「うおおおおおおおっ!」
「死ねええええええっ! 《白い悪魔》っ!」
「今日こそ貴様の最後だっ!」
幻焔城に辿り着くと、異様なほどにテンションが高まった紫の鎧を着込んだ猟兵――《北の猟兵》の小隊が襲い掛かって来た。
彼らは《リベールの異変》においてリィン達に返り討ちに合い、その名を地に落とした――ことはなかった。
あの場にはリィンの他に《赤い星座》の二人と《東方人街の魔人》もいたが、その功績はほとんどリィンのものとなっていた。
しかもあの戦闘で心が折られ、解散した猟兵団も少なからず存在しており、事実上リィンが数多の猟兵団を一人で潰したことになっていた。
なので《異変》の際の猟兵の百人斬りはリィンの存在は猟兵界に轟き、同時に《西風の旅団》と《赤い星座》を降した事実もあり、リィンが死んだということも相まって様々な憶測が飛び交っていた。
故にリィン・シュバルツァーと対峙した事があるということはある種のステータスとして猟兵の中では昇華されていた。
よって惨敗した《北の猟兵》も特に評判を落とすこともなく、むしろリィンの存在を誇張するように情報操作し、そんな彼に二度も生き残ったことを売りに猟兵家業に精を出していた。
しかし、いくら前向きになっていても、いや前向きだからこそリィンを倒すことに価値を見出しているのだが、それにしてはモチベーションは異常だった。
「ふう……まさか猟兵を取り込んでいるとはな……それにしては何だか様子がおかしかったが」
小隊を蹴散らしたリシャールは残心を解く。
「ククク、俺達は《北の猟兵》の中でもただの先駆けに過ぎん……お前達の戦い方は斥候によって余さず今頃本隊へと報告されているだろう……そして俺達の役目も終わっていないっ!」
叩きのめした猟兵達は最後の力を振り絞る様に起き上がり、戦術オーブメントを握り締めて突撃して来る。
「うおおおおおおっ! バレスタイン大佐に栄光あれっ!」
次の瞬間戦術オーブメントが暴走し爆発する。
が、ケビンとルフィナが張った防御結界により、誰かがそれに巻き込まれることはなかった。
「自爆……そんなどうして……?」
「おそらく《影の国》だからこその戦法じゃないかしら? ここでの死は現実に影響を受けないと割り切ってしまえば中々に有効な手段じゃないかしら?」
「あ……そうか……」
愕然とするリィンやエステル達にヴィータが冷静な分析をし、その説明に少しだけリィン達は安堵した。
「それにもしかすれば彼らは亡者だったのかもしれない」
「亡者? それはどういうことですかリシャール大佐?」
「彼らが最後に叫んでいたバレスタイン大佐というのは四年ほど前に亡くなった元ノーザンブリア公国軍の大佐、そして《北の猟兵》のリーダー格の一人だった男のことだろう」
「ああ、彼らが《北の猟兵》だというのなら間違いないな。俺もその亡骸を弔うのに立ち会ったことがある」
リシャールの言葉を肯定するようにミュラーが頷く。
ルフィナの例がある以上、《影の国》の中で死者が蘇ることに今更驚きはしないが、何故そんな人物が現れたのか別の疑問が浮かぶ。
「確か《教授》はノーザンブリア出身だったわ。だとしたら生前の彼に会っていてもおかしくはないわね」
「そして記憶から想念として蘇らせたというわけか。この場合はさっきの奴等も死者だった可能性もあるということか……」
「何でもいい、とにかく自爆してくるのが分かっているなら、その手の魔獣と同じだと思えば良いんだ……
それに殺しても構わねえって言うんだったら俺達も遠慮なく全力で叩き潰してやればいいってことだろ?」
「ちょっとアガット、確かにそうかもしれないけど――」
「みんな伏せてっ!」
乱暴なことを言うアガットを咎めようとエステルが口を挟んだその瞬間、リィンはかすかに察知した気配に声を上げて太刀を抜いて前に出る。
次の瞬間、通路の奥から撃たれた弾丸が射線上に置かれた太刀に弾かれた。そして遅れて銃声が広い廊下に鳴り響いた。
「ちっ……まだいやがったか」
通路の最奥にライフルを構えた赤い鎧の男は狙撃が失敗したことを確認するよりも早く、奥へと撤退する。
それを追い駆けようとしたアガットをリィンは制止する。
「待ってくださいアガットさんっ! 今のは《北の猟兵》じゃない!」
「何だと……?」
「今のは《赤い星座》の《閃撃》のガレスでした」
「《赤い星座》だと!? 確かランドルフ達の猟兵団か」
誘い込まれることを考えてアガットは追撃をやめる。
「《北の猟兵》に《赤い星座》か……有名な二つの猟兵団を使ってくるとはな」
猟兵の中でも名の知れた二つの団が出てきたことにリシャールはため息を吐き、念のために尋ねる。
「……まさかとは思うが《西風の旅団》と縁があるということはないだろうね?」
「《西風の旅団》ですか? そもそも俺はそんな名前の猟兵団とあった心当たりは――」
「何言っているの弟君? 前に《怪盗紳士》が雇った猟兵が《西風の旅団》で、弟君の試練の時にサラさんと一緒にいた三人がその《西風の旅団》だよ」
「え、そうだったんですか? いや……そういえば確かにそんな名前でしたね」
あの時は《鬼の力》を暴走させて戦っただけに印象が薄い。
意味深な視線がリィンに集まる。
「いや……シグムントさんの方には《貸し》があることになっていますけど、《西風の旅団》については戦っただけでそれ以上の繋がりはないですよ」
居たたまれなく身体を小さくしながらリィンは弁明するが、城の中へと進むことでその答えはすぐに出ることになった。
「とにかく進もうか? ここで止まっていても仕方ないやろ?」
考え込む一同をケビンが促すが、ヨシュアはそれに応えずに周囲を見回した。
「ヨシュア君?」
「皆さんは先に行ってください」
「え……?」
「出てきたらどうですか? そこにいるのは分かっていますよ」
「フフ……流石ですね。ヨシュア様」
ヨシュアの声に応えるように、高い天井のから誰かが舞い降りた。
「気配を断つことと、察することは同じ……わたくしもその方面では自信がありましたけど、ヨシュア様の方が一枚上手のようですわね」
メイド服に身を包んだ女性はダガーを片手に朗らからな笑みを浮かべる。
「あ……えっと、確か……」
一度会っているのだが、すぐに名前が出ずにエステルはどもる。
「シャロンさんでしたよね?」
「お久しぶりですリィン様、まさかこんな形で再会するとは思っていませんでしたわ」
柔らかな笑みを浮かべる彼女はその姿と不釣り合いな禍々しい造形のダガーを構える。
「ねえ、ヨシュア……もしかして」
「うん……彼女は執行者No.Ⅸ――《死線》のクルーガー」
「そちらの方は休業中です。今の私はラインフォルト家の使用人……だったのですが、《教授》によって無理矢理この場に呼び出されてしまいました」
そう言ってシャロンはため息を吐き、目を鋭くする。
「ですが役目を与えられた以上手加減はしません……
縛られ、封じられ、雁字搦めにされる悦び……その身に味わわせて差し上げましょう」
「縛られる……悦び……ゴクリッ……」
誰とは言わないが、凄むシャロンの威圧に彼は思わず息を呑み、頬を染めた。
「クッ……これは是非――」
「お前は黙っていろ」
戯言を言おうとした彼をすかさずその親友が顔を掴んで止める。
「執行者か……彼女もまた尋常ではない使い手だというのなら全員で――」
「いえ、彼女の戦闘スタイルから考えると、全員で戦うのは得策ではありません。猟兵達もいますからここは僕に任せてください」
「それならあたしも一緒に残るわよ」
双剣を抜いて構えるヨシュアの隣にエステルが棒を構えて並ぶ。
ヨシュアはそんな彼女に何かを言おうとして口を開きかけて、やめる。
「……分かった。それじゃあその人の相手はヨシュア君とエステル君の二人に任せて、オレらは先に進ませてもらおうか」
ケビンに促され、一同は城の奥へと進む。
シャロンがそんな彼らに追撃をかけないかとヨシュアとエステルは警戒を強めたが、あっさりとシャロンは彼らを見逃した。
「戦う前に一つ、よろしいでしょうかヨシュア様? それにエステル様も」
「え……?」
「な、何……?」
突然、戦闘態勢を解いて話しかけてきたシャロンにヨシュアとエステルは面を食らう。
「実はツァイスでお二人と別れた後、定期船の中でリィン様と少々口論をしてしまいまして……
そこでお二人のことを軽んじてしまう発言をしてしまいました。そのことを謝罪をしておきたかったのです……
本来ならきちんとお二人を訪ねて頭を下げるべきだったのですが、遅れてしまい申し訳ありません」
「えっと……それはご丁寧に……って別にそんなこと、あたしたちが知らないところで言ったことなんて気にしないだけど」
「いえ、それがリィン様と交わした約束でしたので……
正直、ヨシュア様が結社から抜け出すことができるとは、思っていませんでした」
「僕だけの力じゃないですよ。全部、エステルがいてくれたおかげです」
彼女がリィンに何を言ったのか、おおよその見当を付けながらヨシュアは答える。
「ふふ……それが《愛》の力というものですか……羨ましい限りですわ」
「あ、愛って……そんな別に……」
「そこは否定しないで欲しいんだけどな」
狼狽えるエステルにヨシュアは苦笑し、次の瞬間に表情を切り替える。
「退いてはもらえないんですよね?」
「ええ、今の私は《幻焔城》の一兵士に過ぎません。お二人の、そしてリィン様の邪魔をするのは心苦しいですが、役目を果たさせていただきます」
シャロンはダガーを構え直す。
「行くよエステル」
「うんっ!」
ヨシュアの呼びかけに力強くエステルは頷く。
そして、彼らの戦いが始まった。
*
「それにしても、お前さん達と肩を並べて戦う日が来るとは思ってもみなかったぜ」
煙草を吹かしながら、《西風の旅団》の団長のルトガー・クラウゼルは二人の男に話しかける。
「それはこちらの台詞だ。貴様もそうだが、まさか随分前に死んだはずのバレスタインまでいるとはな……《影の国》と言ったか? 随分と舐めた真似をしてくれる」
《赤い星座》の副団長シグムント・オルランドはルトガーと同じように、それで苛立ったようにため息を吐く。
「おいおい、お前さんは死者を冒涜するな、なんて信心深い奴だったか?
それとも大好きなお兄ちゃんと再会できなくて残念だったのか?」
「気色の悪いことを言うな……他人の《貸し》をこんな形で利用されたのなら不機嫌にもなる」
「確かにそれもそうだな」
シグムントの言葉にルトガーも同意する。
別にルトガー自身はリィンに《貸し》など意識していない。
ガキ共が返り討ちにされたことで興味を感じているが、それ以上の感想はない。
にも関わらず《影の国》の強制力が彼らとの戦闘を強いることは、それだけ《影の国》の影響が現実を侵食しているということなのだろう。
「バレスタインはいったいどういう理由で蘇ったんだ?」
「私はゲオルグ・ワイスマンの方の縁だな……
あの時、《塩化》を止めるために七耀教会の門を叩いた少年が、まさかここまで堕ちてしまうとは、ままならぬものだ」
「はは、人生なんてそんなものだ。それにしてもあんたのところの猟兵は随分と張り切っているな?」
「《影の国》が現実を浸食すれば、ノーザンブリアの《塩化》を上書きできると聞かされたからな……
そのために一人の少年を嬉々として殺そうとするなど……今の《北の猟兵》は本当に猟兵となってしまったのだな」
「ああ、そうだな……俺達のところとは一歩落ちるが高位の猟兵団ということでいろんなところからお声が掛かって来るみたいだぜ」
「むしろ俺達よりも手広くやっているようだな。俺達よりも劣るからこそ、それを逆手にとってお手軽で使い易い猟兵団というのを売りにしているらしいな」
「むう……」
二人の説明にバレスタインは唸る。
軍人から猟兵に身をやつしたとはいえ、誇りを捨てたつもりのないバレスタインにとって複雑だった。
だが、途中で脱落してしまった、そして記憶の再現でしかない自分が言えることは何もないのだと口を噤む。
「まあ、難しく考える必要はないだろ……
所詮は一度死んだ身、それなら愛娘を傷物にされた恨み程度で気楽に殴りに行こうじゃないか」
「…………それもそうか」
ルトガーの提案にバレスタインは頷く。そんな二人にシグムントは呆れて肩を竦めた。
「やれやれ、ガキ共の喧嘩の報復に親が出るなど、恥ずかしくないのか?」
「人のことを言えた口か? お前さんの娘だって手酷くやられたって聞いたぜ」
「貴様のところの軟弱な《妖精》と一緒にされてもらっては困るな。シャーリィの奴はしっかりと一矢報いた、半端に育てて一蹴されたお前たちのガキ共とは格が違うんだよ」
「それは聞き捨てならないな《赤の戦鬼》。サラがお前の娘に劣るだと? 戦闘力にだけしか注目していない猟兵はこれだから困る……
サラには戦闘力の他に、統率力に人としての良識もきちんと教え込んだ。それこそいつでも猟兵から足を洗えるようにな、猟兵にしか生きる道がない貴様らの子供とは見ているものが違うのだよ」
「言ってくれるじゃねえか。まあ、確かにフィーは団への依存が強いことは認めるが、あいつはむしろこれからだ……
それこそ足を洗って普通の女の子になってくれたって俺は構わないんだがな……ま、お前のところの《人喰い虎》にお淑やかさを求めるのは酷な話か」
三人は言うだけ言うと黙り込む。
しかし、それに反して異様なまでのプレッシャーが重苦しい重圧になってその場の空気を軋ませる。
「どうやら、奴等と戦う前に白黒をつけておく必要がありそうだな」
シグムントは両手に斧を持ち、獰猛な笑みを浮かべる。
「望むところだ。猟兵風情に分からん人の道というものを教えてやろう」
バレスタインは大型の導力銃とブレードを構える。
「はっ……準備運動としてはちょうどいいか」
ルトガーは不敵に笑い、巨大なランスを担ぐ。
そして――
「何をしているんだ?」
一触即発の空気の中にリィン達がその広間に辿り着いた。
*
リィン達が辿り着いたその広場ではすでに一触即発な空気で三大猟兵のリーダー達は互いに睨み合っていた。
「何だ……仲間割れか?」
そう思うくらいに三人の間には殺伐とした空気が漂っていた。
思えばここに辿り着くまでの猟兵達の動きも、統率が取れていないようで、互いの団がそれぞれの足を引っ張る形で隙があった。
その仲の悪さを示すように辿り着いた広間でそれぞれの猟兵団のリーダーは今にも殺し合いを始めようとしていた。
「何だ、もう来ちまったのか?」
しかし、そんな雰囲気を一瞬で晴らし、黒いジャケットの男はリィン達を迎えた。
「ふ……それぐらいはしてもらわなければ困る。何と言っても俺が仕込んだ男だからな」
「君がリィン・シュバルツァー君か……この度は私の国の同胞が度重なる迷惑をかけてしまったようで申し訳ない」
ルトガーに続いて、シグムントは誇らしげに胸を張り、バレスタインは猟兵とは思えない真摯な態度で頭を下げる。
歴戦の猛者達に快く迎えられたことにリィンは戸惑いながらも、奇妙な胸のざわめきに三人の内の一人から目が離せなくなる。
その視線の意味を理解し、同じものを感じた彼は不敵な笑みを浮かべ前へと出る。
「ククク……悪いな。どうやら御指名のようだ……あんた達はお仲間の方とやり合って、場を盛り上げてくれ」
「何だと……? それはどういう意味だ?」
シグムントの質問に彼は言葉を返さず、代わりに手をかざす。
「来な――ゼクトールッ!」
次の瞬間、ルトガーの背後に光が溢れ――《紫の騎神》が現れた。
おまけ
ヴィータ
「《銀》に続いて《紫》まで……私の《幻焔計画》がっ! どうしてくれるのよ教授っ!?」