第三星層への道が開けたが、《隠者の庭園》では三人の少女たちが睨み合っていた。
「それじゃあ二人とも……うらみっこなしだよ」
「はい」
「負けませんよ」
アネラスの言葉にクローゼとティータは頷いた。
その光景をケビン達は呆れと苦笑いを浮かべて見守っていた。
「いやーリィン君、モテモテやなー」
「えっと……」
肩を叩くケビンにリィンは困った顔をする。
第三星層は双子の回廊。
金と銀の二つの回廊を同時に進まなければならない。
現在のメンバーはリィンを入れても十人。
しかしリィンは相変わらず戦力外。戦闘メンバーを均等にすることも考えて一人はリィンのお守の名目で残ることになったのだが、 そこで問題になったのは誰が残るのかということだった。
リィンと一緒に残ると主張したのはアネラスとクローゼ、そして意外なことにティータもだった。
「まあ無理もあるまい……あんな別れをして、こんな姿で現れたのだ……
過保護になってしまうのも仕方ないだろう」
「はぁ……何でもいいけど早くしてくれないかな……」
そんな三人に納得するミュラーに対して、ジョゼットは面倒くさそうにぼやく。
「やれやれ……」
敬愛する主の珍しい姿だがユリアもクローゼの気持ちが分かるため、特に何も言わなかった。
むしろ安全な場所にいてくれるのなら、それはそれでユリアにとてもありがたいことなので口を挟まない。
「全く……緊張感のない……」
「まあ、そう言うなってリース。それにお前にとっても誰が残るかは結構重要なことになると思うぞ?」
「そんなことあるわけが――」
「残る奴は当然、今日の飯当番になってもらうことになるやろうな」
「…………」
「姫様殿下は孤児の世話をしていたらしくて料理もうまいらしいし、ティータちゃんの料理はこれまで食わせてもらった通り……
アネラスちゃんはどうかは知らんけど、遊撃士やしサバイバルもしているはずやから変なものは出てこないやろ」
「…………………もう少しだけ待つことにしましょう」
あっさりと納得したリースにケビンは苦笑する。そんな彼にヨシュアが声を掛ける。
「ケビンさん……」
「ん……何やヨシュア君?」
先程殴ったことなどなかったかのように陽気な言葉を返してくるケビンにヨシュアは複雑な顔をして続ける。
「先程はすいませんでした……」
「ああ、ええって別に……
それよりも俺らが王宮を調べている間にヨシュア君は異界化した王都を調べて来てくれたんやったよなぁ?」
「はい……ケビンさん達が言っていた扉をいくつか見つけて来ました……
遊撃士協会三階、釣公師団本部二階、それからグラン=アリーナ……
ただどれもリィン君に関わる扉ではないようでした」
「そうか……」
リィンの戦力が戻れば頼もしいのだが、どうやら当分はそれを望めないらしい。
「ケビンさん……貴方は――」
言いかけてヨシュアは言葉を止めた。
自分を煽った言葉といい、なんとなくケビンが望んでいることを察してしまう。
「やったあぁぁぁぁぁっ!」
そうしている内に決着がついたのか、アネラスが歓声を上げた。
*
「それじゃあ、みんな気をつけてくださいね」
方石を使って第三星層に転移していく仲間たちを見送って、アネラスはリィンと向き直る。
「っ……」
あからさまに警戒されて距離を取って身構えるリィンにアネラスはがっくりと肩を落とす。
「えっと……弟君……」
「はい……」
「とりあえず、みんなのごはんを作る準備を始めようか?」
十人の分の食事を作るのには量もそうだが、機材も限られているこの状況では時間が掛かる。
彼らの攻略がどれほどかかるか分からないが、いつ戻ってきてもいいように気合いを入れる。
「ふふ……弟君にもちゃんと手伝ってもらうからね……
まずはこの食材を大樹さんから交換して来てもらえるかな?」
「んっ……」
こくりと頷いたリィンにアネラスはメモとミラを渡して、テテテとかわいらしく駆けて行くその背中を見送った。
誰かを思い出させるその動きにアネラスは込み上げてくる感情に泣き出しそうになる。
「っと……しっかりしなさい」
パシパシと顔を叩いてそれを堪える。
「それじゃあ私はまず水を汲んで……」
リィンが戻って来るまでに自分が用意できることを進めておくようにアネラスもまた動き出した。
………………
…………
……
子供とは思えないしっかりとした手つきで野菜の皮がナイフで剥かれていく。
その光景を横目で見ながらアネラスはこの子供の正体について考える。
単純に年齢が下がっただけとは思えない。
右腕に走る傷痕が何よりの証拠でもあるし、今の作業の手つきも年齢によるアンバランスな部分はあるが、危なっかしさは感じない。
「それにもしも生きていてくれたなら、どうして……」
もしもこの現実の世界でも彼が生きていたとするのならば、それこそ何故名乗り出てきてくれなかったのか。
この影の国にこんな姿で取り込まれていることが関係しているのだろうか。
そもそもこの影の国は何なのか、回廊や異界化した王都が偽物だとするならば、それこそ死後の世界だという可能性だって捨て切れない。
少なくても自分や他のみんなも死んだ覚えはない。
死後の世界ではなく、狭間の世界だったとすれば一刻も早く――
「はい。アネラスおねえちゃん、できました」
「……うん、ありがとう弟君」
イモの皮むきを終えて声を掛けて来たリィンにアネラスはもう少しだけこのままでもいいかと思った。
「よーし、それじゃあ次はこっちをお願いね」
「はい」
今現在の仲間たちは体を資本にする人達が多いので、単純な十人前では全然足りないのはこの数日で良く分かった。
特にリースの健啖ぶりは尋常ではなく、彼女を満足させるにはとにかく量が必要になる。
アネラスはリィンのことを見守りながらもひたすら手を動かして、下拵えをしていく。
それから一時間程が経ち、アネラスは大きく伸びをして立ち上がった。
「そろそろ一度休憩をしようか弟君」
「分かりました」
素直にアネラスの提案を受け入れるリィン。
小さな子供が一時間も地道な作業に集中していられるおかしさを感じながら、リィンの視線が在らぬ方向を見ているのに気が付いた。
「…………気になる?」
「えっと…………」
アネラスがその視線を追って尋ねると、リィンは迷う素振りを見せながらも頷いた。
「それじゃあ…………ちょっとだけ持ってみる?」
「良いんですか?」
嬉しそうに顔をするリィンにアネラスは石のテーブルの上に置いておいた自分の太刀を手に取る。
リベル=アークで彼に借りたゼムリアストーンの太刀は本人に返すことはできなかったが、ユミルまで行って家族に返した。
「はい。危ないから抜いちゃダメだよ」
鞘に入ったままの太刀の柄をリィンに向けて差し出す。
聞いた話によれば、まだシュバルツァー家に引き取られたくらいの年の背なのだから、太刀には触れた記憶はないだろう。
それでも太刀に興味を持ってくれたことにアネラスは嬉しくなり――
「あっ!?」
リィンが柄を両手で持ったのを確認してアネラスが手を放すと、その太刀の重さに耐えきれず前のめりに倒れる。
「ぷっ……」
「むう……」
顔面を強かにぶつけて涙ぐむリィンの姿にアネラスは込み上げてきた笑いを何とか堪えるが、それを敏感に察したリィンは頬を膨らませる。
「ごめんごめん……まだ弟君には重かったみたいだね」
慰めるように頭を撫でる。
少なくてもその手から逃げられなかったことにアネラスは安堵した。
*
金と銀の双子の回廊を抜けて戻って来たケビン達は二つの封印石を手に入れていた。
これまでと同じように石碑に石を掲げて、その中身を解放した瞬間、リィンは何とも言えない悪寒を感じすぐ近くにいたアネラスに隠れるように縋りつく。
「あれ? どうしたの弟君?」
アネラスの言葉に応える余裕はなく、自分でもよく分からない悪寒に震えることしかできなかった。
封印石から溢れ出した光は、二人の男に姿を変える。
互いに向き合う様に現れた二人は一言二言の言葉を交わしてリィン達の方に向き直ると、固まった。
「……アネラス君……その子は……」
「ひっ……」
アネラスの時に感じた以上の邪な気配を感じてリィンは小さな悲鳴を漏らす。
そんなリィンの頭をアネラスは大丈夫だと言わんばかりに優しく撫でて――
「ああ、ボクの愛しのリィン君! まさかこんなところで君と再会できるなんてこれも女神の導きに違いない!
さあ! この奇蹟の再会に感涙のベーゼと抱擁を――」
歓喜の声を上げて、一瞬で取り乱して突撃して来たオリビエにアネラスは太刀を鞘に納めたまま、構える。
しかし、それよりも先に同様に剣を鞘に入れたままのミュラーがオリビエの前に立ち塞がって剣を一閃した。
「破邪顕正――」
「八葉滅殺――」
「サンクタスノヴァ――」
「あ~れ~……」
それに合わせたアネラスの連撃にとどめを刺すようにクローゼの必殺技が炸裂するのだった。