閃の軌跡Ⅳ 断章クリアしました。
経過報告
守護騎士第五位《外法狩り》ケビン・グラハム
破戒僧ゲオルグ・ワイスマンの遺産であるヨシュア・ブライトにその後の意識の変化は見られない。
おそらく彼は完全にワイスマンの呪縛から解放されたと判断して良いだろう。
《絶対暗示》を壊した影響で精神に負荷がかかったがその後の経過は順調。
先日、彼と接触して診察をしたものの、彼には《聖痕》は確認できず今後彼がゲオルグ・ワイスマンになる可能性は極めて低いだろう。
対するリィン・シュバルツァー。
彼に刻まれた《聖痕》の力は未知数としか判断できなかった。
二度目の検査の際、干渉を通じてこちらの《聖痕》を飲み込もうとされたことを考えるとヨシュア・ブライトのそれよりも遥かに危険としか言いようがない。
彼の躍進から推測になるが、おそらく第一接触の際に《蒼の聖痕》の力の一端を取り込まれていたと考えるのが妥当だろう。
また浮遊都市でのワイスマンとの対峙した際には《空の至宝》の意思と接触した可能性が高い。
もし彼の《聖痕》が《空の至宝》を取り込めば、大司教殿が予見していた通り彼は我々の想像もできない領域に進化するだろう。
それに加えて、帝国の伝承にある《巨いなる騎士》のアーティファクトを手に入れていることから、今後の彼の脅威度は計り知れない。
その上でその《聖痕》によって彼が我々七曜教会においての五人目のゲオルグ・ワイスマンとなるのならば、大司教殿のお言葉通り早期の対処が最善の方法だったと考えられる。
浮遊都市リベル=アークの崩壊から十ヶ月の時間が経った。
リベールは今もリベル=アークの残骸のサルベージを行っているが、彼とそして彼と共にいた《剣帝》の遺体はまだ発見されていない。
しかし、経過時間からすでに二人の生存は――
「……はっ……」
手紙に書く内容を頭の中で整理していたケビンは自嘲を浮かべた。
「狗か……ああ、全くその通りや……」
耳の奥に残ったワイスマンの断末魔の言葉にケビンはあの時と同じように呟く。
その声には暗いものが篭っていた。
「はぁ……」
息を吐いてケビンは感情の制御を試みる。
柄にもなく感傷的になっているのはやはり、その事件があったリベールに呼び出されたからだろう。
あの時、自分がした最低の裏切りに後悔などあるはずがない。
汚れ仕事など何度も経験している。
手慣れたものとして、言い渡された命令を実行しただけのこと。
しかし――
「エステルちゃん達に知られたら、俺が滅せられるだろうな……」
それも良いかとケビンは自嘲する。
「あれ~あなたは~!?」
独特な聞き覚えのある口調の声にケビンは振り返る。
そこには予想した通りの見覚えのある女性が立っていた。
「ドロシーちゃん、久しぶりやなぁ!
まさか偶然乗った船に乗り合わせるなんて思わんかったわ!」
「うふふ、わたしもビックリです~!
お久しぶりですねぇ……………………………………ハレ……………………………………」
長い沈黙の末に首を傾げるドロシーにケビンは苦笑を浮かべる。
「ひょっとして。名前、忘れてしもうた?」
「や、やだなぁ~そんな事ありませんよぉ~……
えーと、その、うーん……そうだ! ネギ・グラハムさんですよね~!」
「そうそう煮て良し、焼いて良し、薬味なんかにもオススメです~……ってちゃうわ!
それ、どう考えて人の名前やあらへんし! ちゅうか、グラハム覚えとんのになんで名前の方は覚えてへんねん!」
「うふふ、冗談ですってばぁ……ドビンさん。本当にお久しぶりです~」
「そうそう、旬の素材を入れて蒸らしたら美味しいお吸い物の出来上がり~って、それは流石に無理があるやろ!?」
こうしてケビンのリベールでの追加調査はグダグダな気持ちにさせられて始まった。
もっともこの追加調査が自分に大きく関わる事件に発展するなど、この時のケビンは思ってもいなかった。
*
「ここは……」
七曜教会、星杯騎士団所属、従騎士リース・アルジェントは目の前の光景に買い込んでおいたパンを食べながら言葉を失った。
「もぐもぐ……石造りの書架……もぐもぐ……遺跡の中……? もぐもぐ――」
「あーリース……とりあえず食べるか考察するかどちらかにしときや」
「もぐもぐ……」
ケビンの指摘にリースは食べることを優先する。
らしいと言えばらしいその姿にケビンはがっくりと肩を落とし、これまでのことを振り返る。
リベールに呼ばれた理由は浮遊都市の残骸をサルベージしたことで発見されたアーティファクトの回収だった。
エリカ・ラッセル博士との一悶着と、従騎士として派遣されてきた幼馴染との再会というイベントはあったが、無事にアーティファクトは回収することはできた。
その後、後をつけて来た《結社》のギルバートを軽くあしらった所でその男は現れた。
異形の格好をした男の言葉に触発されるように回収したばかりのアーティファクトの方石が放つ光に飲み込まれたかと思うと、気付けば異界にいた。
頭上はおろか、宙に浮いた石造りの足場の下にまで広がる夜の星空のような不思議な空間。
現実とは思えない空間だったが、ケビンには身に覚えのあるものだった。
四輪の塔の裏に隠された異空間。雰囲気はそこによく似ていた。
「しっかし本当になんやろなこれは……」
古今東西の禁書を含めた貴重な本が並ぶ石造りの書架の中には不釣り合いな《王国食べ歩き紀行》などという一般雑誌なども紛れ込んでいた。
他にもミラを払うことで食物を提供してくれる大樹。飲むと活力が回復する泉など訳の分からないことだらけだった。
「ケビン、そこでこんなものが落ちていたけど」
腹ごなしを完了させて探索に参加したリースがその成果を見せてくる。
「セピスの欠片に――」
差し出されたものにケビンは思わず息を飲んだ。
「ケビン?」
「悪い……何でもない……」
リースの手の中にあるのはセピスと宝石、そして一際大きなクォーツ。
その中の一つに見覚えのあるマスタークォーツ。
それは紛れもなく自分が滅した彼の持ち物だった。
「ケビン……いったい――」
「いや……その――」
取り繕うとしているとそれは起きた。
傍らの石碑が突然淡く輝き始めると宝石がそれと連動するように浮き上がる。
「何やっ!?」
「っ!?」
二人はその場を飛び退き、それぞれボウガンと法剣を構える。
宝石、封印石は中空を漂って石碑の前まで移動する。次の瞬間、閃光が走って封印石が弾けた。
そこから溢れた光が石碑の前で徐々に形を取っていく。
「なっ……!?」
「男の子?」
結実した光の中から現れたのは小さな男の子だった。
リースは見覚えないその姿に首を傾げるが、ケビンの方は驚きと困惑で思考が止まる。
先程のクォーツも含めて、驚かされてばかりだがそれは極めつけだった。
「リィン・シュバルツァー……なのか?」
現れたのは記憶に残っている彼ではないが、自分の中のものが力が彼だと告げている。
「リィン・シュバルツァー? この子が? 資料では確か十五歳の少年だったはずなのに」
どこからどう見ても幼児の子供にリースは困惑する。
「いや……間違いあらへん」
眠っているリィンの右腕を手に取ってケビンは腕を一周する傷痕を確認してケビンは確信する。
「って、何でお前がリィン君のことを知っとるんや?」
「総長が教えてくれました……そういえば、総長から伝言を預かっていました。『この大馬鹿野郎』だそうです……
まあ、言うまでもなくケビンは昔から大馬鹿者ですが……」
「はは……」
総長の言葉とリースの非難の目にケビンは自嘲と苦笑が入り混じった笑いをもらす。
「ん……」
リィンらしき男の子が身じろぎをしてゆっくりと目を開ける。
「っ……」
ケビンは緊張に身を強張らせる。
「ここは……おにいさん……だれ……?」
「…………は……?」
しかし、彼から口から出てきた言葉にケビンは間の抜けた声をもらしてしまった。
*
幼子は確かにリィン・シュバルツァーだった。
そう名乗ったリィンの歳を聞けば五歳と答え、質問を重ねるとリベールで過ごした記憶はなかった。
彼がどんな理由で幼児の姿になってしまっているのか分からないが、一人で《隠者の庭園》に置いていく訳にもいかないためケビンはリィンを連れて異空間の探索を始めた。
魔物とも呼べる現実ではありえない骸骨兵を蹴散らしながら進む。
幸いなことに幼いリィンは異形の化物に騒ぎもせずに大人しくしてくれていた。
翡翠の回廊を進んだ先で、リィンが封じられていたものと同じ封印石を手に入れ、方石から語り掛けてくる存在に言われるがケビン達は庭園に戻り、封印石を石碑にかざした。
「ふ、ふえ~っ……い、今の光って……」
リィンと同じように封印石の光の中から現れたのはかつてケビンがリベールの地で共に行動していたティータ・ラッセルだった。
突然、見知らぬ場所に連れて来られた動揺を宥め、今までのあらましを説明してから、ティータは幼いリィンを見て目を丸くした。
「えとえと……リィンさんですよね?」
「うん……ぼくはリィンだけど、おねえちゃんもぼくのこと知ってるの?」
「お、おねえちゃん!?」
「あ~その子は……たぶん俺たちの知っているリィン君のはずなんやけど、見ての通りでな……
どうやら見た目相応の歳の記憶しか持っとらんらしいんや……
この子がリィン君とどんな関係なのか、この世界だけの幻なのかはまだ分からへん」
「そうですか……」
しょんぼりと肩を竦ませるティータにケビンは居たたまれなくなる。
「えっとなぁティータちゃん。俺達はこのまま探索を続けるつもりなんやけどティータちゃんにも手伝ってもらってもええかな?」
「え……は、はい! もちろんですケビンさんっ!」
「ケビン……本気?」
「さっきリィン君を連れて行くって決めた時と同じやろ?
仮にティータちゃんとリィン君にここで待っていてもらったとしても、実質リィン君の方は戦力にならへん……
ここに二人を残したところで、もしもの時があればティータちゃんだけでリィン君を守ることはできへん……
人を守りながら戦うことの難しさはリースも分かっとるはずや。それなら俺達と一緒にいてもらった方が安心やろ?」
「…………分かりました」
「あの……ごめんなさい」
そんな彼らの話を黙って聞いていたリィンは小さな体をさらに小さくして謝る。
「何故、貴方が謝るのですか?」
「それはぼくが……よくわからないけど――」
「分からないのなら安易に頭を下げるべきではありません……
私は元の貴方のことは知りませんが今の貴方はただ守られるだけの子供です……
最初から戦力に数えていませんから謝られる筋合いはありません」
「ちょ……リース。そんなきつい言い方せんでも――」
「ケビンがこの子に何を遠慮しているかは知りませんが、事実は変わりません……
最悪、あの男が死んだ人間を似せて送り込んできた刺客の可能性もあります。もしもこの子が――」
「リースッ!」
「…………失礼しました」
諫める強い口調のケビンの言葉にリースは口をつぐむ。
「あーリィン君……今のはな……」
「ごめんなさい」
ケビンが言い繕うよりも先にリィンが謝る。
下げた頭にケビンはどうしていいか分からず、いや思い出せずにただ力無く笑う。
――ああ、くそ……
頭を掻きながらケビンは自分に悪態を吐く。
今の幼いリィンの様子はケビンがよく知っているものだった。
捨てられたばかりの子供。
かつて自分も同じ道を経験し、数多くの同じ境遇の子供たちを見て来た。
なのに、自分が、あの人が昔どんな言葉を掛けていたのか思い出せない。
「行こうリィン君。お姉ちゃんがリィン君のこと、守ってあげるからね」
「ありがとう……ティータお姉ちゃん」
リィンの手を取って笑いかけているティータの存在がケビンにとってただ有難かった。
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ティータ
「そういえば、影の国でリィン教官って五歳くらいの子供になってたことがあったんですけど」
オーレリア
「ほう……それは興味深い」
トワ
「ご、五歳のリィン君!? ごくり……」
ユウナ
「え……何それ……? 五歳の子供になるってあの人そんなことまでできたの?」
ミュゼ
「あら……それじゃあもしかして教官にティータお姉ちゃんと呼ばれていたんですか?」
ティータ
「うん……あの時のリィン教官はかわいかったなぁ」
アルティナ
「…………やはりリィン教官は不埒ですね」
エリゼ
「兄様が…………お姉ちゃん……い、いえ……兄様は兄様ですから……でも……」
次の日、自分を見る目が変わった女性陣にリィンは首を傾げた。