「リーサルクルセイドッ!」
銀髪の少女が二つの銃剣を投げる。
それは高速回転してリィンに縦横から襲い掛かってくる。
「六の型《孤影斬》」
リィンはそれを近付く前に鎌鼬で一閃する。
「…………え?」
「え……?」
まとめて両断された銃剣に少女は呆け、そんな彼女の様子にリィンもまた間の抜けた言葉を漏らす。
てっきり投げた銃剣はフェイクであり、打ち落とせば爆発するか、飛ばしたと見せかけてからの銃撃をリィンは警戒していた。
しかし、少女は素直に自分の主武装を投擲していたようで、リィンを追撃することなく固まっていた。
「えっと……そういう投擲は迎撃されるとリスクが高いから控えた方がいいんじゃないかな?」
「…………」
「武器だけを分け身で増やしてそっちを飛ばすか、副武装を投げて銃撃を合わせた方がもっといい技になるんじゃないか?」
必死に言葉を選んで話しかけるがやはり少女は動かない。
いつの間にか他の人たちも戦闘の手を止めてしまっていた。
「ボン……それ以上はやめてくれ……」
優男は目頭を押さえて俯いてしまう。
「いや……でも悪いところは悪いと指摘して上げないと……
それに最終的な技の構成はおそらく高速回転させた銃剣で敵を攪乱してからの銃撃と斬り込みを合わせたものですよね?
一番最初に武器だけを投げてしまって本人が空手になってしまうわけですから俺じゃなくても、簡単に対処できますよね?」
リィンの質問に大男の方は視線を逸らす。
次いで見たサラも目を逸らして下手な口笛を吹く。
振り返り、仲間たちに意見を求めるように視線を送る。
「あはは……」
アネラスは曖昧な笑みを浮かべていた。
「初見はともかくとして、二度目は通用しない技だと分析します」
オライオンは容赦のないダメ出しをする。
「猟兵の技ですから見栄え重視なのではないですか? 三流猟兵にはよくあることのようですし」
さらにリースが追撃を仕掛ける。
「うん……そのくらいにしてあげような」
唯一ケビンがフォローするが、それも追い打ちにしかなっていなかった。
「えっと……」
俯いて肩を震わせた少女にリィンは何だか申し訳なってくる。
これがシャーリィならば武器を壊されたくらいで怯むことはなく、むしろ余計に生き生きと襲い掛かって来るだろう。
そう考えると猟兵の中でも《赤い星座》の方がおかしいのだと納得できる。
「次は頑張ろうな」
近付いても無反応な少女に、リィンは背丈の大きさもあって妹にするように頭を撫でて慰める。
が、撫でた手は振り払われ、涙を溜めた目がリィンを睨む。
「死ねっ!」
少女は想念を利用して新たな銃剣を作り出すとリィンの顔面を狙って突き出した。
「っ……」
リィンは余裕を持ってそれを避け、次の瞬間悪寒を感じてその場から残像を残す速度で離脱した。
次の瞬間、少女の細い足が下からリィンの残像の真ん中を蹴り抜いた。
記憶を刺激される一撃にリィンは冷や汗をかきながら、気配が一変した少女に向かって太刀を構え直す。
「殺す……絶対に殺す……」
ドス黒い闘気を放出して少女は二つの銃剣を構える。
「フィー……いつの間にウォークライを……」
「しかも黒い闘気まで……ふっ……我らも負けていられないな」
少女のそんな姿に優男と大男は嬉しそうに笑みを浮かべると、次の瞬間咆哮を上げて、彼女と同じ色の闘気を纏う。
「ったく、親バカね」
そんな二人にサラは呆れるが、彼女は紫電を伴う闘気を纏う。
「さあ、ここからが本番よっ!」
「いえ、残念ですがもう終わりです」
「…………へ?」
意気込む掛け声を上げたサラにリースは冷静な言葉を返す。
その背には法術で顕現させた天使が剣に力を溜め込んでいた。
先程のグダグダなやり取りの間、ずっと力を溜め込んでいたリースは情け容赦なくそれを解放する。
「ヘヴンスフィア・シュートッ!」
「ちっ! 全員俺の後ろに着け!」
大男は叫び、真っ向から雷球を迎え撃つ。
「ディザスターアームッ!」
巨大な雷球とマシンガントレットがぶつかり合ったが、十分に練り上げられたリースの一撃はガントレットを砕き、大男を飲み込んだ。
「ぬおおおおおおおっ!」
しかし、武器を破壊されても大男は体を張って雷球を受け止めて、腕力で強引に押し潰す。
雷球は防がれたものの、焼け焦げた大男はそのまま崩れ落ちる。
「ようやったレオ、これはお返しやっ!」
すかさず彼の陰から飛び出した優男が数本の槍を空に向かって投げる。
しかし、空中に投げ出された槍はそれを上回る千の矢に飲み込まれた。
「なあっ!?」
「砕け、時の魔槍」
降り注ぐ矢の群れに優男は導力ライフルを盾にするが、それ以上の抵抗はできずに飲み込まれた。
「ちっ……」
少女の首根っこを掴み、矢の掃射圏内からサラは離脱する。
「ごめんなさい、サラさん」
距離を取って態勢を立て直そうとしたサラをアネラスは《独楽舞踊》、戦技で強引に引き寄せ――
「八葉滅殺っ!」
寸前でサラは少女を突き飛ばして、アネラスの連続斬りをその身に受ける。
「サラッ!」
「隙ありです」
瞬く間に味方がやられていく少女は叫び隙をさらす。
そこにダメ押しにオライオンがクラウ=ソラスをけしかけ、殴り倒されるのだった。
*
倒れ伏した四人は淡い光に包まれる。
「不覚……」
「ああっ! くそっ! リィン・シュバルツァーに気を取られ過ぎたわ」
大男と優男は無様に負けてしまったことを嘆きながら立ち上がる。
「はあ……半年でだいぶ勘が鈍っちゃったわね」
それにサラも続くが、銀髪の少女だけは横たわったまま動かない。
「えっと……大丈夫か?」
恐る恐るリィンは少女に声を掛けるが、その声に応えたのはサラだった。
「気にしなくていいわよリィン。どうせあたしたちは《偽物》、本物がここでのやり取りを知ることができたとしても一夜の夢にしかならないでしょう」
「そうですか……でも、まあ年の割に強かったと思いますよ」
サラには必要ないと言われたものの、流石に動かない少女を見兼ねてリィンはできるだけ褒める言葉を考える。
「俺の知り合いの猟兵に君と同じくらいの歳でシャーリィって子がいるんだけど、たぶんいい勝負ができるんじゃないかな?」
ぴくりと肩を揺らして反応する少女にリィンは手応えを感じて続ける。
「その子は最強の猟兵の《赤い星座》に所属している子だから、十分に誇っていい実力だと思うぞ」
「えっとリィン君……それよりもね」
サラは見兼ねて話題を強引に変える。
「御家族のことだけど……」
「あ……」
「貴方が帰ってこなかったこと。随分とショックを受けていたわ……
思うところはあるかもしれないでしょうけど、変に遠慮なんてするんじゃないわよ」
「…………はい」
サラの忠告にリィンは改めて、自分の存在を思い出して頷いた。
「よろしい……
何にしてもあたしたちの役目はこれで終わり、この先も同じような敵と最後には守護者が待ち構えているけどせいぜい気をつけることね」
サラは最後にそう言い残して消えてしまう。
「はあ、結局勝ち逃げか……ま、生きたもの勝ちとでも思わせてもらっとくわ」
「さらばだ……リィン・シュバルツァー……
貴様になら――いや、これは意味のないことか……」
優男は捨て台詞を残し、大男の方は意味深な言葉を残す。そして少女は最後まで顔を上げずに消えて行った。
*
「遅いっ!」
中枢塔の前の広場に銀の鎧を纏った三人の女性が待ち構えていた。
「次はデュバリィさんですか……お久しぶりです」
「ふん……よくもまあ抜け抜けと顔を出せましたわねリィン・シュバルツァーッ!」
声を掛けたリィンに対して三人の内、一番幼く見える女性が応える。
「リィン君、この人たちは?」
「《身喰らう蛇》第七使徒直属の《鉄機隊》筆頭のデュバリィさんです……
エステルさん達が各地での《結社》の実験を追っていた時に俺がボースの琥珀の塔で戦った人です……
後ろの二人は俺も初めて会いますけど」
リィンがケビンの質問に答えると、その二人はそっぽを向いて不貞腐れているデュバリィを無視して名乗る。
「まずは名乗らせてもらおう……我が名は《剛毅》のアイネス……
君の噂はかねてから聞いている。このような場ではあるが、まみえることができて光栄だ」
「私は《魔弓》のエンネア――ふふっ、うちのデュバリィがお世話になったみたいね」
「こ、子供扱いするんじゃありませんわ! それとこんな負け犬に礼儀など無用です!」
「ま、負け犬?」
「ふんっ! マスターに認められた直後に無様をさらして死んだ大馬鹿者なんて負け犬で十分ですわっ!」
「すまないな……
君に負けたあの日から、再戦に向けて一層の鍛錬に励んでいたところで君の訃報を聞いて荒んでな……
この邂逅を内心では喜んでいるだろうから、多少の暴言は聞き流してくれ」
「それにマスターに新しい技の名前をもらった貴方への嫉妬もあるでしょうね」
「な……な……何を言ってやがりますかっ!?」
デュバリィは慌てて振り返り二人を睨む。
仲間にいじられるデュバリィに何とも言えない視線が集中する。
「これが《ツンデレ》というものですか?」
「オライオン……どこでそんな言葉を覚えたんだ?」
「オリヴァルト皇子がリィン・シュバルツァーはそうだと言っていましたが?」
オライオンの言葉にリィンは後で殴ることを決意する。
「それにしても《鉄機隊》ですか……」
「どうしたリース? 何か気になることでもあるんか?」
「確か帝国の情報誌でそんな名前を見たことが……」
「あら……」
そんなことを呟いたリースにデュバリィは向き直り、上機嫌になる。
「確か貴方は星杯騎士のシスターでしたか、なかなか博識ですわね……
どうしても知りたいと言うのなら教えて上げてもよろしくてよ」
「いえ、私はどちらかと言えば特集が組まれていたレグラムの郷土料理の方に興味がありましたので、鉄機隊の方にはあまり興味はありません」
「なっ……」
胸を張るデュバリィはリースの言葉に絶句する。
「リース……」
ぶれない幼馴染にケビンは頭を抱える。
「えっと……デュバリィさんってこんな人だったの?」
「いえ、油断しないでくだざいアネラスさん。あれはポーズです」
「ポーズ……とはどういう意味ですか?」
「オライオンちゃん、えっと“ふり”で分かる?」
「はい……それでリィン・シュバルツァー。どういう意味ですか?」
「一見、どこか抜けているように見えますが、実際はすごく思慮深いんです……
俺と戦った時も財布を忘れて無銭飲食していましたが、今思えば俺に接触するための口実だったのかもしれません」
「…………え……?」
「そしてそれは本来なら《福音計画》に参加するはずのなかった《聖女》をリベールに呼び寄せる口実でした……
何よりも彼女の二つ名は《神速》……道化の顔に油断すれば一瞬で間合いを詰めてきます」
「なるほど……なかなかの策士のようですね」
リィンの説明にリースは気を引き締めて法剣を構える。
「了解しました。警戒レベルを引き上げます」
「う~ん……何か違うと思うんだけどな……」
「どちらにしろ油断できる相手じゃないのはたしかやろな」
それにオライオン達も続き、武器を構える。
「クク……どうやら見抜かれてしまったようだな我らが《筆頭》」
「ふふ……だけど私たちの《筆頭》はそんな道化のふりなど必要ない程に強いわよ」
「あーっ!! もうっ! 全員黙りやがれですわっ!」
仲間二人に持ち上げられ、デュバリィは堪らずに叫んだ。
そしてその勢いに任せて剣を抜く。
「とにかくっ! この機会をくれた《影の王》には感謝してやりますわ」
リィンに剣を突き付けてデュバリィは吠える。
「一対一ではないことは少々解せませんが、我ら鉄機隊の力見せてあげます!」
「フ……そうだな。《剣帝》を退けた力……」
「そしてマスターに負けを認めさせたほどの力……
例えそれがあの時だけのものだったとしても、愉しませてもらえそうね」
アイネスとエンネアはそれぞれハルバートと弓を構える。
「《身喰らう蛇》、第七使徒直属」
「《鉄機隊》が三隊士、お相手仕る!」
「いざ、尋常に勝負ですわっ!」
その翌日の……IF
サラ
「朝よフィー起きなさい――って珍しいわね。いつもは全然起きないのに?」
フィー
「…………ぐす……」
サラ
「ど……どうしたのよ膝を抱えて蹲って……もしかして泣いてる?」
フィー
「…………夢を見た……」
サラ
「あー……うん、仕事が終わったら今日は美味しいものでも食べに行きましょう」
フィーは《リーサルクルセイド》を《ジェノサイドクルセイド》に昇華させるかを考えるのだった。
Sクラフト
《ジェノサイドクルセイド》
ククリナイフ(爆薬仕込み)を複数本投げ、高速回転させ縦横無尽に斬り込みつつ、自分もまた双銃剣で斬り込み、ダメ押しの連射射撃で周囲に飛ばしたナイフを起爆させながら銃弾の雨を浴びせる。