(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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73話 始まりの記憶

 

 アネラスが加わったことでケビン達は部隊を二つに分けることにした。

 ケビンとリース、そしてユリアの三人による探索班。

 そして、《隠者の庭園》でリィンを保護し待機しておく拠点班。

 

「ティータおねえちゃんすごい」

 

「えへへ、そんなことないよ」

 

 ティータは手元を覗き込んでくるリィンに表情を緩めながら、オーブメントを組み立てていく。

 食料を提供してくれる大樹のおかげで食材には困らないが、それを料理するための機器が不足していた。

 幸いなことに無制限ではないがオーブメントもミラで購入することができた。

 それをティータが使いやすく改造していた。

 

「ううう……目の前に天国があるのに近づけない……」

 

 そんな和やかな雰囲気をアネラスは涙ぐんで見守っていた。

 夢の続きだと思って暴走し幼くなってしまったリィンを追い駆けまわして捕まえて、撫で回した後に聞かされた説明にアネラスは嬉しさ半分に複雑な気持ちになった。

 例え、泡沫の再会になるとしても再び会えたことは嬉しい。

 しかし寝惚けていたせいでリミッターなしに愛でてしまったために、すっかり警戒されてしまった。

 

「ぐす……でも、これはこれで……ふふふ……今の弟君には何色のリボンが似合うかなぁ」

 

 しかしそれでもめげずにアネラスはティータとリィンの微笑ましい光景を堪能するのだった。

 

「…………本当に……よかった……」

 

 影の皇子の言葉を信じるならば、記憶を取り戻すこともできる。

 そう思えば何も悪いことばかりではない。

 

「あ……」

 

「え? どうしたのリィン君?」

 

 不意に顔を上げたリィンにティータはオーブメントをいじる手を止めて首を傾げる。

 

「……音が……呼んでいる……」

 

「あ! リィン君!?」

 

「弟君っ!?」

 

 突然駆け出したリィンは転移陣の方へと走っていく。

 出遅れたアネラス達はそれを追い駆けるが、石碑の前でタイミング悪くケビン達が戻ってきた。

 

「うおっ!? どないしたんやアネラスちゃんにティータちゃん。そんなに慌てて?」

 

「ケビンさん、どいてっ!」

 

 と言いながらもアネラスは横にステップして彼らを躱すが、その時にはもうリィンは転移陣の中に消えていた。

 

「ちっ……ガキンチョになっても鉄砲玉は相変わらずかい」

 

 リィンが消えた瞬間を見たケビンは舌打ちして、回収して来た封印石をユリアに投げ渡す。

 

「ユリアさんはそいつの解放と説明をお願いします。誰が出てきても協力してくれるはずやから」

 

「心得た」

 

 頷くユリアを尻目にケビンはリィンに続いて転移陣に飛び込んでアネラスとティータの後に続く。

 翡翠回廊に出るも、そこにリィンの姿は見つけることはできなかった。

 

「アネラスさんとティータちゃんの二人はそっちを頼む。こっちはリースと行く」

 

 二手に別れてリィンを探す。

 

「ねえ、ケビン……」

 

「なんやリース? まさかまだリィン君のこと疑っとるのか?」

 

 最初の時はともかく影の皇子の登場で少なくとも幼いリィンが敵の罠ではない可能性の方が高くなった。

 むしろリィンに施された細工に関しては自分たちも他人事ではない。

 最悪、自分たちも記憶を奪われていた可能性もあったのだから。

 

「いえ、そのことは私の早計だったことを認めます……だけど、何をそんなに焦っているの?」

 

「焦っとる? 俺が……?」

 

 リースの指摘にケビンは首を傾げる。

 

「ええ……あの子が現れた時から、ずっと……」

 

「まあ……死んだと思っておった顔見知りがいきなりちっこくなって現れたわけやから、当然やろ?」

 

 取り繕うような言い訳をしてケビンは走るペースを上げ、リースから顔を見えなくする。

 本当はそれだけではない。

 大司教からの抹殺指令。

 場合によってはワイスマンの抹殺に使用した《塩の杭》を使うことさえ許可されていた。

 流石にそれを使うことはしなかったが、それでも浮遊都市に置き去りにするように仕向けた。

 リースの言葉を補足するなら、自分が殺したはずの相手が現れたのだから動揺するなという方が無理があるだろう。

 場合によってはもう一度、今度は確実に殺すことになるかもしれないことを考えれば、勝手に亡者に殺されることはケビンにとって願ってもないことでもある。

 だが、もしもこの異空間がリィンを起点にして発生したものならば、彼の死がどのような影響を及ぼすか分からない以上迂闊な真似はできない。

 

「別に後ろめたいとか罪滅ぼしやない……俺の業に関係ない奴等を巻き込むわけにはいかんだけや」

 

 誰に聞かれたわけでもないのに、言い訳をするケビンだった。

 

 

 

 

「おったな」

 

 見つけたリィンは星が描かれた扉の前にいた。

 扉はリィンの存在に鼓音するように開く。

 

「ケビンッ!」

 

「あかんっ! 待つんやリィン君っ!」

 

 どんなルールが働いているのか分からないが、扉は反応した本人しか入れず、中では戦闘を伴う試練が仕掛けられる。

 今のリィンを一人でそんなところに入れたらどうなるか予想するのは簡単だった。

 ケビンは扉へと入っていくリィンの肩を寸前で掴み――

 

「へ……?」

 

 吸い込まれるように扉の中へと引きずり込まれた。

 しかし、扉の中はケビンが聞いていた空間とは違っていた。

 

「って寒っ!?」

 

 体に叩きつけられた冷たい風と雪にケビンは体を震わせた。

 

「何やこれ……?」

 

 ティータから聞いていた話では殺風景な部屋で敵と戦ったらしいがそんなものはなかった。

 

「っ……リィン君、どこや!?」

 

 ほぼ一緒に扉の中に入ったはずなのにリィンの姿は近くにない。

 

「ああ……くそっ!」

 

 思わず悪態を吐くとすぐ背後に人の気配を感じた。

 

「っ……!?」

 

 咄嗟にその場を飛び退き、ケビンは背後に現れた男にボウガンを向ける。

 だが男は向けられた鏃に気付いた様子はなく、その場に膝を着く。

 

「おお……この子が……」

 

「っ……?」

 

 いつからそこにいたのか小さな子供が雪に半ば埋もれるように倒れていた。

 いや、状況から察するにこの雪の中に置き去りにされたと考えるべきだろう。

 

「――ス兄さん、どうして……」

 

 男はリィンを抱え上げると踵を返す。

 

「お、おい! おっさん!?」

 

 あまりの無視っぷりにケビンは狼狽えながら、男を呼び止めその肩を掴もうと手を伸ばす。

 しかし、振れたと思った手は何の抵抗もなく空を切った。

 

「どうなってるんや?」

 

 ケビンは呆然とすり抜けた手を見ると――突然景色が変わった。

 

「なっ!?」

 

 広々とした部屋。

 質素ながらもそれなりに着飾れたそこは一種の上流階級の一室だと一目で分かる。

 窓の外には雪が吹き付けているが、室内は暖炉に火が灯され暖かく保たれていた。

 

「目が覚めたかな?」

 

「…………ここ……は……?」

 

 男に声をかけられ、リィンはベッドに横たわったままかすれた声を返す。

 

「ここは温泉郷ユミル……

 君は吹雪の雪山に置き去りにされていたんだ……何か思い出せることはあるかな?」

 

「ユミル……? ぼくは……ぼくは……」

 

 男の質問にリィンは名乗らずに虚ろな言葉を返す。

 いつまで経ってもリィンは男に応えない。

 それどころか顔に生気も薄い。

 そんなリィンを見かねて男は声を掛ける。

 

「君の名前はリィンだ」

 

「…………リィン……」

 

「私はこのユミルを治めているシュバルツァー家の当主のテオ・シュバルツァーだ……

 リィン君――いやリィン……今日から君はうちの子供だ。歓迎しよう」

 

 ケビンの視界がそこで光に覆いつくされる。

 気付けば、ケビンとリィン、そしてリースは並んで星の扉を出ていた。

 

「ケビン……今のは?」

 

 あの場でリースの姿は見れなかったが同じものを見ていたようだった。

 

「ああ……たぶんリィン君が拾われた時の記憶なんやろな」

 

「はい……おれが覚えている。一番はじめのきおくです」

 

「お……?」

 

 しっかりとした肯定の言葉にケビンは目を丸くする。

 

「もしかしてリィン君……今ので記憶が戻ったんか?」

 

「うん……すこしだけ……」

 

 答える言葉はまだ幼いものだが、先程までの一線を引いていた態度から自然体に落ち着いた感じが読み取れた。

 例えるならば、今までは捨てられたばかりの孤児だったが、院の生活に慣れ境遇を受け入れ始めたそれのような感じだった。

 

「そっか……ならエステルちゃんって名前に聞き覚えあるか?」

 

 ケビンの質問にリィンは首を横に振る。

 

「……どうやらいきなり全部の記憶を取り戻したってわけじゃなさそうやな」

 

 とりあえす一安心だとケビンは息を吐く。

 

「ケビン、とりあえず庭園に戻りましょう……

 勝手な行動をした子供にはしっかりとお説教する必要もあることですし」

 

「え……?」

 

 リースの冷淡な眼差しにリィンは顔を引きつらせる。

 首根っこを掴まれて歩かされるリィンの姿はまさにいたずらをして怒られる悪ガキの構図だった。

 その光景を生温かい目で見守りながらケビンは彼女たちに気付かれないようにため息を吐く。

 

「勘弁してくれよ……」

 

 もしかしたらもう一度始末しないといけない相手の過去など知りたくもない。

 ただの文字の羅列で知っただけの知識が、生で見たせいで実感を強くしてしまう。

 

「俺は《外法狩り》……ただの《狗》や……」

 

 リィンの生い立ちを見たケビンは庭園に戻るまで何度も自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

「話には聞いていたがまさか本当に子供の姿になっているとはな……」

 

 庭園に戻るとそこには新たに解放されたミュラーがケビン達の帰りを待っていた。

 程なくして戻ってきたアネラスとティータの二人はリースと一緒にリィンのお説教を始めていた。

 

「やれやれ……この姿を見たらあの阿呆が何と言うか……」

 

 ミュラーは幼くなったリィンの姿に遠くない未来のことを思い頭を痛めるのだった。

 

 

 

 

「こいつがあの時のとんでも帝国人なの?」

 

 ミュラーに続いて発見された封印石から出て来たジョゼットはリィンに胡乱な眼差しを向ける。

 

「まあ信じられないのは無理もないやろうけどな」

 

「あー……もういいよ……

 別にリィンって奴とはあんまり関わりなかったし、正直今の状況だけでも飲み込むのに精一杯だからこれ以上混乱させないで」

 

 ジョゼットはただでさえ影の国の存在を受け止め切れずにいたため、リィンについては完全に思考を放棄するのだった。

 

 

 

 

 

 


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