい。飛行艇があるから焦らずに明日の早朝に出立すればいいと提案されました」
「ま……今から急いでハーケン門に行ったところで深夜だからな。いくら蒸気機関の戦車を用意してあったとはいえ照明のことを考えれば夜間行軍の可能性は低い……
なら、確かに今急いで出発する理由はないな」
「意外だね……デュナン公爵といえば放蕩者だって聞いていたけど、戦況を読めるなんて。噂は当てにならないみたいだね」
高そうなソファに寝そべって堪能しているシャーリィはデュナン公爵がした提案に意外だったと評価を改める。
「それで? 私たちも明日お前について行けばいいのか?」
窓の横の壁に背を預けていた銀が今後の方針を尋ねて来る。
それにリィンは首を横に振る。
「そのことですが、話し合った結果三人をハーケン門に連れて行くことはできません」
「ええ、どうして!?」
リィンの突然の申し出に不服そうな声を上げたのはシャーリィだった。
しかし、後の二人は驚いた様子もなく、むしろ当然だと頷いた。
「ま、当然だな。非常時だったとはいえリベールでは俺達猟兵の運用は禁じられている……
それなのに俺たちがノコノコ帝国との交渉の場に顔なんて出して身元がばれたら何を言われるか分かったもんじゃねえ」
ランドルフの言葉に銀は口を挟まずに沈黙で肯定を示す。
「仮に問題がなかったとしても、帝国との交渉の護衛なんて流石に契約の範囲外ですよね? 流石に追加料金を支払う袖はありませんから」
リィンは苦笑し、そして三人に頭を下げる。
「みなさん、ありがとうございました。貴方達が協力してくれたから俺はこのリベールに恩返しをすることができました」
「礼を言う必要はない。対価があって私を雇ったのだ。私は仕事を果たしたに過ぎない」
「それでもだよ銀……あんたはあの時、命なんていらないなんてことを言っていたけど、貴女の技術はどれも素晴らしいものでした……
どうして貴女があんなことを言ったのか分かりませんが、伝説の《東方人街の魔人》に恥じない力……自信を持っていいと思います」
言いながら、リィンは封筒を彼女に差し出した。
「これは?」
「あの時の写真と感光クォーツです。今回の働きの追加報酬として受け取ってください……できればそれで手打ちにしてもらいたいんですが?」
彼女の素顔を知っているせいで今後も命を狙われるのはリィンとしてもできれば遠慮したい。
あの時は不意打ちがうまく極まったが、本来ならあんなに簡単に済む相手ではないのだから。
「…………まあいいだろう」
銀はリィンから受け取った封筒を見つめ、その提案を受け入れるように懐にしまう。
それにリィンは安堵すると、銀はそのまま懐から封筒の代わりに《符》を取り出した。
「持っていけ。役に立つか分からないが餞別だ」
「え……あ、ありがとう」
押し付けるように手渡された《符》をリィンは困惑しながら受け取ると、銀は窓を開いた。
「銀……もう行くのか?」
「契約は終わった……アフターケアとしてお前がいない間はこの城に待機しておくが、もう会うことはないだろう。さらばだ……」
一方的に別れを告げて、銀は夜闇の中に身を躍らせた。
「何あれ? 凶手ってカッコつけなの?」
「はは……」
シャーリィの感想にリィンは苦笑してコメントを避ける。
ともあれ、彼女がそう言ってくれたのなら懸念される再襲撃は安心できるだろう。
「だがまあ、こっちもその申し出は正直ありがたいな……」
と、言い出したのはランドルフだった。
「意外に傷が深かったみたいでな。無理すれば戦えないことはないが、話に聞く執行者クラスが相手じゃ足手まといになっちまうだろうな」
「ランドルフさんは、《西風の旅団》の団長と戦ったんですよね?」
「ああ、あのおっさんはガキ共を引き取りに来たって言っていたが、それではい、そうですかって通すわけにはいかなかったからな……結果は御覧の有様だ」
「俺も以前、戦ったことはあるみたいですがあの時は《鬼の力》を暴走させていたから記憶が曖昧なんですよね」
「なるほど……《西風》をやったっていうのはそういうことだったのか」
「じゃあ、ランディ兄はここで退場ってことだね?」
「何言ってやがる。当然お前もここで手を引くんだ」
「ええー! 何で!? せっかくこれからって時なのに、帝国の件が片付いたら当然あの浮遊都市に行くんでしょ?
あいつらもあそこにいるはずなんだから、シャーリィも行くっ!」
「そんな話が通るわけねえだろ。俺達みたいな無法者を最終作戦に組み込むアホウがどこにいるって言うんだ?
だいたいリィンもさっき言った通り、あれに乗り込むのは追加料金が発生するレベルだ。諦めろ」
「ちぇ」
「はは……ともかく貴方達が来てくれて助かりました。改めてありがとうございます」
「よせよ。俺は負け分を清算しに来たんだ。礼を言われる筋合いはねえ……
だが、まあお前と一緒の戦いはなかなか楽しかったぜ」
ランドルフが差し出してきた手にリィンは握手を交わす。
「ま、銀の奴じゃねえが。後の事くらいは任せておけ。ただし負けんじゃねえぞ」
「元より負けるつもりで戦う気はありませんよ」
手を放して、今度は不貞腐れるシャーリィにリィンは向き直る。
「シャーリィもありがとう」
「お礼なんていいからさ、今度また殺し合おうよ」
威嚇してくるシャーリィの気をいなしながらリィンは少し乱暴にシャーリィの頭を掻き回すように撫でる。
「殺し合いじゃなくて、手合わせなら付き合うよ」
「……まあ、今は負け越してるからそれでいいかな」
シャーリィは未練を見せながらも納得してくれる。
「…………なあ、シュバルツァー。マジでうちに入団しないか?」
「いきなり何を言っているんですか?」
「お前、剣の才能以外にも猛獣使いの資質あるぞ……
その才能、是非とも《赤い星座》で生かしてくれ」
「謹んで遠慮させていただきます」
にべもなく断られたランドルフは割と本気で残念そうに項垂れたのだった。
*
翌朝。
まだ空が白み始めたばかりの時間にリィンは起き出して、用意された服に着替える。
それは今まで着ていた旅装束ではなく、見るからに紫を基調とした高そうな貴族の礼服だった。
貴族として交渉へ赴くのなら、相応の身なりをしろと言ったのはデュナン公爵だった。
帝国の貴族として、そして並び立つクローディア王太女に恥をかかせないためにも最低限に着飾るのも貴族の勤めだと言われてしまった。
「実家でもこんな高い服を着たことはないんだけどな」
気後れしながらも手早く着替えを済ませ、リィンは荷物の中からオリビエに渡された儀礼の短剣を取り出す。
「できることなら使わないで済ませたいな」
オリビエは話をつけてくれていると言っていたが、果たしてうまくやってくれているだろうか。
ああ見えてやることはやる男だから疑わないが、何故か起きてから嫌な予感が頻りに警鐘を鳴らしている。
やはり会ったこともないオリヴァルト皇子の方を信用するのが難しいのだろうか。
ハーメル村のことといい、リベールに対して負い目があるのか友好的なのはリィンにとってはありがたいことなのだが、どうしても不安が拭い切れない。
リィンは少し迷い、黄金の獅子で装飾された短剣を剣帯に差し込み、太刀を手に取り部屋を出る。
「お待たせしました」
王宮から出るとすでにそこにはエステル達がリィンを待っていた。
「ううん、私たちも今来たところだから……それにしても……」
「何か変ですか?」
まじまじと見てくるエステルにリィンは改めて自分の姿を見下ろす。
「ううん。ただあのデュナン公爵のおさがりだって言うから心配してたんだけど全然大丈夫だったみたいだなって」
「侍女の人が一晩で調整してくれたんです」
デュナン公爵はどちらかと言えば恰幅のいい体格をしている。
いくら昔からそうでなかったとしても、当然リィンとは細部で異なるのだが、オーブメントが使えない今の状況つまりは手作業で行ってくれただけに王族の服だと恐れ多くても拒むことはできなかった。
「それにしてもリィン君って本当に貴族だったんだね」
「本当というのは語弊がありますよ」
「そんなことないわよ。こうしてクローゼと一緒に並んで立つと様になっているし、あたしも一度貴族の騎士を演技でやったけど、やっぱり本物は違うわね」
リィンと同じように正装に着替えたクローゼと見比べてエステルはうんうんと頷く。
「おい、話すなら飛行艇に乗り込んでからにしろ」
話し込んでしまったところにアガットが急かす様に声を上げた。
「あはは……ごめん」
一言謝ってエステルは一同を振り返る。
「それじゃあ、みんな。行くよっ!」
その号令にリィンは歩き出した。
その先に何が待ち受けているのかも知らず、何もかもを犠牲にする最後の冒険が始まった。
*
リィン達がハーケン門に到着して程なくして、帝国軍の戦車部隊がリベールに向けて動き出した。
戦車部隊を指揮していたのはゼクス・ヴァンダール中将。
彼は出迎えたモルガン将軍に蒸気機関の戦車を国家機密と言い張り、善意をもってリベールを助けに来たのだと宣った。
詭弁にしか聞こえない言葉にリィンは同じ帝国人として居たたまれなくなる。
これが帝国のやり方だというのなら、《ハーメルの悲劇》のことも納得できてしまい、さらに自己嫌悪が募る。
「大丈夫、リィン君?」
「…………はい」
声を掛けてきたエステルにリィンは力無く頷く。
「それではみなさん、私はそろそろ行きます」
そう言って、躊躇うことなく歩き出したクローゼに対して、リィンはそれに続くことができなかった。
「リィン君?」
「大丈夫です……大丈夫……」
エステルの呼ぶ声にリィンは返事をしながら呼吸を整える。
目の前に展開される自国の軍勢。
今からそこにクローゼの補佐として交渉に赴くために来たのに、踏み出す一歩の重圧はとてつもなく重かった。
「おらっ!」
と、圧し掛かる重圧に固まっていたリィンの背中をアガットが乱暴に叩いた。
「あ……アガットさん」
「怖気づいてんじゃねえ。ようは喧嘩と同じだ。気合いを入れて行けっ!」
「アガットじゃないけど、気楽に行って来なさい。もしもの時はあたしたちがちゃんとフォローするから」
「アガットさん……シェラザードさん……」
リィンは順に背後に控えてくれている遊撃士達を見回し、その頼もしさを実感しながら深呼吸を一つする。
「行ってきます」
顔を引き締め、踏み出した一歩はそれでも重かったが、確かに足取りで前を歩くクローゼに追い付く。
「どうやら交渉相手が変わったようですな……
見れば、やんごとなき身分のお方とお見受けいたすが……んっ?」
ゼクスはクローゼの背後に控えるリィンを、正確には腰の剣帯に差した儀礼短剣に目を向けて小さく驚く。
「お初にお目にかかります……
わたくしの名は、クローディア・フォン・アウスレーゼ。リベール女王アリシアの孫娘にして先日、次期女王に指名された者です」
「これは失礼いたした! 自分の名はゼクス・ヴァンダール。エレボニア帝国軍、第三師団を任されている者です……
ところでそちらの少年は何者ですかね? 見たところ彼も相応の身分の者と分かりますが……」
クローゼから視線を向けて来たゼクスにリィンは恭しく頭を下げて名乗る。
「私は帝国北部、ノルディア州のユミルを治める男爵家の息子、リィン・シュバルツァーといいます。以後お見知りおきを」
「むっ……帝国人であったか、しかし何故貴殿がこの場に? それにその短剣は……」
皇族の持ち物であろう短剣を腰に差すリィンにゼクスはクローゼと交渉する前に意識を向ける。
「私はある事情で故郷を離れ、この半年余りリベールに滞在していました……
それは兄弟子と会うためであり、おそらくゼクス中将閣下なら俺が使う流派の名を聞けばそれが誰か分かると思います」
「ふむ……そう言うからにはさぞ名のある……いや、その太刀……まさか!?」
「はい。俺の使う流派は《八葉一刀流》……兄弟子の名はカシウス・ブライトと言います」
「カシウス・ブライトの弟弟子だとっ!?」
「まだ《皆伝》には程遠い《初伝》の身ですが、何かできることはないかと馳せ参じた次第であります」
「なるほど……だが男爵位の、それもお披露目も済んでもいない者の言葉で帝国政府の決定に異を唱えるというのか?」
「いえ、そのようなつもりはありません。私は先程、中将閣下がモルガン将軍におっしゃった。あの巨大な建築物がリベールの兵器ではないことを証言するためにこの場に立たせて頂いています」
「ほう?」
「自分はリベールを巡り歩いている折に何度も犯罪組織と刃を交えました……
この異常現象はリベールの手によるものではないと後ほど、詳細な報告書を提出する用意もあります」
「むう……」
リィンの言葉によって怯んだゼクスにクローゼが続く。
「貴国のお気遣いはとても嬉しく思いますが、ただでさえ貴国以上に全土が混乱しきっている状況です……
そこに他意はないとはいえ、動揺する市民も少なくないはず……
貴国の善意が誤解されてしまうのはわたくし、余りにも忍びないのです」
「で、ですが……」
「目下、わたくしたちはこの異常現象を解決する方法を最優先で模索しております……
また件の犯罪組織についてもシュバルツァー卿の協力もあり、犯罪組織からこの異常現象の中でも動く飛行艇を鹵獲することができました……
不戦条約によって培われた友情に無用な亀裂を入れないためにも、わたくしたちにしばしの時間を頂けないでしょうか?」
ゼクスは唸る。
この異常現象の中、使用できる飛行艇があることの意味は大きい。
しかもそれが帝国人によってもたらされたとなれば、自分たちが戦車でリベールの国土へと入り込む大義名分がなくなるとも言えてしまう。
これがただの男爵の子供なら戯言と切って捨てることもできたが、彼が持つ皇族所縁のある短剣がそれを邪魔する。
しかし、ゼクスの葛藤を消すように彼が現れる。
「なるほど、既にそこまで手を進めていたとは流石は僕が見込んだ男だね」
「………………え?」
聞き覚えのある声にリィンはゼクスの背後を見た。
戦車の間から悠然とした足取りで歩いて来るのは黒い軍服姿の金髪の青年。
そして、彼から一歩退いた位置で付き従っているのはミュラー・ヴァンダールだった。
「…………皇子…………」
「おうじ?」
ゼクスが漏らした言葉が理解することをリィンの頭は拒む。
「ここは私が引き受けよう。下がっていたまえ中将」
「は……」
「……おうじ?」
金髪の青年の言葉に当たり前のように従うゼクス中将に、リィンはその言葉をオウム返しに繰り返す。
「いよっしゃあっ! シャッターチャンスッ!」
戦車の奥の方からそんな奇声が聞こえてきた気がしたが、リィンの頭はそれを認識することはなかった。
そして、青年はリィンとクローゼの前に立って名乗った。
「クローディア姫殿下におかれましては、お初にお目にかかる……
リィン君は久しぶりだが、改めて名乗らせてもらおう……
私はエレボニア皇帝ユーゲントが一子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールという」
金髪の青年、オリビエは何食わぬ顔でその正体を明かした。
その後の交渉において、リィンはもはやものを言わぬ木偶の坊と化していた。
オリヴァルト皇子の言い掛かりにエステルが遊撃士協会代表として名乗りを上げて仲裁に入り、オリヴァルト皇子はそれでも自分たちの善意と正義を退ける根拠を証明してみせろと迫る。
そして、それを待っていたかのようにカシウスが《零力場発生装置》を搭載したアルセイユで現れて、その根拠を証明してみせた。
名目としては鹵獲した飛行艇の技術を抽出してと、カシウスはリィンの功績であると敢えて強調していたが、それさえもリィンは聞いていなかった。
根拠を示されたオリヴァルト皇子は約束通り全部隊を撤退させるものの、皇子自らの視察という名目でアルセイユに乗り込むことを主張した。
そして――撤退していく部隊の流れに逆らって一人の青年がハーケン門の方へと歩いて来た。
「あ……レクター先輩」
「おう、クローゼ久しぶりだな。だが挨拶は後にしてくれ」
そう言うとレクターはオーバルカメラの感光クォーツを交換して、未だに立ち尽くしたままのリィンに向け、シャッターを切る。
「よし、シュバルツァー。まだもう少しそのままでいろよ」
「あ……あの……」
様々な角度から次々とシャッターを楽しそうにシャッターを切るレクターに交渉が終わって気の抜けてしまったクローゼは見守ることしかできなかった。
「ん~いい表情ですね~キュートですよ~」
そして、いつの間に写真を撮っている人が一人増えた。
「おい、ドロシー……後生だから、やめてやれ」
「でもでもナイアル先輩……わたしこんな顔をしている人って初めてみましたよ! 魂が抜けた顔ってこういうのを言うんですね」
「それは俺も初めてだが、とにかくそれ以上は撮ってやるな」
「ん~……分かりました~」
残念そうに肩を落としながらドロシーは撮影をやめて、リィンから距離を取る。
そして、満足するまで写真を撮ったレクターはリィンに歩み寄り声をかける。
「よう! シュバルツァー久しぶりだな。なあ、今どんな気持ちだ? 是非、今の心境について一言コメントを」
「先輩っ!」
にやにやと笑って声をかけるレクターに流石にやり過ぎだとクローゼは声を上げようとして、リィンがようやく動いた。
傍から見たらゆっくりとレクターに拳を突き出した。
殴り飛ばすでもなく、叩き壊すでもない拳は音もなくレクターの胸を叩き、次の瞬間レクターは崩れ落ちた。
「え……先輩?」
「あれ……俺、殴られたのか? 何だこれ? 意識ははっきりしてるのに体がぴくりとも動かせねえ」
倒れたレクターは意外にもしっかりした声でクローゼの声に応じていた。
「今のはまさかっ!」
「知ってるの父さん?」
「八葉一刀流の《無手》の型、その奥義《終の拳》……
その拳は肉体を傷付けることなく、意識と体の繋がりを絶つことができる究極の技……
俺でさえ会得できなかった技を習得するとは、しかも見たところ無我の境地に至っているようにも見受けられる。流石だなリィン君」
「ちょっと父さん、カッコつけて誤魔化そうとしてるけど、リィン君がああなっちゃった責任の半分は父さんが原因でもあるんじゃないの?」
「リィン君もこんな形で《理》に至るなんてしたくなかっただろうに……」
「その上、詐欺同然の方法で皇族直属の親衛隊に内定って……なんて惨いことを」
「ティータ、お前はああいう悪い大人になるんじゃねえぞ」
「あうあう……」
「泰斗にも同じような奥義が存在しているが、まさかそれをこの目で見ることができるとはな」
口々に感想を述べる遊撃士達はどうしたものかと、拳を突き出したまま固まっているリィンを遠巻きに眺める。
「どうやらお困りのようだね諸君っ!」
そして、そこにゼクス中将と話を終えたオリビエが現れた。
「出たわね。諸悪の根源……」
「諸悪の根源とはひどいなエステル君」
「いやだって、もう何から突っ込んでいいか分からないけど、とにかくリィン君が可哀そうじゃない。何よ親衛隊って!?」
「それはリィン君を守るためでもあるんだよ。それよりも中々面白いことになっているそうじゃないか」
「ちょっと、オリビエまだ何かするつもり?」
「止めてくれるなエステル君。超帝国人のファン一号として、僕は《理》に至ったリィン君の究極の一撃を受けなくてはならない義務があるのだっ!
さあ、リィン君。僕にもその奇跡の一撃を味わわせてくれたまえっ!」
すでに帝国の軍勢は撤退して距離があるからいいものの、オリビエは意気揚々とリィンに近付き――
「ダマシタナアアアアアアッッッ!!!!」
《終の拳》とは程遠い《修羅の拳》がオリビエを空高く舞い上がらせた。