(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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61話 《リベル=アーク》

 

 

 リィン・シュバルツァーは本人にも分からない得体の知れない《異能》を持っていた。

 その存在を知ったのは六年前だった。

 当時、九歳だった子供が巨大な魔獣を滅多切りにして惨殺した。

 リィンはその力を畏れ、その力を御するために八葉一刀流を習い始めた。

 しかし修行はうまくいかず、《初伝》を授かると同時に修行は打ち切られてしまった。

 途方に暮れたリィンは、義妹のエリゼが自分を避けるようになったことを合わさり、ついには家にいることへの息苦しさに耐えかねて気付けば家を飛び出していた。

 老師との修行ではなし得なかった《異能》を制御するため、兄弟子を頼りリベールに来たリィンは紆余曲折ありながらも《異能》を自分のものとして――

 

「神気合一」

 

 リィンは《鬼の力》を体に漲らせ――アルセイユの巨大な破片をめり込んだ地面から力任せに引き抜いた。

 

「おおっ!」

 

「流石だな」

 

「俺は見るのは初めてだが、これ程とは」

 

 口々に感想がリィンの耳に届く。

 必要なこととはいえ、何ともやるせない気持ちをリィンは苦笑で誤魔化す。

 《結社》の攻撃によって墜落したアルセイユは幸いなことに地上まで落ちることなく、浮遊都市に不時着することができた。

 しかし、その衝撃に飛行が困難なほどの損傷を受けてしまった。

 本体の導力機関は無事だったものの、安定翼などの外側のパーツの損傷が特にひどい。

 十分な機材もないことから脱落したパーツを回収して応急処置で修復することになったのだが、重機のない作業に骨が折れることをユリアたちは覚悟していた。

 しかし、リィンの《鬼の力》がそれらの問題を簡単に覆した。

 何倍にも高められた腕力が自分の身長の倍はある鉄の塊を容易に持ち上げる。

 《鬼の力》で足りなければ《ウォークライ》とアーツを併用すれば、さらに倍の重量を持ち上げることができた。

 とはいえ、探索班のエステル達と同行しなかったジンやアガットなどの男たちも何もしていなかったわけではない。

 リィンは主に地面にめり込んだ破片を掘り起こすことを優先し、それらをジン達が運ぶ。

 

「まさか《鬼の力》を土木作業に使うことになるなんてな」

 

 嘆けばいいのか、それとも割り切って開き直ればいいのか、複雑な心境にリィンは肩を落とす。

 

「ははは……いいじゃねえか、そんな物騒なものを平和的に利用できるならそれに越したことはねえだろ?」

 

「そうですけど……レクターさん、貴方は何をしているんですか?」

 

「フッ……それはもちろん当初の目的通り、オリヴァルト皇子の活躍を周辺のことを含めて記録しているのさ」

 

 と、言いながらレクターはリィンに付きまとい、破片を背負うリィンにカメラを向けてシャッターを切る。

 ゴミを見るような目でリィンはレクターを見る。

 いっそう、この破片を振り回して潰してやろうかと不穏な考えが頭に過るが、リィンは堪える。

 

「働け」

 

「ははは、さっきも言った通りこれこそが俺の仕事だぞシュバルツァー……

 今、不安で震えている帝国市民のためにも俺はこの浮遊都市で何が起きていたのか一部始終を記録して持ち帰らなくてはならない……

 そう……言うなれば、ジャーナリストの勤めなのだよ」

 

 ――殴りたい……

 

 いつジャーナリストになったんだとか、突っ込みどころも多く。

 そして学園祭で会った時と全く変わらない自由人ぶりにリィンは盛大に笑われたあの時と同じ感想を抱く。

 

「おっと。落ち着けシュバルツァー……

 今お前が持っているのはここでは貴重なアルセイユのパーツだ。落としたり、ましてや俺を殴るのに使って壊すのはまずいだろ?」

 

「くっ……」

 

 両手が塞がっているのを良いことにレクターは余裕の表情で笑う。

 が、その背後に黒い笑顔を浮かべたクローゼが忍び寄る。

 

「先輩……リィン君の邪魔をしないでくださいね」

 

「おおっ!? クローゼいつの間に俺の後ろにっ!?」

 

「ふふ……少し前にリィン君に気配を消す歩き方を教えてもらいました。さあ、こっちに先輩ができるお仕事がありますから」

 

「お、おい……!? ちょっと待て……耳を引っ張るなぁ~!」

 

 悲痛な悲鳴を上げて引きずられていくレクターだったが、クローゼの一連の行動に熟練の慣れを感じてリィンは目を伏せる。

 とりあえずリィンは気を取り直して土木作業に集中する。

 アルセイユの後部甲板でオリビエがリュートをかき鳴らして呑気に歌っているが、直接的な被害になってないので無視する。

 

 ――あ……ミュラーさん……

 

 気分良く歌っているオリビエの背後にミュラーが現れると、その首根っこを掴んで引きずり船内に入っていく。

 全く同じ光景にリィンは思わずため息を吐く。

 

「早く終わらせないとな……」

 

 今はエステル達が探索班として浮遊都市を先行する形で調査を進めている。

 事が終わった後の脱出を考えればアルセイユの修理は急務なのだが、西岸に不時着したアルセイユの反対側に停泊した《グロリアス》の存在にリィンの気持ちが逸る。

 それを押し殺してリィンはとにかく体を動かす。

 そして日が傾きかけてきた頃になってようやく目ぼしい破片を全て回収することができた。

 

「御苦労じゃったなリィン君」

 

「いえ、俺だけが頑張ったわけじゃないですから」

 

 ラッセルの労いの言葉にリィンは軽食を摂りながら応える。

 リィンが主に担当したのは、地面にめり込んだ破片を掘り起こすことと、重すぎる破片を運んだに過ぎない。

 細かい破片や、数人で運べるものはジンやアガット、王国軍兵士が主に担当していた。

 

「いやいや、リィン君のおかげで予定よりも早く修理を終えることができそうじゃ……ククク……おかげでこの都市を探索する時間が取れそうじゃ」

 

「ラッセル博士……御一人で動き回るのはやめてくださいよ」

 

「分かっておるわい」

 

「ティータちゃんが一緒だから単独行動じゃない。何て言わないですよね?」

 

「う……うむ……」

 

「興味があるのは分かります。ラッセル博士が直接調べることの有用性も分かっていますから止めませんが、その時は必ず誰かに声をかけてくださいよ」

 

「分かった分かった」

 

 リィンの小言にラッセルはたまらんと降伏する。

 そこに――

 

「ただいまー!」

 

 探索に行ったエステル達が元気な声を上げて戻って来た。

 

「お帰りなさいエステルさん、ヨシュアさん……それと……確か空賊の女の子?」

 

 探索チームに見慣れない少女がいることにリィンは首を傾げる。

 

「何よ。文句ある?」

 

 喧嘩腰に睨むジョゼットにリィンは苦笑する。

 しかし、ジョゼットはあれっと首を傾げる。

 

「そういえばあんた……もしかして……」

 

「ええ、久しぶり――」

 

「やっぱりあの時の告白男っ!」

 

 ジョゼットの叫びにリィンは固まった。

 

「告白……何それ?」

 

 ジョゼットの叫びの意味を理解できずにエステルが聞き返す。

 

「《山猫号》を取り戻す時にこいつが邪魔してさ。ヨシュアに負けたら、突然――」

 

「あはは……何を言っているんですか?」

 

 リィンは笑顔を顔に張り付けてジョゼットの肩を掴む。

 

「え……う、動けない……!?」

 

「リィン君?」

 

 その先を言えば斬る。

 そう目で語られたジョゼットは顔を青くして何度も頷いた。

 

「えっと……」

 

「ところでどうして彼女がここにいるんですか? もしかしてヨシュアさんのことを追い駆けて来たとか?」

 

「ばっ!? そ、そんなことあるわけないだろっ!」

 

 適当なことを言って話を逸らそうとした話題にジョゼットはあからさまに狼狽する。

 

「ヨシュアさん……まさか……」

 

「待って。ちゃんと説明するから……」

 

 リィンとエステルから向けられた目にヨシュアは疲れた様子で彼女がここにいる経緯を説明する。

 《リベル=アーク》が現れた際に近付いてしまい、乗っていた飛行艇が墜落してしまった。

 その飛行艇を修理していたところに《結社》の襲撃を受け、彼女の二人の兄と仲間は捕まってしまった。

 そして一人で途方に暮れていたジョゼットをエステル達が保護してアルセイユに連れて来た。

 

「そうでしたか……」

 

「いい加減、放せっ!」

 

 押さえつけていた力を強引にジョゼットはもがくように外してリィンから逃げ出してヨシュアの背中に隠れる。

 

「ちょっと、どさくさに紛れて何やってんのよっ!?」

 

「べ、別にいいだろこれくらいっ!」

 

「ふ、二人とも……僕を挟んで喧嘩しないでほしいんだけど……それにエステル。今は博士に相談することがあるでしょ?」

 

「あ、そうだった」

 

「ん……? わしに相談とは何か面白い発見でもあったか?」

 

「うーん、面白いものかどうかは分からないけど……気になる物は見つかったのは確かね」

 

「ええ、実は《ゴスペル》を発行するための端末を発見しました……

 どうやらこの浮遊都市では《ゴスペル》がなじみのある物だったようです……

 公共サービスを受けるのに必要な身分証明を兼ねた携帯端末とでも言えばいいんでしょうか」

 

「なるほど……」

 

「それでねちょっと困ったことになっちゃったの」

 

「ふむ、何があったんじゃ?」

 

「この浮遊都市は現在非常時のために地下道のロックや移動機関のレールハイロゥは近くの端末を操作して使うことができるようになっていたんです……

 ですが、《結社》に都市の機能を掌握されてしまい、それが使えなくなってしまったんです」

 

「解除するには《ゴスペル》が必要なんだけど、再発行には氏名と生体データを入力しないといけなくて無理だから……

 これまでの戦いで回収した《ゴスペルβ》でそれを代用できないかと思って戻ってきたの」

 

「ふむ……そういうことか……じゃが、《結社》が作ったレプリカに過ぎんからの。あまり宛にはならんと思うが……」

 

 言いながら、ラッセルは棚の中から四輪の塔とリィンが回収した二つ、計六個のゴスペルを作業台に並べる。

 

「でも、他に宛はないんだから、ダメで元々、何でも試してみるしかないわよ」

 

 そう意気込むエステルだが、声には自信はなかった。

 

「それにしても《ゴスペル》の再発行させるためには登録された氏名が必要なわけか」

 

「うん、そうなんだけど……いくら博士でも昔の住民なんて知らないわよね?」

 

「当たり前じゃ……と言いたいところだが、心当たりなら一人おるの」

 

「うそっ!? 本当なの博士っ!?」

 

「エステル、落ち着いて……それは本当ですか博士?」

 

「うむ……お前さん達が四輪の塔で見つけてきたデータクリスタルには過去の出来事が記録されておった……

 記録者の名前は《セレスト・D・アウスレーゼ》……名前から考えると今の王家の御先祖様と言ったところじゃな」

 

「へー……クローゼの御先祖様か……確かにその人ならこの浮遊都市に住んでいたかもしれないんだよね」

 

「うん……それにもしかしたらクローゼの生体データが合致する可能性もある。試してみるのもいいかもね」

 

「ふむ、それならついでにリィン君も連れて行ってみてはどうじゃ?」

 

「え……俺ですか?」

 

 突然話を振られてリィンは首を傾げる。

 探索に行きたいリィンからすれば願ってもない申し出だが、意味が分からない。

 

「聞いたところによればリィン君は一度、《ゴスペルβ》を介して《輝く環》と接触したそうではないか?

 もしかすれば既存のデータとしてではなく、新しい住人として登録することができるかもしれんぞ」

 

「そんな都合良くいきますか?」

 

「でも、宛はないんだから思い付くことは全部試してみましょう……クローゼも呼んでくるから行ってみよ?」

 

 エステルの言うことは尤もなのでリィンとクローゼはダメもとで居住区画の市役所に赴き――

 

『生体パターン……新規登録者と確認。氏名を入力してください』

 

「……都合良くいきましたね」

 

「うん……まさか本当にできるとは思わなかった」

 

 呆然としたリィンの呟きにヨシュアは頷く。

 そして、隣の端末ではクローゼにも《ゴスペル》が発行されてエステルが歓声を上げていた。

 

「とにかく、これで各区間の地下道を解放できるから探索が進められそうね」

 

「そうだけど、エステル。一度アルセイユに戻って改めて報告をしようか……

 ゴスペルを手に入れることができたし、アルセイユの修理状況も気になるから意見交換をしておいた方がいいと思うよ」

 

 《ゴスペル》を手に入れた一同は改めてアルセイユへと戻り、互いの進行状況を伝えた。

 浮遊都市の名前は《リベル=アーク》。

 各区画をレールハイロゥと呼ぶ鉄道に似た装置によって行き来することができる。

 しかし、それは各区間の認証を済ませてからではないといけないため、まずは地下道を歩かなければならない。

 アルセイユの修理は順調だった。

 集めた破片から使えるものを選別し、ラッセル博士の見立てでは最低限飛行可能な状態までは修復できるそうだった。

 

「良し……それじゃあ――」

 

 報告も終わり早速探索の続きに行こうと勢いよくエステルは立ち上がる。が、それを最後まで言わせずにアガットが声をかけた。

 

「待て、エステル。それにヨシュア達も」

 

「え? どうかしたの?」

 

「もう日が沈んだんだ。お前たちは一旦休め、夜の間の探索は俺達が進めといてやる」

 

「でも……」

 

「アガットの言う通りだ。適度に休むのは仕事の内だぞ」

 

 渋るエステルだが、アガットの提案にジンが同調する。

 

「夜はみんなでおやすみしてられるほどのんびりしているわけにもいかないんだ」

 

「でも休みが必要なのはみんな同じでしょ?」

 

「いや……幸い、アルセイユの修理に関してはシュバルツァーがほとんどやってくれたから俺達はまだ体力が有り余っている……

 それに安心しろ俺達も無理をするつもりはねえ。夜の代わりに明日の昼は休ませてもらうさ」

 

 テーブルの上のゴスペルを手に取るアガットにエステルは唸るが、ヨシュアに説得されてアガットの提案に折れる。

 

「それからシュバルツァー。お前も今日はもう休め。いいな?」

 

「……」

 

「夜の内にできる限りの道は作っておいてやる。当然《結社》の船への道を含めてな」

 

「…………分かりました。お願いしますアガットさん」

 

 リィンもアガットの提案を受け入れて頭を下げる。

 気持ちは逸り、身体は疲労を感じていないが来る時のために体調は万全にしておかなければならない。

 ここで誰かに止められなかったら、それこそエステルと同じように倒れるまでリィンは働いていただろう。

 そうして、夜の時間の探索をアガット達に任せてリィン達は休息を取る。

 アガット達はクローゼが発行したゴスペルを持ち、リィンのゴスペルは万が一を考えてアルセイユで管理することになった。

 そして――

 

『アクシスピラーからの申請を受諾……

 市民ID:リィン・シュバルツァーの心的ストレスを計測……判定A……

 危険域と判定し、これより就寝時におけるケアプログラムを実行します…………良い夢を』

 

 

 

 

 






IF

オリビエ
「おや、クローゼ君……何か心配事かい?」

クローゼ
「いえ……ちょっと思ったんです……
 リィン君の名前がこのリベル=アークに登録されたということはリベール王族の始祖様と同等の血筋であるということになります……
 ですから名実共にリィン君を受け入れることができるのではないかと」

オリビエ
「なるほど、確かにその通りだがちょっと待ってもらおうか……
 リィン君は彼の獅子心皇帝が従えた《巨いなる騎士》の担い手……
 そのリィン君が手に入れた《灰の騎神》がかのドライケルス大帝が獅子戦役を平定せし力だとすれば……
 獅子心皇帝は彼を自分の《後継》だと選んだということに他ならない……
 つまりリィン君はエレボニア帝国を統べる資格を得たも同然だと思わないかい?」

エステル
「なんて言っているけど、いいのリィン君?」

リィン
「俺はもう寝ています。何も聞いていません」

『アクシスピラーからの申請を受諾……
 市民ID:リィン・シュバルツァーの心的ストレスを計測……判定A……
 危険域と判定し、これより就寝時におけるケアプログラムを実行します…………良い夢を』





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