(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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63話 《紅の方舟》

 《紅の方舟》グロリアス。

 それはアルセイユが不時着した最西端とは反対側の東端にある港湾施設に停泊していた。

 

「それじゃあ、行くよ」

 

 ヨシュアの合図にジョゼットが導力銃を構え、撃つ。

 

「なっ!?」

 

 肩のアーマーの上を撃たれたが、強化猟兵は振り返ってエステル達を見て絶句する。

 

「て、敵襲っ!」

 

 撃たれなかった強化猟兵が声を上げる。

 

「貴様らは……」

 

「お、お前たちの船はまだ修理中のはずなのだろう!? どうしてこんな所にいる!?」

 

「あいにく自分の足でここまで辿り着いたのよね~」

 

「兄貴たちを返してもらうよ」

 

 強化猟兵の言葉にエステルが挑発するように応え、ジョゼットが目的を口にする。

 

「たった三人でグロリアスに攻めてくるとは、舐めやがって!」

 

「教授と執行者達が出かけている間、俺たちはここを守ることを任された身」

 

「ふ……むしろここで貴様らを捕まえることができれば大手柄だ」

 

 三人の強化猟兵達はエステルとヨシュア、ジョゼットしかいないことに自分たちの方が優勢だと、そして合図を送ったグロリアスの中から装甲獣が二体現れる。

 

「さあ、覚悟しろ!」

 

 そう意気込み戦闘が開始する――はずだった。

 

「「二の型《疾風》」」

 

 彼らの背後からリィンとアネラスの二人に奇襲によって彼らは呆気なく蹴散らされるのだった。

 

 

 

 

「こ、これが《グロリアス》の中……」

 

 見張りを蹴散らして艦内に突入したジョゼットが広い通路に圧倒されて言葉をもらす。

 

「確か全長250アージュの船でしたよね? 実際に中から見るととても船の中だと思えないですね」

 

 ジョゼットの感想にリィンも同意する。

 戦車が二台並んで通れるような広々とした通路。

 施設としての規模が果たしてどれほどのものなのか想像もつかない。

 

「まー実際、ウンザリするほど広いわよ」

 

 一度捕まったことがあるエステルがしみじみと頷く。

 

「感傷に浸るのは後にしよう。おそらくドルンさん達は監禁用の牢屋に閉じ込められているはずだ」

 

「監禁用の牢屋って、そんなものまであるの?」

 

 ヨシュアの言葉にアネラスは呆れたように驚く。

 

「ええ……その牢屋はこの先の通路に下に続く小階段がありましたから、そこを降りれば牢屋のはずです……

 まずはそっちを優先して良いかな、リィン君?」

 

 わざわざ名指しして聞いて来るヨシュアにリィンは頷いた。

 

「構いません」

 

 リィンは短く頷く。

 果たしてこの船の中に彼女がいるのか、それさえも確かではない現状でジョゼットの目的を蔑ろにして捜索するわけにはいかない。

 それにもしかしたら、同じ牢屋に囚われている可能性もあるのだとリィンは自分に言い聞かせながら、動き始めたエステル達の後に続いた。

 

 

 

 

 幸いなことに牢屋は難なく見つけることができ、ヨシュアの予想通り空賊たちは全員そこに捕まっていた。

 しかし、牢屋のシステムが特別なものだったため、彼らを解放するのに必要な最新のセキュリティカードを探し奔走することとなった。

 その道中、執行者たちのものだと分かる部屋を覗くというハプニングはあったものの、無事にセキュリティカードを手に入れることができた。

 そして、牢屋への道を急ぐ中で彼は現れた。

 

「クク……やっと捕まえたよ」

 

 通り抜けたばかりの通路に床からせり上がった展開された電磁バリアがリィン達の退路を塞ぎ、前方から見覚えのある男が勝ち誇った様子で歩いて来た。

 

「ギ、ギルバート!?」

 

「……船内にいたのか」

 

 男の姿を見てエステルが驚きの声を上げ、ヨシュアが呟く。

 

「やれやれ……艦に侵入した連中がいると聞いてどんな愚か者かと思ったが……やはり君たちだったわけだ」

 

 取り巻きを連れていないのに余裕を見せつけるような態度で話しかけてくるギルバートにリィンは胸騒ぎを感じる。

 

「アネラスさん……気を付けてください。もしかしたら彼は囮かもしれません」

 

「うん……」

 

 小さな声で隣のアネラスにリィンは警戒を促す。

 

「あれ…………ねえコイツ、あんたたちの知り合いなの?」

 

 リィン達と違って面識のないはずのジョゼットが首を傾げながら尋ねた。

 

「ま、一応ね……汚職市長の元腰巾着であたしたちが捕まえたんだけど……」

 

「クーデターの時の混乱で脱走して《結社》に身を投じたらしい」

 

 エステルとヨシュアが簡単に説明するとジョゼットは突然笑い出した。

 

「あはは、やっぱりそっか……ボクたちと同じく、レイストン要塞の地下に捕まっていた市長秘書だよね?

 『僕は無罪だ!』とか言って泣き喚いていたからよく覚えているよ」

 

「なっ……!?」

 

 いきなり自分の醜態を暴露されてギルバートは言葉を失った。

 

「容易に想像できるな」

 

「みっしぃを爆弾にするくらいだから、そんな程度といえば納得だけどね」

 

「うぐ……」

 

 リィンとアネラスの言葉にさらに怯む。

 

「え、えーっと……まあ、そんなに気にする必要ないと思うわよ?

 そういう情けない経験を糧にして人って成長するもんだと思うし…………

 そんな格好している時点で糧にはなっていないみたいだけど……」

 

「……エステル。全然フォローになってないよ」

 

 容赦のない追撃にギルバートは顔を赤くして叫び散らす。

 

「っ……みなさん、警戒してください」

 

 嫌な予感がさらに強まり、リィンは警告を口にする。

 

「き、き、貴様ら、どこまで僕をコケに……いいだろう……もう手加減などしてやるものか……

 この新――いや、超・ギルバートの力、思う存分見せつけてくれるわッ!」

 

「え…………今、何て――」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしてリィンは聞き返すが、ギルバートはすでに行動を起こしていた。

 左手に戦術オーブメントらしき握り締め高らかに掲げる。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 気合いの篭った雄叫びを上げると、それは黒い光を発し、次の瞬間赤い炎がギルバートを包み込んだ。

 

「な、なななななっ!?」

 

「この炎……まさかアルセイユを落とした――」

 

「《十三工房》の新型戦術オーブメントか」

 

 ジョゼットはうろたえ、エステルとヨシュアが身構える。

 そして次の瞬間、炎が振り払われて、その中から髪を白く染め上げ、瞳を赤くしたギルバートが現れる。

 

「うそ……その姿、弟君の……」

 

 まさに《鬼の力》を使ったリィンと同じ姿となったギルバートは哄笑を上げる。

 

「ハハハ、驚いたかっ! これぞカンパネルラ様が僕に与えてくれた新たな力!

 エレボニア帝国に伝わる戦闘民族の力を再現した特別な導力魔法だっ!」

 

「えっと……」

 

「ごめん。こんな時、何って言ったら良いか分からないや」

 

「ふ……今更命乞いなど遅い!

 さあっ! 伝説の超戦士――いや超結社兵となったギルバート・ステインの力に戦慄するがいいッ!」

 

「ガフッ!」

 

 勇ましく吠える言葉をそれ以上聞いていることはできず、リィンは見えない拳を鳩尾に食らったように膝を折って崩れ落ちた。

 

「弟君っ!?」

 

 アネラスの悲鳴混じりに自分を呼ぶ声が遠くに感じる。

 

「ふ……どうやら君にはこの力の凄さが理解できているようだな……

 そう! この状態の僕は通常の三倍の戦闘能力を誇る……その意味が分かるな?」

 

「…………ふ、ふーん……三倍なんだ。ねえ、ヨシュア……」

 

「うん……知らないと言うのは残酷だね……」

 

「何を呑気にやってるのさっ! 来るよっ!」

 

 すっかりやる気を削がれてしまったエステルとヨシュア。

 そして一人、蚊帳の外でジョゼットだけがギルバートの変身に焦っているのが滑稽でもあった。

 

「さあ、ここで積年の恨み張らさせてもらうぞっ!」

 

 ………………

 …………

 ……

 

「あわびっ!」

 

 奇妙な悲鳴を上げてギルバートはエステルの棒に殴り倒される。

 

「ば、馬鹿な……この僕が……超ギルバートが負けるなんて……」

 

「あ、あの~ちょっといい?」

 

 しりもちを着いて呆然とするギルバートを気遣う様にエステルは棒を突き付けたまま、進言する。

 

「確かに元の三倍くらいの強さだったけどさ……

 それって元のあんたが強くなくちゃあんまり凄くないよね?」

 

「え……?」

 

「だから1を三倍にしても3でしょ?

 3ギルバートだとこの中じゃあジョゼットくらいにしか勝てないんじゃないかな?」

 

「ちょっとそれってどういう意味さ!?」

 

 エステルの評価に当のジョゼットは食ってかかるが、その評価は概ね正しい。

 正遊撃士となって数々の修羅場を潜り抜けてきたエステルや、《執行者》の勘を取り戻したヨシュアと比べてはどうしても見劣りしています。

 

「それにそういう力って結局、その人ができる動き以上のことはできないわけだから、パワーが増しただけで簡単に見切れるのよね」

 

「え……?」

 

 そもそもリィンの《鬼の力》の強化率は三倍では済まない。が、そのおかげでギルバートは理性を保っていられるのかもしれない。

 さらに付け加えるならリィンの場合、元の戦闘力が1ギルバートでは収まらないので同じ倍率の強化でも差は一層開くだろう。

 

「じゃあ、あんたはどれくらいなのさ?」

 

「えっと……そうね……5、いや6ギルバートは固いと思うわよ」

 

「はあ!? あんたがボクの倍強いだって!? いい加減なこと言ってんじゃないよ!」

 

「ふふん。何たって今のあたしは正遊撃士だもんね。あの頃と比べてもらっちゃ困るわよ」

 

「ふん。そう言ってもノーテンキなのは全く成長してないくせにっ!」

 

「あんですってー!」

 

「二人とも、こんなところで喧嘩しないで――」

 

「「ヨシュアは黙ってて!!」」

 

「…………ハイ…………」

 

 エステルとジョゼットに怒鳴り返されて、ヨシュアは肩を落とす。

 

「弟君。大丈夫?」

 

「はい……何とか……」

 

 アネラスの言葉に応えながら、予想もしなかった精神攻撃の余韻を振り払いリィンは立ち上がる。

 そして未だにへたり込んだままのギルバートを複雑な目で見下ろす。

 

「傍から見たらあんな風に見られていたんですね」

 

「あれは自分に酔っていただけだから弟君とは全然違うから、安心していいと思うなぁ」

 

 慰めの言葉を聞いてもリィンの心は晴れなかった。

 

「えっと……みんな、いつまでも遊んでないで急いで牢屋に戻らないと」

 

 アネラスはそれ以上リィンの傷口に触らないようにした方がいいと判断して、先を促す。

 

「そ、そうだよね」

 

「うんうん。早く兄貴たちを助けないと」

 

「…………はぁ……」

 

 気を取り直して一同は未だに呆けているギルバートの横を素通りして――背後に展開されていた電磁バリアが突然焼失した。

 

「な、何っ!?」

 

「……この焔……まさかっ!」

 

「っ!?」

 

 慌てて振り返り身構えながら、リィンは胸の疼きを感じた。

 

「急に呼び出されて何事かと思ったが……なるほど……そういうことか……」

 

 焔の中から平然と歩いて出て来たのは気怠げな男だった。

 しかし、一見すればやる気のない態度だが、その目は爛々と輝いてリィンを見据えていた。

 

「ヨシュアさん、知っているんですか?」

 

「…………執行者No.Ⅰ《劫炎》のマクバーン……最強の執行者だと言われている」

 

 緊張に声を震わせるヨシュアに対してマクバーンは気負いなく言葉をかけてくる。

 

「久しぶりだな。ヨシュア……ちっとはマシな面をするようになったじゃねえか」

 

「ああ、お陰様でね」

 

「今のお前も少しは興味あるが、俺が今用があるのはそいつでな。巻き添えを食らいたくなければさっさと行きな。それくらいは待ってやるよ」

 

「っ……」

 

 叩きつけるような殺気と熱気にリィンは息を飲む。

 それだけでヨシュアが言っていた最強の執行者だという言葉が実感できてしまう。

 

「ちょっといきなり出て来て何言ってるのよっ!」

 

「そうだよ。弟君と戦うなら私たちも戦うよ」

 

 マクバーンの威圧に固まっているヨシュアとリィンの前にエステルとアネラスが立ち塞がる。

 

「エステル――」

 

「アネラスさん――」

 

「行かないなら別にそれでも構わないぜ。まとめて焼き尽くすだけだ」

 

 そんな彼女たちに声を掛けるよりも早く、マクバーンが待ちきれないと言わんばかりに動く。

 

「まずは挨拶代わりだ」

 

 そう言うと掌を上にして、そこに火球を作り出す。

 

「焔が!?」

 

「タネも仕掛けも、駆動も詠唱もしてねえぞ?

 アーティファクトに頼っているわけでもねえ。ただ俺は、念じれば焔を出せる……ま、言わなくても察したみたいだな」

 

 その言葉はあくまでもリィンに向けられたものだった。

 そしてまさしくその通りだった。

 目の前の男は自分と同じ。

 《中身》や《強度》、そして《純度》の違いや差はあっても目の前の男は自分と同じものだと理解する。

 さらには本能的に分かる。

 他の誰が戦っても決して倒せない。倒せるのは同じ存在である自分だけ。理由は分からないがリィンはそう感じた。

 

「エステルさん……みなさんは先に行ってください」

 

 彼女たちの横をすり抜けてリィンはマクバーンと対峙する。

 

「でも……」

 

「大丈夫です。必ず追い付きますから」

 

 言いながらリィンは太刀を抜き、構える。

 

「あん?」

 

 それを見て、マクバーンは眉をひそめ――次の瞬間には声を上げて笑った。

 

「おいおいおい! その太刀は何処で拾ったっ!? はっ! 正直気が乗らなかったが今回ばかりは教授に感謝するぜ!」

 

 火球がマクバーンの心情を表すかのように激しく燃え盛る。

 リィンは増大する威圧感に唾を飲み込み、意識を《鬼の力》に向け――

 

「神気――」

 

「はい。そこまで」

 

 激しい熱気が充満したその場に不釣り合いな軽い声が響くと、二人の間に《道化師》が現れる。

 

「おい、邪魔するなよカンパネルラ」

 

「いやいや、ここで君たちに暴れられたらグロリアスが落ちちゃうでしょ? 流石にそれは見過ごせないよ」

 

 本当にそう思っているのか怪しい顔でカンパネルラはマクバーンをたしなめる。

 

「それに君もそんな中途半端な終わり方になって欲しくないはずだと思うけど?」

 

「…………ちっ」

 

 カンパネルラの意見に一理あると感じたのか、マクバーンは舌打ちを一つ打って火球を握り潰した。

 

「そう言うからにはちゃんと戦う場を用意してくれるんだろうな?」

 

「そうだね。明日には彼らも《中枢塔》に辿り着けそうだし、教授もそこで迎え撃つつもりみたいだから、そこでというのはどうだい?」

 

「明日か……ま、いいだろう」

 

 納得したマクバーンは気怠げな雰囲気に戻ると踵を返し、それ以上何も言わずに去って行った。

 

「…………はぁ……」

 

 疲れたため息を吐いたカンパネルラはリィン達に向き直る。

 

「挨拶が遅れたね。ようこそ《紅の方舟》グロリアスへ……

 君たちが突入するあたりから見物させてもらったけど、相変わらず君たちは面白いね」

 

「また絶妙なタイミングで出て来たわね」

 

 そんなカンパネルラにエステルが呆れた眼差しを送る。

 

「でも、流石に今回は助かったかもしれないわね。一応、お礼は言っておくわ」

 

「…………ねえ、ヨシュア。これって本気で言っているんだよね?」

 

「まあ、そういう子だから」

 

 調子が狂ったかのように顔しかめる道化師にギルバートが縋りつく。

 

「カ、カンパネルラ様! どういうことですか!? この力があれば奴等に勝てるはずじゃなかったんですか!?」

 

「ギルバート君。僕は言ったよね……

 その技術はまだ未完成だって。でも君はそれにも関わらずあのリィン・シュバルツァーに膝を着かせた事実を見ていなかったのかい?」

 

「はっ! ……そういえば確かに……」

 

「やっぱり君は中々見所があるね。これから本当の超結社兵となるために頑張ってよね」

 

「は、はいっ!」

 

 カンパネルラの言葉に感極まった返事をするギルバート。

 その目の前で繰り広げられる茶番にエステル達は白い目を向ける。

 

「さてと……」

 

 それを分かっていてカンパネルラはエステル達に向き直る。

 

「そういうわけだから、今回はこれで手打ちにしないかい? もちろん捕まえていた空賊は連れて行って構わないからさ」

 

「…………本当でしょうね?」

 

「そんなに僕って信用してもらえないかな? 何だったらおまけにリィン君が気になっていることに答えて上げてもいいんだけど?」

 

「っ……」

 

 話を向けられたリィンは息を飲む。

 

「ところで先に僕から質問をしてもいいかな?」

 

 それを尋ねることをわずかに躊躇っていると、カンパネルラの方が質問を投げかけて来た。

 

「リィン君が持っているその太刀……僕たちのアジトで使っていたものとよく似ているけど別物だよね? いったい何処で手に入れたのかな?」

 

 その質問にリィンは答えるべきか悩み。

 戦術殻が簡単に変形していたことを思い出して気楽に応えた。

 

「俺をあの場から逃がした戦術殻がカシウスさんと戦っていた時にこの形になった」

 

「へぇ……」

 

 カンパネルラの目が興味深いと言わんばかりに細まる。

 

「言っておくが、返せなんて言われても従うつもりはないぞ」

 

「ははは、そんなことは言わないよ……なるほど、レーヴェがどうしてあんなことをしたのか分かったよ」

 

「レーヴェ?」

 

 突然出て来た名前にリィンは首を傾げる。

 その意味を聞き返そうとすると、カンパネルラは指を鳴らし、小さな瓶がリィンの前に浮かんで現れる。

 

「っ……」

 

 灰が詰まった瓶が何なのか、それが頭に過ったリィンは息を飲む。

 

「君がレーヴェと戦ったあの日、戻って来たレーヴェは珍しく執行者の自由を振りかざしてね……

 教授が保存していた彼女の亡骸を勝手に焼いちゃったんだよ」

 

「っ……」

 

「いやーあんなにキレたレーヴェを見たの久しぶりで、そんなにリィン君に負けたのが悔しかったかと思ったけど……そういう理由なら納得だね」

 

「えっ!?」

 

「レーヴェに勝った!?」

 

「弟君、何それそんな話聞いてないんだけど?」

 

「あれ? 言ってませんでしたっけ?

 エステルさん達が四輪の塔を巡っている時に、カシウスさんの指示で封鎖区画の調査をしていたんです……

 そこであの人と遭遇して一戦交えたんですけど……」

 

 エステルとアネラスに睨まれて最後は尻すぼみにリィンは体を小さくする。

 

「弟君、後でその話は詳しく説明してもらうからね」

 

「…………はい」

 

 三人に睨まれながらリィンは肩を落として頷き、浮かんだままの瓶を――手に取った。

 涙が出そうになるのをぐっと堪え、少なくともちゃんと弔いができることに安堵する。

 

「礼を言うつもりはないぞ」

 

「ふふ、分かってるよ……それよりも君は明日のことを心配するべきだよ」

 

「…………」

 

 カンパネルラの指摘にリィンは黙り込む。

 

「君の戦い。しっかりと《見届け》させてもらうよ……それでは皆様、ご機嫌よう」

 

 カンパネルラは指を鳴らして炎を生み出し、ギルバートと共にその場から消え去った。

 異様に静まり返った敵の艦内。

 侵入者を排除するために動き回っていた機械兵たちが動いている気配もなくなり、奇妙な静寂がそこに満ちる。

 カンパネルラはああ言ったものの敵地には変わらない。

 一刻も早く空賊を解放して退散するべきなのだろうが、今は動く気になれなかった。

 

「すいません。先に行ってください……」

 

「リィン君――」

 

「エステルちゃん。ここは私が残るから、先に行って」

 

「でも……」

 

「エステル……アネラスさんに任せよう」

 

 食い下がろうとするエステルをヨシュアが止める。

 エステルは後ろ髪を引かれながらも折れ、ヨシュアとジョゼットと共に空賊を解放しに行った。

 

「…………もうエステルちゃん達は行ったよ」

 

「…………はい」

 

「ここには……ぐすっ……私しかいないから……我慢なんてしなくてもいいんだよ」

 

 そう言うアネラスの声も震えていた。

 変わり果てた姿になったアルティナの遺灰を抱き締める。

 こうなることは覚悟していた。

 自分の想像もつかない方法で惨たらしく利用される可能性も考えた。

 とにかく胸の奥から湧き上がる感情を、リィンは堪えることはせずに吐き出す。

 そんなリィンをアネラスは背後から優しく抱き締めた。

 

 

 






 一応補足
 ギルバートが捕まっていた言葉で「僕は無罪だ!」と言っていたそうですが、本来なら「無実」だと思います。
 ですが原作ではそう叫んでいるのでそのままにしています。なので誤字ではありません。








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