(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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いつも誤字報告ありがとうございます。

これまで台詞の中に「♪」を入れているところがいくつかありましたが、原作の台詞を流用している部分なので誤字ではありません。





94話 《影の騎神》

 

 

「くっ……」

 

 全身が痛むが、リィンは歯を食いしばってヴァリマールを立ち上がらせる。

 ダメージを受け過ぎたせいなのか、最初は自分の意志に寸分違わず動いてくれていた機械の体は鉛の様に重く鈍い。

 しかし、敵はそんなリィンの事情など考慮しない。

 

「あれが……《黒の騎神》……」

 

 帝国に伝わる《七つの騎神》の一つ。

 ヴァリマールと多少の差異はあるが、同じものだと感じる造りにリィンは納得する。

 その《黒》は悠然とした足取りで《灰》に歩み寄る。

 

「フフ……まさか、この姿をこの《影の国》に投影することができるとは思わなかったよ。流石と言わせてもらおう」

 

 聞こえてくる賞賛の言葉は自分と同じ声なのに、生理的な嫌悪を感じさせる。

 

「御託はどうでもいい」

 

 息を整えてリィンはアルティナがくれた《クラウ=ソラス》の太刀を《黒》に向ける。

 

「想念を断ち切る太刀……まさにアルティナとの絆の証というわけか……

 フフ、なかなか感慨深いものだ。こんな気持ちを《愛》というのかね? なかなか新鮮な感覚だ」

 

「黙れ……」

 

 抑え切れない殺意を滲ませて、騎神越しにリィンは《影の皇子》を睨む。

 

「お前があの子を語るな」

 

「ハハ……邪険にされたものだな……

 リィン・シュバルツァーにアルティナを与えたのはワイスマンであり、彼女を育てた試練も彼が与えたものだ。私たちは彼に感謝してもいいと思うがな?」

 

 厚顔無恥な言葉にリィンは吐き気を感じる。

 その声が自分の物だからこそ、彼が本心でそれを言っていることがさらに不快感を増長させる。

 

「っ……」

 

 もはや問答など必要ないと言わんばかりにリィンはヴァリマールを動かして斬りかかる。

 

「ふっ……」

 

 振り下ろされた一撃を《黒》は半身を逸らして回避する。

 剣の体捌き。そこから流れるように繰り出された《破甲拳》の一撃が砕けた装甲の隙間を突いて打ち抜かれた。

 

「がっ……」

 

 その衝撃がまるで自分が受けたように伝わり、リィンは体の中の破砕音を感じることになる。

 

「他愛もない……まあ、君はよく頑張った。後は私の中で眠り、共に《神》と――」

 

「うりゃあああああっ!」

 

 《黒》の背後から炎を纏った棒の一撃がその頭を横殴りにした。

 

「むっ……」

 

 わずかによろめかせたエステルの一撃に続きヨシュア達が次々と攻撃を仕掛ける。

 そして、《パテル=マテル》の体当たりに《黒》は弾き飛ばされた。

 

「弟君、大丈夫っ!?」

 

 ひとまず隙を作り、アネラスが騎神の胸元に駆け寄る。

 

「みんな……いったい何を……」

 

 朦朧とする意識の中でリィンは彼女たちの無謀な行動に目を疑う。

 返事があったことにアネラスは安堵すると、すぐに振り返る。

 

「ケビンさん、お願いします」

 

「おうっ!」

 

 リィンの視界一杯に映っていたアネラスがケビンと入れ替わる。

 ケビンは方石をヴァリマールに突き出す。

 もはや慣れた転移の魔法陣が浮かび上がるが、ヴァリマールの巨体のせいかすぐに起動しない。

 

「俺のことはいいです……それよりこの子を連れて、みんなが逃げてください」

 

 リィンは腕の中のオライオンを前へと差し出す。

 やり方を知るはずがないのに、当たり前のようにリィンは彼女を外に出してアネラスに託す。

 そして立ち上がろうとして胸を叩かれた。

 

「アホ抜かせっ! そんな状態で他人の心配をしてる場合かっ!」

 

「でも……生身で敵う相手じゃありません」

 

 そんなことを言い合う内に転移の術は完成して――砕けた。

 

「なっ!?」

 

「知らないのかね?」

 

 絶句するケビンに《黒》は《パテル=マテル》を殴り飛ばして言う。

 

「《魔界皇帝》からは逃げられない」

 

「くっ……」

 

 さらに腕の一薙ぎがジンを捉えて弾き飛ばす。

 

「ククク……ハハハッ!

 根源区画で叩いた大口はどうした!? 闇の中でも輝くというお前たちの光とやら、早く見せてみるがいいっ!」

 

 アガットを石を蹴る様に蹴り飛ばし、《影の皇子》は一人一人、見せつけるように戦闘不能にしていく。

 

「この野郎……調子に乗り過ぎやっ!」

 

 ケビンは《聖痕》を背中に浮かび上がらせて、《聖槍》を展開する。

 

「下がれみんなっ! 走れ――空の聖槍っ!」

 

 警告を発し、彼らが応えることを信じてケビンは千の矢を撃ち込む。

 

「砕け、時の魔槍」

 

 が、その全てが同じように展開された《魔槍》に相殺されるように撃ち落された。

 

「ハハ……絶望が伝わってくるぞ。さあ、気が済むまで諍ってみせるがいい!」

 

 

 

 

「ケビン……方石を貸して」

 

「え……ルフィナ姉さん」

 

 最大の攻撃が通じずに呆然とするケビンに胸の傷を抑えたルフィナが声をかける。

 ルフィナは答えを待たずにケビンの手から方石を取り、何かの操作を始める。

 

「姉様……?」

 

 不安そうに姉の身を案じるリースにルフィナは青白い顔で笑みを作る。

 

「私の中に残ったわずかな力で、この《影の国》を強制崩壊させるわ」

 

「そんなことができるんか!?」

 

「ええ、同時にあなたたちも解放して現実世界に返す。それくらいの力はあるわ」

 

「姉さん……」

 

「《影の皇子》はまだ《影の国》だからこそ保っていられる想念の塊に過ぎないわ。本物の核がなければ現実にはいられない、そんな不安定な存在……

 先に《影の国》を壊しさえすれば、彼の存在は確定することなく消滅するはずよ」

 

「姉さん……それはリィン君はどうなるんや?」

 

 ケビンの質問にルフィナは押し黙り、背後のヴァリマールを見上げてから答えた。

 

「彼のことは諦めなさい」

 

「っ……それは――」

 

 すかさずアネラスが反論しようと声を上げるが、ケビンがそれを手で制して代わりに言い切る。

 

「悪いけど、それは却下や」

 

「ケビン……」

 

「姉さんがそう言うからには、本当にそれしか方法がないんやろ……

 せやけどな、ここにいるみんなはリィン君を残して自分だけ現実に帰ることなんて、たぶん死んでも認めないやろ……かく言う、オレもその一人や」

 

「分かっているでしょ? これはあの時と同じように他に選択肢がないからこその選択よ」

 

「ああ……分かっとる。せやけど、姉さんが言った通り、オレは一度道を踏み外した……

 だからこれはつまらん意地なんやけど、それを認めたらオレはもう二度とちゃんとした道を歩くことはできなくなってしまうと思う」

 

 真っ直ぐにルフィナを見返してケビンは言う。

 

「なら他にあなたに代案があるというの?」

 

「ああ……一つある」

 

 ルフィナの言葉にケビンは頷いて、振り向きヴァリマールに向き直る。

 

「リィン君。今からそいつにオレの力を全部注ぎ込む……それで何とか、あいつを倒してもらえるか?」

 

「ケビンさん?」

 

 声に尋常ではない覚悟を感じてリィンは眉をひそめる。

 

「あいつはコピー、こっちはオリジナル、これなら対抗できるやろ。ついでにオレの魂も全部持っていけ」

 

「ケビンッ!? いきなり何をっ!?」

 

「止めてくれるなリース……

 姉さんが言った通り誰かが犠牲になる必要があるのならそれはリィン君じゃなくて、この事態を引き起こしたオレであるべきなんや……

 これは決して罰がどうとかの話じゃない」

 

「でも……」

 

「だからって――」

 

「だったら、他に何か代替案があるんか?」

 

 渋るリースとリィンを黙らせるようにケビンがルフィナがしたように代案を出してみろと聞き返すと――

 

「あるわよ」

 

「は……?」

 

 事も無げに言われたルフィナの言葉にケビンは間の抜けた言葉を返した。

 

「ちょ、ルフィナ姉さん。《影の国》を壊すのが最終手段やったんやないのか?」

 

「ええ、最終手段よ……そして今からすることは私にも何が起きるか分からないことよ」

 

 一度止めた方石を再起動してルフィナはその疑問に答える。

 

「この《影の国》が展開されてあなたたちを取り込んだ時から、何者かが外部から何度も干渉してきてたの、それをこの場に呼び込むわ」

 

「《影の国》に干渉って、そんなことできる奴がおるんか!?」

 

「ええ、でもそれがどんな人物で、どんな目的があるかも分からない……

 最悪、はあなたたちの敵を増やすことになるかもしれないけど、少なくても状況は変わるはずよ」

 

 ルフィナは自分の考えを説明し、選択を迫る。

 

「改めて選びなさい。ケビン・グラハム……

 一人を犠牲にして大を助けるか、それともありえない奇蹟を望んで全滅するか」

 

 ケビンは傍らのリースと気絶したオライオンを抱えるアネラス、そして果敢にも《黒》に挑み続けるエステル達を見る。

 

「そんなん決まっとるやろ」

 

「うん……そもそも誰かを犠牲にするなんて選択肢は絶対にありえないですよね」

 

「姉様、女神の加護を信じましょう。それでダメならみんなで死力を尽くしましょう」

 

 根拠もない賭けに躊躇わない三人にルフィナはため息を吐く。

 

「《千の腕》なんて呼ばれた私がこんな不確かな選択を選ぶなんてね」

 

 苦笑するルフィナはそれでもどこか嬉しさを感じさせる笑顔を浮かべ、方石を起動した。

 

「来なさい!」

 

 これまで何度も退けていた干渉を迎え入れるように引き寄せて、この場と繋げる。

 方石から溢れる光がアーチとなって門を作り、それが実体となって顕現した瞬間、その中から蒼い影が現れた。

 

「……鳥?」

 

 

 

 

 エステルを庇ったヨシュアは《黒》の腕に捕まった。

 

「ククク……やはりお前は殺すには惜しい……《神の聖痕》を埋め込む第一号にしてやろう」

 

「クッ! ワイスマン……」

 

 爆薬を使い切り、握り締める鋼の腕にヨシュアは双剣を突き立て抵抗するが、刃は弾かれてしまう。

 そんな抵抗を《影の皇子》は楽しそうに眺め――

 

「やれやれ……病気は相変わらずか……」

 

 呆れた声が聞こえたかと思った瞬間、《黒》の腕は金の魔剣から繰り出された一撃に斬り飛ばされた。

 

「何っ!?」

 

「え……?」

 

 空中を舞う手の拘束から抜け出したヨシュアは空中に身を投げながらその男の存在に目を疑った。

 

「オオオオオオオオッ!」

 

 彼は剣に炎を宿すと《黒》に飛び掛かり一閃、《黒》の胸に大きな傷を刻ませ大きく弾き飛ばす。

 

「なっなっなっ……」

 

 とんでもない威力の一撃を目の当たりにし、そしてあり得ない援軍にエステルは言葉を失う。

 《黒》よりも大きな《パテル=マテル》の一撃でさえ、怯ませるのがやっとだというのに彼は当たり前のことをしたと言わんばかりに余裕を見せつけるように着地する。

 その姿にヨシュアは目を潤ませる。

 

「まさか……まさか……」

 

 アッシュブロンドの髪に、象牙色のコート、そして金の魔剣を携えた青年。

 その横に青いドレスを纏った髪の長い女性が並び立ち、大きな杖をかざす。

 

「人はみな、誰もが枷合う咎人……怒り、嘆き、苦しみ、恨み、御覧なさい、深淵はすぐ傍に――」

 

 膝を着く《黒》を中心に巨大な魔法陣が展開されると無数の腕が《黒》を深淵に誘う。

 《黒》は魔法陣に半ば飲み込まれ――

 

「舐めるなっ!」

 

 無理矢理、抵抗して無数の腕を振り払い、魔法陣を破壊する。

 

「レーヴェ、クロチルダさんっ!?」

 

 誰もが叫ぼうとしたその名前と、見知らぬ女性の名をリィンが叫んだ。

 

「フフ……どうやら無事のようねリィン君。レオンから一通りの事情は説明してもらったけど、また随分なことになっているみたいね」

 

 リィンにクロチルダと呼ばれた妖艶な女性は《黒》に厳しい眼差しを向けて肩を竦める。

 

「おやおや、誰かと思えば黒騎士殿と魔女殿ではないか。わざわざこんなところまで御苦労なことだ」

 

「塩になって砕けたと聞いたけど、ちょっとしぶとすぎるのではないかしら?

 それにリィン君の声で貴方の言葉を吐かれるのは、かなり気持ち悪いわよ。教授」

 

「フフ……こればかりはどうしようもなくてね。しかし、せっかく君たちも盤上に上がってくれるというのなら――」

 

 そう言葉を切ると、《黒》が光を発して消え、《影の皇子》はその場に着地する。

 

「あら? 何のつもりかしら?」

 

「何、このまま《相克》を果たしてしまうのもつまらないと思ってね……

 わざわざお越しになられたのだ、相応の歓待をしなければ新しいこの国の皇帝として情けないではないか。なので、仕切り直させてもらうとしよう」

 

 そう言うと、《影の皇子》の足元に転移の魔法陣が広がる。

 

「まあ、そう長くは待たせたりしないさ。せいぜい舞台が整うのを楽しみに待っているといい」

 

 そう言い残して、転移が完了して《影の皇子》は消える。

 とりあえずの脅威が消えたことでリィンは息を吐き、騎神から降りる。

 

「また助けられてしまいましたね、クロチルダさん……ありがとうございます」

 

「ふふ……気にしなくていいわ……

 元々は私の同僚がやらかしたことだもの、むしろ私たちの方が謝罪するべきじゃないかしら、ねえレオン?」

 

「そうだな……少なくともお前には何も非はないのだから気に病む必要はない」

 

 妖艶に微笑む女性に話を振られ、剣を納めたレーヴェは頷く。

 

「えっと……弟君、この人誰?」

 

「それは……」

 

 アネラスの質問にリィンは困った顔をして、何と説明すればいいのか悩む。

 

「フフ……初めましてリベールの英雄のみなさま、私は結社《身喰らう蛇》が第二使徒《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダ」

 

「え……?」

 

「でも、ここではこう説明した方がいいかしら? リィン君とレオンの怪我を治療をした者よ」

 

 

 

 

 




 いつかの星辰の間IF

第二柱
「あら、心外ね……
 これでもレオンのことはちゃんと哀しんでいるのだから。とうとう最後まで振り向いて――きゃあ!?」

道化師
「おや?」

第二柱
「この子、いきなりどこからって――レオン!? え……ええっ!?
 何が起きて……ああ!? 明日の原稿に血が!? それにグリアノスが潰れて――何なのよもうっ!」



いつかの帝都IF

ヴィータ
「あら……?」

リィン
「あ、お久しぶりですヴィータさん」

ヴィータ
「ふふ……元気そうで何よりね。リィン君」

マキアス
「リィン……いや、シュバルツァーッ! 貴様という奴はっ!?」

エリオット
「ちょっとこれは許せそうにないかな?」

フィー
「なんかマキアスの好感度がリセットされたっぽい」

ラウラ
「うむ、エリオットに至っては《黒》い何かがもれているな」






というわけでリィン達を助けたのはヴィータさんでした。
理屈としては、取り残されたリィンは一度ケビンの仕込みによって気を失います。
気が付いたのはアルセイユとレグナートが離脱した後です。
エステルとヨシュアとは違い建物の内部にいたため、レグナートやカシウスでも見つけることはできませんでした。
気が付いたリィンは、崩落によりアルティナブレードを落として、回収できなくなります。
そして《空の至宝》の意志がリィンに干渉し道案内をすることで、地上の遺跡へ通じる転移装置に導かれます。
が、ここで《空の至宝》が気を利かせて、かつてリィンの暴走を封じるペンダントの縁から転移先をヴィータの下に変更させて飛ばしました。

他の案は、カンパネルラが落とし者として回収するか、教会のメルカバがこっそりいて回収したか。
もしくは地上の遺跡がロッジと呼ばれていて、その組織で治療と称して薬の実験台か、資金調達のための《違法賭け試合》の剣奴隷となっていた。
また、ヴィータの所で最低限の治療をしてから、ロゼに丸投げをすることも考えましたね。
などのルートがありました。

ヴィータルートにした決め手は、彼女がこの事件を知ることで《幻焔計画》への参考と見直しを考えさせるためと、せっかくレーヴェを生かしたので彼女との掛け合いを作ってみたいと思ったからです。



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