リベール最大の大きさを誇るヴァレリア湖。
その北岸には観光地として有名なリゾート宿、川蝉亭がある。
空賊事件の時は素通りしたその宿にエステルたちは空賊事件を解決したその報酬として、そのリゾート宿の一泊をプレゼントされた。
そしてその招待にはリィンも含まれていた。
「いえ、自分は足を引っ張ることしかできなかったので辞退させてもらいます……
それより明日からギルドでお世話になるんですから、今から雑用の仕事でもさせてもらえませんか?」
などと言ったのだが、シェラザードとアネラスの二人に両手を掴まれて強制参加することになった。
両手を掴まれて街道を歩くことになり、すれ違う人たちからは微笑ましいものを見るような目で見られる苦行を強いられることとなった。
観念して自分でちゃんと歩くと言っても、二人は聞く耳持たず、その苦行は川蝉亭に着くまで続いた。
「はぁ……」
「ため息だなんて贅沢だよリィン君……
美女二人にエスコートされるなんて羨ましい限りだよ」
「そう思うんだったら代わってくださいよ」
「できることなら、是非にとも思ったのだがね……
だけど、そうしないとリィン君は本当に逃げ出していただろう?」
「それは……」
「君のその真面目さは確かに好意に値するが、人の好意は素直に受け取るのも礼儀というものだよ」
「だけど空賊のアジトに一緒に忍び込んだオリビエさんと違って、本当に何の役にも立ってないんですよ?」
「確かに結果を出せなかった……
しかし、リィン君が身体を張って頑張ってくれたことを市長はちゃんと分かっている。それではダメなのかい?」
「それは……」
「まあ、ここまで来たんだからいい加減に観念したまえ……
君も一応は貴族の一員なのだから、遠慮ばかりしているとシュバルツァーの名前に泥を塗ることになるよ」
「う……」
それを出されるとリィンは反論のしようがなかった。
リィンはオリビエの言い分を観念して受け入れる。
――それにしても今の言い方は……
ふと、引っかかった言葉。
リィンは少し考えて、尋ねた。
「君もって言うことはオリビエさんも貴族ですか?」
「おっと失言だったね。確かにボクはそれなりに高貴な血を引いている身なのだが、シェラ君たちには内緒にしておいてくれるかな」
「それはいいですけど、何でですか?」
「それはもちろん、ここぞという時に正体を明かしてみんなの驚く顔が見たいからだよ」
「はぁ……悪趣味ですね」
思わずため息が出る。
他国に気軽に、それも護衛もつけずに遊び歩いていることを考えればシュバルツァーと同じ男爵位。
それか、上流貴族だったとしても、家を継がない次男か三男なのではないかと、リィンは当たりをつける。
「おっと、その目……リィン君はボクがどれくらいの地位の貴族か分かったのかな?」
「こんなところで放蕩していることを考えると自分と同じ男爵位、それも次男か三男じゃないんですか?」
考えたことをそのまま口にすると、オリビエは笑って否定した。
「ははは、中々の推理だが残念ながら外れだ……
オリビエ・レンハイムとは世を忍ぶ仮の姿っ!
その正体はエレボニア帝国の皇子様なのだっ!」
「いや、ありえないですから」
ポーズを極めるオリビエにリィンは即座に彼の口から聞き出すことを諦める。
「仮に本当だったとしたら、今頃帝国は大騒ぎですよ」
皇族が共も付けずに他国を遊び歩いているなんて常識的に考えてありえない。
「言うねえリィン君。ボクが本当に皇子様だったら不敬罪だよ」
「そういうオリビエさんこそ、皇族を騙ることは重罪ですよ」
ふざけた口調で冗談を口にするオリビエにリィンは忠告する。
「ここがリベールで、聞いているのが俺だからいいですけど、帝国でそんなことを冗談でも口にしたら憲兵隊が飛んできますよ」
「はっはっはっ……それはそれで面白いかもしれないね」
呑気に笑うオリビエにリィンはそうなったら巻き込まれないように真っ先に逃げようと決意する。
「だいたい皇族を騙るのはいくらなんでも盛り過ぎですよ……
オリビエさんだって知っているでしょ?
皇族は武を尊ぶ帝国貴族の頂点に立つ存在、きっと優雅で気品があって壮大で厳格、規律を重んじる高貴な存在のはず……
遠縁だとしても、オリビエさんにもその血は流れているんだから、もう少ししっかりした方がいいんじゃないですか?」
「はっはっはっ、この身は庶子だからボクが家を継ぐ事はないんだよ」
「え……?」
庶子。
本妻以外の女性から生まれた子供。
血を尊ぶからこそ、その血を後世にきちんと残すためにそういう文化が残っているのはリィンも知っている。
「その……すいません……よく知りもしないで勝手なことを」
「謝る必要はないよ。腹違いの二人の弟と妹、本妻の母上との仲だって悪くはない……
それに家も弟が継ぐことが決まっているから、ボクはしがらみを気にせずこうしてリベールに旅行することだってできるのだからね」
「俺が言うのもおかしいですが、家族が心配しているんじゃないんですか?」
「フッ……ボクはとっくに成人している身だよ。そんな過保護にされたら息が詰まってしまうよ」
「いえ、どちらかというと貴方のような人を野放しにして家名に泥が塗られる心配をしているんじゃないですか?」
「おおう、言ってくれるねリィン君。だけど、そのツン具合がまたいいね、デレてくれる時が楽しみだ」
「そんな日は永遠にありません」
軽薄な態度の裏に重い身の上。
もしかしたら、この人も相応の苦労や辛酸を舐めてきたのかもしれない。
――いや、ないか……
この人ならどんなに苦しくても笑いながら乗り越えていく、そんな気がした。
「それにしてもオリビエさんの弟妹ですか……」
「おやおやリィン君はボクの家のことが気になるのかな?」
「ええ、まあ……オリビエさんみたいな人があと二人もいると考えると恐ろしいですね」
「またまた、誤魔化さなくていいんだよ。素直にボクの妹が気になるって言えばいいんだよ……うーん、リィン君もお年頃だね」
「何を言ってるんですか?」
「照れなくたっていいじゃないか。なんと言っても君とボクの仲なんだから、つまりボクのことお義兄さんと呼びたいんだろ?」
「呼びたくありません。だいたいどんな仲だって言うんですか?」
リィンは半眼で睨みながら突っ込む。
「それはもちろん薄暗く狭い部屋でお互いを温め合うように身を寄せ、一夜を共にした――いたっ!」
「殴りますよ」
「もう殴ってるじゃないか、しくしく」
「もっと殴りますよ」
握り拳を作って迫るとオリビエはリィンの手が届く範囲から距離を取る。
「だが、妹ももう十二歳だからね。婚約者の一人や二人がいてもおかしくはない年頃なのだよ……
兄としては少しでも幸せになってもらいたいと思うのは当然だと思わないかい?」
「いや二人はおかしいですって……だけどまあ……言いたいことは分かります」
十二歳といえば、リィンの妹のエリゼと同じ年齢だ。
その家の方針にもよるが、オリビエの言うとおり婚約者がすでに決まっていてもおかしくはない。
シュバルツァー家は自分もエリゼも特にそういった相手は存在しない。
自分の場合は両親が相手を用意するならば、どんな相手だったとしても断るつもりはない。
が、エリゼの相手に関しては生半可な相手なら親が決めた相手でも一言申すつもりはあるし、オリビエの気持ちも分かる。
「だからって、俺にそれを言いますか? 俺の出自はオリビエさんだって聞いていたんでしょ?」
「出自のことはひとまず置いておくとして、ボクは君に一目置いているのだよ」
「そんな心当たりは無いんですけど?」
「君は身に余る大きな力をどうにかするために一人でこの遠いリベールの地にまでやってきた……
他にも安易な道はあっただろうに、だが君はシュバルツァーの名前に相応しい人間になろうとしてここにいるんじゃないのかな?」
「他の道って……例えば?」
「名前を捨て、世俗を断ち、秘境に篭る。そうすれば君の憂いの多くは解決する……そうは思わないかい?」
「そんな道……考えたこともなかったですね」
「そう考えなかったこと自体が君が誇り高い証拠さ……君のような帝国人がいることをボクは誇りに思うよ」
「オリビエさん…………おだてたって了承しませんよ」
「おおっと、流石リィン君。身持ちが固いね」
「当たり前です。親同士の取り決めならまだしも、会ったこともない相手と婚約なんかできるわけないでしょ?」
「ほう、つまりリィン君はこう言いたいのだね……大切なのは『愛』だとっ!」
「はぁ……もうそれでいいです」
何だか面倒になってきたのでリィンは投げやりに応える。
が、それがよくなかった。オリビエはリィンの答えに気をよくする。
「うんうん、ますます気に入ったよ。どうだい冗談ではなく本当にボクの妹と会ってみないかい?」
「生憎ですが、オリビエさんの言った通り、俺はシュバルツァーの名前を捨てるつもりはありません」
はっきりとそう告げると、階下からシェラザードの声が聞こえてきた。
「オリビエーッ! まだなのっ!」
「おっとシェラ君が呼んでいる。少し長く話し過ぎたね」
話はここまでっと、オリビエはウキウキとした様子でドアノブに手をかけた。
そして背中越しにシリアスな言葉でリィンに話しかけた。
「……リィン君……婚約者の話はともかく、もしもの時はボクの生き様を残された家族に伝えてほしい」
「オリビエさん?」
「止めてくれるなリィン君。男には負けると分かっていても挑まねばならない勝負というものがあるんだ」
一人で盛り上がっているオリビエにまた始まったとリィンは半眼になる。
「この先は死地。それでも必ず勝機はあるはずだ」
なんだかラスボスに挑む直前みたいなことを言っている。
「先日は遅れを取ったが、それはシェラ君の実力を知らなかったから、あの敗北によりさらなる境地に至ったボクはもう二度と負けはしない」
「……それなら早く行ったらどうなんですか?」
「フ……フフフ……もうちょっとだけ覚悟を決めさせてくれるかな?」
強気な発言が一転、ドアの前でオリビエは膝を笑わせていた。
リィンはオリビエの首根っこを掴んで引き摺って、シェラザードに献上した。
*
「さあ、飲むわよオリビエッ!」
「え、シェラ君……最初からそれは強過ぎるんじゃないのかい?」
そんな会話を背にリィンはテラスに出た。
「うわぁ……」
思わず感嘆の声がもれる。
リベール最大の湖だけあって広い。
あるはずの対岸は見えず、言われなければ海と間違えてしまいそうな雄大さがそこにはあった。
「エリゼにも見せてやりたいな……」
オーバルカメラでもあればよかったのにと思う。
が、すぐにリィンは自己嫌悪した。
元々、観光に来たわけではない。
遊撃士協会に依頼をするほどに自分を心配してくれている家族がいるのに、こんなところで何をしてるのかと改めて考える。
「やっぱりなんだか落ち着かないな……」
家族に心配をかけている身の上で遊んでいいはずはない。
空は蒼く澄み渡っているというのに、リィンの心情は厚い雲に覆われていた。
「おーい、リィン君」
不意に下からリィンを呼ぶエステルの声が聞こえてきた。
見れば桟橋の先で釣竿を持ったエステルがブンブンと大きく手を振って呼んでいた。
リィンは手を挙げて、それに応えてから階下に下りる。
「どうしたんですか?」
桟橋まで来たリィンはエステルに尋ねる。
「リィン君も釣りしない? ヨシュアを誘ったんだけど振られちゃって……」
「釣り……ですか……」
思わず顔をしかめた。
「あれ? リィン君ってもしかして釣りは嫌い」
「……老師に付き合う形でやらされていたんですが、未だに釣れた試しがないんですよ」
修行の合間にやらされたのだが、リィンからすればそんなことに時間を割くよりも剣の修行を続けていたかった。
最初にそんな文句を言ったら、拳骨を食らって、結局やらされることになった。
さらに言えば、隣で何匹も釣り上げている老師に対して、いつもボウズだったせいで、リィンはあまり釣りが好きじゃなかった。
「なるほど……よーし、それじゃあ、お姉さんが教えてしんぜよう」
ほら座ってと、エステルは隣を叩く。
楽しそうにしているエステルに水を差すのもどうかと思ったのでリィンは言われるがままに彼女の隣に座って、彼女が使っていた竿を持たされる。
「そうね……南側の日の照ったあの辺りの水面がよさそうかな……仕掛けは何を使う?」
「それじゃあ……生き餌を」
三つある仕掛けの内、一つを選んでリィンは淀みのない動きで針にかけるとエステルが示した辺りに向けて糸を投げた。
「おおっ! 随分と様になってるじゃない」
「釣れないだけで、こういう作業だけは何度もやりましたからね」
「あー分かる分かる」
釣り人のあるあるだよねと、笑うエステルにリィンは苦笑する。
静かに魚がかかるのを待つ。
退屈な時間なのに、湖面を眺めるエステルの横顔は終始楽しそうだった。
「楽しそうですね?」
「うん、誰かと一緒に釣りをするのは久しぶりだから……
ヨシュアはこういうのあんまり好きじゃないみたいだから、今日だって本を読んでるし。ジジくさいと思わない?」
「えっと……」
「我が弟ながら、今から将来が心配だよ」
「それは言い過ぎじゃないですか?」
「そうかな……って、そういえばリィン君にも妹がいるんだよね?」
「はい。エリゼって言って、俺より二つ年下の妹です」
「そっか……よく考えたらリィン君ってヨシュアに似てたんだ」
「似てる……? 確かに同じ黒髪ですけど、そんなに似てますか?」
「ああ、容姿じゃなくてね……
実はヨシュアも父さんが拾ってきた養子なんだ」
「え……?」
「五年前、父さんに担ぎ込まれてうちに来たボロボロの子供……
昔のことは何にも喋らないし、無愛想でいつもブスーってつまらなそうにしててさ、驚かせようっていろんなことしたなぁ……」
「今のヨシュアさんからは想像できないですね」
「歳は同じなんだけど、ヨシュアの方が先に生まれてたんだよね」
「それならヨシュアさんの方がお兄さんじゃないんですか?」
「同い年でもブライト家ではあたしの方が先輩なんだ、だからあたしがお姉さんっ!」
子供のような言い分だが、何よりも彼女らしいとリィンは思った。
同時にどうしてそこまで彼女がヨシュアを信頼できるのか気になった。
「…………気にならないんですか? ヨシュアさんが五年よりも前に何をしていたのか?」
「昔、約束したんだ。話してくれる気になるまであたしからは聞かないって……
それにあれからもう五年も経つんだもん、なんかどーでもよくなってきたし」
本心からの言葉なのだろう。
だが、それは無関心や興味がないという理由からの言葉ではないことは分かる。
「俺は……気になります」
「リィン君……まさか……」
「どうして俺を雪山に捨てたのか、あの力はいったい何なのか……
本当の両親には聞きたいことが山ほどあるけど……聞きたくないとも思ってる」
「あ……そっちのことか、よかった」
「そっち……?」
「何でもない何でもない。気にしないで」
コホンと、誤魔化すようにエステルは咳払いをして改める。
「リィン君は今の家族は好き?」
「好きですよ。こんな危ない人間を放り出さずにいてくれているんですから」
「それはきっとリィン君を信じてるからじゃないかな?」
「え……?」
「あたしはヨシュアが突然、リィン君みたいに変わったとしても信じていられる自信があるわ」
「それは……どうして?」
「だって家族だもん。あたしが信じなくて他の誰がヨシュアを信じるの?
リィン君の家族だって、きっとリィン君があの力なんかに負けたりしないって信じてるはずだよ」
「……本当にそう思いますか?」
「モチのロンよっ! お姉さんが保証する」
ぐっと親指を立てて突き出してくるエステルにリィンはどこからその自信が出てくるのか確かめたくなる。
が、それを口にするよりもエステルの言葉が続く。
「ほらほら、そんなしかめ面じゃ、魚は釣れないわよ」
「…………老師と同じことを言わないで下さい」
「これから手紙を出すんでしょ? そんな顔で手紙を書いちゃダメだからね……
ちゃんと元気にやっているか、ちゃんとリィン君が笑っているか……それが一番家族が心配していることなんだよ」
「そう……なんですか?」
「今家出中のダメな父さんがいるあたしが言うんだから間違いない」
「カシウス・ブライトさんがダメな父親って……はは……」
八葉一刀流の皆伝を賜り、『理』に至った剣聖をダメ親父と言い切るエステルにリィンは思わず笑ってしまう。
「リィン君、リィン君っ!」
「はい!? 何ですかエステルさんっ!?」
突然、名前を連呼されてリィンは慌てて返事をする。
が、エステルはリィンの顔を見ておらず、釣り糸を垂らした湖面を指差していた。
「引いてる引いてる」
「あ……」
咄嗟に引こうとして、エステルの手に掴まれて止められる。
「焦らないでゆっくりと獲物を疲れさせて……よし、引いてっ!」
「はいっ!」
言われたとおりにリィンは力一杯に竿を引いた。
そして――穴あきの長靴を釣り上げた。
「げっ……なんてお約束な……」
釣れたものを見てエステルはあからさまに顔をしかめる。
「えっと……リィン君……」
「…………クッ……」
バツが悪そうにこちらの顔色をうかがうエステルが何だかおかしくてリィンは思わず吹き出した。
「ちょ!? リィン君っ!?」
「すいません……でも、くくく……はははははははははっ!」
堪え切れずに声を上げてリィンは笑っていた。
エステルは少し困った顔をしてから、一緒に声を上げて笑った。
心の中の雲はいつの間にか晴れ、太陽が照らしていた。
*
「それじゃあ、また後でね」
まだ釣りを続けるエステル。
ロッジに戻ろうとしたリィンにテラスのパラソルの下で本を読んでいたヨシュアが声をかけてきた。
「やあ、リィン君……何か大物でも釣れたのかな?」
「すいません。騒がしかったですか?」
「エステルが騒がしいのはいつものことだよ」
ヨシュアは苦笑して本に栞を挟んで閉じる。
そうすると本のタイトルがリィンに見えた。
「『実録・百日戦役』ですか?」
「興味ある?」
「いえ、そういえば自分が拾われたのはちょうどその頃だったんだと思って……」
「そういえば十年前って言ってたね。それならリィン君は戦災孤児だったのかな?」
「それはないでしょう。拾われたのはユミル、帝国の北にある田舎です……リベールとの戦争が影響のある場所じゃないですよ」
「確かに……そうだね」
「ヨシュアさん?」
何かを考え込むように黙り込むヨシュアにリィンは首を傾げる。
「…………リィン君……ちょっといいかな」
ヨシュアは目を瞑って何かを考え込むと、そんなことを言い出した。
「ヨシュアさん?」
見間違いだろうか、一瞬ヨシュアの目がとてつもなく凍てついた人形のように見えた。
*
ヨシュアからの提案でリィンはつい先日立ち寄った琥珀の塔まで来た。
「こんなに離れる必要があったんですか?」
「うん、街道や宿の近くでやると周りに迷惑がかかるからね」
その言い分にリィンは納得した。
川蝉亭に泊まるのは自分達だけではない。事情の知らない民間人が、これから二人がやることを見て何事かと驚かせてしまうことを考えれば、当然の配慮だった。
『手合わせをしてみないかい? 一対一で……』
それがヨシュアが言い出した提案だった。
自分の太刀はアンセル街道に半ばから折られて放置されていた。
代わりの武器がないことを理由に一度は断ったが、ヨシュアは妙な強引さでリィンを頷かせた。
「もしかして、エステルさんと釣りをしたことが気に障ったのかな?」
なんといってもヨシュアは重度のシスコンの気がある。
自分もああはならないように気をつけないと、そう考えているとある程度の距離を取ったヨシュアが振り返る。
「リィン君、はい……」
ヨシュアは己の双剣の内の片方を鞘に入れたまま、リィンに向けて放り投げた。
それを受け取って、鞘をつけたまま重さを確かめるために一振りしようとして、目の前にヨシュアがいないことに気が付いた。
「あれ……っ!?」
次の瞬間、膝裏を蹴られてガクリッとリィンは地面に膝を着く。
そして背後から抜き身の刃を喉元に突きつけられた。
「ヨ、ヨシュアさんっ!?」
凄まじい早業だった。
投げた剣に意識が傾いた一瞬の隙にヨシュアはどうやってかリィンの背後に音もなく回り込み忍び立った。
琥珀の塔で見た時とは比較にならない、これが剣聖の子供の実力。
と感じるには、ヨシュアの力は八葉のものから掛け離れたもののように感じた。
「ヨシュアさん……?」
両手を挙げて降参の体を示しても、刃は降ろされない。
代わりに温度のない声がかけられる。
「あの時は聞いている時間がなかったから今訊かせてもらうけど……
このタイミングで僕に接触してきた目的はなんだ?」
「も、目的……?」
「答えろ……『結社』は何を企んでいる?」
意味の分からないことを言われてリィンは困惑するが、ヨシュアが本気なのだけは伝わってくる。
一番驚くのは殺気がないこと。
喉元に刃を突きつけられているというのに、ヨシュアから威圧感は欠片も感じない。
なのに、声からは答えなければ殺すという本気が感じられる。
「け……『結社』って何のことですか?」
何の心当たりもないリィンはそう答えることしかできなかった。
惚けたと判断されたのか、ヨシュアは無言で刃を首に押し付ける。
ぷつりとリィンの首の薄皮が切れて血が雫になる感触にリィンは慌てた。
「ほ、本当に何のことか分からないんですけど……」
「…………マクバーンという名前に心当たりは?」
「知りません。誰ですかそれは?」
リィンの答えに黙り込むこと数秒。
突きつけられていた刃は音も無く外された。
解放されたリィンは息を吐いて、振り返る。
そこにはバツの悪そうな顔をしたヨシュアが困ったように頭をかいていた。
「ごめん……僕の勘違いだったみたいだ」
「いえ、それはいいんですけど……」
頭を下げるヨシュアの雰囲気は元に戻っていた。
「どういうことか説明してもらえますか?」
「……嫌だって言ったら?」
「今のことをエステルさんたちに話します」
「だよね……」
「もしかして、五年以上前の話ですか?」
「エステルから聞いたの? 僕が養子だって……」
「はい。なんかすいません……」
「別に謝られることじゃないよ。僕が養子だっていうことは隠しているわけじゃないしね」
「だけど……話しにくいことなんですよね?」
「……そうだね」
「ならいいですよ……ずっと待っているエステルさんを差し置いて俺がそれを先に聞くわけにはいきません」
「でも――」
「それなら貸し一つって思っておいてください……
だけど、これだけは確認させてください。今の行動はエステルさんが大切だからですか?」
「うん、そうだよ」
ヨシュアは躊躇わずリィンの質問に頷いた。
「僕の過去が父さんやエステルに迷惑をかけた時、僕の過去がなんらかの形で僕に接触してきた時、僕は二人の前から姿を消す……
そう五年前にカシウス・ブライトと約束したんだ……これは僕にとって絶対に譲れない一線なんだ」
覚悟と決意に満ちた物言いにリィンは余計に詮索する気にはなれなくなった。
「俺がヨシュアさんの過去と関係があると思ったのは、あの『力』のせいですね?」
「うん。僕は君と似たような力を持っている人と会ったことがある」
「本当ですかっ!?」
ヨシュアの発言はリィンにとって先程の出来事を忘れさせるほどの衝撃があった。
「その人は今何処にいるんですか!? 名前はっ!? もしかして俺の生き別れの兄弟だったりするんですか!?」
「お、落ち着いて」
詰め寄るリィンをヨシュアはなだめてから話す。
「先に言っておくけど、今の僕に君を彼に会わせる伝手はないよ」
「そうですか」
「それにあまりお勧めもしない……
彼は基本的に怠け者だけど、力を使うことを楽しんでいるようだった。リィン君はそんな風になりたいわけじゃないでしょ?」
「…………はい」
昂ぶる気持ちのまま振舞うことを良しとしなかったからこそ、リィンはここにいる。
仮にヨシュアが言う彼に引き合わされたとしても、参考にはならないかもしれない。
それでも自分と同じ存在が他にいるというその事実だけでリィンの心も少しは軽くなる。
そこはかとなく嬉しそうな顔になるリィンにヨシュアは眉をひそめた。
「リィン君……君は自分で思っているほど、危険な存在じゃないよ」
「ヨシュアさん?」
「僕の知っている人たちは、その彼も含めて自分の力や才能で人を傷付けることに躊躇わない人たちばかりだった……
それに普通の人間も、裏では平気な顔をして残酷なことをしていた人たちも沢山いた」
ヨシュアが語るのが五年以上前の話だということは察することができる。
「そんな人たちと比べれば、君が抱えている『闇』は大したものじゃない……
むしろ、その『闇』と正面から向き合ってがむしゃらにでも前に進もうとしている様は尊敬に値するよ」
まるで自分には無理だといわんばかりの自嘲を浮かべるヨシュアにリィンは眉をひそめた。
「そういうヨシュアさんだってすごいと思いますよ」
「え……?」
「俺にはヨシュアさんの過去がどんなものなのか想像することしかできないけど……
エステルさんが何よりも大切だっていうことは分かります」
「それは……」
「それにどんな『闇』を抱えているにしろ、ヨシュアさんはそれを遊撃士の仕事にきちんと役立てているじゃないですか」
「遊撃士……僕が……?」
リィンの言葉にヨシュアは驚いた表情を浮かべる。
まるでそうだったことを今初めて知ったと言わんばかりの顔にリィンはそんな顔ができたのかと苦笑する。
「はい、尊敬に値する立派な遊撃士ですよ」
ヨシュアは呆然と自分の手に視線を落とす。
「…………そっか……そうだったね。僕は遊撃士だ」
何かを確かめるようにヨシュアは拳を握り締めて苦笑した。
「はは……まだ見習いなんだけど……でもなんだか情けないな……年下に教えられるなんて……」
「いえ、情けないのはむしろ俺の方ですよ……
俺は今まで世界で一番不幸な人間なんじゃないか、何で俺だけが、なんて思っていたんですから……
ヨシュアさんとこうして話せてよかったですよ」
先程のヨシュアの動きは剣士のそれではなく、むしろ暗殺者のそれだった。
彼がどういった経緯でそんなものを習得しているのか、気にならないわけではない。
が、ものがものだけにロクでもないことだけは想像できる。
それに加えて会話の端々に見え隠れする彼が抱える『闇』。
全容は分からないが、自分が『力』に苦しみ悩んでいたように、ヨシュアも『闇』に苦しみ悩んでいた。
自分と同じ存在がいることを知ったことよりも、同じ様に苦しんでいる人がいることが不謹慎ながらも安心してしまった。
「それは僕もだよ……改めてよろしく、リィン君」
「はい、こちらこそ」
二人はどちらからともなく手を差し出して、握手を交わした。
*
川蝉亭に戻ってくると、すっかり夕方だった。
「僕はもう少し散歩して頭を冷やしてくるよ」
そう言うヨシュアと別れ、リィンはそのまま宿に入る。
そこにはいつか見た光景が広がっていた。
「これはまた……すごい量を飲みましたね」
テーブルの上に所狭しと散乱する酒瓶とグラスの山がその酒宴の凄まじさを物語っている。
「うーん……シェラ君には勝てなかったよ……」
意気込んで挑んだオリビエは目を回してテーブルに突っ伏して撃沈していた。
「あらリィン君、ちょうどいいところに来たわね。こっちにいらっしゃい」
上機嫌のシェラザードの手招きにリィンは無防備に近付く。
「おねーさんと一緒に飲みましょ。いいでしょ、いいでしょ、ねーん」
甘えた声にリィンは苦笑したところで、どこにいたのかアネラスが割って入った。
「ダメですよシェラ先輩。リィン君は病み上がりなんですし、そもそも未成年なんですから」
「やだやだー。一緒に飲むったら飲むのー! 飲んでくれないなら暴れてやるー!」
「弟君、シェラ先輩は私が引き止めておくから今の内に早く逃げてっ!」
言ったとおり暴れようとするシェラザードを押さえつけるアネラスにリィンは少し考える。
――シェラザードさんにも迷惑をかけたからな……
「いえ、いいですよ」
「弟君っ!?」
「シェラザードさんにはご迷惑をお掛けしましたし、お酒は飲めませんがお酌するくらいはできますからそれで勘弁して下さい」
「あらリィン君ったら話が分かるじゃない」
「ちょっと弟君っ! ダメだってば、仕事明けのシェラ先輩は本当に危ないんだからっ!」
「ひどい言い様ねアネラス。あんたが準遊撃士の頃に散々面倒を見て上げたっていうのに」
「それは感謝してますけど、シェラ先輩のお酒には付き合いきれませんよ」
「でも、シェラザードさんは明日ロレントへ帰ってしまうんですから、ここで少しでも恩返しをしておかないと」
「もうリィン君ったら嬉しいこと言ってくれるじゃない」
「ちょ、シェラザードさん抱きつかないで下さい」
抱きついてくるシェラザードをなだめて席に戻し、リィンは隣の席に座る。
「はぁ……しょうがないなぁ」
その対面にアネラスが座った。
「あら、アネラス。嫌なら付き合わなくてもいいわよ。あたしはリィン君と一緒に飲むから」
「拗ねないで下さいよ、もう……私はシェラ先輩のお目付け役としてここにいるんですから放っておくわけにはいかないじゃないですか」
「えっと、流石に言い過ぎじゃないですか? 先日も結構な量を飲んだのにすぐに素面に戻りましたし、手加減してくれるんじゃないですか?」
「甘いよ弟君。こうなったシェラ先輩は本当に見境がないんだから、私の時だって最初はお酌だけでいいって言っていたのに……」
ガクガクと小刻みに震え出すアネラス。余程のことがあったんだなぁとリィンは今更ながら席に着いたのを後悔し始めた。
「大丈夫よ。とりあえずそれなりの量は飲んで満足したからここからはしんみりと飲ませてもらうわ……好きなもの頼んでいいわよ。奢ってあげる」
「本当ですかっ!?」
恐怖に震えていた顔が一転してアネラスは顔を輝かせる。
「えっとーそれじゃあ。まずこのアイスクリームと……弟君は何頼む?」
「その前に弟君って呼び方は決定なんですか?」
「うん、決定だよ」
満面の笑顔で頷かれてリィンは訂正させるのを早々に諦める。
――まあ、絶対に嫌だってわけじゃないからいいか……
彼女が姉弟子であることは間違いない事実
くすぐったくもなるが、悪い感じはしない。
「それじゃあ、とりあえず乾杯しましょ」
リィンとアネラスが頼んだアルコールの入っていないジュースが配られるのを待ってシェラザードが音頭を取ってグラスを掲げる。
「「「乾杯っ!」」」
「か……かんぱ……」
突っ伏しながらも執念でグラスを掲げるオリビエにリィンはまさに生き様を見せ付けられる。
もっともすぐにその腕は力なく落ちたが。
「はぁ……それにしてもあの子達もとうとう遊撃士か……」
何事もなかったようにシェラザードは窓の外に視線を向けて呟く。
夕陽に染まったヴァレリア湖は昼の蒼さとは違った美しさを見せていた。
リィンは何気なくエステルの姿を探すが、釣りをしていた桟橋にはもう彼女の姿は見当たらなかった。
「そういえば今回の新人君たちはシェラ先輩の教え子なんですよね?」
「あたしが教えたって言っても、下地はとっくに先生が作ってたからあたしがやったことなんて知識方面を詰め込んだだけよ」
「そういえば二人ともカシウスさんのお子さんでしたね」
「まだまだ未熟なのは否めないけど、二人とも資質は破格……
今は二人合わせてようやく一人前だけど、うかうかしてたらあっという間に追い抜かれちゃうわよ」
「やめてくださいよシェラ先輩、ただでさえ私はプレッシャーが多いんですから」
「そうなんですか?」
「リィン君も他人事じゃないよ。リベールではカシウスさんでしょ、クロスベルではアリオスさん……
お祖父ちゃんに教わった人たちはみんな『理』に至って『剣聖』なんて呼ばれてるんだよ……
そのお祖父ちゃんに至っては剣の仙人、『剣仙』だもん。何か剣の道の人はやたらと『八葉』を持ち上げるし、未熟者の身としては期待が重いよ」
「そういえば自分の修行の時も、これくらいカシウスなら笑いながら乗り越えたとか、アリオスは顔色一つ変えずにやり切ったとかよく言われました」
「だよねっ! 成人してからお祖父ちゃんに弟子入りした人と子供の体力を比べないでほしいよね!」
「全くです。こっちがいくら頑張っても雲を掴むように手応えはないし、自分なりに工夫しても未熟者が百年早いって怒るし……」
「それでいて頭でちゃんと考えて剣を振るえって怒るし……」
はぁ、っとリィンとアネラスのため息が重なった。
「聞いてよ弟君! 半年くらい前、私がまだ準遊撃士だった時のことなんだけどね……
その日は手配魔獣が多かった日だったんだ。
その全部を倒して疲れ果ててた帰り道にお祖父ちゃんがいきなり現れて斬りかかってきたんだよ!」
「老師ならやりますね」
「それで何合か打ち合ったら合格って言われて中伝目録の巻物くれたけど、仕事終わりのアイスクリームを食べ損ねちゃったんだよ!」
「心中お察しします」
「それにね初伝の時だって、型とか技とか、技術的なものは全部教えたって言って放り出されたし」
「アネラスさんもですかっ!? でも良いじゃないですか、ちゃんと教え終わったって言ってくれるだけ……
俺なんて、これ以上の修行は無駄だ。初伝はくれてやるから、後は自分で考えろですよ」
「あーすっごく言いそう……かわいい孫と弟子にはもっと優しくするべきだと思うんだよね」
「優しくはともかく、手加減はして欲しかったのは確かですね……
老師が凄過ぎて、自分が本当に成長しているのかぜんぜん分かりませんでしたから」
「分かる。分かるよリィン君。よし飲もう、ジュースだけど」
ユン老師は剣客として尊敬できる人なのだが、そこは世界に名を響かせている『八葉』の剣。
その修練は当然厳しいものであり、それを覚悟して彼に師事することを望んだのだが、時には文句も愚痴も言いたくなる。
今まで周囲にそれを話せる人がいなかったため、溜めに溜めた愚痴を気が付けば勢いに任せて吐き出していた。
もっとも、それはアネラスの方も同じようだった。
「ふふふ……」
シェラザードが笑う声にリィンは我に返る。
「あ、シェラ先輩……今のはその……」
同じく我に返ったアネラスが弁明をしようとするが、取り繕うよりも先にシェラザードの言葉が続く。
「愚痴るアネラスなんて珍しいものを見させてもらったわ」
「あううー」
アネラスは赤面して恥ずかしそうに顔を伏せた。
「安心したわ。どうやら仲良くやっていけそうじゃない……
ダメそうだったらロレントに連れて行ってあたしの助手にしようかと思ったけど、問題なさそうね」
「ダメですよシェラ先輩、弟君はうちで預かることになったんですから取らないでください!」
「いいや。リィン君はボクのお嫁さんに――」
「あら、オリビエったらまだ飲み足りないのね?」
突然起き出したオリビエにシェラザードは空のグラスに躊躇無く新しいお酒を注ぐ。
「え……あ……」
「ほら一気、一気」
楽しそうに手を叩いて囃し立てるシェラザードに奇跡の復活を遂げたはずのオリビエは蒼褪める。
「えっと……リィン君……」
「自業自得です。安らかに逝ってください」
フォローする気のないリィンは素気なくオリビエが発する救難信号を無視する。
「ああ、意地悪なリィン君もそれはそれで良い」
それが彼の最後の言葉だった。
オリビエはグラス一杯に注がれたお酒を呷ると再び、テーブルに突っ伏した。
「どうしてこの人は……」
やれやれとリィンは肩をすくめる。
「でも面白い人だよね」
「それだけは同意できますね」
アネラスの感想にリィンは頷く。
そして――どこからともなくハーモニカの音が聞こえてきた。
「あら……ヨシュアのハーモニカね」
「へえ、ヨシュア君ってハーモニカ吹けるんだ」
二人の会話を背にリィンはテラスに出て、二人の姿を探す。
外れの桟橋に並んで座っている二人。
ヨシュアはハーモニカを吹き、いつも活発なエステルが静かにその音に耳を傾けている様は夕陽に染まった情景から一つの絵画のようだった。
「むぅ……」
何故だかリィンは唸り声を上げていた。
「おや……?」
「あらあら……」
「何ですか、二人とも」
「ううん、何でもないよ。ねーシェラ先輩」
「ええ、大したことじゃないわよ。ねーアネラス」
何故か温かい目を向けられてリィンは首を傾げる。
「それにしてもこの曲は……『星の在り処』ですね……」
「あらよく知ってるわね」
「リィン君ってこの曲知ってるの?」
「ええ、昔、帝国で流行った曲でよく――…………あれ……?」
続く言葉が出てこなかった。
このハーモニカの演奏をリィンは昔何処かで聞いたことがある。
だが、いつどこで誰がなのかまでは思い出せない。
それでもただとても懐かしくて、あまりにも懐かしくて気付けば涙が溢れていた。
「あれ……何で……? すいません……」
悲しいわけではない。
なのにどうしようもなく胸が締め付けられて涙が止まらない。
「ああもう……」
「リィン君……」
そんなリィンを見かねて、シェラザードとアネラスは挟むようにリィンを抱き締めた。
「え、ちょっと二人とも」
「ごめんなさいね。あたしは昔からあの二人のことを知っているから、リィン君のことを応援はできないの」
「応援……? 何を言ってるんですかシェラザードさん?」
「今は分からなくていいわ。それに気付いた時は……そうね、お酒を一緒に飲みましょう」
「うんうん、その時は私も一緒だよ。それにいつでも相談してくれていいからね」
頭を撫でるアネラスの手の温もりが、さらに郷愁を駆り立てて涙を誘う。
自分でも訳が分からない感情の暴走に、リィンは戸惑うことしかできず、二人を振り解くこともできずリィンは静かに泣き続けた。
絆イベント回だから今度こそ、リィンは不幸な目に会わないはず……
そう思って書いていたらいつの間にか、ヨシュアの尋問が始まっていた……
どうしてこうなった……?
このお話はリィンが幼少期にハーメルと関わりがあったという妄想の上で書いています。
エステル
「ヨシュアと違って放っておけない危なっかしい弟」
シェラザード
「初恋と同時に失恋したかわいそうな弟みたいな子」
アネラス
「弟弟子……お姉ちゃん、頑張っちゃうよ!」
オリビエ
「都合の良い婿養子」
赤毛
「この弟ブルジョワジーがっ!!」