(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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 誤字の指摘が多いのでここに書かせていただきますが、今回の作中に出てくる登場人物の武器が本来の武器ではないですが、これは漫画を参考にした手加減した状態によるものなので誤字ではありません。






88話 境界の荒野

「これはこれは、皆様方。ようこそいらっしゃいました」

 

 その扉に入ると、謎の紳士が彼らを出迎えた。

 

「これより先は、わたくしが案内しますのは歴戦の猛者たちの集う場所……

 つきましては、皆様の趣向に合わせてある企画を用意しております……

 言うなれば……“裏”武術大会――とでも申しましょうか……

 ルールは単純明快、皆様方に四人一組のチームとなっていただきこちらが用意した三つの強豪チームと連続して戦っていただくだけ……

 おや、それは《裏武術大会参加証》ではありませんか、しかもVIP様でしたか……何という命知ら――いえ、何でもありません……

 こほん、今この時を持ちまして皆様方は《エキシビションマッチ》への挑戦権を獲得なされました……

 《エキシビションマッチ》は先程のルールとは別の特別ルールが施行されている特別な試合です……

 そこでは待ち構えているのは《最強》のお二人です……

 覚悟はいいですね? それではご案内させていただきます……

 ああ、安心していいですよ。この領域では致命傷を受けたとしても扉の外へと弾き飛ばされるだけなので、何度でも挑戦することができます……ええ、何度でも……」

 

 そうして案内された先では――

 

「くくくっ……まさかこんなところでお前に会えるとは思っていなかったぜ超帝国人リィン・シュバルツァー!」

 

 髪は白く、全身にタトゥーが浮かび、瞳が赤黒く染まった最強の《執行者》が黒い剣を片手にテンションを振り切らせていた。

 

「ヨシュア、レン、久しぶりです……

 二人ともよい顔をするようになりましたね。以前は手合わせをする機会に恵まれませんでしたが、貴方達の成長を見せてください」

 

 長い美しい金髪を靡かせた最強の《使徒》が無表情に剣を揺らしながら彼らを歓迎する。

 

「それじゃあいくぜ、ジリオンハザードッ!」

 

「耐えてみなさいっ! 聖技グランドクロスッ!」

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「どうしたのこれ?」

 

 第六星層の領域から戻って来たエステル達は石造りのテーブルの上に所狭しに置かれた様々な物品に目を丸くする。

 

「聞かないでください」

 

「いろいろあったんだよ……いろいろ……」

 

 煤で汚れたリィンとヨシュアは生気のない目で項垂れたまま答えるのだった。

 

 

 

 

 休憩を挟み、第三陣のチームが選出される。

 金耀石の石碑、《他国の尊き血》を指名された領域に向かうチームの中にリィンがいた。

 

「ふふふ、チーム《エレボニア》と言ったところかな?」

 

「頼むからあまり前に出てくれるなよ」

 

 楽しそうに笑うオリビエにため息を吐くミュラー。

 

「俺は高貴な血は流れていないんですけどね」

 

「それを言ったらボクだって、男爵位だから大した家柄じゃないんだけどね」

 

 選ばれたことに戸惑うリィンとジョゼット。

 

「オライオンはまだ休んでいてもいいんだぞ?」

 

「いえ、問題ありません」

 

 一応、まだ蟠りを解決できていないオライオンにリィンは声を掛けるが、無感情な言葉で拒絶される。

 

「まあまあ、いいじゃないか。オライオン君にも思うところはあるんだ……

 じっとして考え込むよりも、動いている方が名案は浮かぶことだってある。もしもの時はボクがこの身に代えても守ってあげるさ」

 

「馬鹿なことを言わないでください。オリビエさんは守られる方です」

 

 リィンが小突くと、オリビエは苦笑して石碑に向き直る。

 

「では、行こうか。ボクに与えられた試練……共に乗り越えようじゃないか」

 

 オリビエが石碑に触れると、彼を中心に集まっていた一同は光に包まれて転移させられる。

 

「っ……ここは……」

 

 転移した先は炎の波に飲み込まれた村だった。

 

「わわっ!」

 

「落ち着け、どうやら本物の炎ではなく幻術の類のようだ」

 

「そうですね。こうしていても特に熱さを感じませんね」

 

 踊る炎にジョゼットが取り乱すが、それをすぐにミュラーが諫め、彼の言葉にリィンは頷いた。

 周囲の家屋や、果樹園の木々が燃えているように見えるが、形そのものは崩れていない。

 矛盾した光景だが、その光景にリィンは見覚えがあった。

 

「ここはラヴェンヌ村ですね」

 

「それは確か、ボース地方の村だったな?」

 

「ええ、アガットさんの故郷の――」

 

 答えようとしたところで敵が現れた。

 猟兵の鎧を身に纏った骸骨兵たちが炎の中から襲い掛かって来る。

 

「うわっ!?」

 

 ジョゼットは軽い恐慌状態で反応し切れなかったが、ミュラーの剛剣が骸骨兵たちを一撃で薙ぎ払った。

 

「この程度で狼狽えるな。すでに何度も相手をしてきた相手のはずだ」

 

「う、うるさい! ちょっと驚いただけだよっ!」

 

「フッ……何を小娘のようなことを……ああ、紛うことなき小娘だったか」

 

「な、なんだと~」

 

「えっと……二人とも喧嘩はそれくらいにしてください」

 

 ミュラーが取りこぼした骸骨兵を排除したリィンは太刀を鞘に納める。

 

「しかし、石碑には《境界の荒野》とあったが、ここがラヴェンヌ村だとすればどういうことなんだろうね?」

 

 周囲に敵がいないことを確認して、オリビエが首を傾げる。

 

「それはおそらく……」

 

 リィンはミュラーに視線を送ると、思い浮かんだ可能性を肯定するように彼は頷いた。

 

「どうやらヨシュア君を連れてこなかったことは正解のようだな」

 

 

 

 

 燃え盛るラヴェンヌ村を抜けてリィン達は古びた街道に出るが、ここでも炎は木々を包んでいた。

 長らく人が通っておらず、荒れ果て、獣道になった街道には見覚えがある。

 進むに連れて一行の、特にオリビエの言葉が少なくなっていく。

 リィンもミュラーもこの先にあるものについては語らないが、一応聡明な彼も気付いてしまったのだろう。

 

「おかしい……」

 

 ふとリィンは足を止めて呟いた。

 

「どうしたんだいリィン君?」

 

「俺の時の試練や他の人の試練を聞いた限りでは、ある程度進んだところで先駆けの誰かが出てきたはずなんですけど誰も出てこないので」

 

 これまで歩いてきた山道にも、お誂え向き開けた広場はあった。

 しかし、警戒して進んだもののそこで誰かの襲撃はなく、襲ってくるのは他の星層と同じ魔物ばかりだった。

 

「なるほど……どうやらここは他の領域とは少々異なるルールになっているようだな……

 それが《影の王》によるものでないと考えるなら《守護者》の裁量によるものか?」

 

「おそらくそうだと思います」

 

 ミュラーの推測にリィンは頷く。

 アガットはエリカ・ラッセル。

 ジョゼットは少し意表をつく山猫号。

 リィンはアルティナ。

 クローゼはアリシア女王。

 遊撃士たちはツァイス支部の受付をしていたキリカがそれぞれ《守護者》として立ち塞がった。

 

「この法則だとオリビエさんにとって関わる誰かが《守護者》になっている可能性が高いと思いますが、心当たりはありますか?」

 

「さて、どうだろうね……

 クローゼ君のところを想定して考えると父上と御対面をすることになるかもしれないが、あの人が《影の国》のルールを捻じ曲げられる力を持っているとは思えないけど」

 

「何だっていいじゃん。邪魔者が出てこないならむしろ好都合なんだからさっさと行こうよ」

 

 短絡的なことを言うジョゼットにミュラーはため息を吐く。

 

「いいか、相手が予め分かっていることは戦いにおいて重要なことだ……

 先駆けの存在も、そこから《守護者》が何者かを判断する材料になる。それがなかったということは全くの未知の相手と戦うことになるんだぞ」

 

「そんなの分かっているけど、考えたって無駄だよ……

 相手は《山猫号》を守護者にするような奴なんだよ!」

 

「だからと言って、思考をそこで止めてしまっては意味がないと言っているんだ小娘」

 

「何だか二人って仲が悪いですね」

 

 言い合うミュラーとジョゼットにリィンは意外そうな感想をもらす。

 

「まあ、ミュラーはヨシュア君がいたとはいえ、空賊艇を奪われたことでいろいろと面倒を押し付けられたわけだからね無理もないさ」

 

「そういえば、そんなこともありましたね」

 

 今は女王からの恩赦を受けて、正式に山猫号はカプア一家のものと認められ、その機動力を生かした運送会社を設立したらしい。

 その時もミュラーが帝国政府への窓口となって骨を折ったそうだが、ジョゼットは感謝しつつも反発していた。

 

「うーん。これもまた青春だね」

 

「そんなものですか?」

 

 オリビエの呟きにリィンは胡乱な眼差しを向ける。

 

「なるほど……これが青春ですか」

 

 そしてオライオンはそんな二人を興味深く観察するのだった。

 

 

 

 

 結局、そこに着くまで言葉が通じる誰かが現れることはなかった。

 

「あ……」

 

「ここは……」

 

「やはりか……」

 

 ラヴェンヌ村や森がそうであったように消えない炎に包まれた村がそこにはあった。

 違いを上げるとすれば、その村の家屋はすでに倒壊しており、その上に炎が躍っているくらいだろうか。

 そしてその忘れられた村の名前をリィン達は知っていた。

 

「ここが……ハーメルか……」

 

 アルティナを除いて、直接この地を踏んだことのないオリビエは沈痛な表情に顔を歪める。

 そこに声が掛けられた。

 

「ようやく来られましたか、オリヴァルト皇子」

 

「なっ!?」

 

 予想もしていなかった人物の声にオリビエは絶句する。

 村の奥から現れたのは全部で五人――と一体。

 

「よう! 久しぶりだなシュバルツァー」

 

 礼服に身を包んだレクターが気安く話しかけてくる。

 

「リィン君……」

 

 灰色の軍服を着たクレアが沈痛な眼差しを伏せる。

 

「あれ? そっちの子ってもしかして……」

 

 水色の髪の少女、ミリアムは背後に白い戦術殻を従え、アルティナとその背後のクラウ=ソラスを見て首を傾げる。

 

「久しいなミュラー。まさかこのような形でお前と剣を交えることになるとは思っていなかったぞ」

 

 眼帯で片目を覆ったミュラーと同じ紫の軍服を纏ったゼクスがため息を漏らしながらミュラーに話しかける。

 

「レクターにクレア君、そちらの子は初めましてだが、お久しぶりですゼクス中将……貴方達も《影の国》に囚われていたとは」

 

「俺は浮遊都市に直接乗り込んでいたからな、もしかしたらそっち側についていたかもしれないですが、ま……これも巡り合わせってヤツじゃないですか?」

 

「私は当時、パルムで警戒任務に就いていました……

 リベールの地は踏んでいませんが、《導力停止現象》の範囲内にいたことから選出されたと思います」

 

「ボクはあの時、こっそりリベール中を飛び回っていたからかな?」

 

 レクターに続き、クレアとミリアムがオリビエの疑問に応える。

 そんなわずかな時間稼ぎをして、オリビエは平静を装い覚悟を決めて、彼らの中央に仁王立ちしている男に話しかける。

 

「他の人たちがこの場にいる理由は理解できたが、まさか貴方がボクの試練の《守護者》として現れるのは予想外でしたよ、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン殿」

 

 オリビエが緊張を含んだ声で話しかけると、オズボーンは笑う。

 

「ふふふ……私もこの場に招かれたことはいささか予想外でしたよ……

 直前に貴方と通信をしていたからか、クレアが取り込まれる場に居合わせたからか、もしくは別の縁に手繰り寄せられたのか……

 それとも皇子が乗り越えるべき相手として選ばれただけなのか、まあ理屈をこの場で議論しても意味はないでしょう」

 

「なんか機嫌が良さそうじゃねえか、おっさん」

 

「そう見えるか……いや、そうだろうな……持病の幻聴がここでは聞こえないおかげだろう」

 

 レクターが饒舌なオズボーンに違和感を覚えて尋ねるが、返ってきた冗談とも思える言葉にレクターはなおさら目を丸くする。

 

「オリビエ、叔父上が相手では俺はお前のフォローはできないぞ」

 

「ああ、分かっているさ親友。君はボクのことなんか気にせず、先生に全てをぶつけて来るといい」

 

 そしてミュラーは自分が相手をする相手を前に、オリビエはその背中を押す。

 

「さて、できることならもう少し語らいたいところですが――」

 

 オズボーンは軍刀を抜く。

 

「フフ……それでは《余興》を始めるとしましょうか、オリヴァルト皇子」

 

「ふ……宣戦布告をしたが、まさかこの様な形で貴方と相対するとは思っていませんでしたよ」

 

 軍刀を携えたオズボーンの立ち姿にオリビエは圧倒されながらも、飲まれまいとして導力銃を構える。

 

「ミュラーよ。思えばこうしてお前と相対することは久しぶりだな」

 

「ええ、互いに軍務で忙しい身……ですが、良い機会です。ここで叔父上を超えさせていただきます」

 

 大剣を向け合いゼクスとミュラーが闘気を高めて相対する。

 

「さて、おまけは仲良く隅の方で適当にやり合うとするか」

 

「レクターさん、真面目にしてください」

 

 気だるく細剣を構えるレクターをクレアが生真面目に諫める。

 

「はは……相変わらずのようですね二人とも」

 

「うえ……武術大会の時、キール兄が言っていた《氷の乙女》じゃないか……勝てるかな?」

 

 そんな二人の姿にリィンは苦笑し、ジョゼットは弱気な言葉をもらす。

 

「ボクはミリアム。ミリアム・オライオンだよ……

 こっちは《がーちゃん》……正式名称は《アガートラム》。ヨロシクねっ♪」

 

「形式番号《OZ74》アルティナ・オライオン……こちらは《クラウ=ソラス》。迎撃を開始します」

 

「あっ……一個違いなんだ」

 

 オライオンの名乗りにミリアムは軽く驚く。

 こうしてオリビエの試練、その《守護者》との戦いは始まった。

 

 

 

 

「おいおい、そんなマジになるなよシュバルツァー」

 

 オズボーンと一対一で対峙することに意気込むオリビエに一抹の不安を感じながら、リィンは彼らから引き離したレクターと切り結んでいた。

 

「っ……二の型《疾風》」

 

「おっと」

 

 最速で斬り込むが、レクターは勘を働かせてその一撃を躱す。

 

「四の型《紅葉斬り》」

 

 そのまま斬り抜けず、レクターのすぐ後ろで急停止したリィンは間断なく次の型に技を繋げる。

 レクターはそれを細剣で受け止めると同時に後ろに跳んで衝撃を最小限にしていなす。

 

「六の型《孤影斬》」

 

 振り抜いた太刀を斬り返して斬撃を飛ばすが読んでいたのか、レクターは後ろに仰け反って地面に大の字に倒れてそれを躱す。

 

「ちょっとは休ませろよシュバルツァー」

 

「くっ……」

 

 余裕で身体を起こすレクターにリィンは歯噛みする。

 のらりくらりとまともに戦おうとせず守りに徹する彼は勘の良さもあって捉えることができなかった。

 ブルブランもここまで消極的な戦い方はしてこなかったので、レクターのような相手はとにかくやりにくい。

 

「まさか、レクターさんがここまでできる人だとは思っていませんでしたよ」

 

「何言ってんだ。ガチでお前と戦えば俺なんて秒殺されるって……誤魔化せているのはお前の剣が素直なおかげなんだぜ」

 

「俺の剣が素直?」

 

「ああ、お前の剣は確かに速くて強くて鋭いが、その分読み易いんだよ。それに俺は勘が働く方でな。ま、相性が良いってことだ」

 

「読み易い……か……」

 

 レクターの言葉を反芻して、リィンは再び《疾風》の型を構える。

 

「無駄だぜシュバルツァー、その剣はすでに見切った」

 

 格好をつけて宣言するレクターにリィンは言葉を返さず踏み出した。

 

「二の型《疾風》」

 

「よっと――何っ!?」

 

 タイミングを合わせてレクターはその場からわずかに体をずらして身を躱すが、彼の予想しなかった光景にレクターは驚いた。

 左右に高速移動しながら斬り込む速さの一撃のはずなのに、その歩みはレクターでなくても分かる程に遅かった。

 滑るようなすり足で左右に動く円弧を描くような歩法は本来の疾風の様な急激な停止と発進とは違い、その姿を見せつけるようにリィンはレクターに接近して太刀を振る。

 

「うおっ!?」

 

 繰り出された太刀もリィン本来の太刀の比べれば圧倒的に遅かった。

 レクターはそれを細剣で受け止めるが、力も五割に届くかといったくらいに弱い。

 しかし、止まらない。

 流れるような動作で太刀を外し、緩やかな足取りのままレクターの周囲に留まり、遅い斬撃を繰り返す。

 

「ちょっ!? 待て! それはやばいっ!」

 

 その気になれば一瞬で剣速を上げることができると考えれば、レクターは例え遅い剣であっても対処しなければならない。

 そして、遅い剣はその分斬り返しの速度は流れるようにレクターを休ませずに追い駆けてくる。

 

 ――やべえ、詰まされる……

 

 遅いと言っても全力で太刀を振らないだけで、歩法も緩急がついて速度は一定ではない。

 いくらレクターが勘に優れていたとしても、躱せない状況を作られてしまえば意味はない。

 少し勝ち誇って口に出た言葉だけで、ここまで戦術を作り変えてくるリィンにレクターは恐ろしいものを感じる。

 

「これが超帝国人の力なのか」

 

「言いたいことはそれだけですか、レクターさん?」

 

 気付けば目の前のリィンが霞となって消え、背後からレクターはリィンに肩を掴まれた。

 

「なっ!?」

 

 慌てて手を振り解いてレクターは細剣を突き出すが、リィンは身を屈めてそれを避け懐に潜り込み――

 

「破甲拳っ!」

 

 全力の一撃をレクターの腹に叩き込んだ。

 

「ふう……」

 

 崩れ落ちたレクターにリィンは言いようのない爽快感を覚えるのだった。

 

 

 

 

「トランスフォーム――シンクロ完了、アルカディスギア」

 

 黒い戦術殻をその身に纏ったオライオンは空に舞い上がる。

 

「何それっ!?」

 

 自分と戦術殻を別々に扱っているミリアムは一体化したオライオンに目を丸くして驚くが、すぐに《アガートラム》に迎撃の意志を乗せる。

 

「ブリューナク展開――照射」

 

 身構えた《アガートラム》にオライオンはレーザーを撃ち、怯ませるとその懐に入り込む。

 ブリューナクを撃った浮遊ユニットを反転させ、自身の腕に設置して不釣り合いなガントレットにする。

 

「一つ、二つ――三つっ!」

 

 右左、そして右のストレートが《アガートラム》を吹き飛ばす。

 

「止めっ!」

 

 オライオンはそんな《アガートラム》から一度距離を取り、十分な助走距離を確保してスラスターを全開にして飛び――

 

「はこうけんっ」

 

 全速の加速を上乗せした右拳が《アガートラム》を砕き、接続しているミリアムの意識を断絶させた。

 

 

 

 

「オライオン、そっちはもう終わったのか?」

 

「はい。わたしの方が新型ですから、簡単な戦闘でした」

 

 オライオンと合流したリィンはざっと彼女の様子を確認して、怪我がないことに安堵する。

 

「それじゃあオライオンはクレアさんと戦っているジョゼットさんの援護に向かってくれ、俺はオリビエさんの方に行く」

 

「了解しました」

 

 リィンの指示に従って、オライオンは《クラウ=ソラス》を伴って言われた通りに動く。

 リィンもすぐに動き、オリビエとオズボーンの姿を探す。

 幸いなことに彼らは最初の戦場からそれほど動いてはいなかった。

 そして戦況はオリビエの劣勢だった。

 

「くっ……」

 

 苦し紛れにオリビエは銃を撃つが、オズボーンはそれを難なく軍刀で弾き飛ばす。

 ならばアーツを駆動させるが、戦術オーブメントに触れただけで牽制の一撃が放たれる。

 オズボーンはこの状況を楽しんでいるのか積極的な攻撃をしないが、いつでも倒せると言った様子は傲りではなく余裕の現れだろう。

 

「ならばこれでどうだっ!?」

 

 オリビエはどこからともなくリュートを取り出すと、そこに仕込んだ機関銃を掃射する。

 それには流石のオズボーンも回避するが、彼を追いかけた銃弾は元々の装填数が少ないためすぐに弾切れになる。

 

「くっ……」

 

 そのままオリビエは態勢を崩していないオズボーンに締めの榴弾を撃とうとする。

 

「そこまでです」

 

 見兼ねたリィンはそれが撃たれるより早く割って入り、オリビエを蹴って止めた。

 

「リィン君っ!? 何をするんだい!?」

 

「今撃っても躱されるだけです。少し頭を冷やしてください」

 

「止めてくれるなリィン君。これはボクの試練、こんな場であってもボクは彼を乗り越えなければならないんだ」

 

 珍しく熱くなっているオリビエにリィンは軽く驚きながら、ため息を吐く。

 

「何を柄にもないことを言っているんですか……貴方は皇族、そもそも前線に立っていい人じゃないんですよ」

 

「それでもだよ。ボクは君の墓前に誓ったんだ。必ずこの男の野望を食い止めると――がっ!?」

 

 リィンはため息を吐いてオリビエの頭に拳骨を落とした。

 

「な、何をするんだいリィン君!?」

 

「だから、らしくないって言っているんですよ。いつからそんな真面目な熱血漢になったんですか?」

 

「いや……それは……」

 

「貴方はいつも通り、調子に乗って後ろでふんぞり返っていればいいんですよ……

 そうやって命令している方が周りだって安心しますし、その方が貴方らしいですよ」

 

「リィン君……」

 

「それで、オリヴァルト皇子、御命令は?」

 

 リィンはオリビエに代わってオズボーンの前に立ち、背中越しに問いかける。

 その背にオリビエは思わず見惚れて苦笑をもらした。

 

「ハハ……よしリィン君。勅命だ、ギリアス・オズボーンをボクに代わって倒してくれたまえ」

 

「イエス、ユア・ハイネス」

 

 リィンは太刀を抜き、オズボーンと対峙する。

 

「申し訳ありませんが、そういうことなのでここから先は俺がお相手します」

 

「ふふ、是非もない。君とは一度手合わせをしてみたかったと思っていたからな」

 

 宰相と聞けば政治家のイメージが強いのだが、対峙して感じる覇気はとてもそんな生易しいものではなかった。

 

「気を付けたまえリィン君。オズボーン閣下は元軍人であり、百式軍刀術の《達人級》の猛者だからね」

 

「分かりました。八葉一刀流《初伝》リィン・シュバルツァー」

 

「《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン」

 

 二人は名乗り合い、

 

「「参るっ!」」

 

 声を合わせて激突した。

 

 

 

 

「蒼き焔よ――」

 

「黒き焔よ――」

 

 蒼と黒の焔がぶつかり合い互いを喰い合って消滅する。

 

「はああああっ!」

 

 体格の差から力負けすることは折り込み済みと考え、リィンは速度でオズボーンを翻弄するように立ち回る。

 

「中々に速いが、まだまだだな」

 

 しかし、オズボーンは苦も無くそんなリィンを捉えて軍刀を振る――が、斬ったのは残像だった。

 

「ほう……」

 

 オズボーンの剣を紙一重で回避したリィンは距離を取って肩で息を整える。

 

「大丈夫かいリィン君?」

 

「……大丈夫です。オリビエさん……」

 

 息を整え、不安な声に答える。

 

「まだ探り合いの段階ですけど、これならまだ結社の聖女の方が強かったですから」

 

 オリビエを安心させるために言った言葉に、彼よりも先に何故かオズボーンが反応した。

 

「ほう……」

 

 次の瞬間、オズボーンの気配が変わり、リィンの目の前には彼が振るう刃があった。

 

「っ……!?」

 

 慌てて仰け反り、刃がリィンの頬を掠める。

 

「いきなり何でっ!?」

 

 畳み掛けるように重ねる斬撃を太刀で防ぎながら、リィンは思わず叫ぶ。

 互いに探り合いっていたから、オズボーンの実力を履き違えたわけではないが、突然彼がその探り合いをやめて本気になった理由が分からない。

 

 ――こうなったら……

 

 そう考えた瞬間、鍔競り合う圧力が唐突に途切れ、オズボーンはリィンから距離を取った。

 

「ふむ……どうやら政治にかまけて少々錆び付かせてしまったようだな……

 これでは確かに彼女と比べられて下に見られるのは致し方ないか」

 

「それ程の腕前で……」

 

 オズボーンの呟きにリィンは絶句する。

 聖女と比べはしたが、気を抜いたつもりはない。

 それでも今のやり取りは完全に圧倒され、あのまま切り結んでいればおそらく押し切られていただろう。

 

「随分と親し気にあの人のことを語るんですね」

 

「彼女とは一言では語りつくせない特別な関係でな。昔は剣を交えたこともあるのだよ」

 

 説得力のある言葉だった。

 つまりは少なくても聖女と同等とオズボーンの実力をリィンは位置づける。

 

「それなら出し惜しみをしていられないか……」

 

「ふふ、鏡火水月の太刀だったかね? レクターから聞いているが、果たして私の焔を飲み込むことができるのか、試させてもらおうか?」

 

「っ……」

 

 さらに膨れ上がった闘気にリィンは息を呑む。

 

「ふふふ……血が滾るぞ……」

 

 黒い焔を全身と、軍刀に宿す。

 

「おおおおおおっ! 黒啼獅子王斬っ!!」

 

 天に向かって掲げられた軍刀を真っ直ぐに振り下ろし、黒い焔の剣閃が放たれる。

 真っ直ぐ飛ばされた剣閃にリィンは怯まず太刀を抜き放ち、黒焔の刃を迎え撃つ。

 しかし、黒焔は太刀に封じ切れずにリィンを飲み込むのだった。

 

「むっ……やり過ぎてしまったか」

 

 テンションが上がりきっていたオズボーンはその結果に我に返る。

 最後の語らいと思って全力を出してしまったが、やり過ぎてしまったことに気付く。

 すでに死人なのだからという考えもあったが、この結果はオズボーンも望むものではなかった。

 しかし――

 

「加具土命――」

 

 黒い焔の中から声が聞こえて来た。

 

「何っ!?」

 

 燃え盛る黒い焔が真紅の焔に塗り潰され、混ざり合った焔はリィンの太刀に集束される。

 

「魔気合一」

 

 静かな声を伴ったリィンのその姿にオズボーンは目を奪われる。

 

「まさか……リィン……お前はそこまで……」

 

 髪を白く、目を金と黒に染め、手足や首筋に紋様を浮かび上がらせたその様は《鬼の力》を発現させた時のものと同じだが根本的なところで違うとオズボーンは察する。

 言葉を失い、呆然と立ち尽くすオズボーンに対し、真紅の焔を纏ったリィンは紅く輝く太刀を鞘に納める。

 

「無明を斬り裂く、閃火の一刀……」

 

 リィンは無造作に踏み込み、オズボーンの意識を置き去りにして間合いを詰める。

 

「鏡火水月の太刀――暁――」

 

 咄嗟に盾にされた軍刀を砕き、一瞬七斬をリィンはオズボーンに叩き込んだ。

 

 

 

 




レクター
「変な夢みたな……っと、あれ? おっさんにミリアムじゃねえか、どうしたんだこんな朝っぱらから?」

ミリアム
「あ、レクター。おはよう」

オズボーン
「大したことではない、政務にかまけて剣の腕が落ちたと思ってな。少し鍛え直そうと思っていたところにミリアムも自分に稽古をつけてほしいと頼まれてな」

レクター
「ふーん……そうか頑張れよ。それじゃあ俺はこれで――」

オズボーン
「せっかくだ。お前も少し鍛えてやろう」

ミリアム
「あ、それじゃあクレアも誘わない?」

オズボーン
「それはいい考えだな。ふふ、思えば《鉄血の子供》などと言われていたが、家族サービスをしたことはなかったな」

レクター
「やめろ……やめてくれえぇぇぇぇぇっ!」



NG
リィン
「本当にやるんですかオリビエさん?」

オリビエ
「今更何を言っているんだいリィン君……
 この策が嵌ればおそらくクレア君を戦わずして戦線離脱させることができる。リィン君だって偽物とはいえ彼女と戦うことは嫌なのだろ?」

リィン
「それはそうですが……気が進まないというか……はあ……」

 ………………
 …………
 ……

オズボーン
「フフ……それでは《余興》を始めると――んっ?」

 戦闘開始の合図を遮る様にリィンは鈴を片手に前へ出る。
 リンっと鈴を鳴らし、それを暗示の合図にしてリィンは自分の想念の姿を変える。

リィン(五歳+涙交じりの上目遣い)
「ク……クレアおねえちゃん……ぼくのこといじめるの?」

クレア
「リ、リィン君!? その姿はいったい!? それにお姉ちゃんっ!?」

 果たしてこの精神攻撃にクレアは耐えることができるのか!?
 そしてオズボーンも巻き込むことができるのか!?




いつかのトールズ第二分校IF

ユウナ
「アルの必殺技って打撃系なんだ。てっきりリィン教官の真似をして斬っとかズバッとかすると思っていたんだけど」

アルティナ
「何を言っているんですかユウナさん?
 別に真似をしているわけではありませんが、そもそもリィン教官の得意技は打撃系ですよ」

クルト
「え……? 八葉一刀流は剣術なのに?」



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