(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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76話 第二の記憶

 

「なるほど……《影の国》か……」

 

 オリビエとジンの登場により、一同は状況を把握するのに手一杯で消化し切れていなかった情報の整理をすることができた。

 ケビン達を助けるように時折聞こえてくる女性の声。

 第二星層では幽霊として現れて手を貸してくれたらしい。

 これまでの《影の王》や《黒騎士》などの言葉から考察すると、《彼女》は《影の王》に力を奪われたことになり封印石を解放していくに従って力を取り戻しているようだった。

 よって前に進む以外の目標として、《彼女》を解放して詳しい話を聞く必要があると決まった。

 

「それからリィン君の扉に関してだが、もしかしたら《星層》にリィン君を連れて行くことがルールかもしれないね」

 

「リィン君を連れて行く、ですか?」

 

「ああ……話を聞く限り、《影の王》と《影の皇子》はそれぞれの目的を持って動いているようだね……

 ならば、各地の扉に関するボクたちのルールとは異なることもあるかも知れない……

 《第一星層》の扉にリィン君は呼ばれていたそうじゃないか? 《第一星層》はここからすぐだから呼び声が届いた……

 それ以降の《星層》にリィン君を連れて行っていないのならば、その可能性は高いんじゃないかな?」

 

「確かに……そうかもしれませんなぁ」

 

 子供だから安全な後方に下げ、扉を見つければ後から連れて行けばいいと思っていただけに、これまでリィンの扉を見つけることができなかった理由にケビンは納得する。

 

「しかし、そうするとどないしましょうかね?」

 

 転移の機能を持つ方石は一つしかない。

 早速決めた方針はこのまま前へと進み、《彼女》の力を取り戻すこと。

 しかし、リィンの記憶の扉を探すために方石を使えば当然行軍の速度は遅くなる。

 かと言って、《第一星層》から地道に進んだとしても、帰還の方法も徒歩になってしまい現実的ではない。

 

「そういうことなら、ここは一つリベル=アークの時と同じ方法で行こうじゃないか」

 

「リベル=アークの? ……ああ、そうですね」

 

 あの時はゴスペルを使い回して複数の班で探索と休息を行った。

 

「敵が悪魔であることから専門家であるケビン君たちには星層の攻略に……

 君たちが休んでいる間にボク達はリィン君の記憶やその他の扉について調べる。もしかすれば《彼女》の力を取り戻す条件に扉の開放もあるかもしれないからね」

 

「はは、流石ですね」

 

 とんとん拍子に上がる提案にケビンは苦笑を浮かべる。

 普段は軽いお調子者だが、やはりというべきなのか帝国の皇子としての思慮深さが見て取れる。

 

「というわけで、《第三星層》の戦いを終えたばかりの君たちはゆっくりと休んでくれたまえ」

 

「はぁ……それが狙いか」

 

 意気揚々に張り切るオリビエにミュラーは額に手を当てて唸る。

 

「狙いとは人聞きが悪い……ボクは純然たる善意をもってリィン君の赤裸々な記憶を堪能したいだけさ」

 

「えっと……とりあえず方石の使い方を教えておきましょうか?」

 

 合流したばかりなのに生き生きとしているオリビエの勢いにケビンは気押されるばかりだった。

 

 

 

 

 

 方石を使ってリィンとアネラス、オリビエ、ジン、そしてリースの五人は《第二星層》なる異界化した王都にやってきた。

 

「しかし、話には聞いていたがひどい有様だね」

 

 オリビエは変わり果てた王都の姿に嘆息する。

 

「ああ《庭園》といい……この扉がなければとても偽物とは思えないな」

 

 現実にはない重々しい扉を振り返りジンは肩を竦める。

 

「そうですね……あからさまに違うものがあるから違うって分かりますけど、それ以外は本当に王都にしか見えませんね」

 

 アネラスもまた見慣れたはず王都を見回して、本物と同じとしか思えない街に感心する。

 

「しかしリース君。よかったのかね? 君はケビン神父の従騎士だと聞いたのだけど……」

 

「構いません……本来なら従騎士失格ですが、これ以上あんなケビンを……私は……

 それにケビンが気にしているリィン・シュバルツァーが何者なのか、個人的にも興味がありますから」

 

「そうかい……ならばボクからも言うことはないが、一つだけ覚えていて欲しい言葉がある」

 

「はい? 何でしょうか?」

 

「空元気も元気の内……さ……」

 

「え……?」

 

 オリビエの言葉に虚を突かれてリースは呆けた顔をさらしてしまう。

 

「オリヴァルト皇子……貴方は――」

 

「奴もどうやら複雑なものを抱えているみたいだからな……

 ま、リィンもとりあえず生きている可能性も出て来た。そのことに思い悩んでいるようでもあったからな」

 

「ジン・ヴァセック……貴方達はもしかして……」

 

 問いただしたくなる気持ちをリースはぐっと堪える。

 自分よりもケビンのことを分かっていると言わんばかりの態度が何だか面白くなかった。

 

「それでリィン・シュバルツァー、あの時の様に何かを感じましたか?」

 

「えっと……」

 

 リィンは耳を澄ませて周囲を伺う。

 

「あっちの方から呼んでいると思う」

 

「あっち……? お城の方ですか? ですがそちらにあった扉は――」

 

「まあいいじゃないか。リース君……

 とりあえず、今回はリィン君がいる条件で調べるわけだからね」

 

「そうですよ。とりあえず行ってみましょう」

 

 

 

 

 王宮へ続く橋の手前まで進むと扉は唐突にリィン達の前に現れた。

 そのことに驚きながらも、リィンが扉の前に立つとそれは勝手に開く。

 

「っ……」

 

「大丈夫だよ、弟君」

 

 扉から感じる威圧感に怯むリィンの肩にアネラスは手を置いて励ます。

 緊張に唾を飲み込み、リィン達は扉に入った。

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

 扉を潜り、出迎えたのは魔獣の咆哮だった。

 

「っ……」

 

 リースは咄嗟に法剣を構え、目の前に現れた大型魔獣に斬りかかる。

 しかし、剣は魔獣の体をすり抜けた。

 

「…………なるほど。そういえばこちらから干渉することはできなかったんでしたね」

 

 ケビンの話を思い出してリースは法剣を納めて、改めて周囲を見回す。

 そこには一緒に扉に入ったはずのアネラス達の姿はなかった。

 いるのは自分と魔獣。そして自分の背後にいる小さな二人の子供だった。

 

「…………どうやら少し成長してからの記憶のようですが……」

 

 魔獣に吹き飛ばされたリィンに女の子が悲鳴を上げる。

 

「にいさま!?」

 

 雪の上に倒れたリィンに女の子は縋りついて泣き叫ぶ。

 

「っ……」

 

 記憶の映像を見せられているだけなのに、今この場で彼らを守れないことにリースは歯がゆさを感じずにはいられなかった。

 

「にいさま、血が……! にいさま、にいさま! しっかりしてください! あ……」

 

 必死に呼びかけるがリィンは応えない。

 そして、魔獣は唸り声を漏らしながら、ゆっくりとした足取りでリィン達に近付いていく。

 

「こ、こない……で……」

 

 震え怯えきった女の子だったが、次の瞬間魔獣の一撃を受けて瀕死だったはずのリィンは立ち上がった。

 

「お…………オオオオオオオオオオッ!」

 

 魔獣に劣らない咆哮を上げ、リィンの髪が白く染まり、黒いオーラがその身に宿る。

 

「これが……《鬼の力》……」

 

 資料で読んだが、実際に見る力の圧力にリースは息を飲む。

 

「シャアアアアアアッ!」

 

 リィンは小さなナタを手に魔獣へと突撃する。

 そんなリィンに魔獣も対抗するように咆哮を上げ、丸太のような腕を振り上げる。

 次の瞬間、ナタと衝突した腕が折れる音が鳴り響いた。

 魔獣は悲鳴を上げて後ずさるが、獣じみた動きでリィンは距離を詰めて魔獣の目にナタを突き刺す。

 そこから先はもはや蹂躙だった。

 傷を負わされて、どちらが上なのか思い知らされた魔獣は逃げようとするが、リィンは追い縋りナタを振り下ろす。

 なまじ小さな枝払い用のナタだからこそ、魔獣は即死できず何度も何度もその身にナタを振り下ろされる。

 血飛沫が雪やリィンの髪の白を赤く染めていく。

 何度も何度も切り付けられた魔獣は次第に動きをなくしていき絶命するが、それでもリィンはナタを振るのを止めなかった。

 

「…………あ……」

 

 もはや原型を留めない肉塊と化したところで、リィンは理性ある言葉を呟いて、ナタを振り上げた腕を止めた。

 目の前の肉塊と雪に染み込んだ血の海。

 全身を染める赤。

 

「…………にい……さま……」

 

 その声に振り返ったリィンは自分を見て恐怖に震える妹の姿を見た。

 

 

 

 

 扉から元の場所に戻ったリース達は無言だった。

 あの場で姿を見なかったが、おそらくリースが見たものと同じものをアネラス達も見ていたと簡単に推測できる。

 

「……今のが……リィン君の《鬼の力》の始まりか……」

 

 入る前は意気揚々としていたオリビエも思考が真っ白になっているのか気の利いた言葉が出てこなかった。

 

「あ……あはは……ごはんを食べた後でよかったかもしれないですね……」

 

 無理して明るく振る舞おうとするが、アネラスはすぐに意気消沈する。

 

「……俺がグランセルで会った時はもう制御していた様子だったから、あまり気にも留めていなかったがこれ程だったとはな」

 

 ジンもまた腕を組んで先程の記憶の圧倒的な光景を思い出して唸る。

 

「《鬼の力》……でしたか……」

 

 リースも資料で少しは知っていたが、まさかあれほどの異能だとは思っていなかった。

 そしてそのリィンだが、扉から出て来た彼の姿は入った時とは変わっていた。

 背丈が少しだけ伸びている八歳から九歳くらいだろうか、扉の中で見た彼と同じ背格好に加えて服装も防寒着に変わっていた。

 

「弟君……調子はどう? どこか痛いところはある?」

 

 気を取り繕ったアネラスがリィンに尋ねる。

 

「大丈夫です。アネラスさん……きおくも少しだけ思いだせました」

 

「むっ……」

 

 リィンの答えにアネラスは顔をしかめた。

 

「えっと……どうしたんですか?」

 

「お姉ちゃん……でしょ?」

 

「アネラスさ――」

 

「お姉ちゃん」

 

 じっと期待の眼差しを向けられてリィンは顔に照れた感情を見せながらたじろぐ。

 

「そしてボクのことは是非ともお兄ちゃんと愛を込めて――」

 

「はこうけんっ!」

 

 怯んだリィンに合わせ、二人の間に割って入って来たオリビエにリィンは反射的に拳を突き出した。

 しかし――

 ポスッと軽い衝撃がオリビエの腹を叩いただけだった。

 

「っ……はこうけんっ! はこうけんっ! はこうけんっ!!」

 

 ポスポスとムキになって拳を連打してくるリィンの姿にオリビエはその胸中に堪らないものがこみ上げてくるのを感じた。

 

「ああリィン君! 君という人間はどこまでボクを魅了すれば気が済むのだね。これはもうお持ち帰りして――」

 

 オリビエは背後から肩を引かれて言葉を途切れさせて振り返った。

 そこにはアネラスが満面の笑顔を浮かべていた。

 

「いや……待つんだアネラス君。君ならこの気持ちを分かってくれるはずだ。そうこれが……これこそが《可愛い》ということだと」

 

「ええ、分かっていますよ。オリビエ・レンハイムさん」

 

「っ……」

 

 ただ名前を呼ばれただけなのに、アネラスの言葉はオリビエの全身を震えさせた。

 

「八葉一刀流、《無手の型》……」

 

 拳を握り締め、腰を落とす。

 それは今のリィンが形だけ真似たものではなく、その先の完成された一撃。

 

「破甲拳っ!」

 

「ぐはっ!」

 

 懐かしいとも思える拳を腹に受けてオリビエはくの字に折れ曲がって膝を着いた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 重く響いた音にリィンは畏れ慄き、思わず殴られたオリビエに声をかける。

 

「ふふふ……アネラス君の破甲拳……我が生涯に一片の悔いなし……がくり……」

 

「…………あの……この人はエレボニア帝国の皇子でしたよね?」

 

 目の前の形容しがたいやり取りにリースは困惑してジンに確かめる。

 

「ああ……だが、今はオリヴァルト皇子というよりは、オリビエと呼んだ方が良いだろうな」

 

 苦笑するジンにリースはただ首を傾げて戸惑うことしかできなかった。

 

 

 

 

 第四星層は獣の道。

 転移陣を抜けた先はリベールから遠く離れたレマン自治州にある遊撃士の施設、ル・ロックル訓練場だった。

 女の霊曰く、三つの修練場があるらしく、ケビン達はその最初の修練場《四色の塔》を登ることになった。

 リベールの四地方にそれぞれ存在する四輪の塔と構造こそ同じだが、階層ごとに色の違う混ざり合った塔はまさに四色というに相応しい場所。

 そして、その屋上で手に入れた封印石を《庭園》の石碑で開放すると現れたのは、水着のような服を着て膝を抱えた長い銀髪の女の子と黒い傀儡だった。

 

「………………初期化プロセス中に不明な操作を確認……緊急と判断し、自己保存プログラムを実行します」

 

 独り言を機械の様に呟いて銀髪の女の子は立ち上がり、空に向かって手をかざす。

 

「敵性体多数確認。クラウ=ソラス、戦闘モード……」

 

 次の瞬間、アルティナ・オライオンは何かをするよりも早く、傀儡ごと取り押さえられた。

 

 

 

 

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