(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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64話 前夜、そして開戦

 ようこそ遊撃士諸君。

 諸君が辿り着くことを想定してここにメッセージを残させてもらった。

 『福音計画』は最終局面に移行し、《輝く環》が真に目覚めるのも近い。

 君たちにもその場に立ち会ってもらおうとも思ったが、ただ案内するというのもつまらない話だ。

 そこで一つゲームをしよう。

 中枢塔の各所には私の協力者たちが待ち受けている。

 彼らを突破し、頂上まで辿り着けば諸君に《環》の復活を見せてあげよう。

 それでは楽しみに待っているよ。

 

 《蛇の使徒 第三柱ゲオルグ・ワイスマン》

 

 P.S.ヨシュアへ。

 大切な家族や仲間との再会を果たせたようで何よりだ。

 だが、レーヴェやレンを蔑ろにするのは少々感心しないな。

 せっかくの機会を用意したのだから納得いくまで話し合ってみるといい。

 

 

 

 

 アルセイユの作戦会議室にて、中枢塔近くの駅を使えるようになった報告と共に聞かされた伝言に一同はあからさまに顔をしかめた。

 

「ボク、この教授って良く知らないんだけど……何だかずいぶん悪趣味なヤツみたいだね」

 

「うん……とことん性根が歪みまくってるんだと思う」

 

 ジョゼットの感想にエステルを始めとした一同全員が同じ感想を共有する。

 

「ともあれ《中枢塔》……敵がそこで待ち構えているというのなら、探索は一時中断することにしよう」

 

 ため息を一つ吐いて意識を切り替えたユリアが会議を進める。

 

「そして決戦だというのなら、私も参加させてもらおう」

 

「えっ……?」

 

「それについては自分も微力ながら協力させてもらうつもりだ」

 

「ほう……?」

 

 ユリアとミュラーの突然の申し出にエステルとオリビエが虚を突かれたように目を丸くする。

 

「ユリアさん、アルセイユの修理は大丈夫なんですか?」

 

「はい。すでに飛行機関のテストは済ませ、いつでも飛び立つことが可能です」

 

「この付近の安全は確保できている。ここにいても自分ができることは少ないだろう……

 ならば武人は武人らしく、剣で役に立たせてもらおう」

 

「なるほどね……ユリアさんが出かけてしまったら寂しいというわけだね?」

 

「……誰のためだと思っている」

 

 茶化すオリビエの言葉にミュラーは睨み返す。

 

「あはは、オリビエのセリフはともかくユリアさんとミュラーさんが手を貸してくれるなら、大いに心強いわ!」

 

「そういうわけだから、私たちも戦力として数えてくれていい。そして、戦闘中の指示に関しては君たちに一任しよう」

 

「うん、分かった。えっと、それじゃあヨシュア」

 

「それでは明日の決戦について、改めて敵の戦力について話し合いたいと思います」

 

 元執行者のヨシュアが取り仕切って敵が用意している戦力を説明しようとして、ジンが手を上げてそれを止めた。

 

「話の出鼻を挫くようですまないが、ヴァルターとの対決は俺に任せてくれないか?」

 

「ジンさん……ですがセオリーなら――」

 

「分かっている。戦力をまとめて各個撃破できるのなら、それが最良だ……

 私情を交えるべきではない状況だとは分かっているのだが……」

 

「ううん、ジンさん。そういう気持ちは大切だと私は思うよ。それにそういう気持ちがあるのはジンさんだけじゃないから」

 

 提案して躊躇うジンにエステルが言う。

 

「あたしもレンにもう一度会って言わなくちゃいけないことがある。シェラ姉だってそうだよね?」

 

「ええ、あたしもルシオラ姉さんには問い質したいことがあるわ」

 

「かく言うボクも怪盗紳士とは雌雄を決したいと思っているから、エステル君に賛成だね」

 

「…………分かりました」

 

 他人のことは言えないヨシュアはあっさりと折れて話を進める。

 

「相手がどんな風に僕たちを待ち構えているか分かりませんが、それぞれが優先的に担当する人を決めましょう」

 

 執行者No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブランの相手に立候補したのは、オリビエとその付き人としてミュラーの二人。

 執行者No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルターには、ジン。

 執行者No.Ⅵ《幻惑の鈴》ルシオラには、シェラザード。

 執行者No.ⅩⅤ《殲滅天使》レンには、エステルとティータ。そしてティータの面倒を見る名目でアガット。

 執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルトには、ヨシュア。

 そして新たな執行者No.Ⅰ《劫炎》のマクバーンにリィンが立候補した。

 

「こうして並べて見るとうまいことばらけとるなあ」

 

 ボードに書かれた名前を見て、まだ配分されていないケビンが唸る。

 

「おそらく教授はこの全員の先に待ち構えていると思いますので、ここでは敢えて相手は決めないでいいと思います……

 それから執行者No.0《道化師》カンパネルラですが、彼は自分のことを《見届け役》と言っていました。なので、彼が戦闘に参加する可能性は低いと思います」

 

 ヨシュアが欄外に二人の名前を書いて別扱いする。

 

「残っているのはケビン神父にアネラスさん、それから私とユリアさん。それからジョゼットさんの五人ですけど……

 レクター先輩は戦ってくれないんですか?」

 

「おいおいクローゼ。俺はしがない文官の身だぜ? 一応剣術は齧ったが、達人様とやり合えるような腕じゃねえよ……

 できて精々ここでお留守番くらいしか役目はねえよ。いや、いっそオリヴァルト皇子について行って怪盗紳士とのバトルを激写するのもありか?」

 

「おっ! それはいい考えだね、レクター君」

 

 レクターの呟きにオリビエが悪ノリする。

 そんなバカ二人を無視して、ジョゼットが口を開く。

 

「そのことなんだけど兄貴たちに確認したら協力してくれるって言ってくれたから、二人追加して良いよ」

 

「そうなると残りは七人っと……それじゃあここからどう決める? クジ引き?」

 

「エステル……」

 

 ヨシュアは適当なことを言うエステルに呆れの眼差しを向けてから応える。

 

「普通に考えれば、前衛と後衛になる人をバランス良く割り振るものだよ。それから相手の戦闘力を加味して人数も調整する」

 

「なるほど……今のところ、一人なのはジンさんとシェラ姉とヨシュア。あとリィン君のところか」

 

「あ、それならヨシュアのサポートはボク達が引き受けるよ」

 

「え……?」

 

「《山猫号》を取り戻す時まで一緒にやってたし、その《剣帝》って奴があの赤い奴の正体だったんだろ? ならリベンジにもなるし丁度いいよ」

 

「ちょっと、あんたねえ。《剣帝》の実力が武術大会の時と同じだと思ったら大間違いよ」

 

「そんなの分かってるよっ! でもだからってこのままやられっ放しで終わるなんて真っ平ごめんだよっ!」

 

「えっと……二人とも……」

 

 言い合いを始める二人にヨシュアは腰を引きながら仲裁し、結局ヨシュアのサポートにはカプア一家が付くことが決まった。

 エステルが頬を膨らませて、ヨシュアが疲れたように肩を落としていたのが印象的だった。

 

「それなら弟君には私が――」

 

「いえ、アネラスさんはシェラザードさんについてもらえますか」

 

 アネラスの言葉を遮ってリィンは別の場所を勧める。

 

「弟君……」

 

「リィン君、あの男と一人で戦うのは流石に認めるわけにはいかないわよ」

 

「俺はたぶん……《鬼の力》を全開にして戦うことになると思います。自惚れるつもりはありませんが、周りを気にしている余裕はないと思います」

 

「今のお前さんがそこまで言う程の相手か……その《劫炎》のマクバーンとやらはそれほどの相手なのか?」

 

 ジンの質問に倣って、一同の視線がヨシュアに集中する。

 

「執行者のナンバーは実力順ではなく、単純に任命された順番になります……

 ですが、彼についてはナンバーが示す通り、《最強の執行者》です」

 

「うん……少し顔を合わせただけだけど、何というか戦って勝ち目があるとかそういう次元の話じゃなかった」

 

 ヨシュアの説明にエステルが曖昧な補足を付け加える。

 前向きで諦めないことが心情のエステルがそう評価することに一同は黙り込む。

 

「それなら尚更弟君を一人で戦わせるわけにはいかないよ」

 

「あ、えっと……あんな風に言った後でこれを言うのはあれですが、実は策があるんです」

 

「え……?」

 

「ですから後で時間をもらえませんか、ヨシュアさん?」

 

「それは……」

 

「待ってリィン君。その策ってまさか――」

 

「いえ、あれとは別です。ヨシュアさんにはそれが有効なのか確認したいというだけです」

 

「…………でも……」

 

 それでもまだアネラスは納得できずに迷う。

 

「それなら俺がついて行くってのはどうだ?」

 

 そう進言したのはレクターだった。

 

「剣術は微妙、導力魔法も微妙だが、そいつはリィン以外は眼中にねえんだろ?

 どうせ見ていることしかできないんだったら、俺で十分のはずだ……

 それにもしこいつが負けて殺されかけたとしても、何とか助けるくらいの技はあるからな」

 

「レクター先輩、そんな技を持っていたんですか?」

 

「ふ……何だったらここで見せてやろうか? 俺の――土下座をっ!!」

 

 期待が一転して、クローゼはゴミを見るような目でレクターを見る。

 

「ほう。流石レクター君。だが、土下座の完成度では負けていられないな」

 

「張り合うな馬鹿者」

 

 立ち上がるオリビエにミュラーは拳骨を落として黙らせる。

 そんなミュラーの姿に頼もしさを感じながら、リィンはアネラスの説得を続ける。

 

「えっと、そういうわけですから俺の方は大丈夫だと思います。それに他の人達だって決して楽な戦場は一つもありませんから」

 

「……うん……そうだね」

 

 マクバーンが最強であっても、他の執行者達は全てその分野では《達人級》の猛者ばかり。

 決して蔑ろにしていい相手ではないことをアネラスは認める。

 

「でも、これだけは約束して絶対に無茶はしないって」

 

「それは…………善処します」

 

 凄んでくるアネラスから視線を逸らしてリィンはそう答えるしかなかった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 その後の会議でリィンと同じようにジンがヴァルターの相手は自分一人でいいと言い出した。

 リィンとマクバーンとは違い、二人の因縁を考慮してそれは簡単に認められた。

 そして一悶着があったのはクローゼが戦う相手を決める時だった。

 親衛隊のユリアからすれば、クローゼにはいざという時のために自分に変わってアルセイユに待機していてもらいたいと主張した。

 が、クローゼは断固として自分も戦うと譲らず、多少の因縁があるブルブランを選ぶが、そこでもユリアは待ったをかけた。

 曰く、クローゼに言い寄る不届き者に近づけさせたくない。

 しかし、ユリアの訴えにクローゼは首を縦に振らなかった。

 国家元首になる決意をした以上、相手が誰であっても退いてはいけないという主張にユリアは折れ、ブルブランに両国家の姫と皇子、その騎士が戦うことになった。

 そして余ったケビンは必然的にシェラザードのチームに割り振られる。

 

 

 

 

 そして、夕暮れに空が染まり、二日目の夜が始まろうとしているところでリィンは何故か工業区画にいた。

 

「アガットさん……」

 

「言うな」

 

 隣を歩くアガットにリィンは言葉をかけるが、即答で返って来たのは拒絶の言葉だった。

 決戦は明日の朝。

 今日はそれぞれ各自で休み、英気を養うようにする方針だったのだが、夕食の準備を手伝おうとしていたリィンはラッセル博士とティータの二人に捕まってここまで連れて来られた。

 

「こんな時くらい、大人しくしていて欲しいですね」

 

「全くだ」

 

 リィンの呟きにアガットが同意する。

 

「何をしておるリィン! 早くこっちに来んかいっ!」

 

「アガットさん、早く早くっ!」

 

 アルセイユの修理を突貫工事で終わらせた二人は時間が空いたならばと、早速リベル=アークの探索に駆け出した。

 以前に一人で行動するなと忠告を守って自分やアガットを呼んだのだろうが、おそらくリィンの《ゴスペル》が目的なのだろう。

 リィンが発行した《ゴスペル》は何故かクローゼが発行したそれよりも権限が上でできることは多かった。

 そのため、こうしてリィンは連れ回されることになった。

 

「まあ、夕食ができるまでは好きにしていいとユリアさんから許可は得てますから、それまでは自由にさせて上げましょう……

 あれだけの損傷をたった二日で直してくれたんですから」

 

「ま、そうだな」

 

 ラッセル博士たちが頑張ってくれていたのは分かっているからか、文句を言いながらも不快な様子はなかった。

 

「そういえば……」

 

「あん?」

 

「アガットさん達が戦うレンですが、パテル=マテルとはどう戦うつもりですか?」

 

「それか……一応じいさんがサテライトなんとかっていう兵器を用意しているらしい……

 それの操作ができるのはティータだけだから、あいつ任せになるが。お前は自分の相手に集中するんだな」

 

 余計なことは言わず、気にすんなと話題を終わらせるアガットの落ち着きぶりは初めて会った時と見違えるほどにどっしりとした安定感があった。

 何があったとは聞かなくても何となく分かる。

 リィンがリベールに来てから成長したように、彼は彼の道を辿って成長したのだろう。

 

「アガットさん」

 

「今度は何だ?」

 

「実はカシウスさんから《鬼の力》のマスタークォーツを預かっています」

 

「…………そうか」

 

「博士に頼めば明日の朝までに戦術オーブメントを調整してくれると思います……

 リミッターもありますし、アーツに落とし込んでいるのでオリジナルよりは劣りますが、それでも扱うのは難しい力ですが――」

 

「シュバルツァー」

 

 リィンの説明をアガットは遮って止める。

 

「細かい理屈はこの際どうでもいい。どうして俺にそれを言う?」

 

「理由はいくつかあります」

 

 パテル=マテルという規格外と戦うための手段。

 エステルやヨシュアには何となく合わないという直感。

 そして――

 

「一番の理由は今のアガットさんなら大丈夫かもしれないと思ったからです」

 

「そうか……」

 

 リィンの言葉にアガットは頷く。

 そのまましばらく会話はなく、二人は無言でラッセル博士とティータの後に続いた。

 

「…………おい、シュバルツァー」

 

「はい?」

 

「寄こ――」

 

「おおっ!! これはゼムリアストーンの加工法じゃとっ!?」

 

「ええっ! ゼムリアストーンってあのすごく硬いレアメタルだよね!?」

 

「リィンよ。早く認証を済ませてくれんか!」

 

「えっと……」

 

 虚空に差し出した手が何を求めているのか分かっていても、急かすラッセル博士の呼び声にリィンが何とも言えない気持ちになる。

 アガットは深々とため息を吐いて、顎でラッセル博士たち指して続きは後で良いと目で言う。

 リィンは苦笑を浮かべてから急かすラッセルの下に向かった。

 

 

 

 

 アルセイユに戻ったリィンは夕食を摂り、最終決戦を前に思い思い過ごす人たちの間を巡る。

 酒がないことを嘆きながら、タロット占いをするシェラザード。

 改めて皇族親衛隊の一員にならないかと勧めてきたオリビエとミュラー。

 瞑想していたジンとはヴァルターが城門を破壊した技のことについて話す。

 そして、ケビンと話し込んでいるヨシュアの下へ行き、対マクバーンの策について尋ねた。

 

「それは……」

 

「またえぐいこと考えるなぁ自分」

 

 それを聞いたヨシュアとケビンはあからさまに顔をしかめる。

 

「そう言わないでください。これでもない頭を使って必死に考えた策なんですから」

 

「いや……でも確かに悪くない策だと思うよ。それなら確実に彼を無力化できると思う。もっとも殺しきれるとは到底思えないけどね」

 

「それ程ですか……」

 

 そこまでやって殺せない保障に安堵して良いのか、畏れれば良いのか複雑な気持ちになる。

 故にリィンは考えた末にヨシュアにあの時の話を持ち掛ける。

 

「ヨシュアさん、やっぱりあのクスリいただけませんか?」

 

「クスリ? 何のことやヨシュア君?」

 

 押し黙るヨシュアに剣呑な眼差しでケビンは彼を見る。その視線にヨシュアは観念してそれを出した。

 

「元々僕は一人で執行者と教授を殺すつもりでした。それこそ刺し違えるつもりで、そのための強化ドラッグを用意していたんです」

 

 蒼い錠剤が入った袋をテーブルの上に置くヨシュアにケビンは呆れ、頭を掻く。

 

「そこまで覚悟決めとったちゅうわけか……ヨシュア君……このドラッグ名前は?」

 

「確か《グノーシス》と呼ばれていました。クロスベルで入手したものですが、どうかしましたか?」

 

「クロスベル……せやけど……」

 

 思考に没頭するケビンにヨシュアとリィンは顔を見合わせて首を傾げる。

 

「ああ、悪い悪い……昔、教会の資料で同じ名前のクスリの名前を聞いたことがあってね……

 神父の立場から言わせてもらうと、二人ともこんなクスリを使うのはワイは反対や」

 

「ケビン神父……ですが……」

 

「分かっとる。リィン君の相手はそれを使わなければあかんくらいにやばい奴なんやろ? そうやな……」

 

 おもむろにケビンは星杯の紋章を取り出すと、それをクスリに掲げる。

 

「空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り」

 

 紋章が輝き出すと、それに合わせて蒼い錠剤も光り出す。

 

「水の蒼耀――その力をもって不浄を清めん」

 

 一際大きくクスリが輝くと光は消える。

 

「今のは浄化の法術ですか?」

 

「ああ、正直毒の塊のような麻薬にどこまで意味があるか分からんけど、やっておかないよりマシやろ?」

 

 ヨシュアの言葉にケビンは答えて、リィンに向き直る。

 

「せやけどな、リィン君……

 このクスリを使うということは、リィン君がこれまで積み重ねてきた繊細な剣の感覚を壊すことと同じや……

 一時だけ力を得る代わり、クスリを完全に抜くのに年単位の時間だってかかる。それでも使うんかい?」

 

「リスクは承知しています。策が成功すればそれでいいですし、何より……」

 

「何より?」

 

「何もこのクスリの使い処は《劫炎》だけじゃありません。あのゲオルグ・ワイスマンと相対した時に必要になるかもしれません」

 

「あー」

 

「一理あるね」

 

 その可能性を考えてケビンとヨシュアは納得してしまう。

 実際、ヨシュアとケビンは彼の策の一つに対抗する手段を模索している最中だったので説得力は抜群だった。

 ヨシュアはそんなリィンの答えに覚悟を決めたような顔をする。

 

「ケビン神父……決めました」

 

「…………そうか」

 

 突然のヨシュアの言葉と顔をしかめたケビンの変化にリィンは首を傾げる。

 が、ヨシュアはそれの説明をする前にリィンにとんでもないことを言い出した。

 

「リィン君。クスリを渡す条件じゃないけど、君に万が一の時に備えてやって欲しいことがあるんだ」

 

「俺にですか? 出来ることなら何でも協力しますよ」

 

「うん……もしもの時は君に僕を斬って欲しい」

 

「…………え?」

 

 ヨシュアの願いはリィンの予想を遥かに超えたものだった。

 

 

 

 

「あれ、弟君。どうしたの?」

 

 外で瞑想していたアネラスは近付いて来たリィンの気配を感じ取って振り返る。

 

「アネラスさんこそ、いつまで鍛錬しているんですか?」

 

「あはは、何だか目が冴えちゃって眠れないんだ」

 

 笑う声はどこか無理をしているように聞こえたが、無理もないことだった。

 

「アルティナのことがショックなのは分かります。でもちゃんと休まないと明日の決戦に支障が出ますよ」

 

「うん……分かってる」

 

 そう答えるがアネラスの顔から固さは取れない。

 そんな様子にリィンは肩を竦めて、別の言葉を掛けた。

 

「そういう俺も眠れないんで、一手だけ手合わせしてもらっても良いですか?」

 

「え……うん……」

 

 リィンの言葉に面を食らいながらアネラスは太刀を抜く

 距離を作ってリィンも太刀を抜いて、身構える。

 静けさに周囲が静まり返り、次の瞬間合図もなしに二人は同時に動く。

 そして互いの首に峰を寸止めし――負けを認めたのはアネラスの方だった。

 

「あはは、すっかり追い越されちゃったな」

 

「俺がここまで強くなれたのはみんなのおかげですよ……それにあの時のアネラスさんには今でも勝てる気がしません」

 

 堕ちた自分を全身全霊をかけて救い上げてくれた彼女の姿を今でもリィンは昨日のことのように思い出すことができる。

 闇の中に沈みかけていたことも相まって、あの時の彼女の輝きはこれからも忘れることはないだろう。

 

「アネラスさん……これを受け取ってもらえますか?」

 

 リィンは太刀を鞘に納めると、アネラスに差し出した。

 

「何を言ってるの弟君!? 明日は決戦なのに!?」

 

「これはアルティナが残してくれた太刀ではありません。先程ラッセル博士に直してもらったゼムリアストーンの太刀です」

 

「え……直ったの? いやそれでも大切なものでしょ? 私なんかが使っていいものじゃないよ」

 

「そんなことありません」

 

 恐縮するアネラスの言葉をリィンは否定する。

 

「この中で太刀を使うのはアネラスさんだけかもしれないですが、それでも使ってもらいたいと思うのは貴女だけです」

 

 折れた太刀を利用して誰かの武器に作り変えることもできたが、それは流石にこの太刀を下賜してくれた宰相と皇帝陛下に不敬すぎると思って勘弁してもらった。

 

「オリビエさんからも一応、許可は取りましたから安心してください……

 だいたい俺の心配をしてくれるのはありがたいですが、アネラスさんの相手だって決して油断できる相手ではありません」

 

 それに加えて、全てがこちらの思惑通りに進む可能性はないと限らない。

 ワイスマンがリィンに刻んだ聖痕に執着しているのなら、次に狙うのはエステルかアネラスのどちらかとも考えられる。

 もしもの時を考えれば、まだ備えは足りないと思ってしまうがそれでも今用意できる最高の性能の武器を遊ばせておく理由にはならない。

 

「もっとも、使い慣れた武器の方が良いなら構いませんが」

 

 とはいえ、武器を突然変えてもそれに対応できるかは話が変わってくるので、そこはアネラスの裁量に任せるしかない。

 アネラスは差し出された太刀に考え込んでから、その太刀を手に取った。

 

「ありがとう、弟君……ただし、借りるだけだからね。後でちゃんと返すから、それを忘れないでね」

 

「あ……はい」

 

 最後に言おうとしたことを先に言われてリィンは思わず苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 夜の暗さが白み始めた頃。

 日が昇る前にリィンは目を覚ましていた。

 もっともそれは他の者たちも同じで、作戦の決行時間に備えてアルセイユの中の空気が張り詰めていく。

 

「はぁ……今日で終わりか」

 

 食堂で軽めの朝食を食べ終えたエステルが物憂げに呟く。

 

「そうですね……」

 

 そんなエステルの呟きにリィンも感慨深いものを感じながら頷く。

 リベールに入国したのは六月。そして今は年が変わってしまった。

 ユミルを出てからまだ半年しか経っていないが、何だか一生分の経験をしたのではないかと思えるほどにこの旅の内容は濃いものだった。

 

「リィン君はこれが終わったらオリビエと一緒に帝国に帰るんだよね?」

 

「はい……」

 

 エステルの質問にリィンは肩を落としながら答える。

 やはりこの旅の一番の衝撃はオリビエの正体だろう。

 まさか一緒にリベールに入国した旅の演奏家、それも無銭飲食を働いた男がどうして自国の皇子だと結び付けることができるのか。

 

「はぁ……リベールが羨ましいです」

 

 思わず本音が零れる。それほどまでに帰るのが気が重い。

 

「えっと……確か改めてオリビエの守護騎士の一人にならないかって言われているのよね?」

 

「ええ、皇室親衛隊の末席。本当ならこの上ない栄誉なんですが……」

 

 普通なら心技体どころか皇族への忠誠も重要になる役職なのだが、忠誠という部分でリィンはあまり自信はない。

 今後という長い目で見ても、果たしてオリビエという本性を知ってしまった破天荒な皇子を敬うことができるのか、正直自信はない。

 

「まあ、オリビエも悪い奴じゃないんだけどね」

 

「それは分かっています」

 

「でも、オリビエもリィン君も帰っちゃうのか……それはちょっと寂しいかな」

 

 そう苦笑するエステルにリィンは笑い返す。

 

「そう言ってもらえるだけで十分です」

 

 果たしてちゃんと笑えていたか、リィンには分からない。しかし言葉は紛れもなく本心だった。

 

「機会があればヨシュアさんと一緒にユミルに来てください。精一杯おもてなしさせて貰いますから」

 

「うん……機会があれば父さんも誘ってお邪魔させてもらうね……あ、そういえば……」

 

「え……?」

 

 何かを思い出した素振りを見せるエステルにリィンは首を傾げる。

 

「前にロレントでこの事件が終わったら、あたしに言いたいことがあるって言ってたよね?」

 

「うえっ!?」

 

 突然の一撃にリィンは思わず奇声を上げてしまう。

 

「どう? ちゃんと覚悟はできた?」

 

 ――それをここで、貴女が聞きますかっ!

 

 思わず声を上げそうになったのをリィンは耐える。

 

「まあ、リィン君が言いたいことは何となく想像できるけどね」

 

「………………え?」

 

 エステルの言葉にリィンは耳を疑った。

 まさかと思い、聞き返すかと悩んでいると、エステルは続ける。

 

「あたしもみんなには改めてお礼が言いたいと思うから」

 

「みんな……お礼……ですか……?」

 

「うん、あたしがここまで強くなれたのはみんながいてくれたからだもん……ヨシュアのことを諦めずに取り戻せたのもみんなのおかげ……

 だからちゃんとどこかでありがとうって言いたいと思っていたけど、何か切っ掛けがないと言い出せないって言うか? ね?」

 

 同意を求められても困る。

 みんなに感謝しているのはリィンも同じなのだが、さらにはさりげなく惚気られてもさらに困る。

 リィンは視線を感じて、顔を動かさず目だけでその相手を確認する。

 食堂に入ろうとしていたヨシュアは目を伏せて謝り、その横にいたレクターは憐憫の眼差しをリィンに送っていたかと思うとオーバルカメラを取り出して写真を撮った。

 

「あ、ヨシュア。それにレクターさん、おはよう!」

 

「おはようエステル。それにリィン君も」

 

「おう! ところでシュバルツァー。例の作戦だが第一段階はクリアしたぜ」

 

 挨拶もそこそこにレクターはあからさまに話題を変えてくれる。

 

「そうですか。わざわざありがとうございます」

 

 頭を下げながらもリィンはレクターのカメラに意識を集中する。

 しかし、取れそうで取れない位置を行ったり来たりさせる挑発にリィンは手を出せない。

 

「何これくらいどうってことねえよ」

 

「僕の方からもこれを渡しておくよ」

 

「ヨシュアさんもありがとうございます」

 

 昨日の突然の提案にも関わらず用意してくれたものに礼を言ってリィンはそれを受け取る。

 

「あれ……? それってリィン君が言っていた作戦? クスリじゃないの?」

 

「ええ、あれとは別のものです」

 

 クスリはすでに受け取っているのを隠してリィンは頷く。

 

「どんな作戦を考えたの?」

 

「それは……」

 

「エステル、他の人達よりも自分の心配をしなよ。レンもそうだけど、パテル=マテルは今までの常識は通用しない相手なんだから」

 

「分かってるわよ。それに一番気を付けないといけないのはヨシュアの方でしょ?

 本当ならあたしも一緒にレーヴェと戦いたかったけど、レンのことも放っておけないし……」

 

「大丈夫だよエステル。むしろ僕もレーヴェとは一対一で臨むべきだったんじゃないかと思っているし、状況によってはジョゼット達には手出しをしないでもらうつもりだから」

 

「…………負けたら承知しないからね」

 

「うん、分かってる」

 

「いや~朝からお熱いですね~」

 

 見つめ合うエステルとヨシュアはレクターの一言で互いに距離を取る。

 

「レ、レクターさん……いつからそこにっ!?」

 

「いや、最初からいただろ。そっちだって声かけてきたじゃねえか。そもそもシュバルツァーと話してただろ」

 

「あ…………あははは……」

 

 笑って誤魔化そうとするエステルにリィンは複雑な感情を抱きながらも、苦笑し、また一つ気持ちに整理をつける。

 

「エステルさん」

 

「何かなリィン君!?」

 

 声を大きく返事をするエステルにリィンは平常心を保って、改めて約束を口にする。

 

「この戦いが終わったら、エステルさんに話したいことがあります。聞いてもらえますか?」

 

「うん、もちろん」

 

 

 

 

 

 東の空から日が頭を出す。

 その光景をリィンは一人、アルセイユが不時着した場所とは違う公園区画の高台から眺めていた。

 おそらくみんなは今頃、中枢塔へと突入している頃合いだろう。

 リィンはそちらに行かずに、そこで彼が来るのを待つ。

 

「よう……まさかお前の方から俺を呼び出すとは思ってなかったぜ」

 

 そんなリィンの背中にマクバーンが声をかけた。

 

「悪かったな……流石にあんたをみんなの近くで戦わせるわけにいかないと思ってな……だけど、まさか本当にあっさり来るとは思わなかったぞ」

 

「いや、全然構わねえ」

 

 マクバーンは昨夜レクターがグロリアスを訪ねて送りつけて来たリィンの果たし状を燃やし、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「あそこじゃ俺も思い切り戦えなかったからな。むしろ好都合だ」

 

「そうか……」

 

 リィンとしてはどうやって中枢塔から離すべきかと考えたのだが、ヨシュアから聞いた人物像だけで彼の性格をプロファイリングしてリィンの要求に応えたレクターの手腕に感謝する。

 

「先に言っておく、形振りを構うつもりはない。そして、貴方を生かしたまま勝とうだなんて思っていない」

 

「……ほう……?」

 

「貴方の存在は個人としては気になるが、それも今は無視させてもらう」

 

「…………ククク、リベールくんだりまで来た甲斐があったぜ」

 

 リィンの殺気を受けて楽しそうにマクバーンは笑う。

 

「どこまで俺を“アツく”してくれるか、試させてもらおうか――!」

 

 全身に焔を漲らせてマクバーンが吠える。

 その光景にリィンは息を飲みながら、腹に力を込めて太刀を抜き構える。

 

「八葉一刀流《初伝》リィン・シュバルツァー」

 

「執行者No.Ⅰ《劫炎》の――」

 

 交互に名乗るその瞬間、マクバーンのそれを遮る様にそれは二人の間に轟音を上げて降ってきた。

 

「あん?」

 

「何だっ!?」

 

 突然の出来事に二人は固まる。

 それが作り出した土煙が晴れると、地面にできたクレーターの中央には互いに見覚えのある馬上槍――ランスが突き立っていた。

 そして、彼女がランスに遅れ、金の長い髪を靡かせながら二人の間に降り立った。

 

「おいおい、何しに来やがった聖女様よっ!?」

 

「申し訳ありません。故あって、このような形で現れたことをまず謝罪させてもらいます」

 

 あの時の旅装束ではなく、銀の鎧をまとったアリアンロードは殺気立つマクバーンの言葉に謝罪する。

 

「その上で、無理を承知で言わせてもらいます。彼との戦い私に譲ってください」

 

「あん?」

 

 いっそう険しくマクバーンはアリアンロードを睨む。

 

「おいおいおい! ふざけんなよ! こっちは昨日から予約していたんだ。それをいきなり出てきて何をほざいていやがる?」

 

 焔が彼の心情を表すかのように激しく燃え盛る。

 凄まじい熱気と殺意。

 例え、相手が《使徒》であっても邪魔をするなら殺すぞと言わんばかりの気迫に対して、アリアンロードは――

 

「お願いします」

 

 真摯に頭を下げて願った。

 

「聞けねえな。《執行者》にはあらゆる自由が認められている。例え《使徒》のあんたの命令でも俺を縛ることはできねえ。それはあんたも分かっているはずだろ?」

 

「ええ、ですから。命令ではなく頼んでいるんです。そして――」

 

「あ……?」

 

「今この場にいるのは《鋼の聖女》ではありません」

 

「………………………………………………ちっ」

 

 長い葛藤の末にマクバーンは焔を納める。

 

「この借りはデケエぞ」

 

「感謝します」

 

 マクバーンは踵を返す。

 

「おい! 待てっ!」

 

 そして跳び上がった方向は中枢塔の方であり、状況を静観していたリィンは思わず声を上げる

 

「安心しろ。向こうに行くつもりはねえよ」

 

 しかし、リィンの危惧にマクバーンは見晴らしのいい場所に陣取って振り返り言葉を返す。

 

「まっ……お前がどれだけやれるのか確認するので我慢してやるよ」

 

「申し訳ありません。リィン・シュバルツァー……

 先程言った通り、マクバーンに代わり貴方の相手は私が勤めます」

 

「アリアンロードさん……」

 

 ランスを手に取った彼女はマクバーンに劣らない凄まじい覇気をリィンに叩き付ける。

 以前に琥珀の塔で一度だけ剣を交えた時とは比べ物にならない尋常ならざる気当たりに、もうリィンの思考にはマクバーンのことを気にしている余裕は欠片もなかった。

 

「あの頃から中々の経験を積んだようですね」

 

「ええ、それなりに……」

 

 太刀を身構えながらも、呼吸を落ち着かせてリィンは彼女の言葉に答える。

 何故、彼女がここにいるのか分からない。

 《結社》の一員であるから敵なのは変わらないのだが、マクバーンの反応を見る限りでは彼女の登場は彼にとっても想定外な様子だった。

 そして、何よりも清廉な空気の中に混じるわずかな怒気。

 彼女を怒らせた記憶のないリィンは困惑するしかない。

 

「先程も言いましたが、今の私は《結社の聖女》ではありません」

 

 そんなリィンに彼女は静かな言葉をかける。

 リィンは知らないことだが、聖女が素顔のままで敵の前に出てくることは滅多にない。

 それに加えて取り巻きもいない、導力停止現象の中で浮遊都市に来るための足もなかったはず。

 なのにリィンと戦うためにここまで来た聖女にマクバーンは彼女の覚悟を感じ、それこそ聖女の本気を見れるのではないのかと期待する。

 

「《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットとして、友に代わり、貴方が《彼の後継》に相応しいか試させていただきます」

 

 そうしてリィンにとってのリベール最大の戦いが始まった。

 

 

 

 




レクター
「こちら、実況のレクター・アランドールです……
 いやー何だかすごいことになりましたね。解説のカンパネルラさん」

カンパネルラ
「いやー流石にこれは僕も予想外だね。言葉通り横槍を入れた《聖女》もそうだけど、まさか《劫炎》がここで譲るとは尚更思わなかったよ」

レクター
「実際のところ結社側からの意見として彼女の参戦はどうなのでしょうか?」

カンパネルラ
「《福音計画》を取り仕切っている《教授》と《聖女》の性格はまさしく水と油……
 リィン君の脅威度がいくら上がったとしても、《教授》が《聖女》に援軍を求めるなんてまずありえない……
 琥珀の塔で鉄機隊のデュバリィが試練に協力したのはどちらかといえば、彼女自身の意思によるものだから」

レクター
「なるほど、ちなみにカンパネルラさんはシュバルツァーの勝率はどれくらいだと思いますか?」

カンパネルラ
「う~ん。難しいね……《劫炎》は力は凄いけどその分、隙も多いから付け入ることはできるけど本気の彼女はそれこそ盤石……
 君たちがコソコソ用意していたあれがどこまで通用するか分からないけど、まさに絶望的だね」

レクター
「なるほど、貴重なご意見ありがとうございます……
 さあ! いよいよ始まる至境への挑戦!
 いきなり本気モードの聖女にリィン・シュバルツァーはいったい何をどうなるのか! 次回に続くっ!」

 ………………
 …………
 ……

ブルブラン
「何っ!? リィン・シュバルツァーが聖女殿と戦っていただとっ!?」

ヴァルター
「ちっ……くそっ……ちっ……」 

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