(完結)閃の軌跡0   作:アルカンシェル

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96話 休息

「寝てなさい」

 

「え……でも……」

 

 《深淵》から戻って来たリィンを最初に出迎えたのはヴィータ・クロチルダの怖い笑顔だった。

 

「あ……あの……ちゃんと勝ってきましたよ……」

 

「ええ、グリアノスを通して見ていたわ。それで、いいから寝てなさい」

 

「えっと……影のアルグレオンを吸収したおかげなのか体の調子はむしろ良いですから――」

 

「寝 て な さ い」

 

「…………はい」

 

 有無を言わせないヴィータ――とその背後のクローゼやアネラス達の笑顔にリィンはそれ以外に応えられなかった。

 

 

 

 

 

「えっと……本当に身体はもう大丈夫なんだけど」

 

「そうですか」

 

 リィンの言葉にオライオンは一つ頷くが、じとーとした半眼でリィンを睨む。

 身体を起こそうとすると、オライオンはそれに合わせて立ち上がり、手の中の警報器のスイッチに手を掛ける。

 

「……オライオン……その手のスイッチをこっちに渡してくれないか?」

 

「申し訳ありませんが、その要望に応えることはできません……

 私は現在、第二使徒からの命令で貴方の監視任務を請け負っています。この装置はそれを滞りなく行うものですので」

 

「いや……だからってな……」

 

 アルティナと同じ顔で不審者を警戒するような目で見られるのは流石に堪える。

 リィンがそんな風に困った顔をしていると、オライオンは顔を俯かせた。

 

「彼女も……こんな風にしていたんですか?」

 

「オライオン?」

 

 無表情の中に不安に揺れた顔をするオライオンにリィンは首を傾げる。

 

「王都で《剣帝》と剣を交えた後も貴方はこうして無理矢理横にさせられて、彼女は横でそれを監視していました」

 

「…………どうして君がそれを?」

 

 言われて確かにそんなことがあったと思い出す。

 あれはリシャール大佐のクーデター事件が終わった直後の事。レーヴェと橋の上で戦い、一矢報いた後でリィンは倒れてそのまま王宮で手当てを受けた。

 そして一週間の絶対安静を言い渡された。

 

「もしかして、あの時から俺達は監視されていたのか?」

 

 その質問にオライオンは首を横に振る。

 

「わたしは当時、まだ調整中でした……

 ですが、あの日からわたしは知らないはずの記憶を夢に見るようになりました……

 工房長は本来の仕様では想定していない、一つの戦術殻に二人の人間を接続したことにより、彼女の記憶の一部がわたしに混ざったのだと診断されましたが」

 

「そうか……」

 

 オライオンの言葉にリィンは今まで何故、彼女が自分に付きまとっていたのか納得した。

 そして、時折感じる仕草にアルティナを感じることにも合点がいった。

 

「オライオン……君は……」

 

「何ですか?」

 

 彼女のように首を傾げるオライオンにリィンは少しだけ言葉を詰まらせながらも尋ねる。

 

「もしも俺がここで君に《結社》を抜けてユミルに一緒に来ないかって言ったら、どうする?」

 

 その質問にオライオンは虚を突かれたように目を丸くし、すぐに半眼になってリィンを睨む。

 

「不埒な質問ですね」

 

「俺は真面目に聞いているんだ」

 

 その目に怯まず、リィンは聞き返す。

 

「その質問の意図はよく分かりませんが、あり得ません」

 

 オライオンはリィンの問いに躊躇することなく言い切った。

 

「わたしは戦術殻と同期するために生み出された《人造人間》です……

 そちらの軍門に下ると言うことは、その役割を放棄することになるのであり得ません」

 

「でも、新しい戦術殻と接続したら今の君は消えてしまうんだろ、それでいいのか?」

 

「いいも何も、それが仕様ですので」

 

 特に何も感じていないと言わんばかりの無頓着な言葉を返され、リィンはやはりという気持ちが強くなる。

 

「俺は……俺も含めたここにいるみんなは君に消えて欲しくないと思っているんだけどな」

 

「それは…………それでもわたしには新しい《クラウ=ソラス》が必要です」

 

 瞳を揺らしながらも、頑なにそれを譲ろうとしないオライオンにリィンはため息を漏らす。

 

「やはり《復讐》をしたいのですか?」

 

「そうじゃない」

 

 リィンは首を横に振って、何と言葉を掛けて良いか考える。

 オライオンにはアルティナの記憶が混じっている。

 初期化されることでそれが失われることが忍びないとも思うが、それよりも一時とはいえ言葉を交わした目の前の女の子が事実上の死を受け入れていることに納得がいかないものを感じてしまう。

 なのでリィンは慎重に言葉を選んで告げた。

 

「率直に言うなら…………俺は、君が欲しい」

 

「…………リィン・シュバルツァー、やはり不埒な人だったようですね」

 

 

 

 

「あらあら、リィン君ったら随分と女たらしだったのね」

 

「クロチルダさん、別に俺は不純な気持ちで言ったわけじゃありませんよ」

 

 誤解される物言いだったことは認めるが、そもそもアルティナにしてもオライオンにしても回りくどい言葉はそれこそ誤解を招くことになりかねない。

 

「それで……本当にオライオンについては何もできないんですか?」

 

「ええ、そうね……」

 

 ヴィータは頷き、リィンの体の診断を終わらせる。

 一先ず身体は問題ないと診断されてリィンはようやく身を起こして、ヴィータの返答を待つ。

 

「本来ならそんなことをしてあげる理由はないんだけど……

 リィン君のおかげで興味深い資料を見ることができたし、何とかしてあげたいけどタイミングが悪いわね……

 仮に私が十三工房に掛け合ったとしても、連絡を付けた時にはすでに、なんてことになっていてもおかしくないんだから」

 

「……そうですね」

 

「それで一つ提案なんだけど、貴方《身喰らう蛇》に入らない?」

 

「クロチルダさん? いきなり何を言っているんですか?」

 

「あら? そんなにおかしなことかしら?

 帝国の《至宝》に関わる騎神の乗り手、それも《鋼の聖女》を降したともなれば引き込むには十分な逸材だと思うのだけど?

 それに《執行者》になればあらゆる自由を認められているわ。それこそ《Oz》の一つくらいなら融通してもらえるんじゃないかしら?」

 

「それは本当ですか?」

 

 ヴィータの提案にリィンは食いつく。

 しかしすぐに横槍が入った。

 

「ヴィータ、それくらいにしておけ」

 

「あら、レオン? どうしたの?」

 

「どうしたの? じゃない。出来もしない約束でシュバルツァーをかどわかすな」

 

「かどわかすだなんて酷い言いようね。でも貴方だってリィン君の実力は認めているんじゃないかしら?」

 

「実力は認めるが、性格的に合わないだろう」

 

「あら、性格なんて大した問題にはならないわよ……それに《執行者》じゃなくてそれこそ《教授》の後釜に推薦してもいいわよ?」

 

「なおのこと無理だろう。《使徒》は《執行者》の様にただ戦えればいいというわけではないのはお前も分かっているはずだ」

 

「リィン君なら私や《鋼の聖女》、それに《博士》とは違う《使徒》になる資質は十分にあると思うけど」

 

「ほう……俺にはそんなものがあるとは思えないがいったいどんな資質があると――」

 

「人望」

 

 ヴィータの答えにレーヴェは沈黙した。

 

「リィン君になら協力を惜しまない《執行者》は多そうね……

 それに私もリィン君が仲介してくれるなら《鋼の聖女》とも有意義に意見交換をすることができると思うし、レオンやレンもリィン君がいるなら《結社》に戻ることも一考してくれると思うんだけど?

 ほら、良いことずくめじゃない」

 

 全く否定できない意見にレーヴェは押し黙る。

 

「それに次の《幻焔計画》に騎神の起動者であるリィン君が関わることは決定事項……

 この子を外側で自由にさせると何をしでかすか分からないんだから、いっそこちらの計画を教えて協力してもらった方が被害は少なくできるわよ」

 

「それは……」

 

「それにレオン……貴方にはまだ言ってなかったけど《幻焔計画》はハーメルの悲劇の真実に関わる計画なのよ……

 それでも貴方は《結社》に戻らないの?」

 

「何だと? それはどういうことだ?」

 

「フフ……当時の主戦派が企てたハーメルの虐殺……

 でも功を焦ったからといって、成功しても失敗しても真相が知られれば非難は免れない。普通なら理性が止めるだろう暴挙。いくら教授の囁きがあったとはいえおかしいとは思わないかしら」

 

「確かにそうだが……」

 

「今話せるのはここまで……

 貴方達が《結社》に来てくれるなら、詳しい《幻焔計画》の概要については教えて上げるけどどうする?」

 

 思わせぶりなヴィータの提案にレーヴェとリィンは唸る。

 レーヴェにとっては故郷の虐殺に関わるとなれば無関係ではいられない。

 リィンにとっても自国のことであるだけに無視できない上に、オライオンのことを思えば魅力的な提案だった。

 

「《幻焔計画》……それが次に《結社》が行おうとしている計画ですか?」

 

「ええ、規模と完成度は《福音計画》を超えるでしょうね。それでどうするのかしら二人とも?

 もちろん、最低限のことはしっかりしてもらうけど、計画中の貴方達の自由は保障するわ。それに《教授》のようにどんな趣味に走っても構わないわよ」

 

 さらに魔女は条件を加える。しかし――

 

「そこまでにしてもらおうか、魔女殿」

 

「あら、オリヴァルト皇子?」

 

 やり込められたレーヴェに代わって割って入ったのはオリビエだった。

 

「失礼を承知だが、話は聞かせてもらった……

 あまり幼気な少年を惑わすのは遠慮して頂きたいものだね」

 

「あら、レオンにも言った通り、悪くない取引だと思いますけど?

 例えばリィン君が《執行者》になって、《結社》で知り得た情報を貴方たちに流したところで構わないのですから」

 

「なるほど、確かにそれは魅力的な提案だ。だが、ならばこちらから言わせてもらおう……

 例え千載一遇のチャンスだったとしても、リィン君が身を削って得る情報をボクたちは求めていないと」

 

「オリビエさん……」

 

「《結社》の次なる《幻焔計画》、ハーメルの悲劇の真相、それらはボク達が全員で考え背負うべきものであり、リィン君だけが背負うことではない」

 

「そうよ。そりゃあ、あたしたちはあんな騎神同士の戦いに割って入ることはできないけど、だからって全部をリィン君に任せるつもりはないんだからね」

 

 オリビエと一緒に様子を見に来ていたエステルもオリビエに同調する。

 

「そう、それにリィン君は他の何を置いても優先しなければいけないことがある」

 

「そうそう、まずはちゃんと本物の体を取り戻してユミルに――」

 

「そう――エステル君への告白という一大イベントがっ!」

 

「へ……?」

 

「え……?」

 

 拳を握り締めて宣ったオリビエの突然の言葉にエステルとリィンは固まった。

 

「い、い……いきなり何を言っているんですかオリビエさんっ!?」

 

「ははは、それはこちらの台詞だよリィン君……

 君が生きているというのなら何も憚られることなく、思いの丈をエステル君に伝えても問題はないということだ」

 

 よりによって本人の目の前でそれを言うかと、文句を言いたくもあったがすでに知られているのでリィンはこの場は開き直って話題を元に戻す。

 

「とりあえず、その話は後にしてください。今は真面目な話を――」

 

「あら、私は全然構わないわよ。むしろ詳しく教えてもらえないかしら?」

 

「クロチルダさんっ!?」

 

 何故か、食いついてきたヴィータにリィンは驚く。

 

「何でそんな興味津々なんですか? 貴方は秘密組織の幹部なんですよね!?」

 

「フフ……《使徒》といっても一人の人間よ。他人の色恋話はやはり興味をそそられるものよ……それにいいネタになるかもしれないし」

 

「ネタ?」

 

「気にしないでちょうだい」

 

 最後に呟かれた小さな言葉にリィンは嫌な胸騒ぎを感じずにはいられなかった。

 訝しんでいる間にも、ヴィータはオリビエから簡単な説明を受ける。

 

「なるほど……レオンの弟のヨシュアの恋人であるエステル・ブライトに横恋慕しているのね。しかもその恋心を《教授》が勝手に暴露してしまったと……

 これは同じ使徒として、彼の尻拭いをして上げないといけないわね。はぁ……本当にあの男は……」

 

 ため息を吐いて嘆いているが、その口元は楽しそうに歪んでいることにリィンは肩を落とす。

 

「リィン君……」

 

 そこでエステルがリィンの肩を叩いた。

 顔を上げて、目を合わせると彼女が言わんとすることが分かった。

 

 ――逃げるわよ……

 

 リィンは無言で頷いた。

 

「やれやれ……」

 

 目の前で楽しそうに語らう皇子と魔女。そしてその二人から忍び足で距離を取る二人にレーヴェはため息を吐き、自嘲するような笑みを浮かべる。

 こんな風に笑える時が来るとは思っていなかったが、悪くはない気分だった。

 

 

 

 

「えっと……」

 

「あー……」

 

 書架の区画から無事に逃げ出したエステルとリィンは中央の石碑まで来ると明後日の方角にそれぞれ顔を背ける。

 

 ――どうしよう……

 

 リィンはオリビエに言われたことを思い出して頭を抱えた。

 不可抗力とはいえ一度機を逃し、《教授》によって暴露されてしまったことで改めて口にするのはかなりの勇気が必要になる。

 そしてそれはエステルも同じだった。

 彼女の視点からはヨシュア以外に純粋な好意を寄せられたことはないと思っているエステルは《教授》のせいで知ってしまったリィンの気持ちへに何と言葉を返せばいいのか困る。

 《封印石》から解放された時に女性陣で集まってその話題に触れた時から考えてはいるが、どうすればリィンの傷を小さく済ませることができるのか、未だにその答えは出ていなかった。

 そして目まぐるしく変化する状況に追われて、意識の片隅に追いやっていたことをオリビエの一言で改めて意識させられてしまった。

 

「あ、あのエステルさん――」

 

「えっとリィン君――」

 

 意を決して声をかけたタイミングが重なり、思わず二人は言葉を止めてしまう。

 そんな二人を見兼ねて、ヨシュアが声を掛けた。

 

「リィン君」

 

「ヨシュアさん」

 

 彼の登場にリィンは思わずたじろぐ。

 

「もう起きて大丈夫なら、ティータとレンの所に行ってもらって良いかな? 二人とも騎神に興味津々でリィン君の手当てが終わるのを待っているから」

 

 しかし、特に威圧感をぶつけられることはなくヨシュアは穏やかな表情で促した。

 そこにあるのは恋人に悪い虫を近付けたくないという拒絶ではなく、あくまでも二人の間にできてしまった微妙な空気を取り成すための助言のようで、リィンは肩透かしを受けてように感じる。

 

「えっと……」

 

「とりあえず仕切り直した方がいいと思うけど?」

 

「…………はい……そうさせてもらいます」

 

 これが勝者の余裕なのだろうか。

 何にしても、今はまともにエステルと会話ができる自信がないリィンはヨシュアの言葉に従って《騎神》を置いた広場に向けて歩き出した。

 

「はあーー」

 

 リィンと十分な距離が離れて、エステルはその場に大きなため息と共にへたり込んだ。

 そんなエステルにヨシュアは苦笑を浮かべる。

 

「はは、流石のエステルもリィン君の告白には平静でいられないみたいだね」

 

「何よ。こ、恋人に対してその言い方はないんじゃないの?」

 

 余裕の表情のヨシュアにエステルは頬を膨らませて抗議する。

 

「そこはほら、君を信頼しているから……

 それにリィン君には本当にいろいろと借りが多いから」

 

 一時はそれこそ、彼にならエステルを任せて良いとさえ思った。

 それ程にヨシュアはリィンのことを信頼している。

 もっとも今は譲る意志などないのだが、それはそれとしてリィンにはしっかりと新しい一歩を踏み出して貰いたいというのがヨシュアの心情だった。

 

「それにできればエステルにもそこら辺の自覚をちゃんとつけて貰いたいしね」

 

 彼女に聞こえない小声でヨシュアは呟いた。

 リィンに限らず、今後無自覚に彼女が振り撒く魅力の被害者のことを考えればエステルにとっては良い試練なのではないかと思うヨシュアだった。

 

 

 

 

「そ、それじゃあお願いしますリィンさん」

 

 緊張した面持ちで手を差し出してくるティータにリィンは苦笑しながらその手を取る。

 そして《灰の騎神》の前で念じると、リィンはティータ――と次の順番を待つはずだったレンが忍び寄り、三人を含めて光に包まれ、《騎神》の中に取り込まれる。

 

「うわああああっ! すごい! すごいっ!!」

 

 歓声を上げるティータに苦笑すると同時に、一つ多い手の感触にリィンは首を傾げる。

 

「うにゃん」

 

「レンいつの間に? 順番だって言っただろ?」

 

「そうだったかしら……ふーん、これが《騎神》の操縦席なんだ」

 

 歓声を上げながらいろいろと触りまくるティータと違って、レンは落ち着いた様子で《騎神》の中を見回した。

 

「二人とも、あまり動き回らないでくれ」

 

 いくら二人が幼く小柄とはいえ、この空間に三人は流石に狭い。

 しかし、ティータはリィンの言葉はおろか、レンの存在にも気付かずに目の前の操作盤に夢中だった。

 

「あらあら」

 

 そんなティータの様子にレンはクスクスと笑う。

 

「…………なあレン」

 

「あら、何かしら?」

 

「《鋼の聖女》が最後に言っていた言葉……レンはどう思う?」

 

 グリアノスを通して見ていたらしいが、最後に聖女が残した言葉は大きな困惑をリィン達に残していった。

 

「ドライケルス・ライゼ・アルノール……

 250年前に帝国で起こった内乱《獅子戦役》を平定した帝国中興の祖、《獅子心皇帝》の異名で讃えられている、そんな人の子供だったなんて、レンにも分からなかったわ」

 

「レン……それは――」

 

「分かっているわ……でも、冗談や嘘を言うような人じゃないわ」

 

「そう……だよな」

 

 《結社》に属してたレンの言葉にリィンは頷く。

 彼女の人となりを知っているとは言えないが、彼女と交わした剣から感じた人柄から考えてもそんな適当なことをいう人でないことは分かっていた。

 

「でも、それじゃあ俺は本当に250年前の人間だったことになるのか? そんなことが本当に可能なのか?」

 

「少なくても理論上は可能よ……

 《輝く環》の封印に使われていた第一結界である《時間凍結》……それだけでも時を渡らせることは十分に可能でしょうね……

 加えてシュバルツァー家が何らかの手段で未来に送られたリィンを保護することが目的だったとしたら、皇族と特別に深い縁がある男爵家だということにも説得力が出てくるわね」

 

「やっぱりレンもそう思うか……」

 

 普通ならあり得ないと一笑に付するようなことだが、《輝く環》の大いなる力と《灰の騎神》の存在がそんなとんでもない考えに万が一を思わせてしまう。

 

「それにリィンの体質のことを考えると、あながち間違っていないんじゃないかしら?」

 

「俺の体質?」

 

 聞き返したリィンの言葉にレンは小悪魔な笑みを浮かべる。

 

「リィンがドライケルス大帝の血を引いているんだったら、本当に《超帝国人》だったっていうことでしょ?」

 

 レンの言葉にリィンはがっくりと肩を落とす。

 

「違うんだ……あれはその場での勢いのブラフで……こんなことになるとは思っていなかったんだ」

 

 心の底からあの時のことを後悔する。

 そしてその名が巡りに巡って、《魔界皇帝》に進化するなどと誰が想像することができるだろうか。

 

「フフフ……」

 

 そんなリィンの様子をレンはおかしそうに笑うと、目を伏せて雰囲気を変えた。

 

「レン?」

 

「ねえリィン……もしも……もしもリィンが《教授》から身体を取り戻して現実に、ユミルに帰った時……

 リィンのパパとママがリィンのことは忘れてしまおう、なんて話していたらどうするの?」

 

「……それはショックだな。でも、それだけの迷惑を掛けてしまったから仕方がないかもしれないな」

 

 あり得ないと思い、自嘲しながらリィンはこれまでのことを振り返る。

 浮浪児を引き取ったことで受けた誹謗中傷。

 得体の知れない《鬼の力》。

 何も相談せずに家出して、リベールに行き、生存を伝えることもできずにいたこと。

 勘当されても文句は言えない程に迷惑しかかけていなかった。

 

「そうなったら……そうだな。しばらく傷心旅行にクロスベルに行ってみるのも良いかもしれないな」

 

「あ……」

 

「でも、それならレンも一度一緒にユミルに来ないか?

 クロチルダさんはこの事件が解決したら解放してくれるって約束してくれたから、ようやく帰ることができるから……レンが一緒だと心強いな」

 

「…………考えておくわ」

 

 リィンの申し出にレンはそっぽを向いて、短く答えた。

 そんな彼女にリィンは苦笑して、頭を撫でるがその手を払いのけることはされなかった。

 

「あのあのリィンさん、実際に動かしてもらって良いですか!? あれ……レンちゃんいつからいたの?」

 

 そしてそれを見計らったように興奮したティータが振り返り、レンがいることに首を傾げた。

 

 

 

 

 一通りティータとレンが満足するまで付き合い、二人はオーバルギアの修理と改造を始めたので別れる。

 そして《大樹》の広場に来ると食欲をそそられるいい匂いが漂ってきた。

 

「お……リィン君」

 

「ケビンさん……それに――」

 

 そこには大量の食事を作っているケビンと、その完成を待っているリース。そしてルフィナがいた。

 

「そういえばちゃんとした挨拶をしていませんでしたね。俺はリィン・シュバルツァーといいます……

 この度は俺の身体がとんでもないことをしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

「気にしないでリィン君。元はと言えば、私が貴方を《影の国》に取り込んだことが発端なのだから、自業自得よ……

 それに今はこうしてケビンとリースの二人と落ち着いて話をできているわけだから、不謹慎だけど《力》を奪われて良かったとも思っているわ」

 

「傷は大丈夫なんですか?」

 

「ええ、私もリィン君と同じ想念体だったのが幸いして治療することができたわ……

 でも、《影の王》としての力は残っていないわ」

 

 ルフィナの返答にリィンは胸を撫で下ろす。

 

「改めて名乗らせてもらうわ。元・星杯騎士団のルフィナ・アルジェントよ……

 とは言っても、ケビンやリースの記憶から生み出された偽物だけど、この度は私も含めて、うちの子たちがリィン君にとんだご迷惑かけてしまってごめんなさい」

 

「そんな迷惑なんて、お互い様のようなものですし」

 

「いえ、どう考えても私たちの方が非が多いわ」

 

「いや、頭を下げるならオレやろ……っていうかそこら辺はもう《煉獄》でやっとるんやけどなぁ」

 

「ケビンは開き直り過ぎ、ちゃんと反省しているの?」

 

 軽い調子のケビンをリースが咎めるように睨む。

 

「それはもう海よりも深く、というか現実に戻ったら教会の連中を黙らせなあかんのやから今くらい楽にさせてくれって」

 

「もう……」

 

 すっかり険が取れてしまったケビンはその反動のせいなのか、気が緩み切っているようにも見えた。

 と、そこでケビンは思い出したようにルフィナに尋ねる。

 

「そういえば姉さん……《守護騎士》の渾名って後から変えられるんかな?」

 

「ケビン?」

 

「さあ、どうだったかしら? でもどうして?」

 

「《外法狩り》以外にもやりたいことができたからなあ……

 リィン君や他のみんなに赦されて、本当に自分がただ楽になりたかっただけの甘ったれのガキだったと思い知らされたわ……

 でも、そのおかげで姉さんが立っていた場所が見えた気もする。そこへ辿り着くためにも、リィン君達の赦しに応えるためにも《外法狩り》のままでいるわけにはいかんと思ってな」

 

「フフ……やっと振り切れたみたいね……

 でもそんな過大評価をされても困るわね。私のいた場所なんて小さなことを言わないで、私が夢見て、辿り着けなかったそんな場所を目指して欲しいわ……

 頼りになる仲間もたくさんいるみたいだし」

 

 ルフィナはリィンに向き直ると改めて頭を下げた。

 

「リィン君、本当にありがとう……お礼というわけではないけど、リィン君が身体を取り戻せるように私も全力を尽くさせてもらうわ」

 

 

 

 

 それぞれが最終決戦に向けて思い思いに時間を過ごす。

 アガットやジン、ミュラーやユリアなどは何かに駆り立てられるようにレーヴェとの手合わせを望み。

 ジョゼットはいつの間にかいたギルバートを働かせ、シェラザードはオリビエと酒盛りをしている。

 リシャールやクローゼ、ヴィータは書架で出来る限りの知識を詰め込んでいた。

 そして――

 

「アネラスさん?」

 

「あ……弟君」

 

 人気のなくなったヴァリマールの前で一人たたずむアネラスはリィンに振り返る。

 

「どうかしたんですか? さっきまで向こうでみんなと手合わせしていましたよね?」

 

「うん……レーヴェさんと手合わせしてもらったけど……弟君はすごいね、あんな人に勝ったなんて」

 

「二回ともマグレですよ。怪我が治って何度か手合わせしましたけど、その時は全敗していましたから」

 

「それでもだよ……騎神同士の戦いもすごかったし、すっかり追い抜かれちゃったな。姉弟子としては少し悔しいかな」

 

「それだって勢い任せですから、また同じ技が使えるかは自信がないんですけどね」

 

「それでも、だよ…………ごめんね。結局、私は弟君のピンチにまた何もできなくて」

 

「そんなこと気にしなくていいですよ。逆の立場だったとしても、俺だって何かができるわけではないですから」

 

 《騎神》の規模の戦いに生身で介入するなどそれこそ自殺行為に他ならない。

 

「うん……それは分かっているんだけどさ……

 きっと最後の戦いでも私たちはリィン君のサポートができないんだと思って」

 

 アネラスはおもむろに置かれた《騎神の太刀》に触れる。

 

「弟君……この太刀にはアルティナちゃんの魂が宿っているんだよね?」

 

「はい……おそらく」

 

 以前に現実で使っていたアルティナが残した太刀をそのまま《騎神》が持てるサイズに拡大された一刀。

 原理はよく分からないが、この《影の世界》で何よりも強力な武器をくれた彼女の遺志を思うと涙が込み上げてくる。

 

「最後の戦い、みんなの代わりに弟君を守って上げてねアルティナちゃん」

 

 そんなアネラスの言葉に、誰かが答えることはなかった。

 

 

 

 

 





いつかのアーベントタイムIF
ミスティ
「――ハイ。リスナーのみなさん、こんばんは、ミスティです。今日は豪華なゲストをお招きしているわ」

オリビエ
「リスナーの諸君初めまして。オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。このような催しに参加させていただき嬉しく思う……
 まあ、今宵は帝国の皇子としてではなく一人のゲストとして参加させてもらっているので気を楽にして聞いてくれたまえ」」

リィン
「な……な……な……何をやっているんだあの人達は!?」

ミスティ
「それじゃあ、お便りのコーナーです。まず最初は恋の相談ですね……
『私は恋人がいる人を好きになってしまいました。その二人はお似合いのカップルで私が入り込む余地はありません……
 だけど、この気持ちを胸に秘めておくのが苦しくて困っています。私はどうすればいいのでしょうか?』
 うーん、なかなか難しい相談ですね」

オリビエ
「そうだね。こればかりは理屈ではないからね。しかし、相手がいる人への横恋慕か……懐かしいね」

ミスティ
「あら、オリヴァルト皇子にもそういった御経験が?」

オリビエ
「いや、ボクではなく友人のRという子が太陽みたいな女の子に恋をしてしまってね……
 しかし、その子はその子で義理の弟に想いを向けていて、彼がその気持ちを自覚して告白する前に二人は見事に思いを通じ合わせてしまったのだよ」

ミスティ
「あらあら、義理の姉弟のラブロマンスも気になるけど、それでそのRという子はどうしたんですか?」

オリビエ
「フフ……それはね――」

リィン
「くそっ! いつの間に結界を! 部屋から出られないっ!」




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