(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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78話 第四の記憶

「焔よ……我が剣に集え……」

 

 闘気を練り上げて、それを焔へと変え太刀に纏わせる。

 八葉一刀流の基本にして全てに通じる技。

 一呼吸ごとに太刀の焔を大きくして、リィンは十分な焔を練り上げられた手応えを感じたところで太刀を振り被る。

 

「はああああああああっ!」

 

 そのまま熊型の魔獣に雄叫びを上げて斬りかかる。

 しかし、《焔ノ太刀》は魔獣の体皮を斬り裂くことができず、焔もその一太刀で霧散してしまう。

 

「ガアアアアアアアアッ!」

 

 すかさず反撃に魔獣は鋭い爪を持つ腕を振り回して攻撃してくる。

 

「くっ……」

 

 身を逸らして、リィンは目の前で空を切る鋭い爪を躱して距離を取って仕切り直す。

 

「焔よ……」

 

 再び太刀に焔を宿すが、魔獣はリィンの準備が整うのを待ってくれるはずもなく突撃してくる。

 先程の一太刀で怒り狂った魔獣の猛攻にリィンは焔をうまく練ることができずに防戦を強いられる。

 苦し紛れに焔を纏わせた攻撃も、最初の一撃と同じく振り切れなければ、焔も維持することができない。

 結局、リィンは与えられた課題をクリアすることもできず、泥仕合の末に魔獣を倒した。

 

「まったく、この程度の魔獣に情けない」

 

「申し訳ありません、老師」

 

 ユン老師の叱責にリィンは頭を下げて自分の情けなさに歯噛みする。

 戦わされた魔獣は決して強くないレベルのものだった。

 そんな相手にユン老師から与えられた《初伝》を授けるにあたっての課題は《焔ノ太刀》を使えというものだった。

 《焔ノ太刀》は稽古で何度も使っていたからこそ、自信を持って挑んだものの結果は散々だった。

 

 ――やっぱり才能がないんだな俺は……

 

 訓練と実戦では違うと分かっていてもそう思わずにはいられなかった。

 ユン老師から《八葉一刀流》を学び始めて四年の月日が経つというのに、一通り習った型はどれもあと一歩のところでうまくいかない。

 《初伝》のテストでもあった《焔ノ太刀》も結局は使いこなすことができずに終わってしまった。

 またあの厳しい修練の日々に戻るのだと思うとリィンは溜息を吐きたくなるが、ユン老師の手前ぐっと堪える。

 

「リィンよ……」

 

「はい」

 

 膝を着いて頭を垂れ、ユン老師の叱責の言葉にリィンは覚悟を決める。

 

「おぬしに八葉一刀流《初伝》を授ける。受け取るがいい」

 

「え……?」

 

 リィンは顔を上げて、巻物を差し出してくるユン老師の顔を間の抜けた顔で見上げた。

 

「ろ……老師……仰る意味が分かりません……俺はたった今、その《試し》に失敗したはずです」

 

「本気でそれを言っておるのか?」

 

「老師……?」

 

 本気も何も《試し》に失敗したのは間違いない事実のはず。

 むしろそれにも関わらず《初伝》を授けると言ったユン老師の言葉の方が意味が分からなかった。

 困惑するリィンにユン老師は溜息を吐く。

 

「リィン……おぬしはまだ目を背けておるのか?」

 

「…………そんなことありません」

 

 ユン老師の言葉にリィンは固い言葉を返して自分の胸に手を当てる。

 常にそこに存在していると分かる《焔》からリィンは片時も意識を外していない。

 目を背け、ないものと振る舞うことができれば気が楽になることが分かっていても、その存在を決して忘れてはいけないのだとリィンは常日頃から戒めている。

 

「とにかく受け取るがいい、リィンよ……これでおぬしは晴れて八葉の剣士じゃ」

 

 腑に落ちないが強引に巻物を持たされてリィンはそれを受けるしかなかった。

 

「おぬしには一通りの型を教えた。これより先は自分を今一度見つめ直すが良い。まずはそこからじゃ」

 

「待ってください老師!」

 

「ああ、それからわしは今日でユミルを去るつもりじゃ。すでにテオ殿には話しておるから安心していいぞ……

 それではリィンよ。次に会う時を楽しみにしておるからな」

 

「……老師っ!?」

 

 あっさりと踵を返して歩き出してしまったユン老師にリィンは慌て立ち上がるが、その時にはもう彼の姿はどこにもなかった。

 取り残されたリィンは呆然と立ち尽くす。

 

「何で……?」

 

 《初伝》を賜った喜びなどない。それよりも困惑がリィンの思考を占めていた。

 どうしてこんなことになったのか、答えはすぐに思い浮かんだ。

 

「……ああ……だからか……」

 

 その考えに思い至ったリィンは思わず自嘲してしまう。

 四年の月日が経ったにも関わらず、習った型はどれもまともに実戦で使いこなせない半端者。

以前に聞いたカシウス・ブライトやアリオス・マクレインよりも遥かに遅い歩み。

 そして今日の《初伝の試し》の失敗。

 先程も自分で思ったことだが改めて自覚する。

 才能がない。これ以上の成長の見込みはないと判断された。

 そう考えれば老師の行動が腑に落ちる。

 

「俺は見限られたのか……」

 

 そう呟いたリィンは結局、《試し》において《焔ノ太刀》で倒せと言われていないことに最後まで気付くことはなかった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

「お帰りリィン、ユン老師は旅立たれたようだな」

 

 自分でもどうやって帰って来たのか分からない道のりを経て、リィンはユミルのシュバルツァー家に戻って来た。

 家の前では養父のテオがリィンの帰りを待っていてくれた。

 

「……はい……」

 

「ふむ、その手にあるものを見ると見事に《初伝》を賜れたようだな」

 

 嬉しそうなテオの言葉にリィンは心を抉られるのを感じながら、顔には精一杯の笑顔を作る。

 

「お情けでもらえたようなものだけど」

 

「フ……それでもユン老師から認められた証だ。胸を張るといい……

 今日は大物を仕留めることができたからな、リィンの新たな門出を祝して、少し豪勢なパーティーをしようじゃないか」

 

 喜んでくれているテオの言葉の一つ一つが刃になってリィンの心に突き刺さる。

 《初伝》を賜っても、それはお情けによるもの。

 ユン老師はそんな才能のない自分を見限って修行を切り上げたのだと、自分のことのように喜んでくれているテオにリィンは告げることはできなかった。

 

「ごめん、父さん……疲れたから少し休ませてもらえるかな?」

 

「そうだな、すまない。《試し》を終えたばかりだったんだな……夕食までゆっくりするといい」

 

「すいません」

 

 リィンは俯いてテオの顔を見ることなく、その横をすり抜けて家に入る。

 消沈した様子で家に入ったリィンの背中を見送ることになったテオは少しはしゃぎ過ぎてしまったことに反省する。

 四年前、リィンが異能に目覚めて塞ぎ込んでいたが、すっかり立ち直れたようだった。

 流石にこの四年の間、ずっと寝食を共にしてきたユン老師との別れにショックを感じているようだったが、それも新たな門出の一歩と考えれば微笑ましくも思える。

 

「よく頑張ったな。リィン」

 

 何はともあれ、十四歳で八葉一刀流の《初伝》を得ることができたリィンをテオは誇らしく感じた。

 

 

 

 

 

 家の中に入ったリィンは重い足取りで自室へと向かっていく。

 階段を登ると、そこで不意にドアが開く気配がしてリィンは顔を上げる。

 

「あ……兄様……」

 

「エリゼ……ただいま」

 

 ユン老師が来てから何とか仲を取り繕うことができた妹にリィンは笑顔を作る。

 しかし、エリゼは何故かそんなリィンから顔を背け――

 

「お帰りなさい……に、兄様……」

 

 か細い声で返事をすると出てきたばかりのはずの部屋に戻ってしまった。

 

「え……?」

 

 バタンッ! と珍しく音を立てて閉じられたドアがまるで拒絶のようにリィンに聞こえた。

 

「…………ああ……そうか……」

 

 昨日とは違うエリゼの態度に、リィンは思い当たるものがあった。

 ユン老師がユミルを出て行ったこと。

 すでにそれはエリゼも知っているはずだ。

 《獣》を宿したリィンを止める者がいない。だからこそ危険を感じて自分を避けたのだろう。

 

「はは……」

 

 思わずリィンは乾いた笑いをもらす。

 

 

 

 

 その日の夕食でもエリゼは頑なにリィンと顔を合わせようとしてくれなかった。

 《初伝》をもらえたことを我が事の様に喜んで称賛してくれる父。

 無難に会話を合わせて距離を取る妹。

 そんな自分たちを温かな眼差しで見守る母。

 結局、本当のことを言えなかったリィンはただ作り笑いをしていることしかできなかった。

 

 ――息苦しい……

 

 修行による瞑想を繰り返したおかげか、内なる《鬼の力》の存在は以前よりもはっきりと感じ取れるようになった。

 

 ――いなくなりたい……

 

 何も変わっていないのに。もう大丈夫なのだと、根拠もなく安心している家族や郷の人達に罪悪感を感じる。

 その空気に耐え切れずに、リィンは書置きを一つ残してシュバルツァー家を、ユミルを抜け出すのだった。

 家出をした後にどうするか考えたリィンが選んだのは、帝国でも有名な隣国の《剣聖》に会うことだった。

 持ち出したなけなしの小遣いと、道中で倒した魔獣のセピスで路銀を稼ぎ、リベールと面している紡績都市パルムに辿り着く。

 

「やあ、ごきげんよう……君もリベールに旅行かい?」

 

 声をかけてきた金髪の青年にリィンは素っ気ない言葉を返す。

 

「いえ……違います」

 

「そうなのかい。実はボクも仕事半分、道楽半分でね……

 しかしいけないな。君のような美少年がそんな浮かない顔をしていては、そんな君に歌を贈ろう……

 心の荒野を潤して美しい花を咲かせられるような、そんな優しくも切ない歌を……」

 

 リィンは逃げ出した。

 しかし、金髪の青年はリュートを掻き鳴らし、歌いながら追い駆けて来た。

 それがオリビエ・レンハイムとの最初の出会いだった。

 

 

 

 

「お前は……」

 

 見知った仲間たちの中にいるはずのない顔を見つけてアガットは絶句した。

 

「お、お久しぶりです……アガット・クロスナーさんですよね?」

 

 確かめるように尋ねてくるリィンにアガットは顔をしかめて、周りの仲間たちに尋ねる。

 

「これはどういうことだ?」

 

「実はですね――」

 

 そんなアガットにケビンは一通りの事情を説明する。

 

「フン……まあいいだろう。とても納得できねえがグダグダ言っても始まらねぇ」

 

「でもでも、アガットさん。リィン君がちっちゃくなっていたのは本当のことなんですよ……

 これくらい小さくて、私のことをお姉ちゃんって呼んでくれて、かわいくて、それでそれで――」

 

「あー分かったから落ち着け……ちっ……そういうところまでエリカに似るんじゃねえだろうな?」

 

 興奮するティータを宥めてアガットは改めてリィンに向き直る。

 

「あー……そのなんだ……その記憶の扉を開放していけばあの時に何があったのか分かるのか?」

 

「あの時が何のことを指しているのか分からないですが、記憶が鮮明になっているのは確かです」

 

 アネラス達と手合わせして判断してもらった力はリベールに来たばかりといった感じの様子だった。

 しかし、その時と違ってずっと胸の奥に感じていた《焔》の気配はどこにも感じなかった。

 

「そうか……ああ……くそ……おい、シュバルツァー」

 

「は、はいっ!」

 

 思わず背筋を正してリィンはアガットの呼びかけに応える。

 

「どんな状況にしても不幸中の幸いだ……

 何か家族に言っておくことがあるなら手紙を書くなり、伝言を頼むなり考えておけ……

 本来なら遊撃士として依頼料を取るところだが、今回は特別にタダで引き受けてやる」

 

「アガットさん……はい。その時はお願いします」

 

 この状況に適応することばかり考えていて、そのことにまで頭が回っていなかったリィンはアガットに頭を下げる。

 書いた手紙が現実世界に持ち帰れるか分からない。

 それでも必ず帰るという約束を守れなかった家族たちに一言でも言葉を残せるのなら、確かにこの状況はアガットの言う通り不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 

 

 

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