(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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83話 リィンの試練 前編

 

 

「ふふ……初めまして、我が末裔よ……

 そして初めまして、我が庭園を訪れし客人たちよ……

 私の名前はセレスト。セレスト・D・アウスレーゼといいます」

 

 新たな封印石から現れた女性の霊が微笑みを浮かべて名乗る。

 

「セレスト……そ、それって確か――」

 

「《輝く環》を異空間に封印した古代人たちのリーダー的存在……

 そしてリベール王家の始祖と言われている人物だね」

 

 その名にエステルは驚き、ヨシュアが補足説明を入れる。

 

「あなたが……リベールの始祖様……」

 

「ふふ……正確には違います……

 《私》は本物のセレストの《影》……この《影の国》に干渉するために再現された人格の一部なのです」

 

「再現された人格……?」

 

「想定以上に複雑な事情とお見受けしました。しかし、どうやら貴女は霊魂のたぐいではありませんね?」

 

「ええ、その通りです」

 

 リースの質問にセレストは頷く。

 

「私のことを説明するには……まずその前提となる部分をお話する必要がありそうですね……

 この世界が何であるかについて説明させていただきましょう」

 

 《影の国――ファンタズマ》

 それは数千年の昔。《輝く環》によって構築された高位次元に属する世界。

 《輝く環》がリベル=アーク市民の膨大な願望・イメージを取り込み、処理するために創造したサブシステム。

 簡潔な表現をするならば、《輝く環》が人々の望みを叶えるために創り上げた《虚構世界》であり、現実の世界を反映して変化する《影絵の世界》。

 《影の国》は《輝く環》を補佐する存在だが、同時に表裏一体でもあった。

 

 セレスト達、古代人はそれに目をつけて《輝く環》を封印するために《影の国》を利用することを考え、《環》に頼らずに直接《影の国》に干渉できる端末《レクルスの方石》を作り出した。

 本物のセレストは、方石を使って人格の一部を《影の国》に侵入させて、《環》を封印させる決め手となった。

 《影の国》に残されたその人格は《環》の封印と共に眠りについた。

 

 そしてリベールの異変の最後で《輝く環》が消失したことにより《影の国》も消滅するはずだった。

 しかし、《影の王》と名乗る者が前触れもなく現れた。

 

 彼はセレストから力を奪い、《影の国》を好きなように造り変えた。

 ケビン達がこれまで探索してきた《星層》も彼が創造したものだった。

 

 《影の王》の正体についてはセレストも知らず、閉じられていた世界にどうやって侵入したのか、彼が何故ケビンを始めとした一同を取り込み試すような真似をしているかもセレストの知るところではなかった。

 ただ一つ、彼女が分かっているのは《第七星層》が最初に造られた領域であり、彼の《影の国》の中心だということくらいだった。

 もっともケビンには《影の王》について心当たりがあると言い出したが、《第六星層》を攻略して確信が取れるまで待って欲しいということになった。

 

 かくして新たな情報が開示され、物語の終わりがようやく見え始めた。

 

「これで終わりか……」

 

 リィンは人知れず小さく呟く。

 順調に事は進んでいる。

 《影の国》の成り立ちに、《影の王》が何者なのか、少しずつ真実が明らかになっていくことは同時にこの時間の終わりに近づいていることを意味している。

 

「手紙…………書かないとな……」

 

 それまで先延ばしにしていた家族への最後の言葉をリィンは考える。

 

 

 

 

「それじゃあ早速新しい《第六星層》の攻略といこか」

 

 復帰したケビンはそう言って、探索に出て行ったのだが、わずか一刻ほどの時間で戻って来た。

 《第六星層》はグランセル地方のエルベ周遊道が異界化したところだった。

 しかし、その周遊道が試練の場に続いているのではなく、各地に置かれた石碑にそれぞれが名指しされて鎮座していた。

 

「ふーん……《第五星層》で黒騎士が全員の試練と言っていたのはこのことだったのね」

 

「ええ、とりあえず見つけた石碑と文面はこの通りです」

 

 ケビンは手帳に書き留めてきたものを読み上げる。

 

 琥耀石の石碑

 《影の王》が告げる――

 これより先は鏡の隠れ家。支える篭手の者たちよ、文字盤に触れるが良い。

 

 蒼耀石の石碑

 《影の王》が告げる――

 これより先は無色の学舎。白き翼をともない、文字盤に触れるが良い。

 

 紅耀石の石碑

 《影の王》が告げる――

 これより先は鉄壁の砦。剣聖を継ぐ者たちよ、文字盤に触れるが良い。

 

 翠耀石の石碑

 《影の王》が告げる――

 これより先は霧の中の砦。天駆ける娘をともない、文字盤に触れるが良い。

 

 金耀石の石碑

 《影の王》が告げる――

 これより先は境界の荒野。他国の尊き血をともない、文字盤に触れるが良い。

 

 銀耀石の石碑

 《影の王》が告げる――

 これより先は機械仕掛けの塔。猛き炎をともない、文字盤に触れるが良い。

 

 白耀石の石碑

 《影の王》が告げる――

 これより先は天上の街。鬼の子をともない、文字盤に触れるが良い。

 

 黒耀石の石碑

 王に代わり《黒騎士》が告げる――

 これより先は黒の方舟。全ての試練を超え、数字を背負いし者たちよ、文字盤に触れるが良い。

 

「――以上や」

 

「ねえ……一ついい?」

 

 全てを読み上げたケビンにジョゼットが手を上げて、発言する。

 

「多過ぎない?」

 

「気持ちは分かるけど、こっちも大所帯になっとるわけやからな。しゃーないやろ」

 

「しかし、全部で八ヶ所か……

 こちらは十八人、一つの場所に最低二人で行けるということか」

 

「ええ、しかも対応する石碑には指名された人の同行が必要なようですわ」

 

 リシャールの考察にケビンは頷く。

 

「とりあえず名指しされているのは、俺の印象だけで言わせてもらいますと――

 《支える篭手》これは言うまでもなく遊撃士の人たちのことだと思います……

 《白い翼》はクローディア殿下。《剣聖を継ぐ者たち》、これはリシャール大佐とエステルちゃんの二人……

 《天駆ける娘》はジョゼットちゃん。《他国の尊き血》はオリヴァルト皇子……

 《猛き炎》はたぶんアガットさん、《鬼の子》はリィン君、そして最後の《数字を背負いし者》はヨシュア君とレンちゃんのことだと思います」

 

「ふむ……名指しされていない人もいるようだね」

 

「はい。私とケビンの他にはユリアさんにティータさん、ミュラーさんにアルティナ……

 それから遊撃士と一括りにされていても、別の石碑に名指しされている人もいますね」

 

「ただ文面を見る限りではその人だけという感じではないですし……

 急ぐといっても切羽詰まった状況でもないですから、それぞれ分かれて二回か、三回で攻略しようかと考えています……

 というわけやから、リィン君には悪いけど第五星層での記憶探しは一旦後回しにしてもらってもええかな?」

 

「ええ、構いませんよ。俺も名指しされているわけですから」

 

 ケビンの申し出にリィンは頷く。

 記憶の中にある穴は気になるが、《影の国》の攻略を考えればどちらを優先するべきなのかは明白だ。

 《影の国》でしか存在できない身のリィンが優先すべきは彼らの現実への帰還であり、自分の記憶の探索などそれこそおまけでしかない。

 

「それにしても《試練》か……」

 

 ただその言葉がリィンのまだ思い出せていない記憶を刺激した。

 

 

 

 

 第一チーム――翠耀石の石碑。

 ジョゼット、エステル、ヨシュア、シェラザード、オリビエ。

 

「霧の砦っていうことはあそこだよね? なんか複雑だな……」

 

「あはは……しかもこのメンバーって懐かしいわね」

 

「そうだね。あれから一年か……何だかもっと時間が経っているような気がするよ」

 

「っていうか、オリビエ。あんた一人でこっちに来て良いの?」

 

「そんなつれないこと言わないでくれたまえシェラ君。ボクだってたまにはミュラーから解放されて息抜きをしたい時もあるさ」

 

 

 第二チーム――銀耀石の石碑。

 アガット、ティータ、レン、ジン、リシャール。

 

「機械仕掛けの塔……くそ……いやな予感しかしねえ……」

 

「アガットさん、頑張ってサポートします」

 

「ふふふ……レンが手伝って上げるんだから何も心配いらないわよティータ」

 

「はは、チビッ子達は頼もしいな」

 

「私たちも負けてはいられないな」

 

 

 第三チーム――白耀石の石碑。

 リィン、アルティナ、アネラス、リース、ケビン。

 

「どうしてオライオンがついてくるんだ?」

 

「お気になさらずに」

 

「あはは……何が待っているか分からないから、二人とも警戒を怠っちゃダメだよ」

 

「ケビン、どうして私たちがこのチームなんですか?」

 

「あんまり我儘言うなよリース。なんやったらリィン君と一緒に来たがったクローディア殿下と代わってええんやぞ?」

 

 

 

 

 エルベ周遊道の一角にあった本来なら存在しない石碑の文字盤にリィンが触れると、その周囲にいた者たちも含めて光に包まれ別の場所に転移させられた。

 

「ここは……」

 

 見渡すと美しい街並みが広がっていた。

 

「やっぱり……」

 

「天上の街……と言ったらここしかあらへんよな」

 

「ここが報告書にあった……」

 

 浮遊都市《リベル=アーク》。

 かつて女神から《輝く環》を授かって空に築いた都市。

 《リベールの異変》の際に、結社との最後の戦いを行った場所でもある。

 

「徘徊しとるのは王都と同じく、甲冑どもみたいやから慎重に探索しよか」

 

「はい……とりあえずは中枢塔を目指してみましょう」

 

 一同はリィンの提案に頷いて探索を開始した。

 

 ……………

 ………

 ……

 

「来たわね」

 

 地下道を抜け、広場に出るとそこには見覚えのある女性と黒いジャケットを着た男が二人、そして眠たげな眼の銀髪の少女が待ち構えていた。

 

「え……? サラさん?」

 

「はぁいリィン……久しぶり、互いに偽物同士だけどまた会えて嬉しいわ」

 

「え……ええ……」

 

 場違いなくらいに気さくに声をかけてくるサラにリィンは面食らう。

 

「サラさん、どうしてここに?

 帝国では遊撃士ギルドが閉鎖して、サラさんは遊撃士を休業して先生になったって聞きましたけど」

 

 戸惑うリィンに代わって、アネラスが尋ねる。

 

「どうしてって言われてもね……気付いたらここに《存在していた》のよ……

 どうにもあたしは《本物》じゃないみたい。あなたたちと戦わせるために誰かが用意した偽物。あたしも……こっちの奴等も含めてね」

 

 サラは振り返って、三人を指す。

 

「はは、久しぶりやなボン。元気そうっていうのは違うが、こんな形でも会えるとは、これも女神さまのお導きちゅうやつか?」

 

「うむ……現実では果たせなかったリベンジ、ここで果たさせてもらうぞ。リィン・シュバルツァー」

 

「今回はこの前みたいにはいかないから」

 

 サラ以外の三人はそれぞれの得物を手に殺気立つ。

 そんな彼らにリィンは困ったと言わんばかりに頬を掻いて――

 

「えっと……あなたたちは誰ですか?」

 

 ひゅーっと風が吹いた。

 

「えっと……弟君の知り合いじゃないの?」

 

「いえ、全く覚えがありません」

 

 記憶が全て埋まっていないが、リィンは断言する。

 これまで知り合いは顔を合わせれば、連鎖的に思い出すことはできていた。

 現にサラと顔を合わせた時も、彼女に関する記憶は思い出せたが、他の三人の顔を見て欠片も記憶は刺激されない。

 

「サングラスにケビンさんみたいな口調の優男……

 同じくサングラスに巨漢のドレッドヘアの大男……

 それに銀髪の女の子はオライオンに似ているかもしれないですけど、それだけですよね?」

 

「そ、そうかもしれないけど……ほら、ちゃんと会ってるから、あたしが保証するからちゃんと思い出して上げなさい」

 

「そう言われても……」

 

 サラが懸命にフォローするが思い出せないものは思い出せない。

 

「ほ、ほら……《導力停止現象》の時に猟兵と戦ったでしょ?」

 

「《導力停止現象》の時に蹴散らした猟兵ですか? 悪いですが、多過ぎてちょっと分からないです」

 

「そ、それじゃあボースの時に戦った奴等の事は覚えている?」

 

「ああ……あの時の……でも、あの戦いって俺は《鬼の力》を暴走させていただけなんで、最初にやり合った一人くらいしかちゃんと覚えていないんですよね」

 

「何だちゃんと覚えて――」

 

「でも、あの時の男の子はどこにも見当たりませんよ?」

 

 リィンの言葉にサラは青い空を仰いだ。

 

「もういい……」

 

 銀髪の少女が押し殺した声で呟くと、前置きもなくリィンに向かって疾走する。

 銃身の下に刃を取り付けた二つの銃剣を両手に少女はリィンに斬りかかる――が、リィンが抜き放った太刀の二閃が少女の手から銃剣を弾き飛ばす。

 

「フィー下がれっ!」

 

 それが彼女の名前なのか、優男が叫び導力ライフルを構えると同時に撃つ。

 

「クラウ=ソラス」

 

 アルティナの指示にいち早く反応したクラウ=ソラスが前に出て連射された弾丸をバリアを張って弾く。

 弾幕が途切れるとそこにすかさず大男が巨大なマシンガントレットを振りかざしてクラウ=ソラスに殴りかかる。

 

「させないよ。《残月》っ!」

 

 その間に割り込んだアネラスが巨腕を太刀で受け流し、斬り返すが大男は俊敏な反応で素早く距離をとって刃を躱す。

 

「ああ、もうっ! いきなり始めるんじゃないわよ!」

 

 そんな彼らにサラが叫ぶ。

 

「とにかくあたしたちは本物じゃないわけだから、遠慮せずにかかってきなさいっ!」

 

「では、遠慮なく……」

 

 サラの叫びにリースは法剣を構える。

 

「はい……勝負ですね」

 

 その言葉にアネラスは頷く。

 

「敵性体を確認、排除を開始します」

 

 アルティナはそんなこと知らんと言わんばかりに身構える。

 

「ここで止まるわけにはいかへんからな……悪いが蹴散らせてもらうわ!」

 

 ケビンはボウガンの矢を向けて叫ぶ。

 《影の王》が用意したリィンの試練、その最初の戦いが始まった。

 

 

 


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