(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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95話 《鋼の聖女》

 《隠者の庭園》。

 その石碑の前でケビンは仲間たちに向き直り、その額を地面に擦りつけていた。

 

「――以上が、この事件の大まかな全貌です」

 

 そんなケビンの謝罪の姿勢に仲間たちは微妙な顔をしていた。

 

「はっきり言って、全てはオレが元凶ですわ。皆さんはそれに巻き込まれただけにすぎません……

 リィン君とレオンハルトを浮遊都市に置き去りするように仕向けた事といい、お詫びのしようもないですわ」

 

「え、えっと……」

 

 土下座して頭を上げようとしないケビンにエステルはみんなを代表して言葉をかける。

 

「正直ケビンさんがなんでそこまで恐縮しているのかあたしには判らないんだけど……」

 

「へ……」

 

 覚悟していた罵倒の言葉とは掛け離れたエステルの言葉にケビンは間の抜けた声を漏らして顔を上げる。

 

「話を聞く限り、《環》を失った《影の国》が《王》を求めるのは必然……

 ならば、君がいようがいまいがそれに相当する事件は必ず起こっていたに違いない」

 

 ミュラーの言葉に一同は頷くが、それにケビンが納得できるはずもない。

 

「え、えっと……そういう問題なんですかね?」

 

「別にお兄さんをかばうわけじゃないけど、ある意味《影の国》に選ばれたのがお兄さんだったのは幸いだったかもしれないわね」

 

「レン、それはいったい?」

 

「お兄さんの《聖痕》はかなりの支配力を持っているわ。《影の国》が曲がりなりにも秩序を保っているくらいにはね……

 でも、果たしてそれが他の人のトラウマだったりしたらその秩序は保てたのかしら?」

 

「混沌を制御しきれず、《影の国》が暴走していた可能性もあったわけだね」

 

「いや……でも……それはそうかもしれへんけど、オレはリィン君達も」

 

「それだって、弟君たちはクロチルダさんの所で治療してもらえてむしろ助かった――んですよね?」

 

 アネラスに話を振られ、《結社》の使徒と名乗ったヴィータは頷く。

 

「ええ、レオンは《輝く環》の攻撃に何度もさらされて、リィン君の方は《鬼の力》を強制解放されたせいで霊力の回路に重大な損傷を受けていたわ……

 他にもレオンの方は体の重症もあったけど、例えあなた達がアルセイユに戻れたとしても、二人は数日もしないで死んでいたでしょうね」

 

「ほら、ならケビンさんがしてくれたことも不幸中の幸いだったってことでしょ?」

 

「いやいや、エステルちゃん。それで流していいことじゃないやろ?」

 

「だけど、ボク達ではリィン君を助けられなかったのは事実……

 それにボク達の想念がリィン君をこんな風にしてしまい、ゲオルグ・ワイスマンを復活させる一助になってしまったのなら、ボク達に君を責める権利はないさ」

 

「いや、オリヴァルト皇子……それだって元を糾せば、原因はオレにあるわけですやろ?」

 

「それはどうだろうな。聞く所によると相当に悪辣な人物だったようだ……

 リィン君という依り代がなかったとしても、この《影の国》で別の形で復活していた可能性はあるのではないかな?」

 

 リシャールの言葉に一同は満場一致で頷いた。

 

「それに《輝く環》に関してはリベール王国の問題でもあります。むしろケビンさんの方こそ巻き込まれた側かもしれません」

 

「そしてまだ何も失われてはいない……

 クロチルダ殿が今回の戦いに協力してくれるおかげで、ワイスマンが扱っているリィン君の器を取り戻すことができれば、リィン君はそれこそ完全に元通りとなる……

 誰も死んでいないのなら、それこそケビン神父を責める理由はないでしょう」

 

 さらに続くクローゼとユリアの言葉にケビンは伏せていた体を起こす。

 

「はは……まったく……あんたら、ほんまアホやな……揃いも揃ってお人好しすぎるっちゅうか……

 こっちは最初から最後まで利用するつもりだけやったのに…………なんで、そんな……」

 

「あはは……人間、諦めが肝心って言うし。あたしたちに関わったのがケビンさんの運の尽きってやつね」

 

 それでも俯くケビンにエステルが明るい言葉を掛けるのだった。

 

 

 

 

 情報整理も終わり、一先ずそれぞれが思い思いに休息を取る。

 ヨシュアとレンは早速レーヴェの生存を喜び、彼に話しかける。

 

「生きているなら生きているって、言ってくれればいいのに」

 

「そう言うな。他の者ならいざ知らず、ルフィナ・アルジェントの縁で縛られた俺が負けた時にどうなるかは、俺自身にも分からなかったんだ……

 最悪、お前たちの刃が俺を殺すことになるのなら、お前は戦えなくなっていただろ?」

 

「それは……そうかもしれないけど……《黒騎士》の時はともかく、現実ではどうして?」

 

「そうよ。レンだってレーヴェが死んだって聞いてとっても哀しかったんだから」

 

「ごめんなさいね、二人とも」

 

 不満そうにするヨシュアとレンにレーヴェが困った顔をすると、ヴィータが口を挟む。

 

「レオンにしろ、リィン君にしろ、《福音計画》から半年くらいは回復に専念させていたの……

 それにリィン君に仕込まれていた教授の《聖痕》や守護騎士の仕込み、教会の意向についても調べていたのよ」

 

「そうだったんですか……えっと……」

 

「ふふ……レンは久しぶりだけど。ヨシュアは初めましてかしら?

 ちょうど貴方が剣聖の下に送られた頃に《第二使徒》に任命された《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダよ……

 レオンの弟なんだから、ヴィータお姉ちゃんって呼んでもいいわよ」

 

「……え……?」

 

 妖艶に笑うヴィータに魅了を感じるよりも先にヨシュアはレーヴェを見る。

 

「ヴィータ、冗談はそれくらいにしろ」

 

「ふふ……別に冗談のつもりはないのだけど」

 

「…………レーヴェ……この人とはいったいどんな関係なの?

 なんだか随分と親しそうだけど……いや、別にレーヴェにそういう人がいるのは良いことだと思うけど……」

 

 複雑そうに言葉を選ぶヨシュアにレーヴェは肩を竦めて、ヴィータとレンは面白そうに笑っていた。

 

 

 

 

 そして、皆が休息を取って、寝入ったところで彼が唐突に現れた。

 

「やあやあ、皆さんお揃いで」

 

「《道化師》カンパネルラ。まだ《影の国》にいたのか!?」

 

 リィンを始めとした、《黒》との戦いで比較的軽傷だったエステルとヨシュア、クローゼが武器を構える。

 

「フフフ……みんな大変そうだね」

 

「あんた、まさか《教授》の手先じゃないわよね?」

 

「それこそまさかだよ。《教授》の復活は《結社》にとっても完全に予想外の出来事さ……いやー人の可能性ってすごいねー」

 

「だったら、何の用よ? 正直、あんたがくれた装備はありがたかったけど」

 

「フフ……お役に立てたなら何よりだよ……今回はある人の案内とお別れの挨拶をしにきたんだよ」

 

「案内とお別れ? それはどういう――」

 

 次の瞬間、エステルは転移陣から現れた彼女が放つ覇気に息を呑んだ。

 

「ありがとうございます。カンパネルラ」

 

「これくらいは別に……正直なことを言えばこの後の戦いを生で見たかったけど……

 ともかく、さっき言った通りあの場から離れた以上、貴女の存在がこの《影の国》にいられる時間は少ない、それまでに――」

 

「ええ、分かっています」

 

 頭まで兜で覆った鎧姿の女性はカンパネルラに最後まで言わせずに頷いた。

 

「それではみなさん、ボクはこの辺で失礼させてもらうよ……

 君たちと教授の戦いもできれば生で見たかったけど、まあせいぜい頑張ってね」

 

 そう言い残してカンパネルラは白い光に包まれて消えた。

 

「さて――」

 

 そして残された《鋼の聖女》アリアンロードがリィン達――否、リィンを見据えて騎兵槍を突き付ける。

 

「リィン・シュバルツァー、貴方に決闘を申し込みにきました」

 

「……え?」

 

「あらあら、まさか貴女まで取り込まれていたなんてね。《鋼の聖女》アリアンロード」

 

 突然告げられた宣戦布告にリィンが驚いていると、ヴィータが現れて言葉を返す。

 

「それはこちらの台詞です《蒼の深淵》」

 

「それで……いきなり現れてどういう了見かしら? 少しくらいちゃんと説明してもらえるんでしょうね?」

 

「《黄昏》が始まった……そして私は《影》でありますがこの場にいる。それで理解してもらえるかと?」

 

「……なるほどね」

 

 短い説明でヴィータは納得して頷く。

 

「でも困ったわね。一応、リィン君達に味方をすると約束をしてしまったんだけど」

 

「魔女殿……もしも貴女が私に協力してくれるというのなら、《黄昏》について私が知り得る限りのことをお教えします」

 

「それは魅力的な提案ね」

 

「クロチルダさん!?」

 

 早速裏切ろうとしているヴィータにリィンは思わず、声を上げる。

 

「申し訳ありませんが話は後ほど、今は時間がありません」

 

 次の瞬間、アリアンロードは一瞬でエステル達の前に踏み込んでいた。

 

「なっ!?」

 

「くっ!」

 

 一瞬で何度も突き出された槍の衝撃波がエステル達を吹き飛ばす。

 それに耐えたのは四人の中でリィンだけだったが、アリアンロードは態勢を立て直す暇を与えずにリィンに二撃目を繰り出す。

 が、その一撃をレーヴェが受け止めた。

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

「レオンハルトですか……生きていたことは嬉しく思いますが、今は貴方の相手をしている余裕はありません」

 

 騎兵槍を剣から外し、アリアンロードはレーヴェを蹴り飛ばす。

 その隙を狙ってリィンが斬りかかるが、アリアンロードの強力な一撃のカウンターを受けて吹き飛ばされる。

 

「なっ!?」

 

 太刀で受けてダメージは深刻ではない。 

 しかし、石の回廊から投げ出されてリィンは顔を引きつらせる。

 手を伸ばすが、どうやっても戻れないくらいに飛ばされたリィンは成す術なく落ちる。

 そしてリィンを追い駆け、空中に身を投げたアリアンロードはさらにリィンを下へと叩き落とす。

 そして――

 

「出でよ――アルグレオン」

 

「なっ!?」

 

 《銀の騎神》が呼び出された。

 《黒》と《灰》とは違った清廉さと美しさを感じさせる機械の人形。

 だが、それに見惚れている余裕などなかった。

 落ちてくる《銀》は槍を構え――

 

「来い――ヴァリマールッ!」

 

 呼び出すと同時に《灰》に乗り込んだリィンは突き出された槍の一撃を太刀で受け止めた。

 

 

 

 

「くっ……」

 

 背中から地面に叩きつけられたリィンは息を詰まらせるが、すぐにその場から転がって槍と共に降ってきた《銀》の攻撃を躱す。

 最初の一撃で《庭園》を突き破り、第一星層を貫通して今いるのは第二星層の異界化した王都グランセル。

 騎神の巨体に建物が潰されるがそれを気にする余裕などなく、そもそも地面を突いた槍の衝撃波がいとも簡単に家屋を吹き飛ばす。

 

「問答無用か……」

 

 ヴァリマールを立ち上がらせてリィンは太刀を構えさせる。

 槍と太刀が切り結び、二つの騎神が立ち回ることで異界化王都は見る間に廃墟と化していく。

 

「やはり今の貴方では力不足ですね」

 

「何……?」

 

 激しい攻撃が止んだかと思うと、アリアンロードが話しかけてくる。

 

「貴方はまだ本物の騎神にさえ乗っていない……ですが私は250年前からこのアルグレオンに乗っています。その意味が分かりますね?」

 

「250年?」

 

 予想もしなかった経験の差を出されるが、すぐに東方人街の魔人の《銀》の例を思い出して疑問を呑み込む。

 そして、アリアンロードの言いたいことも何となく理解する。

 騎神は特別な操作をしなくてもリィンが動きたいように動いてくれる。

 だが、別の体を動かす感覚には慣れないし、生身よりも反応は鈍く感じる。

 自分と《灰》がまだ馴染んでいない証拠であり、彼女の言葉を信じるのならこの重さをアリアンロードは感じていないのだろう。

 しかし――

 

「だけど、貴女も全力を出し切れていないようですね」

 

「…………」

 

「浮遊都市で戦った時の貴女はもっと強くて鋭かった……

 おそらくその騎神も《影の国》では完全な再現ができていない。そのせいで貴女の力を十全に引き出せていないのではないですか?」

 

 リィンの言葉にアリアンロードは少しの沈黙の末、頷いた。

 

「ええ、その通りです……ですが、成り立ての起動者に遅れを取るとは思わないでもらいたいですね」

 

 《銀》は深く腰を落とし、槍を構える。

 叩きつけられる覇気にリィンは気を引き締め、太刀を鞘はないが腰に添えて抜刀術の構えを取る。

 

「――聖技《グランドクロス》」

 

 繰り出される至高の一撃。

 リィンはそれを受け流すように太刀を走らせ――あまりに圧縮された闘気に刃は弾かれた。

 槍は太刀を意に介さずに突き出され、リィンはとっさに《灰》の体を捩らせるが、穂先は肩を抉り、その衝撃が第二星層に一筋の亀裂を走らせ、崩壊させた。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 第三星層の金の回廊をリィンは《灰》を走らせる。

 

「くそ……左腕が動かないか」

 

 アリアンロードの一撃を受け、騎神の左腕は辛うじて繋がっているが動きそうもない。

 それに合わせて、リィンの左腕の感覚もなくなっている。

 

「っ……」

 

 視界に《銀》の影が見えた瞬間、リィンは咄嗟に《灰》を動かす。

 対面する銀の回廊から弾丸のような速度で跳んで来た《銀》の一撃が金の回廊を穿つ。

 

「ロードフレア」

 

 こちらに向き直るわずかな隙にリィンは《灰》を介してアーツを放つ。

 《銀》を取り囲むように三つの火柱が巻き上がり――槍の一閃がかき消した。

 それは折り込み済みなリィンは《灰》を踏み込ませて、太刀を振る。

 

「業炎――」

 

「遅い」

 

 しかし、《銀》は難なく太刀を握る腕を掴んで止める。

 騎兵槍では間合いが足りないと判断してアリアンロードは回廊に槍を突き立てると、空いた手を《灰》の胸に当てる。

 

「ゲイルレイド」

 

 圧縮された風の刃が接触距離から叩き込まれる。

 

「がっ!」

 

 リィンが悲鳴を上げている間に、《銀》は《灰》の腕を放し、槍を持ち直す。

 

「これで――終わりです」

 

 槍を逆手に持ち、膝を着いて後頭部をさらす《灰》に振り下ろす。

 

「くっ……!」

 

 咄嗟に身を捩り、首を抉る痛みに耐えながら苦し紛れに太刀を振る。

 

「むっ……」

 

 剣筋が乱れた刃は《銀》の右腕を捉える。

 あっさりと弾かれると思いきや、想念を断つ概念を持った太刀は抵抗を許さないと言わんばかりに触れただけで《銀》の腕を斬り飛ばした。

 

「…………なるほど……武器だけは一級品のようですね」

 

 その結果にアリアンロードはわずかに驚く。

 武器で受け止めることはできるが、生身やそれに準じる騎神の機体には特効とも言える太刀。

 リィンの操縦はまだまだ粗が目立つが、それでもアリアンロードは警戒を強めながら左腕で落とした槍を拾う――その前にリィンは回廊に太刀を突き立てた。

 

「砕けろっ!」

 

 その言葉が示すように第三星層が砕け、二つの騎神が重力に囚われ、落下を始める。

 

「二の型《疾風》」

 

 一度取った距離を一瞬で駆け抜け、傾く《銀》に《灰》が斬りかかる。

 

「それはもう見ました」

 

 アリアンロードは《銀》を冷静に操作して、太刀を掠めもさせずに躱して、拳を叩き込んだ。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 第四星層、ル・ロックル訓練場を中心とした森林に《灰》は大の字になって倒れていた。

 その様子は酷いの一言に尽きた。

 顔は首から半分抉れ、左肩も同じ。操縦席には赤いアラートが何度も明滅している。

 

「動けるか……ヴァリマール?」

 

 呼びかけに応えるように《灰》はゆっくりと身を起こす。

 

「やっぱり……あの時の戦いは運が良かったんだな……」

 

 内心で意志に応えようとしてくれる《灰》に礼を言いながら、リィンは自嘲する。

 悠然とした足取りで近付いてくる《銀》の損傷は右腕の先だけ。

 その傷も偶然の産物でしかなく、二度と不用意に刃を受けることはないだろう。

 

「たぶん……《影の皇子》は俺よりも強い……」

 

 同じ体に、ワイスマンの意識と知識、そして向こうには《鬼の力》まであり、ケビンの《聖痕》のコピーもある。それに彼は多数の悪魔を取り込んでいる。

 対する自分の中にあるのは、《劫炎》からもらった魔人の焔の種火だけ。

 どちらが強いかは比べるまでもない。

 

「何か言い残すことはありますか?」

 

 身を起こしても、膝を着いたままの《灰》に《銀》は静かに問いかける。

 リィンは息を吐き出して――叫んだ。

 

「カグツチッ!」

 

 己の中にある種火を使い切る勢いで解放し、一瞬で《灰》は紅い焔に包み込まれる。

 

「これはあの時マクバーンが与えた焔?」

 

 焔が晴れるとそこには《鬼》がいた。

 

「…………第二形態……」

 

 一本角は二つに、ボロボロだった体は急速に修復されていく。

 そして灰色の装甲に浮かび上がる紋様。そして、不釣り合いな紅い片翼。

 

「…………まさか、ここまでとは」

 

 その姿から来る威圧感にアリアンロードは感嘆をもらす。

 契約者になって一年にも満たない。ましてやまともに乗ってすらいないリィンが、彼の焔の力を借りたとはいえこの段階まで至るとは思いもよらなかった。

 

「あなたなら……確かに《黒の影》を倒すことは可能でしょう」

 

 写し身に対して圧倒的に足りないかもしれないが、ワイスマンの思考が動かす《黒》になら目の前の剣士は勝つことはできるだろう。

 しかし、アリアンロードが求めるのは単純な勝ち負けではない。

 

「ですが、私は自身に課した使命のため、ここで退くことはできません」

 

 これは振って湧いたチャンスなのだ。

 ここで《黒》の欠片を手に入れることができれば、それこそ今《灰》が持っている太刀に匹敵する力を作り出せるとアリアンロードは確信に近いものを感じていた。

 

「それはこっちの台詞だ……俺にだって退けない理由はあるっ!」

 

 叩きつけてくる言葉の強さにアリアンロードは笑みを浮かべ、彼には見えないと分かっているが兜を脱ぐ。

 

「それでこそ《灰の起動者》です……全力で諍ってみせなさいっ! リィン・シュバルツァーッ!!」

 

「いくぞっ! 《鋼の聖女》ッ!!」

 

 太刀の一振りが森を焼き払い、槍の突きが山を砕く。

 《影の国》という特殊な場であり、騎神の力は十全ではないとはいえ、もはやその戦いは本物に匹敵する程に熱く盛り上がる。

 焔が《銀》を焼き、槍が《灰》を削る。

 互いを高め合い、互いを滅し合う。これこそが《相克》。

 二つの騎神によって第四星層は破壊しつくされ、落ちながら刃を交え第五星層も突き抜け、第六星層のエルベ周遊道で《灰》と《銀》は向き合う。

 《灰》は両手で太刀を構えて、後ろに引いた突きの構えを取る。

 《銀》は左腕に握った槍を前に突き出し、半ばから断たれた腕を添える。

 そのままの姿勢で動かなくなる二体の騎神。

 そこに蒼い鳥がようやく追いついて枝葉に止まる瞬間、両者が弾かれたように動く。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

「ハアアアアアアアッ!!」

 

 《灰》と《銀》が交差し、槍が《灰》の胸を貫いた。

 

 

 

 

『俺の名前はリィン・シュバルツァー。君の名前を教えてくれるかな?』

 

『…………わたしは……わたしの名前はアルティナ』

 

 夢を見た。

 

『いいですか兄様。ちゃんと帰って来てくださいよ』

 

『貴方が帰って来るのをあの人と一緒に楽しみにしているわね、リィン』

 

 交わした言葉は当たり前の約束。

 未だに守れていない約束。

 きっと妹も両親もまだ自分の帰りを待ってくれているのだろう。

 だから――

 

「……………申し訳ありません」

 

 脇腹を貫かれた痛みに耐えながらアリアンロードは謝罪の言葉を口にする。

 目の前の《灰》の目から光が失われていき、全身を光に変えて薄れ、騎神の腕から太刀が落ちた。

 初めて人を殺したわけではないが、どうしようもなく胸が痛くなる。

 

「できることなら、もっとあなたの成長を――」

 

「ま……だだ……」

 

「え……?」

 

 返ってきた戦意が失っていない、むしろ一層燃え上がっている言葉にアリアンロードは目を見開いた。

 

「まだ……俺は死ねないっ!」

 

「っ!?」

 

 消えかけていた《灰》の目に光が灯る。

 力の流出は続いているのにも関わらず、まるで他の何かから力を得たように刹那だけ力を取り戻す。

 

「破甲拳・零式っ!」

 

「ぐっ!?」

 

 胸を槍に貫かれたまま、寸勁によって太刀に貫かれた脇腹を更に抉られる。

 アリアンロードは距離を取ろうと槍を《灰》から引き抜こうとして、《灰》の手に抑え込まれ、もう一度同じ寸勁の一撃が繰り出される。

 

「っ……」

 

 堪らず《銀》は槍を手放すと、それに支えられていた《灰》は仰け反って倒れていく。

 《灰》を包む光はより大きくなり、その輪郭を失い――《銀》の目の前にリィン・シュバルツァーが炎の翼を纏った太刀を振り被り、現れた。

 

「鳳凰烈波っ!」

 

「がっ!?」

 

 消えかけた《灰》の頭を蹴って斬りかかった炎の一撃が《銀》の頭を打つ。

 フィードバックされた衝撃にアリアンロードは意識が飛びかける。

 当然《銀》は怯み、たたらを踏む。

 そこにリィン達が殺到する。

 

「疾風烈破っ!」

 

 全方位から最大加速で駆けた分け身達が関節などの継ぎ目を狙って刃を突き入れ、《銀》の動きを鈍らせる。

 

「龍王剣っ!」

 

 頭に組み付いたリィンは龍の気を纏った焔の一撃を真っ直ぐに突き出す。

 

「くっ――」

 

 咄嗟に首を動かすが、《銀》の片目が潰され、フィードバックされたアリアンロードの目から血が噴き出す。

 

「ドライケルスッ! 貴方はまたそんな無茶をっ! ――え……?」

 

 思わず叫んで出た名前にアリアンロードは戸惑い、そして理屈ではなく心が気付いた。

 

「あ……ああ……まさか……」

 

 そんなアリアンロードの動揺など知らんと言わんばかりにリィンは止まらない。

 突き刺さった太刀を引き抜き、《銀》から飛び降りて――

 

「黒葉斬りっ!」

 

 鋭い一太刀が《銀》の胸に大きな傷を刻む。

 そして着地するや否や、いつの間にか納刀していた太刀を抜き放ち、足に無数の斬撃を浴びせる。

 

「桜花残月っ!」

 

 足の装甲が砕け、《銀》が傾く。

 

「光破十文字斬りっ!」

 

 リィンは大きく跳躍して光を纏った太刀を二閃して剣閃を飛ばす。

 十字の一撃を受けた《銀》は吹き飛ばされる。

 操縦席で激しく揺さぶられながら、アリアンロードは反撃をすることを忘れてリィンに向かって手を伸ばす。

 

「生きて……生きていて……くれたんですね……」

 

 リィンという名前は別に珍しくもない。

 だから、その可能性を考えていなかった。

 しかし、今改めて向き合う彼には確かな面影があった。顔立ちだけではない。その魂の在り方まであの頃の愛しき人に瓜二つ。

 

「暁っ!」

 

 吹き飛ばされた《銀》に追い縋り、リィンは一瞬七斬の一撃を叩き込む。

 そして――

 

「鏡火水月ノ太刀、無仭剣――滅っ!」

 

 太刀を縦に納刀するのを合図にして、これまで斬撃と共に叩き込んだ《焔》を点火する。

 次の瞬間、《銀》は内側から爆ぜた。

 

 

 

 

「え……?」

 

 その光景を《庭園》からグリアノスの目を使って見ていたヴィータは呆然としながら、目を擦った。

 

「…………え?」

 

 もう一度見直した映像の結果は変わらず、リィンの技の余波で崩壊した第六星層は崩れていく。

 

「何……これ……?」

 

 ヴィータが漏らした言葉は、同じものを見ていた者たちが共通して抱いた感想だった。

 

 

 

 

 気が付けば、リィンは《煉獄》に似た《深淵》と呼ばれる場所にいた。

 膝を着いていたリィンは立ち上がり、周囲の様子を確認する。

 目の前には胸に大きな穴を空け、身体を半透明にしたヴァリマールが膝を着いている。

 

「すまなかった」

 

 酷い有様なヴァリマールに、流石に申し訳なくなる。

 謝罪の言葉を掛けてからリィンは振り返る。

 そこにはアリアンロードと《銀》がいた。

 《銀》は内側から爆発した傷を受けて膝を着いて、その身体を半透明にさせていた。

 その前に槍を持って佇むアリアンロードも酷い有様だった。

 左目から流れる血。

 手足の至る所に刻まれ、胸の鎧にも一文字の刀傷が刻まれている。

 もっとも、リィンも同じ様なものだったが。

 そして、二人の間の頭上には《灰》と《銀》から溢れ出る光が混ざり合って漂っている。

 

「これが《相克》か……」

 

 何となく、リィンは理解する。

 本来なら《銀》が《灰》を貫いたことで決着が着いたはずだった。

 しかし、力の譲渡が完了する前にリィンが《銀》を破壊したことで行き場を失った《力》がああして宙に取り残されてしまったのだろう。

 

「決着を着けましょう……リィン・シュバルツァー」

 

 アリアンロードは静かに槍を構える。

 

「今、《相克》は均衡を保っています。少しでもどちらかに傾けば、力は流れ《相克》は完了するでしょう」

 

「そう……みたいですね」

 

 リィンも同じものを感じてアリアンロードの言葉に頷き、太刀を抜く。

 互いに立っているのもやっとな状態。

 アリアンロードは穂先を引き摺り、リィンも太刀の切先を引きずる様にして前へと踏み出す。

 騎神の同士。

 そして浮遊都市であれだけ激しくぶつかり合ったというのに酷い有様だった。

 足も引きずる二人は歩くよりも遅く、何度も躓きそうになる。

 それでも前へと突き進み、励起している力の下で二人は対峙する。

 

「…………」

 

「…………」

 

 交わす言葉はなく、リィンは太刀を構え、アリアンロードは槍を構える。

 そして示し合わせたように二人は前へとさらに一歩踏み出し――リィンの太刀がアリアンロードを貫いた。

 

「っ……どうして……?」

 

 槍を動かさなかったアリアンロードにリィンは表情を曇らせる。

 

「また貴女は情けをかけたのかっ!」

 

「……とんでもない」

 

 リィンの叫びをアリアンロードは首を横に振って否定する。

 

「もう時間が尽きました……

 あの扉に存在を縛られていた私がこうして外に出てしまえば、強制的に現実世界へ弾かれるように設定されていたんです……

 その前に貴方の存在を取り込むことができれば、私はこの《影の国》で自由を得ることができました……

 ですが、ここまで損傷を受けてしまっては、貴方を倒したところで私をこの世界に固定させることはできないでしょう」

 

 そう言っている間にもアリアンロードは守護者達と同じ様に光に包まれる。

 

「迷惑を掛けましたね……ですがせめて……」

 

 アリアンロードはリィンに体を預けたまま、手をヴァリマールに向かってかざす。

 彼女の背後のアルグレオンは完全に光となり、頭上のエネルギーに飲み込まれ、ヴァリマールへと吸収される。

 

「あ……」

 

 胸に空いた風穴は塞がり、同時に第二形態に至った姿は殻が落ちるように紅い羽根と共に崩れ落ちて、元の姿へと《銀》を交えながら修復されていく。

 

「リィン・シュバルツァー」

 

「……え……?」

 

 耳元で囁くような声にリィンは振り返ったところでアリアンロードは胸を貫かれたまま、腕を回してリィンを抱き締めた。

 

「生きていてくれて……本当にありがとう……」

 

 慈しみが篭った、まるで母のような抱擁にリィンは言葉を失う。

 

「ドライケルス……あなたの子供はこんなにも強く育ちましたよ」

 

 そしてアリアンロードは満ち足りた笑みを浮かべて《影の国》から消滅した。

 

「は……? ドライケルスって……え……?」

 

 しかし、残されたリィンは困惑の表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 




 もしかしたらラスボス戦よりも激しい戦闘だったかもしれません。



いつかのトールズ士官学院IF

ガイウス
「これは……」

ユーシス
「帝国に伝わる巨大な騎士の伝承……」

ラウラ
「その正体というわけか……」

エマ
「巨いなる力を体現する《器》の一つ、《灰の騎神》ヴァリマール」

ミリアム
「スクラップだと思ったけど動いたんだ?」

マキアス
「いや……まあ伝承によれば古いものなのだから仕方がないのでは?」

フィー
「ん……機甲兵の方が強そう」

エリオット
「えっと……そもそも必要なのかな?」

スカーレット
「話が違うじゃないっ! 何で生身で機甲兵を一方的に破壊できるのよっ!?」


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